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貴いお方が裸同然とはどういう了見だ  作者: 能村龍之介
帰って来た殺し屋と15人前後くらいのハーレムの章
88/118

82 にゅうにゅうにゃん

「アランさーん……」


 寝慣れたベッドで、聞き馴染んだ声が囁いてきた。ソフィアはもう起きて、エプロン姿のまま俺を起こしに来たようだ。


「おはようございまーす……。ごはん出来ましたよ~……」

「……おはようございます」


 身を起こすと、自分でも驚くほど身体が軽かった。たった一晩で旅の疲れが取れるなんてことは、今までなかったんだがな。


 それに、今日は夢を見なかった。それだけ深く眠っていたということだろうか。


 乱交を観戦させられ、絶頂の数を数えさせられたからに違いない。それと十二人分の喘ぎ声を夜通し聞かされたせいだ。


「えへへ。この朝をずっと待っていたのです」

「そうですね。久しぶりに戻って来られて安心しました」


 リビングに出ると、ドゥカが丁寧に食卓を整え、もう座っているお自野が「早く早く」と手足に落ち着きのない様子。


 その向こうの窓では、草原の丘へ風の足跡が駆け上がっているところだった。


 あらゆる部屋が乱交現場の家とは思えないほど、平穏な朝だった。


「お自野ちゃんが取ってきてくれたキノコのシチューでーす」


 不穏かもしれない。バカが取ってきたキノコのシチューだと。最悪は死ぬぞ。


「へぇ。お自野さん」

「なんでござるか」


「そのキノコ食べられるんですか」

「食べられるに決まっとるでござる。そこな掘っ立て小屋のキノコご老体のお墨付きにござるよ」


「キノコご老体……? そういえばここ、村でしたね」


 過疎化が進むというより、廃村を生きてると言い張っているような村だ。他の住民がいたことをすっかり忘れていた。


 たぶんもう、ウチのハーレムの人数の方が多い。


「交流してるんですか。その格好で」

「そ、その格好とは何事か。これも立派な忍びの装束にござる。キノコご老体は何かにつけては食べられるキノコを持ってきて教えてくれる好好爺(こうこうや)にござるぞ」


「そのおじいさん。何かにつけては胸とかを見てきませんでした?」

「な、なぜ存じておられるのだアラン殿」


「えぇ……」


 ハーレムの乱交を覗かれてそうだな。解散は望んでいるが、こう、それはそれで何かな……。


「えっ。私の胸もよく見てましたよ? アランさん。もしかして……」

「まぁ……そうなんじゃないんですかね」


「えぇ~……。いい人だって思ってたのに……」

「注意してきます」


「あ。でもいま行方不明中ですよ」

「えぇ……」


 散歩に出ているような言い方だ。失踪はこの世界で、俺が思うよりポピュラーなのかもしれない。


「そういえば、みんなは無事だったんですね。行方不明のとき」

「ねっ! よかったぁ~。でもみんなの周りでも色んな人がいなくなってるみたいです。不安だから、みんな一緒に住みたいんですけどね」


「流石にあの大人数は狭いですよ。だからビスコーサさんの家とか、フローレンスさんの部屋とかに居候してるんでしょう」

「ですね~。みんなで住めるおっきい家ほしーなー」


 ビスコーサ宅にはボウイとシャーリーとウォスと――今は神父と塔に籠っているが――ルイマスが、フローレンス宅にはヒカリと茂美が、そしてアリアンナの部屋ではシュビントがそれぞれ住み着いている。


 なんというか、それぞれ好みに正直になりすぎた分配だった。それで夜がどうなっているかなど想像に難くない。特にビスコーサはヤバそうだ。一日一回までのセックスをちゃんと守れているとは思えない。


