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貴いお方が裸同然とはどういう了見だ  作者: 能村龍之介
帰って来た殺し屋と15人前後くらいのハーレムの章
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88 楽しい飲み会

 また奴隷商の店で、今度は一人でテーブル席に座って待つ。夜で、大市場という繁華街ともなれば、こんな寂れたバーでも十数人とそれなりの客が入っていた。


 奴隷商は奥の席で客を装って見知らぬ者と飲み、俺はテーブルで彼女向きに座った。カランカランとドアのベルが鳴る。


 そして狙い通り、彼は奴隷商に背を向けて座った。


「親は人生という物語の、壮大な伏線であるとは、よく言ったものだ」

「…………」


「ブギーマンとかいう恐ろしい同業者がいるって、噂で聞いてな。どんな奴だろうと、ずっと思っていた。まさか――――」


 彼は頭を抱えんがばかりにうつ向き、また顔を上げた。


「――――自分の子とは思わなかった。まったく、私という親がいながら水臭いじゃあないか」

「その名前は好きじゃあない。誰かが勝手に言っただけだ」


「そうだな。噂になるのは三流の証だ」

「……ホフマン、だったか?」


「よせよせ。私が名乗った訳ではない。ダサいから嫌いなのだ、そのあだ名は」


 メガネとセーター。数は少ないが深い顔のシワ。殺気も、敵意も、……武器さえもない。どこにでもいる人だ。


「聞いたぞ。バッタ人間だって? 何かの悪い冗談だろう?」

「お前にだけは言われたくない」


「そう言われるようなことをしたか?」

「いつだったか、偶然出会った強盗を洗脳して一緒に船旅へ出たあげく、海のど真ん中で皆殺しにし、警察の目を掻い潜って自分だけ脱出したそうだな」


「ずいぶんと尾ひれが欠けた(・・・)噂話だな。まぁ、私がやったのだから、お前にもできる」


 彼は席を立ち、バーテンに注文をする。やはり、またあの不味い酒を出すよう頼んでいるようだ。事前に、承知するよう伝えてあるので、バーテンは頷いて、カクテルベースだけを層になるように――といってもあまりならないのだが――作って見せた。


