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貴いお方が裸同然とはどういう了見だ  作者: 能村龍之介
殺し屋、神話に巻き込まれるの章
57/118

52 ある旅の終わり

 目が覚め、すぐに三人で島の北東へ向かった。森を抜けた海の岩場に、船が流れ着いているという。茂美はその場所を知っていたが、滅多に行かないので見逃していたらしい。


 森を歩き、シャーリーが行ったり来たりを繰り返す最中、茂美が口を開いた。


「……アランさん」

「どうしました?」


「その……今さら言うのも変だけど、実は迷ってるの。まだ」

「この島を出るか、ですか」


 彼女は頬を掻いた。


「戻ってもいいのか、分からないのよ」

「良し悪しで決めることでもないと思いますが……。どうしてダメだと思うんです?」


「どう言ったらいいか分からないんだけどね、私……裏切り者みたいな気持ちなのよ」

「確かに、不倫はいけないことですし」


「そ、そっちじゃないわ」


 いやそっちだろ。どうしてそんなに貞操観念がぶっ飛んでいるんだ。俺の出会う発情期(ヤツら)は。


 ……それもやはり、俺のガチ恋フィールドとやらのせいか。


 なんの罰なんだこれは。殺しとはまるで関係がない罪を背負わされている気がする。


「……というと?」

「人間の暮らしが嫌で、皆を裏切って文化から逃げたの。今さら、戻っていいのかしら」


「そうですね……。なら思いきって、新しい人生を始めたらどうでしょう」

「新しい人生?」


「本当に手元に残したいものひとつだけ残して、全然知らない場所に引っ越すんです。そこで、また新しく生き直す」

「……素敵ね」


 彼女は呟いた。


 殺し屋という生き方の中で、数え切れないほど人生を新たにした。コツなら知っている。それを少し、教えてやるくらいならいいだろう。


「……アランさん」

「はい」


「私、ちゃんと決着をつけるわ、夫との。だから……私を手元に残してくれますか」

「……それは無理です」


 危うく自滅するところだった。だが、こっちには切り札がある。聞くだけでおぞましい事実がな。


 血の気が引いていく彼女の表情へ、それを叩きつけた。


「僕には恋人がいます。結婚予定の」

「え……あ、アランさんも不倫だったの!? 卑怯じゃない、黙ってたなんて!」


「ええ、言うのは(はばか)られましたよそれは。なんたって――――八人もいるんですから」


 じっくり溜め、繰り出した。これで立ち直れまい。俺の何故か増殖する輪(ハーレム)をこれ以上、大きくはせんぞ。


「え、え? 八人も!?」

「そうなんですよ。あ、秘密に付き合ってる訳じゃないですよ? 全員同意の上で、全員花嫁志望です」


「しかも全員女の子!?」

「そ……うんそうですね」


 ……まぁ厳密には花嫁の少年(ボウイ)中身爺(ルイマス)シンプルにロボット(ドゥカ)がいるが、細かいことはいい。


「じゃあ別にいいじゃない!」

「そうで……え?」


「アランさん、酷いわ!」

「いや、え?」


「……あら?」

「……え?」


 話が食い違った気がする。


 シャーリーが心配の顔で駆け寄ってきて、俺と茂美の手を触った。


 茂美はまだ、状況が整理できていない顔をしていた。たぶん俺も同じ顔をしている。


「……いまハーレムの話をしているんですよね?」

「してるわね」


「九人目になってもいいんですか」

「そのつもりで言ったわよ……? 逆にいけないの?」


