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貴いお方が裸同然とはどういう了見だ  作者: 能村龍之介
殺し屋、神話に巻き込まれるの章
73/118

67 ヒッピーvs.ヴィーガン~勝手にやってろ!~2

「まぁ……。そういう顛末でしたの」


 おしとやかに、ティアが微笑んだ。銃に関する部分を抜けば、女王というよりはお嬢様とでもいうような雰囲気だった。


「我が国の汚点である彼らがご迷惑をお掛け致しまして、どうお詫びをすればよいか……」


 およよとでも言いそうなほど悲しげに、首を傾けていた。か弱そうですらあるが、その両手にリボルバーとショットガンを持っていてはただの皮肉にしか見えない。


 事実、肉と野菜の豪華な料理の準備を進めるシェフやスタッフの手が震えている。


「国の幹部の犯行ならまだしも、ギャングですからね。犯罪者をゼロにするのは難しいでしょう」

「できますのよ。これで始末していけば、少なくとも一世代分は平穏になります。うふふふ……」


 リボルバーの方にキスをした。どっちがギャングだ……?


「国事も落ち着きましたし、狩りに参りませんか?」

「狩り?」


「はい。危険分子狩りです。ご安心ください。みなさま最初は躊躇うのですけど、何人か始末すれば楽しくなります」

「うわぁ……」


 全員が引きつった顔をしていた。言葉を知らないシャーリーと、彼女を知る親切屋以外は。


「あの、狩人さん」


 不意に親切屋が席を立った。そういえばコイツはティアを呼ぶときに狩人さんと言う。どんな経由でついたあだ名なのだろう。


「ここはオレに、もっと平和的に解決させてくれませんか」

「まぁ、親切屋さま。いやですわ、解決(みなごろし)の結果が平和でしてよ?」


「いえ、血を流さずに……ちょっと流れるかもしれませんが、解決(わかい)したいんです。みんなを死なせてしまう方法以外もあることをお見せしたい。良いですか」


 そうか。お前、やる気だな。虐殺を止めて、自分の呪いに立ち向かう。あのダイナーで話したことだ。


 だがティアは渋っている。根っからの虐殺思考らしい。それを見かねたのか、親切屋が大きく腕を振り、俺を指した。


「大丈夫です! アランさんも一緒なので!」

「なんで俺が巻き込まれた?」


「まぁっ、でしたらお願いいたしますわ」

「なんで話が進んだ? ……はぁ。仕方ない……」


 抗争に巻き込まれることになるが、色々とよくしてもらっているからな。少しくらいは返してやるか。


「ご安心ください、アランさま。……そこ、来なさい」


 彼女が背後を振り向き、『皆さまに威圧感を与えてはいけない』という理由で端っこに寄せられていた親衛隊のひとりを呼んだ。


 ガチャガチャと走ってきて、座るティアよりも低く跪いた。


「はっ」

「ライフルを、こちらのお方に渡しなさい」


「直ちに!」


 彼は一旦退き、ティア姫の荷物と思われる長細い木箱を持ってきて、俺の前で跪いた。


「失礼いたします、アラン様。こちらをお受け取りください」


 木箱から取り出す。長い銃身に、弾はシリンダー構造。内部にはライフリング――リボルビング・ライフルか。元の世界では欠陥のせいで流行らなかったものだ。撃ったときに高温高圧のガスが銃身とシリンダーの隙間から広がるのだが、ライフルだと左手で銃身を保持する必要があるので、手首や腕が火傷したり、場合によっては指が吹っ飛んだりしてしまう。


 左側面を見てみると、シリンダー回りに金属のカバーがしてある。ちゃんとそこの対応はしてあるようだ。


「まぁ。真っ先にシリンダーギャップを確認なさるなんて、流石ですわ」

「構造が大きくなりそうですが……これならギャップを埋めた方がいいのではないですか?」


 構造の数は故障の数だ。メンテナンスの手間が多ければ見落としも増える。


 銃という強い衝撃がかかるものに、あれこれとネジを着ければあっという間に分解するか、撃った瞬間に弾け飛ぶか……。


「それですと、火薬の量を調節しなければなりません。ですが隊員はみな、訓練によって現在の規格での火薬の量を、正確に計れるようになっています。すると、癖で銃身を吹っ飛ばす者が現れかねませんわ」

