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貴いお方が裸同然とはどういう了見だ  作者: 能村龍之介
殺し屋、神話に巻き込まれるの章
51/118

46 死んでも蘇る、ということ

 一日目は、あれ以上のことは起こらず終わった。


 攻略法は簡単で、常に俺を含め三人以上で行動すれば良い。そうすると一般人を巻き込みたくない神父は動けず、また仮にも人の目を気にしている船乗りたちに露骨にアプローチされることもない。


 神父が生き返ると思われる部屋も、確認してみた。隠れられそうな物陰こそなかったが、天井に戸があり、船の裏側に入り込めそうだった。たぶん、神父はそこで息を潜めているのだろう。航路が落ち着いてからは人の出入りが激しくなったので、神父はそうそう出てこられないはずだ。わざわざあの扉を閉じておくこともない。


 そうして二日目の朝。また海を眺めてじっとしていた。到着は明日の昼。


 神父は少なくとも甲板までは出てこない。なのでエドの頼みを聞くふりをしつつ、こうして海を眺めていれば大丈夫だ。


 あとは、いかに船員と二人きりの状況を作らないか、だな。


「今日はどうだ?」


 エドが来て、手すりに寄り掛かった。


「まだ見つかりませんね」

「そうか。どこ泳いでんだか……」


「……トミーさんとは、どういう関係でしたか?」


 そう言うと彼も海の方を見て、遠くを眺めた。


 そのとき船のすぐ側に、また影が現れた。昨日も見たイルカだろう。ずっと着いてきているのか。


「何回か仕事したんだ。それで一緒に酒を飲むようになって、飯なんかも食って。……なんて、仲良くなった瞬間に、いなくなっちまった」

「どうして海に行ったんでしょうか」


「そりゃ、オレが聞きてえことだ」

「……そのことで、少し考えたんですよ、まぁ、話し半分に聞いて欲しいんですが」


「うん?」

「そもそも船が沈んで、鮫がいたのにどうして帰ってこられたのか。気になりませんか」


「そりゃ……鮫がいたって海に落ちなきゃ死にはしないだろ」


 当たり前だろと言う顔だ。


「そうなんですが、帰ってきて、海で何が起こったかすら言わなかったのに、鮫の話だけはしたじゃないですか。それほど印象的だったんでしょう?」

「印象的ぃ? バカ言うな。オレだったらもう、三日三晩は寝られねえぞ」


「ええそうですよね。それなのに、海に帰ろうと思いますか?」

「…………あ。た、確かに……」


 最後に目撃されたのが海に向かう姿だったので、話の根本がおかしいことに考えが及ばなかったようだ。


「思ったんです。そもそも海に行ったのか(・・・・・・・)。そもそも、陸へ逃げたんじゃないかって」

「そうか、海から逃げるなら内陸の方に行く、か。くそぉそんな簡単なことに気付かなかったなんて……」


「分かります。そういうものほど気付かないんですよね」

「…………ってことは、見てる必要はねえ、か」


 あ。墓穴を掘ったかもしれん。


 あのむわっとした気配がエドから漂ってきた。このままではベッドに連れ込まれる。


「………………いや。でもまぁ、今のはそうかもって言う話ですし? 本当は海に行っていたら困るのでね?」

「なんだ? どっちだと思うんだ」


「どっちもあり得ると思います。ちゃ、ちゃんと海を見てますよ」

「そうか。無理はするな?」


 お陰さまで、無理をしないと無理やりされるんだよ。


 当の本人にその心が届くわけもなく、彼はハッと何かを思い出した。


「……ああそうだ、忘れてた。もうすぐ例の国の海域を通る。バルカンって国のな」


 バルカンは大陸を丸ごとひとつと、ローズマリー王国のある大陸の一部を持っている。どうやらその間に広がる海もバルカン国の所有らしい。


「あいつらの船が通ると思うが、あんまり見るなよ。海の方見ておけ」

「なんでです?」


「難癖をつけられたら嫌だからな。知ってるか? 神の敵だとか名乗ってるんだぜ、あそこ。正気じゃあない」

