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貴いお方が裸同然とはどういう了見だ  作者: 能村龍之介
帰って来た殺し屋と15人前後くらいのハーレムの章
91/118

85 湯けむりのスピード―クリスタル山の温泉でチョコっとエクスタシーっ!(裏)―

 そしてついに耐えきれなくなり、苦い湯を、ハーレム汁が混じった辺りから両手ですくい……。


 一気に飲んだ。


「…………お"っ……!」


 一面にはナイフの草原があった。危ない。このままではみんなが踏んでしまう。そう思って拾おうと尽力するが、どういうわけか手をすり抜けてしまう。


 早くしないとみんなが……そう焦った中で、こんなに誰かのために必死になったことがあっただろうかとふと至る。


 表の生き方が性に合わないと、誰かとの幸せを諦めて(ころしや)の生き方を選んだというのに、こんなに、誰かを愛するなんて。本気で、アランに恋したなんて。


「ぅ……く。……あぁ……」


 いつの間にか戻ってきた温泉に、マリーの涙も混じっていく。


「どしたん?」


 緊急事態にやってきたフローレンスの顔を見て、すぐ来てくれた彼女にマリーは、また嬉しくなった。


「すき……みんな、すきだよ……」

「えーキグウ~。ウチもマリん好き~(笑)」


 そうしてキス、包容、セックス。えげつないほど敏感にフローレンスを感じた。


「アランさん……!?」


 ソフィアが呼ぶ。指を入れてくれていたシュビントがいつの間にかアランになっていた。まだ覚悟できてないのに。


「あわわ……は、はのっ……きもちいです……」

「うぉ……急に締め付けたであるな……」


「い、言わないでください。は、恥ずかしいですぅ~……! のわぁっ」


 のけ反った先はベッドではなく湯だった。入水。そして、苦味のあとに堂廻目眩と幸せが咲いた。


 潮が、グッと握ってバーン!


「沈みながら吹いたとは……。これは……!?」

「おほぉおおおおおおっ!」


 ルイマスの絶叫もまた木霊する。みんながとても下品な顔になっていた。


 裏ではナイジェリアの王子ふたりが微笑んでいるとも知らず……。


「おぁ、最速潮吹き曲線もサイクロイドに違いないっす。ピストンはぐるぐるしましょう」

「み、みんな一緒にイけるな……」


「ウォスたん……」

「ビスコーサ……」


「……いかん。嫌な気配がする。ここは嫌な気配がする」


 暗くて色が強い光に満ちたとき、アリアンナが湯を上がり、ダンと石畳を踏んで割って注目を集め、両乳を低スペックの物理演算くらい大暴れさせる。


「さあ帰ろう姫たち! 安全なうちにだ!」


 みんな不満げだった。気持ちよくなりたいのに。


 ところで分離脳においてその一個体の人数を一人とするか、二人とするかは諸国における法律では定められていない。右手が殺人を犯したとき、右脳が無罪だとしても左脳と共に投獄される。しかし無罪の人間を解放すると有罪の人間まで解放される。これではいけない。


 そこで頭を裂いて左右を分離することで、〝ふたりになった〟として別々に裁くのである。


「みんな、アリアンナが危ないって言っているのだから、行きましょう?」

「でも、しーちゃん。もっとお股を擦りとうござりんす……」


「そうねぇ……そうだわ。力のある娘が気持ちよくなりたい子を抱えて、千擦りしてあげながら歩くのはどうかしら。力のある娘の番で休憩にしましょう?」

「よき~」


 髪の毛の海とか、羊の目とか、背筋とかだったが、まずは踏み出さないといけない。アリアンナが尋常ではなかったので……。ハーレムたちは湯から上がって、身体を拭いた。


「オゥ。セクシーだねぇ」


 実況・解説席のエルビスが呟いた。


 ところでハーレム、どういうわけだか誰の服が誰の服なのかが分からない。しかたないのでハーレムたちは、サイズの合うものを着てみた。すると農民が殺し屋になったり、ナースが魔王になったりした。思った人と喋り口調が違う。気持ち悪いが斬新だ。


