57 ノベナロ観光案内
びっくりするほど、何もありませんでした。
鎖国の大陸。神の敵を名乗るバルカンへの入国とくれば、なにか『いべんと』があるものだろうと踏んでいました。
が、びっくりするほど、何もありません。神父の案内で合法入国の、船旅の、ちょっと海風を浴びての港の町。その日の夕方には着きました。
驚くほど普通の旅で――。
「ニュゥううううチンパラぁああああ! チンポラぁああああ!」
「ルイマス様。落ち着いてください。ご乱心なさらず!」
「ワシの高潔なケツにフィットチンポどこじゃぁああああ!」
「ルイマス様! 公共の場です!」
――がっでむうるせえ旅です。妖怪チンポ要求ロリ爺がいると平穏な時がありません。
「では、アランさんの足跡を追いましょう。何はともあれ合流です」
「いいだろう。その前にルイマス様が休まれるための宿を抑えねば」
「そこ男娼いるぅううう!?」
「ルイマス様! ご乱心です!」
ただ突っ込みは神父が勝手にやってくれるので楽ですね。みーは次に集中しましょう。
まずは聞き込み。もしこの大陸にたどり着けたなら、きっと服をこしらえるでしょう。
「みーは服屋に行きます。足取りを探りたいので。レッツゴホキドキ」
「では宿で待っている。……もう殺すな。いいな」
「うーい」
「返事」
「はい」
二人と別れ、町を巡ります。『まーく』だけの看板ばかりでマジ分かりにくいですが、偶然にもすぐ見つけることができました。
「いらっしゃい」
「どうも。最近、ここによそ者が来ませんでしたか」
「来た来た。こんなとこまで買いに来る奴なんてそういないから、よく覚えてるよ」
「なるほど。その方、実は生き別れた兄なのです。あと一歩ですね」
「へぇ。ひょっとして、なんだかとんでもないドラマに巻き込まれた?」
「巻き込んですみません」
「いやいや。むしろちょっとワクワクしてるよ」
彼は店の外に出て、ある方角を指しました。
「あっちにお役所がある。そこに仕事があるかもと言ったら、強盗と騎士の争いに巻き込まれたらしい。もしかしたら、誰かが行く先とかを知っているかもしれないよ」
「なるほど。ありがとうございます」
ペコリと一礼して、言われた方角へ向かいます。そこには噴水を中心にした円形の広場と、それを正面に構える立派な建物がひとつありました。
で、噴水と建物の間に騎士と海賊の死体が散乱しています。
「えぇ……」
バチバチにやり合って、誰も片付けていないようです。やべぇ国ですねここ。
とりあえず死体を避け、階段を上がると、軽装の騎士なんかが事件調査的なことをしていました。
あ。現場保全でしたか。
「ちょっとちょっと! 表の惨状が見えなかったのキミ!」
「すみません。そういうやべえ国だと思ってました」
「そんなワケないでしょ。観光客? 見慣れてるみたいだけど戦争帰還兵か?」
「ちがいますね。そういうPTSDは逆に目撃するとやべえです」
「ぴーてぃー……? ……いや、そら出ていった出ていった」
「あの。ここの役所のお方はどこでしょうか」
「帰ったんじゃない? 目の前で人が殺しあってるんだよ? 公開処刑ならまだ楽しいけどさ」
やべえというか、価値観が古いというか。中世ヨーロッパ的アレですから、当然と言えば当然ですけど。
「では日を改めます。ご苦労さまであります。お勤め頑張ってください」
「うん? あー……どうも」
踵を返します。やれやれ。ここで一日休みとは。
「やれやれ……」
思わず口に出てしまった。それでもなお、ティア姫が死ぬほどくっ付いてくる。
「……アラン様」
「なんです?」
「やはり、絶対におかしいですの。情報だけ知っているならまだしも、あまりにも銃の扱いに慣れてらっしゃるわ。騎士たちでさえ、その教育がうまくいかないと腐心していますのに」
「……そういう武器なら、そう扱うかな? と思っただけです」
「……」
やっとティア姫が離れた。目の前のスティーブも、やれやれと首を振った。
「一応コイツは国外の人間なんだ。あまり困らせるんじゃねえぞ火薬バカ」
「なんだか、すごいフレンドリーですね。彼女は女王様なんでしょう?」
「まあな。最近、親に不幸があって位が上がったらしい。俺もまだ、あれが一国のリーダーとやらになった実感がねえな」
