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貴いお方が裸同然とはどういう了見だ  作者: 能村龍之介
帰って来た殺し屋と15人前後くらいのハーレムの章
89/118

83 税金騒動と便乗娘

「神父に命狙われてたってマジな話か?」


 俺が戻ったことで集まってきた騎士団の列の中で、キャシディが腕を組みながら聞く。


 風俗街から奴隷商のところへ寄り、今夜集合としてからここへやって来たら、男衆が総出で出迎えた。


 知らないうちに、俺のハーレムが伝説になっていた。なんでも、ほぼ全員がバンベストの王子だかにナンパされ、それを振ったのだという。それでソフィアたちを見たことのない者たちさえ、俺のところにいる奴らが可愛いに違いないと確信し、盛り上がっていた。もちろん、アリアンナにはバレないようにだが。


 ……騎士団では特に何もしてないはずなんだがな。武器庫のヤツにちょっと恩を作っただけだぞ。なんで有名人になってしまったんだ……。


「ええ。でも、逃げた先で和解したのでもう大丈夫ですよ。もし彼を見かけても、攻撃とかする必要はありません」

「そうか。……アラン、まさかお前……」


「まさか、なんです?」

「い、いや、なんでもねぇよ。気にすんな。あぁ。まさかちげぇよな……」


 キャシディ。とりあえずそういう方向に持っていこうとするのをやめろ。


 するとアリアンナが間を見て、声を張り上げる。


「アランの帰還を祝おうとは、素晴らしい絆ではないか! まさか総出で迎えるとはな。だが、友情にばかり身を傾けるなよ。研鑽を怠るな! さぁ、挨拶が済んだら各自戻れ!」


 アリアンナが騎士たちへ号令するときの癖で、右足を石の地面へ叩き付け、スレッジハンマーのような異様に重い音が鳴る。


 その副次的に発生する乳暴れで、騎士たちに嫌な熱気がこもり、みなそそくさとその場を去っていった。


「素晴らしいな。いつの間にこんなに仲良くなったのだ、アラン」

「いや……そうだな、まぁ……」


 肩書きだけのハーレムの主で、なにか騎士団の男衆のカースト最上位になったらしいとも言えず、誤魔化した。


「ともあれ、貴様もだぞアラン。基本に忠実に、鍛練だ。いや待て、先にシュビントと会え」

「会ってどうするんだ」


「コラ。近くまで寄ったら挨拶するのだ。……むふ。恋人なのだから」


 よく分からない理由で連れられ、寝室へ。すると入った途端――。


「あぁ~ん来たぁ……余の騎士ぃ……」


 ベッドで尻が出迎えた。俺に気付いていない。


 練習したのか、八の字に尻を回し、したり顔がこちらへ向く。俺と目が合い、ピッタリと固まった。


「あ、アラン……。う、うっかり……余の魅力を存分に受けてしまったなぁ……」


 ほぼ泣き声だった。


 一方でアリアンナは――。


 ――脱衣した。


「セクシー系か辛抱たまらん……! アラン。挨拶中に悪いが始めるぞ。話ならヤりながらでもできるだろう」

「ちょっとは我慢しろ」


「もう脱いだのに」

「なら全裸で我慢しろ」


「むぅ……」


 アリアンナは本当に全裸で棒立ちになり、なんだか見ていて惨めになるので、ベッドの毛布を取って羽織らせた。


 それだけで顔を赤らめて、乙女の表情になった。チョロいというかわざと惚れてないか。


「あ、挨拶だったか。ふふ、魔王サマへの敬意を忘れないところは誉めてやろう。余の魅力でムラムラするであろうが、我慢するのだぞ」

「努力するよ」


「それで、なにか聞きたいことでもあるのか」

「そうだな……」


 シュビントが姿勢を正し、ベッドに座る。ピンと背筋を張って獣の爪鎧にめり込んだ胸を付き出し、獣の爪鎧に股の肉が食い込んで、覆い隠すというより、埋まっているような有り様だ。隠すものより肉の方が前に来ちゃダメだろ。


