69 ヒッピーvs.ヴィーガン~勝手にやってろ!~3
アランさんとボーさんが居なくなり、豪華なお城で過ごしていた。始めこそ、久しぶりの人間社会で浮かないだろうかと不安でいっぱいいっぱいだったが、すぐに慣れることができた。
アランさんがいなければきっと今でも、あの無人島で命のやり取りを続けていただろう。
「な、なあ茂美……さん」
ウォスが呼んでくる。いまだにどう接するか迷っているらしい。その初々しさがとにかく愛らしくて、すぐにでも抱きたくなってしまう。
でも我慢しないと。この前、オウレルさんの家のシャワールームでまぐわってしまった。しかも、夫とするよりズブズブに愛し合った。それで流石に自制が利かなかったと後悔してしまったのだ。
それに私は、まだ切るべき縁を切っていない。後ろ暗い関係だって、自覚しないと……。
「どうしたの?」
「えっと、ちょっと散歩とか、行きたいかなって……。ほら待ってると暇じゃないか? いや、わたしがそう思っててだから……」
「いいわね。天気もいいし、シャーリーちゃんも一緒に行きましょう?」
「よ、よかった。くくく……」
「いいのよ、そのくらい。いつでも言ってね?」
シャーリーを呼んで、手を繋いだ。それが一緒に行くの合図になっていた。
「茂美~、うぉす~」
「な、なにか用か?」
「?」
「えっと、あのだから、あの用事……」
ウォスが顔を赤くして、途中から私を見上げながら言う。
「名前を言っただけみたい。大丈夫よウォスちゃん」
「そ、そっか……えっと、じゃあ、しゃ、シャーリー……」
「ん。うぉす~っ。んははは」
「くっくっくっく……」
二人が笑い合うのを見て、思わず微笑みがこぼれた。やっぱりふたりとも、どこまでも愛くるしい。ただ少しだけ疑問があった。
娘として育てようって思っていたのに、いつの間に私はこの子たちにムラムラとするようになったのだろう。こう言葉にするとなんだが、私に少女をそういう目で見る趣味はない――というか、無かった。
アランさんに説教じみたことを言ってしまった手前、これでは合わす顔がない……。
悩んでもしかたない、か。人生は流れてる。悩んでも次のためにはならない。それが、友だちが熊に食べられたときの教訓だ。
お城の人に散歩をしてくると言っておき、外へと出た。ヨタカ国にはない、しっかりとした大地に、根付くように立つ石の城と街。その風景は何度見ても圧倒される。
「なにか、ないかな」
「なにか?」
「うん、なにか面白そうな……本屋さん的な……」
「ホンヤ……。どんなお店なの?」
「え。本……本の……ほら読むやつ……」
「あぁ。本屋さんね? 本って、あの巻物をバラバラにしてまとめたみたいな……」
「あ、そっか。そう。ヨタカだと巻物なんだよな。そうなんだ」
「他だと色々と違うの?」
「うん。本はな、教会が出してくれる倫理規定を通った写本とか、木版印刷のプロレタリア的な娯楽本とかがあって、えっと、前者は貿易で有名なローズマリー王国とか、教会の本部があるマーティナル王国とかが出してて、後者は鉄が採れるバンベストが多くって、えっと、だから木版って言うけど、実はだいたい薄い鉄の板でさ……」
私には色々と言う内の、少ししか分からなかったが、熱心に語るウォスが可愛くてまるで気にならなかった。
きっと、本が大好きなのだろう。アランさんにおねだりをして、ウォスの好きな本を買おうかしら。
「……ん?」
「あら、どうしたの?」
城から放射状に広がっていく橋の大通りの途中で、ウォスが急に固まった。じっと遠くを見ているようだった。彼女の視線の先を追うと、何人かが慌てたように、こっちへと走ってきていた。
あれはなんだろうか。その疑問の答えにたどり着く前に、別の方角から声がした。
「おい見ろォオオ! ヴィーガンだァアア!」
シャーリーがびくりとして肩を縮こませた。あれが怖い人だとは分かるようだ。
ヴィーガン。あまり聞きたくない名前だった。それを呼んだのはきっとヒッピーだろう。
