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貴いお方が裸同然とはどういう了見だ  作者: 能村龍之介
帰って来た殺し屋と15人前後くらいのハーレムの章
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87 ヒットマン

 某国、某市、某銀行。分かることは、あまり人の多くない町であることだけだった。


「八番ー……」


 小太りの男が、やる気のない声が響かせた。他の客は、年金が振り込まれていないと言う老婆と、悠久の昔からローンを組むための書類に名前を書き続けている若いビジネスマンだけ。静かであるため、小声だというのに銀行中に響いた。


 よほどの事でもないと機能していない番号札で呼ばれ、男が受付の前に座り、にこやかに頷いた。


「どうも。今日はこうした用件で来まして、どうぞよろしくお願いいたします」


 歳にして六十といった人当たりの良い男が、一枚のメモを差し出した。


 受け付けはそれを取り、眠そうとも言えるやる気の無い目で一読し、今にも舌打ちが出そうな表情で突き返した。


「ふざけてるのか? イタズラって歳じゃねえだろ」

「いえいえ、本気ですよ。お願いします」


 男は、おおよそ大金の入らない小さな鞄を取りだし、『強盗なのでありったけ金を用意してください』と書かれたメモの上に置いた。


「…………」

「ああ、大丈夫です。時間は掛かるでしょうが、ちゃんとお客さんのフリをして待っていますので」


 目で『マニュアルに無いことをやらせるな』と言っていた受付だったが、諦めたようにため息をついた。


「…………待ってろ」


 受け付けは気だるそうに立ち、奥の上司へ話す。


「……というわけなんです」

「なんだお前。冗談って歳じゃないだろ」


「俺じゃないですよ。そんなに信じられないなら相手してくださいよアイツの」

「いやいい。警察を呼べ」


「はいはい……」

「何度言えば『はい』は一回だと覚えるんだ」


 受け付けは無視し、電話を掛けた。こんなマヌケに急いでくる必要など無いが、暇な警察二人はダイナーから最速で銀行に到着した。


「おいジジイ」

「なんでしょうか……」


「お陰さまで昼飯をお残ししちまったじゃねえか。とっとと来いよマヌケ」

「はぁ……。いや~……」


 警察二人は顔を合わせ、強盗へセミオートのハンドガンをちらつかせた。何が正しいかを信じられるほどにさえ人がいない町では、一番早い交渉術だ。


 この銀行の監視カメラがダミーと知ってなければできない方法だった。


「いや~、なんだ? 捕まりたくないって言うつもりだったのか? 抵抗したらどうなるか分かってるんだろうな」


 強盗は困った顔で、こめかみを掻いた。


「いやぁ、せめて『持っているか』くらいは見抜いて欲しかった」

「なにを……」


 強盗が立ち上がる。膝が伸びきる頃にはサイレンサー銃から二発の弾が失われ、代わりに弾丸分の質量と出血の質量でプラスマイナスゼロの警官二人が倒れ始めていた。


 振り返り、まだ警官を見ていた受付けの心臓を撃ち、そのまま銃を横へ向け、老婆とビジネスマンの相手をしていた受付も始末。そして、少し遠くで作業していたOLが走ろうとした背中に一発。


 そして、また正面に構えた。すると、急に静かになったという異常に気付き、受付けの上司が自室から覗かせた(まと)の中心に穴が開き、銃のスライドがホールドオープン――全開になった。小さくてしまい易いが、一度に七人までしか殺せないのはやはり痛い。


 八番の男は、ホフマンとも呼ばれている。本当の名前を知るものは、今やひとりだけだ。


 そんなホフマンは、老婆とビジネスマンに一礼する。


「騒がしてしまって申し訳ない」


 殺し甲斐などない殺しだった。レジャーとしての釣りではなく、生活としての釣りのようだ。内ポケットからビニール袋を出し、その中に入っているポリエステルの手袋をはめた。


 そしてまず警官の銃を改める。型は違うが、弾は『.40S&W』。調査の時から思ったが、田舎の癖に進んだものを使っているな。


 そしてマガジンから弾を二発取り出し、ふとビジネスマンを見て、やはりもう一発。そして自分の銃に込め、ホールドオープンを戻す。


 目的はバレルだ。中のライフリングをちょっと削っては再利用し、銃の指紋(ライフルマーク)を誤魔化し、すり減ったらこうして交換していた。


 しかし、噂で聞く限りだと、最近は銃の生産能力が上がりすぎて、ライフルマークはほぼ機能しておらず、銃の種類の特定までしかできなくなってきたのだという。


 時代は変わった、か。むしろ、ライフリングを削った方が危なくなってきたかもしれんなぁ……。そうホフマンは、時の流れをひしひしと感じていた。

 その余韻に入る前に立ち上がり、現状を理解しきれず見ていることしかできない老婆の頭を吹っ飛ばす。そしてスマホを向けてきていた、ビジネスマンの腹にも、一発。前のめりになりつつ椅子から転げ落ちた彼の前にしゃがんだ。


