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貴いお方が裸同然とはどういう了見だ  作者: 能村龍之介
殺し屋、神話に巻き込まれるの章
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73 光の勇者

73 光の勇者


 第二の支配者、ポンコツの女神が呼吸を浅くして、顔まで覆って項垂れていた。


 目前の壁の辺りには、憎きアランと、世界修理をしてくれているガーベラの姿が、立像として投影されていた。


[…………ぼくの、おかあさん]


 完全に、予想外だった。あの世界の修理をしてくれるなんて親切だなぁ、くらいにしか思っていなかった。


 まさかガーベラがこの世界の神の、その娘だとは思っていなかった。


 それに、まさかその親が――――原初の神が帰って来ていることなど予想だにしなかった。


「……どうしよう…………」


 吐きそうな緊張。身体の芯が冷たいのに、表面と頭ばかりが熱くなり、ぼうっとするほど嫌な考えが押し寄せてくる。


 棄てたのが悪いんだ。私は拾っただけだ。拾わなきゃあのまま、壊れて消えてたんだ。私は、この世界の恩人なんだ。だから私のものにしたっていいんだ。


 そう思うのと同時に、別の予感もあった。


 もし私が支配していると知ったら、返したくないと知ったら、何をしてくるだろう。


「あの……」


 病の声がする。女神はうんざりした様子で振り返る。


「もう。なに?」

「お困り……ですよね」


「困ってないように見える?」

「あ……ごめんなさい……」


 女神は主たる横柄さでふんぞり返る。ちなみにここは世界管理の、病の部屋だった。


 とんでもない虐殺があったと聞いて飛んできてみたら、あのアランがなにやら話しているのを目撃し、気になってじっと見続けて今に至っていた。


「例の……あの沢山の人間が死んでしまうところ……再生できますけど……」

「え。……そ、そう。再生してもいいけど?」


「してもいい……? わたしは別に……」

「…………」


「………………」

「しなさいよ」


「え? ご、ごめんなさい……」


 コミュニケーション下手くそ女神に振り回され気味だが、病は嫌な顔ひとつせずに再生した。


[――早く逃げてくれ!]

[ですが……]


 民衆が押し寄せて来る、少し前のところだった。ミニチュア的な館の前に、小さくオウレルとステイシーが立っており、モーニングスターがルイマスを抱えて館へ走っていっていた。


 よく見ればステイシーが、獣人の赤ん坊を抱えている。それを見て女神は、また呼吸が乱れた。


 ……違う。私のせいじゃない。私のせいであの子たちが死んだ訳じゃない。事故だったんだ。私のせいじゃない。どうにか言い聞かせ、やり過ごした。


[あの数では、いくら不死でも押し返すなど無理だ。なら――――お望みのものを差し出さねばならない]

[オウレルさん]


[大丈夫。もう分かっている。人となって生きたいと、ずっと思っていた。そのために、人が犯すべきでない罪を多く背負った。僕が救いを享受する資格などない。だから、せめてあの子の獣人を治せれば、それで良いんだ]

[ですが、一緒に下に降りれば、無事に済むかもしれません]


 ステイシーの言葉にも、オウレルはまだ遠い群衆へ、ただ歩み出るだけだった。


[僕は人になれなかったが、せめて最期は、それらしく振る舞わせてくれ。人として生きるとはきっと――――こういうこと(・・・・・・)なんだから]


