86 事故出しと故意殺し
「…………」
ソフィアの家のベッドルームで、目前にはビスコーサとボウイ、そしてシャーリーが正座していた。他のメンツには出ていってもらい、特にソフィアには羊飼いとして世話に行くよう言い、隔離した。
シャーリーは僅かに言葉が分かるようになってきたようだが、今回はシュビントの助けを借りて通訳してもらっている。
「その、とりあえず、ボウイ」
「……はい」
「お前正気か?」
「…………ごめんなさい」
ボウイは今にも泣きそうな顔だが、逆にどうして怒られないと思ったのか不思議なくらいだ。
殺し屋たちに税金対策を教えて回って帰ってきたら、えげつない問題が起こっていた。それが判明したのは、他でもなくボウイの相談で――。
騎士団へ出勤すると、階段でボウイが待っていた。珍しく、真剣な表情だ。
「……せんせ」
「どうした?」
「相談があります。……怒らない?」
随分と改まっているな。たまには、ちゃんと聞いてやるか。アリアンナと目配せし、二人きりで裏路地を歩く。
「言ってみろ。どんな悩みがあるんだ?」
「あの、さ。実は……ね?」
モジモジとして、中々言い出さない。それでまた俺への発情話だったらぶっ飛ばすからな……。
「……シャーリー、いるじゃん」
「ん? シャーリーがどうした?」
まさか、ハーレムに問題か? 解散の気配か? がらにもなく、ワクワクとしてしまう。
そしてボウイが、ようやく口を開いた。
「……ナカ出ししちゃった……」
それを聞かせて――――。
――俺にいったい何を――。
――――感じてほしかったんだ――――。
――――――お前。
「……どういうことだ?」
「ご、ごめんなさい。前の初めては先生とがよかったんだよ。でも、シャーリーとしてるときさ、言葉わからないから、シャーリーが……おちんちんをおまたで挟んできて……」
「はぁ」
「く、口では止めろって言ったんだよ? でも気持ちよかったから、止められなくて、ヘコヘコしたら、中に入っちゃって……」
「はぁ……」
「そのままシャーリーの中でしゃせーしちゃった……」
「はぁ…………」
結構、洒落にならないことになってないか。それで妊娠したらことだぞ。
「……とりあえず、それきりにしておけよ。いいな」
「……えーーー……っと」
「なんだそのリアクション。お前、まさか」
「クセに……なっちゃった。みんなには先生が初めてが良いって言ってたから、ナイショで、二人きりになって、毎日ナカでしゃせーしてます……」
「止めろバカ。子どもの作り方は教えただろ。できるぞ。ええい、ビスコーサとシャーリーを呼べ――」
というわけで召集をかけ、叱るため部屋に入ったらボウイとシャーリーが前同士で思いっきりセックスしていた。部屋に入ったとき、入っていたのだ。なんなら、ちょうど出ていたのだ。
「怒んないって言ったじゃん……」
「限度があるだろ」
「その……」
「なんというか……」
「わ、分かるよ。ナカはウワキ……だよね……」
「いや、話すべきなのはそっちの話じゃない。いや、『そっち』じゃない。ちょっと待て」
自分でも分かるほど混乱していた。いや、そんなどうでもいいことはいい。
「ビスコーサ」
「うす……」
「保護者どうこうという話はどうなった」
「…………アランさん」
「なんだ」
「……ちびっこ中出しはエッチだと思います」
「黙れ」
「……うす……」
「お前が荷担してどうする」
それには一言ありますよとでも言わんが顔で、彼女は指を振った。
「だ、大丈夫っすよアランさん。ボウイたん受けっすし、おちんちん使ってるときもベロ出しアへ顔っす。ちゃんと女の子っすよ。ふたなり百合っすから、シャーリーたんに逆レされて中に出したのもノーカンじゃないっすか? 女の子同士っすし」
「黙れ」
「…………っす…………」
ブレーキが壊れている感じがしたが、それもそのはずだ。話を聞く感じ、全員が一度ヤク漬けにされ、倫理観が崩壊したのだという。
あれ以上落ちることがあると思わなかった、品性が。
「……温泉の件は運が悪かったな。お前らは被害者だ」
「うん」
「うっす」
「うー」
三人とも急に元気になって返事をした。
「だが根本的な知識が抜けている。セックスすると、子どもができる。いいか」
「知ってる」
「知ってるっす」
「しぃてぇうー」
「バカにしてるのかお前ら……」
頭を抱えそうだったが、三人は急に弁明を始めた。
「い、いやでもおれ、せんせーとの赤ちゃんを作りたくて……」
「自分もっす」
「シャーリー……れす。ん? ……も。シャーリーもぉ」
「余もだ。アランとの子どもならきっと強い子になるぞ……」
シュビントまで参戦した。ここが魔界か?
