表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
貴いお方が裸同然とはどういう了見だ  作者: 能村龍之介
殺し屋、神話に巻き込まれるの章
83/118

77 女神を上に

 大陸から飛び出した女神と悪魔は、勢い余ってバンベストの領土へと至り、砲弾のような勢いでその鉄鉱山に着弾した。


 掘り尽くされスカスカになっていた山頂付近が砕け、いくつもの巨大な岩となって(ふもと)へと転がり落ちていく。


「はぁ……はぁ……」


 女神が砕けた山頂の、未発掘だった鉄の塊の上で、息を切らせて周りを探す。悪魔の死体をどう侮辱するか、気の早いことを考えながら。


 確かにあの、黒猫少女はいなかった。だが今度は、黄色い目をしたヤギ髭の中年がいた。


「ま、確かに突進というのは何かと便利だよなぁ」

「はぁ……!? なんで無事なの……?」


「それより、質問だ。お前に、聞きたくってたまらなかったことがあるのだよ」

「な、なに? なんで答えないといけないんですかぁ~?」


 女神は思いつく限り最大の煽った言い方をした。しかし悪魔は気にもせず、笑ったまま眉を八の字にして見せた。


「分からんのだ。よりによってアイツを――――アランを選んだ、その理由がな」

「それは……だってさ」


 適当に選んだ。別世界から盗みやすい人間と、そうじゃない人間とがいるから、より引き込みやすい方を選んだだけだ。


 でもそう言うのはバカっぽいので、女神はより賢そうな理由を考えていた。


「神経質になってしまってねぇ。この私への嫌がらせじゃないかとさえ思ってしまったよ」

「…………」


「他の理由であって欲しいがねぇ」

「…………」


「おいおいおい。一言くらい、返してくれてもいいじゃあないか。それとも――すっとぼけるのか?」


 空気が揺れる気配さえ無く、悪魔の黄金の瞳が目の前にあった。女神は驚きすぎて両肩を限界まで強張らせたまま後ろへ二歩三歩と、踵を石に引っ掛けてすっ転んだ。胸や股を隠すには垂らし布では機能が足りな過ぎて、思い切り見せつけた。


