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貴いお方が裸同然とはどういう了見だ  作者: 能村龍之介
殺し屋、なんか転移するの章
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4  いざ街へ

「ソフィアさん」

「…………」


 呼び掛けても返事はない。彼女は机に顎を乗せ、口許を両腕で隠し、俺を睨んでいた。胸が大きいせいかやけに背中を浮かせ、明らかに不自然な姿勢になっている。


 さてこういう場合、つまり色情が原因でこじらせた場合、相手が沈黙で要求するのは相手の性欲が自分以外に向かない証拠であって、要するに安心したいのだ。


 しかし、未だに得体の知れない彼女をどう攻略しようか考えあぐねている。


 ……ここは機嫌を取るポーズをするプランAと、ダメだった場合はこちらの意図を説明しつつ自分なりに考えていたことを提示し謝るプランBでいくか。これで大体は解決する。


 椅子を彼女の隣へ持っていき、彼女と同じように机に突っ伏して同じ方向を向き、腕で口許を隠した。


「……そういう目で見た訳じゃなかったんです。たまたまですよ」

「……嘘です。だって、アランさんえっちじゃないですか」


「アリアンナさんのは偶然です。でも、ソフィアさんのは……」

「~~! あ、アランさんっ!」


 ソフィアが跳ねるように起き上がったので、俺も起き上がる。これだけ気持ちの悪いセクハラ発言ですら嫌悪しないようだ。ここまで来たらどこで嫌な顔をするのか気になるが、つまらんチキンレースで情報源を失ってはひとたまりもないな。


 あえて何も言わず、彼女をじっと見た。ソフィアは困ったように目を逸らしたり、居心地が悪そうにし始めた。


 そっと、彼女を抱き締めた。


「……ソフィアさん。あなたが好きです」

「…………もう……」


 どうやらプランAで解決できたようだ。話が早い。


 そっと離れると、彼女は前に垂らした自分の金髪をいじって、照れていた。


「ごめんなさい。誤解して……」

「いえ。紛らわしいことをした僕がいけないんですよ。昨日もそうだったでしょう?」


 微笑んでやると、彼女も微笑んだ。


「……あの」

「どうしました?」


「…………男の人って、きっと……そういうこと我慢するの……辛いんですよね……?」


 真っ赤な顔。震える手で、スカートの裾を持ち上げ、下着を見せてきた。あの騎士と同じで、布が肉に貼りついている。もしかして接着剤でも使っているのか?


 脚を閉じ、内股で膝同士をくっ付けている。ものすごい緊張だ。


「……だ……だからぁ……わたしで良ければ……いっぱい発散してもいいんですよ……?」


 スピード感が娼婦館。やはり娼婦経験があるんじゃないのか。


 この国の若い女は娼婦を一回通さないと職にありつけないシステムにでもなっているのか。


 そんな男に――――男にとって、都合が良すぎるシステムだな?


 そうか、ファッションだの文化だのと思っていたが、そうしたものは流行りで自然にできるか、誰かが作るかだ。もし、彼女らのあの異常が、誰かによって作られたとすれば? 若くて顔の整った女に限って、性的な格好をさせられる。そうしたシステムを作った者がいるということだ。


 そして何より彼女らの様子だ。普通に服を着る文化圏に居ながら恥じらいなくあの格好をしており、しかし人並み以上に欲情する。これはあまりに不自然だ。


 この状況がシステムによるものであり、彼女らの思考を犯した結果であるならば。この状況が洗脳実験の賜物でないと、どうして言えよう。これはきっと陰謀に違いない。推測でしかないが、彼女とこの場所にはより一層の警戒が必要だ。


「……ソフィアさん」


 彼女の手を下ろさせる。


「……アランさん、でも――」


 まだ何か言おうとしているので、またキスをした。


 長く。長くして。顔を離した。


「――僕はこれで十分です。ね?」

「……は……はひ……」


 必要がない限りセックスと言う労働は避けていこう。


 それより、せっかくのこのタイミングなのだ。気になることは全て聞こう。


「ところで、ひとつだけ、どうしても聞きたいことが……」

「……なんでしょうか」


「その下着、何製ですか?」


 ソフィアは顔をうつ向けて、また顔を真っ赤にした。


「…………もう。変なところでえっちなんですから……」


 殺すぞ。


 いかん、いかん。頭に血が登っている。どんな任務でも冷静でいたこの俺が、こんなところで感情に負けてなるものか。


「えっと。布です。亜麻だと思います……」

「亜麻? 本当に?」


「ほ、本当ですって!」


 ソフィアは立ち上がり、バスルームへ行って帰ってきた。


「ほらっ」


 受け取り、よく観察する。


 よくできた下着だが、大量生産品のような詰めの甘い仕上げではなく、きちんと仕立てられたハンドメイド製であることが分かる。農民にしてはいい下着を買うな。意外と稼げるのだろうか。