「……そういえばボウイ、最近俺の子どもがどうとか言わないが」
「え? ずっといたよ。前まで……」
「前まで?」
「うん。温泉のあとに、産んだ」
「…………」
空想の次に幻覚を信じている。もはや妄想だ。カウンセラーがいるんじゃないか。
「じゃあその頃、お前は何してた? ビスコーサ」
「自分は……えーっと……。そう、家中のドアノブがおちんちんになってたので、ちゃんと挿入してたっす」
「……。シャーリーは?」
「シャーリー……わぁ……ん~。んっ」
彼女がシュビントを見たので、魔王の方が口を開いた。
「ずっと泳いでたら草原にいたそうだ。それから一人エッチしてから帰ったそうだ」
「どこかに性を絡めないといけないノルマでもあるのか? じゃあシュビントは」
「余は森で動物と太陽に一番下品なプレイを見せていた。がに股イキ顔ピースだ。動物たちも自慰し始める最高のショーだった……」
ビスコーサが正座から膝立ちになる。
「ちょっとその話詳しく……」
「ビスコーサ、退け」
「いや、ボウイたんにやって欲しくて……がに股アへ顔ダブルピーストコロテン射精……」
「やかましい。いまボウイの幻覚についての話をしている。首を突っ込んでくるな」
「ボウイたんがいかに女の子か、ではなかったんすね……」
「やかましいと言っているのが分からないのか。……と、いうかビスコーサ」
「ん?」
「一日一回は、守っているんだろうな……?」
「…………」
「守ってない、か? どれくらいオーバーした」
「…………平均だと……二十回くらいっすかね……」
「お前……」
「いや! あの、非常に健全なエッチっすから! お仕事中にとかムラムラしなくなったっすし、なんならこう、仕事は仕事、スケベはスケベでエネルギッシュな生活にっすね……」
言い訳がましいが、嘘の臭いがしないあたり、本当なのだろう。
そもそもビスコーサへ制限を課したのはマスターベーション依存症になっていたからだが、精神的に回復し、生活が充実しているのであればまぁ、文句はない。
まさか性依存症の解決法方が、ハーレムで発散しまくるとは、ショック療法にもほどがあるな……。
「分かった」
「え?」
「それなら、一日一回は無くす。その代わり、また危なそうなら言え。その気配ならもう、経験しているだろうからな」
「……っす! ボウイたん外出し正常位しましょ」
「おい」
「ひぇ……」
本当に大丈夫なのかこいつら……。俺が何もしない内から全員子持ちになる気がする。
いや、俺は何もしない。
「ボウイ。改めて命じ直す」
「……はい」
「射精は良いから中では止めろ」
それを言った瞬間、全員の気配が変わった。
「はーい!」
「ボウイたん。これで心置きなく前オナできるっすね」
「みんなでちゃんと見ようではないか」
「うー。ボウイー。うぁー」
「こらシャーリー。ナカ出し禁止だからな。出そうなときは抜くんだからな。せんせーのルールだぞ」
「むー……」
話の主軸がどっちか聞いてたか? 射精解禁のお知らせじゃないんだぞ。
「……俺はもう出るからな」
「精子の話っすか?」
「黙れ」
「……っす……」
彼女たちを置いて、夕日色の外へ出る。城下町の大市場、奴隷商の店だ。
「おや。キミかい」
ちょうど酒を嗜んでいたところのようで、グラスを机の上で傾けて弄んでいるところだった。
するとカウンターの裏から顔を覗かせた赤ずきんが、パッと顔を輝かせる。
「アランさん来た~……!」
ベルがパタパタと来て、抱き付いた。昨日も会っているというのに、毎回久しぶりに会う友だちのようなリアクションだ。
子ども好きではなかったが、今ではお前が癒しだ……。
その頭を撫でてやり、奴隷商の前の席に座る。