 それでも悪魔ガーベラは、クスリとも笑わなかった。


「私が危険じゃないとでも思っているのか」

「だ……だから……あ、アンタには……難しすぎて分からないでしょ? ていうか、まぁ……引き込みやすかったし……」


 悪魔は「まったくお前というヤツは」と文字通り頭を抱える。


「それだけか? それだけの理由で?」

「はぁ普通そうするでしょ? なんでわざわざやりにくい人間を選ばなきゃいけないの? そっちのがバカでしょ!」


「ありとあらゆる世界が存在するのに、あの世界のアランだけが、どうしてこの世界に親和性が高かったと思う?」

「…………」


「なにも思い付かないときた! おぉ神よ(オー・マイ・ゴッド)! いや、お前が神なのかよ(アー・ユー・ゴッド)?」

「はぁっ!? なんで悪魔なんかにバカにされなきゃいけないわけ!? お前のがバカだろバァーカ! なんでさっきから突っ掛かってきてんの? 帰れよ!」


「フフフ。頭に血が上ってるな」

「ってかお前もでしょ! お前もさ、アランのとこ行ってさ! わざわざ話してたじゃん!」

「何が『お前も』なのだ……?」


「私だってあんな嫌な奴イヤだったのに役に立たないしさぁ!」

「うーむ。バカになりすぎて話ができなくなったか」


 そう言われ、女神は――――笑った。


「分かった。ねぇ分かっちゃった~」

「何が分かったのかな?」


「好きなんでしょ。アイツ」

「当然。お前よりよほど好きだとも」


 やっぱりそうだと確信した。コイツにも、アランにかけた魅了の奇跡が効いたんだ。


 アランはもう、大切な人なんだ。


「じゃあ、殺すから」

「おい。少しは考え――」


 悪魔の言葉など聞かず、飛び上がる。その先になぜか悪魔がいて、正面衝突した。


「そう慌てるなよ兄弟……!」

「邪魔してんじゃ……ねェエエエエ!」


 権限を発動し、無理やり雷雲を召喚した。バンベストの山々が夕陽の届かない暗闇に包まれて、稲妻の輝きに照らされるのだった。




「伝説は関係ない。ただ、キレただけさ」


 悪魔の言葉に、ため息混じりの声が出た。


 冗談じゃないぞこんな時に。


「ちょいと世界のあちこちで殴り合ってきたよ」

「こっちは時間がないんだ、悪魔。あのバカの相手は任せる」


「やれやれ……」

「そうだ。お前は呼べば来るのか」


 獣人ガーベラはそうだった。呼んだら、どんなに離れていてもやって来る。現れたり消えたりできる悪魔なら、同じことができる気がしていた。


「悪魔使いが荒いじゃあないか」

「使わせてくれる、ってことだな。それで十分だ」


 また先の部屋に行こうとしたとき、行く先を阻むように女神が壁を突き抜けてきた。左の脚だけでフラフラと立っている。


「待てテメ……っだぁああああ!?」


 立ちはばかるその足の甲に弾を撃ち込んだ。血すら出ていないが、真っ赤に腫れている。


「いっ……痛ぁっ……ふざけ……ひぃっ!?」


 言っている最中に、女神が突っ込んできた穴から、あの黒い化け物が這い出てくる。女神は尻餅をついて、かと思ったら、浅い呼吸を刻みながらとんでもない勢いで飛んで、また壁をぶち抜いて逃げていった。化け物も負けないほどの速度でその後を追い、その更に後を悪魔が追った。


 クソ。これが神話の戦いとやらか? こっちはただの殺し屋だぞ。加減しろ。


 誰もいなくなった廊下の、女神が崩した壁を通り、隣の部屋へ。下々の食事どころに開いた穴から外の勇者を覗く。片足を軸に姿勢を悪くした彼がちょうど神父に剣を刺したところで、そのタイミングを図ったかのようにモーニングスターの背中へ弾丸の雨が撃ち込まれるところだった。


 それに乗じて狙い、続けて四発撃つ。二発は外れ、一発は神父に当たり、一発は勇者の盾を弾き飛ばした。そのまま退き、別の部屋へ移動する。背後で食卓が勇者の魔法か、爆発で宙を舞っていた。


 廊下で立ち止まり、ライフルのラッチを上げシリンダーを出し、手前に傾けて空薬莢をカーペットに落とす。左ポケットから弾を握り出すと、方向がバラバラで、一つ一つ方向を直さなければならなかった。


 一発。二発。


「…………っ!」


 さっき俺がいた食堂から、化け物が入り込んできていた。一匹だ。そこにちょうど、女神像で生き返った神父もやって来た。


「早くしろ、アラン」


 俺を通り過ぎ、怪物と対峙する。その間にも三発目、四発目とローディングしていく。怪物が腕を振ると、神父がまるで脆いオモチャのようにバラバラになってしまったが、その腕にモーニングスターを叩き込んだらしく、怪物の腕に鉄球の針が刺さって引っ付いていた。


