54 ところで置いてきた方々は2
「帰ったぞソフィア姫!」
夜の農民の家に騎士団長の声が響く。
アリアンナはもはや、私生活のほとんどをここで過ごしており、居館である王国騎士館はもはや、仕事か寝るかのどちらかでしか使わなくなっていた。
ソフィアの家の方が、よほど自宅だった。
「あ、お帰りなさーい」
「お帰りなさいマセ、アリアンナ様」
「うむ。ドゥカ姫も息災でなにより」
「アリアンナさんも、元気そうでよか……った」
妙な間に、アリアンナが微笑んだ。
「敬語を止めるのに慣れぬようだな」
「えへへ。クセで……」
「分かるぞ。我もまだこの格好に慣れん」
アリアンナは自分の姿を見下ろす。いつもの下着に、革のジャケットとパンツ。
オーダーしている鎧の手甲足甲はいまだに完成しないらしい。長い間この格好をしている気がするが、まだいつもの格好よりも厚着なこの格好に慣れないでいた。
「やっぱり……敬語の方が良い?」
「否」
アリアンナはソフィアの腰を抱き、口付けをした。
「こっちの方が好きだぞ。ソフィア姫」
「ん……私も、こっちのが好き……だよ。えへ」
いきなり勃発しそうな雰囲気になったが、アリアンナが異変に気付く。
「……他の者はおらんのか?」
いつもなら、ボウイとビスコーサ、そしてフローレンスやお自野がいる。全員でなくても、誰かしらは来ているのが普通だ。
「うん。ビスコーサちゃんは普通に残業かな。フローレンスちゃんもなんだか病気の人が増えたとかで。ボウイちゃんとお自野ちゃんは分かんない。二人で出掛けたっきり」
「そうか……」
アリアンナの少し曇った表情に、ソフィアが首をかしげた。
「どしたの?」
「うむ。フローレンス姫が忙しくなっているように、どうやら病気が流行り始めているようでな。まさか噂は本当なのか……」
「噂って?」
「どうやら、呪術師か何かがいるようなのだ」
「じゅちゅちゅし……! そんな人がいるんですか」
言えていないソフィアに口許を綻ばせかけ、アリアンナはそれを耐えて頷いた。
「呪いが蔓延しているやもしれん。あまり外を出歩くのは怖いぞ」
「はーい。お買い物もまとめてやっちゃおっと。……あっ」
ソフィアがアリアンナの背後を覗く。ちょうど看護師がやって来た所だった。
「来たよ~……」
「おかえりーっ」
家の明かりに照らされて見えた彼女は青い。ひどく疲労しているようだった。
「ってだいじょーぶ?」
「ほんと疲れたぁ~……。なんで急に患者さん増えちゃうの~……」
「むむむ。おっぱいをどーぞ!」
「わーい」
後ろ手にして胸を張ったソフィアに、フローレンスは遠慮をしなかった。
顔を埋め、ぱふぱふと楽しんでぷはっと息を吸った。一瞬で血色が戻る。
「ん~元気でたっ」
「いえーい」
「うえーい(笑)」
ハイタッチの形で手を合わせ、指をパタパタさせた。
「あれ、ちょっとなんかシリアス?」
「そーなの。フローレンスちゃん。気を付けてね」
「なにを~?」
「あのね、じゅちゅちゅしがね……」
「ふふっ。えーかわいー! なに今の! もっかい!」
「んふ。だからね、じゅちゅちゅしが」
「ちゅちゅちゅ?」
「じゅちゅちゅ」
「ちゅ~」
「ちゅっ」
ちゅのついでにキスをして笑いあった。まるで本題に進む気配がない。
「ただいま戻りましたぞっ。なにやら楽しそうにござるなぁ」
「ただいまー……ふ~」
家の角から殺し屋見習いと忍者が出てくる。裏手から回ってきたようだ。
ふたりとも、特にボウイに疲労の色が出ていた。
「あ、おかえりーっ! どこ行ってたの?」
「ふっふっふ。聞いて驚け膝栗毛。実はちょっと山に登ったのでござるよ」
「え? 山って……」
「あっちの山にござる」
指差したのは、家の裏のやや右。森の向こうの山だった。それなりに標高があり、やや遠くにある。
その頂きの辺りに、ウォーカーのアジトだった洞窟があった。
「お。ちょうどフローレンス殿もおりますな。ではちょいと……」
お自野は部屋に入るなり、ミルや鍋を机に並べ始めた。
「自野っち何してるん?」
「町の大体の模型にござる。フローレンス殿にも協力願いたいのですが、町で出た病人がどの辺りに出てるか教えて頂きたい」
「なんか面白そう。いーよ、やろ」
次々に並べられていくキッチン用具が、城、大市場、騎士館と、城壁の中の構造を模していく。
