76 伝説の王都バトル
「はふぅ~~~」
ソフィアが大きく伸びながら気持ちよさげに声を漏らした。アリアンナ、ボウイ、ビスコーサ、お自野、ドゥカ、フローレンスの七名による大乱交で潮吹きし合うシスターズの戦いは数時間にのぼり、その後にシャワーを浴び、各々が自由に過ごしていた。
ソフィアは外の心地よい夕方の風に首筋を撫でながら濡れ髪を揺らされる気分の良さに、散歩でもしたくなっていた。そんな彼女の背後に、ベテランのメイドのような芯の通った姿勢で立つセクサロイドが一機。
「ソフィア様。お散歩デスか」
「お散歩したいでーす。ね、ドゥカちゃん、一緒に歩こ?」
「かしこまりマシタ」
農民が真っ白なロボットと並んで、涼しい草原をただ歩く。人の気配がしなくて、こんな開けた外でしてみたいと過って、危うくまた濡れてしまいそうなのを抑えた。
外では、まだちょっと……流石に。
まだ越えられない一線だった。もっとも、アランに言わせれば『そんな一線超えなくていい』だろうが。
「アランさん、まだかな~」
後ろ手に指を組んで、腕ごとプラプラと振りながら歩く。これだけ中心不在のハーレムでレズ乱交に明け暮れているというのに、肝心のアランとはまだだった。
いっぱいしたから、もうどんな体位だってこなせる。初めての夜からいっぱいアランさんのこと気持ちよくさせてあげられるのになー。どれが一番好きかな~。なんて思っているソフィアのお気に入りの体位は、『テーブルに仰向けになって海老反りになり、パンパン突かれながらクンニする3P』だった。
一方でドゥカは、深刻なペニス不足からディルドをペニバンにして下になるのが九割。上になるのが一割だった。挿入する側ばかり慣れているし、攻めや受けの概念をまだラーニングできていないので、アランに対してもいつも通り攻めのセックスをしてやろうという気概だった。
殺し屋の初夜は、間違いなく悪夢になることだろう。
「ご安心クダサイ。アラン様は必ず戻りマス。寂しい気持ちもきっと……」
「や、寂しくはないよ? だって、大好きなみんなと、いっぱい……えっちできるし」
ソフィアは立ち止まって、恥ずかしそうに上半身を右へ左へと向け、胸をふわふわ揺らしながら乙女みたいに照れ笑いを浮かべた。
「でもぉ……ね? みんな大好きなんだけどぉ、アランさん……がぁ、やっぱりぃ……えへっ……やっぱり一番……えへへへへへへへへへへ」
赤くなった顔を覆って、その場にしゃがみこんで笑い続けた。他の人に言うのもこんなに恥ずかしいのに、アランさんの目の前じゃきっと……。
一通り照れ笑いを終えて、ニヤニヤとした赤い顔で、同じくらい赤い夕陽を眺めた。
「はやくアランさんの……お嫁さんになりたいなぁ……」
「挙式は一斉に行うのデショウカ。あるいは、別々にするのデショウカ」
「あっ。それね~。どうしよっか……」
ソフィアは「よいしょっと」なんて言いながら、疲れた太ももで立ち上がった。あまりに色んな体位をするので、また脚が太くなった気がする。最初は気になっていたが、腿は太いほどドスケベというアリアンナの言によって、みな気に病むことなくムチムチになっていく。
ふとドゥカが、草原の少し遠くを見た。ソフィアの限界過疎村の一人、キノコ採りの爺さんだった。
「あれは……」
「んん? あ、おじちゃんだ――――」
ソフィアが気付くのと同時に、老人が苦しみはじめ、うずくまった。
それが、どこからともなく暗い霧のような、黒い靄を吹き出したや否や、あっという間に全身を包まれ、倍ほどに身体を大きくした。
獣のような胴を曲げた姿勢で立ち上がり、片目だけを真っ赤に輝かせながら、残像が見えるかどうかの凄まじい勢いで駆け出して行ってしまった。
「……? あれ? いま、おじいちゃん……居たよね? あれ、気のせいかな……」
ソフィアがドゥカに聞くが、それどころではなかった。
セクサロイドの目には、城下町の辺りから、大量の影と赤い光の筋が、バルカン大陸の方へ殺到していくのが見えていた。
「ああああには、なにか弱点は無いのか」
