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貴いお方が裸同然とはどういう了見だ  作者: 能村龍之介
殺し屋、神話に巻き込まれるの章
81/118

75 誰が勇者を殺すのか

 ああああという勇者が、バルカン大陸の要たる王都にたどり着いたのは、日暮れのことだった。古くから伝わる物語、それを辿る旅こそが勇者の使命であり、ここがその最後の舞台なのである。


 ダークサイド――闇側の厄介者である男とゾンビと神父を殺害する気概を常に抱いている。彼らに一度でも苦汁をなめさせられることとなったああああは、この都こそが彼らを処刑するに相応しい場だとし、そうであるからこそ彼らはここにいるに違いないと確信していた。


 速やかに見つけるべく、従者のヒカリという僧侶を密偵に出しておき、自らは物語の続きを辿るべく王都の門を潜る。中心の王城から伸びる放射状の道を真っ直ぐに、城へと向かっていた。


 こそこそとした怪しい者を見つけたのは、その道中のことである。


「おい」

「ひっ!?」


 声を掛けるなりひどく驚き、狼狽した。やはり賊か。王都は正義の裁きが威光を放っており、悪は裁かれると聞いていたが、噂は噂だったようだ。


「貴様は闇側だな?」

「え? え?」


「名を名乗れ。せめて聞いておいてやる」

「お……オレはヴィーガンだ」


「ヴィーガン?」


 それは動物の命を最上とし、植物の皆殺しを是とするギャングの名であった。ただの菜食主義者たちから名と大義名分だけを奪い、正義の味方に仲間入りできた錯覚だけを人生の(よすが)として生きる者たちだ。


 同様にして誕生したヒッピーというギャングとは対立をしている。しかしそんな些細なことなど、魔王という使命を目前にする勇者は知るよしもなかった。


「ヴィーガンとはなんだ」

「知らないだと? 命を一番大事にしてるギャングで、ヒッピーって悪を殺してみんなを守らないといけないんだが……」


「ほう」


 もしや光側じゃないかと勇者は感心し、ひどく珍しく話を聞く姿勢になった。


「光側、ということか」

「光側……?」


「哀れな。知らないのかそんなことも。魔王に相対する者たちだ」


 するとヴィーガンはなにか得心した顔をして、頷いた。


「そうか……。そうその通り。光側だ。ヒッピーのことを闇って言う奴は初めてだな」

「なに。ヒッピーは魔王の一味なのか」


「そうだ。お前が言う通りの、巨悪なんだ」

「さすが都だ。闇側の陰謀と戦うレジスタンスが、そこかしこにいるとは」


 勇者は高々に言うものの、ヴィーガンは苦々しい顔をしていた。


「それなんだが……な」

「ん?」


「都の親衛隊にほとんどがやられたんだ。今まではこっちが活動しているときを狙ってきていたのに、どういうわけだか見えるヤツ全員を、片っ端から撃ちやがりやがった。話も通じなかったし」