「ビスコーサさんは……隔離した方がよかったんじゃないでしょうか」

「え……。だ、ダメですよ。なんでそんなに酷いこと言うんですか」


「依存は、思っているより怖いからです。ソフィアさんだって、もしそういうことがもうできないってなったら耐えられますか?」

「…………むりぃ……ですぅ……」


「仕事はちゃんと、できてますか。お風呂に入ったりとかも。生活リズムが狂っちゃったり」

「そ、それはできてますもん。ちゃーんと、羊さんのお世話してます」


「いいですね。もしそれがどうでもよくなって、疎かになり始めたら、本気で気を付けてください。というか、相談してください」

「は、はい……」


 いつにもないトーンで話したからか、ソフィアは叱られたみたいにしょんぼりした。そういうつもりじゃなかったんだが……。


 するとお自野がソフィアを呼び、シチューの中から一番大きくて太いキノコをすくって咥え、口から飛び出させた。


「え、一緒に食べる……?」

「んーん。逆フェラにござる。おちんちんヒクンヒクーン」


 言いながら顔を振ってキノコを暴れさせた。


 ぶっとばすぞお前。


「わぁ~……」


 ソフィアにはそんなにウケなかった。


 いや、よく見たら右手を股間に伸ばし始めてる。


 嘘だろ……。


 怖……。


「食事したら、すぐに出ますね。ずっと出勤しなかったので、騎士団の方々に謝らないと」

「あ、はーい……。アランさん」


「はい」

「……アランさんのキノコも見たい……」


「……どうぞ」


 シチューからキノコを取り出す。


 ソフィアはちょっとむっすりとして、「ありがとーございます」とややぶっきらぼうに言った。


 お前のことが分からなくなってきたよ……。


 食事を終え、三人の「行ってらっしゃい」を背に外へ出る。そうして馬を借りようとしたとき。「やっほー」と人懐こい笑顔が迎えた。


 よく見れば、なんだか全体的に湿っている。


「ガーベラ。昨日はどうしたんだ」

「えへへ。ちょっと頑張ってきました。はいどーぞ」


 彼女が背後の地面に置いていた木箱は、俺のライフルの入れ物だった。たぶん壊された船に積まれていたものではなく、同じ種類の新しい箱だ。


「えっと。沈んでたんだけど、ちょっと女王様に手伝ってもらって、ちゃんと整備して……みたいな」

「海の底から取ってきたくれたのか。わざわざ済まない」


「ごめんなさいじゃなくて? そっちじゃない方がすき」

「……ありがとう」


「どーいたしまして~。弾もいっぱい入ってるよ。気を付けてね」


 ガーベラは少し周りを見回し、俺の目とその他とを交互に見ては、照れ笑い混じりの小声になった。


「ね。その、恋とか、そーいうんじゃないんだけどさ、実はさ……ご褒美にちょっとしてほしーなーってことがあって……」

「お安いご用だ」


「……ハグハグして? ぎゅーって言いながら」

「分かった分かった」


 彼女を胸に抱き寄せると、ガーベラも手を回してぎゅっと抱き付いた。


「ぎゅー」

「ぎゅぅ~~~……」


 視界の下では、彼女の尻尾が勢いよく左右に暴れ、海の香りを撒き散らしている。


「…………」