「着てる気がするのに着てないんすけど。裸みたいで……すきぃ……」


 ビスコーサはお自野のタイツで呟いた。全身乳袋だった。色々とダメだった。色々ダメだが、日常的にこの格好のヤツがいるので日常だった。


「この帯はどこ巻けばようござりんす~? あったっけ~?」


 ヒカリはビスコーサのスーツだ。ちゃんと胸元を全開にしているが、ブラ代わりの帯をハチマキにしてしまった。そして全開である。しかして乳房が出るくらいは茶飯事なので日常だった。


「これちがう……ちがうんだけど……えっと……」


 ウォスはボウイのショートパンツを穿く。下半身はいつもより露出度が少ないのに、上半身はダメだった。帯を頑張って巻いてギリギリで乳頭を隠す衣装で、チラりと出ていた。努力賞。胸どころかマンがチラするくらいだし日常だった。


「誰から抱っこしてもらう?」


 ウォスのエグい超紐パンツで股間回りが描写できなくなったボウイが問う。


「わぁ、キノコ。かわいー」


 ソフィアが描写できないところを見て呟く。マリオさんをバカにするな。ジャンキーな訳がない。


「わぁあああああい!」


 ウォスとボウイが交換したことにより、自分の服を着る手筈だったルイマスが全裸で駆け回る。会話に参加したような勢いだが、全裸で走っているだけだった。


 この変態の一大解放痴女場におけるFOVを会話の範囲に合わせ直すと、誰よりも真っ先に、しかしゆっくり、アリアンナが手を挙げた。


「姫にしてくれる……のか」

「あらまぁ。いいわよフローレンスちゃん」


「アリアンナだが……」

「ウチここ~(笑)」


「アッ……ッはァ! オハァハハァハッ! ヒー……イヒヒヒ」


 尋常ではないヒカリの笑い声の中に、尋常ではない気合の声が響く。いつもは農民が着ている服が紫電一閃、短刀が空を裂く。


「ふん、ふんっ、だりゃあ!」

「お自野……あ、ソフィア……? 違ったらごめん……」


「むぅ。いま狸がいたと思ったのでござるが……。化かされんように切っておかねば」

「まぁ、狸? 怖いわね、お願いできる? みんな」


「アタシに任せな」

「おれだってやれるし……!」


 勇む少女たちの目前はぐらりと揺れていた。クランプのロールだかピッチだかヨーだかの一つをイニシャライズして固定すればいいという問題でもなく、既に狸の術中にいるのだ。


 マリーは首をかしげる。


「狸ってのは、そんなヤバいもんなのかい?」

「いたずらに人を騙して、場合によっては命を取っていく獣にござるよ。狐にならぶ、(あやかし)や怪異の類にござる」


「そんなに。じゃあ、アタシも手伝うよ」

「余もっ。余もがんばる」


 殺し屋と魔王も加勢し、万事敵を受け付けぬ気概で、アリアンナの背面駅弁手マン機関鈍行列車を守りながら洞窟を進む。


 すると檻に行く手を阻まれた。


「まぁ、こんなところに……。いまは手遊びで手が離せないの」


 困っていても磨く方が大事なハーレムには、力仕事担当が三人いる。ひとりは騎士でひとりは人妻。いま余っているひとりが僧侶であった。


「しーちゃん」

「ヒカリちゃん……! ありがとう」


「任しておくんなんし!」


 彼女が檻へ手を差し込み、グッと開くと、木の檻がプレス機でやられた時くらいぐにゃっと曲がってバリバリ折れた。


「すっげ~。ギザギザってしてた。パリパリ」

「ボーイーっ」


「わぁシャーリー! ダメだってもう!」


 もう常に出てるので常に狙われていた。でもボウイは後ろの方が好きだった。女の子なので当然だった。でもシャーリーに挿入させられたときは気持ちよすぎて一瞬で出てしまったので、搾乳としての選択肢が登場した。


 男の娘のおちんちんとは第三のおっぱいであり、故に男の娘でゴックンすることは授乳に他ならぬ。その事は今回の事件において、プランク長未満の物理現象が持つ量子力学にとっての有用性くらいにはあった。