 そうして彼は、群衆の方へ走っていった。ステイシーは追わず、館へ入る。


 映像から人の姿が無くなり、館の入り口ばかりが映されていた。


「例のところまで飛ばして」

「はい……」


 映像がポンと飛び、ちょうど数人が館へ入っていくところだった。その周囲には、松明で辺りを照らし、武器を異様にしっかりと握った者たちがうろついていた。


「そろそろです……」


 映像が一瞬乱れる。女神は気にせず見ていたが、病が声を漏らした。


「あ……いまの……」

「なにが?」


「いえ、ノイズが……」

「ノイズ? 別に珍しくないでしょ」


「……そうでしょうか。いままで見たことなど」


 言葉が切れる。病は口を半開きのままで目を見開き、映像をじっと見つめていた。何事かと思って映像に目を向け直す。


 これから皆殺しになる群衆たち。


 その全員が、こっちを見ていた。


「…………え?」


 映像の視点が勝手に動きだし、彼らにズームしていく。その間も、視線は女神を捉え続けていた。


 おかしい。だって、これ、過去の映像なのに。


「と、止めて。止めてよ」

「え、は、はい。……あれ……」


 彼らが等身大になるまで拡大され、同時に全員がこっちへと、何か重い物でも押すように両手を構えて向かってきた。


 その手の先が、薄い膜を抜けるように、具現化していく。


「止めてッ! 早く!」

「できないんです操作が――操作が効かないんです……!」


「ああもう!」


 先頭の男の前に立ち、平手打ちをした。あっさりと首が捻り切れて飛ぶ。


「ひ……!?」

「なにビビってんの人間が死んだくらいで!」


「ち、違います。生きて……」

「え……」


 飛ばした男の首を見た。首から、何か黒い粒子のようなものが出て、ズリズリと元のところへ戻ろうとしている。


「……ウソでしょ……」

「に、逃げませんか……」


「……じゃあアンタは逃げてなさいよ。勝手にひとりで」


 女神が首を睨むと、一瞬ぱっと光って、あっという間に焼けて蒸発した。


「私はここで殺してるから」


 何が最初の神だ。この世界はもう、私のものだ。


「この私の世界に――こんな化け物いらない」




「お前の親が、この世界を壊した張本人だったのか?」


 改めて問うと、ガーベラは泣きそうな眼で俺を見た。


「……うん。…………ごめんなさい……」

「お前が謝ることじゃないだろ」


「ちがうの……。知ってたのに今まで黙ってて、嘘ついてた。あんな人がぼくを産んだ人だって、言いたくないって思っちゃった。……ほんとうにごめんなさい」

「それを知ったところで、どうせ俺たちには関係ないことだ。お前はむしろ、その尻拭いをしてるんだぞ。謝るくらいなら誇れ」


 ガーベラは何も言えず、ただうつむくばかりだった。


 ……優しいガーベラをしても「あんな人」呼ばわりか。どんなヤツなんだ……?


 そう思えばモーニングスターが唸る。


「道理で異世界人(あくま)であるのに見つけられなかったと思えば、この世界の者の子どもだったか」

「そうだね。でもぼくは、違う世界で生まれたから、一応異世界人(ピルグリム)って名乗ってるの」


「ということは、ここを棄てた神が帰ってきたということだな」

「……ということになるかな。うん……」


「それに、ガーベラ、お前はその後継者でもあった……ということになるな?」

「それは……。そんなことはないよ。神さまなんて、何をすればいいか分かんないし……」


「そういうものだ。我が主とて、誰かが定めた掟に従ってこの世界を支配なさっているわけではない」

「でも……」


「我が主が救ったこの世界に今さら戻ってきて、そんな重要なことを黙っていたのか。それでは、何を疑われても仕方ないではないか」

「……ごめんなさい」


「なぜ世界管理にそう名乗らなかったのだ」

「……恥ずかしかったからです……」


 モーニングスターと顔を合わせた。そこまで恥ずかしがるような親、しかも神か。どんな話が飛び出してくるんだ。


「……言えるか? そいつが、何をやったのか」

「…………言うけど、すぐ、忘れてくれる?」


「善処はする」

「……人殺しが好きなの。あのひと。でも、お父さんと会ってからはやめた。でもね、その、ずっと……エッチなことばっかり……さ」


 彼女は顔を背けた。恥ずかしがっているようだが、その顔を赤くするというより青く染めていた。気分が悪くなったのだろう。


「…………わざわざね、お父さんを、子どもの頃の姿にして、ずっと犯してたの」

「それで、産まれたのがお前なのか」


「うん……。それでね……その……」


 彼女は自分の身体をぎゅっと抱いて、涙声で呟いた。


「……子どもだったぼくのことも、犯した」

「…………そうか。大変だったな」


 それで言葉が足りるとは思えなかったが、そう言ってやることしかできなかった。


「そ、それでね、お父さんが逃がしてくれて、そのままさ迷って、その時にいろいろ勉強して、自分で逃げられるようにね、世界を渡れるようにしたんだ。知ってるかな、ゴースト理論とか……」