「…………どうだ」


「まだ…………」

「…………」


「………………ん。ありがとねぇ。えへへ」


 トロンとした顔で、ふにゃふにゃの笑顔を作っていた。


「仲のいい人はいっぱいいるけど、なんだかアランさんは……甘えたくなっちゃう。なんでだろねぇ」

「それは分から……」


 いや、そうか。


 例の怪物は、平行世界での俺だ。


 じゃあ、お前は――――。


 いや、待て。平行世界の俺が他人なら、そんなことは関係がない。血縁関係もなにもないだろう。ただの他人だ。


 だが。


「……知っておく権利はある、か」

「へ?」


「平行世界のお前に兄弟がいたとしたら、今のお前とはどんな関係だと思う?」

「む、むずかしい話……。分かんない……」


「世界を直せる知識があって、そんなに難しい話じゃないと思うがな。ちなみに俺は、何の関係もない他人だと思う。だからこそ、悪魔に教えられたことを、教える」

「う、うん。え? なんか緊張しちゃう……」


 彼女の面持ちに覚悟が見えるまで、十秒くらい待った。それから、口を開いた。


「あの怪物は平行世界での俺らしい。つまりお前は――――平行世界での俺の娘だ」

「…………」


 完全に固まってしまった。それから、少しだけ怯えた顔になった。


 ことを理解して、恐怖を感じ始めたときに見たものが、俺の顔ではなく股間だったのが、なんだか酷く胸を締め付けた。


「…………そっか」

「もちろん、だからと言ってどうこうしようとは思わん。いつも通りにするさ」


「それは……」


 ガーベラはソフィアの家を見て、また「そっか」と呟いた。


 それから、もう一度抱き付いてきた。


「……アランさんだったらよかった」

「殺し屋だぞ」


「そーじゃなくてさ……。お母さんみたいじゃない人。お父さんはすごく優しくて、なんでもお話聞いてくれて、でもそれは特別なお父さんだからだって、世界を出ていってから気付いたんだ。だから、あの大好きなお父さんくらい、大好きになれるお母さんじゃなくたってよかったの。あの人でさえ、なかったら――」


 彼女は顔を、もっと深く埋めた。


「――アランさんだったら、まだおうちで笑ってられたのに」

「……そうかもな」


「ごめんなさい……ちょっとだけ…………」

「ああ。時間ならある」


 彼女を抱き締めたまま、風が三回。雲の影に入って出るくらいの時間が過ぎる。


 合図のように大きく一息つき、彼女はまた顔を上げた。赤い鼻の、トロけた笑顔だった。


「あ……ありがとうございます……」

「どういたしまして」


「ねぇアランさん」

「どうした」


「ヒミツね? ヒミツ……」

「分かった。その代わり、銃のことも秘密だ」


「えへへ。取引せーりつ、なんて」


 思い切り伸びて、ガーベラは草原へ三歩ステップした。


「うん。いっぱい頑張れそう。困ったらいっぱい呼んでね。呼ばなくてもまた会いに来ちゃうけど」

「ああ。またな」


 手と尻尾をブンブンと振りながら、ふっと姿を消した。ガーベラやステイシーと話していると、あのハーレムで麻痺した感覚が引き戻されるようだ。だからと言って、何の用もなく呼ぶようなことはしないが。