 表向きになっているスマホは、録画モードになっていた。どういうわけか自撮りモードだったので、〝他撮り〟モードに戻して拾い、録画を停止した。


「おいおい。動画なんて撮ってたのか? 悪い子だ」

「っぷ……あっぷ……」


 変わった喘ぎに、ホフマンは思わず笑ってしまった。


 が、どうやら何かが違うらしい。


「アップ……アップ……」

「アップ? おいおい……」


 嫌な予感がした。なぜ、自撮りモードだったのか。その答えは、明白だった。


「それは、あれか。バズりたいのか」

「バズ……えへ……アップして……動画……動画アップ……」


「恐ろしいもんだな」


 ホフマンはスマホを操作し、動画を選ぶ。そうして、削除した。


 動画を削除しました。とだけ書かれたポップアップを男へ突き出す。


「おっと。済まない消してしまった」

「あ……グス……エッエッエッ……」


「まぁ、どうせニュースになる。おめでとう。億単位でバズだ」


 そうして立ち上がり、下がって、改めて頭を撃ち抜いて泣き止ませた。スマホは電源を切り、シムを抜いて、更にへし折った。その上で手袋と共にビニール袋へ入れる。


 恐ろしいことに、最近の技術だとデータは削除しても復活させることができるのだという。であれば、最初から撮影させないように努力した方がいい。ホフマンは天井の、ダミー監視カメラを見ながらそう思った。


 どんどん殺し屋がやりにくくなってゆく時代。以前の努力が必要ないと切り捨てられてゆく技術の発展。それに、バズりたくて殺し屋ではなく自分が死ぬ瞬間を自撮りし始めた男……。


 まったく、ひどい世の中だ。古きよき時代はどこへ行ったのだ。


「はぁ……。今の世ほど酷い時代があるか?」


 世に嘆きつつ、銃身と弾丸が増えた鞄を抱え、銀行を出る。ちょうどそのときだった。


 ふと景色が、草原に変わった。


「…………」


 さすがの百戦錬磨も、この意味の分からなすぎる瞬間に唖然としてしまった。


 なんの冗談だ……? これが、死んだ瞬間の……いや、死後の世界とやらか? 地獄にしては爽やかな風だ。


 そうして振り返る。目前には、ローズマリー王国の城壁があった。


 古きよき……と言うのにはちょっとな……。




 アランが大陸から戻る前のこと。一部崩落した洞窟の確認や出入り口のカムフラージュなどで奔走(ほんそう)し、殺しどころではなくなっている殺し屋たちを、ジミーは醒めた目で見ていた。


 あのニンジャは面白かったが、それきりだ。やはり、アランがいないとつまらないな。


「のう。お主も、少しは手伝ったらどうなのだ」


 ボスもまた、ジミーを醒めた目で見ていた。


「嫌ですよ。面倒くさいことは軒並み嫌いなんです」

「それは誰しもそうであろう。組織の存在が知られるか否かの瀬戸際に、ずいぶんと余裕そうではないか」


「余裕……ねえ。それより、ヒマと言った方が正しいかと。まぁ、冷静には違いありませんがね」

「未熟者が。暇なほど人は、冷静で居られなくなるものよ。ちょっとは忙しくしたらどうだ」


「それもそうですねぇ。じゃ、散歩に行ってきます」


 のらりくらりと煙のように嘘つきが、組織の同僚を横目に出ていった。それをジェーンは諦めきったようにため息で送り出した。


 さてどこへ行こうとジミーは、なんとなく大市場の方角へ。あのモーニングスターとかいうエクソシストから逃げたアランはなんと、かのバルカンに行っているのだという。


 やはり面白い男だ。きっと逃亡先でも面白いことになっているだろう。無理にでも着いていけばよかった。そんなことを思う。


 洞窟にさえ喧騒が響く出入り口から出て、城壁と市場の構造との隙間道を抜け、大市場の裏手から坂へと向かう。声が音にしかならないほど混雑したここは、いつ来ても、なんど来ても顔を覚えられない、殺し屋にとって余りにも好都合なロケーションだ。散歩をするにもぴったりだった。


 地上から、巨人がスコップでひと掘りしたような大穴の地下を眺めた。大勢の人間が、地下の三階、二階、一階で虫のようにひしめいている。壁に沿うテラスのようになっている三階と二階にはショートカットのための吊り橋が掛かっていて、そこにさえ列を成して行ったり来たり。