「その鎧、どうした」

「どうしたとは」


「色々な意味でな、まずどこで手にいれた」

「それは……魔王の鎧であるからな。魔族の誰かが作ったのだ。たぶん」


「たぶん?」

「気付いたら置いてあったから、普通に着た」


「……。魔族とか言っていたが、あの大陸にいるのか、魔族」

「無論おるとも。……ほぼ絶滅してるのだがな」


「どれくらいだ」

「五人くらいかな……」


 ウォーカーと同じくらいか。どうしてこの世界の悪の組織は何もないうちから崩壊しかけてるんだ。


「それと、もうひとつだけ」

「なんだ」


「その格好、恥ずかしくないのか」

「な……!」


「く……!?」


 ほぼ全裸手甲足甲の謎爪鎧局部隠しのシュビントだけではなく、ほぼ全裸手甲足甲のビタ付き乳袋のアリアンナもダメージを負った。指摘されたくらいでダメージを負うな。


「は、恥ずかしくないもん。余の崇高な姿ぞ」

「崇高な奴がほぼ全裸な訳があるか。いつもどんな気持ちで着てるんだそれ。ちゃんとしたもの着ろ」


「いまさら着た方が恥ずかしいではないか!」

「恥ずかしい現状を打破する方が先だろ」


「うむ。待てアラン」


 アリアンナが俺の肩を掴む。


「いいか。エロい身体だと……着ていた方がエロい」

「黙れ」


「なぜだ……」


 シュビントはベッドでシュンとして、うつ向きながら指をいじった。


「いいもんアラン、分かってくれないのなら。着ればいいのであろう着れば」


 そうして彼女は鎧を脱ぎ、二人目の全裸になった。部屋に二人も全裸はいらない。


「シュビント姫。ならば我の下着を着ておけい」

「き、キサマの……? おほ……」


 シュビントがアリアンナのような声を漏らした。


「うむ。貴様の汁を吸わせたい」


 気持ち悪……。


 だがシュビントは股間を中心にぶるりと震えた。


 さては恐ろしいほどにお似合いだな。


「……もう行ってもいいか?」

「おぉ終わったな。さぁあとは自由にしろアラン。よし、シュビント、どんなプレイにしようか」


「そ、それはまぁ、キサマに任せるぞい。ほら、余のために良い感じのヤツを考えておけい」

「うむ。ではアヌスだ。そこから始めよう」


「あぬす……?」


 二人がイチャイチャと話しているのを背に、部屋を出た。なんだったのだろう。本当に来る意味あったのか?


 目前には、キャシディが待ち構えてた。


「おいおい待ってたぜ……」

「待ってなくていいですよ……」


「やーまほど聞きたいことがある。ともあれ、あのドエロい女はお前のか?」

「どちらかというとアリアンナのものですかね」


「ってことは巡ってお前のだな。やっぱりか。しかも団長を呼び捨てかよ。ただ(もん)じゃねぇってずっと思ってたんだ」

「はぁ……。あぁそういえば団長に聞き忘れてたんですが、どうして税金なんて制度ができたんです?」


 するとキャシディは見るからに嫌という顔をした。


「あーあれなぁ。なんでも、国が大市場を買おうとして失敗したかららしい。でも嫌だよな急にさ。」


 この国の一番の収入源と思われる大市場は、イジャナ家――つまりひとつの家の所有物だ。それを財源として持っておきたい気持ちはあったのだろう。一方でイジャナ家は――当然だが――手元に残しておきたい。その結果の安定収入で、税金か。


 そういう風に事が動いた時期が、バルカンで伝説(ストーリーの強制力)を壊した時期と一致したのは、きっと偶然ではないのかもしれない。技術より先に、世界経済が進歩し始めている。


「さぁさぁ、観念して訓練所に来いよ師匠。いつもあんな大人数と、どうやってプレイしてんだ? みんな謎なんだよ。口と両手足とプラス一本使ったって、六人までが限界だろ? でさ――――」