 家のちょうど裏へライフルの箱を持っていき、地面へ置く。埋めた山賊たちの所だけ色とりどりに花が咲いていた。


 蓋を開けると、中には銃と、それを取り囲む複数の小箱。すべて中身にいっぱいいっぱいに弾丸が詰め込まれていた。百発以上はある。もう安泰だな。


 ひとまず箱を、埃の被った道具たちの後ろへ置いておき、改めて表へ。すると、蹄の音の方がやって来た。


「迎えにきたぞぉアラン! 乗るか!」

「悪いな。頼む」


 アリアンナの後ろに乗り、温かい腹を抱く。この感覚さえ久しぶりだ。


 馬に揺られていると、アリアンナが尻をこちらに突き出してくる。


「そらアラン。久しぶりのケツズリを楽しむがいい」

「言葉の使い方には気を付けろ。お前まさか、騎士団の中でもそんなこと言ってるのか」


「ま、まさかそんな訳があるか。寝室は寝室だからセーフであるはずだな?」

「……聞かれてなければセーフなんじゃないか」


 アリアンナの迎えで草原の、馬の蹄が作りかけている道を辿り、城壁の門を通る。またアリアンナが口を開いた。


「いやぁしかし。シュビントの身体はたまらんな」

「……そうか」


「王と名乗るだけあって極上の乳だ。あらゆる姿勢であらゆるエロさの形に変身する。具あわせで揺れる様など、それだけで絶頂ものだ」


 言うなかで、彼女のビタ貼り付き下着の股間が暗い色になっていく。どうして出勤の最中に濡れる様子を観察しないといけないのだろう。降りたいな。口実はないか。


「それはよかったな」

「あ。すまん急に思い出したのだが、国が税金とやらを導入するらしいぞ」


「なんだと……!」


 口実どころではない事態になっていた。不味い。早く組織に知らせないと。


「ど、どうしたアラン。確かに理不尽な感じはするが、そこまで生活に支障が出るようなものではないらしいし、なにより騎士団の予算を大きく増やしてくれるそうだ。もっと人員を増やして国の平和を守るチャンスでは……む。そうか貴様」

「警備が厳重になるだけならまだマシだ。すまんが少し先で降ろしてくれ。知らせないといけないヤツがいる」


「うむ。それが終わればすぐ、騎士団にも来るのだぞ。戻ってきたこと、皆に知らせてしまったからな」

「長くはかからない。お前さえよければ、この辺りで茶でも飲んで待ってろ」


「ほぉ。では、そのようにしようではないか。ふふふ」


 不敵に笑う。なにかしでかすつもりだろうか。


「なにがおかしい?」

「我のこの身体にみな夢中でな。座っているだけで皆この乳を盗み見て、ちょっと脚を開けば、トイレに駆け込む者が増える……。我でオナニーしてるに違いない」


「やかましい」

「案ずるなアラン。エロさの自信のため淫乱な目で見られたいが、見境の無い淫乱ではない。実は、貴様と正式に恋人となってから、レズ専門の『まん汁ーす・すたんどっ』にいるお気に入りの嬢……乳乳娘(にゅうにゅうにゃん)に泣く泣く別れを告げてな……」


「風俗店をそう呼んでるのかお前」

「いや、店の名前だぞ? 流石の我とてそこまで下品な名は中々付けん。我なら……イエロー・オア・ソルティ・シャワー。やはり放尿と潮吹きは顔から浴びるに限る」


「騎士団に入団したとき『(けが)れなき』とか言ったろ。なんで尿を汚れにカウントしてないんだ」

「姫たちのヴァギナから出るものが汚いわけがあるか。むしろお清めであろう」


「すまない。黙れ」

「な……。貴様から聞いたのに……」


「というかそんな毎日浴びてるのか。汚いだろ。ちゃんと風呂に入ってるんだろうな」

「うむ。シャワー後のセックスでは全部飲んでる」


「すまない。黙れ」

「どうしてだ……」


 会話の全てにトラップが仕組んである。どう展開してもセックスに収束する意味がわからん。今更ながら、なんだコイツは。


「風呂で思い出したが、近くの山の足元で温泉が出たと言う。みんなでそれに行こうかと相談しておったのだが、アランはどうする」

「色々とやることがあってな。すまんが、お前らで楽しんできてくれ。家には誰か残るのか」


「ドゥカ姫が残る。なんでも、熱湯に浸かっては危ういとかでな。留守は安心せい」

「そうか。分かった。それじゃあ、楽しんでこい」


 俺を下ろし、彼女はすぐ近くのカフェに馬を繋ぎ始めた。それを横目に建物の隙間へ入り、小高いレンガの塀で作られた人気のない行き止まりの近くへ。家との低い塀の隙間へ入って進み、行き止まりの壁の裏にある洞窟の入り口へ入った。


