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貴いお方が裸同然とはどういう了見だ  作者: 能村龍之介
殺し屋、神話に巻き込まれるの章
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72 虐殺期間

「勇者……」


 都へ戻る道中、王城にたどり着くと同時に思わず呟いていた。


 勇者とは、あの、ファンタジーだのなんだのに登場する勇者だろうか。それが俺がここに来ているいま現れたというのが、どうしても偶然だとは思えなかった。あの女神が嫌がらせでもしようとしているのだろうか。


 どっち道、そんなものに出くわしたら絶対にロクなことにならない。よし。帰ろう。


 ライフルと弾は手に入ったんだ。もうこの大陸もこの女王も用無し。勇者なんぞに出会う前に逃げよう。


「やはりアラン様も気になりますか?」


 ティア女王が俺の言葉を拾って首をかしげた。


「勇者と魔王はふつう、もっと長い周期で発生するものです。五十年はきっと、今まででも最短の期間ですわ」

「何を言っているのかよく分かりませんが、また何か面倒なことに巻き込まれないか心配で。できればもう帰国したいのですが」


「……それは構いません。構いませんが……」

「構いませんが?」


「……ま、また同衾などいかがでしょうか。決して汚らわしい誘いではありません。ただ、今度こそこの名銃について語らうことができれば、と」

「いえ、それはまぁ……次に来たときに」


「そうですか……」


 彼女はしょんぼりとしたが、気を取り直したように顔を上げ、気丈に笑ってみせた。


「では、約束ですのよ。またきっと、いらっしゃってくださいね」


 もう来ねえよこんな異常な大陸。そう切り捨てたかったが、ぐっと堪えた。


「約束です。では、帰りの船を探さないと……ふぅ……」


 わざと、少し面倒くさそうに言ってみる。友人が困っていると来れば、この女王は……。


「うふふ。お安いご用、というものです。すぐに手配いたします。共に、弾丸の鋳型も乗せていただきますわ」


 よし釣れた。騙そうがなんだろうが、勇者とやらに出会う前に脱出する。


「やってくれますか。ありがとうございます」


 次は、仲間をかき集めよう。ここを出るのに連れていくのは、ハーレムメンバーの茂美とウォスとシャーリー、別行動しているステイシーとモーニングスターだ。獣人ガーベラはきっと、ここに残るだろう。


