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貴いお方が裸同然とはどういう了見だ  作者: 能村龍之介
殺し屋、神話に巻き込まれるの章
66/118

61 生誕・成長・死没

 町に入ってすぐに『だいなー』があったので、3人で入りました。時は夕方。


「……ですから、後付けで拡張された世界の資源は、星に由来しているんです。地上からすると遠くで光を発していればいい程度の情報なので大した量にはならないでしょうが、バルカン以外の大陸を作るのには十分だったと考えられます。そして、元の土地に接合する形で世界を増築した。このとき、ある『ぱたーん』では元からあった世界と新たに作られた世界が判定上は異世界になります。それは、増築したのが異世界の神である場合です。キュピーン」

「さっきとまるで同じ説明だぞ。やれやれ……」


 神父がうつ向いて首を振りました。やはり、説明は諦めるしかなさそうです。


 愛想のいい感じな店員さんが、ベーコンエッグを持ってきてくれました。興味深そうに、みーや神父や、言葉を発することを禁止されたルイマスを見ています。


「この辺は初めて?」

「そうです」


「あら。それじゃあ、ギルドに行ってもびっくりしないで頂戴ね。マスターはあれでもいい人なの」

「そうなんですね。ご親切にありがとうございます」


「いいのよぉ。ゆっくりしていってね?」


 彼女は離れたと思えば他の客のところへ行き、また親しげに話して回っていました。


「ここの住民はよそ者に対して親切ですね」

「こうなったのはここ最近のことだ。昔はむしろ逆だった。その昔はまた逆で、その更に昔は……。と繰り返し続けているのだ」


「繰り返しているのは歴史だけじゃないみたいですね。フムフム。ところで今さら気になったのですが、この大陸……というかバルカン公国では、宗教が違うのですよね」

「そうだ。公的に、私の主の敵を公言している」


「それにもかかわらず、ゆーは神父の格好でこの国を出入りしています。どうしてですか。ハテナ」

「人は信仰を大切にするが、国と悪魔は外交を大切にするものだ。私はこれでも、中央教会の幹部にいる。下手に手を出せば、バルカンとそれ以外の大陸で対立することとなるのだ。いかに情報統制で国を閉鎖していようと、輸出入全て、特に鉄を断たれるのは手痛いのだ」


 食事を終え、荒野みたいな町の中央に行きます。天井が抜けて、やたら開放的な建物がありました。どうやらこれが『ぎるど』のようです。


「私はここに来たことがある。話は任せなさい」


 神父が率先して中へ入りました。


 中には行列と、安葉巻の匂いが充満しています。みんなが葉巻を吸ってるのかと思えば、受付のひとりしか吸っていません。きっとあれが『ぎるどますたー』でしょう。確かにぱっと見やべぇ奴です。


