62 事実は往々にして、ひどいものである。
「…………」
ふと、何かの気配を感じて崖の上を向きます。今のは……。
「どーかしました?」
カリヤさんが聞いてきます。彼女はスゴい量の荷物を背負ってますが、けろりとしてちょっとした『はいきんぐ』的なノリで階段を上がり続けています。健脚ですね。
「いえ、ちょっと――」
「チンポぉおおおおっ!?」
「うるせえですが。ピキィ」
「ふとチンポ欲しくなるよねぇえええええ!」
ルイマスが言うと、カリヤさんが顔を真っ赤にしながらロリジジイの口をふさぎました。
「だ、ダメだよ女の子がそんなこと言ったら!」
「…………」
ルイマスが黙ります。カリヤさんがほっとして手を離した瞬間に息を吸いました。
「チン――」
「だからぁっ! そういうの早いよ!」
また塞がれます。北の崖を登り始めてからずっとこんな調子です。先が思いやられますね。
ふと神父の様子を見ると、妙に不審な動きで辺りを見回していました。
「どうしましたか。ハテナ」
「いや……」
「もしかして、ゆーも感じましたね」
そう言うと、彼はみーを真っ直ぐに見ました。
「分かるか」
「異世界を渡り歩き過ぎて、普通なら気付かない感覚も分かるようになったので」
「ふむ……」
「たどり着くまで、あとどれくらいですか」
そう言うと、 カリヤさんが少し上を指差して答えます。
「ちょっとですよー。あのフチのところ、あそこが最後の段なんです」
彼女は苦笑いしていました。
「いや~、ふたりとも、ひょっとして学者さんですか? 実は、どんなお話ししてるかよく分からなくて……」
「分かる人は滅多にいませんよ。みーも神父も、状況が特殊なんです」
「へぇ~。ぜひお聞きしたいです。頑張って聞きますからっ」
うお眩しいです……。素敵な方ですね。
さて上までもう少しとはいえ、何か『いべんと』的なのが起こったのであれば、たどり着いたときには手遅れ……ということもあり得ます。
しゃがんで、ルイマスへ背を向けました。
「先を急ぎましょう。そこのジジイ。乗ってください。ヨイショ」
「なんでぇええええ!?」
「話は後です。乗れこら。プン」
背にルイマスを乗せ、ふたりを見ます。
「カリヤさん。走って上がれますか」
「うんいけるよ」
「神父。方角は分かりますか」
「ああ。案内は任せろ」
今回の仲間、やたら頼れますね。もうずっとこの面子でいいんじゃないですか。
「では行きましょう。行きながら説明するので安心してください。セカセカ」
うなだれるオウレルを置き、地下から上がった。
不気味なほど静かだった。館は広いが人はおらず、外の小雨もそよ風も、あるはずの環境の音を鳴らさないでいた。白い空と同じように、館はぼんやりと明るかった。
シャーリーは俺にべったりとくっ付いて、頬釣りしたり、指を握ったりしてくる。ずいぶんと一気に懐いてくれたようだが……。
言葉が分からないとはいえ、守ったことを理解したのだろうか。
「ねーだからぁ……」
怒ったような、困ったような声が響いてきた。ガーベラのようだ。
「情報がいじられたのは本当なんだってぇ。……ちがうよぉ! ログに残らない方法がきっと…………ね~聞いてよぉ~……」
彼女は耳も尻尾も垂れ、しょんぼりとうなだれていた。親切屋と顔を合わせ、声をかける。
「どうしたんですか?」
「あ、ピルグリムのひと。ねえ聞いてよぉ。この世界の何かがいじられたのに、管理者は何も起こってないの一点張りなんだよぉ。どうすれば聞いてくれるかなぁ」
ガーベラが俺の胸にしがみつこうとすると、シャーリーが牙を剥いて威嚇した。
…………お前、そんなことをする子だったか?