 揺れて落ちそうに見えていても、おトクには敵わない、か。この世界はどうにも、つまらない人間が多すぎる。


 いっそ、あのソフィアとかいう農民の家に行ってみるか。歓迎はされないだろうが、アラン周りの人間はだいたい面白いことになっている。


 そう思い立ってそこを去ろうとしたときだった。


「……ん?」


 虫の中のひとりが目についた。大きな荷物を持ち、混雑の中心を横切っている。フードを深く被っているので顔や年代は分からないが、男だ。


 観光の外人だろう。ここの店を経営する者が使うルートではなく、掏摸(すり)だらけとも知らずに大荷物を抱える間抜け。いつもなら、そう判断するのだが。


 なんとも言えない違和感があった。同業者の臭いと言うのだろうか。しかし、奴隷商は異国の殺し屋が来ているとは言っていなかった。あの情報網を掻い潜れるとなればただ事ではない。


 自分ですら、本当に殺人商売をしているのかどうか判断しかねているのだ。そのレベルで一般人に見せかけられる手練れか、ただの勘違いか……。


 少し見ていると、彼は売店のひとつを眺め始めた。そうして、案の定荷物を持っていかれた。目も当てられないような間抜けっぷりだが、普段の舌打ちは出ない。


 もう少し、観察した。すると、まるで最初から荷物など持ってきていなかったかのように、他の店を見に行った。


「……ふぅん?」


 思わず声が漏れた。やはり同業者か。あの荷物を盗ませたってことは、ここを取引に使っているんだな。


 蓋を開けてみればなんてことはない。ただの密輸業者だ。だがそうすると、さっきの違和感の正体はなんなのだろう。


 ――あの荷物を確認すれば分かることか。


 ポンチョ男の特徴を覚え、荷物を抱えて走る男を追った。嫌に速いと思えば、どうやら箱の底にタイヤを着けて運びやすくしているようだ。


 妙な発明品だ。もしかしたら、あの箱自体に価値があるのだろうか。


 大市場の外まで逃げるかと思えば、ある店の中へと入っていった。しかしジミーは驚かなかった。店の者が盗みを働いているのは、あまり珍しいことでもない。


 さらに好都合なことに、男はカウンター裏の、この場所から見える位置で荷物を開け始めた。一階からは死角になっているのだろうが、地上はおろか中の三階からでも見えそうだ。


 むしろこっちの間抜けっぷりに、ジミーは苛ついてやや大きく息を吸った。


 少しの格闘の後、やっと箱の蓋が開いた。これまた奇妙にも、箱のちょうど真ん中で開くようになっているらしい。持ち運び(キャリー)にはあれが丁度いいのだろうか。


 そして、コロンと人間が出てきて、男が腰を抜かした。


 あの感じ。微動だにしないのは麻痺ではない。死後硬直だ。じゃあやはり、殺し屋なのか――待てよ。姿や顔を見られる状況で死体を盗ませたのか? それじゃあ、あの盗んだ男から足が着くじゃないか。


 なにかが、なにかがおかしい。


 そこまで考えが至った瞬間に、目の前が閃光に包まれた。


「――――っ!?」


 空気の壁でドンと押されるような衝撃と共に、耳をつんざく轟音に襲われた。


 何かがものすごい勢いで飛んできた。カウンターの破片か。何かだ。重要なのはそっちじゃない。


 一瞬の輝きに暗くなった視界で、どうにか爆発の中心を捉えた。凄まじい威力で、店の者どころか周囲の何人かも巻き込まれ、踏み壊された人形然とした死体があちこちに散らばっていた。


 それから、やっと悲鳴が聞こえた。血を浴びた者、死体を抱き上げる者、そして、自分の真隣。見ると、道の人々が指差しながら喚いていた。その先に、焦げた女の頭がひとつ転がっていた。


 この死体を隠すために、大量殺人ってわけか。


 ハッとしてジミーは、大市場の一階を見回した。二階、三階と探し続ける。しかし、あのポンチョはとっくに姿を消していた。


「……ふ……」


 ジミーは出かかった声を抑え、すぐに歩き出した。隙間道を戻り、洞窟へと戻る。そして声が届かない辺りまで早足で来て、タガが外れた。


「ふはっ……あっはっはっは!」


 どうやら、またらしい。


 また、面白い奴がやって来た。




 ずいぶんとここにも慣れた、ある日のことだった。ナイフの先端を遊ばせて急所を外してみたところ、死にかけた男が手招きをしてきたのだ。


 キリストのいないこの世界の人間は、さて今際の際になんと言うだろう。興味があった。


「こっち……こっちに……」

「どうしたかね?」


「最期の……最期の言葉を……」

「良いとも。もちろん聞こうか」


「これもまた……これもまた第一章なのだ……」


 なんだか不穏な空気に、ホフマンは顔をしかめた。


「んー……? どういうことだ?」

「……とうこう……新聞に投稿して……」


 そうして、まさに神を崇めるポーズで空をあおいだ。


「おい嘘だろ。悪いがごめんだ。最終章ご苦労様」


 絶望顔の男にピリオドを打ち、また、ため息。


 まったくもって信じられん。新聞でバズりたがるなんて。


「いつの時代も、『今』が一番悪い……」

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