「酒を呑みに来たんじゃあないだろうが、感心しないねぇ。決まった顔ぶればかり出入りしちゃあこっちも気が気じゃあないよ?」
「悪いな。だがいつも、それなりの用事を持って行くだろう」
「そうだねぇ。で、何の用だい?」
ベルが水を持ってきた。いつも俺がそれしか飲まないのを知って、着席してから十秒以内には水が出されるようになった。
「俺と同じ、お前の網に引っ掛からないヤツがいる」
「あぁ、あの肌の色が悪い娘かな? ついちょっと前に見つけたよ。キミってば、ゾンビまで抱くのかい」
「ステイシーの話ではないし、抱いてない。別の存在だ。……とはいえ、そいつの名前は分からん。少なくとも同業者で男。年は五十から六十だと思う」
「なるほど。で、それを見つけてほしいと。 随分とあいまいだねぇ」
「そうだな。探し方は……」
「ヒットマンを飲む男、だろう?」
どうやら、もう情報を掴んでいたようだ。あの不味いカクテルを好きで飲んでいる奴の居場所を。
「それを注文して回る妙な奴がいるという情報が入っているとも。最近の数件はキミのことだろう?」
「そうだ。それより前の情報はあるか?」
「あるが、同じ店ばかりじゃあない。あっちこっちに行ったり来たりだから、まぁ、どこかで気長に張って偶然来るのを待つしかないだろうね」
「そうか。そいつに関しては、どう思う?」
「恐らくはキミと同郷、もしくは同じ組織に属していた存在だろうね。この国以前の歴史がわたしの情報網に一切引っ掛からず、無茶苦茶な手口であちこちを騒がせている」
「当たりだ」
「キミがいないとき、教会が火事になって沢山の人が死んだ事件があったんだけど、知っているかい?」
新聞で読んだ話だ。朝のお祈りの時、中にいた十数名が火事で全員焼死してしまったという。
「そうか。誰がターゲットだった?」
聞くと彼女は目を見張った。
「狙いはたった一人だったのかい?」
「あぁ。アイツが無茶苦茶をやり出すときは、大抵殺した後だからな。誰がターゲットの殺人か分からなくするために、大勢の死体を作り出す」
「そうかい……道理で手口がド派手なわけだ。キミ、現場に行ったら誰がターゲットだったか分かるかい?」
「残念ながら無理だ」
アイツの手口なら、たとえ現代の監察医に回しても見破れないだろう。
「今回の話だと、教会で騒ぎにならないよう死後硬直で祈りのポーズを取らせたのだと思う。そして燃やす計画のために血の臭いを回避したく、死の直前に暴れられないよう毒も使わないとなると、恐らくは絞殺したのだろうが……それだと顔が真っ赤になって不自然になる」
「燃やすなら、どっち道変わらないんじゃないかな?」
「祈りに来た他の面々が気づいたら不味いからな。それに、医学の知識があったら、黒こげにしようが見破ることができる。脳を取り出した、頭の底の色でな」
「へぇ……。でもその口振りじゃあ、無理なんだろう?」
「そもそも、うっ血させず絞め殺す方法がある」
「恐ろしいもんだね。そいつも、それを知っているキミも。うちのジェーンが気味悪がっているわけだよ」
彼女は酒を一口。軽い口調だが、わずかな緊張があった。奴隷商もまた、俺を気味悪がっているのだろう。
「嫌われることをした覚えはないんだがな」
「だからこそ、とでも言おうか。この業界では長いが、殺し屋たちの動機はそれぞれさ。殺したいから。カネが欲しいから。強くなりたいから……だけどね」
彼女はぐっと顔を前に付きだし、真っ直ぐに俺と目を合わせた。
「依頼人の肩の荷を下ろす、だなんて綺麗事でやっているのは、キミだけだ。これ以上におぞましい理由があるかい?」
「そこまで言うほどか」
「そりゃあそうさ。キミ、自分が悪人だって自覚はあるのかい? まさか正義のヒーローだなんて思っちゃないだろうね」