 それから蟻の巣のような道を進もうとしたが――。


「ん?」


 いつもならば灯っている入り口の松明が無い。それに、火をつけるための道具もだ。撤去されたのなら、この入り口はもう見つかったのか……。


 戻ろうと振り返ったら、洞窟の入り口に覚えのある影が立っていた。


「やぁ、戻ってたんですね」

「ジミー。久しぶりだな」


 懐かしい顔で、またあの地獄のバルカン大陸から帰ってこられたのだなとほっとしてしまった。


「お陰様で、つい最近までの1ヶ月以上も退屈しました。ひどい人です」

「悪く思うな。それより、急ぎでな。大事な話があるからお前も来い」


「組織のアジトへですか? 閉鎖されてますよ」

「なんだと?」


 彼はあくまでもニコニコとして、肩をすくめた。


「おたくのニンジャ……お自野さんという面白い女がいるでしょう?」

「確かに色々と面白い奴だが、なにをやらかした?」


「地下で大爆発を起こして地面を揺らしたお陰で、謎の地震として騎士団が調査に乗り出したんです。初めてですよこんなこと」


 以前、ルイマスの苦情が俺に殺到したことがあった。今度はお自野か、もしかしたらハーレムメンバー全員分の苦情がやってくるかもしれん。


 バルカンに帰りたくなってきた……。


「なんか……すまんな」

「いいんですよ。アランさんのところの女、みんな面白いので好きですよ。そのうち、うかがっても?」


「セックス以外に何もしないぞアイツらは」

「あぁ……。やはり、たまに見かけるくらいが丁度いいですね。そんなことより、どうしてそんなに慌ててるんですか」


 彼は腕を組み、洞窟の壁に肩を当てて寄りかかり、話を聞く体勢になった。話すまで教えないと暗に示しているのだろう。


「細かい話を二度もするのは面倒だから、これだけ言う。税金で殺し屋組織が崩壊する」

「なんですって?」


「それで、ジェーンはどこにいる」

「……はぁ。用は全員を召集したい、と。分かりましたよ。できれば口にしたくなかったんですがね」


 彼は本当に嫌そうな顔で、その姿勢を正した。


 勿体ぶっていた訳じゃないのか?


「ボスは……『まん汁ーす・すたんどっ』という店の看板娘です。『乳乳娘』という名でね」

「嘘だろ」


 壁に腕を置き、その腕に頭を押し付けるようにして立ち、目眩を逃がした。


 アリアンナのお気に入りの風俗嬢だったのか……。知りたくなかった……。


「嘘じゃあありません」

「というか、奴隷商はいいのか。たしかジェーンと関係があるんじゃなかったか」


「さぁ? どうでしょうね。ただ、奴隷商はあの店へ足繁(あししげ)く通ってるそうですねぇ」

「そういうことか……」


 ボウイがいつだったか、奴隷商に対して「ボスとエッチしまくってる」などと言っていた。ジェーンが働く風俗店に通っていたということか。しかもそれがアリアンナも通っていて、乳乳娘としてジェーンを指名しまくっていた。奇妙なまでに点と点が――いや。


 そんなもの――繋がらんでいい――――。


「オレは同行しませんよ? あそこはレズビアン限定です。男が行けばきっと、みっともない元カレのように追い返されるでしょうね」

「だろうな。だが俺には頼る宛がある」


「いいですね。では行ってらっしゃい。オレは号令がかかってから向かいます」


 洞窟の入り口に寄りかかったままの彼を通り過ぎ、路地を戻って表通りへ。アリアンナがいるカフェの前には小さな人溜まりができていた。しかも彼女の言った通り、視線が胸と股間に集中していた。


