48 ところで置いてきた方々は
風が運ぶ陽が草原を飛来してきて、不意に頬を撫でる午後。羊の世話を終えたソフィアが伸びをして仕事を終え、家へと戻っていった。
中ではボウイとフローレンスが机で話していた。ドゥカは部屋の隅にたたずみ、待機モードになっていた。
「こんにちは~。フローレンスちゃんも来てたんだ」
「来てたよ~。最近、退院する人増えてきたから、仕事落ち着いたの」
「そっかそっか。お疲れさまっ」
ソフィアが頭を撫でると、それとなくフローレンスが頭を預けた。
「もーやっとだよ~。でもちょっと寂しいかも」
「どうして?」
「ここでいっぱい癒されたいっていうか、ほら、水とかも喉乾いてる方がおいしいぢゃん?」
「あ~。えっと、お布団から足を出したらきもちいみたいな……」
「そうそう! ……そう? ん? まぁたぶんそう」
噛み合ったような噛み合わないような話をしながら、ソフィアも着席した。
「それで、どーんなお話ししてたの?」
「先生のことだよ」
答えたのはボウイだった。両手で頬杖をして、足をプラプラと揺らしている。
「どこ行っちゃったんだろって」
「あー。ねー。どれくらい隠れてるのかな……ルイマスちゃんとステイシーちゃんもいなくなっちゃったから、きっと一緒に隠れてるんだよねぇ」
彼女たちの共通認識は、アランが神父に殺されそうになっているので隠れていて、ステイシーやルイマスもそれに巻き込まれる形で潜伏しているという設定だ。
まさか海外にまで出て、無人島で全裸になっているとは誰も予想していなかった。
「どんな指輪がいいかもう決めたから、早く帰ってきてほしいな~」
「そーなの? ね、ソフィア。どんなの?」
「えっとね、つるつるの、まっすぐのヤツ」
「まっすぐ……?」
頭に?を浮かべたボウイの隣で、フローレンスが指をピンと立てた。
「ストレートでしょ」
「そうそれっ。そんなことお店の人言ってたっ」
「いえーい(笑)」
「いえーい」
ふたりで両手を合わせて、お互いに指をパタパタとさせた。
その横で、ボウイは足をパタパタとさせた。
「ストレート? 結婚の指輪って、なんか種類あるの?」
「そ。ストレートがまっすぐので、他はウェーブとV。ウェーブがなみなみのヤツと、こう、Vってなってるヤツ。ボウイ君はどんなのがいい?」
「おれ? おれ……えっとね……」
ちょっと考え、恥ずかしそうに、小さな声で口にした。
「ドラゴンの……やつ」
「……ふふっ」
「あっ、わらうな!」
「ごめんだって、ボウイくん可愛かったから……ねー」
フローレンスがソフィアに寄りかかると、ソフィアもフローレンスへ「ねー」と寄りかかった。
「フローレンスちゃんは?」
「ん~……いろいろ見てさ、こー、考えたんだけど、全部いい感じぢゃん」
「そうだね~」
「だったら、アラぴに選んで貰おって。似合ってるって言ってもらえるのいいな~って」
「あ~分かるっ。私もそうしよっかな~って迷ってたの」
「ほおほお。え、じゃあなんでストレートがいいの?」
「この服ね、アランさんに選んでもらって、だから今度は私がね、アランさんに似合うなーっていうのを……」
「あ~やばぁっ。キュンする~っ!」
フローレンスが胸をぎゅっと抱いて身悶えた。ムチムチ過ぎて腕が胸に埋もれ、それを見たソフィアとボウイがムラっとした。
しかしまだ始まらない。
「……ねー、ボウイちゃん。指輪っていえば、ボウイちゃんはお嫁さんとお婿さんのどっちになりたい?」
「それは……およめさん」
「かわいい……」
「で、でも、えっちではどっちもしたいし」
「ひとりエッチのときいつもアランさんのこと呼んでるもんね」
「わーちょっと……い、言わないでそういうの……。じつはさ、先生にその……しゃせー禁止されてるから……」
「えへへ。ごめんごめん」
ソフィアはボウイの隣に席を移り、ぎゅっと抱き締めて頭を撫でた。
「ってか思ったんだけど、ソフィちゃんさ、アラぴのことさん付けで呼んでるじゃん?」
「うん」
「なんならケーゴじゃん?」
「うん」
「ウチとかはタメなのに、ケーゴな子もいるのってなんで?」
