71 ティアラン8020
「よろしくってよ」
茂美のヒッピー皆殺し事件について聞いた女王の第一声がこれだった。
俺たちが血を流さないで解決しようとしていた裏でこんな大事件を起こした彼女は、一通りの説明の後、ただ申し訳なさそうに「ちょっと自然が出ちゃったわ」と繰り返すばかり。
外人によるジェノサイド、いくら法がきちんと整備されていない中世ヨーロッパ風の世界とはいえ、かなり上位の犯罪だろう。なので謁見の間に集まり、報告したのだが――。
「元より射殺する予定でしたので、なんら問題はございませんわ。話の途中までは、褒美についてのご相談かと思い違いをしていたほどです」
「そ、そう……そうなのですね」
張本人の茂美さえ困惑していた。ウォスが安心して笑顔になり、それにつられてシャーリーも笑う。ただ親切屋だけが、とても微妙な表情をしていた。
「もっとも、親切屋さまのご意向にはそぐわない結果でしょうが……」
「……いえ。できる限りのことはしました。亡くなった方々は事故のようなものでしょう」
「なんか……すまない。親切屋」
「いえ、アランさんは悪くありません。むしろ、頑張ってくれたじゃないですか」
「むぅ……」
なんとも言えない気分なのはこっちも同じだった。茂美とかいうキングコングのような存在が殺しをすると、どうにも殺人というより事故として認識してしまう。
「それより、アランさま?」
「なんでしょうか」
「お菓子などはいかがですか? 当城のパティシエが焼いたケーキがございます。是非とも、ご一緒に」
「ええ、いいですよ。自分だけですか?」
「はい。アランさまだけです。むろん、別の席で他の方々にも同じケーキを出しますわ」
回りくどい会話に、ハーレムメンバーがこっちを見てきた。
「要するに、俺と話がしたいらしい。悪いが、また待っててくれるか」
「ええ、いいわよ。私はもう、余計なことしないように隠っているわね……」
自嘲気味な苦笑いへ、ウォスが抱きついた
「し、茂美はわたしを庇ったくれたんだぞ。余計なことじゃない……と思う……」
「うふふ、優しいのね……」
「気持ちよかったぞ。あの、両腕の力だけで頭を潰すとことか」
そんなことしてたのか。キングコングが比喩じゃなくなってきた。本当に自然界の頂点に立ちかねないぞ。
「なぁ茂美。デスゲームにならないか。茂美から逃げ回るってやつ。陽キャの脚折らない? どう?」
「やめろウォス。茂美をなんだと思ってるんだ」
言いながら、デスゲームとして成立しそうだとも思えてしまって、また何とも言えない気分になる。
「……そ、それじゃあ行ってくる」
「行ってらっしゃい、アランさん」
「行ってらっしゃいアラン。くっくっく……」
「ん。いて……いってらぁ……っしゃい! アランさ!」
見送りを背に、ティア女王と共に行く。廊下の途中で老いた執事が合流した。なにやら、アタッシュケース大の木箱を抱えている。
そのまま、食卓へ。大きな窓が並んでいるので多くの光を取り込み、内装の白さもあって外以上に明るい気さえした。だが、仮にも銃社会で権力者が窓の側とはな。
促されるまま奥へと進み、側面や脚に細かな意匠が施された長細いテーブルに着く。ティア姫は最も奥の席に座ったが、俺との間にはわずかひと席分の距離しかなかった。
仮にも外人の俺をこんなところに、か。やはり、不用心だ。
「それではアランさま。ケーキを待つ間、話したいことが沢山ありましてよ」
「なんでしょうか」
「ふふ。お互いに火薬を愛する仲です。ここでは愛好会と思って、肩も言葉も、もっと気を楽になさってください」
「はぁ……」
要するに、敬語を止めてもいいとでも言うのだろう。
「言葉くらいは、気を引き締めておきますよ」
「まぁ。さすがはアランさま」
「ところで、これの話ですが……」
銃身を握ると、視界の端で老執事の脚が強張った。
「気を楽にしていいんですよ」
そう言うなり、彼は照れて頬の目の下のところを赤くした。
「いえいえ、失礼いたしました。長く側近でいると、どうにも敏感に。恥ずかしい所をお見せしました……」
「それだけ女王さまの身を案じているんでしょう。……さて、ティア女王」