「なるほどな」


 その原因は分かっていた。やはり魔王の手先が国を乗っ取っているのだ。レジスタンスたちの存在を見つけ、それを片っ端から排除しにかかっているのだ。


 レジスタンスと言っても、所詮は勇者物語の哀れなモブたち。勇者のための引き立て役として死んでいったのだ。故に、勇者は胸を張っていた。


「勇者が来たからには、もう大丈夫だ」

「勇者……?」


「そうだ。とくと目に焼き付けろ――」


 そうして、勇者は勇気が滲むほどの勇姿を引き立てるオリジナルポーズを取る。


「これが闇をひとり残らず殺す光の勇者、『ああああ』の勇姿だっ!」

「あー?」


「ああああだ。間違えるな」

「あーーぁ……あ?」


「お前闇側か……?」

「ち、違うに決まってるだろ! あんな人間のカスと同じにするな!」


「む。そうか」


 この怒り具合。闇側ではなさそうだ。そう勇者の慧眼が捉えた。いつもなら、怯えたりする顔を見せるのだ。


「では、アジトに案内しろ」

「アジトに?」


「そうだ。敵はなにも魔族だけじゃない。魔族の手先……この国の権力者たちも殺さねばなるまい。その準備をしなければな」


 勇者が言うとモブは驚いたが、すぐに頷いた。


「やり返すの、手伝ってくれるのか」

「それが使命だが? なぜ知らないのだ全く……」


「すまん。まさか勇者が味方になってくれるとは思わなかった。こっちだ」


 彼が歩き始めると同時に、何かにつまずき危うく転びそうになっていた。見るからに間抜けなヤツだ。


「……? ここ何か……」

「いいから早く行け」


「あ、ああ」


 勇者は一応、つま付いたところを確認する。だがそこには何もなかった。やはり間抜けだ。


 ヴィーガン男の案内で、街の下、暗がりに立つ木造建築へ。そこにはわずか三人が、身を寄せあっていた。


「おい。見ろ。勇者だ。勇者がオレたちを助けてくれるって」


「えぇ……?」

「味方……か……?」


 怪訝な目が、髪も髭もボサボサで臭い浮浪者紛いを見


 尊敬の眼差しが、しっかりした頭髪と立派な髭を蓄えた勇者を見る。勇者は当然、鼻高々であった。


「三人か。つまり、お前を入れると……四人、だな?」

「そりゃ……そうだろ? もうこれしか残ってないんだ」


「ふぅん」


 あまり興味がなかった。どうせ勇者物語で、このようなぽっと出のモブが活躍などすることもない。ただの踏み台にしては豪華な名前がついているだけなのだ。


「そうだ。オレたちの料理を振る舞ってやる。ヴィーガン料理だ」

「で、でも……」


 具合の悪そうな者が、腹をさすりながら口を挟む。しかしその顔は、パチンと叩かれてしまった。


「うるさいぞ……!」

「た、食べ物は……もうそれで……」


「だからどうした。じゃあお前が助けれくれるのか? おいどうにかできるアイデア出せんのかよ? おい言えよ」

「でも……」


「無いんだろ? 無いなら無いってどうして言えねえんだコイツ。これしか方法は無いんだよ。分かるか? 分かるって言え」


 凄んだモブに、具合の悪そうな者は歯を食い縛りながら黙り込む。勇者物語のモブにしては思想が強いようだ。


「ささ、勇者さん。料理を食べてくれ。な。それで、もうヴィーガンの仲間だろ?」

「勇者が、誰かの仲間になるとでも? 誰かが、勇者の味方になるかどうかだ。ならないなら闇側だ」


「あ? えー、……うん、それでいい。オレたちはヒッピーとは違うんだよヒッピーとは」

「よし」


 奥のテーブルへ通され、手早く用意された肉なしスープが出される。ヴィーガン料理と言うのに卵と牛乳は普通に入っていた。もはや食欲の前に大義名分を守るのも面倒くさくなっているようだが、魔王という使命を目前にする勇者物語にしてみれば些細すぎる問題だ。


「これがヴィーガン料理。光側の料理か」

「その通り。さぁ、素晴らしさを味わってくれ」


 そうして、一口食べ、勇者の勇気溢れる味蕾(みらい)で味わった。


「どうだ。それがオレたちの素晴らしい活動の結果だ」


 勇者は頷き、食べているところを羨ましそうに見ている後ろの三人へ顔を向けた。


「なるほど。貴様ら、どうだ。食べたいか」

「く、くれるんですか……!」


「いや、お前らにとっても美味いものかどうか気になった」


 三人は困惑した顔でお互いを見合せ、おずおずと頷いた。


「そうか」


 勇者はスプーンを置いた。


「どうだ。うまいだろ?」

「いや、不味い」


 そうして勇者は勇気の抜刀。


 名前すら分からなかったモブの満足そうな表情を、キュウリを切るときくらい斜めにカットした。


「光側の料理は美味いに決まっているんだ。貴様ら、やはり闇側だな」

「ひ……」


 逃げようとしたひとりの背に手を伸ばし、雷撃を放つ。(いかずち)は二人を無視し、勇者の勇気溢れる何かの力で誘導されて背中に直撃し、背筋が凄まじい勢いで縮んで背骨を折りながらの海老反りにさせた。


