66 ヒッピーvs.ヴィーガン~勝手にやってろ!~1
病と神がいないくなってから少しの間、うなだれる天使を眺めていた。ステイシーは病のいた場所を見ている。
そもそも、どうして病気が消えたのだろうか。彼女が死んだら消えるとは分かっていたが、まだ生きていたのだ。
何かがあったとすれば、人間の世界に長く居すぎたか、ドゥカと会って愛し合っていたか……。
「……愛を知って、神が神でなくなったということか?」
「きっと、そういうことなのでしょうね」
ステイシーが振り向かずに返す。
「ずいぶんとロマンチックなことが起こるものだな」
病は連れていかれたあと、いったいどうなるだろう。そう言おうと思ったが、考えるだけ無駄か。
「……さて、どうするか」
とは言ったものの、どうするもこうするもない。この世界から出られないことが決まっているのだから。
「とりあえず戻るぞ、モーニングスター」
「おぉ……おぉ……何故ですか主……」
「嘆くな。どうせ戻れないんだろ」
「やかましい……」
あまりにもショックが大きすぎて、彼はまともに反論もせず、ポータルの方角を見たまま固まってしまっていた。
「やれやれ……。ドゥカ」
「ハイ。なんでショウ」
ずっと一緒にいたらしい病がいなくなっても、彼女は気にも留めていないようだった。
時が動き出して、少しの間は探していたが、事情を説明するや否や納得してしまった。テラリスも、そこまでの感情をプログラムしていないようだ。
「俺たちが来たことは秘密だ。病に関して聞かれたら、今から言うシナリオを他の人に説明してくれ。『病は神で、事情があって神の国から出てしまっていたが、その国から迎えが来て帰った』とな」
「ハイ。分かりマシタ」
「よし。じゃあ、頼めるかガーベラ」
「う、うん……」
彼女は困惑していた。事情も知らないのにあんな茶番に巻き込んでしまって、少し申し訳なかった。
ふっと景色が変わると、ちょうど皆が目の前にいた。草原で座って、ピクニックのように和やかな時間を過ごしている。
「あら。お帰りなさい」
茂美はウォスとルイマスに膝枕をしていた。ふたりは寝息を立てている。
「あ、お帰りなさーい。大丈夫でした?」
親切屋と話していたカリヤが手を振った。
「ああ、大丈夫だ。待たせたな。行こう……行くぞモーニングスター」
「……はぁ……仕方あるまい……」
うなだれ続けていた彼だったが、やっと重い頭を上げた。
そうして、ひとつ区切りのついた旅が始まった。メンバーは――。
――不死身のゾンビ、転生ロリ老人、天使の神父、鮫と人との獣人、超怪力野生児、人間まがいの親切屋、体力無限の運搬者、異世界の世界修復者、そして殺し屋。
百鬼夜行か?
「……それにしても、どうしてソフィアと同じ顔なんだ」
余計な心労から逃避するため、適当な話題を出す。
「…………」
「逆か。ソフィアが、神と同じ顔だったのか。神の計画の最初のひとりだったなら納得だな」
「…………」
いつもなら答えるステイシーが、黙ったままだった。やはり、あのことを相当怒っているようだ。
わずかな間が互いの考えを互いに理解させたようで、ステイシーがやっと口を開いた。
「……まだ割り切れてないので、会話をする気にはなりません。道理ではありません、気持ちの問題です。あれが作戦だったとしても、ムカつくものはムカつきます」
「ああ」
「ですから納得できるまで、ゼロに戻せるまで、もう二度と話しかけないでください」
「分かった。……すまなかった」
後ろから茂美がそっと俺の手を引き、ステイシーから距離を取らせた。
「どうしたの? あのステイシーちゃんをあんなに怒らせちゃうなんて」
「……酷いことをした。それだけだ」
「それは見れば分かるわ。でもきっと理由があったのでしょう?」
「理由……と言うか、動機と言うかな」
彼女は口をへの字に曲げ、少し呆れた顔をしていた。
ふとシャーリーが目についた。彼女はまだ、慣れない服をずっといじり続けていた。
やはり服が嫌なのか、思いっきり前を開け、胸を晒しながら歩いていた。
「コラ。シャーリー?」
茂美がそれを直そうとすると、シャーリーは拒絶こそしないものの、嫌がっていた。
そして、急に服がボンッと膨らんだ。その勢いで布が裂ける。
「きゃぁああああっ!?」
「わぁ……あ!」