「ゴースト理論? そういえば……」


 ステイシーを見る。彼女は少し間があって、俺を見た。


「以前説明しましたね。凡ゴースト理論の、世界を移動するための計算で使う部分は、異世界や平行世界を存在と距離で示します」

「わ、よく知ってるね。その通りだよっ」


 ガーベラの顔がようやく柔らかくなり、細かく尻尾を振った。


「色んな世界を渡り歩いているので、多くのことを学んだりするのです。ニコ」


 久しぶりにステイシーの感情表現を聞いた気がする。


 よかった。ふたりとも、少しは気を取り直せたようだ。まだルイマスが微動だにしないのが気になるが……。


「それから、この世界の修理を始めたんだな」

「うん。凄く時間かかったけど、もうすぐ直りそうなんだ。なんだか最近、伝説が活性化しているみたいなんだけど、きっと直る前兆だよ」


「そうか。……俺たちが来たのと関係があったりはしないか?」

「え? それは分かんないかな……。どうして?」


「この世界のロクでもない出来事はだいたい、俺にふりかかるからな。勇者とやらが来たのだって、放っておけば俺に襲いかかってくる。間違いない」


 言うとステイシーが腕を組んだ。


「勇者……ですか。さっきも伝説で勇者と魔王が現れると言っていましたが、勇者が生まれたということは魔王もどこかにいるんですか」

「そういうことになる。俺たちで勝てる相手じゃないことは確かなんだから、早いところこの大陸から逃げたい。それを伝えに来た」


「なるほど。ですが――」

「来てくれ、ステイシー。お前が必要なんだ」


 あの女神に目をつけられ、いつ手出しされるか分からない状態だ。知り合いのステイシーがいれば、助かるかもしれない。


「頼める立場じゃないことは分かっている。それでも、いてほしい」

「…………なる……なるほど」


 彼女は俺をチラと見て、咳払いのような仕草をしながら「こほん」と言った。


「どうした?」

「みーが意外とギャップに弱いとバレてしまいましたね」


「ん? いやそういう意味じゃ……」


 肩を小突かれた。彼女は顔をそむけ、ひとつ大きく息をつく。


「定期的に思い出してムカついてます。いきなり蹴るかもしれません。でも、許してあげます。クソ野郎のゆーですけど、みーが居てあげます。仕方ない人ですね。テレ」

「照れを隠すのに後ろを向いたんじゃないのか?」


「……言ってないですが。やれやれ。幻聴が聞こえましたか。えー。ルイマス。行きますよ」


 ステイシーが呼び掛けるが、ルイマスはやはり反応しなかった。ただ黙って、ステイシーに預けられた子を抱いていた。


「…………ルイマス。大丈夫か」

「……命の、形とはいかなるものか。思案しておった」


「…………」

「この子をこのまま育てることの何が間違いか。人とすれば人として正しくなり、獣とすれば獣として正しくなる。人と獣の文脈を持たぬことが間違いであると、何が定めたのか」


「…………」

「正しさを定めるのが群の意思ならば、この子は人と獣のどちらの群の意思に従えばいいのか。今は自分で決められぬとすれば、誰が、決めるのか」


「……獣人のことなら、獣人が決める。ということか?」


 ルイマスが、ガーベラを見上げた。俺もその視線に従う。彼女は困った顔をした。


「えっと……」

「獣人として、正しい形を定めてくれんか」


「ぼ、ぼくが決めるってこと!?」

「この子のことに限らん。この世界の歪み、生まれてしまう獣人という命の、これからを決めるのじゃ。世界を直しているというのであれば、それもできるのじゃろう」


「で、でも、そんな……命を操作するみたいなことは……」

「できなければ、またこの子のような命が生まれる」


 ルイマスが抱えて立ち上がる。獣人の子は、狐と人間の子であることは分かるものの、手足どころか顔のパーツさえ、半端に育ち、人と狐が混ざらずに入り交じっているような具合だった。


