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貴いお方が裸同然とはどういう了見だ  作者: 能村龍之介
殺し屋、神話に巻き込まれるの章
56/118

51 ゾンビの憂鬱

 次の目的地、山賊が住むという山までやってきました。側にあるのはやはり寂れた町で、女神像が盗まれたという教会もごく小さなものでした。辛うじて宿があったので、前の町よりは人の出入りがあるのでしょう。


 ふたりして、山賊の洞窟へ向かって登っていきます。結局、神父のあの意味深長な「ふむ」の意味は分からないままです。いますよね、展開の都合で匂わせるだけ匂わせて要点を言わない系事件の諸事情を知っているジジイ。


「で、どうなんですか。みーたちを脱出させられそうなんですか。ハテナ」

「……」


「無視しないでくれますか。鬱陶しいほど喋っていたのに、こういうとき急に黙るってどういうことですか。プン」

「……それを言う前に、聞くべきことがある。お前の目的はなんだ」


「お。ついに真相に突入『たいむ』ですね。そういうのでいいんですよ、そういうので。フゥ」


 やっと会話ができそうです。しかもこれは、ルイマスを迎える前に問題解決の『ぱたーん』かもしれません。


「まず、みーに目的はありません。勝手に異世界を渡り歩いてしまう体質なのです」

「それで都合よくこの世界にやって来たと?」


「都合よくやってきました。というか、恐らくゆーの主か別の主に招かれたのだと思います。たまたまみーの存在が目に付いたのでしょう」

「そんなわけがあるか。偶然にしては出来過ぎだ」


「確率の話ですか。なら言いますが、ごく低確率の事象を引き当てることは、別に珍しいことではないのです。世にはそうそう起こらない事ばかりしかありません。例えば、この世界の特定の時間に生まれる確率。陰星歴一年一月一日のぴったりに生まれる確率。その一分後に生まれる確率。その二分後に生まれる確率。その後も一分毎に、現在まで刻んでみます」

「ほう?」 


「全て同じ確率で、全て『うるとら』低確率です。それでもこの世界に生まれるなら、必ずどれかを引き当てるのです。それ故に、なぜ特定の『たいみんぐ』で生まれたかを議論する意味はありません。みーの異世界周遊も似たようなものですよ。メガネキラーン」