改めて銃を見せた。すると彼女は目を輝かせ、俺の目をまっすぐ見据えた。
「人が悪いですね。これが試作品であるなら、先に言って欲しかったものです」
「まぁっ、それが分かったということは欠陥がございましたのね。ご存命でおられるならばそこまでの大きな欠陥ではいらっしゃらないのでしょうけれど……」
「そうとも言えませんよ。撃つと――」
その時。パリッというガラスにヒビが入る音、パンッという跳弾の音、そしてわずか〇コンマ数秒でバァンと外で爆音が響いた。
距離が近い。百メートル程度か。反射的に机を倒し、隠れる。しかしティアは、まるで動じず座ったままだった。よく見れば執事もだ。
彼女はむしろ嬉しそうに、頬の横で両指を組んだ。
「ちょうどよいですわっ。どのような欠陥か確かめてみましょう。アランさま、そちらをお借りしてもよろしいでしょうか」
「構いませんが……」
遮蔽物に隠れることさえせず、しゃがむ俺からライフルを受けとる。
「女王、隠れた方が――」
「必要ございませんわ」
そうして彼女は手早く撃鉄に親指を掛け、半分だけ下ろし、シリンダーを回しながらその口に触れてチャンバーチェックをした。
「じっと座っていた私に当てられなかったのですから」
もう一発。さっき開いた窓の穴の近くにもうひとつ穴が生まれた。しかし、検討違いの位置で跳ね返った弾が長机の遠い位置に当たるだけだった。
彼女はシリンダーの位置を合わせて撃鉄をそっと戻し、改めてカチャリと下ろした。
「それよりも、です。ライフルを使って仕留め損なうとは、なんという屈辱ですこと。許されざる大罪です。よって、死刑といたします」
そうして、構えた。
「発明者たるこのティア・マッドネ・トルクト・ガトリングへの無礼――――命をもって償いなさい」
俺が窓の外を確認し、敵の姿を少し遠くの建物に認めたとき、隣でドンと空気を震わせる発砲音があり、ほぼ同時に遠くの頭がビクンと動いて、そのまま倒れ込んだ。
「ヘッドショット、ですね」
言いながらティアに視線を戻すと、彼女はめちゃくちゃ右目をシパシパさせていた。
シリンダーギャップから吹き出たガスで乱流が起こり、彼女の目にゴミが入ったようだ。
「こ、これはいけません……いけない欠陥ですのぉ……じいやぁ……」
「おぉ、掻いてはなりません。掻いてはいけませんぞ陛下。どれどれ……。ティア陛下は、昔からまつ毛が長ぅございましたからのぉ」
「取れ……取れた……?」
「えぇもう大丈夫ですぞ」
「ふぅ。きっと計算が間違っていたのだわ。もう、なんて痛いのかし……」
俺の存在を思い出したかのようにこっちを見て、顔を赤くした。
「い、今のは……その……」
「…………跳弾の当たった位置が気になって見てませんでしたよ」
「お、お気遣いに感謝いたします」
「ところでそれを借りても?」
ライフルを指差すと、彼女は咳払いをして両手で差し出してきた。
「もちろんです。これはアランさまのものですから」
「えぇ、どうも」
受けとるなり数歩だけ横にずれながら撃鉄を下ろし、窓の外へ構え、撃った。巻き起こる風で前が一瞬見えなくなったが、改めて目を開けると、別の位置にいたスナイパーが倒れているのが見えた。
「まぁっ! もうお一方いらっしゃったのですね!?」
「はい。あの……角度が……」
まずい俺もまつ毛が目に入った。シパシパする。
「おぉ、おぉ、それはこの、じいやめにお任せを」
「はぁ……すみません……」
老人の指が、器用に優しくまぶたをめくり、すぐに痛みは無くなった。
「すごい手際ですね」
「そのお言葉は恐悦至極にございます。それこそ、アランさまやティアちゃまに相応しいものかと……」
「じ、じいや! 呼び名を改めなさいっ!」
「おぉ、おぉ、もうしわけございません。昔の癖で……こっこっこっ……」
「こほんっ。そ、それではアランさま。どのようになさって二人めに、お気付きになられたのでしょうか」
「えぇ。ガラスの割れた位置と跳弾の位置を見てください」
ガラスに開いた、二つの穴を指す。
「穴の開いた位置が近いですね。撃つ側も当てる側も同じ位置なら、まっすぐに飛んで同じ位置に着弾するはずです」
ティアは「まっすぐに飛んで」の辺りから壁の跳弾で抉れた位置を確認し、なるほどと手を打った。