並べ終わるなり、お自野は大鍋を指差した。
「ここが城」
次に指差したのはスプーンだ。
「で、この家がここにござる。病に臥せった者はどの辺りの出身にござるか」
「えっとね、ここと、ここと……」
次々に指を指していく。すると、段々とフローレンスの表情が冷たく凍っていく。
「え……え? ごめんもっかい」
もう一度、病人の住所を指差す。
やはり同じだ。
「その通り。実は、病人の出た場所は“城下町を横断する帯”の形になってるのでござる」
「そんなことある? ウソぢゃん」
「ほ、ホントにござるよっ。暇で町を偵察ごっこしていると、どこの家が空いたとかが分かるのでござる。しかもしかも。バレてないでござるよ。ふふふー」
「や、疑ってるワケじゃなくてね?」
本当はバレており、全身タイツ忍者はかなり細部まで観察されていた。なんなら通報もされていた。
が、準警察機関である騎士団の長はアリアンナである。そういう問題はもみ消されて消える。
横でその汚職の当人が顎をこすった。
「うーむ。偶然ではあるまい。やはり人間の犯行か」
「と、思うにござるでしょ~?」
どや顔忍者がアリアンナの胸をつついた。ちょん、ちょんと二度突いて、ついでに思い切り一揉み。
「……今宵はアリアンナ殿の乳を堪能させて頂きたく……」
「うむ。なにやら頑張った報告のようだからご褒美だ。後でいくらでも楽しむがよい」
「おほ~……」
お自野が盤面に顔を戻す。
「それで、拙者は思ったのでござる。呪いを風に乗せているのでは、と」
フローレンスが示した帯。それをたどり、盤面の外側まで指を伸ばしていく。
「さてこの方角。実は……拙者たちがさっき登った山がドーンと構えてる」
「それで山登り、か。……コラ!」
突然の叱咤に、ボウイとお自野が両肩を竦み上がらせた。
「え、え? アリアンナ?」
「な、なにゆえ……」
「いかんぞ貴様ら。そんな危ないところへ行くなど。そういうときにはこのアリアンナを連れてゆけい!」
「ご、ごめんなさい……」
「かたじけ~……」
二人の萎縮した顔を見てアリアンナは、微笑んで抱き締めた。
「無事だったからよい」
そのまま自然に、二人の尻を撫で始めた。
「それはそれとして、貴様らの反省顔はムラムラするなっ! ここいらで一発ヤると……」
「アリん。だーめ」
暴走を止めたのはフローレンスだった。
「エッチしたら、なんの話か分からなくなっちゃうでしょ~」
「む……うむぅ……」
看護師はその、ハーレム全員を興奮させる見た目によらず、性欲のコントロールはしっかりしていた。彼女が暴走するのは恋心の方だ。
意外にもこのメンツで、ムチムチギャルがブレーキ役だった。
「それで、どだった? ボウイ君?」
「えっとね、なんか……人はいたんだよ。でもヘンでさ……」
「ヘン?」
「なんか、洞窟にいたんだけどね? 入ってきちゃダメとか、病気が止められないとか……」
「あやしーぢゃん」
「でしょ? ふつー入ってみるじゃん? でもお自野がさ~……」
ボウイが言うと、忍者が手を振って否定した。
「だってだって。危ないって言うから危ないんだなって思うにござる」
「ゼッタイ嘘だって~。信じちゃダメだよああいうの」
神がこもった洞窟の前で、ボウイとお自野が言い合った。ボウイは入って止めるべきだと言う一方、お自野は病の言葉を全て鵜呑みにし、近付いたら呪われるに違いないと無理やり引き返したのだ。
実際、入ったら死んでいた。バカ忍者のバカの部分が、命を救った瞬間であった。
「うむ。ということは、犯人がここにいるということだな」
「にござる」
「では行こうっ!」
「え。いかんいかん! いかんにござる!」
アリアンナを慌てて止めた。
「む? しかし嘘なのだろう」
「否否、あれはきっと本当にござるよ? なんか……すごいなんか、必死な感じがこう……」
ボウイが横から顔を覗かせる。
「そりゃそうだよ見つかったんだから。早く行かないと逃げちゃうよっ」
「えー。でも本当だったら怖くないでござるかー?」
「本当なワケないない。みんなも思わない?」
ボウイが聞くと、みんなお自野に申し訳なげな顔をした。
「我は嘘だと思うぞ」
「ごめんだけど、ウチもウソっぽいなーって」
「ごめん私も……」
どんどん追い詰められていく。