「少なくとも、生きられぬ命は間違いじゃろう。獣人に正解がないからそうなるのであれば、それを正す。ただ、基準を設けるだけのことじゃ。形が分からぬなら教えてやろう」

「…………」


「考えといてくれい。あぁ~~。疲れたのぉおおおお」


 段々と声が戻ってきた。まだ本調子じゃなさそうだが、静かな地下では十分すぎるくらいだ。


「神父ぅううう」

「なんでしょうか」


「この子を預かっておいてくれぇえええ」

「分かりました」


 モーニングスターが獣人の子を布で包み、そっと抱えた。


 ……嫌な予感がする。


「アラぁああああン……!」

「なんだか分からんが駄目だ」


「うるせぇチンポよこせぇええええっ!!」


 強行突破で突っ込んできた。両肩を掴んで止めてもなお突っ込んでくる。


「チンポじゃ!」

「やかましい」


「ご褒美ポコチンっ!!」

「帰ったらドゥカのがあるだろ。帰るぞ」


「しょおがないのぉおおおお!」

「俺が妥協される側なのか……」


 ルイマスが納得したのでよしとするか。あとは……。


「モーニングスター。お前はどうする」

「私は……そうだな。また主がお前に会いに行くかもしれん。その時にお迎えできるよう、近くの教会に留まるとしよう」


「分かった。よし行こう。俺は城へ戻って、都から茂美たちと港へ向かう。お前たちはまっすぐに向かってくれ。先に着くだろうが、そのまま出発して構わない」

「分かりました。」


「はぁあああい!」

「やれやれ」


 ガーベラを見ると、彼女は上を指した。


「こっからも行けるけど、さっきの場所から飛んだ方が楽なんだ。同じ距離飛ぶから計算間違いとかしないし」

「分かった。上がろう」


 全員で階段を上がる。入り口の死体を避け、館の外へ。相変わらずの小雨が――。


「――ん?」


 小雨は変わらないが、一目見て分かる違和感があった。


「どーしたの?」

「いや。……死体、減ってないか」


 さっきは死屍累々としていたというのに、今では数えるほどにしか死体が転がっていない。


「え……あれ、ホントだ。……なんで?」

「誰かが……」


 死体を見て葬儀のため、きちんと集めて並べようとした……とは違うのだろう。相変わらず、人の気配はない。


「さっき居たとかいう怪物、か?」

「え、でもそんな気配は無かったけど……。それに、……その、あの人は、死体には興味ないと思うし……」


「そうなのか。どっちにしても、早く離れた方が――」


 言いかけたところで、ガーベラが獣の耳をピンと立てた。耳をすませると、雨に紛れて近づいてくる足音。


 乾いた血で模様になっている布の服の上に、金属プレートをベルトで留めた鎧。剣と盾ばかりが立派であり、髪と無精髭はボサボサになっている。


 それともう一人、和風、それも僧侶のような装いを改造し、胸まわりと股まわりがやたら涼しげになった服を着て、傷だらけの棍棒を一本携えた女もいる。


 その二人が角から出てきて、俺たちを見つけた。


「……ステイシー」

「分かってます。ソソクサー」


 ステイシーが肌を隠しつつ、神父の後ろに隠れた。同時にあの二人がやって来て、俺たちをじっと睨み付ける。


「…………貴様ら。貴様らか」

「違います。俺たちも、騒ぎを聞き付けて来たんです」


 嘘で合わせる。よりによってこのタイミング。よりによって最悪のタイミングだ。


 こいつが、勇者とやらか。


 もし下でワープしていたら、コイツらが来るのに気付かず、ステイシーたちが厄介な目に合っていたかもしれなかったか。危なかったな。


「嘘だな。そうだ。闇側はいつも嘘を言う。殺したんだな」


 ……おい冗談じゃないぞ。『闇側』だと?