「すでに浸透してしまったために、面倒が増えた。ということですね」


 悩みの質が軍事企業のそれなのだが、この国では王が軍を動かすのだろうか。もし違っても、コイツのことだから勝手に首を突っ込むだろう。なんなんだこの国は。


「狩人さん。オレからも注文していいですか」

「どうぞ」


「都の東地区と西地区、そのもっとも端っこのところを、少しずつお借りしたいんです。それを数人の兵も、数ヵ月程度」

「よろしくってよ。そこは民に『壁下』などと呼ばれ、アクセスの悪さから不人気の立地。もとより空き家だらけです。兵に関しても、他ならぬ親切屋さまの申し出です。百人単位で貸し出しいたしましょう」


「ありがとうございます。百人はちょっと多いですが……」

「それではお手並み拝見といきましょう。その折には、こちらの遣いに学ばせていただきたいですわ」


 遣い、か。本当に学ばせようという気はないだろう。


「見張り、ですね。余計なことを言ってこなければ、誰だって構いませんよ」

「合意いただけますね。では出発……の、その前に」


 ちょうど料理ができたところだ。山盛りで色彩に溢れたサラダ、豪快に塊で焼いた肉、そうして大量の肉と野菜を煮込んだシチュー。


 それを見てティアは、俺たちに微笑んで立ち上がった。


「皆さまでお食事ですわね。心行くまでご堪能なさってください。――総員、撤退」


 ぞろぞろと、ギャングより物騒な連中が戻っていった。それとすれ違いで、カリヤが戻ってくる。焦った様子だ。


 親切屋が微笑んで迎える。


「カリヤさん。間に合いました。ちょうど料理ができたところです」

「いやいやいやボーさん、いまティア姫が……」


 そして俺たちを見る。女王がいなくなって、みなほっとしている様子だった。


「あーよかった。みなさん無事ですねっ!」


 料理に間に合ったかどうかより、そっちなのか。どれだけ信用されてないんだあの女王は……。




 指定された待ち合わせ場所。メンバーは俺と親切屋、そして――。


「いやはやごきげんよう」


 また妙な男だった。女王から遣わされた者にしてはやたら軽装だが、チュニックのような村人の服とは違う。もっとも近いのは、スーツだった。


「お前が女王からの遣い、か?」

「その通りですとも。あなたの腕前を見てこいとのことでね」


「そうか。俺はアランだ」

「ええ。私はトムです。以後よしなに」


 彼は軽い語り口調に反して、俺への警戒心がかなり強い。警戒というより、どこの国の者かもしれないような者への嫌悪かもしれないが。


 すると親切屋が改めて前に出た。


「どうも。オレは――」

「ご存じご存じ。ボー・ケンシャでしょう? わざわざ自己紹介するほど無名じゃあ無いはずですがね」


「ご存じでしたか。知らない方も、いるかなと」

「そうですか。で、今回はギャングの掃討だそうじゃあないですか。たったふたりでどう皆殺しにすんです?」


「違います。今回は殺さずに解決しようと思います」

「殺さずに? 無茶言ってますねぇ……」


 実際、無茶だ。あれだけ血の気の多い奴らを、どう大人しくさせるというのだろう。


「親切屋、作戦は?」

「まずはお話し合いをしましょう」


「失敗したら、次の手は」

「うーん……」


 無いらしい。これではうまく行くわけがない。するとトムが肩を竦めた。


「殺さない。説得も無理。なら、脅すしかないんじゃないんですか?」

「無理だな。現にあいつらは、親衛隊の目が光っている状態であの乱闘騒ぎを起こした。あの憎悪は恐怖で支配できるレベルじゃない。できて、その場を黙らせるだけだ」


「やれやれ。だから面倒なものは始末すればいいんです」

「そこが気になっているんだが、どうしてまだ生きてるんだ。お前たちならとっくに皆殺しにしていると思ったんだが」