「なるほど、ペテン師の言い草だな。やはり話を聞こうとするだけ無駄だったか」


「………………ピキィ」


 立ち止まり、神父の上着を脱いで帽子と『せっと』で地面に置きます。


 全裸(これ)が近頃の戦闘服です。


「うぁああああぅ」


 前を歩く神父に飛び蹴りをしました。すると神父が得物を抜きます。


 よしいくらでもかかってこい。




「よし、これでいいでしょう」


 日も暮れ、焚き火の明かりを前に茂美と頷き合った。洗った熊の毛皮を叩いてみたりとどうにか加工し、一枚の大きな革が出来た。


 ロクになめしていないのですぐに腐ってボロボロになるだろうが、一度の航海を乗りきればいい。


「う~ん……疲れたわねぇ」


 茂美は大きく伸びをし、苦笑いをしていた。その後ろの方でシャーリーが寝息を立てている。一向に変わらない俺たちの作業風景に飽きてしまったのだろう。


「まさか、この島で革の加工なんてことするなんて思わなかったわ。文明って感じ……」

「そうですよね。さて、そろそろ僕たちも寝ましょうか」


「そうね。お休みなさい」


 茂美はそのまま横になった。


 ……まぁ、ベッドなんてものがあるわけがないか……。


 火を消し、横になる。


 しばらくして物音がしたと思えば、茂美がそっと隣に寝転んだ。


「……失礼、するわね」


 小声で囁いてきながら、少しだけ脚を絡ませてきて、指先で俺の胸を撫でた。


「……温かいわ。人肌って、久しぶり」

「……そうですか」


 直に触れた肌の間に熱がこもっていく。


「……ねえ、アランさん」

「はい」


「……不倫って、いけないこと。そうでしょう?」

「ええ」


「……あの人をもう愛してないことは、言い訳になるかしら」


 茂美の指先が、するすると下に降りてくる。


 これは労働(セックス)のパターンだな……。疲れているんだが……。


「……うふふ。どうでもいいわね、そんなこと。罪でもいいの」


 そして、俺の股間をまさぐり始めた。


「イケないこと……しましょう……?」


 明日海に出るのに、ここで体力は使いたくないな……。


「スゴいわアランさん……ここからもっと大きくなるんでしょう……? うふふ……」


 でも逆らうような真似はするべきじゃないか……。この野生児は仮にも熊の首を折ってる。怒らせるのは得策ではないだろう。


 そもそも、茂美はそういうことをする人ではないだろうが……。


「シャーリーちゃんを起こしちゃわないように、声を殺さなきゃね……」


 あー……どうするか。


「……でもその方がゾクゾクしちゃわない……?」


 もう、いいや。アレという設定にして押し通そう。


「…………あら? あらあら……?」


 茂美が色々と試して、異変に気づき始めた。


「……あ……アランさん……? ひょっとして……」

「……いえ、茂美さんはとても魅力的です。……ただ、僕の方が……」


「――!! ご、ごめんなさいっ!」


 彼女がガバッと起き上がり、口を覆った。眉を八の字にするほどに悲しげな表情をしていた。


「し、知らなくて……その……で、でもアランさんも、魅力的よ? 物凄く」

「……ありがとうございます」


「あの……」


 茂美がシャーリーをちらと見て、起きていないのを確認してまた添い寝をしてきた。


「……セックスだけが愛じゃないわ。アランさんの……その、硬くならなくっても、全然大丈夫だから……」

「ええ……」


「…………」

「…………」


「……アランさん」

「……はい」


「……おっぱい、揉みたい?」

「……はい」


 それで茂美が満足するならいいか。彼女の胸を揉み揉みと、夜を更かした。


 今ごろステイシーは港に着いて、出発した頃だろう。彼女なら上手く神父を出し抜いて、ひとりでルイマスを迎えに行っているはずだ。


 それを差し置いて俺は……どうしてこんなことになったのだろう。




 どうしてこんなことになったんでしょう。昼過ぎに到着したのに、もう夕方です。ルイマスが二度目の餓死を迎えるまであとどれくらいでしょうか。


 山の森のど真ん中で、神父と並んで大の字です。何なんでしょうか、本当。


「……どうしてお前はそう、すぐ手を出すのだ」

「温厚なみーに、すぐ手を出させるゆーが問題です。プン」


「早く行くぞ。全く……」


 土を落とし、神父の上着と帽子で肌を隠して坂を上がっていきます。早いところこの『さぶくえすと』を終了して、神父をどうにかしましょう。


「私にはお前を追い出す手がない」


 唐突に会話『いべんと』が始まりました。なんなんですかこの神父は。


「では、どうするのですか。ハテナ」

「どうにもできんのだ。主に会う手段は死だけしかない。ここから出たいのであれば、死ね(・・)


「無理な注文ですね。みーとは最も程遠いことです。ウーム」

「もう一人なら、できるだろう」


 神父が立ち止まり、振り向きました。


「あの殺し屋に事情を説明させればよい。それでお前は、死なぬままここを出られる」

「……お断りします」


「なぜだ」

「それは、一人でも多く悪魔を殺すための嘘だからです」


「どうしてそう言える」

「答えの代わりにお聞きします。この世界は、死んだ人間が神の世界に行ける『しすてむ』になってますか」


 すると神父は口を結び、うつ向いて首を振りました。


「どうにも……勘が鋭い。流石は悪魔だな」

「天国なんて、そんな人間ばかりに都合の良い仕組みはどこの異世界にも中々ありません。実在したとしても、人間を受け入れ続ければいつかは破綻します。それなのに人は神の存在を、どうしてもあの世の存在と結びつけてしまうんです。不思議なものですね。ヤレヤレ」


 また山を登り始めると、神父も黙って着いてきました。


「ゆーの任務は悪魔を排除することで、そのためには手段を選ばない。それが分かるみーを、そう易々(やすやす)と騙せると思わないことです。ドヤァ……」

「フン」


 やはりこの神父はそのうちぶっ殺しましょう。危なっかしいです。


 少しして、待望の洞窟の入り口が見えました。ここまでが長かった。


「お先にどうぞ。みーはこの周りを一周して様子を見てみます。キョロキョロ」

「ならば早くしろ」


「待ってくれるとは意外ですね。では。イソイソ」


 洞窟の入り口よりやや高い標高をたどり、十数分で一周しました。こういう『くえすと』の時は、ちょっとした保険を撒いて置くと良い感じです。


「お待たせしました。では行きましょう」

「フン。黙って背後にいろ。お前を守る気はないが、話をこじらせてはならんからな」


 たまにスカし系イケメンのようなことしてくるの腹立ちますね。まぁ、それくらいで手を出す真似はしませんが。


 土の大きな穴を通ると、すぐに木の枠組みがあります。そして柱の間には松明を挿しておける鉄の『ぽけっと』が点々とあります。元々坑道だったか、山賊が几帳面かのどちらかですね。