「うーん……」
ソフィアは唸って悩んだ。どうしてかと言われると困る。強いて言えばずっとそうだったからだ。
「……分かん……ない……ですっ」
「分かんないパターン? あるわー」
全体的にふわっとした会話の中で、唐突にフローレンスが立ち上がった。
「じゃあさ。ほらタメとケーゴ使い分けとかしてたら面倒じゃん? だから練習しよ」
「え?」
「ウチのことアラぴだって思って? 目指せ全員タメ。ってことで練習、はいっ」
フローレンスは両手を開いてみせた。ソフィアとボウイが目を合わせ、まずボウイが立った。
「お、ボウイくんやる? アラぴのこと、あ……アランって呼んでみ」
「もう照れてるじゃん。おれはちゃんとできるし」
ボウイはフローレンスの前に立って見上げた。そして、先生と呼んでいる人を思い浮かべた。
そして、呼ぶ。
「アラン……せんせ……うわやっば……」
思わず顔を覆ってウロチョロと歩き回った。
とてつもなく恥ずかしい。アラン先生なら言えるのに、先生を取った瞬間に破壊力が跳ね上がった。
「次ソフィちゃん」
「が、がんばります」
ソフィアが立つと、フローレンスはおもむろに背伸びした。まだ足りないとはいえ、身長差ができたことで急にリアリティが増す。
ソフィアはアランの幻を見上げ、バクバクと心臓が鳴り出すのを感じた。
「ほら言って? がーんばれ、がーんばれっ」
「うん……」
あの人を、『さん』を付けずに呼ぶ。練習とはいえ、ひどく緊張してしまう。
「あ……」
だいじょうぶ、練習だから。ここで慣れておかなきゃ。
そして、思い切った。
「あ……なた。あっ、ごめんまちがっちゃっ……ちょっとまって……」
むしろ思い切りきれず、逆に思い切った。どうしてかソフィアはアクロバティックな間違え方をしてしまう。
「あははっ! やるね~」
「ちがうの今のはっ。ちょっとまって!」
「ホントは結婚した後のこと考えてたんでしょ~。そっかあなたって呼びたいんだね~」
「はぅう……」
死ぬほど顔が熱く、フローレンスの胸に顔を埋めた。その頭をナースはぎゅっと抱き締めた。
「かわい~」
「……んも……って……」
「ん?」
「フローレンスちゃんもやって」
「え、いやウチは……」
「だーめっ。練習っ」
今度はソフィアが両手を開いて立つ。そして思いきり背伸びをした。
「はい、どうぞっ」
「……。こほん…………」
余裕ぶって、だけどずいぶんと間を開けて、決心したように顔を上げた。
「あ、アラン……ぴっ」
「ぴって! ぴって付けた! フローレンスちゃんも照れてる~」
「あ、アラぴとはまだキンチョーするの! 他の子はみんなダイジョーブだし? しかもエッチしたし?」
捲し立てるが尻すぼみ。最後には顔を赤く染めてやりどころのない目線を床へ落とした。
クソ患者に鍛えられたコミュニケーション能力は、俗に言うオタクに優しいギャルのような分け隔てのなさで、コミュニケーション下手くそ代表であるビスコーサとさえも一瞬で打ち解けた彼女だった。
だがどうしても、アランには一歩踏み切れなかった。
「でも……アラぴはまだ、キスもキンチョーしちゃって……。だってほら、アラぴって謎のキンチョー感ない? 話すときとか……」
「あ~~! わかるっ。まだなんかドキドキするよね~!」
「でしょぉ~~~!」
それはアランの目に殺し屋の鋭さがあるせいであり、アランがハーレムの中で一番他人であるせいであり、その他もろもろの恋愛とは関係の無い理由が積み重なっているためであるが、吊り橋効果か何かで全て愛に変換されている。
アランが距離を取るためにその緊張は続き、むしろ愛は重くなる一方だった。
「あれボウイちゃんどした?」
ソフィアに呼ばれ、机に突っ伏したボウイがビクリと全身を震わせた。腕で口許を隠したまま、あっちこっちを見回していた。
「…………なんでも……」
すかさずソフィアはしゃがみ、目にも止まらぬ早さで股間チェックを実行した。
「あ! おっきくなっちゃったんだ!」
「わぁ!? の、覗くなぁ!?」
慌てて隠すも既に遅く、ソフィアが仕掛ける。ボウイの後ろから、包み込むように椅子に座って抱き締めた。