 そして、本当にただの亜麻だった。あの薄いゴムのような弾性は無い。


 人差し指と中指を揃えて股の部分に押し付けてみるが、あの貼り付いたような感じにはならない。


「あっ……そ……そんな……」

「ん~……」


 少し擦って、匂いも嗅いでみるが、亜麻以外の何者でもない。ゴムは使用されていないようだな……。


 それを見たソフィアが腰をびくんと震わせた。お前このパンツと連動でもしているのか。


 しかし、どうなっているんだ? 同じ下着じゃないのか。ならば彼女の下着を脱がせるのがいいのだろうが……。労働してまで素材を調べる気にはなれないな。


「……亜麻ですね」

「だ、だから言ったじゃないですか!」


「いま穿いているのもこれですか?」

「もう! えっち! ヘンタイ!」


「いえ、ごめんなさい。生地を見ていたらなんだか懐かしいような……もしかしたら、僕は仕立て屋だったのかも……」

「……! だったら、これを売っていたお店に行ってみましょ!」


「ええ。町に行きましょう。その道の途中で色々と教えてください」

「わかりました。任せてください、アランさんっ」


 ソフィアは胸を張って乳を揺らした。そういえば、この服も亜麻だったか……。


 謎が謎を呼ぶ服問題を忘れようとした瞬間、電撃が走った。


 そういえば、ソフィアは恥じらいながら下着を見せてきた。ならば、少なくとも『下着は恥ずかしい』という認識はある。


 じゃあ、あの騎士はなんなのだ。


 …………。


 ……いや。もういい。こんなに熱を出すべきところではない。冷静に考えれば、俺が生き残るかどうかと関係がないではないか。


 そうだそうだ。迷うことなどなかった。気にしなければいいじゃないか馬鹿馬鹿しい。


「はいっ、これどうぞ」


 俺が唸っていた間に、彼女は部屋で着替えてきたようだ。昨日の無茶な胸元の服になっていた。


 そして差し出されているのは、上着とズボンだった。革のロングコートはずしりと重く、ズボンはしっかりとした綿だ。これが本当に中世のヨーロッパなら、たしか綿は高級品だったはず。


「どうも。これはどうしたんですか?」

「お父さんのです。もう、死んじゃいましたけど」

「そうですか。すみません。……では着替えてきますね」


 寝室へ戻り、着替える。サイズに問題はない。


 戻ったら、ソフィアがいない。


「こっちでーす!」


 外のようだ。出ると馬に乗った彼女が出迎えてくれた。


「馬も飼っているんですね」

「やっぱり便利ですからねー。ほら、早く行きましょっ」


 彼女の手を借りて、後ろへ座り、ぎゅっと抱き付いた。


「はいよーっ」


 小気味よい揺れと蹄のリズムに乗せられながら、十三分の質問時間を過ごす。


 到着までに得られた情報としては、


・ソフィアは農民であり、その中でも羊飼いである。

・この国はローズマリー王国といい、中世ヨーロッパを参考に作られたオリジナルの国家のようだ。

・王国騎士団は数少ない戦争への参加と街の治安維持をしている。

・ただし王室の威光としての象徴の面が強く、治安維持は民のためより国のための側面が強い。


 といったようなことだ。


 それを鑑みるに、王国騎士団はろくな仕事がないため礼儀や礼節に対する姿勢を拗らせ、意味の分からないルールを設けているだろうことが手に取るように分かった。


 …………。


 やはり、アリアンナが戻ってくる前にどうにかして逃げないとな。しかしソフィアはまだ使える。次の情報源が見つかるまでは見捨てられない。


 ………………。


 ……見ない振りをしようと思ったが、無理だな。


 あの家から見えていなかったのが不思議なほど巨大な城。活気に溢れるその城下町。その人口密度。さらに街は石の城壁に囲まれている。


 日本に、こんな場所はない。こうしたアミューズメントがあるならば、ある程度は知名度があるはずだ。日本式ではない城が立っているのだからなおさらだ。


「ソフィアさん」

「なんでしょ」


 駐輪場のような場所に馬を繋ぎながら、彼女は答えた。


「ある単語が頭に思い浮かんだんです。ニホン、あるいはジャパン。ご存じでしょうか」

「知りませんね……」


「では、アジアは?」

「それも」


「ヨーロッパ」

「それもです」


 ならば、ここは本当に公用語が日本語の別の国なのだ。言語が同じ以上は、日本にゆかりが無ければおかしいはずなのだが、それもない。


 ここは――なんなのだ。


「……ごめんなさい。全然お力になれなくて……」


 ソフィアはあからさまにしょんぼりしてしまった。


「いえ。ソフィアさんのせいじゃないですよ。いやぁ、なんでこんな不思議な単語が思い浮かんだんだろう」


 行きましょう。そう促し、城壁の門に立つ。


 門番と思われる甲冑が二人。プレート式の鉄板鎧にはサーコート風の布がついており、そこにはついさっき見たローズマリー王国の国旗と思わしきトゲの輪と花のシンボルがあった。