シャーリーが慌てて服を脱ぐ。すると、あの鮫肌の服に見える皮膚が戻っていた。あれは……。
「どうやら、病さんが戻ったことで病気も戻ったみたいですね」
俺が思ったことを、ステイシーが言う。
当の本人はすぐに元気を取り戻し、鮫肌を自分で撫でながら、満面の笑みでギザギザの歯をガチガチと鳴らして「あぅあぅあぅ~」と鳴いていた。
ウォスがそんな彼女と俺とを交互に見た。
「戻ったって……?」
「獣人病が戻ったということは、オウレルも子狐も元に戻ったということだ」
「そんな……どうしてそんなこと……」
「神様とやらの采配ってやつだ」
あの神のことだ。病を任につかせるために怪我を治したあと、記憶を消して世界管理へ戻したに違いない。
ステイシーがルイマスの手を引いて、こっちへと来た。だが目を合わせてはくれなかった。
「……これだけ渡しておきます」
彼女が差し出したのは、バルカンの旅行者証明書だった。これがあればすぐにでも出られるだろう。
よく見ると人数の指定もないので、これ一枚で全員が大陸から出られそうだ。
「オウレルさんたちが心配ですので、戻ります。では」
「えぇえええ!? やだぁああああ!」
「文句はいいので。行きますよ。プン」
「んもぉおおおしょうがないのぉおおお!」
他の人を無視して、俺から逃げるようにとっとと引き返した。
ステイシーの態度に皆が異常を感じ始めていた。カリヤが「ど、どうしちゃったんですか、ステイシーちゃん」と頭の後ろをポリポリと掻く。
「モーニングスター。彼女に着いていってやってくれないか」
「む。なぜ私が……」
「頼む」
彼は俺を見て、ひとつため息をついた。
「全く。最初から素直な態度でいればいいものを……」
そうして彼も着いていった。やっと出会えたが、合流できたのは初対面のカリヤだけだった。彼女は親切屋の隣で、困惑するばかりだった。
「……行こう。都へ。何があったかは、ちゃんと話す」
そうして旅路を再開させた。自分が殺し屋であることだけを伏せ、語る。また全員の記憶をリセットさせられるだろうと思っていたが、どうやら大丈夫だった。
「あー、それは怒らせちゃいますねー……」
歩きながら、カリヤが困ったように言った。
「でも、仲直りしようとはしてくれてるんですよね? ステイシーちゃん、やっぱり大人ですねー」
「ああ、そうだな」
あれだけの感情を持ってながら理性的に話してくれる上、見捨てずに残ろうと決心してくれているステイシーには、頭が上がらなかった。
親切屋は少し複雑そうな顔をして、ただ前を向いていた。俺がそれを見ているのに気付いてか、カリヤが少し慌て始めた。
「あ、ボーさんは、えー……すごい命を大事にするんです、ね? それはもう、魔王の配下と町中の人が一気に襲いかかってきたときに、誰ひとり怪我させずやっつけちゃうくらいで」
彼はどうやら、とんでもない過去を持っているようだ。誰も殺さないことが、虐殺への償いなのだろうか。
カリヤのフォローに、親切屋はふと微笑んだ。
「いいんです。オレとアランさんは、生き方が違うんですから。それより、もうじき都ですよ」
彼が先を指す。そこは壁に囲われ、いくつもの高い建物が顔を覗かせていた。そしてひときわ大きな城が、ちょうど中央辺りに立っていた。
それを見ていると、カリヤが「あっ」と声を上げた。
「そうだ初めての人たちには説明しなきゃですね。あの、都にはギャングがよくいるんです」
「ギャング?」
また面倒くさそうなのがいるらしいな。それも、よくか。
「基本的にいつも、ふたつのグループがあってですね? いっつも戦ってるんです。なんで、もし見つけたら巻き込まれないように迂回とかします」
「分かった」
「私が回り見とくので、皆さんはついてくるだけでいいです。まー、でもボーさんがいるので、見つかっても大丈夫だとは思いますけど」
茂美は「分かったわ」と言い、ウォスは怯えた顔で小さく頷いた。
ギャング、か。こういうときは大抵、巻き込まれる気がするな……。
「……港の町でも抗争があったんだが、あれは?」
「何か、あれもたまにあるんですよ。どっかからか出てきた海賊と、どっかからか出てきた騎士が戦っちゃうの」
「季節の風物詩か何かか?」
「あ、ですねー」
良い言い方ですねみたいなリアクションだな。この大陸は本当にヤバそうだ。