「良かろうが悪かろうが、殺すべきだと思った相手を始末しているだけだ。だが、それより第一に――」
彼女の顔に寄り、額を当てた。
「――たかだか殺すことに、私情を持ち込むな」
「……っ」
彼女は身を引いて、本当におぞましいものを見る目をした。
「キミの基準がよく分からないね」
「お前の言いたいこともいまいち分からない。依頼人の呪いを消すのに、必要なことをしているだけだ。だからこそ、人はなるべく殺したくない」
「……そもそもターゲットを人間だって思ってなかったかい。常識がないって言われない?」
「常識があるヤツは殺し屋になんかならないだろ」
彼女は黙って、額を摘まんだ。
「……童貞みたいだねキミ」
「…………」
「……え? 本当に童貞なのかい?」
「違う」
「殺し以外で抱いたことは? 自分の意思で愛し合ったことは?」
「…………」
「うわぁ……。やっぱり神さまはいないね。間違ったってキミみたいな童貞君にあんなハーレムを作れるようにはしないだろう」
「残念ながら神がいたからそんな間違いが起こった。もう用は終わったんだがな」
「おっと待ちなよ。今回はこっちにも用事がある」
立ち去ろうとしたとき、彼女に手を握られた。
「……用事?」
「キミに仕事の話が舞い込んでね。ご指名さ」
嫌な予感がした。いままでの法則、『依頼人は大抵エロい格好をしており、達成後にハーレムへ加入する』はまだ破れきったと言えない。
奴隷商の胸は、ソフィアやアリアンナのような乳袋ではないが、薄い布だけでしっかりと包んでいるので肌のようにピンと貼り付き、谷間の辺りには両側に広がろうとする胸に引っ張られて、布が引っ張られたときのシワができていた。
見ようによっては……エロい。
「……ひとつ先に聞いてもいいか」
「ん?」
「まさかハーレムに入りたいなんて言い出さないだろうな」
すると、掴んでいた手がするりと離された。
「……気色悪いと言われたことは?」
「……何回か……」
コホンと咳払いをし、彼女は机の上で指を組んで、バーテンダーを見た。すると、彼はベルを連れて奥へと消えた。
「それじゃあ依頼人だけど……」
「待て。俺はそういう依頼は受けない」
「名前を聞いたらその気も失せるだろうね。なんせ、ツキユミ・イジャナなんだから」
「む……」
ツキユミといえば、前に依頼人となったテンテルの親友か。大市場の持ち主であるイジャナ家の令嬢だ。
「……聞こう」
「いいね。いちおうキミの考えそうな疑問に答えると、これは奴隷づたいの依頼だ。殺し屋に直接依頼しにくるのは危険だと分かっての仲介だよ。命を狙われているそうでね」
仕事の受注から達成まで、一切の接触を断つ、か。あまり想像したくないが、彼女には裏の仕事をする才能があるかもしれない。
「内容を伏せて端的に言うと、やられる前にやりたい、と。さらに言えば、彼女が世のためにと動いていることで……えげつない数の似たようなヤツに狙われている。呪いとやらは関係がないが、受けるのかい?」
「ああ。見殺しにすれば、またテンテルが呪われるからな。詳細を」
「いいだろう。頭のメモ帳は準備できたかい?」
「もう書き始めている」
情報料の金貨二枚を奴隷商へ滑らせた。
「グッド。相手はツキユミの叔父だ。依頼人いわく、大市場がとんでもない値段で国に売れると知って手にいれようとしているらしい」
「なるほど。よく聞く手合いだ」
「問題は、イジャナ家の居館に引きこもっているボンクラということだ。使用人も多いから、誰にも見られずはかなり難しい」
「そのボンクラは、ちゃんと日に当たっているのか?」
俺の言葉に奴隷商は、この会話だけで何回したかも分からない呆れた顔をした。
「……これから殺すボンクラの健康が気になるのかい?」