「わわっ! ごめんよ。変なことしようとなんてしてないよ」
「う~……」
親切屋が顎に手をそえて、うつ向いて考え始めた。
「すみません。全く話が見えてこないですが……。アランさんは分かります?」
「さあ、全く分かりません。そもそもピルグリムってなんですか?」
そう言うと彼女は「えっ」と声をあげた。
「異世界人のことだけど……。ステイシーちゃんから何も聞いてない? キミって、『殺し屋の方』でしょ?」
「…………」
こんなことがあるのか。どうやら彼女も異世界の存在で、俺の正体も、ステイシーのことも知っているようだ。
さりげなく彼女は俺が殺し屋だとバラしたが、幸運にも周囲には誰もいない。
「ああ。その職であることは言わないで欲しいがな」
「あっ! ご、ごめんね……バラしちゃうつもりはなかったの……」
「構わない。それより、聞きたいことがあるんだ」
「うん。分かったよ。まずは事情を知って貰わなくちゃね」
彼女は受話器に話し掛け、どこかに消した。もう既に色々と言いたいが、一旦これは置いておこう。
さあ、これでやっと色々な謎が解けるはずだ。何を聞こうか。
「……」
まず俺がこの異世界に転移してきた理由と、この世界に発情が凄まじいヒロインのような存在がいることと、俺のターゲットが決まって変な名前をしていることと――――。
「…………」
――――ステイシーというゾンビが来た理由と、あの天使の神父が襲ってくる理由と、病という神のような存在と、世界管理株式会社の存在と、この大陸の『神の敵対者』という立ち位置と――――。
「…………あ、あれ……」
――――文明が止まっている理由と、獣人を生み続けてしまう理由と、ガーベラ自身の存在と、さっき電話していた先と、悪魔の存在と――――。
「……どうしたの? すごい考えてる?」
「ま、待ってくれ。聞きたいことが多すぎる……」
優先順位が決まらん。何もかもが謎なのだ。
親切屋は静かにその場を見守っていた。ありがたいことに、聞きに徹するつもりらしい。
「……この世界はなんなんだ?」
「なにって?」
「存在、というかな」
「1次元時空だよ」
「そういう意味じゃあないんだ。そうだな……」
そういえば、ステイシーが『異世界はすべての可能性』なんて言っていたな。なら、この世界が何であるかを問うのは無意味か。
「どうやら俺は、この世界に招待されたようでな。その意味は分かるか?」
「うーん。ごめん。意図は全く分からないよ。偶然の可能性はないかな?」
「それはあり得ないな。どういうことか、俺にだけ発情する女――いや、まあ男もロボットもいるが――が多くてな」
「ああ。それは出来すぎだね。ってことは、あの子たちにあんな格好をさせてるのはキミじゃないんだね」
「ああ。違う。俺が出会う前からあれで、どうしてか俺に惚れる」
例外と言えば、ニートのテンテルくらいだった。あれはすごい格好だったが、ツキユミとの友情を選んだ。
「そっかそっか。よかった。それが分かったから言うけれどね、小さな子に手を出すやつは、大嫌いなんだ。どんなに仲良くても、どれだけ愛し合おうが、そんなやつは――怪物なんだよ」
彼女は、同じ人物とは思えないほどに冷たい表情をした。奴隷商と同じ、小児性愛者を憎む者のようだ。
「ああ、肝に銘じておく。そもそも俺は、大人だろうが子供だろうがそういうことをする趣味じゃない」
「え? そうなんだ。だったらキミのこと、スっゴく好きだよっ!」
彼女は嬉しそうにパッと笑顔になり、尻尾を大きく振った。
「それはよかった。次に聞きたいのは、ある神父のことなんだが……」
「ああ、あの、ステイシーちゃんと一緒にいた?」
「一緒に? もしかして、そこにおかっぱの女の子は……」
「うん。いたよ。背負われてスヤスヤって寝てた」
どういうことだろうか。ステイシーが裏切るとは思えないから、彼女が神父を懐柔したのだろうか。それならこれ以上無いニュースなのだが……。
「あの神父は何なんだ?」
「この世界の持ち主の部下みたいだから、天使ってやつだと思う。ピルグリムだよ」
「異世界人? この世界は異世界人に支配されているのか?」
「そうだよ。でも、その人は世界管理さんの方に管理を委託してるんだって」
世界管理。その名が出て、やっと繋がった。あの病という神のいた会社は、あくまでも業務請負の会社だったのか。真の支配者、主神とも言うべき存在は他にある。
請負に全生命の運命を握らせるとは、とんだ主神だ。よほど意味があったのか、よほどポンコツなのかのどちらかだな。
「どうしてそれを知っているんだ?」
「世界管理さんに許可貰って、この世界の修復してるんだ。そのときにお話しして教えてもらったんだよ」
「そうだったのか。それで……その天使が俺を狙う理由は?」
「キミだけじゃなくて、異世界人をみんな追い出そうとしてるみたい。侵入者の排除ってやつかな。まあ、もうやる気はないみたいだけど」