 目眩(めくるめ)くほどの取っ替え引っ替えで、〝清らかな〟騎士たちの質問攻めに合い、帰りたくなりながらも訓練を可もなく不可もない成績でやり過ごして、夕方。


「――――そろそろ時間か。じゃ師匠、次は勿体ぶらずに教えてくれよ」

「はぁ……」


 適当な返事しかできない。彼らが想像しているのは酒池肉林のハーレムのようだし、近いが、そうではない。その想像から俺だけを抜けばいいのだが、たったそれだけを言えないでいた。出来上がった勘違いを消そうとするのは逆効果だ。


 殺し屋がこんなに目立ってどうする……。


 夕日の影を歩き、バー、こむらがえり――奴隷商の元へ。『貸切中』の札が下がる扉を抜けた中は、組織のメンバーが揃っていた。


「よし、来たか。さぁ死ね」


 奥のテーブルでむっすりとして俺を睨むジェーンが眉を潜めつつ言い放つと、殺し屋たちの視線が集まってきた。


 俺の視線はジェーンの帯を軽く体に巻いて服と言い張る普段着に囚われていた。


 お前、やっぱり普段着はそれなのか。逆だろ。なんで普段着の方が娼婦してるんだ。


「恨むならジミーを恨め」


 当の本人はジェーンの死角の席に座り、肩をすくめていた。俺も恨んでるからなお前。


 すると、ジェーンの隣にピッタリとくっついて座った奴隷商が肘で音を立てながら頬杖をついた。


「カネの話なら、わたしが聞き役になろう。それで――――わたしのジェーンに恥をかかせた上、こんな時間に集めるのだから、よっぽどなのだろうねぇ?」

「だからジミーを恨め……いやもういい。それより、集まって貰ったのは、この国に税金制度が導入されるからだ」


「そんなことはみんな知っているとも。しかし、殺し屋が高給取りってことを忘れてないかい? 誰一人支払いに困ることはないし、その予算で強化される警備だって、キミからの口利きで団長サマに話を通してもらえればいいじゃないか」

「確かにそれだけならできる。だがな、それだけじゃない。いいか。税金はな――――警備も関係なしに防犯に効く」


「なんだいそりゃ」


 みなが奴隷商と似たような反応だ。まぁ、当然か。当たり前に警戒するべきところだったのは俺の世界での話だからな。


「どれくらい厳密かは分からないが、税金は金を取るだけのものじゃあない。国の金の流れを見えるようにするものでもある。簡単に言えば、税金の導入で全ての店は帳簿をつけるようになる。すると、いつそれを売ったかが記録に残る。そして記録は、記憶の助けになる」

「お客さま情報……だね。わたしは細かーく帳簿を付けているから言いたいことは分かる。売らなかった相手はすぐ忘れるけれど、売って記録するときに何度も思い出すせいか、かなりの間覚えてられるのさ」


 仕事道具を調達する先で顔を覚えられると厄介なのは、税金に関係なくそうなのだ。それが、より記憶に残りやすくなる。そこがまず厄介だ。


「と、いうことは、大市場の外での買い物はそのままリスクになると思ってもよさそうだね。でも、たかだかその程度の厄介なのかい?」

「今のは売店の話だけだ。当然、客の方にだって影響がある。そもそも殺しの依頼料は全員が高く設定しているだろう。俺もそうだ。その支払いに加え、税金での定期的な支払いが起こる。するとどうなるか、想像がつくか?」


「……依頼人が破綻。国から調査が入り、口を割らずとも、収入と支出が合わないのがバレる、か。なるほどねぇ」


 額をトントンと叩きながら言う。奴隷商はいち早くその危険性を理解したようだが、他の殺し屋たちはあまりピンと来ていないようだ。するとジミーが手をあげる。


「だったら、オレみたいに依頼料を取らなければいいでしょう? 殺しはお仕事でやるものじゃないですよ」

「遊びで殺すな。というかお前どうやって生活してるんだ」


「ひ、み、つ、ですよ。ふふ」

「どうやらお前には無関係だな。帰っていいぞ。ほら帰れ」


 彼は酒の残ったグラスを振って酒を揺らして見せた。


「お前もう無視するからな。それで話の続きだが、俺たちにも直に影響してくる。なにせ、金の流れが見えるようになるんだからな。不自然に多すぎる収入があるとマークされる」