「明らかに別角度からの狙撃ですわっ」
「ええ。その通りです。しかも、一人がやられたときに警戒して物陰に隠れて様子を見ていました」
「ですから、撃つ前にわずかに移動なさったのですね。撃たれることなどほとんどございませんから、弾がまっすぐに飛ぶことをすっかり失念いたしておりました。アランさまは撃たれ慣れなさっておられるのですか?」
「まさか」
実際、撃たれ慣れることはない。そもそも殺し屋は戦いにせず、一方的に殺すこと前提の職だ。銃撃戦の経験など数えるほどもない。
どちらかと言えば、自分が撃った位置が特定されることを常に意識してきた結果だった。
「ところで、これでティア様の命を救った……ということですよね?」
執事の方から嫌な気配がしたが、無視する。
「はい、まさに。さぁ、どのような褒美をお望みになられているのですか?」
「簡単です。銃の密造に協力して欲しいんですよ」
「それは褒美ではございません。元より、お互いの約束事ですのよ」
「ただ開発するのではなく、自分用のものをこっそりと持ち帰りたいのです」
「まぁ。まるでアサシンのようですわ。構いません。こっそりと言わず、十丁くらいお持ち帰りください」
「い、いえ、一丁でいいですよ。沢山というならば……弾丸の方が欲しいのです」
「弾丸……? 持ち帰るなら雷管だけでよろしくってよ。それ以外は簡単に作れますから」
「いえ。新しいスタイルの弾丸の開発をしたいのです」
そもそも入ったら出られないかもしれないバルカンに入国したのは、質の良い弾丸が欲しかったからだ。
ちょっとやそっとの努力では、まっすぐに飛ぶ弾を作ることはできない。ついさっきヘッドショットしたことさえ、正直にいえば信じられないでいた。目視で百メートルといったところだろうか。それを鉛玉ではなくただの丸い鉄球を飛ばしているこのライフルで、あそこまでの精度を出せるとは。
それだけ良い銃身を作るのだから、俺がもと居た世界の、企業製ほどの精度を誇るライフルも決して夢ではない。そのためには、何はともあれ精度の良い弾丸が欲しいのだ。
「ふふふ。分かります。きっと、弾頭を放物線状にして空気抵抗を減らしつつ回転を安定させる……と、そのようなアイデアですのね」
「それもありますが、もっと面白いアイデアです。弾頭と火薬、そして雷管をひとつにまとめるんです。そうして、それをシリンダーにリロードする」
「……するとリロードは手早く……訓練の必要もありませんし何より」
「火薬の量は生産時に決められる。例のシリンダーギャップ問題も解決です」
シリンダーギャップを埋められない問題の本質は、火薬を計らず正確にリロードできるよう訓練したことにあった。それをクリアできると知ってティアが飛び付かない訳がない。
「まぁ……なんて素敵なアイデアでしょう」
「それと、『音の出ないライフル』も作りましょう」
彼女はまさに、目を見張った。これ以上ないほど丸くして、人形にでもなったかのように固まった。
「それは……不可能では……」
「理論上はできるんですよ。その構造は……見てからのお楽しみです」
「まぁ……」
彼女は股間を中心にブルッと震えた。なぜ股間なんだ。
ほとんど同時にパティシエが部屋に入ってきて、ケーキを運んできて、部屋の様子――テーブルがひっくり返り、壁が削れて窓にヒビが入った様を見てぎょっとした。
「その前に、甘いものを食べましょう。長い一日になります。アランさま?」
「ええ、そうしましょう」
あれから、数日が経った。
「できましてよぉ~っ!」
疲れた頭に、ライフルを掲げたティアの叫びがキンキンと響く。同じ手法で作った数丁で精度テストを終え、この一言だった。
設計を伝えるだけ伝えて、あとは少しだけ手伝おうという算段だった。だが、まさかたった数日で新設計のリボルビングライフルとライフル弾が出来るとは思っていなかったし、その数日間ぶっ通しで付き合わされるとも思わなかった。
「さぁアランさま、頭を上げてくださいまし!」
「あぁ……」
重い頭をどうにか上げる。ターゲット待ち伏せのために同じ姿勢でずっとライフルを狙い続けることはある。だが、作業し続けなければならないこっちの方がよっぽどきつい。