「やる気が?」
「キミたちをこの世界に引き込んだのは、主の方だったんだって。つまり、天使さんにはキミたちを狙う理由がなくなったってこと」
「なるほど」
ということは、預かり知らぬ間に問題が解決されていたということだ。それはよかった。あとは、この大陸から出るだけだ。
「8000年前に星が消えたそうだが……」
そう言うと、彼女は苦い顔をした。
「……知らないようだな」
「ごめんね。来たのは最近なんだ。昔のことは、あの天使さんの方が詳しいよ」
「そうか。分かった」
少し考える。他の聞きたいことは、おそらく歴史を知れば分かる。ならば……。
「ふたつ頼みがある」
「頼み?」
「ひとつ、ステイシーたちにここへ来るよう言ってほしい。合流したくてな」
「うん。分かった。もうひとつは?」
「病という神がいるんだが、彼女を世界管理に帰せないか」
彼女は首を振った。
「ごめん。できないよ」
「そうか」
できないというなら、できないのだろう。仕方ない。
しかしあの神がいると、自由に行動できんな……。
…………。
「ガーベラ」
「どしたの?」
「病は、全ての生命の命運を握っている。彼女が死ぬと、全ての生命が死ぬ。それでも下界に降りてきた理由はなんだと思う?」
「え? うーん……」
彼女は考え、それから首を振った。
「理由なんてない気がする。もしかしたら、支配者の方がわざとやったのかも。……あ」
彼女は何かを閃き、上を向いた。
「だからなんだ。ステイシーちゃんも、戻せないかってお願いしてたんだけど、向こうからは見えないとかでダメだったみたいなんだ。どうしてだろって思ってたけど、もしかしたら隠しているのは――」
「――主神の方だ。そうすることで、『誰かが守り続けないといけない』状況になる」
あるターゲットに守るべきものがあるとき、それに危険が迫るように見せかけるとターゲットは大きく動けなくなる。行動が制限されるため、始末するときに待ち伏せしやすくなるのだ。これは常套手段だった。
「病という神を俺たちにとって守るべき存在としたのは、俺たちに行動させないためだ」
「でも、病って人はここにいないんでしょ?」
「そうだ。まさかあの神父がこっちを探りに来て、俺たちが彼女から離れざるを得なくなったのは主神にとって完全に予想外だったはずだ。その結果、恐れていたことが起こる――あるいは、起こったか」
「起こった……って?」
思い出せ。病が来た時期を。ダンビラポイント・タナカが来たとき、おそらく既に病は地上にいた。神に関する出来事ならば……。
「思い付くのはふたつ。神の遺物とやらであるオーブを破壊したこと。ステイシーと神やこの世界の正体について語り合ったこと」
この世界の奇妙な夜は、なぜ来るのか。何かがおかしい。そんな話をしていたのだ。それが目についたのだろうか。
もしそうなら、病の登場は何かの事実にたどり着かないような工作だった可能性が高い。
「この世界の夜には星がないし、毎夜が満月だ。何が起こったかは分からないのだろうが、少しでも知っていることはあるか?」
「いつも満月なのは分かるよ。単純に言って、情報が足りないからなんだ」
「……なんだって?」
意味が分からなかった。彼女は「えぇっと」とピンと立てた人差し指を頬に置き、上を見上げた。
「この世界では変化に情報が必要なんだけど、ひどいくらいにリソース不足なんだよ。人間の行動範囲はほぼ完璧なんだけど、遠くの月を満ち欠けさせることすらできない。だから満月しかないんだ」
「い、いや、それだと月や太陽が昇る理由が分からない。どういう軌道で星が……」
「まず、そこから違うんだ。いいかい? この世界ではね、変化は全て、循環する情報のリソースから生まれるんだ。月が落ちてこないのは、落ちてくる力っていう情報が無いからなんだよ」
「…………どういうことだ? 重力が無いのに星が引き付けあっている……ではないか」
「…………ああっ」
ガーベラが驚いて、やっと得心いったという表情になった。
「そういうことね。そうだよね。そう認識できているから、そうであるって思っちゃうよね」
「なんだ。いったいなんの話だ?」
「えっとね、さっき言った通り、この世界は1次元時空なんだよ。他の3次元空間はあるように、見せかけているだけなんだ」
「……ん? 1次元?」
「そう――――」
彼女は、右手は1本の指を立て、左手は握り拳のまま顔の前に出した。
「時間1次元と、空間0次元。この世界は情報そのもので、本物の空間はないんだ。だから、『落ちるという情報を持たない月』は、『落ちることができない』んだよ」
「…………」
つまり俺は今、点なのか。
周囲を見た。高さも、奥行きもある。シャーリーの頭を撫でれば、とろけるような笑顔が返ってくる。
この全てが、点が見せかけたものだというのか。
…………。
……いや。
だから何だっていうんだ?