「私、男の人のひとりエッチって見たことないんだ~」
「……」
「ね~ボウイちゃん?」
「…………」
答えない少女少年の耳元に、熱い息がかかった。
「……男の子の、見せて?」
「~~っ。だ、ダメ!」
蕩けてまとわりつくような誘惑を振り払い、ボウイは立った。
「こっちは……先生のだから」
「そっかぁ……」
残念そうに項垂れる。アランからは常に乱交していると思われている彼女たちだったが、意外と始まらないときは始まらないもので、誰かしらがセックスしない日はざらにあった。
ボウイの勃起が収まる前に、表から人が入ってきた。
「どもっす」
「戻ったにござる~」
ビスコーサとお自野だった。
片や下ネタの下限を突破させ、片やバカ。即ち、ギリギリで保っていた平穏を破壊する者たちであった。
「お、ボウイたん勃起してるっすね~」
ビスコーサの開口一番。とにかく、ショタにめざとい彼女であった。
「あなや~。日のある内に今宵が始まるにござるか?」
立て続けに指摘され、ボウイはちょっと泣きそうな顔で股間を隠した。
「ソフィア殿、薪はここいらでよろしいか?」
「うん。ありがとねぇ」
「礼には及ばないとはこのこと。国の裏切り者である拙を拾って、世話までして頂いているのであらば、家事すべて請け負ってまだ足りぬにござる」
「えへへ。でも、ちゃんと休んでね? あとはドゥカちゃんに手伝ってもらうからね~。というわけでドゥカちゃん起きて~!」
呼び掛けると、ちょうど再起動を終えたドゥカの目が光り始めた。
「……起動シークエンス。……完了。家事のお手伝いデスね? お任せクダサイ、ソフィア様」
「よろしくお願いしまーす」
「わーい、休憩ござるっ」
お自野はカウチに腰掛け、ぐうたらを体現する姿勢になる。そうして、何気なく口走った。
「それにしてもアラン殿、大丈夫にござるかねぇ。神父うんぬんだけで済むとよいが……」
「え? どういうこと?」
食材に手をかけたソフィアがその手を止め、忍者をまじまじと見た。
「あ、いや! えー……拙は国の裏切り者でぇ……アラン殿はその恋人的なアレでぇ……ゆえに拙を狙うついでにアラン殿へ忍者たちが行くぅ……やもという呟きだったがぁっ」
アランが殺し屋と口走らないよう尽力する口の滑りやすい忍者が言葉をゆっくり選ぶせいで、ソフィアは不安で泣きそうな顔になり、それをどうにか止める気持ちで声に力が入った。
「そもそもこの『ろおずまりい王国』から出なければよいだけのことぉ! なーんの心配もないっ!」
「そ、そうなの?」
「ないったらない!」
「そっかぁ。よかったぁ」
ソフィアは安心して食材を手に取った。
「忍者さんたち、かぁ……強そう。あの火のヤツ使う?」
「基本、それを武器なんぞにしてるので、それはも~う強いのでござる。なんなら、あのお湯がブクブクってなる勢いで進む船やら……」
「あれ? ビスっちお仕事は?」
ソフィアとお自野の会話の裏でフローレンスが問うと、待ってましたと言わんがばかりにビスコーサがニヤリと笑った。
「今日は早退っすよフローレンスさん。もう、アレを思い付いちゃったらもう……我慢できなかったすねぇ……」
そして、隠し持っていた金属の缶を見せた。取手はついているものの、小ぶりでコップほどのサイズだった。
「え、なにそのオシャレなの」
「これは――ミルク缶っす。牛乳、あるじゃないっすか。バターとかチーズとかの材料で」
「あ~。え~? ん~……」
「まぁ聞いて欲しいっす。それを加工するとこに運ぶときに使う缶なんすけど……こういうコップくらいの奴もお土産みたいので売られてるんすよ。それを買ってきました」
「お~。……お~? それで早退? ミルク入れるコップで……?」
「ミルクって白くてトロトロなんすよ。うちにもいるじゃないっすか……ミルクをドピュドピュ出す可愛い可愛い子が……」
ドピュドピュという下品極まるワードに反応したボウイが、ゆっくりとビスコーサを見た。考え込んだフローレンスも、意味に気付いてビスコーサを見た。
「そうっす。これはボウイたんの男の子ミルク専用缶っす」