イジャナ家、その館は広々としており、広大な家を囲むさらに広大な私有地だが、特に見張りはいないようだった。
ツキユミが手を回したのだろう。確かに、自分を殺そうとする存在が内側にいるのだから、外からの悪意を心配している場合じゃない。
奴隷商に頼み、当のツキユミはアリバイのためテンテルとお出掛けをしてもらった。ターゲットは相変わらず引きこもっているため、少なくとも部屋まで割れている。あとは、あの角部屋でどう過ごすか、だ。そこに関しては運だった。そういう意味では、生活リズムが狂っているヤツは暗殺しにくい。
そうして、定位置について、膝をついてしゃがんだ。そうしてラッチを上げてシリンダーを出し、最後のチェンバーチェックだ。弾丸はフル装填。問題ない。
イジャナ家居館の森で、土の地面ではあるが、わずかに他よりも隆起している。さらに高い場所があるなら、その高さを利用して一階で椅子に座る相手を狙い撃ちできる。無ければ低い位置で構え、窓辺に来る一瞬を狙うか、木の側に立ち続けてよりやり易く撃つかだ。
今回の場合、すでにカーテンが開いているため中を確認しやすいので、こうして立って狙うスタイルがいい。
さて、じっくりと待つ狙撃は久しぶりだな。バルカンではバカみたいに撃ち合うばかりだった。
神経を研ぎ澄まして獲物をじっと待ち、場合によってはエサを撒き、その瞬間が来たら、ルアーを上げるように引き金を引く。釣りと狙撃は共通点が多い。
俺は、神経どころか全てを研ぎ澄ましていくような狙撃が好きだった。それが殺し屋としての感覚を俺へと刻みこむ。ある意味では、禅と同じことなのかもしれない。
そう思って見ていたが……。
まるで動く気配がない。それは姿が見えないという意味ではなく、部屋の中でさえ全く位置を変えてないという意味でだ。そうなると少し面倒だな。窓辺のすぐ下で寝ている場合、狙撃できなくなるので、起きるのを待つ必要がある。
あまり足跡を残したくないが……位置を変えるか。
そうして動き始めた。どの角度からでも姿が見えないならば、最初の狙撃ポイントに戻るか……。
二番目のポイントに到着。すると、ターゲットが見えた。床で寝ているのか。
…………いや違う。
目を凝らすと、その胸が呼吸で動いていないのが見えた。
すでに死んでいる。ということは……。
……ということは、まさか。
急いで三番目のポイントへ移る。やはりというべきか、蝋燭を利用した発火装置が見えた。といっても簡素な作りで、蝋燭が溶けるとその途中にあるロープが焼け、何かで吊った油が溢れて火がつくというものだ。
その蝋燭の芯を狙撃し、火を消したのを見て、ひとつ息をつく。
あまりにも幼稚なトリックだ。この程度のレベルではアイツでは無いし――。
バッ転がって背を地面に付け、振り返りつつ銃を構えた。
しかし誰もいない。
――ここに誘い出す罠でもない、か。
今度こそほっと一息ついて、その場を離れた。少なくとも暗殺は失敗。ツキユミからすれば嬉しい知らせだろうが、俺が殺していない以上は失敗の報を入れなければ。
とはいえ、いったい誰が殺したのだろうか。奴隷商から指名の仕事が来たということは、少なくとも組織の連中はこれが俺の仕事だったと分かっているはずだ。
ということは、組織外のフリーの殺し屋か。
…………本当に、アイツじゃないのか?
ふと、ポケットに覚えのない紙が入っているのに気付いた。
『酒は好きか? ――武器はなし。バー、こむらがえしで』
「――――っ!?」
周囲を見るが、人の気配などない。
――いつだ。いつ、メモを忍ばせた。
地面を見る。森にはいつでも枯れ葉が落ちているものだ。試しに踏むと、パリパリと音がした。
……杞憂ではない、か。