 いや、待てよ? ハーレムメンバーは別に置いていっても……。


 そこまで頭に浮かんで、あの血塗れの茂美を思い出して寒気が走った。


 下手に裏切ったら何されるか分かったものじゃない。仕方ない連れて帰るか。


 城内に入り、他の者が待機している部屋の前まで案内してもらった。


「それでは手配を言い付けて参ります。呼びに戻るのでごゆっくりと休憩なさってください」

「どうも」


 別れて中へ入ると、親切屋とカリヤが話していた。


「ん? アランさん、一週間ぶりですね」

「こんにちわー。お久しぶりですね~」


「ああ。……ふたりとも一週間ずっといたのか?」


 言うと、親切屋は頷いてカリヤは首を振った。


「オレは久しぶりのここなんで、城の下の方で草むしりしてました」

「本当に草むしりするのかお前……」


「草むしり大使なんで。なんと、大使ですよ?」

「そうだったな。それで、追いやったヒッピーとヴィーガンの様子はどうだ?」


「今のところ大人しくしています。ただ、少し不穏な空気といいますかね……」

「そうか。まぁ、お前なら対応できるだろう。カリヤの方は?」


 彼女はちょっと恥ずかしげに、ちらちらと親切屋を見ている。


「流石に仕事があるのでずっとはいませんでしたよ? でも、……ボーさんに会いに通ってるんです」

「そうだったんだな」


 少し見回すが、この部屋には彼らしかいないようだった。


「ところで、茂美たちは……」

「みんなでお風呂に行ったみたいですよ。お風呂好きなんですね」


 言いながら彼女は部屋の奥を指差す。


「ここの奥が来客用のお風呂なんですって」

「分かった。ありがとう」


 頷いて向かおうとすると、カリヤが声を漏らした。


「え、えっ、行っちゃうんですか?」

「ん? 何がだ?」


「いやお風呂……あの……な、なんでもないです……」


 彼女は頬を赤くしながら黙り込む。


 ……そうか……普通はそういう反応なのか。


 ずいぶん俺は……ハーレムに毒されたな……。


 改めて部屋の奥へ行き、扉を抜ける。脱衣所はなく、そのままバスルームだった。


 屈んだ茂美と、ウォスと、ちょっと背伸びしたシャーリーとが三人で抱き合って、お互いに股間をまさぐりあっているところだった。


 普通にこのレベルが飛び出してくるんだからな。意外と俺は毒されてないかもしれない。


「きゃっ!? あ、アランさんね……」

「ののの、ノックしないのは……び、ビックリするぞ……」


「んぁ、アラン~~!」


 シャーリーが真っ赤な顔でやって来て、俺の手を掴んで自分の股間に寄せようとしていた。


 それを振り払い、怒った顔で睨みながら腕組みをすると、言葉が通じなくとも流石に駄目だと分かったようで、しょぼくれてうつ向いてしまった。


「うふふ。シャーリーも、アランさんのこと大好きだものね」

「なんでもいいが、この子には手を出すなとか言ってなかったか?」


「…………」


 茂美は誤魔化すように目をそらしながら微笑む。


「……アランさんの魅力ね」

「それはここの神にそうさせられたと言ったはず……まあいい。この国から出て、ローズマリーに帰るんだが、来るか?」


「そうなのね? なら……その」

「どうした?」


「いえ……人間の文明に帰るべきなのか、まだ分からないの」


 なんだその悩みは……。そう言いたいが、彼女の深刻な顔に言葉を引っ込めた。


「虐殺か」

「えぇ。身を守って、みんなの尊厳も守ったって、そう思ったわ。でもね――人殺しって、いけないことでしょう?」


「そうだな。今さらな気もするが……」

「自然って、本当に命が軽いのよ。ぶっ殺せばぜんぶ解決できるの。きっと私はそれに、慣れすぎちゃったんだわ」


 俺も茂美の異常性に慣れていた。柵の外のゴリラくらいの感覚でいたが、人間として生活するなら人間のルールに従うべきなのだろう。


 ただ、人間のルールを守っていないのは俺も同じだ。だから、責めることなどできない。


「俺もまともな倫理観だの、道徳観だのを語るほど正しい人間じゃない。だからただの頼みで言うんだが、来ないと決めるまでは一緒に居てくれないか」

「え……」


「人間のルールを学ばないといけないのはシャーリーも同じだ。同じ自然で生きてきた者として、教えてあげられることはあるはずだ。居てくれたら、助かる」

「…………えぇ」


 茂美は嬉しそうに目を細めて、シャーリーの身体を拭き始めた。


「そう。ビックリしちゃったことがあったのよ、アランさん」

「ああ、それ、服じゃないんだろう」


 シャーリーは鮫肌で作った服を着ているように見えるが、あれは身体の一部だ。


 言うと彼女は笑った。


「そうなの。さっきそれで悲鳴上げちゃって、ちょっと騒ぎにしちゃったわ。でもやっと分かったのよ。獣人って、そういうことなのねって。やっとお話に追い付けたみたいで嬉しかったわ」