自分で言いながら、バカバカしくなってしまった。これだからターゲットの名前が変なのはいやなのだ。これもきっとあの女神の仕業だろうが、どういう理由で名前を変にしようなんて思い付いたんだろう。
勇者の相棒だったヒカリが、泣き止んだばかりの腫れた目と、少しの鼻声で答える。
「無い、と思う……。だって、ふつう撃たれたら死んじゃうでしょ?」
「それはそうなんだが……」
身体のどこに当たってもだいたい殺せるマグナム弾を二発も耐えている。ヘッドショットでもないと殺しきれないような手応えはあった。
「俺が撃ったあの怪我はどうなった」
「魔法で治してたよ」
「魔法か……」
閃光手榴弾のような、目眩ましをしていたくらいだ。ワケの分からない技を使ってくるかもしれない。そうなると、正面切っての戦いでは向こうの圧倒的な有利だ。こっちに予想できない手札が多すぎる。
ヒカリを人質に、とも思ったが、あの勇者のことだ。見捨てるか、ヒカリを闇側に認定して一緒に切り捨てるかもしれん。
やはり……狙撃か。少なくとも、一発当てれば動きは止められるのだから、高所から狙えば頭を撃ち抜けるはずだ。
「ガーベラ。また頼めるか」
「うん。あ、でも……」
「十分だ。済まないが、みんな。行けるのは俺とガーベラだけだ」
ワープは、異世界人だけが飛べる。当然だが、ガーベラ以外は面をくらった顔をしていた。
ヒカリが首を振りながら、必死の顔になった。
「ま、待って。勇者はあんなだけど強くて、みんな一緒じゃないと勝てる相手じゃない」
「ガーベラの力で飛べる人間は限られている。今ここで飛べるのは俺だけだ。まぁ、頼りないが主神サマもいるしな」
チラと病を見る。ひょっとすれば彼女も飛べるかもしれないが、連れていっても足手まといになるだろう。
「でも、流石に素人じゃ無理だわ。ああああの怖さを分かってない」
「分かってなくても、勝てるさ。これでもプロの殺し屋なんでな」
「え……し、しーちゃん?」
あっけにとられたヒカリが茂美を見た。
茂美も、あっけにとられていた。
「え……いえ、私も初耳よ? アランさん」
そういえば茂美には言ってなかった……。えぇいややこしい。ハーレムが膨張しすぎて誰に言ったか誰に言ってないか管理できなくなってきた。
「この大陸じゃまだ誰も殺していない。だがな、殺し方は誰よりも詳しい。だから、安心しろ。俺が因縁を終わらせてる」
彼女はポッと、頬を林檎のように赤くした。
ちょっと慰めただけで惚れるな。
「……そ、そういえば、ちゃんと自己紹介、してなかったわ……」
「俺はアランだ」
「わたし、ヒカリ。ヨタカの僧侶で――」
言いながら彼女は、ふらりとよろけた。
「どうした?」
うつむいて、言葉も出せず、ブルブルと震えている。
「ヒカリちゃん!? お腹痛いの? いけないわ。このあたりに食あたりに利く丸薬なんて売っているかしら。どうしましょう……」
「う……くぁ……」
身体を折って苦しみはじめ――――体中から、黒い霧を吹き出す。
「な……」
「ひ……え……消え……た?」
消えた? 何を言ってるんだ。ヒカリが目の前で、なにか大変なことになっているのに見えてないのか。
どうやら本当に茂美は見失ったらしく、キョロキョロしていた。いや、茂美だけじゃない。ウォスもシャーリーもだ。
この惨事を見られているのは、俺とガーベラと、病と親切屋だけだ。病はとにかく親切屋も見えているのなら、異世界人だけが見えるというわけじゃないのか。
いや……そんなことを考えている場合じゃない。
「おい逃げるぞ!」
「ですが……」
「ですがじゃない親切屋! とっとと……」
思ったよりずっと早く、変化が止まった。そうして、ヒカリだったものが頭を挙げた。
左目だけを、真っ赤に光らせた黒い靄の怪物だった。
「クソ……」
人の二倍はある巨体だというのに、茂美たちだけは、その場をキョロキョロと探すばかりだった。
人の顔の形をした闇が、真っすぐにガーベラへと向く。
そのガーベラは、目を見開いたまま見上げ、頬に涙を垂らした。
「……おかあ……さん……」
お母さん? 冗談じゃない。この怪物がこの世界の本来の神だと?