しかもここが温暖なノベナロ町郊外の工房であり、暑さでも体力が奪われ続けていた。乾燥が火薬にいいとは言うが、人間にいいとは限らないだろう。
それでも元気なコイツはなんなんだ……。
「はぁ~素晴らしいですわ芸術品ですわ新時代の幕開けですわぁ~! 年号を変更いたしましょぉ~!」
「そうですか……」
「作ったからには、誰でもいいから狙撃いたしたく存じますの」
「そうですか…………」
もう返事する体力さえほとんどない。すぐに寝たい。
「アランさま? いかがなさいました?」
「お気づきですか。もう四日たってます」
「あら? うふふ。またそのような。せいぜい四時間ですわ」
「執事のじいやさんが、何回食事を持ってきたか覚えてますか……」
「たしか……十一回です。まぁっ。本当に四日もたってしまったのですか」
「喜ぶまえに寝てもよろしいですか?」
「もちろんです。さぁ、こちらへ」
案内で連れてこられたのは、ベッドルームだった。大きなベッドがひとつ、部屋の中心に備え付けられている。
「どうぞここで休まれてくださいませ」
「ありがとうございます」
ベッドに身を投げ出した。ふかふかで、すぐにでも眠りに落ちられそう――。
「では失礼いたします」
――隣にティアが寝そべった。
「どうして女王まで来るんですか」
「眠るまでの間に、語らいたいことがたくさんございます」
勘弁してくれ。まだ粘る気か。
「さぁさぁ、何からお話いたまっ、いし、いたしあししょうか」
「疲れてますよね」
「私はまだ、素晴らしく元気ですの」
「リンゴが三つありました。ひとつ二バルエとして、一つだけ買うといくらになりますか」
大陸で過ごしていて気付いたが、ここの通貨は金貨銀貨だがバルエという単位で数えられているらしい。俺と会ってすぐ金貨銀貨の単位で服を売ってくれた服屋の店員は、観光客慣れしていたのだろう。
「えー…………おいしく頂きますの」
「疲れてますよね?」
「疲れてはおりませんの」
「残り二つが二倍の価格になったとき、元の価格で買うよりいくら損しますか」
「えー………………じいやと、アランさまに差し上げますわ」
「疲れてますよね……」
「疲れていませんったら」
「では今回のライフルが耐えられるギリギリの火薬量は――」
「それは七十グレインですの。耐えて四――否、三発でございますわね」
「なんで銃の話題だけ頭が冴えるんですか」
「当然ですのよ」
ティアが少し、こちらに身を寄せた。
「思えば、他の方とベッドを共にするなど、今までにありませんでした。いけないことをしてしまっている気がします」
「そうでしょうか」
「これもきっと火遊びなのですわ。心踊ってしまいま、いたし、心躍りいたしますわ……? うふふふふふ……」
「もう寝ましょうよ…………」
「じいやに見つかったら、きっと昔みたいに叱っていただけるのかしら……」
「そうかもしれませんね…………」
「…………」
「…………」
「……すー……すー……」
……………………。
……………………………………。
ふっと、目が覚めた。自分が寝ていたベッドを見て、ようやく昨日のこと――というか寝る前の四日間のことを思い出した。
ティアは初めて他人と寝たとは思えないほど無防備な寝相だった。やはり疲れていたな。
身を起こす。多少マシになったが、身体は重い。まだ疲れが抜けきらないか。そんなことを思っていると、足音が響いてきた。
まずい。どう誤魔化すにも間に合わない。
「失礼いたしますぞ――むっ」
入ってきた老執事が俺を見るなり凍りついた。めんどうな相手との修羅場は避けられないか。
「おぉ……おぉお……」
「……?」
「ついに……ついにティアちゃまにも伴侶が……」
「え、いや……」
「おぉおぉじいやは感激しておりますぞ! ようよう人も愛せるようになりましたか!」
別の意味でヤバイことになっている。経験上、話がトントン拍子で進んでしまい、婚約させられる流れになりそうだ。
いや冗談じゃないぞ。知らん国の国王になってたまるか。
「女王。起きてください。ティア女王」
「んむ……んぅ……。じいやぁ……ティアの火薬……湿気てるの……」
「湿気てないでさぁ早く。発破してください」