「うー、うー……」
お自野は折れかけたが、まだ意見を言っていない一人に助けを乞う目をした。
「あ、どぅ、ドゥカ殿はどうでござるか」
黙っていた彼女の顔が、お自野へ向いた。
ドゥカは人間然と会話することができないと自己判断し、基本的に話は遠くから観察しつつ、やり取りをラーニングしていた。そのため、基本的には黙っている。
「何とも言えマセン。ただ、事実であった場合のリスクはかなり高く、対策はするべきだと思いマス」
「ほらー! ほらそういうことにござるよ皆の衆~?」
そう言うと、みんな納得したような表情になった。
バカ忍者がメンツを守ろうとし、全員の命を守った瞬間だった。
「対策、か。どうしたものかな」
「そこはお任せくだサイ、アリアンナ様。ワタシは呪われないのデス」
ドゥカが胸を張る。かなり柔らかい素材のせいか、かなり大きく揺れた。
「呪われない、とな?」
「ワタシを製作したテラリス様がそう仰りマシタ。魂の無い物は呪われぬのだ、と」
ドゥカの発言に、フローレンスが身を乗り出した。
「えー? 魂なくなくない?」
「フローレンスちゃん、それどっち?」
「え。ある。ある方のない。え?」
「え?」
ソフィアとフローレンスが勝手にどつぼにハマる。
「よーするに、呪いに無敵?」
「その通りデス、ボウイ様」
「すっげ~」
その横でボウイが目を輝かせる。そういうところはやはり少年だった。
少し考え、アリアンナは顔を上げた。
「ならば、頼めるかドゥカ姫」
「了解しマシタ。どのような任務でショウ」
「その洞窟に入り込み、話を聞いてくれぬか。なぜ呪いを撒き散らすのか、犯行を止める気はないのか」
そして、彼女が剣を鞘のままで差し出した。
「もし攻撃されたならば、これで身を守るがよい」
明かりすら着かぬ、暗い洞窟。病はひとりで泣いていた。
ウォーカーのアジトは木貼りの内装だったのに、それすらも腐らせてしまった。
残ったものは、石。冷たい石の地面。冷たい水晶。それでも、孤独でもまだ耐えることはできた。誰も腐らせないのだから。
それなのに――見つかってしまった。
「ひっぐ……ぐすっ……」
どうして見つかったんだろう。どうすればいいんだろう。
わたしはまた、皆を腐らせるのか。逃げても、ここにいても、きっとまたそうなる。
だったらどうすればいい。分からない。
「……ステイシー……さん……」
思わず呼んでいた。
自分を無害にする唯一の存在。誰かに触れることを許される唯一の免罪符。
自分の存在を認めてくれる、唯一の人。
どうしてわたしを置いていったの。ずっと、ずっと側にいてくれた。ずっとわたしの存在を許してくれた。なのに、どうして――。
「失礼いたしマス」
思考の暴走を、洞窟の入り口から響くひとつの声が止めた。
いけない――。
「ま……まって。まって! 入ってきちゃダメ!」
「申し訳ございマセンが、その命令には従うことができマセン」
「あなたも死んでしまうの! 腐って――」
言葉が続く前に、現れた存在を見て絶句した。
白く流線を描く身体。光る目。
人間ではない。それなのに、人間として動いている。
これは――。
「ハジメマシテ。ワタシはドゥカ。セクサロイドとして生まれマシタ」
「……えっ……と……」
言葉が上手く出てこない。喋っているのだから、人間として扱えばいいのだろうか。ならば挨拶はするべきだろう。
「……あの。……わたしは病……です……。こ、こういうところの……」
懐から名刺を出して渡す。ドゥカはそれを受け取り、じっと見た。光る目がその手元を照らしていた。
「世界管理、デスね。よろしくお願いしマス」
「……よろしくお願いします……」
どこか知らない世界にでも転移でもさせられたのか。そんな困惑があった。
「……あの……」
「どのようなご用件でショウ」
「セクサロイド……? のお方……なんですね。それって……」
病が聞くと、ドゥカは「よくぞ聞いてくれマシタ」などと言いながら胸を腕に挟んで寄せた。
「セクサロイドとは、セックス専用ロボットのことデス。ムラムラなさったらお任せクダサイ!」
「せ……え……?」
「セック――」
「ち、違います聞いてません……!」
あまりにも予想外だったし、全く意味が分からない。
それでも病は顔を赤くした。だが恥ずかしさは半分だった。
