60 ガーベラ
太陽が沈んで空に朱を残す時間、あのカンカンという音が聞こえなくなったあと、ルイマスが目覚めたので下ろして一緒に歩き、ふと神父と目を合わせました。
「それで、どう思いますか。ハテナ」
「……」
「なんかあったぁああああ!?」
疑問クソデカ唱が復活しました。がっでむうるせえ旅の再開です。
「さっき、ガーベラという方に会いました」
「ちんぽぉおおおおっ!?」
「女性です」
「まんぽぉおおおおっ!?」
「そういうことに興味がある感じでは無さそうでしたね」
「そう……」
相槌蚊の鳴く声です。どっちかにして欲しいですね。鼓膜が困ります。
うつ向いたまま歩く神父を呼ぶと、気のない返事が返ってきました。
「いろんな問題が、解決できないと分かりました。この世界で『ぴるぐりむ』は、自分たちで外に出ないといけないのです」
「…………」
「悪魔だなんだと面倒くさいこと言っていないで、協力してくれませんか。ウルウル」
彼は息を吸って、顔をあげます。
「そうだな。少なくともお前と、あの殺し屋は悪魔ではない。それどころか――『客』だった。非を認める」
「客ですか。ハテナ」
「そうだ。あの女が言っていたのだ。お前がこの世界を出られないのは、我が主が呼び戻しているからとしか考えられんとな」
「ゆーの主が主犯ってことですね。キラーン」
「その、なにやら悪そうな呼び方はやめろ。きっとお考えがあったのだ。あの殺し屋も、なにかのお考えあってこの世界に呼び寄せたのだ」
「呼び戻す意図、ですか。フムフム。意味があってこの世界に縛り付けるというのなら、この世界に異物があることで何かが意味を成すのでしょう」
「異物があることの意味……か」
ふたりでウンウン考えます。
「いくつか心当たりがあります。ピコーン」
「あるのか」
「例えば、他次元変数管理です。他の次元と書いて、他次元。別の世界から来た人は、構成されている物質そのものか、空間もしくは時間の次元数をそのままに軸の種類が違ったりします。有用な世界から来た人間を記録として持っておければ、その世界と『こんたくと』を取るときに便利です。いわば、世界の住所ですから」
「ふむ。専門的なことは生憎だから、最後の部分だけで言ってくれるか」
「いいでしょう。異世界人は、別の世界と連絡を取り合うのに使えるのです。ニコ」
「なるほど。しかし今度は別の問題が出るのではないか? 主は、どこと連絡を取りたいのか」
「そこまで考えるのは邪推です。もっともらしいものを探すのに、他の理由も考えて見ましょう。例えば、突然変異」
「突然変異?」
ルイマスが神父との間に入ってきます。
「いきなり親の持ってない形質を発現するやつじゃなぁああああ!? そうじゃろぉおおおおおお!」
「うわぁ。急に賢くならないでください。でも正解です。この世界は、成長が止まっていると言っていましたね、神父」
「ああ。ここ8千年は文化が停滞したままだ。……それを発展させるために、といことか?」
「そうです。発展しないのには理由があるはずです。世界にはルイマスや亡きテラリスといった天才がいるはずなのに、それでも発展できない理由。内側で生まれた情報は根付かないようになっているということです。ズバーリ」
神父は考え、首を振った。
「あり得るかも知れんが、あの大陸に限っては違う。あそこでは定期的に新しいものが発明されるるのだが、一定の文化を作り上げると『魔王』が生まれ、何らかの理由で引き戻されてしまうのだ」
「何らかの理由ですか。魔王がすべてを破壊するとかではなく」
「理由は様々だ。全てを破壊されたこともあれば、魔王と戦うための資源を用立てたために、倒せはしたが枯渇に見舞われたこともある。50年前にバルカンで魔王が現れたときが、ちょうどそのような具合だった」
「ふーーむ……。ちなみに大陸の外はどうですか」
「引き戻されることはないが止まっている。ただ、外側の大陸が生まれた頃に、バルカンの大陸から東の海へ移住した国があった。あそこの発展だけは目覚ましいものだった」
「東の海。ヨタカでしたっけ」
みーとルイマスが徒歩でローズマリーに帰るとき、道中のバルカン国境を避けるために大きく迂回し、小さな島国と木で組まれた『海上ぷらんと』から成る国を通って行ったのを思い出しました。
「そうだ。他の国にはない技術を生んだというのに、やはりというべきか百と数年で成長が止まり、そのまま数千年だ」
「人の出入りの多い、ローズマリーですらそんな状態ですからね」
「っちゅうかぁあああ! 魔術製品はどうなんじゃああああ!?」