「アランさまぁ……? 緑色の弾頭はどうなさいましたの……」
「夢見てる場合じゃないです。執事さんが来てます。じいやさんが」
女王がバッと起き上がり、ニコニコと感激している老人を見た。
「な……こ、これは……」
「ティアちゃま……。そのお方とそこまで深い関係となっておられたとは……」
「深い……え、アランさま!? どうしてベッドに……」
「覚えてないんですか。ティア女王の方から入ってきたんですよ」
「しかしこれは私のベッドです。い、いくらアランさまとはいえ、無断で寝床へ這い寄るなんて。そのようなお方だとは思いませんでした……」
彼女は額に手をやり、混乱し続けていた。ヤバイな。記憶が飛んでいるし勘違いが始まっている。老執事の方から嫌な気配がした。早く思い出させないと。
「ティア女王」
「は、はい」
「サイレンサー付きマグ弾装填無煙ライフル」
「――はぁっ!」
名称だけで雷撃でも受けたように目を見開き、一瞬完全に固まったと思えばベッドから立った。
「思い出しました。その通りです。完成した新たなる銃器について語らいたいと至り、私から同衾いたしましてよ」
「同衾……それは」
「ただ、眠ったのです。疲れのあまり、多く語ることさえなく。大変な勘違いをしておりました。もうしわけございません、アランさま」
「いえ、誤解が解けたならなによりです」
老執事は露骨にガッカリしたが、気を取り直したように胸を張った。
「やはり、銃を伴侶となさるのですな」
「無論ですわ。さぁ、新たなる歴史を確かめに行きましょう」
何かを示し合わせたように女王と執事が頷き合い、銃を持って支度を始めた。
「どうするんです? また犯罪者の銃殺ですか」
「いいえ。そうではありません」
「あぁ、鹿か何かですね」
「ふふふ。いらっしゃれば分かりますわ」
「……?」
二人の後を着いていき、森へと足を踏み入れた。
「そろそろ教えてください。何を撃つんですか」
「そろそろよろしいでしょう。ゴブリンですわ」
「ゴブリン……。またギャングですか」
「し……。アランさまは動かないでくださいまし」
言うなり彼女は、木の裏にさっと隠れた。
目の前には木が間引かれたちょっとした広場があり、何だろうと見ていると、緑色の何かが動いた。
人の形をしているが、あまりにも小さい。目線が俺の太ももくらいまでしかない。それが、ひとりふたりと数を増やしていく。
「ゴブリンだ……」
冗談のようなゴブリンが冗談のように増えていく。みな俺を見て、おもむろに歩き回っては木の棒や石、果ては古い剣をこっちへ見せて威嚇してきていた。
「オイテケ……」
「モノ! モノオイテケ!」
「ウォオオン……モノ!」
本当にゴブリンらしい。しかも、どうやら追い剥ぎされそうになっているようだ。
で、ティアはどうする気なんだろう。
「モノ!」
「モノモ……ノモ!」
「オテイケっ!」
ジリジリと寄ってくる。ティアが音で判断しようとしているらしいから、それくらいは教えてやるか。
「俺の歩幅であと五歩」
「……! よくってよッ!」
ティアがバッと飛び出し、銃を構えた。すると――。
「ウワァアアアア!」
「ティアダァアアアア!!」
「タスケテェエエエエ!」
ゴブリンが一斉にパニックになり、散り散りになる。それを狙って撃つが、ロクに当たっていない。
「……んもうっ。やはり近距離は――この子ですわ!」
素早く取り出した拳銃で近くの一匹をブチ抜いた。立て続けに二匹三匹と風穴を空けていく。
俺はそれを、エアガンを手に入れてはしゃぎ、近所の虫に撃つ中学生を見る目で見ていた。
静かになるなりため息をついた。
「ん~……。やはり長いと、近距離に向きませんわ。早くこっちの子にマグ弾の装填を致したいですわねぇ……」
「それはまたの機会にしましょう。というか、せっかくの精度なんですから狙撃にしましょうよ」
「おっしゃる通りでございます。では行きましょう」
次にはノベナロ町の入り口に着いた。焦げた跡のある岩が点在しているポイントだ。
そこでティア姫は座り込み、膝に肘を当てつつガッチリと構えた。
「まさか、受付さんを撃つ気ですか。スティーブさんっていいましたっけ」
「い、いいえ。それこそまさかですわ!」