「そ、それは確かに……ちょっとムラってしちゃうかも……」
「それどころじゃないっすよ? ボウイたんでできるってことは……」
「あ~、アラぴでも……で……き……」
フローレンスの顔が限界まで真っ赤になり、最後まで言葉を言うことができなかった。その様子を見るなり、ビスコーサが彼女に文字通り絡み付いた。
「フローレンスさん。どうしたんすか?」
「い、いや……なんでも……なんでもないよ~っ」
「純粋で可愛いっすねぇ。そんなドスケベな身体で恥ずかしがり屋さんは無理っすよぉ……」
「……び、ビスっち。セクハラだよそういうの。おぢさんの患者さんがよく言うヤツ……」
「ふひ……好きすぎちゃうんすから仕方ないすよ。……あ、ホントに嫌っすか?」
「……そぉ~~でもない。ウチも好きだし……なんなら……」
「ドゥッフ……。そういうの好きなんすねぇ」
「び、ビスっちだからねっ。おぢさんのはまぢムリ」
全員が全員にセクハラをする関係でありながら、互いに嫌と思っていないので性的嫌がらせのハラが成り立っていなかった。
強いて言えばアランだけはダメージを負っている。そのため、仮にもハーレムの主である殺し屋がもっともセクハラを受けている構図になっていた。
そんなことは露知らず、絡み合った二人はどちらともなくキスをして笑いあった。そしてビスコーサが「うぁあ」とうめき始める。
「ど、どしたの? もしかして口……臭った?」
「違うっすよぉ。スケベの権利は一日一回……。ボウイたんのミルク絞りに使おうって思ってたのにぃ……、フローレンスさんとヌチャプルセックスしたいっすぅ……!」
「ヌチャプル……? あははっ、何それ」
「そのムチムチお肉が鳴らすスケベな音っす。お腹までドスケベっすねぇも~」
フローレンスの腹の肉を鷲掴みにした。持ち主にとってコンプレックスだった腹肉が、アリアンナを筆頭に「おっぱいと同じくらいエロい」と大好評で、災い転じて福となった肉だった。
「んふ。ほらほら、どっちにするの? ビスっち」
「決まらないっす……うぅぁ"あ"」
「参上っ! 助太刀馳せ参じたっ」
苦しむビスコーサの前で、お自野が妙なポーズを取った。
「ビスコーサ殿はフローレンス殿と、ぬちゃ……ぬちゃぽこ? せっくすに勤しむがよろしい。ボウイ殿の採取はぁ……」
手をワキワキとさせ、嫌な予感に顔がひきつるボウイへ向いた。
「拙にお任せあれいっ。であろう、ボウイ殿ぉ~♡」
「ひえ……」
ボウイが怯えた顔で引く。お自野のことをアリアンナと共に犯した手前、止めろと言うことなどできない。
「手込めでもよいがぁ~、手遊びを眺めるもよいなぁ~っ」
「ど、どっちがどっち?」
「えっと、前者は拙が無理やり千擦りして、後者がボウイ殿がするのでござる」
「せんずり……?」
「シコりにござる」
「……じゃあ、自分で……」
「おほっ。ではでは……こちらへ……」
タイツ忍者が男の娘をベッドルームへ連行した。
それを見届けるなり、ビスコーサとフローレンスが顔を見合わせる。
「……ウチたちも行こっか? ビスっち」
「……行くっす」
ごく一瞬だけ現れた間は、普通なら『やっぱりボウイと一緒にしたかったのかな』と感づくところであった。
だがフローレンスは、ビスコーサの瞳に現れていた闇を見逃さなかった。
「あれ? ビスっち、どしたの?」
「え。いや……」
「ダメだよ。巻き込んだり、自分の重しを乗っけたくない的なアレでしょ。患者さんによくいるタイプだから分かっちゃうんだ~」
「…………な、なんていうか……まぁ……」
興奮が一転して怯えの声色と身振りをする彼女に、フローレンスは微笑みかけた。
「言ってみ? ガチ一発は上手く言えないんだから、一緒に、ゆっくり言葉にしよ?」
その言葉にビスコーサの闇が薄くなり、普段から友人と呼ぶ相手にすら言わない言葉が次々に沸いてきた。
「……自分は、ネガティブってやつで、暗いって言われそうなこと考えてて、でも事実だと思うっすけどね?」
「ほうほう」
「……で、こう、暗いこと考えて……考えるクセがついているっていうか、こう、染み込んじゃってて、……嫌でもそうなるっていうか」
