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貴いお方が裸同然とはどういう了見だ  作者: 能村龍之介
殺し屋、神話に巻き込まれるの章
76/118

70 ところで置いてきた方々は4

 農民(ソフィア)が一通り家事を終え、されどもちょうど交わる相手もおらず、暇そうにしていた。


 さっきまで病院が暇だからと看護師(フローレンス)がいたものの、病院からすっ飛んできた彼女の同僚が、なぜかまた病人が殺到してきたのでヘルプしてほしいと現場へ戻されていってしまった。


 ひとりでもいいのだが、やっぱり他人の指の方が気持ちいい。もっと言えば、やっぱりセクサロイド(ドゥカ)のディルドが一番好きだ。


 とはいえ贅沢も言えないし、でも寂しいし、どうしようかな。始めてしまうかどうかで悩み、燻っていた。


 それに、殺し屋見習い(ボウイ)忍者(お自野)がここに来なくなってしまったことも不安だった。パタリといなくなり、アリアンナが騎士団から警備に号令をかけた結果、ビスコーサの家にいることが分かった。


 無事ならよかったと思ったが、それならどうして来ないのだろう、と別の心配が渦巻いている。


 と、そんなときに一番聞きたい声が玄関からやって来た。


「ただいま戻りマシタ」

「あれ、ドゥカちゃん!?」


 驚きのあまり立ち上がる勢いで骨盤の上を机の角に当て、うめいた。


「大丈夫デスカ?」

「だ、だいじょうぶ……あいてて……」


 ヒョコヒョコとドゥカの前に出て、まずはギュッと抱き締めた。


「おかえりードゥカちゃんっ。待ってたよ」

「お待たせしてしまいマシテ、申し訳ございマセン」


「いーのいーの」


 言いながら彼女はモジモジとし始めた。


「えっと、お話聞きたいんだけどね? えっちもしたいの」

「同時に実行可能デス」


「わーいっ。じゃ~男の子モードお願いしまーすっ!」

「承知しました」


 言われたとおりドゥカがディルドを取り出したところで、ガシャンガシャリとアリアンナの足音。


「おぉっ! 戻っていたのか、ドゥカ姫」

「アリアンナ様。ただいま戻ったところデス」


「うむうむ。息災で何より。ところであの呪術師のことだが、すまぬ、まだ進展がないのだ」

「問題ありマセン。あれは解決いたしマシタ」


「なに!?」


 アリアンナが驚き、ソフィアを見た。ソフィアはドゥカの股間から生えたディルドに目が釘付けだった。


「ソフィア姫」

「はぇ? あ、そうなんだね~」


「うむ。ちょっと待っててくれ。いったん、話をしてだな?」

「え~、でも、ドゥカちゃんどっちもできるって」


 アリアンナは右の手甲を脱いで机に置いた。


「むむむ……ならば、聞いている間はこうしてやる!」


 そうしてソフィアの背後に回るなり、股間を指で擦り始めた。


「ひゃぁあ……!」

「よぅし。それでドゥカ姫、いったいどうしたのだ?」


「ハイ。まずあの方は病という名の神でシタ」

「神? 神がいたのか? しかし病なんて名前は……」


「我々の知る神の(しもべ)にあたる、下級の神なのデス。事情があって神の国から出マシタが、その国より迎えがやって来て、病様は帰られマシタ」

「ふむぅ……」


 アリアンナが考えることに頭を使うので、指がゆっくりと止まりかける。


「……あ、アリアンナちゃん……」

「…………」


 ソフィアは恥ずかしげに、股間で停止してしまった手の甲を撫でる。


「……もう……アリアンナちゃんっ……」

「……ん? あ、すまぬすまぬ」


 彼女が摩擦を再開すると、またソフィアが跳ねた。


「ふわぁっ! そ、そんな雑にぃ……」

「しかしドゥカ姫がそう言うなら間違いないのだろう。まさか、他人伝いとはいえ神と言葉を交わすとはな……」


「まってもう……もう達し……はふぅううう……!」

「おぉっ、急に達してビックリしたぞソフィア姫!」


 雑に絶頂させられ、ソフィアは赤い顔で唇を尖らせた。


「もうっ。こんなのヤなの!」

「すまぬ。ただな、全て丸く収まったのにスッキリせんな、と……。これだけの騒ぎが起こって、いきなり元通り……んむ」


 言っている最中にソフィアがキスして、舌まで絡ませた。


「……ぷはっ。そんなことはどうでもいーの今はっ。んへへ、仕返しでーすっ」


 言いながらソフィアがアリアンナの股間に手を伸ばした。セックスのゴングだ。こうなればもう歯止めがきかない……のが普通なのだが。


「ただいまーっ!」


 ボウイの声が響く。元気よくではあるが、その声には不満が混ざっていた。ソフィアもアリアンナも驚いて見るに、お自野も一緒だった。


「た、ただいま戻り申した……」


 こっちはまるきり元気がない。ここへ来たばかりのビスコーサ並みに顔が死んでいた。


 このただ事ではない雰囲気。セックス開始のゴングを取り消し、ふたりは姿勢を改めた。


 ボウイは見るからに不機嫌だが、さすがにドゥカに気付くと目を丸くした。


「あれ!? ドゥカ帰ってるんじゃん。どうして?」

「あの山にいた病という方は、我々の知る神の(しもべ)にあたる、下級の神なのデス。事情があって神の国から出マシタが、その国より迎えがやって来て、病様は帰られマシタ」


「ほほ~。それはなによりにござる……」

「お自野様。お加減が優れないようデス。おっぱいはいかがデスカ?」


「おほ……お願い申す……」


 ドゥカの巨大な胸に顔を埋め、お自野が癒されの姿勢に入った。するとボウイがそれをムスッと睨むなり、家へ入っていつもの椅子に座った。そして机に突っ伏し、顎の前に組んだ腕から目を覗かせていた。