ティアがバッと振り返った。
「あの方たちを撃つなどありえません。アランさまでも、言葉を誤るのですね」
「はぁ……」
どうして叱られているんだろう。お前ならやりかねないから言ったんだがな。
そうして女王はまた構える。同時に老執事が携帯式の望遠鏡を取り出してギルドを眺めた。
「よろしいですぞ」
「はいっ」
彼女は即決で引き金を引き、ボシュッ、と小さな、殺された発砲音を鳴らした。すると小さくバリンと陶器の類いが割れる音が響き、蜘蛛の子を散らすようにギルドから人が飛び出してくる。
「うわぁああああ!」
「ティアだぁああああ!!」
「助けてぇえええええ!」
ゴブリンと全く同じ悲鳴が響いてきていた。
「中心でございました。お見事ですぞ」
「ふふん。事実、ここからでも当てられるのです。流石の設計ですわ、アランさま」
「なに撃ったんですか」
「壺ですの」
やっぱり中学生じゃないのか? 国を支配する権力と物を開発する技術力があるのにやっていることが未成年だ。お前ほんとうに銃を持っちゃいけないタイプだろ。
「というか、狙撃してるのに速攻で名前バレてますけど」
「ここで発砲するのは私くらいですから」
「はぁ……」
「では、ご挨拶に向かいましょう」
女王が立ち上がり、執事が流れるようにドレスの砂を落とした。本当にいつもやっているらしい。やるなそんなこと。
一緒にギルドへ行くと、受付の面々と、冒険者らしい中年がいた。みな呆れた顔をしていた。
「撃つなっつってんのをそろそろ理解しろ馬鹿」
「まぁっ、スティーブさま。火薬を抜いてはただの罵倒ですのよ」
「罵倒に決まってんだろ。で、またなんか開発したのか」
「はいっ。アランさまとの共同開発の……アランさま、そうでした、名前はいかがなさいましょうか」
名前は別にどうでもよかった。適当に言えば自分で考えるだろう。
「うーん。ティアとアランでティアランとか」
「ということでティアラン8020ですわ」
「あ、いいんですね……」
適当に名前が決まってしまった。まぁ別にいいんだが……。
「まさかマジでそっち側だとは思わなかったぜ、アラン」
「はぁ……すみません」
女王と一緒にいるだけで悪名が高まっている気がする。よく革命されないな。
「お、ちょっといいか?」
見覚えのない、小粋な感じの中年が気さくに話しかけてきた。
「いいですよ」
「いや、ウワサで聞いてたんだけどね? おれぁバーンズってんだ」
「アランといいます。バーンズさんと言えば、入り口のところのダイナーもバーンズさんの経営ですよね」
「お、行ったことある? いやさ、ウチのがビジネスチャンスって張り切っちゃってね。すげえだろあれ」
「はぁ……」
とても普通の会話に、むしろ驚いていた。このメンツで普通のおじさんだと、むしろ異様に浮く。
「いやまぁそれだけなんだけどな? いっこ聞いときたいんだけどさ、おめぇ魔族だったり王族だったり、何かの兵器だったりする? なんなら魔王とか」
「しませんが?」
「そうかそうか。まぁもしそうだったら、後でも言うと良い。ここは危害を加えなきゃなんでも受け入れる町なんだぜい」
「はぁ……」
この口ぶりだと、魔属も魔王も王族も兵器も受け入れたことがあるんだろう。なんなんだこの大陸……というか、このノベナロ町とかいう町は。
受付のスティーブが、葉巻の煙をため息と共に吐き出した。
「俺はごめんだぜ。全く。さっきもまた面倒な奴が増えたってんだぞ?」
「まぁ。新しいお客様が?」
ティアが目を輝かせる。その光は、スティーブの返事と共に消えた。
「ああ、勝手にどっか消えたけどな。なんか、自分を勇者だとか名乗ってたぜ」
「……勇者でございますか? しかしそれは……」
「アイツじゃねえよ。違えやつだ。見ればすぐ分かると思うぜ、あのヨタカの僧侶とかも一緒に連れていやがったし、何より目がまともじゃなかったからな」
「まともではない……ですか。どのような眼差しをしているのでしょうかね、アランさま」
彼女が俺へと向いた。大きく、宝石のような瞳は、曇りを知らないようだった。
俺は、「そのような目でしょうね」と言うのをぐっと堪えていた。
はぁ……。またイカれた奴か……。