「よかったな。……それで、ウォスはどうだ?」


 話を聞いていたはずなのに、名指しされた途端びくりとして、ウォスはちょっと間を開けてから口を開いた。


「わ、わたしもビックリした……」

「すまん。ローズマリーに行くかどうかだ」


「あ、ごめん……。あ、いや。うん。……い、行くぞわたしも。……なぁそこでデスゲーム……」

「できないから諦めろ。計画だけで我慢してくれ」


「そっか……」


 そういえば、ローズマリー城下町の大一番だったら、デスゲームに使える材料が全て揃うかもしれないな。絶対教えないようにしよう。


「普通のゲームじゃダメなのか」

「だって、あの、陽キャの阿鼻叫喚が面白くないわけないから……」


「陽キャか。うちにギャルがいるぞ」

「え……」


「優しいギャルだ。そいつが苦しむのも、見たいのか?」

「…………ちょっと……普通のゲームも考えとく…………」


 フローレンスならウォスを大人しくさせておけるだろう。あとは……。


「アラン……」


 シャーリーは言葉が通じん。どうするもこうするもない。もうなるようになれ。


 拭かれた彼女の濡れ髪を撫でると、顔がふにゃりとゆがんだ。


「ん~~……んにぇへへへへへへ」


 笑い続けながら俺に抱き付いて顔をグリグリと押し付けてきた。


 ……幸せそうだなお前は……。


「出発の準備をしてくれ」

「分かったわ」


 三人を残して部屋を出る。待っている間にステイシーとモーニングスターへ、帰るからルイマスを連れて港に集合すると伝えなければ。


 表に出て、人気の無いところへ。


「ガーベラ」


 呼ぶと、やはり一瞬で出てきた。瞬きのようにふっと現れて「やっほぉ」と手を振る。


「なんだかお久しぶりだねぇ」

「そうだな。ちょっと緊急の用事があるんだ」


「用事?」

「厄介ごとに巻き込まれそうだから、他の仲間と国を出たい。ステイシーたちに伝えたいから、また飛んでほしい。いいか?」


「うん。いーよ。ちなみにどんな厄介ごと?」

「勇者とかいうのが現れたそうだ」


「……え?」


 目を丸くし、顎に手を当てて下や横へと視線を飛ばし始めた。


「…………え、でも順序……あれ……?」

「どうした?」


「いや……最近さ、なんか……人がいっぱい死んじゃうことなかった?」

「あったぞ」


「えっ!? それって、何人くらい?」

「そうだな……」


 一応、原型は保っていたものの、ちょっと吹き飛んだパーツがあったため人数はブレるだろうが……。


「八人くらいだったかな。茂美がちょっとな……」

「あ、なーんだ。じゃあだいじょーぶか」


「大丈夫なのか……?」

「や、そーゆー意味じゃなくってね」


 彼女が周りを見回して、少し考え、頷いた。


「この世界の歪んだところが問題なの。新しい世代の勇者と魔王が生まれたなら、もうすぐここの大陸の人さ、ほとんど死んじゃうはずなんだ」

「なんだって?」


 さらりと飛んでもないことを言い放った。まるで経験でもしているようだが、もしかしたら……。


「お前、いつからこの世界に?」

「ホーじゃなくて……えっと、お世話になった人がいたころだったから……。三千年くらい前かな? ……何回も、見てきたんだ。定期的じゃないけれど、勇者と魔王がいつもスイッチになって、たくさん死んじゃうの」


「嘘だろ……。じゃあ、茂美が急に暴れたのは」

「うん。きっと歪みのせいだと思う」


「…………そうか」


 本人のせいじゃなかったとはいえ、茂美にしてみれば、嬉しいのか怒りがこみ上げるかよく分からないだろう。


 壊れた世界に生まれたせいで、普通ならしたくもないはずのことを、平然とやってしまうことがある。そんな理不尽のせいだったと聞いて、俺でもどんな顔をすればいいか分からない。