「派手に遊べなくなるってことだねぇ」


「それだけじゃあない。そこまでやるかは分からんが、最悪は国民の職業を記録する制度まで出る」

「ん? それは流石にじゃないかな」


「流石に、でもない。国としては最大限に収入を得たいはずだ。ならば、高給取りからは多めに取りたがるだろう」

「うん……。うん。そうだね」


「それで調査が入れば、専業の殺し屋は申請できるものがなく――」

「――あっさり足が付く、か」


 彼女は胸を組んだ腕に乗せのけ反り、ジェーンがその胸をいやらしい目で見ている。集中しろバカ。


 一方の奴隷商は真剣に考えてくれたようで、すぐ何かを思い付いたと頷いた。


「それじゃあ、存在しない会社を作って、そこへ所属させるのはどうだい? まさかお国だって、四六時中監視を続けようなんてことはないだろうし」

ペーパー・カンパニー(書類上だけの会社)か。流石だな。だが結局は、見せかけでもカネの流れを作らないとならない。国としては税の導入までに職業の調査を終えたいはずだから、それに間に合うとは思えない。だからまずは就職だ。それから転職させないとマズいぞ」


「だね。とはいえ、あまりウチから紹介しすぎると怪しい。何人かだけは助けられるが、他はどうにかしてね。ボスはどうかな」

「我輩からは紹介できん。それぐらい自力でなんとかしろ。それよりも引っ掛かっておるのはな、アラン」


 彼女は前のめりになってその胸をテーブルに乗せ、奴隷商がその横乳をいやらしい目で見ている。お前もか。


「どうしてそんなにも詳しいのだ。あまり、お勉強が好きと言う(つら)ではないにゃ……ないじゃろう……」


 ちょっと噛んだ。アイツにとって想定しうる限りで最悪の噛み方をした。涼しい顔をしているがどんどん顔が赤くなっていく。


 ――だから――話に集中しろバカ――――。


「殺し屋をやっていれば、嫌でもその国の税金に詳しくなるものだ。今に知れる。就職の相談なら、少しは受けられる。全部の面倒は見れんがな」


 とりあえず、どうにか全員を安全な状況まで持っていって、芋づる式に摘発されないよう気を付けないとな。騎士団は誤魔化せても、国までは誤魔化せん。


 早速、一人のそばかす娘がやって来た。というか、彼女だけが来た。


「あ、アラン。アタシはマリーってんだ」

「そうか。知っているようだが改めて。俺はアランだ」


「よろしく。……その、さ。まぁ、そういうのはよく分かんなくてさ……その……」


 彼女は気恥ずかしげに言葉を詰まらせた。頼るのが苦手なタイプか。まずは緊張を解いてやろう。


「こ、殺し方ならごまんと知ってんだけどなっ。あはっ、あはは……」

「殺しの手札は多いほどいい。得意な手口はなんだ?」


「え? やっぱり、ナイフだな。つっても、細い針みたいなヤツでさ、脊髄の隙間をスッパリやっちまうのさ。返り血がほとんどなくて快適だよ」

「理想的だが、ずいぶんとレベルの高い殺し方だな。腕がいい」


「そうかい? へへん。アランはどうだ?」

「俺も、ナイフは得意だ。だが普通は不意をついて別の殺し方をする。なるべく、自殺らしく、次には事故死。殺されたんだと思われたくないんでな」


「そ、それもレベル高くないか? でも、やっぱりいざとなったらこれだよな。分かってるね」


 言いながら彼女は、袖から小さなレイピアのような刃を出して見せた。だいぶ落ち着いてきたようで、上がっていた肩もすっかり落ちていた。


「それより、職の話か?」

「そ、そうだな。なりたいものがあるんだけどさ。殺し屋を両立させやすいヤツ」


「なんだ」

「主婦さ。専業主婦。なかなかいいアイデアだろ」


「そうか。だがそれだと、メインの収入を使いにくいが、大丈夫そうか?」

「そこはさ、なにか作って売って小銭を稼いでいるってことにして……」


