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貴いお方が裸同然とはどういう了見だ  作者: 能村龍之介
殺し屋、神話に巻き込まれるの章
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56 ギルドカードを発行してもらおう

「さて、どう入ったものでしょうか」


 冷えた朝の海風が頬を撫でるバンベストの半島で、ひとり呟きます。ここから、はるか遠くに陸地が見えています。あれがバルカンの大陸です。


 船からの不法入国なら早いので、とっとと行きましょう。みーひとりなら、船の底に張り付く『すたいる』でどうとでもなります。


「おい……おい待て……貴様……!」


 背後から、息を切らせた声。振り返ると神父が来ていました。


「なんですか。やっと解放されたと思ったのですがね」

「貴様わかっていたな……! 分かっていて押し付けたな……!」


 まだ息を整え切らない内に、神父を追って妖怪が走ってきました。


「ぉおおおおおチンポ! 詫びチンポ寄こせぇえええええええ!」


 その形相に、神父が必死な顔でみーにしがみつきます。


「く……! わ、分かった。望みを言うのだ悪魔!」

「悪魔に屈しないんじゃないんですか。ハテナ」


「屈してなどいない! ちょっとした……取引だ!」

「ほほう。取引ですか」


 走って来たルイマスに手をかざし、待ったをかけます。するとロリジジイが足を止め、不満そうな顔ながらじっと待ちます。


「では、みーたちがゆーの主に出会う手伝いをしていただきます。アランさんを殺せても、どうせみーは殺せません。ですから、最初から協力して脱出の方法を探るべきです。キラーン」

「む……うむぅ……」


「ゆーの任務は、みーたちを外へ追い出すこと。それができるのはゆーの主だけ。簡単なことでしょう。ハテナ」

「…………」


「沈黙ですか。……ルイマス、『ごー』」

「沈黙すんならチンポくれぇえええ!」


 妖怪が構えた瞬間に神父が縦に頷きました。


「わ、分かった! それで手を打つ」

「はい『すてい』。それでいいんです。なにを悩んでいたのですか」


「侵略者なら、生きてここを出た後に仲間を引き連れてくるやもしれんからな……」

「……結構まともな理由でしたね。ですが残念。みーは永遠に異世界をさまよう者(ぼっち)ですし、アランさんは基本一匹狼の殺し屋(ぼっち)です。呼んでくる仲間がいません。ショボン」


「……仕方ない。お手を(わずら)わせるのは不本意だが、主に解決を願う他あるまい……」


 今度こそ解決みたいですね。これで安心してアランさんを迎えに行けます。


「では、入出国の管理は任せなさい」

「おや、そんな特権があるのですか。聞くにバルカン公国は神の敵と名乗っているとかで、あの女神の宗教を受け入れていないらしいですが」


「あそこは星の消えた日の以前からあった大陸だ。もともと神話を持っていて、我が主の神話を浸透させる余地はなかった」


 うーん。神周りの者と話すと創世記みたいな話がポンと出てきますね。


「つまり、あの大陸以外は星が消えてからできたものってことですか」

「そうだ。それゆえ中途半端に生まれた大陸の、ただ生まれた人々に、我が主の素晴らしさを偶像と共に広めるのは並々ならぬ任務だった。それで一気に主の教えを広めることができたものの……。そのせいでバルカン公国とのずれ(・・)が生まれ、国境を色濃くしてしまった」


 昔を懐かしむ目です。老人の昔話とはいえ、8000年前となると重みが違いますね。


「ともあれ色々と歴史があって、私は神父だがバルカンへの入出国を許されている」

「分かりました。ではお言葉に甘えます。ニャン」


「ニャン?」

「……勢いで言っただけです」


「お前は甘えるときにニャンニャンと鳴くのか」

「やめろください。殺り合いますか。プン」


「……ゆくぞ。やれやれ」




「そろそろ行きましょうか」


 港の町から夜になるまで歩いて、土の道が砂っぽくなったところで野宿した。そして満月が沈むころに起きてから、歩き出した。


 目的の『ギルドカード』を発行してくれるという町はもうすぐだ。


「シャーリー。行く」

「いくー……ん~……」


 シャーリーが寝ぼけ眼で不満そうに言った。このサメ少女は朝に弱いようだ。


「うー……シャーリー、いくぅ」


 そして自分を指さして、自分の腕をもう片手で下した。なるほど、言葉を行動で否定することで『したくない』と言うことを覚えたか。


「シャーリー。ねる~」


 そして俺の手を引いて、また横になろうとした。


 その手を離し、行く先を指した。


「アラン、茂美。行く」


 そして歩き始めた。


「うぁっ! アラン!」


 叫んで地面で暴れ、その場でうずくまった。そして寝たふりを始めた。


「あらあら……アランさん」

「大丈夫ですよ。行きましょう」


 そのまま歩き続ける。ある程度行ったところで振り返ると、起き上がりかけのシャーリーがバッと寝たふりを再開した。


 それを無視してまた進むと、慌てた声が追って来た。


「わぅう……アラン! 茂美!」


 俺と茂美の間に来て、袖を掴んできた。


「うふふ。かわいい……。シャーリーちゃん?」

「……? 茂美ぃ~」


 それからずっと歩き続けて朝の日が差す頃。ようやくたどり着いたのは、砂漠のような砂丘に囲まれた、荒野の町だった。少し離れたところには草が生い茂っているというのに、そこだけ狙ったように砂漠化が進んでいた。