「例外はあるよ。でも細かいことはせっかくだから、ステイシーちゃんたちも一緒に聞いてほしいな」

「分かった。行こう。オウレルの住み処へ飛んでくれ」


「うん。じゃあいくよ?」


 急に飛ぶときの気圧や光の代わり方に慣れず、目を閉じた。すると肌の感覚が代わり、一気に空気が湿っぽくなり、小さな雨粒の、針で刺す痛みに似た冷たさがやって来た。


 目を開けると、あの館の目の前の道だった。


 光景と、臭いが同時にやって来る。


 焼けた館と、血生臭さと、大量の死体だった。


 死体の方は意味が分からないほど損傷していて、人間がここで死んだということと、どうやら化け物か何かがいたらしいことしか分からなかった。


 …………魔王、か。


「う……ケホッ……」


 ガーベラが口許を押さえながら、目を思い切りつむってうつむいた。


「大丈夫か」

「……うん……慣れ……慣れ、て……」


 吐きそうなのか、声を濁らせて言葉尻をすぼめた。


 俺は、さっき似た光景を見たせいか、そこまで気分は悪くならなかった。


「……ヤバいよ。……始まっちゃってるかも……」

「そうみたいだな。この大陸から早く逃げないと」


 勇者ばかり気になっていたが、そもそも魔王というのも相当に危険な存在なのだろう。ただの人間である俺がどうこうできるものじゃない。


 逃げる以外に、選択肢などあるものか。


「……そっか……」


 彼女は吐き気のせいか、むなしさのせいか、死体を眺めながら涙を溢した。


「…………間に合わなかった……修理……」

「お前のせいじゃないだろ。むしろ、世界を直しているおかげで、これが最後になるんだ」


「……うん」

「今はステイシーたちを探す。周りに、なにか化け物の気配は? 探せるか」


「ちょっと見てみる……」


 彼女は例の、開いた両手から世界を覗く動作で周囲を見回した。


「…………!」

「居るのか」


「いや……な、なんでも……」

「隠したいことか? ロクなことじゃないなら言わなくていい。どうなんだ」


「……ロクなことじゃないよ。ここはもう、安全だから探せる」

「分かった」


 これ以上の心労はごめんだ。全てを放り出して俺たちは逃げる。今度という今は、巻き込まれたら取り返しがつかない事件だ。


 ……ステイシーたちはどこだろう。館が焼かれたのなら、別の場所に避難しているか。あるいは……。


「行こう」

「うん」


 館の敷地に入る。基本が石造りなだけあり頑丈なようで、倒壊して瓦礫の山になることはなく、家具なんかの灰と割れたガラスばかりが目立っていた。


 真っ直ぐに下へ降りる。すると三人程度の、扉へすがり付く死体が転がっていた。中の者を襲おうとしたというより、逃げようとしていたように見える。


「ルイマス!」


 死体を避けながら、呼び掛ける。


「ステイシー! モーニングスター!」

「アランか! おい! ここだ!」


 神父の声だった。ほどなくして中から扉が開く。内側からなら、合言葉はいらないようだ。


「モーニングスター。無事だったか」

「お前に心配されるとはな、殺し屋」


「自分でも驚いてる。それで、何があった?」

「色々だ。最後だけ言うと、我々を殺そうと襲ってきた民衆を、化け物が片っ端から殺し始めた」


「民衆が? じゃあ、怪物が守ってくれたということか」

「分からんな。タイミングが良かっただけかもしれん。私たちはここへ、追い詰められたあと、オウレルの手引きで逃げてきただけだった。その時、ここに下るときに、黒い影のような化け物が現れたのだ」


 彼は言いながら、俺の足元の死体を見た。


「……皆殺しのようだな」

「ああ。外はひどい有様だったぞ」


「まったく。なぜこんなことに……」


 神父の隣を通り過ぎ、中へ。入り口の角を曲がると、呆然と座ったままのステイシーとルイマスがいた。


「ステイシー。大丈夫か」

「…………生まれたことが罪になる。そんなことが、あると思いますか」


 身動ぎもせずただ呟くように、それだけを言った。


 彼女の足の上に、あの獣人の赤ん坊がいた。


 近付いて見る。ゆっくりとだが、呼吸しているようだった。


「この子のために、呪われた地にいる獣人のために、大勢が殺しにやってくる。それが不安から逃げるためとか、信仰のためだとか、理屈は分かります。外の世界でもよくあることです。それでも、どうしても理解できません」


 彼女は、俺を見た。


「どうして、こんなことのためにオウレルさんが死なないといけなかったんですか」

「…………そうか」


 見かけないと思えば、きっと彼女たちを守るために自分が犠牲になったのだろう。


 最悪のシナリオの中で、あの子だけでも助かったのが救いだろうか。


「……教えてくれるか。何があったか」


 そう言うとステイシーは、眠っているような子を撫でながら、また石の床へと視線を落とした。


「……みーたちが戻ってきたら、オウレルさんたちはやはり、元の姿に戻っていました。ひどく悲しんでいましたよ。あのポンコツ女神の理不尽のせいで苦しみ、あげく元通りのフリをさせられ、結果、ただ多くの命を奪われただけになったとは、伝えられずじまいです」

「やっぱり、そうだったか」


「せめてオウレルさんとこの子を治そうと、ローズマリー王国の双子神の塔へ向かおうということになり、どうやって港を突破するのか、四人で考えていたんです。そのとき、あの影の怪物が、この館の庭に現れました。それが、着いてから二日目のことでした」

「じゃあ、突然現れた訳じゃないのか」


「はい。オウレルさんが言うには、この場所で子どもが亡くなると現れる、奇妙な存在だそうです。それが、数日に一度現れて、庭の手入れのようなことをして、去っていく。その姿をみーたちも、何度か見ました」

「庭の? だが、この館には……」


「この館の裏側です。庭園があるんですよ。どうしてか、この雨と雲の町で、あそこだけは花が咲くのです」

「……まるで、都市伝説か何かだな」


 彼女は「そうですね」と言い、顔を上げた。


「それとは別に、どうやらこの地に住む、オウレルさんの噂が広まっていたみたいです。実際にどうだったか分かりませんでしたが、狙っていたのはオウレルさんと、この子だったと思います」

「獣人だというだけで、どうしてそんなことをされないといけないんだ」


「むかしから、どこの異世界でも、人間は同じ罪を犯しています。誰かが学んでも、次の世代には忘れられる。限りある生なんて、そんなものです」

「…………」


「町の人たちが押し寄せてきてから、オウレルさんはみーたちを下へ逃がしてくれました。降りるときに、窓越しにオウレルさんが袋叩きにあっているのを見つけました。それから、入り口のところに黒い怪物が現れたのも見えました。見届けようとも思いましたが、オウレルさんから預かったこの子を守ろうと、ここに降りてきました。そして……」

