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貴いお方が裸同然とはどういう了見だ  作者: 能村龍之介
帰って来た殺し屋と15人前後くらいのハーレムの章
86/118

80 NTRチャラチャラ大作戦

 チャラ男ことバンバがローズマリー王国に至ったのは、ハーレムの主アランが女神の転送でソフィア宅へ戻る前日の正午だった。


 いざかわいい子を求め、人の往来する街道を西へ東へ、店を見定めるフリで踵を返しては闊歩して数往復。ついにかわいい子を発見した。


 金髪をまとめて右肩から垂らし、シックな服の胸元が際立つ初々しい娘だった。というか素晴らしい乳袋だった。触れたらそのまま柔らかさが伝わってきそうだ。


「どうもー」

「こんにちわー」


 チャラ男の死んだ距離感に対して彼女は、気さくに返して、気さくに笑う。これは可愛い。よし攻めよう。そうバンバは決意する。


「可愛いねぇ。どう?」

「え? えへへ。ありがとうございます。可愛くなれるように最近ちょっと頑張ってますっ」


「そー……だね?」


 バンバは『このあと一緒にデートしない?』という意味で「どう?」と問い、彼女は『可愛いと思うんだけどどう?』に対して答えた。微妙にズレている。


 そのズレは男を知らないからに違いない。バンバは余計に燃えた。


「お名前は?」

「私ですか? ソフィアですっ」


「へぇー可愛い。おれバンバ」

「よろしくお願いしまーす。それで、なにかご用ですか?」


「ご用もご用さ。このあとデート……どう?」


 ここぞとばかりに頬に触れようとしたが、やんわりと避けられ、バンバは普通に傷ついた。しかしそれで簡単に折れる男ではない。


「あ。ごめんなさい。もう……えへ、恋人、いるんです」


 むしろ燃えた。まずは不満を聞いて、お近づきになろう。


「へぇ? いいじゃん。どんな人?」

「えっと、いま八人いて……」


「え、八……」


 想像を遥かに凌駕する不貞ぶりに、バンバはびっくりしてしまった。


 おかしいな。思ってたのと違う……。


「そーう、なんだぁ?」

「みんな可愛い子なんです。みんな……だい……だいす……んへへへへへへ」


 照れて笑い始める。可愛い。彼女にしたい。そのときバンバに天啓が降りる。


 待てよ。じゃあ一人くらい増えてもいいんじゃね?


「マジか。入っていい?」

「え、ダメです」


「なんで?」

「男の子は、アランさんって人だけなんですよ~。それ以外は私、可愛い子とがいいでーす」


「え?」


 言っている意味が分からなかった。実際、ソフィアの情報不足さは深刻だった。理論の出力は言えど、構造は言わないので、バンバは混乱するしかなかった。


「はぁ……。実はですねぇ、私、もうすぐアランさんと、けっこ……結婚をぉ……んにへへへへへへ」


 また照れ笑い。可愛いし、なればこそ抱きたいが、アランという者の名前が出た途端――不貞ながらも――恋する乙女の顔になり、バンバの直感が囁く。


 これは無理。押しても断られるのがオチだ。やめとこ。


「そっかそっか。いいね。じゃあ良い一日を」

「はーい。バンバさんも、他に可愛い子が見つけられるといいですねっ」


 ソフィアはそのまま大市場の方へと向かう。その背をバンバは唖然と見届ける。


 今の言い回し……。ナンパするサイドなんだあの子……。と、まさかソフィアがハーレム一の性欲モンスターであり、可愛い女の子が来たらセックスで仲良くなろうとするチャラ男ならぬチャラ子であるとは知らず、垣間見える底知れなさに恐れおののいていた。


 バンバの旅は爪先の向きを変え、少し奥まったところへ。すると、とんでもない美女がいた。手足にだけ手甲足甲をつけ、胴体はさらけ出し、胸と股間に貼り付く下着だけの痴女だった。ちょうど馬からピョンと降り、その巨乳をユサユサと揺らしているところで、バンバはその万有引力に持っていかれた。


「どうも」

「ん? なにかお困りかな」


「えぇ困ってるんです。凄い美女を見つけてしまって」

「なにっ。どこだ!?」


 妙だな……。バンバはまたカウンターを食らい、頬を掻いた。こういう時にはちょっと困惑して、次の「目の前にいる」で照れるんじゃないのだろうか。なんで食らい付いているんだろう。