「いや……い、一対一がいい人もいるので……」


 ここでハーレムがいけないと言えば俺の状況がおかしいし、いけなくないと言えば茂美を受け入れざるを得なくなる。


 あっさり論破された。


 というか自滅した……。


「よかった。アランさんが不倫なんてことする人じゃないって分かってたもの。だから好きになっちゃったのかもね。うふふ……」

「それは矛盾してませんかね?」


「どうして?」

「不倫をしない人だから恋したのに、離婚の前に実ったら不倫が成立するじゃないですか。昨日は挿入こそしてませんが……セックスですよね、あれ」


「…………」

「…………」


「……この話、止めましょう? 止めないなら……」

「なら?」


「さっき、アランさんの話も矛盾してたこと蒸し返すわ」

「……止めましょうか」


「そうね。それより、どうやって国に帰るのか考えなくちゃ」




 考えなくてはいけません。この実質全裸という『ぴんち』を切り抜けるその方法を。


 この神父の上着は本当に最悪です。みーにしか見えないってなんですか。裸の王様ならぬ、『裸の美少女系ぞんび』です。死んだ方がマシです。


 とりあえず帽子以外全裸判定なのですから、いっそ脱いだ方がマシかもしれません。そう思って上着の前を開け、脱いでみました。


「……うぅうぅ……」


 嫌悪感が全身を突き抜け、服を着直します。心理的に着なければ死ですが、着ていても全裸を見られるので死です。露出狂の気持ちに『1おんぐすとろーむ』も近付けません。あいつらなんでボロンするんですかね。


 獣の皮を着るべきか、どっかに落ちてる死体の服を剥ぐか、それが問題です。


 とりあえず目的の方角へ森を進みます。キョロキョロと人の気配を、今までにないほど神経を尖らせて探します。まるで変態です。


 音速以上で動けば見ても分からないでしょうが、別の異世界のときに『ろけっとぱんち』で飛んだときは宇宙に到達して二度と地球に戻れませんでした。その反省は活かします。


 ウロウロ、ウロウロと『ヘンタイうぉーきんぐ』しているうちに攻略法を見つけました。胸と股間を手で隠しながら背後を木で隠すのです。動物が通る度にやっていれば完璧です。


 ククク。あとはちょうどいい感じにデカイ熊さんをコロコロさせていただいて、皮を剥ぐだけです。『はんたー』の目で周囲に気を配ります。


 そしたら、マジの『はんたー』と目が合いました。


「どおっしょい」


 咄嗟に必殺技を決めます。よし、胸と股間はこれで『かばー』です。


 すると彼がやって来て、物凄くジロジロ見てきました。


 あ。思ったより無理です。


「あ……ぅう……」


 急いでしゃがんで、ドゲザのゲぐらいまでの姿勢になりました。


「……キミは……」

「……ど、どうも。美少女系ぞんびのステイシー・ミューイーです。今はご覧の訳合って、服をくれるイケメン募集中です。ブルブル」


「…………」


 見上げます。男は真っ先に、下の留めヒモを緩めていました。手元の下が盛り上がってます。


 キッモ。無理です。禁忌解放せざるをえません。


 ヤベェことになるから封印した、みーの超級ヤベェ技をくらえ。


「ぺっ」


 股間にツバを当てました。男は嬉しそうに「おっ」と声を漏らします。


 どうも、キモいですね、腐って死ね。


「……ん? か、かゆ……ぐ……わぁああああ!?」


 掻きむしる音がその内ジュクジュクと鳴り始め[自主規制]股間が消滅した腐乱死体の一丁上がりです。幸運にも『ぞんび化』はしませんでした。しても頭部持ち去りするだけですが。