「「「グォオオオ!」」」


 檻から出て進むと、魔獣がごとし咆哮に迎えられる。いつの間にか獣だらけになっていたようだった。


「魔族ならばここは任せるのだ。(おさ)たる余にな」

「がんば~れ、がんば~れ! マ・オ・ウ・サ・マぁ。あん、あんっ、あん、あんっ、テ・ク・ニ・シャ・ン~」


 フローレンスが全身モザイクで応援し、シュビントは濡れた。


「ぬふ……見ておれ。静まれい!」


 シュビントが王としての威光を示すため両手を上げると、魔獣たちはさらに咆哮した。


「「「グォオオオ!」」」

「なんか言うこと聞かんのだが!?」


 怯む魔王の横から、マリーとお自野の殺し屋コンビが飛び出した。いざ対面するは人の色をしたぐねぐねの生命体だ。


「任せな!」

「任されい!」


 どういうわけか獣たちはアリアンナの入り口に集中している。その間を縫って、一匹二匹とそれぞれ仕留め、四匹が崩れたそれから陣形へ戻り、同時に口を開いた。


「「タヌキとキツネがいた!」」

「は、話を聞く限り、ボスっぽいっすね」


「急いでみんな。アリアンナちゃんがもう達しそうよ」

「余、余にもっかいやらせて!」


 魔王が一歩出て、両手に闇の力をかき集める。魔獣どもは恐れおののき、少しずつ退いていく。


「「ウワァアアア!?」」

「余の眷族であれば見逃したものの……!」


 突拍子なく表れた闇の剣が、闇をグルグルとまとって育ってゆく。ニグレド。まだ人の見つけぬ物質の腐敗だ。


「王の証に――――ひれ伏せッ!」


 理不尽ソードが振り下ろされた。グワグワンとした頭では起こったことの全てを見られず、闇の剣が通った軌道の通りに建物が削り取れたという結果と、轟音の中でアリアンナが吹いた液だけが真実であった。


「わ~かわい~。両手ピースだ~」


 アリアンナのまず普通には見られない、この世界に新たなスケベを巻き起こす開脚アへ顔ダブルピースにソフィアが喜び、ハイタッチのようにダブルピースを重ねた。


「はぁ……はぁ……次は誰にする……?」


 アリアンナの快楽ポーズの後ということもあり、ハーレムたちが一斉に手を挙げた。


 かくして娘たちの行列は、常に響くクチュクチュ音とたまにある潮吹きと共に進み、それから邪悪に笑うタヌキがいて、あとはなにかあったような気もするが、いつの間にかベッドだった。