 かなり嫌なワードに、もう胃が痛くなってきた。頼むから伝承だの伝説だのの話であってくれ。


「闇側……魔王の仲間のことですね」

「当然だ。全ては魔王の――――陰謀だ。いいか。闇側は情報を操る。全ての新聞には裏切り者が闇側へ伝えるための暗号があるんだ。暗号であたまを操っている。国王と名乗っているのは魔王の傀儡なのだから、当たり前だろう? かわいそうに。そんなことにも気付かなかったのか」


 あぁ、かなり香ばしいヤツ来ちゃった……。


 陰謀論者とか、絶対に勇者にしちゃ駄目だろ……。


「おぉ。暗号……! 気付きませんでした。それに気付いているということはまさか、勇者様ですか!」


 どうにか、どうにかしてやり過ごすんだ。なりふり構っていられるか。


 ガーベラのワープで飛べるのは異世界人(ピルグリム)だけ。ルイマスは死んでも迎えに行けるが……あの獣人の赤ん坊だけは、どうすることもできない。


「む……。それが分かるとは、さては中々頭が良いな、貴様」

「いやぁ光栄です。あの伝説の勇者様に会えるなんて。ぜひ、お名前だけでも教えていただけませんか?」


「ふっふっふ。素直でいい。では……」


 言いながら彼は、盾の紋様をこっちへと見せるように構えた。


「目に焼き付けろ。これが闇をひとり残らず殺す光の勇者、『ああああ』の勇姿だっ!」


 絶対にターゲットだ……。嘘だろ。だが『名前が変なヤツは殺しのターゲットになる』という法則が指し示している。


 ということは、もうひとつの『依頼人は大体、格好がやけに性的魅力の暴力』という法則に従うと……。連れの女を見る。たぶん前傾姿勢になったら乳がこぼれる服を着ている。


 コイツに依頼される、ということか。その流れは分かった。だが殺しの依頼をされても、勇者(コイツ)に勝てるのか。


 ボーケンシャのように、法則の例外であると願うしかない。


「ああああ様……なるほど」

「そしてコイツが仲間のヒカリだ。名前からして光側だろう」


 紹介されたヒカリは、くすぐったげに微笑んだ。


「おぉ。まさに勇者一行に相応しいですね」

「その通り。しかし……素直で良いヤツだな。仲間にしてやる」


「あ、すみません俺は持病があって戦ったり物を作ったり旅をしたりはちょっと無理ですね……」

「む? そうか……」


 彼は言いながら近付いてくる。


「惜しいな。せめて、この勇姿を書き留める役割を与えようと思ったのに」

「惜しいですね。ですけど、旅についていったら魔王にたどり着く前に俺が死んじゃうかもしれないので……」


「そうかそうか。ところで、折角だ。見てくれこの剣を」


 彼は剣を抜く。黒い鉄に、何か青い紋様が浮いて、光っているようにも見える。


「それは……素晴らしい意匠ですね」

「そうだろう。切れ味も――」


 彼は言いながら、不意に神父を退かし、後ろにいたステイシーを斬りつけた。首の横から胸の下まで袈裟斬りに、あっさりと真っ二つになってしまった。


「――この通り。魔物を殺すのにぴったりだ」

「おお、そうですねっ。いやぁ助かりました。実はずっと付きまとわれていて……、よく仲間じゃないって見抜いてくれましたね」


「当然だ。というか、闇側は殺して当然だろ」

「確かに……」


 俺は咄嗟に合わせられた。ルイマスも、神父も、どうにか反応せずにいたが……。


「ところで……お前」


 彼がガーベラを指差す。


「お前いま、庇おうとしたな。闇側だ。そうだな」

「ぼ、ぼくは――」


 勇者が姿勢を僅かに動かし、体重を移動させ始めた。


「――ステイシーッ!」


 呼ぶと真っ二つになった彼女が再生し、勇者に組み付く。


「なにぃっ!?」

「やれやれ。相変わらず人遣いが荒いですねアランさん」