 その言葉が効いたか、彼は表情を歪めて片目を潰した。


「何度もやってますよ。で、何度も湧いて出てくるんです。虫みたいにね」


 また、この大陸の奇妙な部分が顔を出したか。全く、どうなっているんだここは。


「ここでオレが何か、今後のギャング候補さんたちも止められるような案を出せればいいんですが……」

「ないです。そんなものがあれば、我々でとっくにやってますよ」


「うーん」

「まったく、何を悩んでいるんですか……」


 親切屋に味方してやりたいところだが、俺からしても平和解決は無理だと思う。


「うーん。あの方たちは、どうしてお互いを憎んでるんでしょうか。まずそこを解決してから、ギャングさんを解体できませんかね」

「あれはギャングをやっているから相手を憎むというより、『憎むためにギャングをやっている』ようなタイプだ。そこの解決は難しいぞ」


「でも、自然とか動物とかって言ってましたよ」

「奴らにとってそんな主張は二の次だ。動物の反対は植物だろうが、そこを自然とか言っていた。まるでこだわっていない証拠だ」


 仕事柄、様々な悪意や憎悪と出会うので、自然とそういうことには詳しくなっていた。


 グループ内で渦巻く憎悪は、いつだって結束や仲間意識を高めるし、なにより不平不満を検討違いの八つ当たりでぶつけられるのだ。その快楽の中毒になってしまう者はいる。


 あのバカグループ2つは互いに明確な敵がいるのだから、もはや麻薬をやっているのと代わりないのだ。いっそ、それが彼らの生きる意味になっているだろう。


「ああいうのは、安全に八つ当たりできるならギャングじゃなくてもいい。テロリストでもカルトでもなんでもいいんだ。組織を解体したところで、形を変えて復活するだけだ」

「となると、ストレス発散できればいいんですね」


「なにか考えはあるか?」

「今のところは何も。アランさんは何か思い付きますか?」


「とても解決できるとは思えないがな」


 すると彼は、目をきらめかせた。


「あるじゃないですか! 是非とも教えてください」

「新聞を作れ」


 親切屋と派遣の男が目を合わせた。口を開いたのはトムの方だった。


「新聞なら、もうありますよ。その日あったこと、一般の店の紹介、事件、演劇の演目などが乗っています」

「それとは別に作るんだ。偏向報道という言葉は聞いたことはあるか?」


「いいえ? どういう意味ですか?」

「意図的に情報を操作して、読む人間に都合のいい情報を流したり、勘違いさせて新聞を買わせたりする報道だ」


「外ではそんなことしてるんですか? うちはちゃんと取材して、国が無償で配布してますよ。情報だって偏っては……いや、まあ、女王さまの『火薬愛』のコーナーは偏りまくってますが、そこ以外は公正です」


 国の監視を主な目的とするマスコミに任せれば報道が偏り、不正を疑われ続ける国に任せれば公正になるのか。とんだ皮肉だな。


「火薬愛……いいんじゃないか。語らせておけば」

「同じ話を延々とするんですよ? しかも、事件が無い日はそこの紙面を埋めるように火薬愛が滲み出てくるんです。事件も演劇も無かったときなんて、新聞の半分があのイカれたコーナーになったんです。信用に関わるのでやめて欲しいですね」


「苦労してるな」

「で、新しい新聞には何を載せるんですか」


「王国……いや、親衛隊とティア姫へのバッシングを延々と続けろ」


 彼は間抜けな顔になり、ぽっかりと口を開けた。


「それで何が解決するんです?」

「単純だ。憎悪の方角を国に変える」


「それでは襲撃してくるかもしれないでしょう」

「勝てる相手じゃないことは、相手がよく知っている。だが仕返しはしたいはずだ。その方法として、批判させればいい。普通のできごとでも、適当に悪そうな風に叩いておけば、あいつらは代弁してもらえたと勝手に満足する」