……娘が必死に修理していたのに、どの面を下げて帰ってきたんだ、お前。あのポンコツ女神の方がマシと思えるとはな。
「――――ッ」
ガーベラが巨体に突進し、ふっ、と共に姿を消した。
「あ、アラン。いまどうなってる?」
ウォスが聞いてくるが、俺だってそれどころじゃない。説明している暇が……。
ふと目の前がうす暗くなった。頭上にガーベラがいる。茂美がとんでもない速度で反応し、落ちてくる彼女をキャッチした。
「ガーベラちゃん! なにが起こってるの!?」
「え、えっと、見えなかったと思うけど、ヤバイのがいたから遠くに置いてきた! 見つかっちゃったの!」
「見つかった……? で、でも、ヒカリちゃんはどこに……」
「ぜんぶ解決したらきっと戻るから! アランさん早くしないと!」
「分かった。まずはステイシーたちの所へ飛んでくれ」
親切屋を見ると、彼は、力強く頷いた。
「悪いな。ここで仕事はしないつもりだったんだが。殺すのが一番の得意分野なんでな」
「見損ないました。ちなみに何回目だと思います?」
「知らんが、まだ記録は伸びそうだな。……茂美たちを頼む。親切屋」
「守るのはオレの一番の得意分野です。殺し屋さん」
ふっと景色が変わる。そこは、ノベナロ町のギルドだった。
「どわぁあああ!?」
目の前にステイシー、モーニングスター、ルイマスの後ろ姿と、転げてひっくり返ったバーンズだったとかいう中年がいた。
受付の葉巻男スティーブは、驚くというよりいつもの騒ぎがやって来たと言わんがばかりに落ち着いている。
「建物には玄関があるって、知ってたか?」
「失礼。急ぎのようなので。少しルイマスを預かっていてくれませんか」
「なんかあったぁああああ!?」
ルイマスが言うのを口を塞いで止めた。こいつに喋らせたら面倒だ。
「緊急でステイシーと神父の力がいるんでな。お留守番していてくれ」
「んぐ……ぅん」
モゴモゴしながら頷く。悪く思うな。すぐ言葉に男性器を滲ませるのが悪い。
「みーたちの力が必要とは、どういう状況ですか。ハテナ」
「まぁ、ちょっと、世界を救わないといけなくなってな」
「主の世界を守るのが私の使命だが、随分と急だな。魔王に勝つ算段でもついたか」
「魔王じゃない。倒せる相手だ。詳しくは、あとで」
二人は納得したようだが、スティーブは相変わらず苦い顔をしていた。
「預かれってなぁ……。ウチにそんな制度はねえよ」
「そんなこと言わないのパパ!」
子供の声がしたと思えば、受付の向こうから跳ね戸をくぐってこっちに走って来た。スティーブの娘か。
「ね、まってる間にあそぼ?」
こんな小さい子の所にルイマスを預けるのは、それはそれで……。
「すみませんスティーブさん。そいつはまぁ、口を縛って倉庫に投げ込んでおけばいいと思うので……」
スティーブが顔にぎゅっとシワを寄せて当惑した。自分でも言っていて耳を疑ったが、ルイマスにそういう処置が必要なのは今に分かる。
ステイシーと神父がルイマスに獣人の赤ん坊を託し、俺の前に立った。
「ガーベラ。城の、女王のところに頼む」
「う、うん。す、すぐ戻りますのでー!」
ガーベラがスティーブに手を振りながら言い、景色がまた変わった。
そこは、城門の内側だった。跳ね橋の根ではタワーシールドマスケットを構えた騎士たちが一列にずらっと並び、遥か遠くから歩いてくる勇者に銃口を向けていた。
そして列の背後、ティア女王は堂々たる仁王立ちの姿で、場外の遠くを眺めていた。
「ティア女王」
「アラン様!? どのようにここへ?」
「色々とありましてね」
いつの間にか背後にいた俺たちに彼女は混乱ぎみだったが、取り乱さず他の三人も見た。
「ガーベラ様と……まぁ、モーニングスター神父まで」
「お久しぶりです、女王陛下」
「ごきげんよう。みなさま。それと……失礼ですが、あなたはどなたでしょうか」
こんな状況だというのに、フードを深く被ったままのステイシーに興味津々なようだった。
「みーは、ステイシーという者です。アランさんにいつもお世話になっている者です」
「まぁ。お初お目にかかります」
「ティア女王。驚かないで聞いて欲しいのですが、みーの正体は人間に寝返った魔族なんです」
彼女は女王に跪き、深く頭を垂れながらフードを外し、その緑や紫の肌を見せた。しかし女王はそこまで驚かず、微笑んだ。
「そうですか。ならば、歓迎いたします」
「ありがとうございます。人間のために戦えるなんて、あり余る光栄です」
さすがステイシーは異世界を渡り歩いているだけあって、こういう状況でどういう設定にすれば都合よく動けるか分かっているようだ。
「それより、あの兵士たちは勇者を狙っているんですか?」
「勇者を……? いえ、違います。また暴れている分子がいるとのことですので、ここで迎え撃つことに致してますの」
彼女が言う側から、勇者が通りがかりの騎士を斬り捨てていた。だが、列になった騎士たちは微動だにしなかった。
まるで見えていないようだが……。これが、伝説で勇者が死ななかった理由なのか?