 普通の木造の家や、中には土をレンガのように固めた家も並ぶこの町は、港の町のように大通りで分断されているようだった。そして、その中心にはひときわ大きな、屋敷のような建物が構えている。あれがきっと、この町の役所だろう。


「行きましょう。シャーリーは任せていいですか」

「任せてちょうだい」


 そうして建物へ入った。エントランスホールは広く、入って目の前に受付があり、左右にはトイレか、その他の部屋へと続くような廊下がある。


 朝が早すぎることもあり、ひとりしか客らしい客もいない。あとは警備が受付の横に立っているくらいだった。


 受付はふたり。片方は葉巻を吸った中年の男で、俺と同い年くらいの男が何やら手続きをしているようだった。そしてもう片方は、やけに甘ったるい女で、なぜかその背後には用心棒のような男までいる。


 どういうわけか、みんなが俺たちを見ていた。


「……なにか?」

「いや……」


 葉巻を吸っていたひとりが他の面子と顔を合わせた。確かに、どこにでもいるような俺と、やたら身体の発達した茂美と、サメの皮を着たようなシャーリーはチグハグしているようではある。


「ああ、すみません。やっぱり、ぱっと見でよそ者だって分かりますか」

「まぁ、な。こう言っちゃなんだが、変わってるぜ。また誰かがヤバい奴を連れてきたかと思ったが、まともそうでよかった」


 葉巻の男が笑いながら、灰のこびりついた皿へ灰を落とした。


「実は困っていて、助けてほしいんです」

「はぁーい。受け付けはこっちですよぉ」


 甘ったるい見た目の女が、甘ったるい声で誘ってくる。


「それでぇ、どうしたんですかぁ?」

「実は、バルカンに入って来たあと、出られないことが分かったんです。なんでも、ナントカ証明書がないといけないみたいなんですが、オレたちは貰ってないんです。でもギルドカードがあればなんとかなるかもって、港の町で聞いて……」


「えっと、国を出たいんですかぁ?」

「そうです」


「それは……スティーブさぁん?」


 分からないらしく、隣の男へパスを出した。


「分からねえ」


 本格的に分からない時の即答だった。当てが外れたか……。


「なんだってギルドカードがここで貰えるってことになってんだ?」

「ギルドマスターの人が、面白いって思った人に発行しちゃうとかなんとか」


 そういうと、彼がのけぞり返った。


「おい、俺ぁそんな風に言われてんのか」

「オレにくれた話が広がったんじゃないですかね」


「間違いねぇな」


 男と受付が友人のように話す。どうやらそこすらも噂話程度だったらしい。


「あの、いいですか」


 引き返そうかと思ったとき、受付をしていた客の男が話しかけてきた。それとほとんど同時に、警備の男がキザな表情で茂美の手を取り、「お困りならばなんでも協力いたしますよ、マダム」などと話しかけていた。