 ――おい待て。こいつらはちゃんと鎧を着ているじゃないか。


 じゃあ、あの痴女はなんなのだ。


「行きますよー、アランさん」

「……ん。あぁ、すみません」


 いつの間にか先に進んでいたソフィアを、小走りで追いかける。


 ちくしょう。俺はいったいどうしてしまったんだ。生き残り、現状を把握するための情報を得るべきだというのに、どうして弾ける胸部の痴女たちばかりが気になるのだ。


「えーっと。じゃあまずは、仕立て屋さんに行きましょう! あっちです」


 街道に出店を並べる通りを一緒に歩いて行く。街道の人々は様々な服を着ており、やはり中世ヨーロッパの内の一国の服装のみ、というわけではないようだ。


 やはり、どこまでも設定に忠実なのは難しいのだろう。あるいは、こうしたファッションの自由さがローズマリー王国の体質なのかもしれない。


 少し奥の方にある一軒の古い木造の建物へ入る。中にはいくつもの服が並べられており、礼服から作業服まで幅広く取り揃えている。なるほど表の人たちはここで服を買っているのだな。


 おそらくこれらも手作りなのだろうが、これだけ振り幅の大きいノウハウがある辺り、腕のいい職人が何代にも渡って継いでいるのだろうと察しがついた。


 そして、この代の職人兼店主と見られる初老が出迎えた。細身で、眼鏡と立派に蓄えた口ひげだ。


「いらっしゃいませ。今日はどのようなお召し物を?」

「こんにちは。この人、アランさんって言うんですけれど、見たことはありませんか」

「ふむ……?」


 怪訝な店主だったが、一応は見てくれるようで、俺の顔を色々な角度から見て首を振った。当然だろう。仕立て屋になったことなどないのだ。


「……存じ上げませんなぁ。して、それがいかがなさいましたかな」

「アランさん、記憶がないんです。もしかしたら仕立て屋さんかもと思ったんですけど……」


「ほう。ではミスター。お手を拝借しても?」

「どうぞ」


 右手を差し出すと、ほんの一瞥しただけで店主は笑った。


「ご婦人。これは仕立て屋の手ではありませんよ」

「えっ! 手だけで分かるんですか!?」


「ええ。職人というものは、目と手を鍛えます。どのようにものを見て、どのような手をしているか。それで同業者か否かくらいは分かりますとも」

「ほぇ~……そうなんですね……」


 感心したような声を出していたが、すぐにしょげた顔になった。


「仕立て屋さんじゃなかったですねぇ」

「仕方ありませんよ。宛はありませんが、次に行きましょう」


「そうしま――あ。そうだ」


 なにかを思い付いたソフィアが店の奥の、商品棚の前に立った。


「せっかくなので、ちょっと見ていきましょうよ」


 買い物をする気なのだろう。それで機嫌を保てるならば安いものだ。


「いいですね」

「ねぇねぇアランさん。わたしのために選んでくれませんか?」


「僕が?」

「はいっ。お願いします」


「ファッションセンスに自信はありませんがね……」


 苦笑いしながら、棚に畳んで並べてある服をざっくりと見る。メンズにレディス。スーツやドレスのフォーマルからカジュアル。本当になんでもある。


「センスなんて関係ないですよ。誰の目から見てもかわいくなりたい訳じゃないんです。アランさんにとって良ければ……ね?」


 俺にとって、か。むしろそれが一番難しい。


 どういう格好の者がいいか。その問いではなにも思い浮かばん。潜入させる衣装決めと考えてみても、どこに潜り込むかで衣装は変わる。


 まあ。上品な都会風でいいだろう。この街で統一したファッション性が見られなかった以上、どういう格好でもそこまで不自然にはなるまい。それに――。


 ソフィアのはみだす胸の肉をちらりと見る。


 ――どんな衣装でも、あれよりはマシだろう。


 いくつかの服を取り、ソフィアに手渡す。


「こうだと思います」

「おー。即決ですね」


「自分の感性を信じたので」

「じゃあ……。すみません、試着したいです」


「いいですとも。さぁ、こちらへ」


 ではこちらへと、店の最も奥の扉を抜けた先にある試着室へ。


 彼女の着替える音を聞きながら、やれやれという気持ちになっていた。固めの生地を選び、インナーシャツまで渡したのだ。


 これであの下品な胸元とはおさらば。内心ほくそ笑んでいた。


 カーテンが、しゃっと開く。ドレススカートと、胸元を開けない貴族風シャツの彼女が立っていた。想像通り大人らしい気品のある格好で、それでいてカジュアルに決まり、乳に生地が貼り付いていた。


「どうして……」


 思わず呟いてしまった。無かっただろ、その乳入れ袋。生地もう伸びきっているんじゃないのか。


「あ、あんまり……似合わなかったでしょうか……」

「い、いえ。その、どうしてこんなにも綺麗になれるんだろう、と」

「まぁっ……。もう……アランったらぁ」


 両手を頬に、くねくねと照れている。


「お気に召しましたかな?」

「はいっ。とっても!」


 では寸法を取りましょうと、店主はメジャーを取り出した。


 ここからリフォームが終わり、会計するまでずっとニコニコとするソフィアだった。

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