「いつも済まない。本当に」


 とりあえず抑えた、と思ったが、勇者はロクに抵抗しなかった。


「はぁ全く面倒くさい。やはり全員闇側だったか。ヒカリ」


 彼が呼ぶと、連れの女が嬉しそうに返事をした。


「この魔物は抑えておく。殺しておいてくれ」

「もちろんですああああ様!」


 そうして彼女が棍棒を構えた。


 数十キロはありそうだが、軽々持っているのを見るに、茂美と同じく怪力なのだろう。


「……モーニングスター」

「ああ、どうするのだ?」


「後で迎えに行く」

「まぁ、それがよい。その代わり、この子をきちんと守れ」


 布にくるまれた、獣人の子を受けとる。これだけの騒ぎでも、静かに眠っていた。


「逃げるつもり? ひとりも逃がさな――」

「うぉおおおおチンポタァアアアイム!」


 ルイマスが羽交い締めの勇者に突っ込んだ。あいつは何をやってるんだ。


「や、やめろ、なんだ貴様!」

「ちょ……ああああ様に下品な真似を……!」


 なんだか分からんがチャンスだ。お前も後で迎えに行く。


 ガーベラと目を合わせる。俺が都への方角へ目をやると、彼女は残る仲間を気にしながら頷いた。


 そして、同時に駆け出した。


「おわぁああクソ毛むくじゃらぁあああ! きんもぉおおおおお!」

「やめ……止めなさいまったく!」


「タマからニョロニョロしてんだけどぉおおおおお! やだぁあああああこんなチンポぉおおおおっ!」


 大通りをまっすぐに走り続けながら振り返ると、勇者がルイマスを蹴飛ばし、ステイシーを背負ったまま身体ごと剣を振っていた。


 ……このまま都まで行くのは無理だ。だがこの子をワープで連れていくのも無理。ならば結局、ステイシーに任せるしかない。


「ガーベラ」

「なにっ?」


「一度俺を都に連れ戻してくれ」

「で、でもその子は……」


「すぐに戻る」


 近くの路地へ逃げ込み、雨に濡れていない軒の下へと赤ん坊を置いた。


「場所はさっき……いや、親切屋がいるところでいい」

「う、うん」


 少しして、風景が変わった。さっきの、城の廊下だった。


「あ、アランさん。またどこかに……」


 目の前に親切屋がいた。彼はそこまで驚きもせず、俺を少し観察して頷いた。


「雨の町に行ってたんですね」

「訳あって急いでる。女王はどこだ」


「すぐ近くですよ。突き当たりの扉」

「すまん」


「あ、待って……」


 まだ話したいことがあったか。すまないがまた後でな。


「ガーベラ。廊下で待ちながら、いつでも飛べるようにしておいてくれ」

「わかったっ」


 言われた通り、突き当たりの扉を体当たりのように開けた。


「なっ……」


 ティア女王はいた。


 ただし全裸だった。


 湯船の前で、濡らしたタオルで侍女に身体を拭かせていた。なんだってこんなタイミングに出くわすんだ。


 侍女たちが一斉に隠していたと思われるナイフを取り出す。女王は困惑していたが、きっと目を鋭くして睨んできた。


「あ、アラン様……。気が置けないと言っても限度というものがあります。このような侮辱は許しがたい行為で……」

「すみません。緊急の用事です。今すぐアレが要ります」


 言うなり、彼女の目付きが変わった。


「全員武器をおろしなさい。アラン様、そちら、奥の部屋にあります。私のものが、箱に」

「こんなときにすみません。ありがとうございます」


 急いで扉を抜け、件の木箱を見つける。蓋を開け、中のライフルを取り出した。ラッチを上げてシリンダーを横にせり出させ、空だったのでマグナム弾を装填していく。六発。銃身を揺らしてシリンダーを戻し、撃鉄を引いていつでも撃てるようにした。