「やれやれ。これでは……」


 殺しておいてなんですが、殺さない方がよかったかもしれません。剥ぎ取っても、溶けた肉が染みた服では臭すぎます。


 まぁ、こんな男の服なんぞ着たくもありませんが。


 とりあえず荷物を探って『すかべんじゃー』のお時間です。全裸お披露目を防ぐためならヒャッハーすら辞さない。


 それなりの金です。持ち歩く現金が多い。ひょっとしたら金持ちか、強盗だったのでしょう。


 よし。服を買う金ができました。でも服屋にいくための服が必要です。なんですか。詰みですか。


 本当に……あの神父……。


 とにかく、ご都合主義死体は諦めましょう。獣狩りの時間です。わぅう。みーは人間狩人だ。


 小高い土と根の崖を登りました。


 ちょうど目の前に、『はんたー』がいました。


「うぉう」


 彼女が振り向く前に、即座にドゲザのゲです。


「あ、え? ゾンビ……?」


 こっちを見るなり目をパチクリとさせ、短刀に手を掛けました。


「どうも。美少女系ぞんびのステイシー・ミューイーです。今はご覧の訳合って、服をくれるイケメン募集中です。ブルブル」

「……大変ね、どうぞ」


 上着を脱いで、被せてくれます。思いが通じたようですね、よし。


「ありがとうございます。イケメン認定です。お礼に代金をどう――」


 金を差し出そうとした矢先、いきなりチューされそうになりました。咄嗟の腕十字固めで『ぶろっく』です。


「うぉ何ですか急に」

「たす……けたんだから……キスぐらいいいじゃない……!」


「ダメです死にます金で我慢してください」

「お金じゃ……お金だけじゃ貴女みたいな美少女は買えない……! こんなに可愛い娘は……!」


「うおおおお」

「キス……くらいさせなさいよぉおお……!」


 ヤベェヤツでした。ツバ解禁……の前に、もうちょい粘ります。別に殺してもいいですが、女と子どもは見つかったときに体裁が悪いので。


 相手の体重が前に来ているのを利用し、巴投げをしました。


「うぐ……きゃあああっ!?」


 ちょっと遅く、大きめの着地音です。やべぇ、後ろがちょっと崖なの忘れてました。


 ……ですけど、それで追い付けないくらいのちょっとした怪我をすれば好都合ですね。様子を見ます。


「わお」


 落ちた彼女は見た目には無事で、衝撃に咳き込んでいました。近くにやべえ影が見えます。


 熊です。彼女に近づき、その匂いを嗅いでいます。いつの間に来てたんでしょうか。


 とりあえず、ワンちゃんネコちゃんついでに女とガキを救う主人公は好感度モリモリなので救います。


 指を千切って熊の頭上に落とし、拳を向けました。


「ろけっとぱーんち」


 再生の勢いで射出して拳を叩き込み、ボンッという音と共に熊の頭蓋を粉々に粉砕しました。


 ワンパン。それが正義。


「ご無事でしょうか。ニコ」

「ひぃ……いひぃん……」


 熊の下にいた彼女は、血と肉と、撒き散らし臓器にまみれて泣きそうな顔になってます。


「ご無事ですね。もうヘンタイ行為はしないでください。同じ末路を辿らせます。ギュー」


 拳を握って彼女の目の前に出すと、ひたすらに謝ってきました。それから人形のように立って、どこかへ戻っていきます。


 よし。和解ですね。図らずもケモ皮も『げっと』です。


 肉に指を突っ込んで皮を引きちぎり始めると、その音で『はんたー』がばっと振り向きました。


「ひ……」


 そして、また人形のような動きで走って行きました。


「ひぃ……やぁああぁっ……!」


 ……うーん。また面倒な予感がしますね。世間体とか気にせず見捨てればよかった気がします。


「やれやれ……」


 早いところ、この森を脱出しないといけませんね。




 森を抜け、岩場を見つけた。情報の船とやらは近いだろう。


 薮から出るなり、シャーリーの声に止められた。


「……くま!」


 振り返って彼女を見る。案の定、また別のものを指差していた。


 しおれた花だった。


「あら? もう、シャーリーちゃん……」


 茂美が彼女の隣に立ち、花を指差した。


「花」

「……はな。くま」


 茂美が困ったように俺を見てきた。シャーリーが『くま』と呼ぶのは『動物』ではなかったのか。


「ひょっとしたら、『これ』っていう意味なのかもしれないですね」

「そう……ね。たぶん、そう覚えちゃったのかもしれないわ」


 間違って単語を覚えたものを、どう修正するべきだろうか。名前は簡単に直せたが、『これ』という概念的なものは中々に骨が折れそうだ。