 というか、行列の3分の1くらいが銃を装備してます。こっちはこっちでやべぇですね。


 神父は颯爽と列を無視して受付へ。そして警備に止められました。


「待たれよ、ミスター。列には並ぶものですぞ」

「安心してください。ギルド関係の話ではありませんとも。人が来たか聞きに参ったのです」


「ほう? どのような方ですかな?」

「ころ――」


 小突いて止めます。殺し屋が殺し屋ですと名乗る訳がありません。


「黒の短髪に、ちょっと胡散臭い感じで、アランと名乗ってます」

「む。ミスター・スティーブ」


 警備が受付のひとり、葉巻を吸っている男を呼びます。アランという名前に反応したようで、彼は呼ばれる前からこっちを見ていました。


「誰かと思えば神父か。懲りずに大陸周るとはご苦労なこったな」

「主の世界を見て回るのは、神父の役割のひとつですとも。受け入れてくれずとも結構ですよ」


 スティーブさんは「そうかい」と皮肉っぽく笑いました。


「それで、アランだが……知ってるぜ。なんか用でもあるのか?」

「はい。彼はみーの生き別れた兄って設定でやってます」


「また変な奴来やがった……」


 彼は頭を抱えます。苦労人のようですね。


「とりま自己紹介です」


 シュバっ、シュババっ、と『ぽーず』を決めます。


「みーの名は、ステイシー・ミューイー。みなさんご存じ『ぞんび』、なのです。あい、あむ、ぞんびぃ。ニコ」

「ぞん……あー、そうか。ゾンビか」


 受付は大して驚きません。隣の、あざとい系受付嬢が不思議そうな顔で見てきます。


「でもスティーブさぁん、モンスターちゃんじゃないですよぉ?」

「ん? じゃあなんのゾンビだ」


「ん~……分かりませぇんっ。しってる? メガチリ」


 あざと嬢の後ろに陣取り続ける、いかつ系用心棒が首を振りました。


「存じませぬな。そもそも、ゾンビ族は絶滅してしまったはず。彼女は我々の知る存在とは違うようです」

「そっかぁ。新しい子も大歓迎でぇす!」


 あざと嬢、全員を恋させに来てる説。あざといですね。


「っていうかぁ、ステイシーさんってアランさんが言ってた人ですよねぇ」

「なら話が早そうですね、ニコ。どこに行ったか知ってますか」


「都に向かいましたぁ。えっと、崖を登っていくと近道なんですけどぉ……」


 遠くから見えていた断崖絶壁でしょうか。北の方角に、マジたけえ崖が見えていました。


「体力無限なので問題ないです。では」

「おいおい、待ちな」


 引き返そうとしたところ、止められます。


「ゾンビが出歩いてちゃ、色々とまずいだろ。こっちで少し待ってな。ちょうど、都合のいいヤツがくる時間だ」

「都合のいいやつ、ですか」


 言われた通り、受付の裏でちょっと待っていると、奥の方からやたら薄着が来ました。大きなカバンを背負ってるので、きっと納品された物を回収する人なのでしょう。


「いつもお疲れ様ですスティーブさん。依頼物の回収に来ました」

「来たな。ちょうど頼みが出来たところだ」


「頼み? なんでしょうか」

「そこにゾンビがいる。火薬バカのところにアランというやつがいるから、そいつの所へ連れて行ってやってくれ」


「ぞん……え? なんだか分からないけど、お困りなら分かりました!」


 理解力が低くて高すぎます。ありがたいですね。


「成果物回収人のカリヤです! 行く前に、ちょっと作業させてくださいね」


 テキパキと作業を終え、カバンをパンパンにしてニッコリと笑いました。


「準備オッケーです!」

「いいですね。では自己紹介を……」


 シュバっ、シュババンっ、と『ぽーず』を決めます。


「みーの名は、ステイシー・ミューイー。みなさんご存じ『ぞんび』、なのです。あい、あむ、ぞんびぃ。ニコ」


 カリヤさんは「お~」と言いながら拍手してくれました。ノリがよい。いい人ですね。


 一方で神父は口をへの字にしています。わるい人です。


「毎回やるのか」

「自己紹介なので」


「しかし、そう堂々とゾンビを名乗るのはどうなのだ? 相手は選んでるのか」

「もち。もちすぎて、もちもち素肌です。ワハハ」


 するとカリヤさんがビックリした顔をしました。


「え? ゾンビなんですか?」

「は」


 みーまでビックリしました。フードや襟巻やを取ると、彼女は更にビックリしました。


「あっ、ゾンビ……あっ! 比喩じゃない!」


 うーん。理解力が高くて低すぎますね。




 ひたすら断崖を下り、やっと降りられたと思ったら親切屋が『ちょっと行ってきます』と言い、人では出せない速度で町まで行って帰って来た。親切屋は人間じゃないらしいことはなんとなく分かったいたから違和感はあまり無かったものの、シャーリーを背負ってその速さについてこられた茂美はいったいなんなのだろうか。彼女まで人間じゃない疑惑が浮上し始めている。勘弁してほしい。


 地理上、まる一日で行き帰りできないと思っていたが、親切屋はこうするつもりだったようだ。どうして先に言ってくれなかったのか、俺が来る必要はあったのか、色々と言いたいことはあったが、時間短縮してくれたのでぐっとこらえた。それより、ステイシーが来ていたらしいことが重要だった。


 おそらく助けに来てくれたのだろう。あの神父を殺すための手段を得たか、もう殺したか。なんにせよ、早く合流したい。彼女は偽造された旅行者証明書を持っている。国から出るための当てが増えたので、色々と選択肢が多くなったはずだ。