 と、まさか彼女が元レズ風俗狂いだったとは知らず、彼はどうにか話を続ける。


「え~……もちろん、あなたがそう……」

「む? ははっ! そうか。一本とられたな!」


 はつらつと胸を張り、また揺らす。凄い引力で、バンバは巨乳で万有引力を発見しそうであった。しかし肝心の脳が股間にあるので、全ての『素晴らしき発見(エウレーカ)』は『気持ちよくなりたい』に変換されていた。


 とりあえず、どうにか抱かねば。


「どう? このあと時間とか……」

「ない。騎士団長として、これから仕事でな」


「き、騎士団長……」


 バンバはどうにか言葉を飲む。危うく「その格好で騎士団は無理がある」と出そうだった。


「ふ。ナンパ。であることぐらいは分かる。センスはよかったが、機会が合わんかったな。もう心に決めた者がいる」

「あ~……そっか。ちなみにどういう……」


 彼女は返事をせず、馬に飛び乗った。その挙動一つ一つで巨乳が暴れまわった。淫らを通り越してギャグみたいに揺れる。


「言ったろう。時間はない。少なくとも、八人分を語るにはな」

「え」


 チャラ男は、ついさっきいたところを指差した。


「あの、あっちでソフィアって子と会ったんですが……」

「そうか。ならば次からは、名を聞くことだな。あと出会うとすれば……ボウイ、ビスコーサ、フローレンス、自野。みな可愛い姫たちだ。そして、我こそがアリアンナであるっ」


「あれ? みんな女の子?」

「だが、男が入る余地はない。ただ一人、アランを除いてな。ハイヨーッ!」


 そうして巨乳振動騎士団長は爽快に馬を駆った。


「……いいなーアランってやつ……」


 つまるところはハーレムだ。今でさえ美女二人を抱いていて、プラス、五人のハーレムだ。いいな~。


 と、まさかルイマスでプラス一人かつ、バルカン大陸で更にプラス五人したとは思いもしなかったバンバは、更に旅を続ける。


 ちょうど警備付属の病院を横切るとき、窓の向こうに目を疑う格好のナースがひとり。ひとりだけ制服の規格が破壊され、ちょっと角度がつくだけで下着が覗く巨尻と、乳が常に溢れそうな胸元。揉めとし揉めるところ全てが性器のようなボディである。


 それが休憩の時間なのか、ちょうど外に出てくるところだった。


 セックスが向こうから歩いてきたわ。おれトラバサミ。


「いたたた……」


 バンバはここぞと腹痛のフリで、さらりとスケベナースに近寄る。すると愛想笑いが帰ってきた。

「仮病ですねぇ。もぉ~。ダメですよぉ?」

「え?」


 パッと見で見抜かれていた。彼女がプロの看護師であるというのは見れば分かることだったが、エロすぎる身体と格好からクソ患者のよるクソ性欲の標的にされてクソ演技によるクソナンパを幾度となく受けてきたので、ナンパと仮病に対してだけ名探偵と名乗れる観察眼を培ったということはバンバの知るよしもないことだった。


「あ、分かる?」

「パッと見ぃ~(笑)」


 看護師は(笑)としか形容できない言い方でニコニコとしていた。その身体とは全く関係のない愛らしさで、バンバはどうしてもナンパを成功させたくなった。


 させたかったし、名前を聞きたくなかった。最後まで希望を持ちたかった。が、聞かざるを得なかった。


「ところで、名前ってさ」

「フローレンスでぇす」


「あぁ……。恋人八人?」

「知ってるんですかぁ?」


「うん。あっちでアリアンナって人とかソフィアって人とかと会って……」

「あーね。お兄さん見る目あるねぇ~。ちゃんと可愛い子ナンパしてるぢゃん」


「ほんと? ありがと」

「うえーいっ」


 彼女は上半身を横に傾け、顔の上で敬礼然と手を構えたと思えば指をパタパタと曲げた。


「それはね~。みんなアラぴんとこに入ってから、可愛くなろって頑張ってっからさ。効果出た~って感じ。マジうれぴ」

「あ~。じゃあなんか、ナンパしてよかった」


「ねー。お兄さんいい人だから、もっと可愛い子と出会えるといーねってお祈りしたげる。んじゃねぇ」


 そうしてフローレンスは歩いていった。


 ……もっと可愛い子なんかいねぇよ……。と、重い一呼吸。叶わぬと知っているのに一瞬でガチ恋させられ、チャラ男は深く傷付いた。彼女の肉が余すことなく魅力的である以上に、話の波長が合って、かつ可愛らしく気遣いができる。