「位が上がるも何も、元から姫だったんでしょう」
「姫だな。……そういや姫だったな。まあだが、このギルドで一番偉いのは俺だ」
あっけらかんと言って、葉巻を一口。彼は病的なまでに葉巻好きらしい。
そしてサインをひとつ書き、手帳を渡してきた。
「そら。冒険者手帳だ……ん? ギルド手帳だったか? おい親切屋」
「元々がギルド手帳で、今は冒険者手帳です、スティーブさん」
「そう。冒険者手帳だ。ったく書類増やすだけじゃなくて名前まで変えるんだから嫌になるぜ」
ギルドマスターにもギルドマスターの悩みがあるらしい。
受け取った手帳を開いてみる。中は至ってシンプルで、ギルドメンバーとしての仕事の記録を書ける空白の欄がほとんどで、奥付にさっき俺が書類に書いた個人情報なんかが乗っていた。パスポートのようなものだろう。
「それと、ギルドカードだ」
手渡されたのは、赤いカードだった。表には氏名と番号、裏には単純に、『D』とだけ書いてあった。
「そのDってのはランクだ。一番上までいくとSになる」
なるほど。初心者というわけだ。その方が目立たないので助かるな。
「それがありゃ、たぶん出国はできるだろうな」
「ありがとうございま――」
「させませんのよ? アラン様!」
振り返った瞬間に、ポンと投げられたものをキャッチする。銃身の長い、マスケット銃だった。
「おっと……今度は何ですか」
「持っていただいただけです。それが銃と知らない方は、両手でバレルを握ったり、自分に銃口が向く持ち方をいたしますの。ご存じでして?」
そう言われ、自分の持ち方に気付いた。銃口を下に下げ、グリップをしっかりと保持して持っている。
「ひとつ申し上げますと、貴方は、私と同じくらい心得ています。いったいどこで学んだのですか?」
この姫、意外と目ざとい。適当なごまかしはすぐにバレるだろう。ならば、ちゃんと設定のある嘘を吐かねば。
「……分かりました。信用していただけるかは分かりませんが」
「きっちりとお話しいただけるなら、当然信用します」
「実は、僕も銃という兵器を思いついていたんです。実用化に何年もかかるだろう、自分だけの秘密にしようなんて思っていたら、貴方に先を越された」
「まぁ。そうでしたの?」
「悔しいから見に来たんです。見事なものですね。ですが――」
彼女の目の前に立ち、ささやくように言った。
「――銃はもっと、良くなれる」
その瞬間、ティアの身体がぶるりと震えた。
「いくつか、アイデアがあるんですよ。さっき言ったグリスの話もそうです」
「まぁ……」
「少しだけ、教えてあげます。それで僕はローズマリー王国に帰る。もっと知りたければ遊びに来てください」
「……」
彼女は考え込む。そして、頷いた。
「いいでしょう」
「契約完了、ですね?」
「私にはわかります。貴方が同士であると。戦争など軽んじるほどに、火薬のロマンに抗えない方であると」
おいおい、とスティーブが机に身を乗り出した。
「戦争を軽んじるだぁ? 国中にあんなもん撒いといてそりゃないだろう」
「? みなさまにマスケットをお使いいただいていることですか」
「そうだ。冒険者に騎士ども。デカい盾にデカい銃だ。デカい戦争に備えてるじゃねえか」
「ああ。あれは私の大好きなマスケットを、皆さんにも使っていただきたくて。みなさまが火薬外交などと仰っているあれは、偶然ですわ。そうなってしまったものは仕方ありませんの」
あまりにもあっさりと言い放つ。スティーブが目を丸くするのと同じくらい、俺も内心が穏やかじゃなかった。
こいつ、ヤバい。
「では改めまして、アラン様。私はティア・マッドネ・トルクト・ガトリング。ここバルカン公国の王ですが、ギルドメンバーとしてフィールドを駆け巡る狩人でもございます。どうぞよしなに」
「……ん? バルカンの名前が入っていませんでしたね」
「ええ。400代くらいつづく王族で、代を新たにするたびに新たな名を付け足してゆくのです。それゆえ、名乗りは4代分だけにしていますのよ」
「ということは、本名は?」
「2000文字くらいになります。バルカンの名は、末尾ですわ」
「へぇ……」
急にティアが、もうひとりの受付であるシグラと盛り上がっていた茂美に向いたと思えば、割り込んだ。