「それがメインで良い気がするが……。まぁいい。だったら、相手を見つけ――っスーッ」


 嫌な予感がして、思わず息をのんだ。いやまさか。待て、今までの法則から考えろ。


 茶色のコルセ――前で紐締めする服に、ゆったりしたガウチョのように左右へ膨らんだ形を持つスカート。コイツは別に普通の格好だ。それどころか、一般人にしても露出度がかなり低い。よし。大丈夫だ。エロい格好をしていないのでハーレムには入ってこない。


「相手は決まってるのか?」

「い、いや……だからさアラン。い、いいかい?」


「相手の紹介まではできん……いや、できないことはないな……」


 騎士団の連中は飢えている。別に愛がない結婚だろうが、どうせ偽装ならば構わないか。


 だがマリーは、不満そうだった。


「……気付けバカ……」


 ここまで来ると予感どうこうではない。確定だろ。エロい格好をしていないのにハーレムに入ってこようとするな。


 違う。


 エロくとも入って来るな――――。


「なんの話だ?」

「お、お前が偽装しろって言うから頭を下げに来たんだろ。だ、だから……アタシと、結婚しろよ」


「俺である必要はないだろ。他にいないのか」

「ま、まぁ、アンタが一番……この中じゃ? 好きな方だし?」


 照れ隠し風に言うが、嘘の匂いがしない。嘘であれよ。


 どうするんだ。殺し屋組織の集会で余計なことをするなお前。ジェーンの視線の色が見えてないのか。


「ちょっと待て。うちに来ると言うことはボウイと付き合うことになるぞ」

「そ、それでも……いいさ」


「なぁ冷静になれ。他のどの男でも、ジミーよりはマシだと考えてみろ。魅力的に見えてくるだろう?」


 ジミーは口をへの字に曲げ、おちゃらけて両肩をすくめた。マリーも彼のその様子を見て、少し苦い顔をした。


「……そうだね。ジミーと比べれば、まぁ」

「そうだろう。最悪の場合よりよっぽどいい」


「うん。アンタがもうちょっとだけ……ほら……カッコよく見えないこともないかな」

「一回俺から離れないか?」


「どうしてだい。アンタが好きって言って――ないけどぉ。アンタが一番マシって言ってんだ」


 口を滑らせ、慌てて直し、頬を膨らませて「フゥーっ」と息を吹く。やかましい。茶番を見せてくるな。


「勘弁しろ。もう十三人いるんだぞ」


 周囲が一気にざわついた。ジェーンと奴隷商さえ、化け物を見る目になっていた。


 ――――知らなかったんかい。


 ――自分でバラした。


 ――やらかした――――。


「なぁアラン。ほら、理由も考えてんだ」

「……なんだ。どうせロクな理由じゃないだろ」


「判断は聞いてからにしな。アンタいれて十四人もいるんだから、食うもの買うものにはバラつきがあるはずだ。殺し屋ふたり分の収入を誤魔化すのにうってつけじゃないかい?」

「………………」


 ロクな理由で論破されたんだが……。急に賢くなるな。その賢さでハーレムに入らない選択肢を思い付け。


「じゃあ決まりだね」

「勝手に決めるな」


「……ふぅん。偉そうに。ハーレムの王様の絶対命令かい?」

「王じゃあない」


「嘘つき。決定権はアンタにあるんだろ」

「生憎だが、そういうシステムじゃないんだ」


「…………。あっそ。もういい」


 それだけ言ってマリーは出ていった。ということは、振られてくれたのだろうか。


 ひと安心だが、これはこれで大丈夫だろうか。ちゃんと副業を作れないなら、ハーレムのコネでどうにかしてやるしかないな。


 というか、マリーは法則から外れるのにハーレムに入ってこようとしたが、どうなってるんだ。バルカンで伝説が壊れたことに関係してるのか。これからはもはや、関係なく惚れられるのか。そんなことになったら殺し屋廃業だぞ。