 そうして、彼は満足げに帰ってくる。両手に酒を持ち、ヒョコヒョコと戻ってくるその風体もまた、ただのオヤジ以外の何者でもなかった。


「ところでお前、父親面をしたということは……まだ自分が親だとでも思っているのか?」

「あぁ、よせよ。仕方ないだろう。家族は近すぎる。生活リズムを知っている存在は足枷にしかならないだろう?」


「だったら、どうして産んだ」

「愛だよ。愛せる存在が欲しかった。だからお前だけは生かしておいたじゃないか。それじゃあ不満か? それともまさか、恨んでいるなんて言わないだろうな」


「……恨んじゃない」


 家族を殺された。そう言えば聞こえは悪いが、自分の理想通りの子どもしか望んでいなかった母は、目障りな俺をどう殺すかしか考えていなかった。


 ある意味では、なんの見返りも求められず、父に救われていた。


 別の意味では、母から自分を守るために育った()を見込まれて、生きることを許可された。


「さぁ、飲め」

「……どっちだ?」


 そう聞くと、彼は本当に嬉しそうにして、右手の酒を差し出してきた。仕方ないので、半分飲む。


「お仲間にもどうだ?」


 ホフマンはわずかに顔を振って、顎で背後を指す。まぁ、命には変えられない。


「ああ。頼む」


 言葉が終わるか否かの瞬間。


 本能的にナイフに手をかけるほどの、気配があった。


 裏の世界に居るものだけが感じ取れる、全てを押し潰す重圧。


 ――殺し屋の殺気。


 奴隷商がガタンと立った。その音が合図とでも言わんがばかりに、あの殺気は消えた。振り返って奴隷商を指差す。


「あそこの子か、ほほ~? 中々いいじゃあないか」

「女癖が悪かった記憶はないがな」


「離れ離れになったのは子どもの頃だったからなぁ。寂しかったぞ」


 仕方ないので、手を振って彼女を呼ぶ。すると奴隷商はわずかにふらつきながらやって来た。手は震え、冷や汗が明かりを反射して光っていた。


「すまんな。バレた」

「そ、そう、かい。ならむしろ話が早いってもんだね」


 俺が奥へ詰め、彼女は隣に座る。


「可愛いお嬢さんだ。お名前は?」

「……名を教える主義じゃあなくてね。あくまでもわたしは奴隷商人だ。奴隷商と呼ばれることが多い」


「そうか、残念だ……。君はアランの何だ? もしかしてあれか、付き合ってたりするのか?」

「違う。……その」


「待った。誤魔化すのはナシだぞ? あれを感じられるのだから、上下関係くらいは分かる君じゃないか」

「…………」


 彼は微笑みながら言う。そこには、まったく裏の意図を感じない。


 このバーで、誰の目からも日常会話と映る尋問が始まっていた。


「そう怖がるなよ。楽しい飲み会じゃないか。それとも、私たちの暖かい再会に、水を差す気か? まぁまずは、それを飲み干してくれよお嬢さん」

「酔わせようというのかい?」


 俺が彼女を見ると、奴隷商は呆れてグラスを取り、飲んだ。その目は『言いなりなんだね』と言っていた。


「さ、答えてくれよ」

「……情報屋だ」


「そうか。お前の他に、あの組織のための情報屋はいるのか?」

「いない」


「ふぅん。組織を壊すのに、君ひとりでいいのか。ずいぶん不安定だな……」

「言っておくが、下手に敵対すれば大勢が敵に回る。アランだってそうだ。よく考えて行動するんだよ」


「大勢っていうのは、あの褐色の小娘が牛耳っている『組織』のことか?」


 彼が聞くと、奴隷商の顔がみるみる内に真っ青になっていく。


「……バカな。だって、きみが組織に入ったなんて聞いて……生きて出られるわけが……」

「少し考えてみれば分かることだ。全員殺せば、お前の元に情報は届かない。あの娘も、大した強さじゃなかった」


「……ウソ……ウソだ……ジェーンが負けるわけ……」


 涙を流し始めた彼女の手を持つ。


「信じているところ悪いが、あれはウソだ」

「……だ、だが……」


 奴隷商はまだ信じているようだが、父は『参った』と言わんばかりに両手を上げ、微笑んだまま目を閉じた。


「少なくとも、君に報復するときに誰を殺ればいいのかは分かったぞ。安心しろ。それ以上の意図なんてないさ」

「…………」


「ところで、子どもの頃からそう(・・)だったよな、アラン。あのときは『臭いがする』なんて言っていたが、どうして嘘を見破れるのか自分で分かったのか?」

「ああ。『臭いがする』からな」


「本当に臭っていたのか。嘘の臭いが? うらやましい鼻だなぁ……。はっはっは」


 奴隷商は俺と父を交互に見比べ、ようやく追い付いた。


「…………ジェーンはどうした」

「この顔を見るなり、今の君くらい青い顔で『資格がない』と言って、追い返された。ひどいものだよな。顔だって見たし、なにより見られたのだぞ、私は。だから、誰にも言わないよう約束だけしてもらった。ちゃあんと守ってくれているらしくて安心したよ」


