63 ところで置いてきた方々は3
病は、自己嫌悪と、背徳感と、信じられないほどの快楽に溺れていた。
いけない。いけないって、分かってる。ドゥカさんは、アランさんの恋人なんだ。わたしを助けてくれている人の愛する人なんだ。
分かってるのに、止められない。いつまでも、腰が――。
「ドゥカさん……わたしまた……!」
「さあドウゾ。いくらでも絶頂なさってクダサイっ」
「~~~~っ!」
もう何度目だろうか。病は息を上がらせて、ドゥカの柔らかい胸に抱かれた。
……止められない。どうしても、求めてしまう。
わたしは、恩人の恋人となんてことをしてしまったんだ。
「病様。素晴らしいヴァギナの締め付けデス。ワタシも、何度も絶頂してしまいマシタ」
「……そう……ですか……」
「ただ、痙攣のモーションを取ると危険デスので、無反応なのデス。ご了承クダサイ」
「…………」
「休憩デスネ。ごゆっくりお休みクダサイ」
病は闇の中で、声を押し殺して嗚咽した。上ってきた反吐を押し返して、トロリとした涎が絹のような肌を伝って、口元から首までを濡らす。
バレたら、どうなるんだろう。
どうしよう。どうすればいいの。どうすればよかったの。あんなに優しくしてくれたら、あんなに求めてくれたら、わたしには断れないのに。どうして来てしまったの。
恩人の恋人を、こんなに貪るように犯すなんて。わたしじゃないみたいだ。
わたしじゃない。こんなの――怪物だ。
なのにわたしは、まだ求めている。快楽なんて、どうでもいい。
「…………ドゥカ……さん……」
「ハイ。なんでショウ」
呼べば、返事をしてくれる。
「今度は……犯してください……」
「分かりマシタ。では」
言えば、なんでも応えてくれる。
「……ドゥカさん」
「なんでショウ」
求めることも。求められることも。
赦してくれるのだから。
「愛して……いただけませんか」
「分かりマシタ」
何度でも――何度でも――――。
「ど~~~いうことぉ~??」
ソフィアの家で、フローレンスが椅子に座って天を仰いでいた。珍しく早退してきて席につくなり、ずっとこんな調子だった。
窓からは夕方前の、暖かな風が舞い込んできている。
ソフィアが首を傾げる。
「な~~~にが~?」
「そ~~れ~~は~~」
言いながらお互いにニヤけ始め、たまらず吹き出した。
「えっと、それで何がヘンなの?」
「なんかさ、急に病気がなくなっちゃった」
「へ? 新しい人がもう来ないってこと?」
「んーん。ホントの意味で『病気が消えた』の。前から入院してた人も、新しく来てた人も、みんな元気になって退院しちゃった」
「え? そんなことあるんだ」
「ないよぉ~っ。どうして治ったか分かんないのなんか怖くね?」
「こわい……かなぁ」
ソフィアにはよく分からなかった。怖いものが無くなるのだから、それでいい気もする。
「やっぱり、病って人かなぁ」
「あ、アリアンナさんたちが言ってたの?」
あの後、下山したアリアンナ一行から話は共有されていた。病という者が山頂にいて、呪いが止められないのだと悩んでいるのだと。
「その人が呪いをこう、山からえいやっ、てやってたから病気の人が増えちゃったんだよね?」
「そーそー。ってことはやっぱ、呪いやめた?」
「でも、その人が来る前の人たちは? 病気だった人たち」
「それな~……わかる?」
「わかんない……」
ソフィアもフローレンスも机に突っ伏した。胸が潰れきれず、ふたりとも掴み上げられた猫のような姿勢になっていた。
ガシャリ、ガシャリ。覚えのある足甲の足音が響いてくる。
「うーむっ。今日も良いセックス日和!」
上機嫌なアリアンナだった。ようやっと新調された団長の鎧、それを手足だけに身につけ、両面テープで貼り付けたような乳袋とパンツを露出した姿に戻っていた。
「あ、アリアンナさん。鎧できたんだねっ」
「やっほアリん! お~。なっつかし~」
アリアンナが自慢げに輝かせる手甲を、フローレンスがまじまじと見つめた。彼女が合流したのはソフィアの鎧が破壊された後なので、彼女からするとそれよりずっと前に抱かれたとき以来の格好だった。
「うむうむ。やはりこれよ。あの革の格好もよかったが、やはり――」
右手の平に、左手の拳を叩きつける。重い金属音が鳴り響いた。
「――この硬さ。この重さよな。はっはっは!」
その手にフローレンスが、頬を付けた。
「ひんやり~」
「あ、私も私も~」
ソフィアもやって来て、手甲に頬擦りした。