 サイレンサーは……今はいい。


 銃を抱えたまま、バスルーム前の扉に立つ。


「タイミングが悪く申し訳ありません。用が済んだらすぐお返しします」

「ええ。そのときに、お土産話に成果をお聞かせください」


 銃が必要となると途端に物わかりが良くなる。今だけはこの女王の異常性がありがたかった。


 私室から廊下へと抜け、ガーベラの元へ走る。


「いけるっ!?」

「頼む!」


 走る中で景色が代わり、急に変わった足元の高さと水濡れに転びそうになりながらもどうにか姿勢を保つ。


 そうして大通りへと飛び出し、また館の方角を見た。


 ヒカリがステイシーを引き剥がし、自由になった勇者が転ばせたルイマスを踏みつけながら剣を振りかぶっている。


 頭は無理だ。だが――。


 即座に構えて撃つ。


 ドンッと重い音が鳴り響き、勇者の腹に飛沫が上がり、倒れた。


 ――身体の中心を狙えばいい。マグナム弾レベルなら、当たれば致命傷だ。


 さて、ヒカリの方は……説得の余地はあるだろうか。


「く……ぁあああ!」


 勇者の叫びが聞こえ、思わず銃口を下げてしまった。


 弾丸を腹へと食らって、叫ぶだけの元気があるとはどういうことなんだ。また生半可には死なない奴なのか。勘弁してくれ。


「ヒカリぃいいいッ!」


 言うとともに彼が手を上げ、なにかが飛び出す。次の瞬間には目の前が輝いて残像で塗りつぶされてしまった。魔術まで使えるのか。


 見えないがライフルを構えておき、待つ。やっと見えた頃には、勇者を抱えたヒカリが遠くへと逃げていた。


 ダメで元々。狙って撃つ。小さいながらも尻の辺りで飛沫が上がるのが見え、ほどなくして「ぎゃあああッ」という声が響いてきた。


 ……あれは死んでないな……。また胃が痛くなってきた……。


 振り返ると、赤ん坊を抱えたガーベラがやって来ていた。


「……追い払えは、したね」

「危なかったな」


「なんていうか、さ」

「ああ」


「……いきなり斬ったり、撃ったりするのがヒドイって思っちゃうのは、ぼくだけなのかな」

「まぁ。酷いんだろうな。警察……というか、普通のヒーローは、警告してから撃つものだ」


「そ、そうだよね。でも……早くしないと間に合わなそうだったし…………う~ん…………」


 彼女は悩んでいた。どうすれば平和に終わったか。それを考えているのだろう。自分のことではないというのに熱心なことだな。


 銃の安全装置を入れ、ステイシーたちの元へ向かう。倒れているのは、元々あった死体ではなく、動かなくなったモーニングスターだった。


「間に合わなかったか」

「いえ、ルイマスを救えたので合格ですよ。ニコ」


「ああ。まぁ、そうだな」


 ルイマスもまたバンベストの方で生き返られるとはいえ、ガーベラのワープで連れていけないので、死んだらまた長旅を強いられるハメになるところだ。


「あぁぁぁぁぁあ! アイツのチンポさぁあああ! サイズはいいけどキモすぎてダメだわぁああああ! あんなの入れられたくねぇえええ!」

「どうでもいいレビューをするな……」


「アランちょっとチンポ見せてぇえええ!?」

「見せないが」


「ねえええええええええっ!」

「それより……」


 ガーベラから赤ん坊を受け取り、ステイシーへと渡す。


「この子を頼む」

「ええ、言われずともですよ。ヤレヤレ」


 そうして彼女は振り返り、俺へ背を見せた。


「それは、どういうヤツだ」

「ゆーをなんかの罪でまた嫌います。要求はお分かりですね。さっきゆーは、みーに酷いことをいいました。しかも仲直りしてすぐコキ使いました」


「…………」

「……てーんてーん、てれれーれーれーれーれーれー……」


「ああ、分かった分かった」


 また分からないネタが始まりかけたので、彼女を後ろからぎゅっと抱いた。


「すまないな」

「さやさ、ささ、囁くのは『えぬじー』でお願いしまんすん」


「なんて言った?」


 囁かれるのにも弱いのだろうか。菌のせいで人との接触は滅多にないのだろうから、きっと距離が近いだけでも恥ずかしいのかもしれない。


「言うなら謝罪よりお礼のが好きです」

「分かった。……いつもありがとう」


「…………」

「どうした?」


「なんでもないです。もういいですよ。キュンキュン。あ、違う、えー、オラァ」


 ステイシーが振り向きざまに鋭い脚を蹴りを入れてきて、無条件にダウンさせられた。


 どうしてだ…………いまのはお前のミスだろ…………。

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