「ということで、アランさんをお借りいたしますわ」
「え? ず、ずいぶんと急ね……」
「ご安心ください。待っている間は、城か、お好きな宿かに無償で過ごしていただけますから」
「そうなの。……アランさん?」
彼女へ頷く。すると彼女は、そっと頷き返した。
「いいわ。そしたら……どうしようかしら」
「え~、おうちに来てほしいなぁ」
シグラが甘えた声を出す。不思議と、シャーリーがかなりなついていた。
「シャーリーちゃぁんっ」
「しーぐーらーっ」
二人でじゃれあっている。お友だちみたいねと、茂美が笑った。
「だったら、お言葉に甘えさせてもらうわ。よろしくね」
「はぁ~い」
ということは、俺は単独行動か。そう思えば親切屋のボーが顔を覗いてきた。
「狩人さん。オレも着いていっていいですか?」
「構いませんわ。親切屋さまは友人です。ぜひとも、いつでもいらっしゃいな」
なるほど。コイツをこの大陸の情報源にできるとは願ってもないことだ。
下手にこの女王に質問攻めしたら、それこそスパイ容疑をかけられかねない。
「では先に行っていてください。せっかくなんで、少しこの国の案内なんかをしましょう。この町と、もうひとつくらいだけ」
「まぁ、素敵ですわ。ご一緒できないのが本当に悔やまれます……」
「地位がいちばん上ともなれば、仕方ありませんよ。では行きましょう。アランさん」
彼は微笑んで一足先にギルドの外へ向かった。すると、俺たち以外の全員が行ってらっしゃいと手を振った。よほど愛されているようだ。
……それがどうしてターゲットになるんだ? 裏の顔でもあるのか。それとも、ターゲットになるやつは名前が変という法則に例外が出たのか。
「では、行きますね。終わったら迎えに行きます、茂美さん」
「行ってらっしゃい。アランさん」
「……万が一、ステイシーという人に出会ったらよろしく言っておいてください。万が一に、ね」
「……? 分かったわ」
「アランいくー」
シャーリーが指差してきた。
「シャーリー。行く」
彼女を指差して、手で腕を押さえながら下ろした。
「んえ。シャーリー……シャーリーいくっ」
「シャーリー。行く。茂美」
彼女を指差し、次に茂美を指差した。これでどうだろうか。
「…………」
シャーリーがペチペチ走ってきたと思えば、ぺしっと俺を叩き、茂美の元へ走って戻った。そして彼女に顔を埋めたまま、動かなくなってしまった。
やれやれ。言語が通じないっていうのはここまで大変なのか。
「よろしくお願いしますね」
「ええ。早く、戻ってきてあげてね」
ボーのあとを追う。そして、二人で大通りを歩く。
「では観光案内の時間です」
「ええ、よろしくお願いしますね、ボーさん」
彼が路地に入ったので続く。しかし少ししか歩いていないのに彼は立ち止まり、おもむろに周囲を確認して、微笑んだ。
「それで、どうして殺し屋さんがここに?」
「……」
見抜かれていたらしい。少なくとも、嘘を見抜く観察眼と、嘘の意味を考えるだけの頭があるようだ。
「さっきの話、ほぼ嘘だったみたいですけど。本当はどんな理由で来たんですか?」
「殺しの用はない。近くの無人島に漂流したから、国に戻るためにバルカンを経由する必要があった」
「なるほど。それを聞いて安心しました。殺人事件なんて起こってほしくないので……」
「ずいぶんと嘘を見抜くのが上手いな。訓練したレベルだろうが、誰に習った」
「ペテン師の仲間がいたんです」
そんな偶然があるのか。それこそ嘘じゃないか? そう思えど、彼から嘘の気配を感じない。
事実か、とんでもないペテン師かのどちらかだな。後者なら殺される理由も嫌というほどあるだろう。
「それで、どうする気だ?」
「もちろん。お手伝いです。いざとなればオレが送り出せますが、とりあえず今は、平和に姫の権力で出られる可能性があるので嘘を続行しましょう」
「ああ、そうだな。それと、観光の意味は?」
「……?」
「武器の調達先があるのか。まさか、地下組織なんてものがあるんじゃないだろうな」
「違いますよ。観光は観光です。オレの住む町の紹介です」
「…………」
コイツは……どこからが本気だ……?
いかんな。ジミーと同じくらい分からない奴だ。俺が勘違いしているだけか?