「なんでしょうか」

「よければお力になりますよ」


「何か、解決方法が?」

「今は分りませんが、女王に話を通せば大体はどうにかなります」


 女王に話を通す……? そんなに民の話を聞くような人なのだろうか。あるいは、この男が女王とのコネクションを持っているか……。


「凄いですね……あぁそうだ、僕はアランと言います。こっちは茂美と、シャーリー」

「どうも、オレは――」


 そして、彼は目いっぱいに息を吸った。


「『魔族博士の草むしり大使のSランクの冒険者の親切屋』の……ボー・ケンシャです」

「はい?」


「ですから」

「いや、繰り返さないでいいです。……お名前……は?」


「ボー・ケンシャです」


 絶対にターゲットだ……。


 変な名前の奴がターゲットになるという法則が指をさしている。こいつがターゲットだと。いったい誰に依頼されるんだ。


「はぁ~……そうなんですねぇ……」

「よければ行きましょう。彼女は……あ」


「ん?」


 男――ボーの目線を辿ると、入口から誰かが歩いてきていた。茶色の装備で一式をそろえ、テンガロンハットまで深々と被った異様な姿だ。


「ちょうどいい。相手から来ましたね」

「……あれが女王様ですか?」


 そして立ち止まり、深く青い宝石のような目が帽子と立てた襟との間から覗いた。


「ごきげんよう」

「来やがったな火薬バカ」


「ん~素晴らしい呼び名ですの。素晴らしくって――」


 彼女が腰元から拳銃を取り出して頭上へ向け。引き金を引いた。


 ドンッと普通より重い音が響く。本能的に屈んで上を見た。こんなところで撃ったら跳弾が……。


 ……よく見たら、天井が無かった。何かの拍子に抜け落ちたらしい。


「――今日も硝煙の香りがたまらねえですこと! オッホ! ケホッホッホ!」

「発砲禁止っつったろ。違反だぞ。ほら帰れ」


「いやですの」


 笑いなのか咳なのかもよく分からない声だった。


 なるほど。女王がこれでは親衛隊もあんなことになるわけだ。


「あら、今日は朝早くからお客様がいらっしゃるのですね?」

「どうも……アランといいます。実は困っていまして……」


「お困りに? なんでもお申し付けください。どんな悩みでも、火薬が解決いたします」


 彼女は銃身にほおずりするように、その重い見た目の拳銃を眺めた。


 ……煙が多く出たならば黒色火薬か。撃鉄のショックで発射されたのだから雷管はあるとして、リボルバー機構が採用されており、本体の重さを度外視して鉄の厚みで爆発に耐えられる設計にしているようだ。


 さながら、コルト・ウォーカーといったところか。


「火薬……でどうにかなるかは分かりませんが、バルカン国から出られないんです。実は僕たち、ただの観光客で……」

「まぁ。それは大変ね。なら永住なさい」


「……え? いや……」

「住民票は発行しますわ! バルカンへようこそ!」


「いったん、落ち着いて下さい」

「はい」


 彼女は素直に返事をした。そこは落ち着くんだ……。


「あの、ローズマリーに帰りたいんですが……」

「まぁ、ローズマリー。素敵な場所です。大市場に伺ったこともありますが、とても活気のあふれる場所でしたわ」


「いえ、観光話ではなくて……」


 かなり話が通じない。かなり、参っている。なんだこいつは。これで女王ができるのか。


「…………帰りたいのですか?」

「はい」


「どうしても?」

「はい」


「……バルカンを、出たいのですね?」

「はい」


 妙に溜めてくる。なにか嫌な予感が――。


 相手が銃身を持ち上げた瞬間、左手でシリンダーごとリボルバーを掴んだ。そして撃鉄に、小指を挟む。


「な――」


 相手が反応しきる前に銃身をひねって持ち上げ、相手の二の腕に右ひじを打ち込んで銃を奪った。


 そして体当たりして距離を作り、即座に撃鉄を立て直して相手に向けた。


「危ないじゃないですか。銃を向けるなんて」

「……あ……貴方は……」


「安全装置を作った方がいいですよ? 今のは偶然(・・)小指が挟まったから弾が出ませんでしたけど、こういう拍子に間違って撃っちゃったら……危ないなぁ」


 銃身の側面を見るが、どうやらシリンダーを横にずらしたり、銃身が折れるタイプではない。シリンダーを銃口側から見ると、やはり黒い鉄球のようなものが詰まっていた。それに逆側から見ると、シリンダーのスロットに小さいチップがくっついていた。これで、弾丸式ではなく、シリンダーに直接火薬を詰めるタイプであると確定した。銃身下のレバーは弾頭を押し込むためのローディングレバーだろう。


「それに、グリスをちゃんと塗ってください。じゃないと暴発しますよ」

「……」


「おっと失礼」


 シリンダー後部から雷管をすべて外し、彼女へグリップを向けて返した。そして、手を取って立ち上がらせた。


 ふと、周囲の視線に気づいた。茂美とシャーリーと甘い女以外が、信じられないものを見る目で見ていた。


「わぁすごい! かっこいい!」


「あのティア姫をここまでやりこめるたぁ……何もんだお前」

「……ただのアランです」


「くそ……気に入っちまったな。おい、こっち来な。とりあえず冒険者手帳は発行してやる。ギルドカードはそれとセットでくっ付いてくんだよ」

「はぁ……」


 それが脱出に使えるかは分からないが、まぁ身分証明書代わりに使えるなら便利だろう。カウンターを抜ける。


 すると女王――ティアがくっついてきた。


「で、どうして撃ってこようとしたんですか」

「銃のことを知ってしまったからです」


「うん? 知るって」

「わたくしが撃つのを見たでしょう?」


 思わず振り返って、彼女の顔をじっと見た。


 要するに、あの気が狂っているとしか思えない発砲を目撃したのが原因か。


「……正気か?」


 思わず呟いた。


「そのセリフ、もういくつか前に言うやつだぜ」


 スティーブが皮肉っぽく返した。

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