 そして暗くなっていく道を進んでいくと、ほどなくして暖色の光が奥から漏れて来ます。どうやら、山賊たちがいる時に来られたようです。


「再三言うが……」

「黙ってろですね。分かってますよ。ツン」


 そうして少し進むと、やや広い場所に出ました。六人ほどが集まっています。みーたちを見つけてもまだ動かず、じっと様子を見ているようです。


 ……臭いですね。命の臭いが濃いです。それなりに殺しているのでしょう。


「どうも。私はモーニングスター。旅の神父です」

「……神父? なんだって神父が来んだ」


「実は折り入ってお願いがあるのです。略奪行為を止めて頂きたい」

「りゃく……?」


「……人のものを盗まないことです」

「じゃあ、メシくれんのか」


「いいえ」


 神父は即答です。できもしないことを約束するよりはマシですね。


 賊たちは顔を見合せて、立ち上がりました。


「……じゃあ、死ねって言うんだな。死ねって言ってんだな!」

「いいえ。そうではなくきちんと働いて……」


「死ねって言った! 言っただろウソをつくんじゃねえ!」

「私はただ、皆さまの今後のために主に祈りを……」


「死ねって言ったぁあああああ!」


 こんなに会話が成り立たないことありますかね。


 どっちも自分の『ぺーす』で喋ってます。何を見せつけられてるんですか、みーは。


「時に、噂では女神像を盗んだと聞きますが……主を信仰なされていないのですか?」


 何人かが一方を見ました。目線につられてみると、横倒しの女神像がひとつ。人の身長の半分といったところです。


 それが、白い液体まみれになってました。


「…………ぉ……えぇ……」


 久しぶりにガチで吐きそうになりました。何も食べていなくて良かったです。美少女ゲロが出るところでした。


「……どうやら、信仰心ではなかったようだ」

「死ねって言ったから死ねぇえええ!」


 ひとりが突っ込んで来ます。手には曲剣。


 しかし神父は冷静に鉄球で剣を叩き落とし、男の肩に膝を入れました。パキッと鳴ったので鎖骨が折れましたね。


「死ぬぅううう……!」


 悶絶しながら倒れ込みます。この人ギャグかなんかやってるんですか。


「あいつが死んだ!」

「まだ死んでない……」


「仇をとれっ!」

「まだ死んで……」


「うぉおおおお!」


 三人が一気に神父に飛びかかります。


 一人の剣は折れ……二人目三人目の剣が神父を突き抜けました。


「よっしゃああ!」

「はい勝ちぃっ!」


「よし後はお前……オッ!?」


 一人が驚いて目を丸くします。


「神父が消えた!」

「消えたってなんだ……消えた!」


「ほら消えたって言ったじゃん!」

「お……いや俺が先に言った!」


 一人は神父の死体に刺さった剣を、ガチャガチャと抜けもしない方に引っ張っています。


「おい、オレん剣が変だ! 剣が変!」

「どうなって……オォッ!?」


 また一人が目を丸くします。今度はみーを見ています。


 何か驚く要素がありますかね……。身体を見ますが、特に変化はありません。神父の上着で全裸は回避しています。


「ぞ、ゾンビだ!」

「ゾンビだけど……エッロ!?」


 なにがエロいのでしょうか。透視能力でも……あ。


 そういえば神父が消えるとき、死体が見えなくなるだけなら服だけが残って見えるはずです。ということは――。


 ――みー以外には、この服が見えていないということです。


 凄まじい嫌悪感が全身を這います。胸元と股間を隠しますが、だいぶ手遅れ感がありますね。


「やべぇ……いくわ」

「バカやめろ。ゾンビだぞ」


「腐ってるけどロリだぞ! こんなエロいならいけるだろ!」


 だいぶ最悪です。やっぱり神父ってロクでもねえですね。


 女神像を見ます。神父が助けにも来ず、腕組みをして見ていました。


「おい、コラ、ゆー、ふざけんなください。キレそうなんですが。ピキピキ」

「おっと。悪魔が痛い目を見るのはいつでもいい気分だ。そうだろう?」


「神父だぁあああ!?」


 全員が退き、洞窟の(すみ)に追いやられました。


「さて皆さん。いかがなさいますか」


 神父が説教を始める雰囲気なので、入り口まで下がります。目ざとい男はやたら鋭い目で睨んできました。


「……逃げる気か、悪魔」

「いいえ。ゆーの主に会えないならもう用済みです。縁があればまた会いましょう。グッバァイ……」


 事前に全ての指を無くしておいた手を、前に構えます。


 みーの『指みさいる』は、惑星を衝突させるだけの『ぱわー』がある。なら、こんなこと(・・・・・)は余裕です。


 ドンッと大砲を撃ったような音が響き渡り、天井がわずかにフワッと浮きます。


 指が壁を貫通してみーの手に戻ると同時に『だっしゅ』です。浮いた山の上部が叩き付けられ、凄まじい勢いで変わった気圧に耳がキーンとなります。


 あらゆる声をかき消す轟音を背に洞窟を飛び出しました。


 背後から土煙が吹き出し、降りかかってきました。それが収まって振り返ってみると、洞窟の入り口が完全に潰れて埋まってます。


 賊はとりあえず生き埋め。これに限ります。


 女神像も埋まったので神父は復活できず、盗まれたので町にも無いはずです。


「……爽やかですぜ……」


 よいしょと伸びて、みーの解放を祝います。これでルイマスを迎えにいけますね。服の土を払い……。


 ……そういえばこの服、みーにしか見えてないんでした。実質全裸帽子です。こんな格好で町に行けるわけねえです。


「…………最悪ですぜ…………」

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