 ポケットにまた手を入れ、五発、六発。入った。シリンダーを入れてチリチリと回し、構える。モーニングスターを抜き、怪物は神父の死体を見る。


 勝った一瞬に油断するのは人間だけじゃないらしいな。引き金を引いて、化け物の頭に風穴を開けた。崩れて倒れ、怪物から闇の霧が消えていく。


 そうして、人間へと戻った。だが頭の銃創は治ることなく、死体のままだった。


 ……あの状態で殺せば中まで死ぬ、か。誰が誰だか分からないのに迂闊に撃てんな。そう思って、移動しようと思った瞬間。


 あの黒い霧が死体から吹き出し、また立ち上がろうとし始めた。しかも霧の量が過剰で、怪物のすぐ隣に、同じ怪物が形作られ始める。


 殺せない(タナカ)殺しても生き返る(モーニングスター)ときて、今度は殺すと増えるのか。冗談じゃない。


「勘弁しろ……!」


 怪物を置いて駆け出し、階下へと逃げて、二階。階段で心配そうに上も下も交互に見ていたガーベラの腕を掴む。


「上に怪物二匹。逃げるぞ」

「え、来てるの!?」


 一緒に降りようとすると、そこへまた生き返った神父が合流した。三人で駆け降りる。


「どうなってる」

「知るか。それよりお前は、女神像の近くで生き返られるだろ」


「それがなんだ」

「女神本体でもできるのか」


「無論、できる」

「なら、あのバカが俺を殺そうとするのを止めてきてくれ」


「なにぃ?」


 彼の怪訝な顔を横目に、一階のエントランスに着く。勇者がまとわりつくステイシーを何度も切っている所だった。時おり、城の上をチラチラと警戒するように見ていた。確実に当ててくるスナイパーがまた撃ってくる。その恐怖心で、いつ顔を出すかが気が気でないんだろう。


 だからこそ、一発も当てられない無能集団しかいないと思っている方角など、気にもとめない。そういうものだ。


 勇者ああああを、騎士の銃列の隙間から狙う。俺が引き金を引く瞬間まで彼は、俺を見つけられなかった。


 白い硝煙が視界をふさぐ前に、勇者の頭から赤い霧が吹き出し、動かなくなったと思えば、ゆっくりと、立った姿勢のままで倒れた。


「お見事ですわっ! アラン様!」


 ティア女王がやって来て、俺の手を取ろうとする。だがこっちはそれどころじゃあない。


 あの化け物どもは消えるのか。どうなんだ。


 背後を振り返る。


 あの化け物が降りてくるところだ。まだ、消える気配はない。


「……行くぞ」


 神父と、迫る大勢の影に顔を青くしている獣人ガーベラを連れ、勇者の元へ。あと四発残っている。もう一発頭に撃ち込んでやる。


 橋の途中で飛んできた闇の怪物の脳天に、一発。道中、高架横の屋根から飛んでこようとする怪物へも、一発。残弾は二発で足りている。


 勇者の近くでは、傷付き再生を繰り返して服が無くなったステイシーが、ペタンと座ったまま片腕で胸と、股間を隠していた。


「マジ、サイテーです。プルプル」

「遅くなって済まん」


「この世界は異常ですよ。見せたくもない裸を見られまくって――」

「うぁ……あぁど……!」


 ひどく大きく、呂律の回っていない声がした。勇者が、何かを言おうとしているのか、自分がどうなっているか分からないのか、奇妙にバタつきながら意味不明な言葉を口にしている。


 片目を撃たれて、脳を掻き回されてもまだ喋る気かお前。


「死ぬときくらいは、黙って死ね」


 手元の剣を蹴飛ばして遠くへやり、倒れた勇者に銃口を向ける。すると勇者が光に包まれ始めた。また何か始まるのか?