「女王。僕のことを信用してくださってますか」
「それはもちろん、アラン様への信頼はとても、とても厚いものでございます。例えば……また夜を、共にしたり、ですとか……」
彼女はポッと、頬を桃のようにピンクにした。ステイシーから見えない位置でドンと小突かれる。
だから、惚れるな。
「でしたら、お願いです。何も聞かず、頼ませてほしいんです」
「他ならぬアラン様のお言葉ならば」
「ありがとうございます。では彼らに、勇者へ集中砲火するよう命じてください」
彼女は文字通り、絶句した。
「信じられないと思いますが、あの勇者、勇者じゃないんです。とんでもない詐欺師だったんですよ」
「まぁっ! なんですって!?」
「まだ伝わっていないかもしれませんが、雨の町でとんでもない皆殺し事件があって、その犯人なんです。みんなが勇者を最後まで信じた結果、あんなことになった」
「その事件の話は……存じていますわ。まさか……そんなことが……」
狼狽する彼女に、最後のひとおし。
「ティア女王。魔王ってもしかして……人間に化けられたりしませんか?」
「――――!!」
彼女は改めて、遠くの勇者を見た。この間にも勇者は何人か殺していたが、俺とステイシーと神父にしか見えていないらしかった。あるいは見えているが、認知できないのかもしれない。
まぁ。なんにせよ蜂の巣になるなら関係はないが。
「総員! 構え!」
号令でガチャガチャと、タワーシールドに備え付けられたマスケットが、地面と水平に構えられた。
「勇者狙え!」
ザッと、その銃口が勇者へ向く。
勇者はこっちを見て、立ち止まっていた。
「……てぇええええッ!」
重いマスケットの音と真っ白な煙が、空間を埋め尽くす。その発砲音と少しずれ、鉄球が着弾する音がこだまと共に届いた。
白い煙の薄くなったところから、勇者の姿が見えた。
ゆっくりと、盾をおろし、こっちを向くところだった。
「……!? なぜ立っていられるのですか……。この距離からの狙撃など、いつものことですのに!」
俺の目からも、外す角度には見えなかった。だが実際はあれだ。遠くて当たったかどうかは見えないものの、勇者はピンピンとしている。
魔法か、あるいは……。
勇者の伝説。物語の都合。映画のように、一発も当たらないご都合主義が、本物の弾丸に影響を及ぼしたとでもいうのか。
「女王。ティアランは。予備はありますか。俺も戦います」
「まぁ……。それならば、あちらに」
彼女が指さしたのは、軽装兵士が忙しなく出入りマスケット隊列に弾と火薬と雷管をローディングした、手のひらサイズのコンクリートブロックのようなマガジンを準備し続けているようで、隊列が撃ちきった弾を急いで補修していた。
その軽装兵士のひとりを、女王が呼び止めた。
「そこの者! このお方に、例の物を持ってきなさい」
「はいっ!」
ものすごい早さで駆けていき、すぐに箱を持って戻ってくるやいなや、スライディングでもするかの勢いで俺の前に跪いて箱を開けた。
「どうぞ。こちらを」
「すまんな」
ライフルを取り、弾を確認する。すでに五発がローディングされていて、一発分だけ空けてあった。撃鉄の振動で暴発しないように空いた所をセットしていたらしい。
木箱の隅のスペースに設けられた弾丸を取り、一発を装填し、六発をポケットに入れた。そうしてサイレンサーも取り、銃口に装着する。
クルクルとねじ回しながら勇者を見る。様子を見ているのか、ごくゆっくりと歩いてきていた。
「ステイシー、神父、ターゲットはアイツだ。上から狙うから、できるだけ向こうに押し込んでくれ」
「もちろんです」
「待て、私は……」
「その問題なら大丈夫だ。ガーベラに頼む」
「……成る程。ならば仕方あるまい」
神父が腰元に固定していた棘鉄球を手に取って、ステイシーと共に勇者へと向かっていく。
「女王。僕は上から狙撃します」
「し、しかしそれだと、ご友人のお二方が……」