確かに気になるところです。魔術製品とは言っていますが、その役割は電気製品のものと変わりません。中世的なこの世界で、あの現代的な道具は浮いています。
「……それだが、実は私がこの大地に生まれたときから『あった』のだ。あれができるなら、他にも色々とできそうに見えるのだが、なぜか現代の技術とあの技術は断絶している」
「なるほど、つまり……」
「つまり?」
「えー……」
「…………」
「……何の話をしていたんでしたっけ。ハテナ」
適当に話しすぎて行方不明になりました。
「技術の頭打ちという則とその例外についてじゃぁあああ! 今のところ例外と思われるのはヨタカとワシじゃあああ!」
ルイマスが簡単にまとめました。流石は元学者。侮れないロリジジイです。
「確かにルイマス様は例外です。主の奇跡を、この世界に体現して見せたのです」
「奇跡の報酬に奇跡のチンポくれぇええええ!」
「ですからその品性をどうにかしてください!」
ルイマスは、どうしてあり得なかった奇跡を成し遂げたのでしょうか。あやつはこの世界の住民のはずです。
「…………あ。そこのジジイ」
「はぁあああい美少女ですっ!」
「ゆーを最初に殺したのは、他でもないアランさんじゃないですか」
「あ」
ジジイがアホ面で上を見上げました。神父はみーを見て、そうかと頷きました。
「ならば不思議はない。自己転生の最後の行程は死だ。あの殺し屋が仕上げたということか」
「みたいですね。ということは、この奇跡はルイマスとアランさんの共同著作ですよね」
「…………」
「みーの言いたいこと分かりますね」
「……あ、崇めんぞあの殺し屋は」
「ほーほー」
「そもそも貴様らは、異世界人のくせにこの世界の住民を殺しすぎなのだ。主に招かれた客人だからといって許される訳がなかろう」
「ぐぅ」
ぐうの音が出ました。マジの正論は止めてください。
「フン。しかし、ヨタカはどうなのだ? あれは例外ではないのか」
「かなり無理矢理ですけど、思い付いたことならあります。結論は『しんぷる』です。余りにも簡潔過ぎて意味不明と思います」
「取りあえず、聞こう。説明を聞くのはそれから判断する」
「この大陸と外の大陸の間に、『異世界の境目』が存在するのです。ズババーン」
「なにやら面倒そうだな……」
神父は、どうするかという顔をしました。
「……どうするか」
屋敷から出るなり、アランが親切屋に向かって呟いた。それだけで話が分かったみたいで、彼は頷いた。
このふたりの関係はなんなのだろうか。昔からの友だちなのかな。
「渡すべきか、ですね」
「そうだな。熱意があるのは認めるが、あのネクロマンサーは本物の悪魔とお友だちらしい」
適当な軒の下に三人で雨宿りをした。
「噂には聞いたことがありますが、名前があるなんて知りませんでした。ガーベラさん……いつか会いたいですね」
「会ってどうする」
「ノベナロの観光案内でもしようかと」
アランは呆れた顔をしていた。
カノジョになったせいか、元からなのか、ちょっとした表情がカッコいい。本当に、彼はどうして恋人にしてくれたんだろう。
「問題は信用するかどうかだけじゃない。時間もある。女王様といえど、我慢の限界があるだろう」
この円形の大陸は本当に変わった形で、ちょうど北に位置する断崖は、標高差1キロメートルはある。下から上にあがるには、時計回りにぐるりと回らなければならない。つまり崖上にある雨の町から北北東くらいのノベナロ町まで、大陸を半時計回りに戻らねばならない。
と、わたしも思っていたのだけど……。
「それなら問題ないですよ。崖の側面に階段があります」
アランは唖然として親切屋の顔をじっと見た。
「なら今までの旅はなんだったんだ」
「え? 観光案内ですよ。バルカンの」
そして、顔を覆った。
「そういえばそんなことを言っていたな」
「これで時間の問題は無し。で、どうする気ですか?」
「連れては来る。ただ、引き渡すかどうかは別だ。ウォスは……」
いきなり名前を呼ばれ、身体がびくりとしてしまった。気づいたら肩が縮こまっている。
「上で待っていろ。行ってくる」
「待つ? ど、どこで待てばいい? 雨……」
そぼ降る雨は霧のようだけど、チクチクとしたような冷たさを感じるほど粒は大きい。ビショビショになってしまう。
「オウレルのところに居させてもらえ。食事ならこれで」
いくらかの金を渡された。
オウレルのところ……。でもさっき驚いたりしちゃって、あんなに失礼なことしたのにふたりきりなんて。
「こちらにはシャーリーがいる。手出しはしないだろう」