また、争いが始まるのだろうか。そうと思ったが、こっちへ向かってきていた人たちはヒッピーを見るなり身体を翻した。
「チィッ! お前らみたいな死に損ないに用はねえッ!」
そうして逃げていく。その背をヒッピーは唖然と見送り、腹を抱えて笑いだした。
「ヒッピーの勝ちだァアアアアア!」
よく分からないが、争いが起こらなかったのならよかった。厄介なことになる前に、ここを離れよう。
そう思ったのだが――。
「おいそこのお前らァアアア……」
「…………」
――目をつけられたようだった。
「お前さァアアア……自然派かァアアア? 自然はいいよなァアアアア!」
「……ええ。そうね」
適当にやり過ごそう。争ってはダメ。平和のために頑張ってくれているアランさんに申し訳が立たない。
その時少し遠くで銃の音がひとつ。かなり小さく、自分以外は気付いていないようだった。
ヒッピーがもうひとり来て、シャーリーに目をつけた。
「なんだサメっぽいなお前なァ」
「わ……ぅ……」
「待って、その子は言葉が喋れないの」
「いい年齢っぽいのにィ? おっそいなァ」
そうして次に、ウォスに目をつけた。
「おいなんだその格好はよォオオ」
「……それは……」
「ガキの癖になに大人ぶってんだァ?」
ウォスは変わらず、暖かそうな上着の下にオトナな下着をつけていた。それは艶かしいながらも可愛らしくて好きだから、それをバカにするこの男に腹が立っていた。
それでも、ちゃんと平和を選ばないと。
「……ドクロのネックレスに眼帯だァ?」
「そ、そう、かっこよく――」
「ダセェぞ外した方がいい」
「…………」
「聞いてる?」
「…………まえなんか……デスゲームで……くっくっく……」
「聞こえねえよボソボソ。ちゃんとした大人になれねェぞ? そんな服着てないでちゃんとした服着ろよったくよォ」
「……スン……エフッ……」
…………。
………………。
「ねえ、自然が好きなのよね?」
「ハァ? 当たり前だろォオオ!? 好き嫌いじゃなくてそうじゃねえといけないだろ何言ってんだよォオオオ!」
「私、つい最近まで自然の中で過ごしていたのよ。近くの無人島で」
そう言うと、彼らは目を見開いて驚いた。
「スッゲェエエエ! やっぱりここよりいいよな自然ってさァアアアア!?」
ああ、やはりそうね。
コイツらは、本当の自然というものを知らない。
「知りたい? 文化のない生活を」
少し距離を取って見ていたヒッピーたちも、すっかり打ち解けた様子で寄ってきた。
「その前に自己紹介させてくれよォオオ」
「いいえ、必要ないわ。自然の中で名乗ることなんてないもの」
そう言うなり、みんなシビれたような表情で悶えた。
「本物だァ……」
「自然の掟はね、とにかく簡単なの。生き残ること。そのために、縄張りを守る」
「縄張りを! なるほどォ……」
「守る方法はひとつ。縄張りに、自分の領域に入ってきた存在を、残らず殺す。それだけよ。そして――」
シャーリーとウォスを侮辱した男の前に立ち直す。
「――あなたたちは今、私の縄張りにいる」
深く、深く腰を落とし、全身の筋肉で前に飛び出しつつ男の胸に拳を当てた。そのまま渾身の力で殴り抜ける。
大した手応えもなく、拳が男をつらぬいた。それで思い出したのは、あめ玉のように頭を噛み砕かれた友だちだ。
人間は脆い。これも、自然で学んだことのひとつだった。
「はぇ……?」
唖然とする男どもの前で、腕にまつわりつく邪魔な死骸を適当な方角へぶん投げ、血塗れの右こぶしと一緒に笑って見せた。
「ようこそ。ここが大自然よ」
クッキーを食べるだけ食べたガーベラが城に戻っていき、俺たちはまたヒッピーの根城へ向かった。さっきの発砲で一発消費していて、かつシリンダーの装填数は六発。弾はあと、五発だった。
着いてみれば、こちらもヴィーガンと同じく町の構造からできる地下の空間に小屋を建てていた。ひとつ違いがあるとすれば、その材料だ。向こうは木材が主だったが、こっちは大半が動物の一部で、壁がわりの毛皮から獣臭さが漂っていた。