改めて、ボー・ケンシャの顔を見た。
違うな、やはり何かあるに違いない。コイツには、ただの親切屋とは違う凄みがある。
「分かった。行こう」
「よかった。ようこそノベナロ町へ。まずは観光名所の『大穴』に行きましょう」
「大穴?」
「はい。でかい穴です」
「もう不安なんだが……」
「大丈夫です。でっかいですよ」
そうして彼の案内で行った先は、乾いた大地に穿たれた縦穴だった。底は見えず、壁面は妙につやつやとしている。熱線か何かで焼いたようだった。
「でかいな」
「はい、でっかいです。オレが開けました」
「そうなのか。で、次は?」
「次はそうですね、町の入り口にあるダイナーです。最近、この町に人が増えはじめてからオープンしたんですよ。この時間ならもう開いてます」
「最近? どうしてこの町に」
「あのでっかい穴が観光資源なんで」
「へぇ……」
嘘をついている気配がないのに、嘘でもう滅茶苦茶だ。ちょっとは隠せ。
「では朝食にしよう」
「いいですね」
彼の案内でついたのは、本当にダイナーだった。
もちろん電気製品はなく、魔術製品らしい機械もほぼ見かけないが、アメリカでよく見る軽食屋だった。
入ると中年から初老の女性が迎えた。
「あらボー君いらっしゃい。今日はお友だちも?」
「どうもバーンズさん。彼は旅行者です」
挨拶をすると、彼女はにこやかに応えた。
「お友だちさんは、何か食べたいものはある?」
「お任せにしてもいいですか?」
「いいわよ。座って楽にして」
そうして窓際のソファ席に座った。そろそろ7時くらいだろうか、町の外から、武装した人間がギルドの建物へ向かって行っていた。
冒険者は、ずいぶんと朝が早いな。
「アランさん」
「ああ」
「命を奪うお仕事って、どうですか」
「説教でも始める気か」
「違います。オレは昔、そういう役目だったんです」
彼はただ、俺をじっと見つめていた。
「わけも分からず殺し回って、罪だと気付いた頃には手遅れでした。ずっと前の話ですが……」
「まだ、気持ちの整理がつかないか」
俺の言葉に、ただ頷いた。
「俺がこの仕事を選んだ理由は、できるからだ。最初は、達成できなかった復讐のために始めた。だが恨む相手に痛い目を合わせるなら、いくらでも他の方法がある」
「それこそペテンとか、ですかね」
「まあな。それでさえ良心が痛むやつはいる。だから、『終わらせる』までできる奴は滅多にいない。自分ならできると思っているような奴でも、所詮は想像の中だけだ。殺る段階になって、怯える相手に感情移入をして、その場で殺れても後悔で心が折れる。もう知っているかもしれんがな」
「…………」
彼は、目を伏せた。
「そのときどんな役割だったかは知らん。詮索する気もない。お前はただ、そのときするべきことをしただけだ」
「……そうだとしても、命を奪われた相手がいるんです」
「そうだな。正義の味方に仲間入りしても、殺した過去は変わらん」
そのとき「おまたせしました~」という明るい声と共に、一枚皿の朝食がやって来た。カリカリのベーコンに卵。コーンだった。俺の分だけだ。
「あらっ。シリアスな顔ね。コーヒーをサービスしちゃう」
「ありがとうございます」
「いいのよ~。ボー君、いつも親切にしてくれるじゃないの~」
そう言いながらカウンターのコーヒーを、マグカップ二つに入れて持ってきた。
「ついでにお友だちにも。サービス」
「どうも」
「彼をよろしくねぇ。相談するなんて珍しいのよ?」
彼女はまたニッコリと笑って奥へと戻った。話を聞かないように配慮しているようだ。
「そういえばスティーブさんが言ってました。あの、葉巻を吸ってた人です。タバコとコーヒーは、よく合うそうです」
「身体に悪いぞ」
「殺し屋がそんなことを気にするんですか?」
「どの業界でも、体調と腰には気を配るものだ」
互いにコーヒーを一口。
「……それで、アランさんだったらどうしますか。将来、老いたときに……どうすると思いますか」
「そうだな。まずひとつ、老いることはないだろうな。俺は比較的上手くやれているが、この業界は長生きできない。命が先か、白髪が先か……」
チップになったベーコンの端を持ち、卵の僅か固まりきらない黄身を割って、ドロりとした液をまぶした。
そして一口。まろやかに広がる濃い塩味と、まだ強く残るスモークの香り。ずいぶんと旨いベーコンだった。
「そして、ふたつ。これは俺が選んだ道だ。喜んで、やっていることだ。選べなかったお前とは違う」
彼は、ひどく悲しげに笑った。
「喜んで、ですか。……どうして、殺すんですか」
「依頼人の呪いを解くため……と言えば、綺麗ごとに聞こえるか。結局は俺の解けなかった呪いを、浄化したフリをしているだけかもしれんな」
彼は頷き、「本当に違いますね」と窓の外を見た。
「……ひとつだけ言ってやれることがある」
「なんですか?」
「同じ呪いを持ちそうな奴を、救ってみろ」
俺を見た。
「変えられないものは、呪いだ。いつまでも残り続けるものだ。どう行動しようが、いつまでも呪いが追ってきて、棘のように刺さってくる。その傷を癒したいなら……誰かを、呪われる前に助けてやることだ」
「同じ呪い……。虐殺を、止めるってことですか」
「それはお前の問題だ。だが、虐殺だったら止められそうな立ち位置にいるように見えるな」
「……そうですね」
彼は深く頷いて、マグカップを持った。
「こういうのは好きですか?」
「まあ、付き合ってやる」
俺もカップを持った。
「解けない呪いに」
「解けない呪いに」