「不死身なんですよ。ふたりとも」
「不死身……。また、にわかには……。次から次へと……」
俺だって、こうもあれやこれや言われて信じられるかと言われれば怪しい。
「承知いたしましてよ。勇者が無くとも、魔王を葬れると歴史に証明いたしましょう!」
ステイシーと神父とガーベラを連れて、二階、三階へと駆け上がる。
「ガーベラ。またワープして女神像を取ってこられるか」
「へっ!? あ、そういうこと!」
神父が死んだとき、女神像のある場所でしか生き返られないが、この大陸に像はない。なので、像の方を持ってくればいい。
「いけると思う。行ってくるねっ」
「頼んだ」
彼女と別れ、折り返して廊下を走り、突き当たりの部屋に飛び込む。小さな書斎のようだった。
目の前の窓に飛び付いて、下を見下ろす。勇者は見えない。真下にいるようだが――。
その時、ずっと遠くに、嫌な影が見えた。巨体だから一目ですぐに分かる。
あの怪物が、門から続く道を真っ直ぐに走ってきていた。もう戻ってきたのか。
…………。
………………嘘だろ……。
他にもいる。
道の下の路地にも、遠くの屋根にも、別の場所にも。あの黒い巨体が四方八方から、この城に向かってきている。
目の前でヒカリがあの怪物に変わったみたいに、他の人間も変わっていっているのか。まるで怪物が、この世界そのものに侵食しているように。
……ソフィアは無事か。
目下に揉み合った勇者とステイシーが飛び出す。
気を取られている場合じゃない。即座に銃口を向け、アイアンサイトで狙う。今回も最初から頭は狙わない。マグ弾だろうと死なないのであれば、基本に、誠実に。
身体に一発。頭に二発。
引き金を引き、一発。消音された銃の音。勇者のすぐ隣に着弾して小石を散らす。彼は周囲をキョロキョロと見回しているが、上の俺には気付かない。
少し周りを見ると、あの黒い影が城下の家の、十と数件先まで来ている。もって一分。
暗殺に向かない黒色火薬の真っ白な煙が立ち上ってくるので、目に染みないよう細め、撃鉄を下ろし、また狙う。
もう一発。勇者の脚に赤い霧が吹き出し、ステイシーと共に転げた。
トドメだ。
撃鉄に指を掛けた。
同時に、倒れて天を向いた勇者と目が合った。
――――何か、ヤバい。
ほとんど本能で身を起こし、立ち上がりさえせず後方へ飛んだ。
ちょうど俺がいたところに火の玉が飛び込んできて、弾けて火を吹いた。俺の上を撫でるように広がり、危うく焼けるところだった。
やはり一筋縄ではいかないようだが、俺の狙撃は当たった。この世界のご都合主義など関係ない。異世界人なら、俺なら殺せる。
銃を持ち、廊下へ出る。狙撃の基本は、場所を何度も変えることだ。同じ場所で撃ち続けていると向こうも位置に勘づき、ちょうどモグラ叩きのモグラを待つように構えてしまう。
ならば予想しにくい位置に移動し続けるしかない。それで見つかるかどうかは運次第だ。
廊下へ出て走る。
と、目の前で壁が崩れた。
あの怪物がもう来たのか。
そう、思っていたら。
「……お前……」
あの女神だった。顔をしわくちゃにして、口に入った壁の欠片をペッぺと吐いている。
「……あ。いた」
「ん?」
「アンタを探してたの」
身体が浮いて、壁に寄せられる。動けはするが、降りられない。
「なんだ……お前……」
「ねぇ私を殺すって言ったよね。殺すって。ねぇ?」
女神から依頼人の臭いが漂ってきた。これも伝説の力とやらか。
「そうだな」
「ねぇ~殺せる? ね――」
別の壁が吹っ飛び、衝撃か何かで女神が吹っ飛んでいった。ストンと落とされ、尻餅をつく。
「やぁ兄弟」
女神が立っていたところにいたのは、山羊鬚の中年。しかし瞳が異様に黄色いので一目で分かった。
悪魔ガーベラだ。
「無事かね」
「お陰さまでな。あの女神まで伝説に犯されているぞ」
「あ~……それなんだがな」
彼はニヒルに笑って、肩をすくめた。
「伝説は関係ない。ただ、キレただけさ」