 残り二人は、言葉さえ失い、闇側らしく怯えていた。勇者に怯えると言うことは光側の敵であり闇側の証拠なのだ。


「あの料理は、不味い(闇側のものだ)。それを賛美するということは、頭が闇にやられてバカになっているということに違いない。こんな簡単な陰謀にも気付けないくらいだからな」


 また手を出し、二人の両手両足を瞬時に凍らせた。そのまま踏んで砕き、抵抗できないようにさせておく。


 手足が無くなったのに痛みを感じていない二人は、ただただ怯えるか、泣き叫ぶかだった。光側がこんな表情をするわけがない。


「やれやれ」


 勇者はまたも手を伸ばし、小屋の窓に火を放った。勇気の何かと、建築素材の木のお陰で激しく燃え上がる。その小屋を出て、入り口も燃やした。


「闇にお似合いの最期だな。そうだ。こうされたのだから闇は、こんな目に遭わされるだけのことをしてきたんだ。ヴィーガンめ。光側と騙りながら洗脳と工作を繰り返してきたに違いない。だから勇者に反撃するんだ。ヴィーガンが来たら、ああああ様に攻撃してくるから、その腕を切り落として自分に食わせてやるそれで顎を打って、闇の味を教えてやる。あとナイフとか使ってきたら奪って刺し返して、えー……」


 勇者はブツブツと呟きながら、叫び声と煙の吹き出る小屋を背に歩き続ける。


 勇者の盾の、勇気の象徴である青い鳥が、今日も輝いていた。




「…………勇者を、殺しちゃうの」


 ガーベラが辛そうに、ただそう呟いた。


「殺せばいい? 殺せばいい!?」


 右の腕と脚を失った女神が、ガーベラにすがり付きながら吠えた。


 それを冷たく見てくる殺し屋の視線がとにかくムカつくが、今はどうでもよかった。


「で、でもそれで解決できるか分かんないよ! ただの、経験したことのないインシデントだしなにより――」

「大丈夫! 人間なんか簡単に殺せるから解決してくるっ!」


「あ、待っ――」


 女神は残った左足で直情にピョンと空高く飛び上がり、制御して力を曲げ、もの凄い勢いで空を飛んでいく。


 腕がなくとも、ちょっと適当な力を使えば、この世界の人間なら簡単に殺せる。


 なんだ簡単じゃん。と女神は空を飛び続け、王都にたどり着いた。なんだか分からないが各所で火事になっているようだ。


 王都の上、宙でじっと町並みを眺めていると、妙なことに人がたくさん死んでいる。何かが起こっているようだがどうでもよかった。早く勇者を見つけないと。


「……あ!」


 見つけた。親衛隊の首もと、鎧と兜の隙間から剣を抜き、王城に向かうところだった。


 はい勝った死ね。


 まるで弾丸のような勢いで急接近し、ソニックウェーブの爆音を鳴らしながら直撃で即死させる。はずのところで、なぜか身体がそれた。王城への道の、何軒か奥へと着弾し、クレーターを作った。


 なんだ。なんでズレた今。ぜったい勝ったのに。


「おやおや。空から愛らしい女神さまだ」

「……?」


 どこからか声がした。だが周囲には死体しかない。


 と、思ったら、死体のひとつが(こうべ)を垂れたまま、フラフラと起き上がった。


「ごきげんよう、兄弟」

「アンタ……」


 またあの怪物が襲ってきたかと肝を冷やしたが、どうやら違うようだ。


 死体は血の止まった首もとの傷もそのままに、黒い白目に黄色い瞳を浮かせ、輝かせていた。


「すごい景色だろう? 誰も彼もが『相手が暴れ始めた』と信じてやまず、犯人のいない大虐殺を認知できていない。他の誰かが殺した死体は見ぬフリ知らぬフリ……というより、本当に見えていないようだがね」