 彼は首をかしげた。


「それで解決できるんですか?」

「自信はないな。だがあいつらは不満の矛先も分からないバカだ。見込みはあるだろう」


「まあ、ならばそれは最終手段ってことで。他に何かありませんか?」


 三人で考えた。しかし答えは出ず、時ばかりが過ぎる。そのとき親切屋がボソリと、「そもそもどうしてそんなことになっているんですかね」と呟いた。


 ……そもそも、か。


「おい親切屋。オレは情報を増やすために少し聞き込みをしてくるから、二人で考えてくれないか」

「いいですよ」


「いやいや、勝手にどこ行く気ですか」


 親切屋に被せるように、トムが割り込んできた。


「言っただろう。情報収集だ。足を引っ張りに来たんじゃないなら、別行動で聞き込みをするなり、考えるなりしておけ」

「……フン」


 不機嫌に彼は、背を向けた。すまないが部外者がいるとまた話がややこしくなるんでな。


 人気の無い涼しげな日陰に入り、周囲に人の気配がないことを確認して呼ぶ。


「ガーベラ」

「はーい」


 すぐに現れた。ワープできるというのは便利でいいものだな。


「少しいいか」

「いいよ。お話ししよ」


「この間、この世界の修理をしていると言っていたな。壊れてるのか?」

「うん。ちょっと前まで本当にメチャクチャだったけれど、今はだいぶマシになったよ」


「その壊れ方、まさか――人間の行動にも影響があるのか?」


 彼女は少し驚いた顔をした。


「え、分かるの?」

「この場所にギャングが定期的に生まれるらしいと聞いてな。港の町でも、強盗と親衛隊との競り合いが定期的に起こるらしい。それもその影響なんだろうな」


「そうなんだよ。でも、そこの修理に手を出すにはもう少し、他を直さないと整合が崩れちゃうの」

「もうすぐ直せそうか?」


「うん。数ヵ月中には」

「ああ、分かった。それを知りたかった」


「……お話おわり?」


 彼女は少しだけ寂しそうにした。


「ああ。知りたいことは分かった」

「……もちょっと。ね」


「…………」

「もちょっとお話……」


「…………分かった分かった」

「えへへ。ありがとうね」


 ふにゃりとした笑顔で、大きく尻尾を振る。ガーベラは裏表が無いな。


「どうして、この世界は壊れているんだ」


 当然の質問だと思ったが、途端にガーベラの顔に影が差した。


「……ご、ごめんね。その話はちょっとしたくないんだよ」

「分かった。他に何か、話したいことがあったのか?」


「うん。この先アランさんが、どうするんだろって気になってたんだ」

「この先、か……」


「ここで色々やって、きっとローズマリー王国のとこに帰るんでしょう? それからはどうする?」

「どうするもこうするもないからな。そのまま……」


 ……ああクソ。そうだ。そういえば、ソフィアと結婚の約束をしていた。ということは……。


「アランさーん」

「ん?」


「考えてるでしょ。言って言って? それ」

「……分かった。まあ、帰ったら結婚するハメになる」


「あ、なんだかひどい言い方。相手の人がかわいそうだよ」

「神に恋させられたことの方がかわいそうだろう。このまま行けば俺の相手は十人だぞ。勘弁してくれ」


「へ~スッゴいね……。でも、そんなにいっぱい結婚できるの? ほらえっと、多重婚ってあるじゃない」

「………………」


 そういえばそうだ。一気に数人と結婚できるシステムかどうか気にしていなかった。


 あれ……もしかして詰んだか……?


「アランさん。考えてなかった……?」

「あのときは……ソフィアにプロポーズしたときは、どうにかして病から意識を逸らさせる必要があった。どういうわけか彼女が悲しむ姿には、痛め付けたくなる魔法か何かがかかってたからな」


「え、じゃあ好きじゃないのに結婚させようとしてるってこと?」

「それは……」


 ガーベラが、ニヤッと笑った。


「言わなくていーよ? 答え、分かっちゃったもの」

「おい、決めつけるな」


「決めつけじゃないよ。推理だもん。だって、そんなことになるって分かってるのに帰ろうとしてるんでしょ?」

「…………」


「神さまのやったことは酷いけれど、なんだかんだでお似合いなのかもね」

「こ、殺し屋にとって守るべきものは弱点だ。そう簡単に誰かを愛しはしない」


「んふふ。素直じゃないけど優しいんだね。でもキミのそんなところ、好きだよ?」


 言うだけ言って、ガーベラは逃げるように消えた。まったく好き勝手言うなアイツは。


「はぁ……」


 裾をあおいでから、二人の元へ戻った。相変わらずアイデアは出ず、空転しているようだった。


 だが今回は、根本を解決しなくていい。それはガーベラがやる。ならばこの場を収めさえすればいいのだ。


「あ、戻りましたね。どうでした?」

「さっぱりだな。仕方ない。親切屋の説得と新聞をどっちもやるぞ」


「分かりました」


 トムは呆れた顔をしていた。


「やれやれ……先が思いやられる。では、遠くで見ていますね。お気に入りが殺されました、だなんて報告させないでくださいよ」


 親切屋は、やけに自信たっぷりだった。


「お任せくださいっ」


 その自信はどこから湧いてくるんだか。今だけは、トムと同じ心境だった。


 そうしてたどり着いたのは、ギャング『ヴィーガン』のアジトだった。裏路地から下れる位置、道の構造から生まれた複雑な地下のような空間に建ててある、木材で作ったプレハブのような建物を根城にしているようだ。