 これは本当にただ事ではない。ハーレムの危機に、ソフィアもアリアンナも臨戦態勢に入った。


「どうしたの? ボウイちゃん」

「…………」


「うむ。察するにしても、自野姫が何かをやらかした事しか分からぬ。いったい何をやらかした?」

「………………」


 ボウイは黙るばかりだった。ふたりがボウイを挟むように座ったところで、お自野が三人の向かいに座った。


「そ、それについては、拙から申し上げた方がよいかと存ずる……」

「そうなの? それじゃあお願いしますっ」


「え~……まぁ~……なんと言いますか。……ひとことで言うと……ボウイ殿の……おちんちんむしゃぶり候……」


 するとソフィアが首をかしげた。


「そうろう? すぐにせーし出ちゃうんだっけ」

「違うぞ、ソフィア姫。要するにだ、勝手にペニスを咥えたということ。そうだな?」


「いかにも。ちょ~っと理由あってボウイ殿が気絶しもうし……その隙にと脱がせて口の中で大きくなる様や、皮の裏まで堪能しもうして……」


 机の下で、お自野の脛が蹴られた音がした。ボウイが起き上がり、じっとお自野を睨む。


「なにが理由あってだよぉ。そっちもお自野のせいじゃん」

「あなや~~~~~……」


「ぜったい怒られるしさぁ。っていうかいつも言ってるじゃん! こっちの初めては先生とがいいって!」

「ま、まだ精子は出てなかったし、そこは『せえふ』ということには……」


「なんないよ! も~そういうことじゃないじゃん!」


 またボウイが突っ伏した。お自野は困り果てた様子で鼻の横を掻いた。


「そ、それはその、拙の初めてを奪ったお返しとか……」

「だってそれはもう、この間のヤツでいいじゃん。コップに……いっぱい出したやつ……」


「あれは凄かったでござるなぁ。まさか尿が吹き出るとは思わなんだ。もしや、あれが男の子の潮吹きでござるか?」

「分かんないけどいまその話じゃない」


「ぐぅ……」


 どうやら全面的にお自野が悪いらしい。ソフィアとアリアンナが目配せし、頷いた。口を開いたのはソフィアだった。


「とりあえず、お自野ちゃん。ちゃんと謝って」

「ぐぬぬ……」


「ぐぬぬじゃなくて、悪いことしちゃったらごめんなさい、だよ?」


 お自野は観念し、うつ向き、さっと立ち上がったと思えば机を回り込み、机の隣の位置で土下座をした。


「も、申し訳ございませんでした……」

「…………」


「拙の国では、許されざる罪を犯した者が腹を切るのでござるが……」

「む。ハラキリか? よせ自野姫」


 アリアンナが立ち上がる。しかし忍びは「落ち着いてくだされ」と頭を下げたままだった。


「切腹はせんでござる。ただ、けじめとして……今日一日、ボウイ殿の奴隷として過ごそうかと……」


 それにはボウイもピクリと反応した。


「……奴隷?」

「左様……」


「じゃー……言うこと聞くの?」

「左様にござる……。それで許していただけませぬか……」


 お自野がさらに回り込み、ボウイへ背後からすがり付いた。


「拙……なんでもいたしまする……」


 ゴングが、鳴った。


「なんでもって、言った?」

「なんでもでござる」


「……じゃー、みんな、一日に一番イっちゃったときって、何回だった?」

「え。拙は……確か六回でござる。アラン殿の尾行を始めた途端に止まらなくなって、隙あらばシコシコして申した」


「おれ二〇回。……お尻だけで。しゃせーも入れると二四回!」


 するとアリアンナが片手を開いて出す。