「…………いや、別に見てないけど……」


「ワォ。お前までもか」


 なんか怪しいし、どうせ適当言ってるんだろう。と女神は自分が見なかったものを信じなかった。


「ってかアンタ!? いま邪魔したよね!?」


 睨み付けると彼は「おぉ」と怯えるジェスチャーをしてみせた。


「うーん? なんのことかにゃ~あ?」


 黒い猫の獣人の少女が、部隊の演者みたく言ってみせた。間違いない。コイツだ。


「あれ……?」


 姿が違う。でも、変わった瞬間を見ていない。気がする。


 なんだか分からないが、きっと見えなくなる魔法的なのを使ったに違いない。


「どうかしたかにゃ?」

「……アンタね。アンタが、見えなかったガーベラね」


「せいかーい!」

「アンタ……いや、なんで邪魔すんのバカじゃないの!?」


「ごめんにゃさーい。でもどうして止めるのか、私の口から言っちゃダメなのにゃ~」

「はぁ!? 言えバカ……っ!」


「ふははは! ムキになりすぎだ。まぁ、のんびり殺しあって、あの殺し屋の活躍を待とうじゃないか」

「うるさいっ!」


「おっと。他人を信用すらできないか。出会う者全員にバカ呼ばわりされるのは伊達じゃあないなぁ兄弟!」


 女神は、完全に正気を失った。


 左腕と左足があれば十分だ。


 殺す。


「うるさァ~~~~いっ! 死ねっ! 死ねッ! 死ねェエエエエッ!」


 女神が全力で突っ込み、悪魔を掴んで、王都の家々と城壁とを粉々にしながら都を飛び出し、大陸からさえも飛び抜けていく。


 もはや勇者のことなど、頭からさっぱり消えているのだった。




「い、行っちゃった。どーしよ……」


 ガーベラが泣きそうな顔で、多い髪の毛をかきむしった。やけにモフモフとしていた。


 あのポンコツ女神、とんでもないヤツだな……。


「何を言う気だったんだ」

「何回も繰り返されてるのに勇者が死なないのには理由があるはずなんだよ。壊れた伝説にさえ、守られる理由が」


「それはもう一度襲撃してからでも分析できるはずだ。それより、まずは勇者を探さないと」


 個人的に殺す趣味はないんだが、殺さないと巻き込まれるならしょうがない。さて、マグナム弾を二発耐えるヤツを、どう殺したものかな……。


「それならだいじょーぶ。ぼくが分かるよ」

「どこにいる?」


「都みたい。すれ違わなかった?」

「いいや。どうやらうまく避けられていたみたいだな」


 さて行こうと振り返ったとき、自分の目を疑った。


 路地の入り口の角から、和装の胸元が、大きな乳が角に隠れきれずに飛び出していた。あれで隠れてるつもりなのか。なぜ胸の大きさを計算に入れなかったお前。お自野ですらあんな醜態はさらさなかったぞ。


 というかあの乳。あれは勇者の相棒――ヒカリのものだ。つけられていたのか。病に気をとられて不覚をとったな。もしかしたら上手く避けられたのではなく、先に見つけられてずっと尾行されていたのかもしれない。


 ……いま俺は、乳だけで誰かを瞬時に判別できたのか? 嘘だろ。なんだこのスキル。いらない。


 親切屋を見ると、かなりためらうような沈黙の後で、静かな頷きが返ってきた。反りが合わないくせに、こういうときに頼れるのはだいたいコイツなのは皮肉なもんだな。


「あの、いいですか」


 親切屋が右手をあげ、残った病と、茂美とウォスとシャーリーの顔を順に見た。シャーリーは意味がわからないようで、同じように右手をあげながら「いですかー」なんて言ってはしゃいでいた。