「ここだな」
振り返る。少し遠くの階段のところでは、トムが気だるそうにして壁に寄りかかり、こっちを見ていた。
「では、終わらせましょう」
「そうだな」
思えば話は、ただ女王に銃の技術をちょっと教えようというだけで済んだはずだ。それが、こんな遠回りすることになるとは。
早いところ戻りたいものだな。そう思いながら鹿皮の暖簾をくぐった。中には十人程度が――。
「動物はァアアアア! 全部クソォオオ!」
「全部クソォオオオ!」
「全部クソォオ!」
「草木以外は皆殺しィイイイイ!」
「皆殺しィイイイ!」
「皆殺しィイイ!」
なんだこの空間。集会か。なんだこのクソみたいな集会は。
「なんかいるぞォオオ!」
「あいつ親衛隊のヤツだァアアアア!」
「ウワァアアアアア!!」
びっくりするほど同じ展開だな。なら、こっちもすぐに終わるだろう。
「落ち着け。平和的な解決をしに来た。まずは彼、ボー・ケンシャから話があるから大人しく聞け。撃たせるなよ」
そう思っていたら、リーダーらしい男が大きく息を吸った。
「死ねば死ぬほどォオオオ……本望よォオオオオ!!」
叫びながら威勢を張った。どうやら展開が違うな。
そうか、コイツらは植物を信仰して動物を憎悪しているのだから、最終目標は動物の根絶になるわけだ。そこにキチンと自分たちをカウントしている辺り、ちょっとはちゃんとしているな。
「死ぬのが怖くないのか?」
「怖いわけねェエエエエだろォオオオオ!」
「そうか。なぁ親切屋」
呼ぶと彼は冷静に、こっちを見た。
「はい」
「怪我を治せるとか言っていたが、即死するような怪我でもできるか?」
「ええ、できます。ただ頭はさすがに間に合いませんが……」
「そうか。なら、頼む」
言いながらリーダーの腹を撃った。
「ぅんぬ……」
体の中心を狙えば腰撃ちでも十分に当たる。残り四発。
ライフルを左手に持ち、周囲の者が絶句している隙に懐のナイフを出す。近場のひとりの脇腹を刺して、肉を内から切り裂きながら引き抜いた。
「や、やれェエエエエエ!」
遅すぎる号令を聞きながら、叫んだ奴の腹を撃つ。
「あぁ……」
妙な声を出しながら崩れ落ちた。これでやっと三人だが、まだ七人も残ってるのか。残りの弾は三発しかないんだがな。
しかし一気に三人が瀕死になり、いきなりリーダーが落ちたせいで士気はだいぶ下がっているようだった。これなら勢いで押せる。
また銃を向けた。
「ちょ――ちょっと待――――」
手を上げたので、何も言わずにその手を撃ち抜いた。手のひらを貫いた弾丸が、違うヤツの肩に当たった。
「ひ……痛……でェエエエエ!?」
「待てって言ったのにィイイ……」
「言われて待つヤツがいるか」
あとの五人のうち、ひとりが武器を捨てて両手を上げた。
「た、助けて……」
そして後頭部の後ろで手を組んだ。足りないと思ってか膝も着いた。すごいなここまで洗礼されたホールドアップが自然に出るなんて。親衛隊に逮捕された経験でもあるのだろうか。
いや、親衛隊はすぐ射殺するし、逮捕はしないか……。ひょっとしたら、本能だけであのポーズになったのかもしれない。
「お、おいお前なにやってんだァアア!」
「うるさい」
叫んだ男を撃った。
「アアアイイイエエェ……!」
やはり妙な声を上げて倒れた。なんだこいつらは。
ひとりが倒れたことで残った三人も次々に同じ姿勢になっていく。そうして三人とも膝を着き――。
――ひとりが素早く立ち上がり、武器を構えようとした。
その鼻先に、銃口を向けた。
「落ち着け、馬鹿野郎」
「クソ……」
彼は素直に従って、両手を上げた。
「考えることが分かりやすいなお前」
少し銃口を下ろす。すると彼はすぐに構え直した。
「バカめ!」
もう一度銃口を上げる。やはり彼は両手を上げた。
「う、撃つな! 撃たないでくれ!」
こいつはいったい何なんだ。そういうオモチャかなにかか。