 それに対してアリアンナは、布の薄い乳袋の先端を鋭くしていた。そのどや顔を止めろ。


 この中で彼女を呼ぶのは目立ちすぎる。仕方ないので少し離れた所に立ち、それっぽく彼女を見る。すると俺に気付いたのか、手早く会計を済ませ、馬に乗ってやって来た。


「終わったか。ふふふ。仕事人のような佇まいだったな」

「お前のせいでな」


 アリアンナの後ろに飛び乗る。


「いつも気になるんだが、胸のその有り様はなんだ」

「何がだ?」


「乳首が立ってるぞ」


 彼女はバッと下を向くや否や、耳まで真っ赤に染まり上がる。何を今さら。


「し、しまった。こんな破廉恥な状態で……! 隠してくれアラン!」

「嫌だが?」


「えぇいじゃあ手綱を持てい!」


 彼女が後ろ手に渡してくるので、それを持つと、アリアンナを後ろから抱くような姿勢になった。彼女は腕組のフリで胸を潰して隠す。


「ふぅ。戻ったらシュビント姫を抱いて発散せねば」

「……。発散と言えば、少し頼みがあってな」


「せせせ、セックスか? 大丈夫だ。ドゥカ姫のおかげでもう挿入は怖くないからな……。ふふ。中で精子を吹き出されるのがどんな感覚なのか楽しみだ……」


 そういえば挿入恐怖症だったなお前。そのままでいれば良かったものを……。


「そうじゃない。実は、乳乳娘に用ができた」

「なにっ。しかし彼女はレズビアンだ。残念だが、貴様のハーレムには入らんと思うぞ」


「仕事の話だ。すぐ股間の用事にするお前と一緒にするな」

「むぅ。しかし、お前の仕事とどう関係が?」


「すまん。それは秘密だ」

「そうか……。ん。そこを左だ」


 大通りから路地へ。いつだったかルイマスを迎えに行った娼婦街はかなり奥まったところだ。


「あ、アラン」

「なんだ」


「す、すまん。もう限界だ」

「は?」


「呼んでくるついでに乳乳娘とセックスさせてくれ。頼む。この事は内密に……」

「……勝手にしろ」


「よしきた。一度っきりの浮気だ。しゃぶり尽くさねば……」




「ありがとございましにゃ~ん♡」


 渾身の萌え声(カワボ)を出し、ジェーンは入り口まで客をお見送りした。褐色巨乳で、銀の髪色に合ったケモミミカチューシャのコスプレ。胸元が緩めのワンピースのスカートをひらひらと揺らしている。その愛らしさに、来たばかりの客がぽうっとジェーンに見とれ、カウンターで指名を迷い始める。


 やれやれ。この身体をうまく使うのはよいが、ハードな仕事だ。しかし人心掌握にはもってこいでもある。


 セックスと拷問は良く似ている。どちらも懇願を誘うものであり、その違いと言えば、望むものを与えるか、望まぬものを与えるか――――。我輩こそが支配者と気付かず、我輩に哀願することになるのだ。主であるのは、組織の肩書だけではない。


 部屋へ戻り、スタッフと手分けしてシャワーで部屋を流す。


「毎回マットぬるぬるですね。にゅーさんの?」

「そーにゃん。でも、今のお客サマもおんなじくらいびゅーびゅーしてたにゃあ」


「毎回、よく出せますね。水分補給しっかりしましょうね。そこに用意してるんで」


 彼女がスタッフ入り口のところに置いたコップを受け取り、よく冷えた水を飲み干す。このスタッフはかなり仕事ができるので、殺し屋組織の助手にも欲しいくらいだった。


「急にシフト多く入ってくれて、ウチには嬉しい限りです。なにか、あったんですか?」

「気分にゃ。いろんなお客サマと……えっちしたいにゃって。にゃはっ」


 組織……。全く。アランのバカがあのようなバカ忍をハーレムに引き入れたばかりに、まさか調査が終わるまで鳴りを潜めねばならぬとは。戻ってきたらこってり叱ってやる。


 スタッフが細かなところまでよく観察し、汚れが残ってないかチェックした。


「さて……、終……わ……り……ですね。さっきチラッと見えたんですが、懐かしいお客サマが来てましたよ」

「ぅにゃ?」


「誰かはお楽しみです。では」


 そう言って、彼女は出ていった。


 懐かしいお客サマ……? まぁ、誰であろうが我輩に屈することになる。


 扉が開くと同時に、ジェーンは猫の手を頬の横に作り、身体を傾けた。


「いらっしゃいまぁぁああ!?」


 アリアンナ。痴女で高名な騎士。それだけならいい。今まで散々セックスしたのだ。


 コイツは部下(アラン)の恋人である。それが問題だ。威厳のために、コイツ経由でアイツにこのキャラがバレてはならぬ。


「ひ、久しぶりだな。にゅうにゃん……」

「お、お久しぶり~……。寂しかったにゃあ~ん」


 どうにか営業トークへ持ち直す。だが待てと、尊厳が警鐘を鳴らす。


 アリアンナとセックスするということは、アランのハーレムの一人に抱かれるということであるから、つまりアランに抱かれるより格下ということではないのか。


 断じてセックスするわけにはいかない。だがセックスを拒絶する訳にもいかない。どうする。とにかく時間稼ぎだ。


 どうする……。どうする……!