そもそも空間として振る舞っているなら、別に何の問題もないだろう。事実、俺はそれを知るまで空間の中にいると思って過ごしていたんだ。
親切屋を見る。ものすごく他人事の顔で、「そうなんですか~」と頷いていた。
「そうか。まあそれくらいだったら知られたくないことでもない、か」
「そだねー」
神は何を隠したいのだろうか。
「そういえばさっき、どこに電話していた?」
「世界管理さん」
「ということは、俺も通話できるのか」
「できるよ。でも、意味無いと思う」
「どうしてだ?」
「ステイシーちゃんがね、一回出ようしたんだけど、戻ってきちゃったの。たぶん、主神さんの方が連れ戻してる」
「そうか……」
どうやら、元の世界に帰られるわけではないようだ。どちら道、まだ帰るつもりはないがな。
「と、なると……」
悪魔について聞こうとしたとき、廊下の奥に動きがあった。茂美とウォスだ。風呂を上がったらしい。
まだ遠いうちに、ガーベラへ耳打ちをする。
「……殺し屋ということは隠している。口調を変えるが指摘はするな」
「う、うん。気をつけるね」
ガーベラがやや緊張した面持ちで頷いた。嘘が苦手なのだろうか。
「茂美さん。ウォス。あがったんですね?」
ふたりはやけに妖美に微笑んでいた。顔を赤く、目はトロンとしている。
他人の家のシャワーでヤったのか? 見境はどうなってるんだ。
「アランさん。うふ。いい湯だったわ」
「アランも入らないか? な、い、いいよな。もう一度入ってもいいぞ……」
茂美はいつも通りだが、ウォスの方が奇妙だった。年長と打ち解けて、コミュニケーションの方法でも学んだか。ウチのビスコーサもそういう感じなので、なんとなく察しがついた。
「ア~ラ~ン~……」
シャーリーも、トロンとした目になった。そして俺の手を引いて――――自分の股間に擦り付け始めた。
いや、シャーリーまでこんなことになっているのは絶対におかしい。セックスどころかマスターベーションすら分からないし、興味もなかったはずなのに。
「だ、ダメよ。シャーリーっ」
茂美が慌てて、鮫肌スカートをめくろうとしていたシャーリーを引き離す。どうしても欲しいものを得られない子どもの顔が無い言葉で必死にねだっていた。
「どうしたのかしら……、まあいいわ。ねえ、アランさん。それで、あの話はうまくいったのかしら?」
「え、ええ。シャーリーを渡さない方法で解決したんですよ」
「よかった。でも、ふふ、アランさんならそうしてくれるって信じていたわ」
彼女は微笑んで、シャーリーから奪った俺の手と指を絡ませた。
「ねえ、散歩しない? でも……」
そうして、耳元で囁いてきた。
「……雨で濡れちゃうから、服は脱がないと。ビショビショで身体が冷えちゃわないように抱き締めあって、ヌラヌラ温め合いましょう?」
茂美もここまでは積極的ではなかった。何かがおかしい。
「ず、ずるいぞ。わたしも……」
今度はウォスが来て、俺の逆側の手を握った。
「なあアラン。一緒にデスゲーム開こう。わたしたちのイチャイチャを見せつけるっていう……な?」
「開かないが?」
ウォスもだ。デスゲーム狂いで元からおかしかったのが、急に発情モンスターになっていた。
「う~。アランっ」
シャーリーも飛び付いてくる。全身をスリスリと擦り付けてきていた。
いったい何かが起こっているんだ。あるいはそれが――。
「ガーベラさん」
彼女は黙って、ウォスやシャーリーを見ていた。
その目には、確かな殺意があった。
「聞いてますか、ガーベラさん」
もう一度呼び掛けると彼女はビクリとして俺を見た。
「……ご、ごめん。キミのせいじゃないって分かっててもぼく……」
「いいんですよ。それよりも、いじられた情報っていうのはなんです?」
「え? ああ、えっと……」
彼女は自分の顔の前で両手を合わせてから、いないいないばあでもするように開いた。すると彼女の手と手の間だけ、フィルターでもかかったように見えるものが変わっていた。
ガーベラは、どす黒い何かに、まだらに侵食されているように見えた。彼女からも、俺たちや風景が何か違って見えるのだろうか。
親切屋は黙って見ていたが、茂美とウォスとシャーリーが驚いて一歩退いていた。
「あ、あなた。人間じゃないの?」
茂美が口を押さえながら言った。
いやお前が言うのか。格闘で熊の首を折って片手で引きずり回し、素手で皮を剥いだり自動車くらいのスピードで走っていたお前が?