「はれ……?」


 目を充血させたソフィアが身を起こす。いつもの朝。しかしなぜか裸で、ちょっと体調が悪かった。


 昨日はいったい、どうしたのだったか。ベットから降り、いつもの光に満ちたリビングへ。その明るさが、今だけはちょっと嫌だった。


「おはようござる……うぅぐ」


 同じく体調の悪そうなお自野が、テーブルで頭を抱えている。唯一、ドゥカだけがいつも通りの佇まいでいた。


「おはようございマス。みなさま、ご体調が優れないようデスね」

「そうだね~……はぁ」


「本日の家事については全て、ワタシが受け持ちマショウ」

「ありがとドゥカちゃーん……」


 ソフィアは伸びをする。それから不意に、なにか寂しいような、切ないような気持ちになった。


 また温泉に行きたいとも思う。


「……お自野ちゃん」

「どうしたのでござるか?」


「……えっち、しよ?」

「むほ。拙もちょうどその気分であった」


「えへへ」


 温泉は気持ちよかった。


 でも、激しい快楽ならいつでも、目の前にある。


 今日もハーレムは名前のない体位を生み出していたのだった。




「がっぽりがっぽり大当たりぃ。ってな。ガハハハッ!」


 ハーレムたちが温泉に入った直後、胡散ことタヌキ顏のオヤジが、ソファにふんぞりがえって大笑い。客にはキツネ顏のアニキがニヤけて酒の深い杯を回して香りを振り散らす。


「急にオンナが十と数人……。しかもそろってベッピン? イタズラにあっしを驚かそうって魂胆じゃあないでしょうねぇ」

「ワとて我が目を疑ったってもんだぁ。こりゃあお祭りだぞ」


「醜女にゃ残りのカネを許してやるってお帰り頂きやしたよ。例の谷にねぇ」

「お前、部屋はちゃんと用意してるんだろうな」


「十数人分もありませんぜ」

「じっくりとやってくのか? 気の長い商売だぞ」


「いやいや、一気にいきやす」

「どういうこったい」


「どうせ濡れるんでございやしょう? ここの女湯でも男湯でも、いっぺんに入れていっぺんにご相手さしあげりゃあいいじゃあ、ありやせんか」

「短期決戦のぼろ儲けかぁ。あれだ、イベントだセールスだバーゲンだってやつだわ」


「何人も管理するより、全員一気に、三日三晩堪えりゃあ一瞬で大金持ちでさぁ」

「考えたなぁキツネぇ」


 タヌキの温泉で女の頭をどうにかさせて、上がった後に法外な値を叩きつけて追い詰め、キツネの店で鉱夫の相手をさせ、男からも女からもありったけの金を巻き上げる。狐狸の黒い商売だ。


 コツは、この温泉がきな臭いことを含めて周囲に広めることだ。その悪い噂を聞かず、温泉に来る者は、往々にして社会のネットワークから孤立しており、また事前に調べることもしない、油断で隙だらけのカモだ。それが居なくなっても、バレることはない。


「あとは上がった後、いつも通り、シレッと来てくれりゃあ、そうだなぁ……。デカい肉を食いに行こうか」

「贅沢なら酒にしときぃタヌキのとっつぁん」


「まぁまぁ。パンパンの銭袋持って出かけりゃあ、好きなだけ贅沢三昧だぁ。うっはっは!」


 すると、チリンと部屋の片隅、天井に吊るされた鈴が鳴った。女湯の戸に連動された合図の鈴だった。


「お嬢さんたちがお上がりだ」

「ではいつも通りに。頃合いで出てきますよ。ええ」


 キツネが部屋から出て、玄関口の裏へと回る。恐喝でどうにか金を払わなければと詰めに詰めたのち、しれっと来店のフリをしてやって来て、お仕事の斡旋をしようという算段だ。


 さて、とタヌキ親父が腰を上げ、番台へ。あぐらをかいて、ただ待った。


 しかし、待てども暮らせどもやってはこない。


「……オンナぁ支度が長くていけねぇ」


 足が痺れてきたなと思ったところで、入り口からキツネがひょっこり顔を覗かせる。


(あまり店を開けときたかぁ、ないんですがねぇ?)

(うるせぇやぁ。引っ込め引っ込め)


(へいへい)