「我もだ、にゅうにゃん。久しぶりに、シャワーごっこしようじゃないか……」

「ん~ん。寂しがらせた罰として……オナニー……してにゃ?」


「なにっ。く、久し振りに会ってこんな……なんたる屈辱……!」


 言いながら彼女は手甲足甲を脱ぎ、ツカツカとマットに向かったと思えば、頼まれてもいないのに全開の開脚で、既に濡れた下着をずらして見せ付けつつ、凄い勢いで擦り始めた。


 え。何一つ抵抗しないのか。進んでやってないか。


 怖……。


「にゅうにゃん……。変わらず堪らん身体だ……。もっと見せてくれ……」

「はぁ~い♡」


 営業ボイスは出せるが、内心で焦っていた。時間稼ぎをしようとしたのに、なぜこいつは競技的オナニーを始めるのだ。達したらいよいよ終わりだ。


 ジェーンはワンピースの肩紐を下ろして、ゆっくりと胸を見せていった。


「うぐ、いぐぅっ……!」

「え」


 達した。なんてことだ。まだ乳首出してないのに達した。なんだコイツは。


「はぁ……はぁ……凄いな。自己新記録だ……」

「凄いにゃ~……」


 打つ手なしか。いや、まだだ。罪悪に漬け込もう。


「ねーねーアリアンにゃん」

「よしセックスだな」


「ち、違うにゃあ。聞いて?」

「うむ」


「この間、ソフィア(金髪の女の子)と歩いてたよにゃ?」

「な……!」


 怯んだ。よしここだ。ここが弱点だ。


「あと、お自野(タイツの子)とか、ビスコーサ(可愛いお胸の子)、それにそれに、フローレンス(エッチな身体の子)とか……」

「むぐぐ……」


「誰にゃ?」

「…………妹だ」


 嘘をついた。よし。もうひと押し。


「嘘にゃ。にゅうにゃんを見る目で見てたにゃ。それに、最後に来たときは心に決めた子がどうこう言ってたにゃ。浮気にゃ」

「ち、違うのだ。話すと長いが、ほぼ娘だけのハーレムがあってな」


「いっぱいるからって、ぜんぜん違う子とエッチしていいにゃ?」

「それは……」


「サイテーにゃ」


 渾身の見下し。よし、返金されようとコイツだけは拒絶よ。


「にゅうにゃんのカラダ、好きにしたかったら……みんなと別れてにゃ」

「そ、それは……無理だ……すまん」


「それでいいにゃ――――おい、なにナカで始めてるにゃ!」


 人が話しているのに勝手にオナニーし始めた。本当に何考えるのだコイツは。


「その目線がたまらん……!」

「止めるにゃ! そういうときじゃないのに勝手にオカズにするなんてほんとにサイテーにゃ!」


「あ、すまんでももういぐぅっ!」


 イった。


 怖……。


「二回も達したのに噴いてない……。こんなこともあるのだな」

「どうでもいいにゃ……。お金はいいから帰ってにゃ……」


「こんなに気持ちよくなったのにいいのか?」

「払いたかったら払ってもいいにゃ」


「うむ。それがいいだろう」

「払うのかにゃ……」


 以前、通い詰めてきた時よりも訳が分からない女になっていた。全く読めない。こんな人間が存在したのか。殺し屋として対峙したどんなターゲットや、どんな殺し屋とて、この異質の恐怖を醸し出せる者などいなかった。