 アランってやつホント……いいな~……。


 バンバは重くなった足取りでまたナンパ旅へ出る。


 すると、可愛い子を見かけた。が、幼すぎた。上半身を帯で巻くのみで服と言い張る、暑い季節を刺激しそうな子だった。


 流石にあれはないな。もう十年くらいオトナだったらな~。期待のホープだな~。と、思っていたら。


「ボウイ殿~」


 全身張り付きタイツの実質全裸美女が話し掛けていた。東のヨタカの和装が散見されるが、タイツがぴっちりし過ぎて実質全裸だった。胸の先がプックリとして、スジがスジだった。


 それと、あの女の子がボウイ? ボウイってアランのハーレムのひとり? と気付いてしまい、バンバの思考回路が速やかに破壊された。


「なんだよー」

「やや、今日も可愛いでござるね」


「ふふん。だろ? 先生の方からエッチしたいって言わせんだから」

「そうでござるか。でも、本番のとき上手くできないと恥ずかしくござるよ?」


「まぁそれはそうだけど……」

「そこで、ひとつ相談と洒落込みこうべ。えー……」


 ヨタカの痴女は周囲を確認する。普通にバンバが立っていたが、彼女は普通に気付かずボウイの耳に口を寄せた。


「……今度は射精まで舐め舐めさせてもらいたく。ビスコーサ殿に口の中で出してもらうぷれい(・・・)をば習ったもので……」

「――まだ懲りてねーのかコラっ!」


 ボウイが蹴りを入れようとすると、痴女は避けて「言ってみただけでござるっ!」逃げ始める。それを「まてコラー!」とボウイも追い掛けていった。


 少女が女の子にしか見えなかったのに付いている(・・・・・)、と気付いてしまい、バンバの常識もしめやかに破壊された。アランという者は一体、何者なのだろうか。ひょっとしたらとんでもない絶倫なのだろうか。可愛ければなんでも抱くのだろうか。バンバの中のアランは、余りにも心から毛深かった。


 まぁ……気持ちは分かるけどさ。とバンバは天をあおぐ。しかし二人を見かけたのは吉報でもあった。というのは、八人いる美女のうちもう七人は分かった。であれば、残りたったの一人、ビスコーサなる子と出会う確率は低い。かなり気楽である。


 そうして今度は北へ南へ行っては戻り、またも美女を見つけた。魔法協会とやらの近くで、暗い顔をしているが、スーツと中のシャツまで胸元を全開にし、飛び出た胸には一本の帯が横断するばかりという股間に刺激的な格好だ。


 大人しそうな可愛い子じゃ~ん。よしきた。とバンバは向かう。


「どうも~」

「うわ。……チッ……」


 バンバがチラチラ胸を見ていることを認めるなり、小さくだが漏れだす完全なる拒絶の声と、舌打ちと、眉間にシワを寄せるほど見下す目が一気に襲いかかってきた。


 まさか彼女がビスコーサとも、ビスコーサがハーレムメンバー以外とコミュニケーション拒否しているとも、彼女が性欲のあまり露出しているのにいざそれをそういう目で見てくる相手がいると嫌悪するという理不尽を振りかざされたとも知れず、バンバは激しく傷付いた。泣くかと思った。


「あ、すみません……」

「…………すんませ……」


 いつもならそのまま無視して行ってしまうビスコーサだが、丸くなったか、少し申し訳なげな顔で小さく謝ってから行った。バンバにとってはそんな前提がないため、怖いお姉さんだった。