 そうして上へと戻って来たのだが、今度はこっちでも異常事態が起こっているようだった。


 丸一日ここにいたというウォスは、ガーベラという本物の悪魔に出会ったという。失禁までしているので事実なのだろう。しかし――。


「うーん? キミはピルグリムみたいだけど、あの子とは違うみたいだね。お知り合いかな」


 ――目の前にいる、獣の耳と尻尾のガーベラは、違うらしい。言っていることも意味不明だ。親切屋と何度目か目を合わせたが、答えが出る気配はない。


「君はガーベラさん、でいいのかな」

「うん。あれ? 会ったことあったっけ」


「ないと思いますが、ガーベラという悪魔が居るって聞いたことはあるんです」

「あー。異世界人のこと悪魔って言ってる神父さんが居たね。きっと、それのことかな」


 異世界人。思ってもない言葉が出てきた。しかも、その神父はきっとモーニングスターのことだ。


 情報は食い違っていない。だが、ウォスは必死に首を振っていた。


「ひと、人違い……ちがったんだアラン。目が、目とかが、変じゃない」

「このガーベラとは違う?」


 彼女は小刻みに頷いた。また厄介な問題か。次から次へと……。


 茂美が不思議そうに覗いてきた。


「どういうことなの? アランさん。……いえ、それより、お着替えを用意してあげなくちゃ」

「そうですね。ひょっとしたら、オウレルさんが持っているかもしれません。さっき話した人です」


「そうね。行きましょう」


 シャーリーを呼ぼうとすると、彼女はウォスの惨状を目の当たりにし、しかし嬉しそうに指さした。


「トイレ!」

「うぅぅぅ……」


 ウォスがいよいよ泣きそうな声になった。サメ少女の無邪気が残酷に過ぎる。


「こら! シャーリー!」

「? ん。シャーリー、トイレ!」


 そうして、パンツをおろしてしゃがみ、その場で用を足した。親切屋がはっとする。


「もしかしてみなさん、トイレをご存じない?」


 ガーベラもうなずいた。


「へぇ~。意外と浸透してないんだね、トイレ」


 混沌を極めている。なんなんだこの状況。


「とりあえず行きましょう。小雨でも、打たれ続けたら風邪をひきますよ」


 屋敷に行こうとすると、ウォスに腕を掴まれて止められた。


「あら、アラン。そっちに、そっちにガーベラが……」

「ぼくはここにいるよ?」


「そっちじゃない方の! じゃない方のガーベラが入ったんだ。あの、屋敷に入った」


 彼女は必至だが、ここにいるわけにもいかない。それに、話では悪魔は無害だと言っていた。


「オウレルさんが、話し相手になっているって言っていたよね? きっと大丈夫だよ。ウォスだって、なにもされてないんだろう?」

「それは……なんか……されたような気がするけど……」


「されたの? なにを?」


 彼女は混乱したまま、俺を見た。


「……指ぱっちん……」

「……」


「…………」

「…………」


「……行こうか」


 彼女は観念したようにうなずいた。乱入者が手を挙げる。


「ついてってもいい? もうひとりのガーベラさん気になるんだ」

「いいですよ。あとで、ちょっとお話を聞きたいですし」


「わーい。お話すきだよ」


 屋敷の大きな扉をノックすると、ほどなくして扉が開いた。相変わらずの、痩せすぎた長身だった。


 そのギョロリとした目がシャーリーを捉えると、奇妙な声を漏らす。


「おお……おお……! 連れてきてくれたのだね!」

「ええ。約束通り。ただ、すみません。こっちも色々と用ができてしまって。シャワーはあります?」


「ある。自由に使ってくれたまえ。他の頼みだってかまわない。食料でも、金でも……いや、実は貧乏なので金は難しいが……。とにかく、さぁ入ってくれ」


 6人で中へ。ウォスは茂美に連れられ、シャワールームへ行き、ガーベラは悪魔探しに散策すると別れ、俺とシャーリーと親切屋だけでオウレルと地下へ。


 悪魔が居るものだと思ったが、そこにはいなかった。


「さて、キミたち。それで、何がほしい?」

「質問の答えだ」


 オウレルはゆっくりと顎を上げた。


「それでいいなら、いくらでも答えられるが……。まだ聞きたいことが?」

「ああ。命の研究と言っていたが、具体的にはどうする?」


「色々と観察しなければならない。命として成り立つ条件はあの子たちで分かっている」


 彼は背後でうごめく獣人たちを見た。シャーリーがつんつんと指で押したりしている。


「あとは、『機能』だ。後天的にでも、自立して生きるための様々な機能を、人と獣の血の中でどう実現するか。それを考えなければならない」

「そうか。それで?」


「その上で魔術を長期的にかけ、根本から体の構造を、ゆっくりと変えていく。理論的には可能なはずだが……。正直、成功するかは分からない。ああ、いけない。僕がこんなことではいけないと分かっているのに」