もう半分は、愛し合う人がする行為だと知っていたからだった。まだ恋を知らない子の憧れによく似た感情だ。
「……そ、それで、せ……セクサロイドの方が、どうしてここに……?」
「調査任務デス。貴女に事情を聞き、事実解明をするため参りマシタ」
「…………」
渡りに船、とでも言うべきだろうか。この人に自分が危険だと言えば、きっと誰もここへは近付かないはず。
「質問デス。なぜ、呪いを撒き散らすのでショウか?」
「……その、信じてくれないかもしれないんですけど、勝手に菌……呪いが溢れてしまうんです……」
「それを止めることはできマスか?」
「できない……と思います……。方法があったら……すぐにでもやりたいです……。もう誰も……腐らせたく……」
「分かりマシタ。一度報告に戻りマス」
ドゥカはパッと振り返って、洞窟の外を目指そうとした。その背を見て病が重要なことを思い出し、ドゥカの背へ手を伸ばした。
「…………あ……ま……まって……!」
「いかがなさいマシタ?」
「えっと、えー……っと……」
上手く言葉を紡ぎ出さねば。彼女たちにも伝わるような言い方で。
「呪い……って、こう……目に見えなくて……まとわりつくんです。だから今ドゥカさんは呪いまみれ……なんです」
「ご安心クダサイ。ワタシは呪いにかからないのデス」
「そ……そうじゃなくて……呪いは伝染するから、今のドゥカさんが他の人に会ったら、呪いが移るんです……」
「ナント」
彼女は大袈裟に驚くような仕草をしてみせた。
「分かりマシタ。ではここから……」
「え……? ここからって……」
ドゥカは入り口を向き――凄まじい声量で話し始めた。全身がビリビリと揺れるようだ。
「ひぃ……」
病は両耳を塞いでしゃがんでしまった。
「――以上デス。次にはいかがなさいまショウか!」
洞窟の前の、小屋の残骸。それを少し遠くから見つめていたアリアンナが頷いた。
次の昼。二度目の登山には、アリアンナとお自野、そしてボウイとドゥカが来ていた。残りは仕事や体力的な問題でお留守番だ。
報告の内容。そして不自然に倒壊した小屋の様子。間違いなさそうだ。
「うむ。自野姫、手柄だな」
「むっほっほ……そうでござろうそうでござろう?」
さも当たり前のように言うが、ちゃんと誉められたのはこれが初めてだったので死ぬほど口角が上がっている。
「やっぱニンジャってスゲーんだな。疑って悪かったよ」
「いいんでござるよぅ……むふふん……」
アリアンナが思い切り息を吸い、ドゥカに負けないほどの声量で返事をした。
「よぉし、ならばァ! その方法を探すべく調査をするゥ! しばしの辛抱をせェいと伝えろォッ! ドゥカ姫もゆっくりと待っておれィ!」
「ん~……その声なら聞こえてるんじゃないかな……」
「む。それもそうだな。では病ィ! 今聞いた通りだ! 分かったなァ!」
返事はない。というより、しているのだが病の声量ではまるで届いていない。
「………………病ィ!」
やはり届かない。まるで届く気配がない。病にそれは酷だ。しかし会ったことのないアリアンナに分かるわけもなかった。
「うむ。具合が悪いようだな。事態は一刻を争う」
「なの……かなぁ?」
「なのでござるよ、ボウイ殿。早く下山せねば。ほれほれっ」
そうして、あっさりと三人とも山を降りていった。
……助かった。帰ってくれた。
病はほっと胸を撫で下ろして、岩に寄り掛かった。
腐らせずに済んだのだ。
…………よかった……。
「お加減が悪いのデスか?」
ドゥカがこっちをじっと見ている。
そうか。もしかしたら、アランさんが送ってくれた味方だったのかもしれない。あのとき、塔で彼が、なんだか不貞な関係を築いているのを察した。それを考えたら……。
「……ドゥカさん」
「ハイ」
「もしかして……アランさんの恋人の方……でしょうか……」
「その通りデス。厳密には、アラン様は恋人でありワタシのマスターなのデス」
「……そう……ですか……」
やはりだ。どうして冷静に考えられなかったのだろう。病は安心に、ただ泣きそうな顔になった。
「……病様」
ドゥカが、腰に下げていた剣に手をかけた。
そして――――脱ぐようにベルトを外し、地面の比較的平らな場所へ置く。
「もしも辛くなったのであれば、いつでもお声掛けクダサイ。ワタシはセクサロイド。いっぱい癒し、おっぱいでも癒しマス」