 その足で路地裏に向かい、ちょっと泣いた。それから気を取り直したバンバはすでに、もうダメだと心が折れていた。


 路地を出ようとしたときのこと、なにか、単純に美女というわけではないが、やや幸薄そうで、とてもグッと来る子が困った顔で路地の地面を熱心に眺めていた。


「どうしたんすか?」

「え? いえ、この辺に指輪を落としちゃって……」


 ……これは助けてナンパのチャンスでは? バンバの折れ曲がった心が直立した。


「あーじゃあ一緒に探しましょ?」

「あ、ありがとうございます」


 それから石畳の隙間を探して、ちょうど落ちてきた日が路地に射し込んだとき、キラリと光ったそれを見つけた。取ってみれば、それは婚約指輪だった。


「見付けた~っ」

「あっ、ホントですか!?」


 手渡してやると、ホッとした顔をしたが、それを付け直そうとするなり、彼女は少し切なげな顔をした。


「あれあれ、どうしたの?」

「え、いや……」


「なんか、嬉しそうじゃないっていうか」

「…………」


 彼女は少しためらう。しかしチャラ男は判断の隙を与えまいと頑張った。


「ところでお姉さん、お名前は?」

「が、ガルニエです……」


「おれバンバ。で、どーしたのいったい?」


 その一押しで、ガルニエはため息ひとつを挟んでから語り始めた。


「実は……新婚で、夫とは……上手くいってるって言えば上手くいってるんだけど」

「不満がある?」


「そう。会社って、最近あるじゃない。いっぱい人を雇って効率よくしよってやつ」

「あるねぇ。ってか流行ってるね」


「そこのリーダーっていうか、ボスなんだけれど、ずっと家にいなくって……」


 シンプル人妻で、バンバのセンサーがビンビンであった。社長の嫁。不満がある。夫は滅多に帰ってこない。こっそり寝取るための教材のような子だ。


「へぇ~。じゃあ、寂しいね」

「うん……。ホントはさ、薔薇色結婚生活だって思ってたんだけど意外と忙しくて、でも凄い贅沢させてくれるからこれでもいいのかなって思ってて。でも……」


 ガルニエは身体の前で折り曲げた左手で滑らかな髪の流れに指を挿し込み、その腕の肘が胸を横からきゅっと潰して柔らかさを強調し、彼女の右手が無意識に自分の股間の辺りに伸びた。


「やっぱり、寂しい……」


 バンバは股間が爆発するかと思った。まずは寄り添ってあげなければ。


「うんうん。それは旦那さんが……うぅん。悪いねって言おうとしたけどホントか?」

「え、なになに?」


「おれでも、いっぱい贅沢してほしいなって、お仕事がんばっちゃうかも」

「……でも、やっぱり家にいて欲しい。けど、それを言っちゃったら、頑張ってくれてるのに悪いし……」


「うぅんむずかしいね。あ、えっと、カギ屋の話知ってる?」

「どんなお話?」


「いやさ、うろ覚えなんだけど、なんかカギ失くして、カギ屋さんに頼むじゃん開けるの。めっちゃ開けるの難しいカギ。でさ、来たカギ屋さんがめっちゃ苦労して開けてくれて、お金払うじゃん」

「……うん。払うけど……」


「で、またカギ失くしちゃうんだよ。で、またカギ屋さん呼ぶの。ちょっと気まずいから別の方をさ、呼ぼうかなって思ったんだけど、めんどくさくて前呼んだ方呼ぶんだよ。そしたらさ、十秒くらいでパッて開けちゃった」

「それで?」


「で、取るお金は一緒。どう?」

「えーそれなんかヤダ。だって簡単に開けたんでしょ?」


「でしょ? そう思うからさ、なんかヤダなって雰囲気出すじゃん。そしたらカギ屋さんがさ、『前も同じカギをやったので、今回はすぐにできました』って言うの。ってことはさ、もし違うカギ屋さんに頼んだら、まためっちゃ待たされたかもしんないのに、一回苦労してくれた方だったから、すぐに終わらせてくれたんだよ」

「…………ってことは?」


 全くピンと来ていなかった。バンバは勿体つけている。


「きっとお仕事を頑張ってくれてるなって思ってもさ、なんかぼやってしてて、やっぱ目の前で苦労してくれてないと、苦労してないみたいに思っちゃうってお話」

「そ、そんなこと思ってないわ。……たぶん」


 バンバはニヤリと笑った。


「思ってなくても、そんな話すればいーじゃん?」

「え?」


「ホントは家にいてほしいけど、カギ屋の話があって、だからちゃんとお仕事の見学とかして知りたいって。そしたら一緒にいたいってことさ、なんかいい感じに伝わんね? そっからっしょ」