「……国に帰ったらにしましょうか」

「そうね。一緒に来てくれるなら、一緒に育てましょう? うふふ。まるで私たちの子どもみたい」


「……」


 どんどん逃げ場が無くなっていく気がする。だが茂美を受け入れたらソフィアたち(あいつら)、ついでにシャーリーに手を出すかもしれない。


 普通に嫌だな……。


「……お子さんは居なかったんですね」


 言うと、茂美は少し切なそうな顔をした。


「……本当は、すぐに欲しかったのよ。でも、夫が嫌がって……」


 でも、と顔を上げた。


「作らなくってよかった、って思ってるの。だって子は(かすがい)なんて言うじゃない? それに……あの人の子どもだって思って、愛せたか分からないもの……」

「そうと分かってて作るより、よっぽどいいですね。危うく殺し屋のお世話になるところです」


「あははっ、そうね。あの頃の私ならきっと、殺し屋さんに依頼してたかも。でも今は――」


 茂美は、確かな堅さの拳を作った。


「――この手で殺すわ。今なら、できる」

「…………」


 なんだかとんでもない人を恋人候補にしてしまった気がする。なんでだろう。俺が悪いのか。


 ……いつもそう思っているせいか、俺が悪い気がしてきたな。


「……さ、さて、いつ出航しましょうか」

「すぐじゃダメなの?」


「ええ。一応、バルカンへの不法入国になりますからね。到着以前に、見回りの船に見つかるだけでも相当まずいと思います」

「そう……ねえ……」


 茂美は考え、頷いた。


「夜はどうかしら。きっと、見つかりにくいと思うの。どう?」


 夜の航海は危険だろうが、昼に見つかるよりずっとマシかもしれない。


「いいと思います。それまでに船が使い物になるか確認して、帆を貼るための木材を確保しないと」

「ええ。すぐできるわ」


「本当ですか? 道具はありませんけど……」

「折ったり剥いたりすればいいんでしょう? 木を。簡単よ」


 とんでもないことをさらりと言った。熊が文明を築こうとしているみたいだ。


「……あ! アランさんあそこ!」


 茂美が嬉しそうに指を指した。そこには、岩に乗り上げた小舟がひとつ。


「よかった。ありましたね」

「まだ乗れるといいけれど……。いつの間にあんなものがあったのかしらねぇ」


 デコボコとした岩を越え、船の側。うまいこと乗り上げたようで、見事に岩へ乗ってピタリと止まっていた。その船首を上にした姿勢と波飛沫が合間って、まるで一つのモニュメントのようになっていた。


「す、凄いわね……」

「そうですね。奇跡的ですよ、こんなの」


 そうして側に寄り、船の底に水が溜まってないか覗いた。


 船の内側は濡れている程度で、深刻な破損は見えない。


 ただ――。


「……」

「どうしたの? アランさ――ひっ!?」


 茂美が船に乗っているものを見て、思わず口を塞ぎながら一歩下がった。


 ミイラだ。干からびた人間が横たわっていた。しかも、ただそれだけじゃない。


「……この服装」

「え……ふ、服装がどうかしたの?」


「知ってるんです。こういう格好が主流だった所を。……ローズマリー王国の船乗りの格好です」


 嫌でも、これが誰だか分かった。何度も噂に聞かされたあの男だ。シャーリーに最初に言葉を教えた男なんだ。


「……トミ……」


 後ろから覗くシャーリーが前に出て、静かに名を呼んだ。


 船乗りトミーは、シャーリーに会うために海へ戻った。だが再会する前に力尽きてしまったのだろう。それがこうして、この島へ流れ着いた。


 茂美が少女の肩にそっと手を置いた。


「……シャーリーちゃん……」


 シャーリーは、ミイラを指差した。


 そして俺を見上げた。


「アラン。……なに?」


 これは死体だ。だが死を伝える言葉なんて……。


 …………あった。


 シャーリーがいつも、そう呼んでいた。捌いた熊。噛られた魚。枯れた花。


 間違って覚えていたのは確かだ。だがあれは、『動物』でも『これ』でもなかったのか。


 俺も、ミイラを指差した。


「…………トミー。トミー、死体(くま)


 そう言った途端、シャーリーは顔をくしゃくしゃに歪め、声を挙げて泣き出した。


「……み……トミぃ……! トミぃっ!」


 ミイラに抱き付いて、泣きじゃくる。


 泣き止むまで、茂美と二人で眺めていることしかできなかった。

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