「我は四九回だ」

「四九! すっご……。なんでそんなに?」


「ふふふ。実はソフィア姫を初めて抱いた時の記録よ。まぁ、我よりも凄い者がおるがな。そうよなー?」


 割とゲスな表情で、ソフィアを見た。彼女は顔を真っ赤にしてうつ向き、震えていた。


「え、じゃあソフィア五〇回より多いのっ? 何回何回?」

「は、初めてだったんだけど…………二一……回かなー……」


「二一? あれ、そうでも……」

「ち、ちがくてね? あの……一二一回……」


「ひゃ、一二一!? 一二一回ってなに!?」

「あ、アリアンナちゃんの……くちゅくちゅが気持ちよすぎちゃったの! ずっと達しちゃってて、おまたがおかしくなっちゃったかと思ったもん……」


 そっかそっかとボウイは考え、計算し始めた。


「えっと、だから、六と、二四と……だから三〇じゃん? で、えーっと……」

「合計でござるか? だったらちょうど、二〇〇回でござるよ」


「おー計算早い」

「そうでもないにござるよぉ~」


「じゃあ、二〇〇回イって?」

「…………へぇ?」


 間抜けな声が出た。しかしボウイは、ニヤニヤとお自野を見つめていた。


「前でも後ろでも、おっぱいでもいいよ? 二〇〇回。ビクンビクンってしてるの見せて。それまで寝ちゃダメ」

「え、え、でも、え」


「なんでもするって、言ったじゃん?」

「た、た、助けよやぁ~……」


 お自野は言いながら、また頭をゆっくりと下げ始めた。


「ほらー、始めないと明日の朝になっちゃうよ~? んふふ……」


 いたずらな目で見下ろすボウイへ、ソフィアが元気よく手を上げた。


「はいはーいっ! お手伝いしてもいーですか!」

「ん~……しょーがないなー」


「わーいっ、ドゥカちゃんも来てっ」

「かしこまりマシタ」


「じゃーおれも、ちゃーんと見届けなきゃね」

「ボウイちゃんも一緒に気持ちよくなろ?」


 わいわいとベッドルームに行く。


「では我も……む」


 アリアンナも行こうとしたら、表からフローレンスが来るのを見つけた。


「お出迎えしてから行くとしよう」

「はーいっ。じゃー濡れ濡れでまってまーっす!」


 元気よく、アリアンナ以外がぞろぞろとベッドルームに入っていった。そうして騎士は玄関に立ち、疲れきった看護師がやって来るのを迎えた。


「あ、やっほアリん……」

「フローレンス姫。疲労困憊であるな」


「マヂつらたん……ごめん今日はエッチ無理かも……」

「構うものか。さ、中でゆっくり休むのだぞ」


 アリアンナと共に、リビングのカウチへ。隣り合って座り、フローレンスがアリアンナの肩に頭を預けた。


「だいじょぶ? みんな待たせてない?」

「構わん。いまは、気にするな」


「ん……やさしーなーアリんは」

「ふっふっふ。フローレンス姫も、他の姫たちも、なにより大事だからな。それに、我慢するほど絶頂は気持ちいいのだ」


「あはは。もーエッチなんだから」

「英雄色を好むというからな」


 預けられた頭に手ぐしをかけて、ゆっくり、大きく撫でる。疲労の色は癒しの色と混ざって、限りなく薄くなっていった。


「……アリん。好き」

「うむ。我もフローレンス姫が好きだ」


「うん。……ねぇ、アリん」


 ずいぶんと血色の良くなった顔を上げ、騎士を見つめた。


「どうした?」

「病院でね、患者のみんなに、ニコニコってしてさ。そしたらみんな安心できるぢゃん? 看護師さんがやさしーって感じなら」