「あー……。ホントだ……」


 彼女は頷き、指ごと指輪を柔らかく撫でて、微笑んだ。


「……うん。話してみる」

「よかった」


「ありがとう、バンバさん。バンバさんには大事な人はいるの?」

「いや~……」


「そっか。でもきっと、いい人見つかるわ。バンバさんいい人だから」

「そうかな? ってか褒め照れるぜ……」


「それじゃあ、きっとまた会いましょ? 旦那に、アドバイスをくれた人だって紹介したいから」

「うん。じゃあ、頑張ってね~」


 ガルニエの背を見送り、爆発しそうなちんちんと共に残されたバンバは、満足と後悔に苛まれていた。間違って普通にアドバイスしたが、とてもいいアドバイスだったと自分でも思う。


 このあとガルニエが、夫の出張についていくついでに二人で旅するみたいに世界中を巡り、深まった仲で愛し合うとは知らず、バンバは色々と限界だった。


「やっと見つけた」

「わぁっ!?」


 思ってもない声に、バンバは飛び上がり、ふらついて家の壁に体側を擦り付けながら、振り返る。


 そこに立つのは、眼鏡の奥からビスコーサほどにキツい眼光の、軽い男を見下す女だった。年はバンバと同じ二十と幾年かである。


「うぇ、ウェンガー……」

「どこをほっつき歩いてるって思――」


 バンバの股間に気づき、彼女は顔を真っ赤に染め上げる。


「ちょっと……相変わらずだなこのバカっ」

「いや、まぁ……」


「汚らわしい。どうにかしろ」

「キツない? いちおう従者なのに」


 ウェンガーはつかつかとバンバに迫り、キッと睨み付けた。


「立場がハッキリしたってバカンバはバカンバだろ。いや、女見つけてすぐ抱こうとするようになってからもっとバカだ。このバカンバカ」

「バカしかないじゃん……」


「バカはバカだ」


 会話の中で、バンバは今までフラストレーションなどが貯まっていたためか、思ったこともないことが頭を過った。しかも、どうやら気のせいじゃない。


「……ウェンガー」

「なんだ、バカンバカ」


「…………お前さ、綺麗だな」


 すると、ウェンガーはいよいよ耳まで染まった。


「何を今さら……!」

「……え? 今さら? え」


「………………」


 挙げ句に鋭い目付きが丸くなり、目まで合わせられなくなった。


 …………可愛いな。あれ、なんだ、こんな可愛かったっけ?


「まぁ……そこは言わぬが華って? うお今のめっちゃ頭よくね? 言わぬが華だって」

「……うっせえぞ」


「ひえ……」

「大市場に行くんだろ。早く行くぞ。全く……」


 言葉遣いは変わらないというのに、そのトゲはひどく弱々しくなり、まるで主従のようになっていた。


 二人で向かう中、バンバはさりげなく手を握ってみた。悪ふざけで手を繋ごうとするいつもなら振りほどかれるほどに拒絶されるが、今回はチクチクと言ってはくるものの、力を込めてるか否かほどで握り返された。


 だいぶ限界だが、大市場に着いてしまったので、バンバはウェンガーを抱く想像だけで耐えた。とりあえず滅茶苦茶に捗った。


 そして約束の場所に、大市場の主、イジャナ家が総出で出迎えてくれた。その令嬢ツキユミの姿もあった。


 真っ先に出てきて、握手を求めてきたのはなんと、父でも母でもなくツキユミであった。すぐ側に態度が悪めのメイド少女がいたので、とても親近感が湧いた。


「ようこそいらっしゃいました。イジャナ家、大市場責任者のツキユミ・イジャナと申します。以後よしなにしてくださいませ」

「えっと、コホン」


 チャラ男は背筋を伸ばした。しかし辛い姿勢ではなかった。それが、身に染み付いた姿勢のひとつであったからだ。


「改めまして、バンベスト国より参りました、第一王子のバンバと申します。本来ならお忍びという形で観光するつもりでしたが、昨今の鉄採掘量の減少を鑑みて、よろしければこの大市場について、しっかりと学んばせていただこうと存じます――――」

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