 完璧すぎるほどに『普通』という仮面を被った父の本性を、ジェーンは一目で見抜いたらしい。やはり、殺し屋としての腕は俺より数段も上だな。


 父は「さぁ」と手を叩いて、また日常会話に戻る。


「世間話でもしよう。クリスタル山での麻薬温泉の話を聞いたか? ひどいものだよな。あんな恵まれた状況で失敗するなんて。私ならもっと上手くやったね。だろ?」

「知るか。それよりお前は……」


 すると彼は、苦々しい顔で天をあおいだ。


「なぁアラン。父さんに向かって『お前』はないだろう? ちゃんと『お父さん』と呼んでくれ」

「……お前は、どうやってここに来た?」


「ああ、それか? それは――」




 今回の仕事は、あまりにも楽だった。ローズマリー王国辺境の教会の神父を殺せと言う。罪状は『ロザリオに飾り立てられたレイプ』だ。


 どれほど楽かと言えば、誰一人傷付かぬまま、神父と、彼に特に洗脳されていたシスター四人が、抵抗する手段もなくうつ伏せにされてしまったほどだ。


「なぁ、聞きたいんだが……」


 ホフマンは、教会の正面に置かれた、巨乳と巨尻をわずかな布で隠すばかりの、扇情的すぎる女神像を見上げながら呟いた。


「神がいると信じるのはいいが、どうしてこう……風俗のお嬢さんみたいな像になったんだ」

「ぶ、無礼者め……。我らが主による罰が下るぞ……!」


 まぁ、ペニスに脳があるような男はすぐ入信する、か。入るシスターを片っ端から犯すのも頷ける。


「おいまさか。君を殺すのに神様の許可がいるのか?」

「もちろんだ! そして当然、我らが主は許可などしない!」


「まぁまぁ、落ち着け。そうだ。ひとつゲームをしないか」

「げ、ゲームだと……?」


 ホフマンは女神像の目の前を、手で指した。


「そこに一列に並んでくれ。そうして、私に罰が下るように祈り続けるんだ。もし本当に許可が出なかったら、私は君たちを殺せないはずだ。ノーと言うならこのまま始末してしまうが、どうする?」


 すると、神父は勝ち誇った顔になった。


「当然するに決まっているだろう。さぁみんな。第二十七番は覚えているね?」


 そうして五人が声を揃え、聖句を暗唱して祈り始めた。黙って静かに祈ると思っていたので、予想外の行動にホフマンは首をかしげる。


 ああいうのは、ありがたい本の内容を忘れないために何度も読むものじゃあないのか? そんなことを思っていた。


 そうして、沈黙。読み終えられたのだ。


「……終わったか?」

「ああ、祈りは確かに――」


 手近なシスターの首を半分にした。早すぎて理解できなかったのか、彼女は手を妙な位置で止めたままフワフワとさせ、そのまま倒れた。


「うーん。足りないんじゃないか? もう一回だ」


 四人は震える手を揃え、ガタガタの朗読を始めた。


 そうして、二度目が終わった。同時に殺ろうとしたシスターが、隣のシスターを掴んで盾にする。お望み通り、盾の方を殺した。


 生きる時間を引き伸ばす方が辛いと思うがねぇ……。


「もう一度」


 三人の朗読が始まった。


 ふと、シスターたちが聖句をしっかりと覚えているのは、ひょっとしたら神父のペニスに刻まれているからかもしれないと思い、笑いを堪えるのが大変だった。


 案外どこの神の言葉も、そういうものなのだろうな。


 三度目が終わる。近くにいたシスターを始末しようとしたところ、神父にキスをして頭を掴み損ねた。そこで血まみれのシスターが逃げようと立ちかけて、ホフマンがまだ殺す動作に入っていないのを見て、泣き崩れた。


「ま、待っていや――」


 やはり首を半分にした。彼女が倒れてうずくまったとき、何も言ってないのにシスターと神父が祈りのポーズを取った。


 何度見ても不思議な光景だ。こうして極限状態に追い込むと、どうしてか勝手に洗脳されてしまう。持続させるには定期的に追い込む必要があるので、もっと良い手段は無いものかなとも思う。