 それが風俗の客なのか……。


「……怒らないで聞いてほしいのだが、にゅうにゃんと浮気しに来たのはついででな。会って欲しい者がいる」

「会って欲しい? 会ったら帰るにゃ?」


「うむ。……やっぱり一度くらいシックスナインしては駄目か?」

「浮気成立にゃ」


「むぅ……」


 一滴も濡れなかったワンピースを着なおして立つ。アリアンナもずらしただけの下着を戻し立ちあがり、共に部屋を出た。


 かなり精神を削られたが、まぁ、客の斡旋をしてくれるならば許してやろうか……。




「だーれにゃぁあああ!?」


 路地で待っていた所、覗き込んできたぶりっ子声が絶叫に変わった。ぶりっ子のひとつでもしてるかもしれないと予想はできたが、そのワンピース姿は完全に予想外だった。


 ジェーン……お前、風俗で働いてる時の方が露出が少ないのか……。


「じぇ……乳乳娘だな」


 この勢いに置いていかれそうになり、危うく本名を言いかけた。彼女の後ろには、アリアンナがいる。


 ジェーンはアリアンナに瀬を向けたまま、顔にできると想定される全てのシワを真っ黒な線になるほどの形相で睨んできた。


「きみかにゃぁ~……。なんの用に"ゃ"ぁ"あ"~"?」


 凄まじく濁ったぶりっ子声。


 二人きりで話したいが、アリアンナがこの場所を離れたら殺されるんじゃないか。


「まぁ……ちょっとな。とりあえず落ち着け」

「落ち着いてるにゃぁ~……。すこぶる落ちつてんだにゃあぁあこっちはぁああ……」


 お気に入りの嬢の異常事態にアリアンナがアワアワとその場をうろつく。


「と、ところでアラン。にゅうにゃんとはどういう関係だ?」

「……ただのメッセンジャーだ。他のヤツに少し、集まれと伝えてほしくてな」


「そんなもん別に頼めるヤツがいるにゃろがい……」

「…………」


 そうか。奴隷商か。彼女のネットワークで、組織の人間を集められる。


 ジミー……アイツ……。


「分かった」

「待つにゃ……誰から聞いたのにゃ?」


「ジミーだ」

「あのニヤけ面ッ!」


 乳乳娘のキャラに到底合わぬ咆哮に、アリアンナは怯えるどころかニヤニヤして彼女の尻を眺めていた。


 お前のメンタルはどうなってるんだ。


「分かった。分かったにゃ。アランお前は責任とれにゃ」

「やめろ。ハーレムに入ってこようとするな」


「キモ。死ねにゃ」


 天を仰いだ。


 今まで服がヤバいことになっているヤツが責任を取れと言うとき、ハーレムに入ってくる以外になかった。責任という言葉だけで反応する体になってしなっていた。


 俺は被害の法則に従っただけだ……。


「自刃にゃ。自刃しろにゃ。はよしねにゃ」

「悪いな。まだしばらくは生きる。俺はもう行くから……まぁ……あとは好きにしろアリアンナ」


 背を向けたとき、後ろから手甲に掴まれる。


「待ってくれいアラン。やはり、にゅうにゃんと交わるのは浮気だと思ってな……」

「何を今さら。またどうせ穢れなき云々かんぬん言うんだろう」


 彼女はハッとした。


「そうか。にゅうにゃんが穢れている訳がない。穢れないなら浮気ではないではないか」


 なにやら、ジェーンの顔が青くなった。


 …………もしかして、なにかやってしまったか?


「あ、アラン待つにゃ……。待ってく……」

「待つのはにゅうにゃんの方だ」


 助けを()う腕を、アリアンナが抱き締めておろした。


「にゅうにゃん……ヤるにゃん」

「ひ……」


 気持ち悪い台詞と共に、にゅうにゃんが路地から引き摺り出されていった。


 ……すまない……。

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