「あ~。あれ? ショクギョウ病的な? こう、普通そういう感じで考えないのに、なんか思わずなっちゃうっていうか」
「そっす。そんな感じで、なんでもそうなっちゃって、連想ゲームみたいな感じで、ちょっとでもそういうこと考えると、こう……」
ビスコーサが手で、宙に点々を打つような動作をした。
「えっと、ジャンプ?」
「それっす。で、こう考えがジャンプしてジャンプしていって」
少しずつ、ビスコーサの言葉から躊躇いがなくなっていく。
「あ~ジャンプ分かる。なんか改めて考えると、ぜんっぜん関係ないジャンプするよね」
「ホントそうっすよね」
「それで、なんか悪いこと考えて、ジャンプの真っ最中的なあれだったんだね」
「っすね」
「どんな感じだった?」
「それは……」
また、躊躇い。それでもビスコーサは、踏ん切りを着けた。
彼女なら、皆ならこの闇でも受け入れてくれる気がした。
「……お自野さんとボウイたんのイチャイチャって感じの見て、みんなラブラブだなって思って、でも自分だけアランさんにはキスして貰ってなくて、ってことは自分はあんまり好かれてなくて、色々はっちゃけてるけど全部空回りで、みんな笑ってるけど本当はキモがられてて、ここでも異物になってて、だったら皆の邪魔だから自分からいなくなった方がいいかな……ってとこまで行きました」
「そっか。……ってかすっごい考えたじゃん。一瞬で。大変だったねぇ」
フローレンスは頭を撫でながら、うんうんと頷いた。
「とりあえず、アラぴのばか野郎だね」
「ふ、フローレンスさん?」
予想だにしない一言に、ビスコーサは思わず聞き返してしまった。彼女はただ慌てたように手を振った。
「や、アラぴのことは大好きだよ? でも、ビスっちにチューしなかったのはホントばか野郎」
「で、でも、まぁ変装中で、まぁ自分の友だちのガルニエって人も近くにいたし……」
「そこはほら、連れ出してでもだよ。んで、えっと、他のとこなんだけどさ。なんかまとめると、嫌われてるしキモがられてる的な」
「……っす」
「思ってないよ」
「……」
「……」
「……」
あまりにもあっさりと、あっけらかんと言うので、ビスコーサは言葉の続きを待ってフローレンスを見つめてしまった。フローレンスもビスコーサの返事待ちで見つめ返していた。
無言で見つめあって、フローレンスが吹き出した。
「なにこの間っ。ね~(笑)」
「……ふひっ」
ビスコーサも口を綻ばせた。気を遣っているのだろうなだの、嘘だろうなだのと思わせることすら許さない断言だ。
きっと、本気で愛してくれているのだろう。やっと、少し信じることができた。
「……あの」
「ん~?」
「ありがとっす……」
「いいよ~。それでさビスっち、今日はどんなことする?」
「ふひ……じゃあ看護師さんプレイで授乳手マンして欲しいっす……」
「え~? んもーセクハラキレっキレだね~……」
困ったように笑いながら、フローレンスはコホンと咳払いをした。
「お加減はどうですかぁ~? ビスコーサさぁん」
「お……。む、ムラムラして仕方ないんす。治して欲しいっす」
「あ~大変ですねぇ。でもその症状だったら知ってるんでぇ、治療しちゃいますねぇ~。こちらへどうぞぉ~」
先導するフローレンスと、その尻を撫で回してセクハラの限りを尽くすビスコーサたちもベッドルームへ入っていった。
そしてダイニングには、料理を進めるソフィアとドゥカが残された。
「……」
「……」
「……ねぇドゥカちゃん」
「なんでショウ」
「ふたりの話聞いてたらムラムラしちゃいました。えへへ……」
包丁を置く。
「ニンジンとか、ジャガイモとか、切らなきゃなのは終わらせちゃった。キャベツはねぇ、手で千切ればいいから……」
ソフィアはスカートをたくし上げて下着をおろし、尻を突き出してキャベツの葉に手を伸ばした。
「……男の子モード、お願いしますっ」
「承知いたしマシタ。ディルドを装着しマス」
そうして現在家に居る者がひとり残らずセックスを開始してしまった。
今日もソフィア宅のあえぎ声は止まらない。