「とにかく、まずは表の仕事を見つけておけ。いいな」

「組織の王は我輩だ。我が物顔で指図するなお主」


 ジェーンの視線を横目に、酒場を出る。


 それから大市場を出るときになって、追ってきたのはジミーだった。


「待ってくださいよアランさん」

「変な話をする気だな?」


「信用がないなぁ。ですけど、変って言うのはその通りです。ここがちょうどいい所でね、あれをご覧あれ」


 彼が指したのは、みっちりと敷き詰められたように横へ並ぶ出店のひとつだ。いや、厳密には出店だったスペースだろう。


 何か、火事……というよりは爆発で吹っ飛ばされたように、カウンターや仕切りの壁がボロボロにささくれていた。


「誰かが爆弾で吹っ飛ばしたのか」

「ご名答。どこかで殺した死体を処理するためだけに、こんな大騒ぎになるような無茶苦茶をやったヤツがいるんです。ですが、うちの誰もそんなことはしてません」


 ジミーはゆっくりとやってきて、恋人のように身体を寄せ、耳打ちをしてきた。


「オレの直感では……アランさんに心当たりがあるんじゃないかと思うんです。質感は違えど――このレベルで無茶苦茶なことをする人はそうそういませんから」


 なにか追い詰められているらしいが、話に集中できない。


 お前は……入ってこないよな……。大丈夫だよな……。


「……検討違いだったな」

「それにしては、ずいぶんと緊張してますよ?」


「…………一応、聞いていいか?」

「どうぞ?」


「お前は流石に、ハーレムに入りたいとか言わないだろうな?」


 言うと彼は、普通に不快そうな顔をして俺から離れた。


 ひと安心だが、人として大切なことを失っていっている気がする――――。


「どれだけ自分に自信があるんですか」

「ただ、疑心暗鬼になってるだけだ。俺に立場になれば嫌でも分かる」


「なりたくありませんね。それじゃ、なにか思い出したら教えてください」


 彼は風のように去っていく。その背を見送りながら、ひとつため息が漏れた。


 ……証拠隠滅のために、殺すよりも無茶苦茶な方法を使う、か。まさかとは思うが……。


 近場の、他の酒場へ入る。路地の少し暗いところだ。


 さっきとは対局なほど人がいない。今に店を畳むのではないかと思えるほど静かなバーだった。


 カウンターに座ると、髭を蓄えた店主が寡黙に立つ。


「カクテルのベースには、何がある?」

「ジン、ウォッカ、ラム、テキーラ、ワインにビール。もちろんリキュールもある」


「それじゃあ、全て一対一、プースカフェスタイルで頼む」


 金を出すが、店主は眉を潜めた。


「ベースだけを? しかも全部か。うまいとは思えんな」

「ああ。それがヒットマンというカクテルだ。覚えておくといい」


殺し屋(ヒットマン)? 物騒な名前だ」

「そう名付けたヤツがいる。どこでも飲めて、何度でも手口(あじ)が変わっていくからだろうな」


「そうかい。変わってるが、堂々と好きなものを飲むと言うのが気に入った。面倒だが作ってやる」


 そうして店主はグラスを用意し、重い酒から順にバースプーンを伝わせながらゆっくり注いでいく。開けただけのボトルからずいぶんと器用なことができるな。


 そうして出てきた不味い酒をゆっくり飲み、趣味でもない酔いを受けながら、肩の力を抜いた。


「ずいぶんと気が張ってたな。バーは初めてか」


 そう言われてから、自分が緊張していたのだと気付いた。いかんな。せめて自己の状態くらいは把握できないと。


「この酒を好きなヤツを思い出すと、どうにもな」

「昔の女、か?」


「……そうだな」


 それよりももっとたちの悪い存在だが、嘘で合わせておく。


「どう別れたかは分からんが、時は前にしか進まないものだ。過去にすがっていたら、置いていかれるだけだぞ? 新しい女を見つけな」

「いや、もう、いい。十分だ……」


 今度は本音が出た。既に十三人もいる。これ以上は本当にいらない。


「独り身、か。それもスタイルだな。何度でも来るといい。ここはお前の居場所でもあるのだからな」