「不意打ちのコツは、しゃべってないで行動することだ」
「く……」
やっと膝までついて、制圧が完了した。
「で、死ぬのは怖くないんだったか? まだ弾は二発ある。どうだ?」
言うが、ホールドアップ組はただ首を振った。
さっき制圧したヤツらの治療も、すでに終わったらしい。親切屋の仕事が早くて助かる。
「お前たちは? 死ぬのは怖いか? 怖いなら撃たないでやる。怖くないなら、頭をぶち抜く。どうだ」
返事はない。十分だ。
「大人しく聞く気になったら、コイツの言うことを聞け。いいな」
銃口を、さっきのアイツを警戒しつつ、下げる。そうして親切屋が前に出た。
「いやぁ、文字通り痛い目にあってしまいましたね。ですが大丈夫、そんな痛い目にあったり、なんなら命を持っていかれるような日も今日で終わりです」
ペテンが始まったようだ。あとの解決は任せていいだろう。
その結果どうなるかも、しっかりと見届けてもらおう。それで、皆殺しよりマシと思うかどうか。それはもう、コイツの問題だ。
「改めまして、こんにちは。さっきの乱闘で合いましたけど、改めて自己紹介をさせてください。オレは――」
彼は大きく一息を吸った。
「――魔族大使のSランク博士の草むしり冒険者の親切屋のボー・ケンシャです」
やっぱり名乗りがなんか変わってるぞ。魔族大使ってなんだよ。お前魔族側か?
それから、親切屋のペテンが始まった――。
一通り、終わった。下を見れば真っ赤なので、対極の色をした空を見上げていた。
ああ、暴れすぎてしまったわ。勢い余って全員を手にかけるのは、自分でも分かるくらいにやりすぎだった。でも、ウォスちゃんの泣き顔を見ていたら我慢できなくて……。
当のウォスと、シャーリーを見る。詰まれた死体を見て、橋を下る階段のところの柱の陰から震えて見ていた。それだけではなく、親衛隊の人らしい人たちも来て、この場をただ唖然と眺めていた。
「ウォスちゃん、シャーリーちゃん、もう、大丈夫よ」
話しかけて二人は顔を合わせ、恐る恐るこっちへと来てくれた。が、三歩の距離で止まった。それはそうだ。わたしは今、血生臭すぎる。
「……とりあえず、お城に帰りましょうか。シャーリー、茂美、行く」
城を指さす。するとウォスもシャーリーも顔を合わせ、気分の悪そうな顔で着いてきてくれた。
「ごめんなさいね、ふたりとも……。怖い思いをさせちゃったわね……」
「いや……いやまぁ……大丈夫ではある……かな」
「早く帰って血を流さないとね。ちょっと急ぎ目に歩きましょう?」
そして内心、少し慌てていた。他の者ならいい。恋人の輪の他の誰かに、野生の姿を見られてもまだ構わない。それでもアランさんにだけは、オンナとして見られたかった。
カラスとオンナは濡れるほど艶めかしいとは言うけれど、それが血だと話は変わるだろうし――。
「し、茂美……?」
「あ……」
と思っていたらばったり会ってしまった。最悪だ。どうしてこんな時に限って。困惑する彼の後ろには、親切屋さんと、知らない男の人がひとり。知らない方が私を見るなり、「なん、なんですかいったい」と数歩引いた。
「あ、アランさん……どうして……」
「一通り終わった。ヴィーガンもヒッピーもとりあえず押さえた」
「そ、そうなのね。その……違うのこれは」
「大丈夫か、茂美」
「へ……?」
彼は真っ先に私の身体を改めて、怪我の確認をし始めた。それと同時に、物凄く、体が芯から熱くなった。
「あ、アランさん。私は大丈夫よ。その……」
アランさんが、私のことを心配してくれている。嬉しい。嬉しいが、居ても立っても居られないほど恥ずかしいような気持ちにもなった。
こんなに心配してくれる人なんて、いなかった。髪を指でとかし、乱れたものを直す。
「なら、この血は?」
「私の血じゃないの。でも、……うふふ、嬉しいわ」
「あぁ、そう……」
彼はなんだか呆れた顔で、「キャリーか何かか」なんて言った。
キャリー。きっと、それも恋人の一人なんだろうな。