そうして、ようやく都に到着した。城壁の中へ入るとき警備に睨まれていたが、親切屋が挨拶をするだけでその警戒があっさりと解かれた。
城へ繋がる石造りの大通りは真っ直ぐで、その両側には装飾が施されている。所々にある小道が、居住区などに繋がっているらしかった。
「そうだ。ここも案内しましょうか」
「悪いが結構だ。真っ直ぐに行くぞ」
「そうですか……。また今度ですね」
彼は残念そうに言うが、俺はもう二度とバルカンに来たくない。目的の物を密造したらとっとと帰るからな。
城までの長い長い道を歩き続けて、気付けば夕方前になっていた。そのとき、後ろで誰かの腹が鳴った。
振り返ると、ウォスが顔を真っ赤にしていた。
「……きに……気にしないでくれ。くっくっ……うん……」
「実はぼくもお腹減ってまーす」
ガーベラが言うと、茂美もカリヤも賛同した。
「近くに食事できるところはないかしら?」
「ありますよ。着いてきてください」
茂美の一言で、親切屋の案内が始まる。道横の細い階段を下り、少し細道を行くと大きな通りに出た。そこを道なりに進んでいき、親切屋が「あ」と声をあげた。
……なんだか嫌な予感がするな。
「……向こうなんですけど、なんだか嫌な騒ぎがしますね」
「よし、引き返――――」
同時に、目の前の壁が爆発した。
壁の穴からエプロンやコック帽を被った人が逃げ出てきた。それが俺たちを見るなり、すがるような顔になる。
「おい親切屋」
止めようとする前に彼の親切心が発動した。
「大丈夫ですか?」
「た、助けてくれ。あいつら、ギャングが……!」
「任せてください」
ああもうダメだ。コイツは見捨てようかな。そう思った時、カリヤが親切屋の腕を引いた。渡りに船とはこのことだ。
「あ、危ないですよボーさんっ」
「そうだカリヤの言う通りだ親切屋。放っておけ」
ここぞとばかりに便乗するが、彼は眉ひとつ動かさない。
「大丈夫です。頑張りますので」
「……もう。心配させないでくださいよ……。お怪我に注意してくださいね?」
いやなんでカリヤの方が説得されてるんだ。中身ゼロだったぞアイツの返事。
終わった……。
「というわけで行きましょうアランさん」
「なぜ俺まで……」
「まぁまぁ。ね?」
「行かないぞ」
すると衝撃が走った。壁に寄りかかって耐える。背中に感覚がない。どうやら茂美に叩かれたらしい。
「なぜだ……」
「ご、ごめんなさいっ。気合を入れようと思って」
ということは茂美も俺に行けと言っているんだな。逃げ場がない。どうしてこんな目に合わないといけないんだ。ギャングとの抗争は殺し屋の仕事じゃないぞ。
「よし。行きましょう」
「がんばって、あなたっ! 私はシャーリーちゃんを守るわ!」
「か、かっこいいぞっ、アラン!」
茂美もウォスもやかましい……。
すでにダメージを背負いながら親切屋と共に穴へ向かう。
中はレストランだ。どうやら肉屋と兼業しているらしく、新鮮そうな肉がぶら下がっていた。
問題と思われるギャングはその肉を引きずり下ろし、踏み潰しながら店の外に向かって吠えていた。
「わぁっ、もったない……」
ガーベラも、表情だけで同じことを言っているウォスも驚いていた。シャーリーが普通に拾って食べようとするのを茂美が止め、食おう食わすまいの小さな戦いが始まっている。
「ヴィーガンか? まさか」
「いえ、ヒッピーです」
「ヒッピー……」
「ヴィーガンはあっちですよ」
親切屋が指を指すのは、ヒッピーたちが吠えている先、野菜屋だった。そこでは別のギャングが野菜をぶちまけ、踏み荒らしている。
「逆だ逆」
「逆?」
「なんでヒッピーが肉屋を荒らして、ヴィーガンが野菜屋を襲ってるんだ。いや、ヒッピーはそもそも野菜屋を荒らすのか……?」
ダメだ頭が追い付かない。何がどうなってる。助けてくれ。
「おいテメェエッ!」
目の前のヒッピーに見つかり、怒号を飛ばされた。
「やっぱりさァアアア! 自然だよなァアアア!? 動物なんざこうでいいよなァアアア!?」
ヒッピーがまたも肉を踏みにじった。すると、向かいの店からヴィーガンが顔を出す。
「耳を貸すなッ! 動物こそが正義ッ! 草なんざ根絶やしだッ!」
ヴィーガンが手近の玉ねぎに食い付き、ヒッピーに吐きつけ、むせかえった。
もう密造とかいいから帰りたい……。