「わーひんやりー」
「うむうむ。かわいい姫たちめ。さっそく抱いてやろう……ん?」
アリアンナが周囲を見渡した。またボウイやお自野がいない。
「あやつらは……」
「ボウイちゃんとお自野ちゃん? えっと、お散歩だって。危ないことはしないから大丈夫って言ってたよ」
「うむ。そうかそうか。ならば安心して乱交できるなっ!」
農民とナースを抱き寄せながら、騎士が笑った。巨大な胸に押し付けられてふたりともやや苦しかった。
フローレンスが顔をあげる。
「あ、あのさ。エッチはしたいんだけど、えっと……」
「む。都合が悪かったか」
「いやいやっ。そうじゃなくて……えっとさぁ……」
顔を赤くしていく。
「び、ビスっちのオモチャとか……使いたいな~って……」
「むむ。あのブルブルのやつだなっ。妙案だ!」
ドゥカがいなくなったことで、ちょうど良いサイズのディルドも無くなってしまった。故にハーレムでは、深刻な挿入不足が起こっていた。
「ふっふっふ。ではこうしよう。ビスコーサ姫の部屋に忍び込み、疲れて帰って来たところに挿入した3人でお出迎えといこうではないか」
「わ~……! さんせーいっ」
ソフィアが目を輝かせたのに対して、フローレンスは目を伏せた。
「え……っちすぎ……」
「ふふふ。ウブだな。全身性器のクセに……」
それに対するアリアンナのセクハラが止まらない。恥ずかしがる彼女の全身を撫で回していた。
「あ、アリん……」
「ふっふっふ。さぁ参るぞっ!」
いたずら娘3人、揃って町へと向かった。
「おぉ……この国の忍はアジトが複雑にござるなぁ」
お自野が感心しながら、入り組んだ洞窟を見て回る。それに対して、ボウイはちょっと自慢げだった。
「ちゃーんと考えられてるんだぜ? まちがって入ってきても、入っちゃダメなところに行く前に出ちゃうんだって」
「ほぉ~」
忍者はそわそわしていた。そもそもここに連れてこられた理由は、ローズマリー王国の文字通り直下で暗躍する暗殺者集団、『組織』に呼び出されたためだ。
これはきっと……『すかうと』なるものに違いない。腕を買われもうしたなぁ~。そんなことを考えながら、いかに格好いい登場をするかを思案していた。
そのうちに、到着した。目の前には岩に囲まれた、巨大な石の扉があった。
「ここだよ」
「よぉし。ではさっそく参ろうぞっ」
お自野は張り切って石の扉を押した。しかしビクともしない。
実は石の扉は飾りで、その隣に隆起した岩がハリボテの扉になっていた。しかしボウイはあえて黙っていた。お自野が頑張って押すのを、イタズラっぽい笑みで眺めていた。
「いひひ……。ほらほら、どう開けるか分かるかな~?」
「も、もちろんにござる西洋扉の開け方などぉ……んぎぎ……」
少し待つと、お自野は息を切らせて中腰になった。
「そろそろ教えてあげよっか?」
「……否っ」
お自野は唇の前に指2本を立て、真っ直ぐに扉を見据えた。
「……ん?」
見覚えのある構え。
「鋼鉄、きしみ、焼き薬餅。さざ波、火の粉、片栗粉」
そして聞き覚えのある言葉の羅列。
ヤバイと思ったときには、お自野がいっぱいに息を吸っていた。
「ちょま――!」
口から放たれた凄まじい炎が扉にくっついて固まり――大爆発を起こした。
石の扉は粉砕され、洞窟中に轟音が響き渡り、どこかで何かが崩れる音が鳴った。
「わっはっは! さすが拙っ!」
「わぁ……ぁ……」
大笑いのお自野の隣で、ボウイが情けない声をあげた。
ああ……、怒られる…………。
目の前には、武器を構えた殺し屋たち。しかしお自野はまるで殺気に気付かない上、堂々と中に入った。
「やぁやぁ! お呼びだしくだって馳せ参じ候! 名をお自野と申すヨタカの忍びとは拙がことだぁ!」
「おじ、お自野っ! いっかい! いっかい黙って!」
「お、どうしたボウイ殿」
「もういーから! おれが話すから!」
どうにかお自野を止めたものの、目の前の殺し屋たちは困惑したまま武器を仕舞わないでいた。
その中でウソつきのジミーは大笑いしていて、ボスのジェーンは眉間にこれ以上ないほど深いシワを彫っていた。
「ボウイ……これは……いったいどういうつもりだ?」
「ひ…………」
「我輩はヨタカの殺し屋を連れてこいと言ったのだ。それが……そのバカはなんだ?」
「む。バカとはなんでござるか!」
お自野がジェーンに詰め寄る。あまりに堂々としすぎて、殺し屋たちは止めずに見送ってしまった。