「……どうも」


 普通に通おうかな……。帰ったら十三人だからな……。


 酒を飲みきり、席を立つ。


「……またな」

「ああ。毎晩でも来いよ」


 外へ出て、すぐ次のバーへ向かった。そこではマスターの気が強く、断られてしまった。


 そうして次のバーへ。


 また、次のバーへ。


 夜も更けたので、帰路に着く。表へ、路地へ、壁の門への最短経路で……。


 ……ちょうどビスコーサの家か。まぁどうせセックスしてるんだろう。わざわざ寄るまでもない。


 …………寝るにはまだ早いくらいか。


 ………………まぁ、一応、挨拶するか。


 扉をノックする。そうして待っていると、トットットと怪しい足取りがやって来て、扉が開いた。


 慌てて履いたベルトが垂れたままのズボンと、固い乳首が浮いたワイシャツ。そして赤い顔をしたビスコーサが出てきた。案の定だ。


「あれ、アランさん。どうしたんすか来てくれて……」

「たまたま近くに来たからな。顔だけ見に……」


「それが……一番嬉しいっすよ? ……ふひ」

「そうか」


 すると奥からウォスとシャーリーが覗き込んできて、俺と認めるなりどちらも全裸で出てきた。


 やめろ。玄関を開けた状態で出てくるな。まずいだろ。


 仕方ないので中へ入る。扉が閉まるのと同時にシャーリーが抱きついてきて甘えた。


「あ、アラン。んっ。来たんだな……」


 ウォスの方が何か感じている。と思ったら、股間からコードが伸びて、つまみ付きのコントローラーがぶら下がっていた。


「ほ、ほら、うく、こんなスゴいものがあるんだぞ……くっくっく」


 言いながら腰を振り、ブランコのように揺らした。相当泥酔してないとやろうとは思わない行為だが酒でも飲んでるのか?


「止めろお前」

「ご、ごめん。あ、そうだ」


「なんだ?」

「これ、コントローラーからコード経由の魔術でモーターを回してて、モーターだけを回すと電気のエネルギーの逆流で壊れるんだけどさ、コードの長さに対する減衰が少ないなら、魔術より電気のエネルギーを循環させた方が効率いい気がする。モーターからのエネルギーを活用する方法があったらだけど……んくっ」


 ――バイブで感じながら人類の科学を劇的に変える発見をするな――――。


「そうか……」

「えっと、あ、あ、くるくるくるくる……んはぁっ!」


 立ったまま痙攣し、膝をついてしばらく感じて、それからつまみでバイブを止めながら引き抜いた。


「アランに見られながらって……きもちい……」

「…………」


「あれ、さっきなんか言ってた気がする。なんだっけ。まあいっか」


 ――――イって忘れるな――――――。


「……というか、ボウイは?」


 言うと、ウォスの様を見ながら着衣で始めていたビスコーサがビクりとしてこっちへ向いた。


「あ~……いま、その、相談しようとは思ったんすけど、明日でいいかなって……」

「…………」


 なにか、とんでもなく嫌な予感がした。


「急に来たんすけど、でも、フローレンスさんとかはオッケーでしたし……」


 その言い回し、まさか。


 部屋の奥へ、寝室の扉を抜けると――。


 ボウイとマリーが、双頭ディルドで繋がっていた。ボウイはなされるままに犯されている。


 マリーは、股の両端に紐を引っ掻けただけの下と、胸の周りにだけ布地があって、授乳に便利そうな下着と呼ぶのも怪しいランジェリーだった。もはや隠してさえない。


 そんなところに……、ハーレムの参加資格を隠すな……!


「アランじゃないか」

「せ、せんせぇ……」


「お前……!」


 こいつ……、やった……! やりやがった……!


 俺がハーレムの王じゃないと聞いたのは、他の入口から入るためだ……。


 ということは……。


「これで、アタシも一員だろ……?」


 十四人…………!

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