 シスターの髪を掴みあげて頸動脈を切った。隣の神父は、『話が違う』とでも言いたげにこっちを見上げてきていた。


「いやすまん……四度目は流石に聞き飽きてな……。別に、三度でいいだろう?」

「…………主よ……どうして、聞いてくださらないのですか!」


「なぁ、思うんだが……聞いた上で何もしなかったんじゃあないかな」

「ち、違う! きっと……席を外していただけだ……!」


「全知全能の神様がトイレに行ってたのか。そりゃあ……」


 だが、ちょっとは親近感が湧くな。そう思った。


「今なら言いたい放題できるな。おーい神様~!」

「なに?」


 神父が絶叫しながら後ずさった。声の主は、ツンとした顔の娘で、女神像と同じ格好をしているが、あまりにも対照的な、貧相な身体だった。


「本当にいるのか……」

「は? なんの話? ちょっとトイレいってたんだけど……」


「本当にトイレに行ってたのか……」


 ホフマンは困惑するしかなかった。それから、不味い状況になったと額を覆う。


 いるということは、本当に許可が出てなかったかもしれない。となると、信者を四人も殺したのは、かなり……。


 ……しまったなぁ。


「お、おぉ……我らが主! ……ですよね?」

「そうだけど。なんでパッと見て分かんないの?」


「……いえ、もしかしたら悪魔の仕業かもしれないと(よぎ)りましたが、間違いありませんね……」


 ちょっと残念そうだった。女神が偶像通りのメス犬ではないことについてだろう。状況が状況ならば、悪魔か否かを股間で決めていたかもしれないな。


 神父の背後に立ち、肩を掴む。


「……えぇっと神様。コイツを殺したいんですが、いいですか?」


 神父が俺を振り返るが、その顔は血気に溢れて赤く、全く怯えはない。


「いいんじゃない? 別に」


 気の毒なほど真っ白になってしまった。後ろから肝臓を五度突き、力が入らなくなったところで、依頼人のお望み通り、股間を細切れにした。そうして神父は、一人目と同じポーズで死んだ。


「……なにやってんの? あんた」

「彼が殺すのにあなたの許可が必要などと言うので……」


「は? そっちじゃない方だけど。一発で分かれよ」


 ホフマンは女神の無能が見え、もはや恐ろしさも感じなかった。


「お祈りが届かなかったら死ぬゲームですよ。女神様もいかがですか?」


 女神は顔をしかめて、ホフマンを蔑む目で見た。


「シュミわるぅ~…………」



「――ということでな。その女神がここに呼んだらしいぞ」

「いまの話、絶対に最初の部分要らなかっただろ」


 頭を抱えそうだった。普通に人がいるバーでする話じゃないだろ。


 ハーレムで手一杯だと言うのに、この世界以前からおかしいヤツが父親だ。なんでこんなヤツと血の繋がりがあるんだ。もう止めてくれ。


「ちゃんと順序を追った方が分かりやすいだろう? とにかく、私が来た理由はお前と一緒。あの女神に連れてこられた」

「あのバカ……」


 そこで思い出した。大陸で悪魔が『あの女神(ポンコツ)が面白いことをしようとしている』と言っていたことを。


 ……コイツのことか…………。


「どうしろと言われた?」

「なんでもいいから、技術を作って広めろ、だそうだ。頼む相手を間違っていると思わないか?」


「全くだ」

「はは。やっと共通の話題ができたぞ息子よ。女神サマの悪口だ」


「とりあえず必要な情報だけ教えてやると、女神を始末すると世界が消滅する。イラつく……かなり、イラつくこともあるだろうが、我慢しろ」

「おいおい。世界の弱点をそう簡単に教えていいのか?」


「ああ。なにせ、この世界にはここがお気に入りの化け物が何人かいるんだ。過ぎたものに手を出そうすれば、ロクなことにならない。なぁ、悪魔」


 試しに呼んでみると、ホフマンの隣に黄金の目を持つ青年が現れた。その姿は昔、少しだけ仲良くなって、仕事の都合で喪うこととなった協力者だ。ずいぶんと地味な嫌がらせをしてくるなお前。