 銃口を鼻に引っ付けて、引き金を引いた。凄まじい威力の弾丸が脳幹を砕いて、ビクりと全身を痙攣させて動かなくなった。


 終わりか。


 終わりだろ。


 終わりだって言え。


 だが化け物どもは消えない。勇者の光も、まだ輝きを強くしていた。


「なんなんだ本当に……!」


 もう一度引き金を引く。弾が出るか否か、銃身を手で弾かれた。弾が、地面を削る。


 勇者はまるで逆再生のように起き上がる。


「勇者は決して――」


 そして俺の首を掴み、投げた。


「――闇などに負けなぁあいっ!」


 見るも無惨だった顔の怪我が半分くらい治っている。なにがどうなってるんだ。


 周囲の黒い影たちは……。


 俺たちを囲むように、一定の距離のところで立ち止まっていた。まるで野次馬のように、怪物の壁を作っている。


 やはり異世界人にしか見えないらしく、ガーベラと神父ばかりが狼狽え、勇者はまっすぐに俺だけを見ていた。


「何度も何度も撃ちやがってぇえええ! 光側の怖さが分からないバカの癖によォオオオッ!」

「もう一発、どうだ」


 銃口を向ける。勇者は少し怯んで、じっと止まった。


 もう弾は残っていない。だが少しでも、時間稼ぎしないと。


「呪文の前に始末すれば間に合います。アランさん」


 急にステイシーが言うが、意味が分からなかった。


「呪文?」

「生き返る系の魔法の呪文です。唱えられる前に――」


「黙れッ!」


 魔法で爆発を起こし、ステイシーを怪物たちの向こうへと吹っ飛ばしていった。


 怪物たちはなにもせず、ただじっと見ていた。その間にも次々に集まってきて、周囲が真っ暗になっていく。


「……ガー……ベラ」


 怪物の中の、どれかが言った。


「ガーベラ……かえ……って来て…………」


 ガーベラに向かって、全員が一斉に手を伸ばす。


「――――っ! ち、近付かないで……! 来ないでっ!」


 抵抗する彼女を見て、勇者が笑った。


「あぁ光に当てられて怖くなったんだ! 頭おかしくなってんだよ闇側クソ脳だもんなぁ!」


 怯えて、泣きそうだった彼女だが、ぎっと噛みしめ――吠えた。


「……いい加減にしてよ……。ずっと、ずっと自分勝手じゃん!」


 すると、怪物の輪が少し広がった。


「自分のせいでこんなことになったのに! また迷惑かけて、また殺して! 命をなんだと思ってるの!?」

「…………ガーベラ」


「呼ばないで! ずっとお父さんもぼくも! みんなまで傷付けた! 嘘つきっ! 絶対に許さないッ!」


 怪物が出そうとした手を、思い切り弾き飛ばし、叫ぶ。


「――消えろぉおおおっ!!」


 怪物はまた怯んで、また輪が広がった。


「……ガーベラ。聞いてるか。女神を上に」


 泣き叫んでいる隙に、コッソリと言う。彼女には聞こえていないだろうが問題ない。


 あとは武器だ。今あるのは、空のライフル銃と、神父の骨でこしらえたピックだ。だがどちらでも、あれだけのダメージを負って生きていた勇者を殺しきれるとは思えない。


 何か、ないか。何か……。


 銃を持ち変えつつ持ち物を改めていき、右ポケットに手を突っ込む。


 …………これか……。よりによって…………。


 ガーベラが怪物を相手に時間を稼いでくれているが、勇者はその様子に呆れ、また視線を俺に戻した。


「どうする。おい、どうすんだよ! ナイフで斬るか? また撃つか? ぜんぶ時間の無駄なんだよクソ脳がよぉおお!」


 あと必要なのは尖ったものだが……骨のピックで良いだろう。服の内側に隠したものを堂々と取り出すが、勇者は特に反応しなかった。


 それもそうだろう。神父の死体は異世界人にしか見えない。片手で持ったままその先端を折って、小さな針を右手に握り込む。


 勇者は自分が有利な愉悦を、できるだけ長く味わおうとする。まだ、できることはある。


「聞いてんだよこの無能カスが! おい返事もできなくなってんだな! あー闇側の塩で頭がやられてる!」