「勇者を殺すのに、ためらいがあると思います。それはオレも同じです。だって、ヒーローですよ? それでも殺せるって言うことは……なにかあるんですか、アランさん」

「ああ、ある。実はな、あれはとんでもないレベルの詐欺師なんだ」


 そう言うと同時に、角の胸がびくんと震え、ふよふよと揺れた。


 もしかしてバカにしてるのか? その乳で。


「勇者の相棒を見て気づいた。あれは典型的な洗脳の被害者だ。普通ならやりたくないと思うようなことを、喜んでやれるようになっている」

「普通ならやりたくないこと?」


「正義のためだなんだと言っても、子どもを殺すなんて正気じゃない。それでも、やろうとしたんだ」


 実際はそんなことはない。俺だって、まだ経験はないが必要なら始末する。それに、勇者は大した詐欺師でもない。大方、ヒカリは伝説の強制力とやらの被害者なのだろう。


 またちらりと胸を見る。乳揺れというよりは、身体をまるごと動かしているような大きな揺れ方をしていた。動揺しているらしい。


 アリアンナより少し小さいが、同じくらいの揺れ具合だな。あの柔らかさはビスコーサ好みだ。一方で大きさと形はソフィアが好きで……。


 …………誰好みの乳かも分かるのか。なんだこのスキル。本当にいらない。


「そんなこと酷いことを……」

「せめ……ゴホン。責めるな。もし俺が彼女の立場だったらきっと、同じように騙された。たまたまああいう出会い方をしたからこそ、俺は無事だったんだ。あの勇者と言う詐欺師に騙されないヤツの方が珍しい」


「ええ。どうにか助けましょう。そのお方の名前はなんと言うんですか」

「たぶん、ヨタカの国の出身で、ヒカリという名前なんだが……」


「えっ!?」


 状況を見守っていた茂美が、声をあげて口を抑えた。


「ウソ……ヒカリちゃんが? 本当なの? アランさん」

「知り合いだったのか、茂美」


 茂美の名が出た瞬間に、あの乳がまた揺れた。


 ひどい偶然だし、そうと分かるのが乳揺れなのがもっとひどい。こっちは真剣な話をしてるんだぞ。真面目にやっている人に向かって何だその乳揺れは。


「えぇ。むかし、ずっと前なんだけどね、住んでいたところのすぐ近所にいた子なの。十歳くらい年下で、何かあるとすぐ笑う可愛い子で……」


 茂美は言いながら泣きそうな顔になり、それから「アランさん」と俺の腕をそっと握った。


「ま、まだ、勘違いかもしれないわよ……ね?」

「そうかもしれないが……もしかしたら、本人かもしれない」


「…………そうだったら、もしそうだったらね? 『しーちゃんが心配してたよ』って、そう言ってあげてほしいの。きっと、私のことだって分かってくれる」

「それだけで、止めてくれるのか?」


「ええ、きっと止めてくれるわ。だって、ヒカリちゃんは町一番のがんばり屋さんだったんですもの。誰よりも、優しい子だったの。……久しぶりに会えるのに、敵同士だなんて嫌なのよ」

「そうか。なら……」


 言葉の途中で、スンスンとすすり泣きの音が聞こえてきた。もういいか。


「……茂美。こっちへ」

「え? えぇ、いいけれど……」


 彼女を連れて角を出ると、ヒカリがその場でしゃがんで、膝の上で抱えた腕に目を押し付けて泣いていた。


「ひ、ヒカリちゃん!?」

「あ……」


「そうよね。あなたヒカリちゃんよね!」


 彼女はとっさに、得物の棍棒に手を伸ばそうとする。


 だが茂美の顔を見るなり、その手の力が抜け、だらりと手を下げた。


「……しーちゃん……」


 茂美は、怒りも悲しみもせず。


 ぱっと、満面の笑みになるだけだった。


「すっごい大きくなったじゃな~い! 私と同じくらいかしら? 背!」

「…………しーちゃぁん……」


 くしゃっと泣き、茂美にしがみついて、おいおいと泣き始めた。


 俺と親切屋とでペテンにかけるつもりだったが、思い出の方がよほど強かったか。


 それを見て、ガーベラも泣き出した。


 ガーベラも泣くのを見て、悲しそうだと思ったのかシャーリーまで泣き出した。


 シャーリーまで泣き出したのを、ウォスがオロオロと慰め、その状況を見た親切屋が来てそっと耳打ちしてきた。


(すみません。オレ、泣く機能無いんですけど……どうしたらいいでしょうか)

(……黙ってろ。お前……)


(はい……)


 なぜだか俺ばかりが、ひどく疲れていた。

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