 彼は顔を覆った。だが、これでどんな人かは分かった。きっと任せても大丈夫だろう。


「そもそも、どうして逃がしたんだ?」

「うん? それは……シャーリーがひどく退屈そうにしていたものだから、きっと喜ぶだろうと海に連れて行ってあげたのだが……」


「海に出ていったきり、か?」

「そうなのだよ。一瞬で見えなくなるほど遠くへ行ってしまって、僕ではどうしようもなく。こんなことになってしまった」


「大変だったな。で、シャーリーを殺すのか?」


 彼はびくりとして硬直してしまった。


 咄嗟に嘘を吐ける人はそう多くない。物事が解決したと思わせ、さりげない会話の中で唐突に聞くことで、相手が嘘を吐いているかどうかは見抜ける。


 しかしオウレルは骨格が人と違い、中々表情が見えにくい。なので親切屋とふたりがかりで見抜くことにした。


「こ、殺しはせんよ。もちろん」

「どう思います? オレには嘘を吐いているように見えますね」


「俺もだ。案の定だったな」


 彼は素人目にも狼狽し始めた。


「ち、違う。僕は……」

「そもそも、ネクロマンサーは『生誕と成長と死没』を研究するんだろう。すでに前ふたつを見ていたとしても、最後のピースが足りない。そうだな?」


「…………し、素人には分からないだろうが」

「いいや。分かる。オーブの魔術とやらで転生したルイマスという研究者がいてな。アイツが言うには、生の機能を少し破壊すれば、簡単に死ななくなるそうだ。そして、お前は『死は生の機能』と言う。生を完成させるには、死も観察しなければならないはずだ。そうだな?」


「…………」


 彼は黙って、うつむいた。だがすぐに顔を上げ、うまく生まれられなかった獣人たちを手で指した。


「4人だ。たったひとりの命で、4人。この先に生まれる獣人も救われる」

「悪いが、シャーリーは殺させない」


「醜い命の、最後の希望なんだぞ! 僕は決して彼女の命を軽く見ているのではない。みな同じく重いものだと分かっている。それに、命を治す方法を広めたらそのあとでどんな償いだってする。公開で銃殺されたって構わない。どうかお願いだ。彼らのために、命をくれ」

「生憎だが、命は重さが違う。人のために生きる者が死ねば確実に損失が出て、自分勝手に生きる者が死ねば周りの手が空く。そういうものだ。そもそも俺は、綺麗ごとのために反対してるんじゃあない。自分のわがままのために言っている」


「……」

「ところで、俺の話はよく聞いた方がいい」


「聞いている。もちろん聞いているとも」

「そうじゃない。さっき、答えなら言っただろう」


 彼はまた虚を突かれたように背筋を伸ばした。そして、ハッと息をのんだ。


「転生……か? それはまさか」

「そうだ。さっき言ったルイマスは、人間から人間へだったが、男の老人から少女に転生した。おそらく命の構造をかなりよく理解している。獣人たちを治すことくらいのことならできるだろう」


「……そう……か……」


 彼は膝をつき、床を見たまま動かなくなった。


「よかった……よかったよ。誰も失われることはないんだ……誰も……」

「ここのことを話しておく。あとの研究は勝手にやれ。それと、シャーリーだが」


「彼女は、連れて行ってくれないか。僕にはもう……彼女を愛し、育てる資格などない。勝手とは承知だが、キミなら、きっと愛してあげられるだろう」


 めでたしめでたしと、そうくくられそうな雰囲気ではある。ただ、ひとつ問題があった。


 うちのハーレムには、ロリコンが多すぎる。


「あれ、どうしたんですか? アランさん」

「いや……」


「ははぁ、さては子育ての仕方が分からないんですね?」

「うぅん……いや。大丈夫だ。任せてくれ」


 オウレルには悪いが、シャーリーは奴隷商のところに預けよう。小児性愛者殺しの彼女の元ならば、ベルと一緒に健やかに育てるだろう。


 彼女とて、シャーリーを奴隷とはしない。その代わり、俺から何かと金をむしるだろうが……。


「財布が寒くなるな……」

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