目の前に来たとき、忍者が歩みを止める。
「って、なんでござるかそのドスケベ衣装は!」
ジェーンの帯だけで服と言い張る姿に仰天していた。
「お、お主っ!」
「乳頭のところがムニュっとなってるにござる! お股も見えそうでござる! ドスケベにござる!」
「やめんか!」
「ちょっと一発! どうにござるか!」
「ヤらんわっ!」
「ちょっとオカズになって頂くだけでも!」
「殺すぞッッ!!」
聞いたこともない怒号に全殺し屋が戦慄する。ジミーはずっと笑っていた。こういう混沌が好物なのだ。
「ひぇ……」
「はぁ……ぜぇ……黙れ。いいか、黙れ。いいな?」
忍者はやっと怒られていることに気付き、泣きそうな顔で小刻みに頷いた。
「よし……。お前のようなバカを呼んだのは、いいか、ヨタカの事情を知るためよ」
「…………」
「シノビの技、道具なんぞの情報を聞きたい。よいな?」
「…………」
「……返事ィッ!」
「ひん……黙るのか言うのかどっちかにして欲しいでござる……」
ジェーンの全身が殺気にまみれる。それがボウイの方に向いた。
「……のう、ボウイ」
「あわ……」
「どう、責任を取ってくれる?」
「あの……あの……あ……わぁ……」
ボウイは気絶した。お自野が慌てて抱き止める。
「ボウイ殿っ! 気を失って……失っているならば、愛らしい殿方を舐め放題にござるかっ!? おほ~! 直飲みにござるっ!」
「…………ジミー……」
ジェーンが天を仰ぎながら呼ぶ。
「くはは……くっく……な、なんです……?」
「どうしてアランはこのバカを……?」
「さぁ。締め付けか何かに惹かれたんじゃないんですか?」
「……よのう……」
そのやり取りに、お自野が顔を上げた。
「それは断じて違うにござるっ。アラン殿は、ちゃんと拙たちみんなの心を愛してくれてるのでござる!」
「本当ですか? 揃いに揃って娼婦のような格好じゃあないですか。そういう格好じゃない方が、ハーレムのご主人様が喜ぶとでも?」
ジミーは挑戦的に言った。しかし実際そうなったらアランは喜ぶことになるだろう。事実は奇妙なものである。
お自野は挑戦を受けてたったと言わんがばかりに、全身タイツ乳袋の胸を張った。
「ふっふっふ。聞いて驚け膝栗毛! なんとアラン殿は未だに、誰とも『せっくす』せんでござる! 先っちょも入れてないのでござるよ!」
その言葉に、その場の誰もが身体を強ばらせるほどに驚いた。
それもそのはず。アランはハーレムの全員を妊娠させるに飽き足らず、少年も少女も抱き尽くしているというのが周知の事実。当人の想像以上に広がった絶倫アランの噂は、ここ組織だけでなく、騎士団にさえ広まっていた。
「じょ、冗談でしょう? あれだけのハーレムを作っておいて……」
「むっはっはっは! と思うにござるよな~。でも、アラン殿は『じぇんとるめん』なのでござる。思い知り申したか!」
8人と一気にセックスしたら死ぬというアランの自己判断が、とにかく良い方向に解釈されていた。
「さぁて。拙はちょっと……ちょっとボウイ殿を良いところで休ませてあげねばぁ~……。おっほっほっほぉ~ぉ……!」
美少女少年を背負い、お自野は最悪な笑い声と共にアジトを出ていった。
残された者たちには徒労ばかりが募っていた。ジミーは逆に元気になっていた。
最近、面白い男ことアランが鳴りを潜めているので退屈であった。ちょっとした混沌でも笑うほどだ。
「はぁ~あ。面白かったですね」
「何が面白かった、だ。あのバカの爆発で嫌な噂が広まりかねん」
「……あ。そういえば、ありますよ、嫌な噂」
ジミーがピンと指を立てる。しかしジェーンの顔は苦痛に耐えるが如く歪んでいた。
「おぉ……よせ……。これ以上はよせ……」
「いえね、最近流行っている病気――まぁ急にみんな治りましたが――あれが悪魔の仕業らしいんです。で、例のハーレム・マスターはそいつと知り合いだそうですよ」
ジェーンが身を起こす。心労が減った安心の上、長らく謎だった悪魔問題の進展へは関心を寄せていた。
「ぬ? あの神父めが探していた悪魔だな。居場所は割れておるのか」
「ええ。山の、ウォーカーって集団がいたところの跡地だと思いますよ。風向きと流行ったところを考えるとあそこの可能性が高いです」
「ほぉ……」
「おっと、オレは山を登るタイプじゃあないんでね。他の人に頼んでください」
ジミーがとっとと逃げていくのを見て、ボスは大きなため息をついていた。