「うむ。そうだな」

「それでね思ったの。みんなも、おんなじなんぢゃねって」


 アリアンナの頭を抱くように引き寄せ、そっと撫で始めた。


「アリんも、みんなをお姫さまにしてくれるけど、ホントはお姫さまになりたいんぢゃないかなー……って」

「む……そ、それは……」


 言葉は続かなかったが、アリアンナの方からフローレンスへ、しっかりと頭を預けた。


「……アランにしか教えないつもりだった」

「そなんだ。かわい~」


「……他の者には……」

「いーよ。……秘密だよ」


 約束したとたん、アリアンナがぎゅっと抱き締めて、フローレンスの大きな胸に顔を埋めた。


 その頭に口づけをしながら、フローレンスは彼女の香りを嗅いだ。いつもの匂いだった。


「もっともっと甘えてね。ちゃんとぜんぶ受け入れるよ、お姫さま」


 返事はない。姫はただ心地よい表情で、熱い胸の温度と香りに包まれていた。




 美しい騎士が、艶かしい看護士に抱かれている。その姿を壁の辺りに映る立像として、『病』という神がぼうっと見ていた。


 あれが、人間の愛というものなのだろうか。いったい、どんな感覚なのだろう。いつもそう思い、いつも分からず仕舞いだった。きっと良いものなのだろう。もっとも、どう良いかなど分かりはしないが。


 彼らにとっての素晴らしいものを、どうして奪わなければならないのだろう。どうして、わたしは与えられないのだろう。それもまた、解にたどり着けぬ命題のひとつだった。


 そんないつも通りの思考。そこに、異物のように頭をよぎるのは、空白の時間のことだった。時間が飛んでいるのだ。あるいは、記憶に穴があると言うべきか。それに他の者の態度も変わっていた。いままで、自分が存在しないようだとさえ思えるほど気にされなかったというのに、今ではたまに誰か来て、ただ様子だけ見て帰っていくようになった。


 記憶喪失……というものだろうか。人間だけがなるとばかり思っていたが、まさか自分がそうなるとは。しかし、その喪失した時間にいったい何があったというのだろう。部屋にぽつねんとある何かの木材のデスクの中心に、これまたぽつねんとある世界地図。その隣には、疫病を示すコマ。これで、チェスでもするように病気を発生させられる。


 病がこの部屋の隅で目覚めたとき、指示通りに動かしていたはずのコマのほとんどが壊れていたのだった。すべて元に戻したとはいえ、いったいどうしたことだろうと、病は悩んでいた。他の者に嫌われているのはいつも通りだとしても、そんなことをする人はいないはずだった。


 少し聞こうとはしたものの、誰も答えたがらないので、彼女はただモヤモヤと過ごすしかなかった。まさか自分が愛のために全てを見殺しにしようとしていたとは、露ほども思わずに。


「や、病くん。いいかね」


 緊張した声。誰かと思えば、入口には社長。いやに、緊張した面持ちだった。病は映像を消し、立って姿勢を改めた。


「なんでしょう……」

「来客があってね。わ、我々の取引先の……」


 その言葉が終わる前に、来客が姿を現した。


 可愛らしい顔をしているが、むすりと意地の悪そうな表情をしている。その造形は、たしかにいま見ていた小屋にいた、ソフィアという人間のものだった。


「……げ、元気ね。うん」

「……?」


 意味が分からなかった。どうしてやって来たのかさえも。ただ彼女が、あの世界の本来の管理者であり、支配者であることだけは知っていた。それとそっくりな人間が、どうして存在するのか。分からないことだらけだった。