 それにしても懐かしい男だ。どう考えても裏社会に向いていない性格だったな、カイ。


「そのとぉーり。だぜっ」

「…………」


 ホフマンは努めて冷静に、悪魔を見た。一方で奴隷商は、すぐにでもパニックを引き起こしてしまいそうな表情で悪魔を見つめ、頭を抱えている。


 ……気の毒になってきたな。


「え? 呼んでなかった? すんません……」

「…………おお、天にまします我らが神よ……」


 わざとらしく、仰々しく十字を切った。すると悪魔が姿を消した。


「十字架が効いたぞ。やっぱりキリストんとこの神がいるんじゃないか? この世界には」

「あいつの悪ふざけだ」


「悪乗りに乗る悪魔? 良い奴だな。それで、あの悪魔はどういう法則で目をつけてくるんだ?」

「分からないが、ワガママなオーディエンスというのは確かだ。〝舞台〟を壊すような真似はするなよ」


「おぉ。分かった分かった。是非とも後で話そう、……えー……悪魔くん」


 彼は迷ったのち、地面に向かって語りかけた。


「それで……おっと。今日のところはこれくらいにするか。お嬢さんが今にもヒステリーを起こして叫び散らかしそうだ」


 奴隷商の隣に立って、その背中を擦る。


「あぁ。汗でビショビショだ。そう緊張するなと言っただろう」

「……し、していない」


「そうか。それは何よりだ。計算に入れてなかったんだが、死体の処理くらいはできるよな?」


 彼女は顔を上げた。もう疲れてしまった表情が、相変わらず平然とした、どこにでもいる男へと向く。


「ど、どういう意味だい……?」


 その疑問は、すぐに解決した。


「おい大丈夫か! 飲みすぎだって言ったんだよ全く……」


 店の奥で吐き始めた客に、別の客が叫んでいた。


「……まさか」


 奴隷商はいち早く察し、自分のグラスを見た。


「まさかきみ、酒に毒を……!」

「おいおい、察しが悪いじゃないか。ウチのアランは、酒を持ってきた時点で気付いたぞ? 私が持ってきたものに、毒か解毒剤のどちらかが入っているとな」


 またひとり倒れる。そこで店の空気が異常に包まれ始めた。俺はただ、頬杖をついて父にため息を送る。


「ジミーよりは芸がないな」

「ジミー! 組織のみんなが怯えてマトモに話してくれなかったときに、彼だけは親身になってくれた。お前の親友なんだってな?」


「親友? 知人とも言いたくない奴だ」

「そう言うなよ。彼は良い奴だぞ?」


 さらにひとり倒れたところで確信に変わった。


「アイツだ! アイツが話してた!」


 誰かがホフマンを指差した。すると彼は、スターがファンにするように、大きく手を上げた。


「解毒剤を寄越せ!」


 ふらついた男がやって来るが、ホフマンはふらりとかわす。


「おいおい。私だって毒を飲まされたかもしれんのだぞ? 酷いじゃないか」

「い、いや、アイツが……」


「持ち物を見たければ好きなだけ見てくれ。ほら」


 彼は両腕を上げて大人しくしていたが、この間にも二人が倒れた。時間がない者たちは、疑うことを忘れてお互いのカバンや身体を探り、殴り、そして力尽きていった。


 誰ひとり、ホフマンに触れることなく、十数人の死体ができあがった。その中でさえ、殺し屋は日常の親父でいた。


「さて、今日のところはお開きだ。次までに、誰にも話を聞かれないバーを用意しておいてくれよ? 堂々としゃべる度に殺す手間がかかるのは勘弁だぞ。ははは……」


 そして父は、店の入り口に立ち、不意に思い出したと振り返った。


「そうだアラン。お父さんちょっとハリキリ過ぎてな。結構な数殺してしまった。だからちょっとの間、息を潜めることにする」

「お前の言葉から『息子の殺しを間近で見てみたい』という臭いがするな」


「……どんな臭いなんだか。その鼻、くれないか?」

「悪いが、俺のものでな」


 そうして、肩をすくめながら出ていった。いざというときには戦うつもりだったバーテンダーさえ、一歩も動けず見送ることしかできなかった。


「…………アラン」


 奴隷商の声で長く止まっていた時が動き出す。バーテンダーは慌てて表の看板をクローズに変え、店の内ドアを閉じた。それから、奥で怯えていたベルをあやし始める。


 その間に奴隷商は席を代わり、俺の正面に座った。


 そして、パンっと左の頬に痛みが走った。


「……すまないね。どうして殴ったんだろう。なにも整理がつかないよ」

「だろうな」


 また沈黙。それから奴隷商は、俺のグラスを手に取り、もてあそび始めた。


「……神と悪魔に会ったのかい? いや、おかげさまでわたしも悪魔と会うハメになったけれどね」

「悪魔は俺を演劇代わりに見るそうだ。神は……なにをしているんだろうな」


「ほんとう、いったい何なんだい? 君は。……どこかの神話の登場人物じゃあるまいし。そのうち、勇者と魔王にも出会うだろうね」

「もうバルカンで会った。勇者は俺が殺して、魔王はウチのハーレムにいる。最近、アリアンナの元に入り浸っている痴女がいるだろう」


「…………」


 そして彼女は、また混乱(ひらてうち)した。

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