「こらこら。いけませんよ人質みたいな言い方は」
「ところでどれくらいかかりそうだ? 往復で」
「まる1日でしょう」
「だ、そうだ。待ってろ。……そうだ。先に言っておくが、俺が殺し屋であることは秘密だ。口調も変えるが、誰にも、何も言うな」
そうしてふたりは崖へと向かった。
…………話聞いてくれない。
でも、言った方がよかったのかな。
でも、言ってばっかりじゃ変だもんな。
でも、じゃあ質問してくれなきゃ……。
「…………」
恋人ってこんな感じなのかな。なにも言わなくてもいいのかな。もしかしたら分かってくれてるかも。分かってるけど、言うのが辛いから言えなかったのかな。
そうだよ。きっとそんなだ。だから強く言ったんだ。まだよく知らないけど、アランはきっと繊細なんだな。
「…………」
行きたくないな。あの館。わたしが変なことしたから、もう許してくれないよな。
でも、行かなきゃアランに怒られるかも。でも――。
「…………あれ?」
うつむいた足元に、はっきりした影があった。建物の影だ。気づけば日差しが温かく照らしていた。
そう思っているうちに、あっという間に空が晴れた。
この町はずっと雨が降ってるんじゃないのかな。でも中心街のところは晴れたことがないって――。
「フンフーン。フフフフフフフーン」
――鼻唄だ。聞いたこともないメロディ。なんの曲だろう。
「おや」
視界を横切ろうとして、わたしに気付く。あれ、でも、来た方向には誰もいなかったのに……。
「――――」
変な男が立っていた。見た目はこの町の人だ。革の上着にズボンで、塗られた油で水を弾いている。
ただ、目が変だった。黄色いサングラスをしていて、瞳孔と白目のはずのところが真っ黒で、瞳が真っ白だった。
その目が、じっとこっちを見ていた。
「やぁ、兄弟」
「ご……こんにち……か……ひゅ……」
声が上手く出ない。首を絞められたみたいな息が出てしまった。口の中が、カラカラになっていく。
「そう怖がらなくていい。とって食ったりはしないとも。クックック」
「そ……そうか……くっくっく……」
胸が少し暖かさを取り戻した。カッコいい笑いしてる。やっぱりそれだよな。その笑い方カッコいいんだよ……。
「こんなところで雨宿りかな?」
「そ、そんなところです」
「そうかそうか。呪われた土地と呼ばれた場所でとは物好きなことだな」
「まぁ……晴れ……です。晴れたんでもう、いいんす……ですけど」
ヤバい何て言ってたっけ。なんか変なこと言ってる気がする。
「そ、そういえば自己紹介。しないといけますま……。えっと、ウォスです」
「ウォス。いい名だ」
「そ、そうか。いや、そうですか……すみません……」
言葉が変になってる。謝ったけど、意味は通じているのかな。変だったかな。
「私には様々な名がある。勝手に名乗っているだけだがね。本来は名がないのが私なのだ」
「そ、そうなんですね……すごいです……」
とりあえず言ったが、何がすごいかよく分からない。何を言ってるかもよく分からない。
「ふむ、どうでもいい情報だったな。最低限のことだけを言うというのは、数億年生きたって難しいことだ」
「す……え? 億……?」
彼は微笑んで、自分の胸に手を当てた。
「わたしは『ガーベラ』だ。そう、ここでは名乗っている」
「かひゅ……」
息を上手く飲み込めなかった。頭がシャーと鳴ってる。上手く立てない。
ガーベラ。
本物の、悪魔。
「おや、具合が悪そうだな」
「だ……だい……平気ですが……?」
「そうかね。ところで、お前は――外から来たようだな」
「は……あの……そうバンベストから……」
「そうかそうか。隣の国、隣の世界から、ねえ。クックック」
「くっくっく……」
とっさに合わせる。練習のお陰で、いつでも笑えるようになっていた。
お互いに笑ってる。よしコミュニケーション成功だ。
「……知っているか。この」
「何を……あっ……すみま……」
やらかしたぁああ……。被せたぁあああ…………。
彼は微笑んだ。でも絶対怒ってる。
「……この世界は、ただ作られただけの世界だ。用済みになって風化して、からくり仕掛けが壊れたオモチャなのだ」
「そ……はい……」
「支配するものなどいなかった。あとはただ自然に壊れるだけだった。それを、ふたりの女が止めた。ひとりは隠れて世界を支配し、ひとりは自分の手で修理を始めた」
「す……すごそうな話……ですよね? おふたりとも……」
「クックック。そうだな。――私はな、ふたりとも大嫌いだ」
「あぇ……?」
なにか……間違った……?