アリアンナから学習した下品な台詞を言いながら、病を胸に抱いた。
「うぎゅっ!? ……な……なにを……」
「人はみな、おっぱいが好きとラーニングしておりマス。どうぞお好きなだけご堪能クダサイ」
「え……その……ちょ……ちょっと待ってください……」
ドゥカのハグを振り切って脱出した。
自分が何をされているのかよく分からなかった。
それが優しさだとやっと気付いた今でさえ、どう返せばいいのかも分からないでいる。
「……わ……わたし……には。……お返しできることなんて……」
「お返し……デスか? それは必要なのでショウか」
「え……それは……」
分からない。必要な気がして言ったが、そう言われては理由なんて思いつけない。
そもそもちゃんとコミュニケーションすること自体が初めてなのだ。お返しのない、用事のないコミュニケーションなど知らない。
「…………分からない……です」
「ではラーニングした情報をお伝えしマス。例えば昨日の晩、今したようにソフィア様がフローレンス様のお顔を胸で挟みマシタ」
「……そうなんですね……」
思い切り、他人事だった。愛し合う関係など遠い存在だ。やはり分からない。
「……それを、どうしてわたしに……?」
「癒すためデス」
「わたしなんかを……癒してどうするの……?」
「どうも致しマセン。癒すことが目的デス」
「え……」
また、分からないことだった。今度は、違う意味で。
「……どうして?」
「そのように作られたからデス。初めはマスターのテラリス様を。次のマスターのアラン様を。そして、他の方々も癒すのデス。セクサロイドとは、そういう物デス」
「でも……じゃああなたは……?」
「……? ワタシ、デスか? 癒される必要はありマセン」
「……」
「ワタシは、傷付きマセン。なので癒される必要も無いのデス」
「…………ドゥカさん……あなたは……」
話しているうちに、病の胸がザワザワと騒ぎ始めた。
「……なにを、したいんですか」
「なに……とは?」
「…………夢……とか。やりたいこと、とか。生きることでも、食べることでも、その……せ、セックスする……ことでも」
「ありマセン。セックス専用ではありマスが、ワタシの欲求ではありマセン。快楽器官に反応して喘ぐことも、楽しんでセックスさせていただくことも、全ては癒しのためデスよ」
彼女は自分のことなど考えていない。ただ、自分以外のためにどうするかしか考えていないのだ。
感じたことの無いほど、胸が痛かった。
彼女も――人間と同じように幸せになれないのか。
「…………ドゥカさん」
「ハイ」
「……来てください」
「かしこまりマシタ」
「…………座ってください」
「かしこまりマシタ」
目の前で座らせたドゥカの頭を、そっと、抱いた。
「……ドゥカさん。どうですか。……癒されて、くれていますか……」
「申し上げにくいのデスが……」
やはり、無理なのだろうか。わたしでは――。
「……おっぱいがありマセン……」
「…………」
病はドゥカを離し、下を見た。
確かに平らだった。
「…………んっ……」
思い切りぎゅっと寄せた。両脇の下から、ぎゅうっと。そして一掴み大にしてみせた。
「……こ……これで……癒されてください……!」
「デスが、ワタシは……」
「お願いです……癒されることも知らないのに、癒すなんてきっと無理ですから……だから……」
言葉を詰まらせた。
彼女に言っているのか、彼女に重ねた自分に言っているのか、分からなくなった。
……いや。
……どっちでも……どっちでもいいんだ。
「…………幸せに、なってください」
「……分かりマシタ」
また、ドゥカを胸に迎え入れた。彼女は腰まで抱いてきて、スリスリと頬擦りをする。
それが、彼女がしたいからなのか、人間の見よう見まねなのかは分からない。
それでもひどく――胸の中が温かかった。
「……いいこいいこ」
腕をドゥカの頭にまわし、撫でる。どうしようもないほどに、また嬉しいような気持ちが込み上げてきた。
もしかしたらこれが――人間たちの愛――。
ドゥカが顔を上げた。
「……おっぱいが……消滅しました……」
「…………」
病はきゅっと口を結び、少しむなしそうに下を見た。そして、
「……んっ……!」
また寄せた。