 あとは、仕上げの時間だ。


「おい……」


 なるべく憎悪がこもったように、神父へ話し掛ける。


「なんだ……」


 左手でモーニングスターを奪い取り、そのまま神父の頭を殴った。トゲが刺さり、あっさりと死ぬ。


「お前のせいで負けたじゃねえか! ふざけやがって! この野郎!」


 そうして吠えていると、また勇者が、今度は腹を抱えてまで笑った。


「ザマァみろ! 闇側にお似合いの最期だ! 無様だなぁ!」

「バァアアアアカ」


 急に、勇者が可愛く思えてしまうほどの、人を究極的に馬鹿にした声が頭上から響いた。


 灰の狼人間の少年が、宙に浮いていた。その目は、輝く黄金の色。


 悪魔ガーベラだった。


「なんだ……?」


 勇者は上を見上げる。だがコイツの反応速度だと、まだ十分じゃない。いま動けば返り討ちにあう。


「……お父さん……?」


 獣人ガーベラまで、いやそれどころか、黒い怪物たち全員が一斉に見上げていた。


 ……あれがガーベラの父親で、この化け物たちの伴侶の姿なのか。


 悪魔が俺を見て、その獣人の表情なのか、あまりにも人懐っこく笑ってみせた。


 どうしてかその笑顔が、ソフィアと同じ笑顔に見えて、ひどく愛しかった。


「ご所望のお女神さま一品、お待ちどぉさまでーす。えへへっ」


 同時に、一瞬で現れた何かが衝突し、周囲に衝撃波が爆発のように広がり、遅れて爆発のような音が遠くからやって来る。


「悪魔の癖にバカにしてんじゃねぇええええ!」


 悪魔が吹っ飛んでいき、それを指差して女神がベロまで出した。勇者も女神も似た者同士だな。


「あはぁあああザマみろばあああかぁ! 死ね死ね死ね」

「モーニングスターッ!」


 俺が呼ぶのと同時に、死んだ神父が、女神の斜め上の辺りで復活する。


 そうして、女神の腹を蹴って位置調整した。


「死ね――ぷげぇえええっ!?」


 落下していく女神を尻目に、神父が勇者へめがけ真っ直ぐに落ちる。


「く!?」


 当然、それに対して勇者は魔法を使った。手を構え、神父に向け、また爆発で吹っ飛ばす。


 その、十分な隙に距離を詰め、拳を落とす。


「なん……」


 勇者が俺へ向く。


 その顎へ、アッパーカットをねじ込んだ。


 そうして俺の右手の中で――――。


 ――――超火力黒色火薬パンパン弾丸の雷管(プライマー)へ、神父の骨が撃鉄として突き刺さった。


 凄まじい衝撃があった。


 そしていつの間にか、俺の右手と、勇者の頭が、無くなっていた。


 目前に、ただ赤い霧と白い煙が漂うばかりだった。


「か……ぁあ……」


 痛みではないなにか、凄まじい感覚で全身の力が抜け、立てなくなった。勇者と共に、地面へと落ちる。


 それからやっと、痛みがやって来た。


 うまく意識を保てない。だがそれでも耐えて、自分の体重で腕を圧迫していると、周囲の影たちが一斉に消えていき、人間に戻っていくのが見えた。


 それが一匹だけ、しぶとく残り、まだ獣人ガーベラに手を伸ばしていた。


「……帰って……来て……くれ……」


 弱っていて、まるでノイズのように、ある姿が断片的に混じっては消えていた。だがガーベラは、それを冷たく見るだけだった。


「もう、帰らない」

「……変わる……から……」


「その言葉を何回言ったの。何回、ぼくとお父さんを傷付けたの」

「…………待っ……て……」


「さよなら。早くどこかに消えて。誰もいない、どこかに」


 ガーベラはそう言って、俺を見つけるなり、半ば取り乱して走ってきた。


「アランさん!? う、うそ、ちょっと待って!」

「……親切屋の元に……」


「わ、分かったよ」


 そうして風景が…………。


 …………。


 …………変わった。


 今のは……見間違い、か。


「アランさん!」


 親切屋が来て、俺の腕を見るなり、なにか手を構え始めた。


「回復させます。腕を上げていいですよ」