 それからまた待つが、やはり、来ない。これは何かある。まさか感付いて逃げたか。


「承知しねぇぞぉ……!」


 千両箱……否。万両箱を逃す手はない。引っ捕らえてやる。とタヌキは勇み立ってよろめき、勇み歩いて女湯へ、勇み戸を開いた。


 めっちゃヤっていた。


 戸を閉め、木張りの木目を見ながら皆目検討がつかぬと黙して考えた。


 今のは……夢か知らん……まさか化かされでもしたのか知らん……。いやいやと、もういちど戸を開けてみた。気のせいだといけないので……。


 めっちゃ大乱交していた。


 とりあえず逃げる心配はない。とまた戸を閉め、玄関へ走る。


「ん? どうしたんですか珍しい」

「……キツネ。媚薬ぅ……盛ったか?」


「媚薬ぅ? いや盛ってませんよとっつぁん。いつも通りのヤクだけでさ。引っ張ってくる管のとこで、いまもきっとポチャンポチャンと……」


 尻すぼみの言葉だ。キツネはまさかと言わんばかりに両眉を引き上げてみせた。


「オンナ同士で? しかも、温泉ですよ?」

「聞くなキツネ」


「そっくり返しますよ。いつも通りのクスリしか入れてないってのに……」

「……じゃあ何でだ?」


「何で……でしょうかね……」


 狐狸はそろってウンウンと唸っていた。が、次第に両者ともども口角が上がり、顔も上がり、お互いの目配せに頬まで上がった。


 なんだか分からんが、好きでヤる不貞の痴女なら、もう男を放り込めばよし。


「キツネ、急げ急げ!」

「分かってますよとっつぁん! ちょうど昼飯どきだぁ!」


「わははは!」


 豊作豊穣大収穫。いざ金を稼がんと、タヌキは入り口までの導線を確保し、ハァハァと息を切らせながら番台を移動させ始めた。


 なぁに。ちょいと休憩くらいなら……。


 姿勢悪く座り、まさに狸の風体でワクワクしていると、またもチリチリンと鈴の音が小さく響いていきた。


「おっと……」


 まずいかと一瞬よぎったが、あれだけキマってるのだからあまり心配しないでもいいだろう。


 ……どれ、どんな品なのかちょいと見てやろうか。身体まで上物なら、ちょっとつまみ食いしてやろうかね。と彼は忍び足で、女湯の暖簾を潜り、覗いてみた。


 上物も上物だ。美女、美女、そして巨乳。微乳も美乳も勢揃いだ。ガキもいるがまぁ……買うヤツはいるだろう。そういうのも好きなヤツもいるし。しっかし誰にしようかな。いちばんはアレかねぇ。あの金髪の、スカスカ助平な下着だけを着て服を着たつもりの(ソフィア)かなと、誰を取って食おうか悩んでいると、手前の拳大の美乳、キマる前から常にアホ面だった女の手元がキラリと光った。


「おっ……!?」


 反射的に引くと、首もとを小刀の切っ先が掠めた。クスリが入ってるってのになんて腕だ。女が刀を振り回すのを後ろ目に、タヌキは迷わず撤退した。


 悪党としての勘に命を救われた。まぁ女だけで旅して来たってことは、腕に自信のあるヤツもいる、か。ちょいとキツネと頑張って縛り上げねぇと。とも思う。それはそれで売上が伸びそうで、自分の悪巧みに惚れ惚れしてしまう。


 脱衣所の側に湯上がりの客が待ち合わせに使うベンチを移動させ、彼女らを閉じ込める即興バリケードを作った。あとはキツネ待ちだな。鉱山の入り口まですぐ近いので、もう来る頃……。


 ……クチュクチュ……クチュクチュ…………。


 明らかにヤっている音が、祭囃子のように近付いてくる。


「まぁ、こんなところに……。いまは手遊びで手が離せないの」

「えぇ……」


 流石のタヌキも引いていた。ここまで堂々と股間の快楽に没頭し続けるヤツがあるか。


「しーちゃん」

「ヒカリちゃん……! ありがとう」


「任しておくんなんし!」


 どうせ薬中だ。ふらついて力なんぞ――。


 バリバリバリバリッ!


 …………。


 ……横長のベンチを……横に裂いた……?