「俺が来た、か」


 この地に住む化け物が、どういうわけか押し寄せてきた民衆を殺した。不自然すぎるが、これもまた、この世界の歪みのせいなのか。


 ガーベラを見ると、彼女は悲しげな顔をしていた。そこになぜか、気まずそうな表情が見えた気がした。


「……ガーベラ。例の説明を、今してくれるか。どうしてこんなことになったんだ?」

「う、うん……分かった」


 分かったと言うが中々言い出せず、少しの間の後にやっと口を開いた。


「この世界には、っていうかこの大陸には、こう、人間の動きを制御する強制力みたいなのがあるの。なんていうか……伝説かな」

「伝説? 昔話のようなものか」


「そう。勇者と魔王のお話があって、それが繰り返されてるんだよ。魔王が世界を滅ぼしかけて、勇者が封印して、ゆっくり復興して、魔王が生まれて、また滅ぼしかけて……って感じ。港の騒ぎとか、都のギャングとか、ここの皆殺しとかって実は伝説にあったことだったんだよ」

「じゃあ伝説が、人間を操ってるということなのか」


「そうなの。この大陸さ、命が軽いって、思わなかった?」

「ああ。ずっと思っていたよ」


「それは伝説のせいだよ。誰かが、何かのきっかけで伝説の一部を起動して、その周囲の人も巻き込まれる。そういう目に見えないトラップが、この大陸中にあるみたいなものなんだ」

「とんだ国だな。普通に生きているだけで、意味もなく死ぬハメになるなんて」


「しかもちょっと時代というか、文化が進んだりしたところがあったり、ヨタカの国が大陸から出ちゃったりしてるし、何より何度も繰り返してるせいなのか、段々おかしくなっちゃってるの」

「それを修理しようとしているんだな。だが、最初から壊れたそこだけを取り除く、みたいなことはできないのか」


 彼女は首を横に振った。


「例えると、崩れたお家の中の壊れた家具を取り出すみたいな感じだよ。世界の中なら瓦礫を取り出して、その中から家具だけ選んでってできるけど、世界の場合は邪魔なものだけ取り出すってことができないの。だからまずは世界を全部修理しきらないといけない。それから、伝説を溶かす……えっと、要素をひとつひとつ、別のものに変換してあげるの」

「そうか。……それで、ここでの出来事は?」


 ガーベラは何か手を出して、自分で震えているのに気付いて引っ込めた。何かを、誤魔化そうとしているようだった。


「……伝説ではね、ある怪物が、ここの住民を皆殺しにしちゃうの」

「怪物が、か。だが、それだと……」


「うん。怪物の皆殺しか、魔王の虐殺か、あれだけだと見分けがつかないの。誰が……えっと、何があんなことをやったかが分かったとしても、どっちの伝説が作用したかが分からないから。この大陸の人間のほとんどが死んじゃうかどうかは――」

「――五分五分ってことか」


 言うなりステイシーが、黙って床ばかり見ていたルイマスに子を預け、ガーベラの目の前に立った。


「……あの神のところに、送ってください」

「女神さんのところ? ご、ごめん。それは……」


「世界管理でも、なんでもいいです。あのバカに、責任を取らせます」

「落ち着いて。これは……」


「限界です。アイツに付き合わされるなら、もう何もせず無為にしている方がマシです。痛い目をみないと学べないなら――」


 ステイシーはきゅっと、拳を握った。


「――殺してでも、分からせます」


 顔も声も表情のない彼女から、確かな殺意を感じた。あのステイシーが、古い付き合いの相手にここまでの憎悪を抱くのも、あの女神なら納得ができる。


「……でも、今回のこれは……この伝説を作ったのは違う人なの」

「……誰ですか」


 ガーベラはうつ向いて。くるりと振り返ったと思えば、その場をウロウロと歩き回り始めた。


「本当に複雑で、何ていうか……。一番の原因は、この世界の伝説を……物語を書いた人」

「その人はまだ、生きてるんですか」


「……生きてる。生きてるんだけど、なんていうか……。もうこの世界にいないっていうか……」

「おい待て」


 予想外の言葉に、思わず口を挟んでしまった。この世界にいない。わざわざそう言ったというなら、そのままの意味か。死んだのではなく、異世界へと行った。


 悪魔ガーベラの話では、この世界から去った者がいたという。


 上の惨状を調べた獣人ガーベラは、ある事実を隠したがっていた。


 そして『誰が』と言いかけた彼女の、人間の犯行だと知っているような言葉選び。


「まさかそいつは……。この皆殺しの犯人でもあるのか」

「……うん」


 言うと彼女は、観念したように、浅く頷いた。


「どういう言い方が一番正しいのか分からないの。この世界の最初の神か、この世界を壊した怪物っていうのか。でも、一個だけ、これっていうのがあるの」


 とにかく彼女は言いにくそうに、小さな声を絞り出すように、ようやく一言だけ呟いた。


「…………ぼくの、おかあさん」

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