「なんなんだお前ら……勝手にやってろ。もう行くぞ親切屋」
「いえ、せめてこの場は収めなければ」
「その使命感はどこから出てくるんだ。あれはヒッピーでもヴィーガンでもない。ただのバカだ」
「親切に頭の良さは関係ないので……」
「こんなときばかりそれっぽいことを――」
「うぉおおおおッ!」
「ッスゾコラーーーッ!」
自称ヒッピーとヴィーガンが勝手に開戦した。殴り合いというレベルではなく、剣や鈍器で切りつけるや殴るやの殺し合いをしていた。
「いけないっ。行きますよアランさん!」
腕を引っ張られた。
クソ。どうしてこんなことになった……。
「はいはいはい。お邪魔しますよ」
親切屋が乱闘に入り込み、的確に攻撃を弾いていく。
「アランさんもどうぞっ」
「どうぞじゃないが? ひとりで解決できるならひとりでやってくれ」
「まぁまぁ遠慮せずに。殺さない練習ですっ!」
「……はぁ……」
面倒なので、手近のヒッピーもどきの腕を取り、引き寄せながら転ばせ、うつ伏せに倒れた肩を踏みつけながらレバーを倒すように、根っこから腕を折った。
「ぎゃァアアアアア!?」
「うわァ! あいつヴィーガンだ!」
「こっち側だったんだなッ! よしやれーッ!」
勝手に背中を預けてきたヴィーガンもどきも転ばせ、踏みつけ、レバー式に折る。
「ぎゃあああああッ!?」
「もう裏切ったのかッ!?」
乱闘の中でも異常事態に気付いたようで、ふたグループとも静まり、俺を見ていた。
「裏切ったんじゃあない。最初から敵だ」
「敵だとッ!?」
「ヒッピーじゃねえならヴィーガンじゃねえかよォオオオオ!」
「あんな奴ヒッピーに決まってるだろッ!」
面倒くさい奴らだ。適当な嘘でいいだろうもう。
「ヒッピーでもヴィーガンでもない。ティア女王の代理で来た」
その名が出た瞬間、空気が変わった。
「……あー……し、親衛隊の……」
「なるほどねェ~……」
「犯行は見ての通りだが、いちおう罪状認否させて貰おう。この罪はお前たちのもので間違いないな?」
地面の惨劇を指差しながら言った瞬間に、誰かが逃げ出した。それを皮切りに、一気にパニックが広がり、全員が散っていった。
仮にも女王なのに、いくらなんでも恐れられ過ぎじゃないか……?
「おみごとです」
親切屋が嬉しそうに話しかけてきた。
「嘘八百で追い返しただけだ。根本は何も解決しちゃいないぞ」
「いいんですよ、それで。始まった戦いを終わらせないと、誰の耳にも終わりの一声が聞こえないじゃないですか」
「そうか。で、他に食事ができるところは……」
「あ、あんたらっ」
さっき逃げたシェフの声がした。振り返ると、道の角から店の人間がこぞって覗き混んで来ていた。
「あいつらを追っ払ってくれたのか」
「ああ。まあな」
すると彼らはみな嬉しそうな、ほっとした顔で出てきた。
「ああ、よかった。建物ごといくかと思ったが――」
彼らは小走りで、肉屋は肉屋へ、野菜屋は野菜屋へ、店の奥を小走りで確認しにいって、すぐ戻ってきた。
「うちのバックヤードは無事だ。やられたのは表の野菜だけだな。そっちは?」
「へへ。鍵を変えといてよかったよ。ウチも肉は小出しにしてんだ。新鮮さが大事だからな」
「ははっ、一杯食らわせてやったな。……なぁ」
肉屋のシェフと、野菜屋のシェフが道の真ん中で向き合った。
「どうだ? あれ、久しぶりに」
「いいじゃないか。やろう。腕が鳴るな」
「と、言うわけで、ヒーローさんたち。お礼にスペシャルメニューを奢らせてくれよぉ」
また長そうだな……。
振り返る。ウォスとガーベラが、キラキラとした目で俺を見ていた。茂美とシャーリーは未だに食わす食わせないの戦いを続けている。
「いいですねいいですねっ! じゃあ私、この荷物だけギルドに置いてきますのでっ!」
カリヤに至っては問答無用で大通りへ戻って行った。やはり俺に選択肢はないらしい。
仲間ってやつは、これだから。
「はあ。なら、頼むよ」
「ごきげんよう。騒ぎを聞き付けて来ましてよ」
唐突に件の姫がやって来た。親衛隊さえなく、単騎で、右手にリボルバーを、左手にショットガンを携えて。
「うわぁあああああ!? ティア陛下だっ!」
シェフたちが両腕を上げて固まった。
ここまでくるとあいつ、魔王かなんかじゃないのか…………。