悪魔が手を伸ばしてきた。
「いひぁ……おひぃいぃいっ!?」
喉からいろんな声が出た。だが、目の前で指がパッチンと鳴るだった。
「言ったろう。そう、怖がらなくともいい。ただ魔法を解いただけだとも、シンデレラ」
「……ひ……は…………は…………」
「おっと失礼、シンデレラを知らないか」
「はぁ……はぁ……!」
息しかできない。
息しか。
「もう少しお話しようかと思ったが……」
彼はわたしの足元を見た。
「気が変わった。また今度にするとしよう。お詫びに、待ち合わせを楽にしてやろう」
「は……はぃ……はい……」
「それでは、ごきげんよう」
彼は鼻唄を歌いながら、あの館の両扉を開け、入ってバタンと閉じた。
「…………」
助かった。助かったけど……。
絶対あそこには入りたくない……。
でもアランは居ろって言うし……。
「うぉ、ウォス……?」
いつの間にか戻ってきたアランが、信じられないものを見る目でわたしを見ていた。空は曇りに白くなり、霧雨も戻っていた。
「ずっといたのか……? ここに?」
「い……いて……いひひひ……」
変な笑い声しか出ない。訳が分からなすぎる。
アランと親切屋が顔を合わせた。後ろの方には、サメみたいな子と、そのお母さんみたいな人がいた。
もう帰って来たのか。だって、1日かかるって言ってたのに。
アランが私の足元を見た。わたしも見る。水溜まりができていた。
股間を手で隠したけど、手遅れな感じだった。軸の脚を変えるだけで、足元がグジュと鳴る。
「……何があったんだ?」
「がべ……ガーベラ……さんが、来て、話して……」
何を言ってたっけ。上手く思い出せない。
またアランと親切屋が顔を合わせた。
「悪魔が来たのか」
「来た……」
「よく無事だったね。よかった」
「…………」
心配……じゃないな。悪魔が気になっているだけで、わたしには無関心だ。
この人はなんで、わたしを受け入れたんだろう。
「とりあえず、着替えを用意しよう。幸い、被害は少なそうだし……」
被害は少なそう……? そっか。パンツは一枚だけだし。……ん、あれ。
上着のポケットに手を入れて、思い切り下にさげた。下半身が、穿いてないくらいに細いパンツ一枚だけ? なにこれ。
……なんでわたし、こんなに恥ずかしい格好してるの?
アランが変な顔でわたしを見て、小声で囁いてきた。
「……恥ずかしいのか?」
「そ、それは……そうだと思う」
「デスゲームであんな真似をしてか」
「か、関係は……ないよな? ない……よね?」
おもらしをした上に、変なことを言っている気がする。それを知らない人に見られた。もうやだ。消えたい。透明になりたい……。
親切屋の方がキョロキョロと辺りを見回していた。
「もしかしてガーベラさんに会ったのは、ついさっきのことですか?」
「そ、そうだが……」
「もしかしたらまだ居るかもしれませんね。ガーベラさーんっ」
「ば……!」
彼の腕にしがみついた。ヤバいって。ホントにお前ってやつは……!
「はーい」
わたしの声が出る前に、返事の声がした。少し遠く。
「……え?」
褐色の肌に、ケモノの耳に尻尾、もふもふな灰の髪。
「あれぇ?」
彼女はわたしたちを見て首を傾げた。
そして、わたしと同時に声を出した。
「「……だれ?」」