「で、どう説得する計画だ?」

「アドリブですね。戦う理由とか、ちゃんと聞きます」


「そうか。まあ、上手くやれよ。助け船が欲しければ適当に合図しろ。乗ってやる」

「ありがとうございます。アランさんを連れてきてよかった。――で、もうひとつお願いしていいですか?」


「これ以上に何を?」

「撃たないんでほしいんです」


 彼は俺が担ぐライフルを指差した。


「ああ。それは心配するな。お前ひとりでどうにかできる内は、人を撃たないでやる」

「重ね重ねありがとうございます」


「全く。殺し屋への頼みとは思えんな」


 共に中へと入る。そこには魔方陣の中央に配置された箱入りの野菜があり、その周囲をぐるりと、何か不吉らしい呪文を唱えながら囲う人々がいた。


 なんだこれは。野菜を呪ってどうなるんだ……?


「む、侵入者だッ!」

「あいつ親衛隊のやつだッ!」


「うわぁ見つかったッ!?」


 俺とライフルを見て、ほとんどの者が右往左往としていた。


「落ち着け。平和的に解決しにきたんだ。撃たせるんじゃないぞ」

「嘘吐けだって親衛隊じゃん……」


 やたら説得力があるな……。


「……ま、まずはコイツの話を聞け。少なくともその間は何もしない。いいか? 大人しく聞くんだぞ」


 俺が言い終えるなり、親切屋が前に出た。


「こんにちは。さっきの乱闘で合いましたけど、改めて自己紹介をさせてください。オレは――」


 彼は大きく一息を吸った。


「――魔族博士の草むしり大使のSランク冒険者の親切屋のボー・ケンシャです」

「なんて言った?」


 ヴィーガンたちは顔を合わせて困惑していた。自己紹介のたびに、毎回混乱させてるのか。


「ですから、スゥ――魔族博士のSランク大使の草むしり冒険者の親切屋のボー・ケンシャです」


 なんか変わってるぞ。草むしり冒険者ってなんだよ。


「いやいや。名前はどこだった……?」

「ボー・ケンシャです」


「はぁ……」

「あれですよ。ノベナロ町の大穴を開けた……」


「あぁ! え、あの人なの!?」


 あの大穴で通じるのか。


 ……じゃあ本当に、親切屋があの巨大な穴を開けたというのか。怪獣のビームか何かがぶち当たったようなあれを? コイツは本当に、なんなんだ。


 ヴィーガンから「それがどうして……」という声と「そうか」という声が同時に上がった。


「ヒッピーを皆殺しに来てくれたんですねッ!?」

「違いますよ」


「じゃあヴィーガンの敵ってことですかッ!」

「それも違いますね」


「イエスでもノーでも無いッ!? じゃあ適当言ってますねッ!?」

「いえいえ。ちゃんと言ってます」


 (らち)が明かないので親切屋の肩を叩く。


「おい。まともに言い合うな。日が暮れるぞ。お前らもお前らで、まず最後まで話を聞け。質問はその上でしろ」


 返事はないが、仕方ないなぁとでもいう雰囲気になったので問題なさそうだ。親切屋が礼を言って、話を進める。


「今回はですね、朗報をふたつと警告を知らせに来ました。まずひとつ目の朗報は、今この場で皆さんが処刑されるのを、止めたことです」

「へ……?」


「えぇ、ビックリすると思います。いままで親衛隊の皆さんがバンバン撃ってきていましたものね。ですけど、皆さんが信じたいものを信じているだけで死刑だなんて、あんまりじゃないですか。ですからオレが、女王に直談判しました。条件付きでしたが、成功です」