 ふと視線を下ろす、彼女はほとんど裸と言って差し支えない格好であり、胸と股間の前に布地を垂らしているだけであった。恥ずかしくて、自分ではとてもできた格好ではない。


「それじゃ、ふたりきりで話すから」

「はい。その、おい病くん。くれぐれも失礼のないようにな。それでは、ええ、どうぞごゆっくりと……」


 社長が怖い顔をして病を睨みながら、出ていって扉を閉めた。


 格好を見て、もうひとつのことに気づいた。あの人間と比較して、明らかに胸が小さいのだ。腰回りの大きさも。どうしてそこだけ違うのだろうという視線に気付いたか、彼女が顔をそらして赤くした。


「ほ、ほんと元気ねあんた……」

「……? ……はぁ……」


 やはり病には意味が分からないし、まさか愛を(むさぼ)って、延々とセックスし続けていたことも、やはり少しも思い当たらなかった。


「したいの? この私と」


 彼女は言いながら、身体をぎこちなく振って見せた。そのとき、布がひらりと浮いて危うく中が見えそうになり、病は慌てて顔をそらした。


「ふふん、いいセンスじゃない」

「い、いえ。……そのようなことは……」


「ま、それでいいわ。別にする気ないし」

「そう……ですよね」


「それより、……その」


 彼女は言いにくそうにしていた。それに対して病は、それが間だと思って軽く会釈をした。


「あの……病といいます。ご存じでしょうが、世界管理の、疫病等管理部に所属している……」

「え? ああ、そうね。知ってる」


 それだけだった。お互いに自己紹介をする場面だと思っていたが、どうやら検討違いだったらしい。と病はしょんぼりした。


「ねえ、それで、どう?」

「どう……とは」


「元気?」


 さっきから元気だ元気だと言っていたのに、いまさら何を聞いているんだろう。病はコミュニケーションの難しさを痛感していた。


 一方でコミュニケーション下手くそ代表の主神は、その投げては取り損ねて拾いに行くキャッチボールのような会話になっているのが、己のせいとは思っていなかった。


「……元気……なんじゃないですかね」

「そうね。そうよね」


「はぁ……」

「と、ところであんた」


「はい」


 横を向いてうつむいて、目を病へ向けたりそらしたり。そうしてやっと、声を出した。


「あ~~……さ、さみしくない?」

「え……」


「だ、だから、さみしくない? って」


 そう言われても。それがまず思ったことだった。病はいつもひとりであり、それが普通のことだった。この部屋には空気があるねなんて聞かれても、きっと同じ顔をしただろう。


「……寂しいとは思いませんが……」

「そ、そう。じゃあ、いいのね」


 その言葉に、なにか返事を間違ったのかと病が慌てた。寂しいと答えるべきだったのかもしれない。だがもう遅い。


「ふぅ。なんとかなるのよ。そう、ちゃんとなんとかなる。それじゃあ――」

「あ、あの……」


 帰ろうとした彼女を数歩、つまずいたように追い掛けた。


「ん?」

「ま……また来て……くれますか」


 主神は虚をつかれた顔をして、頬をかいた。


「別に……来るだけならいいけど。なんで?」

「え……それは……」


 なんでと言われてもやはり困る。恥ずかしかったが、顔を熱くしてでも言い切った。


「や、やっぱり……寂しいからです……」

「……ふふん。そ」


 からかうような表情で、彼女は出口に立った。


「仕方ないわね。のんびり待ちなさい」


 そうして病を見たまま、外へ出た。よそ見をしていたので出ていき際にドアの枠に肩を当てていた。


 なんだか、面白い人だ。病は薄く微笑みを湛え、席へと戻った。


 変な人だけれど、ほんとうに自分を心配してくれている気がして、慣れていない喜びにただソワソワとしていた。

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