 言う通りに身体をどけると、鮮やかな色の血が吹き出し始めるが、横から茂美が凄まじい勢いと握力で掴んできて強制的に止血した。痛みで意識が飛びかける。


 俺の怪我と茂美の容赦なさのどっちが怖かったか、シャーリーがその場で大声で泣き始めた。ウォスはむしろキラキラした目で俺の腕があったところを観察している。


 デスゲームの主催者……。


「手がなくなってるじゃない! 大丈夫だったの? アランさん」

「ぐ……ぅ……大丈夫に、見えるか……?」


 そう言ってから、心配で覗いてくるガーベラの手を取る。


「すまん……もうひとつ、いや、ふたつ……頼まれてくれるか」

「も、もちろんだよ! どうすればいい!」


「お前の上着……ステイシーに貸してやれ」


 彼女はいま、裸のままどこかに吹っ飛ばされてしまっている。性的に見られたくないと言うのに、裸になってしまったのだから、相当な嫌悪感と戦っていることだろう。


「……! そだね!」

「それと、ヒカリも見つけてくれないか……。怪物から……戻ったはずだ……」


「分かった! 行ってくる!」


 そうして消えたのを合図にでもするように、親切屋が俺の腕に手をかざし、なにか緑色の光を溢れさせた。


 するとだいぶ痛みがマシになり、ようやく一息つけた。


「どうですか?」

「ああ。かなりいいな、それは」


「でしょう? もう……三十分くらい待っててくださいね。生やしますから」


 コイツまた、さらっととんでもないことを言ったな。生やすってなんだよ。手がここから生えてくるのか。


 二人分の心配に不安の表情を隠せない茂美が、俺の頭を持ち上げ、下に膝を滑り込ませて、膝枕にしてくれた。


「アランさん。ヒカリちゃんは……」

「無事だ。……ガーベラが、迎えに行った。安心しろ……」


「そう……よかった」


 安心し、俺の頭を撫でる。シャーリーも来て、茂美の真似で、「アラン~」と一生懸命に俺の頭を撫で始めた。これで治ると思ったのかもしれない。


 ウォスまで来た。


「み、見ていいか。もっと近くで」

「ええ、どうぞ」


「おほ……おぉ~……グロ」


 嬉しそうに、まじまじと観察し始めた。親切屋の邪魔にならないよう気を遣って位置取りをした結果、冗談みたいな紐パンツの股が俺の頭上、目の前に来た。布の面積が、谷間を埋めて少し隠すくらいしかないというどうでもいい情報を発見させられる。


 こっちは死にかけたんだぞ…………その股間をどけろ、デスゲームの主催者…………。


 空はウォスの小さな尻の谷間に乗って、茂美の大きな胸に乗られて縁どられ、そういえば雨の町の癖にずいぶん晴れているなと見つけてから、やっと周囲が明るかったと気付いた。


 世界を救ったと言えば綺麗に聞こえるが、まぁ、殺しの仕事を続けるための自衛、いつも通りのことだ。今回はずいぶんとハードだったがな。


 ……やっぱり尻が邪魔だ。ウォスの尻を叩くと、パンと小気味いい音が響いた。


「ぁひんっ」


 変な声を出しながら、なぜか足を跨がずにしゃがむ姿勢になったので、今度は股が額にくっつきそうになった。なにやってるんだお前……。


「……? い……痛かったけど……」

「けどじゃないが」


「いや……き、気持ちかった……。ひ、ひと、いるけど、エッチしたいのかアラン……?」

「やめろバカ。尻をどけろって意味だ」


 終わった解放感に浸らせろ。重荷を思い出させるな。なんでハーレムは伝説じゃなかったんだ。ちゃんと全部が消えるだろこういうとき。


 心労は残るな……。


 …………心労。


 やはり、どうしてもあれが気がかりだ。見間違いだったとは思えない。


 ガーベラのワープの直前、風景が変わる瞬間に、確かに見えた。


 あの怪物が、乗っ取られた人間の姿ではない、きっとあの怪物の正体である姿に、一瞬だけ変身していたのを。


 それは、あるはずのない姿だ。


 幼い頃の、俺だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