「さぁさぁどうぞお入りくださいみなさん!」


 キツネの声。しかしタヌキの脳細胞は、全て命の危機を脱するために使われている。


 女湯から出てきたのは、まさに痴女の集いだった。スーツ姿で胸だけを出している女までいる。


「「うぉおおお!」」


 鉱夫たちはもう盛り上がっていた。気も股間も。


「さぁフリープレイですよ~。銭無い方ぁ表で見るまでですよ~」


 キツネが盛り上げている。そう、カネだ。目の前にカネたちがいるのだ。男総出で手込めにすりゃどうにでもなるんだ。


「魔族ならばここは任せるのだ。(おさ)たる余にな」

「がんば~れ、がんば~れ! マ・オ・ウ・サ・マぁ。あん、あんっ、あん、あんっ、テ・ク・ニ・シャ・ン~」


 裸に爪が食い込む、悪ふざけのような鎧を着た一番エロい女が、乳を溢しながら応援していた。


「ぬふ……見ておれ。静まれい!」


 一方で和装になっていた巨乳のひとりが両手を上げると、スカスカすぎる胸元からボロンと出てきた。


「「「うぉおおおお!」」」


 男たちは更に盛り上がる。もう脱ぎ始めたヤツもいた。


「任せな!」

「任されい!」


 と思っていると、女のふたりが飛び出し、男たちの間を駆け抜けたかと思いきや、四人が崩れ落ちた。ほぼ見えなかったが、切りつけたのだ。


 風のような辻斬り二人が、女衆の前に戻り、揃って叫ぶ。


「「タヌキとキツネがいた!」」


 うん。


 命あっての物種よ。


 タヌキは問答無用で駆け出し、飛び出した。


「な、なんだ……」

「おい嘘だろ……」


 困惑している奴らがやられている間に、逃げる。社会淘汰によって集合的無意識のように育つ悪党の掟だ。


 そうして走るが、すぐ息が上がる。振り返ると、キツネも出てくるところだった。よし、アイツはまだ使え――。


 なにか、えげつない闇の霧のようなものが天井を突き抜け、石造りの外壁を砕きながら叩き落とされた。その先にいたキツネは、とりあえず命という意味では姿を消した。


 タヌキはまた、走った。


 このままじゃ地獄さ行くんだえ。


「はぁ……はぁ……!」


 そうして、岩影に隠れた。といってもただの岩ではない。悪党として、事前に目星をつけた〝とっておきの岩〟だ。


 長年の雨と氷結で綺麗に四つに割れ、人が入る隙間ができたその巨大な岩石は、外からはまず隠れているのが見えず、自分は四方向から逃げることができる。まさに姑息だ。


 よしここで息を整え、過ぎ去るのを待ち、金だけ持っていこう。いいじゃねえかむしろ。ワひとりでパンパンの銭袋背負って、新しい商売を始めよう。


 そうだ。そういや、城の方じゃ殺し屋の組織があるとかって噂じゃねえか。そこに売り込んで、裏ルートから品を仕入れてガッポリだぜ。


 …………。


 …………クチュ……クチュクチュ……。


 例の囃子が、大きくなっていく。来たか。荒い呼吸で枯れそうな喉を整え、息を殺す。


 クチュクチュ……。クチュ…クチュ……。


「あっ!」


 声が響いて、反射的にタヌキは走る姿勢になる。


「出るぅっ!」

「フローレンス姫がおねしょだ!」


「垂れちゃうから勢いよく出してね?」

「すっごーい飛んだぁ……」


 恐らく全員を始末してなお、セックスを止めない彼女らに、タヌキは背筋が凍る。


 いくらキマってるからって、マジか。効いてるときはそれで満足するから、逆に性欲が無くなるってキツネのヤツが言ってたのに……。


「つ、つぎ……いいか」

「ウォスちゃんのだ~」


「よぉし。わっちに任せておくんなんしっ」


 またクチュクチュと音が響いてきた。


 クチュクチュ……。


 クチュクチュ…………。


 遠くなっていく。よし。これで。


「わぅっ」


 上で声がした。ぎょっとして見上げると、サメ皮の少女が岩に座りこんで、タヌキを見ていた。スカートの中に、パンツはなかった。


「…………」

「…………」


 ほどなくして、シャーと音がなった。なにかと言えば、言うまでもないものだった。


「て、てめぇガキ……」


 ハーレムではむしろご褒美とも知れず、岩を蹴る。するとグラリと揺れ、シャーリーは出しながらよろけて落ちた。


 そして、岩の向こうで大泣きが聞こえた。


「ちぃ……!」


 タヌキは裏の方へ駆け出す。


 しかしものすごい勢いで突っ込んできた怪力により数秒で捕まる。あの四つ岩は正しい意味で姑息だった。


「タヌキではないか!」


 最初に神輿されていた女が叫ぶ。


「まぁっ。シャーリーちゃんを化かそうとしたのね!」


 年増も詰め寄ってくる。


「そ、そんなつもりぁねぇ! 勝手に転んで泣いただけだ!」

「そうなの? シュビントちゃん」


「聞いてみよう」


 紫髪の、魔王とか名乗っていたヤツがが振り返り、少ししてこっちへ向いた。


「えっと、『みんなは喜んでくれるのに、怒って蹴ってきた』……と言っている」


 千里眼か……? とタヌキの方が化かされた顔になった。


「あ、あぁえっと……急に掛けられたからそういうつもりでやってくれてたなんて知らなかったんだぁ……。だったら大歓迎だった。改めて詫びるよぉ。なぁ? ゆるしてくれよぉ……なぁいいだろ? こっちじゃあ、ノーカンって言うんだろぉ?」


 ダメだった。怪力娘二人が前に出てきて、タヌキを掴む。


「ひぃい~っ! もうヤク温泉はこりごりだよぉ~……!」


 こだまが響く。かくして、タヌキは……。


 ふたりになった。

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