「ひぃ……こわいよぉ……」
ウォスが俺の裏に隠れて言った。
いやお前が言うのか。デスゲーム主催者が何を怖がっているんだ。お前の方がよほど怖いだろ。
「わぁ! あら……アランっ!」
シャーリーはウォスの更に裏に隠れた。
…………まあシャーリーはいいか……。
ガーベラは少し見て、頷いた。
「……どうやら人間の何かだね。具体的に調べるにはまだまだ時間がかかりそうだけど……」
「いや、いいですよ。分かります。この状況を見て、何となく察しがつきません?」
「……うん」
彼女はひきつった顔で頷いた。気持ち悪がるというよりは、溢れ出る殺意を隠そうとしているようだった。
「許せないよ、ぼく。悪魔のガーベラさんのせいかな」
「きっとそうに違いありません。早く探して――」
「なあアラ……あ……ごめ……」
ウォスが会話の切り込みに失敗して、勝手に轟沈した。
「どうしたんだ? ウォス。言ってごらん」
「あ、うん……いや、さっき茂美さんも言ってたんだ。それ。その……悪魔っていうの」
「……? もしかして見つけた?」
「いや……なんの話かなって思って……」
「え?」
意味がわからなかった。悪魔が出たと騒いだのは他でもないウォスだ。
「ええ、不思議なのよ。だって私、知りもしないことが咄嗟に口に出て……」
「茂美さんも?」
「実は、オレもです。悪魔の話をご存知みたいですけど、何のことだかさっぱり……」
親切屋まで? ということは、あの悪魔の件について覚えているのは……。俺とガーベラだけなのか。
「……親切屋さん。すこしオウレルさんの様子を見て来てくれませんか。悪魔ガーベラを覚えているか、って」
「いいですよ」
彼は疑問ひとつ口に出さず、地下へと向かった。少しして、すぐに戻ってくる。
「聞いてきました。『そんなものは知らない』だそうですよ」
「やっぱり、か」
悪魔ガーベラにこの館を貸してもらったと主張していたオウレルですらこの調子だ。ここに来る前の記憶がなくなっている訳ではなく、悪魔の記憶だけが綺麗に消えている。それに加えて茂美やウォス、なによりシャーリーの発情。
ガーベラは目を丸くした。
「ね、ねえもしかしてだけど……」
「ええ。どうやら――『記憶が操作されて』いますね」
「だよねっ! で、でも……」
彼女はうつむいて、顎に手を当てた。
「ぼくたちは大丈夫だし、この世界にそんな魔法はないし、もし悪魔さんの仕業なら……、タイミングがおかしくない? 全員が揃ったところでやればよかった気がするよ」
「それもそうですし、姿を隠したままできるなら最初からそうすればよかったですよね。わざわざ、自分を見つけさせる必要はなかった。それに引っかかるのは……アレも更新されたということです」
茂美もシャーリーもウォスも、俺にべったりと抱き着いて、色々なところを触ってこようとしている。さっきからずっと、股間に伸びてくる手だけを叩いてのかしていた。
悪魔の名前が出る前からずっと、発情ヒロインのハーレムはあったのだ。
「ウォスと出会ったとき、自分の記憶を残していた。そうなると、悪魔という存在は容疑が外れるんじゃないですか?」
「でも、そうなったら怪しいのは2択だよ?」
ここに来て、一気に容疑者が絞られた。
「主神か、世界管理か。ですね。僕をこの世界に連れてきた方のは、主神の方でしたね?」
「…………主の方、ってことだね」
これで、ひとつの説が出来上がった。『この世界の主神が、俺をこの世界へ誘拐し、異常にモテる舞台を用意した』という説が。その理由は分らないが、そんなものを用意したということは……。
……その先が目的だというなら、それを達成しないと神を満足させられないというなら……。
ああ……なんてこった。
ここは『セックスしないと出られない異世界』ということなのか。