 嘘と本当を織り混ぜてのペテンが始まった。しかし少しも嘘の臭いがせず、背筋に嫌な寒気が走った。


 こいつ、このレベルで嘘を言えるのか。だとすれば、今までの会話の中にもさらりと嘘が仕込まれていたかもしれない。ジミーと同じタイプでないことだけが救いか。


「条件――」

「ところで皆さん、ヒッピーさんたちがいない世界ってどうですか? 皆さんにとってこんな素晴らしいことは無いですよね」


 相手の疑問をぶつ切りにし、話題を変えた。それは相手が何より求める話題だった。


「ここでふたつ目の朗報なのですが、ヒッピーさんたちは解体されることになりました」

「えッ!? 全身をッ!?」


 声をあげた奴に銃を向ける。


「組織の話に決まってるだろ黙っておけ馬鹿が……」

「ひぇッ……」


「こらこらアランさん……。えっと、話を続けますね? あの自然万歳って感じのアレが一切禁止になることになったんです。信仰するだけで銃殺ですって。なので、ヒッピーさんたちはグループをバラバラにされちゃったんですね」


 俺が怖くて声が出せないようだが、彼らは皆、うれしさを噛み締めていた。憎い者に不幸があれば、そういうリアクションが普通だろう。


 それにしても親切屋、思い切り嘘をついているが……。バレないようにする算段はついているのだろうか。


「それで――」

「じゃあ元ヒッピーぶっ殺しても大丈夫ですかッ!?」


 別の奴が叫んだのでまた銃口を向けた。


「だ、だって話し終わったら質問していいって……」

「まだ話は終わってないだろ死にたいのか……」


 ここは低学年の教室か何かか。コイツらいい歳して……。


「一応、答えておくと、ダメですよ。それで今度は警告の方なんですけど、あなたたちは個人指定でブラックリストに入ります。指定された区域、西区の壁下に住まないと処刑です」

「えぇッ!? あ……」


 また別の奴が声を出し、急にびびって俺を見た。それくらいはいい。さじ加減が下手くそかこの大人。


「行動の範囲は西区全域まで。ブラックリストが機能し始めるのは次の朝日が合図です。つまり明日の昼に中央近くに出歩いていたらその場で撃ち殺されます。また、その前だろうが、ヒッピーさんたちと接触したら闘争防止のためにその場で撃つそうですので、見かけたり、話しかけてきたりしても無視して逃げた方がいい。このことは、この場にいないメンバーの方にも伝えてあげてください」


 親切屋の話が終わったが、静かだった。だが俺をチラチラと見ながら、何か言いたげにウズウズしている。


「はぁ……。話は終わりだ。何か言いたい者は――」

「日が差すまではセーフで「うわぁはぁ「早く準「食べ物は売っ「そこに草は「ちょっと子どもを迎えに――――」」」」」」


 全員が一気に喋り、もはや何がなんだか分からなかった。とりあえずパニックのようだ。


 一気にこっちへ来たので、入り口の横へ避ける。すると全員が一斉に出ていった。


 親切屋と顔を合わせる。


「いやぁ、騒がしかったですね」

「それはいいが……お前、鬼か?」


 そう聞かずにいられなかった。


 彼の計画としては、都の西と東の端っこに、それぞれヴィーガンとヒッピーを隔離し、閉じ込めようというものだろう。


「そこまで悪いことをした気はしませんが……」

「気付いてなかったなら教えてやる。アイツらは、悪意を生き甲斐にしているんだ。それを向ける相手がいなくなったところで、悪意は無くならない」


 親切屋は少し考えるが、答えが出ないようだった。


「人間じゃないお前には理解しがたいだろうが、人間は根本から変わることなどできない。生きてきた事が染み付いて、行動を変えることでさえ苦労するものだ。憎む相手がいなくなって、他に楽しみもないならアイツらは、自分より下だと思う存在に悪意をぶつけるバケモノに成り下がるぞ」

「ああ、それならそうなるかな? って思ってました。悪意で自滅すれば、それで学ぶでしょう。敵でなければ、命を奪ってしまうなんてこともない。そういう計画ですよ」


「…………」


 コイツはやはり悪意を、いや、悪意への依存をきちんと理解していない。俺が言った通りになってしまったらどうなるか予想できないほどバカでもないだろう。もしかしたら、聞こえていなかったのかもしれない。


 あの騒ぎの中に、親がいたことを。

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