「へぇ。神にも難癖を? それはまたどうしてそんなことを」


「知らんな、あんな奴らのことなんざ。それに、国を閉じるくらいだ。ろくでもない秘密を守ってんだろうよ」


 確かにそうだった。下手に観察してスパイ容疑がどうとか言われたら、たまったものじゃない。


「分かりました。……ですが、そろそろ休憩にします。早朝からじっと見ていたので、流石に目が疲れましたよ」

「はっ。どうぞごゆっくり」


 熱い視線を背に感じながら中へ戻ろうとしたが、ふとあることを思い出した。


「……あの教会、なにか特別なことはしてますか?」

「特別なこと?」


「少し、違和感を感じたものですから。なんでしょうかねぇ」


 どうして神父があの教会で生き返ることができるのか。そもそも生き返る時点で理解不能だが、それでも特別な何かがあるのかもしれない。


「うーん……? 分からねえな……」

「こう、儀式とか。特別な道具とか」


「………………ダメだ。さっぱり。オレはそもそもお祈り(・・・)とかしねえ(たち)だからよ。心で信じてりゃいいんだろ、ああいうのは」


 とはいえ、この世界の様式で出来た教会なのだから、この世界の住民がその違和感に気付くことなどできはしない、か。


「何の違和感だ? それ。まぁ確かに船にあるのは変だが、普通の教会じゃねえか?」

「そうですか……。いえ、分かりました」


 そうして背を向けたとき、また「あっ」と思い出す声がした。


「分かった。像を仕舞いっぱなしだ」

「像?」


「ほら。巨乳の神様のやつ。あるだろ」


 それはローズマリー城の大教会にもあったものだ。あの、わずな布だけをまとった、やたらグラマラスな女神像。依頼人っぽい格好に嫌な予感がしたので、はっきりと覚えていた。


「あれが無かったからとかじゃないか。揺れて倒れたらあぶねえからって、布でくるんであの台の後ろに置いといたんだよ」

「教壇の裏に?」


 それなら、昨日見たときに見た。布で包まれたガラクタのようなものがあった。


「……あの女神像は、どこの教会にもあるんですか?」

「そりゃそうじゃねえのか? まぁ、見た目がエロすぎるせいで、よく分からない裏の方とかに置いとくらしいけど。オレが育った町の教会がそうだったよ」


 …………そうか。初めてモーニングスター神父と話をした所は、教壇の下であって、あの女神像の下でもある場所だ。彼があそこにいたのは、女神の近くだったからか。


 つまり、神父が生き返るのは教会じゃない。あの女神像がある場所だ。


「……そうなんですね。いや、すっきりしました。道理で妙だなと」

「ああ。ところで、なんでそんなに教会が気になるんだ? その口ぶりだと教会にあんまり行かねえんだろ?」


「教会そのもの、というより、文化の違いですかね。同じ国でも地域で違ったりしますからね。……ところでまたひとつ気付いたんですけど、いいです?」

「どうした」


 周囲をキョロキョロと見て、彼の耳にささやく。


「……その像、捨てた方がいいんじゃないですか?」

「え。どうしてだ、急にそんなこと」


「これから通るのはバルカンの海域でしょう? 神の敵を名乗ってるってさっき言ったじゃないですか。ってことは、もし難癖つけられて船を捜索されて、偶像が見つかるのはかなり……不味いんじゃ?」

「まぁ……そりゃたしかにそうかもな……」


「それに、もしかして……トミーさんの船が沈んだのはこの辺りじゃ?」

「え? いや……ん?」


 思ってもないことだったのか、彼ははっとして、考え込み、顔を覆った。


「……嘘だろ。そういうことだったのか……」

「あくまでも予想、ですけどね。どうです。像を捨てるのに協力してくれませんか」


「ああ。分かった……分かったぜ……」


 よし。これで協力者がひとり。さて神父はどう出る?


 ふたりで船内に戻り、そのまま教会の扉の前。音を聞いて先客がいないことを確認して中へ。神父はまだ隠れているようで、部屋の左奥の天井にある戸は動く気配がない。きっと夜を待っているのだろう。


「よし。すぐにやってしまいましょう」


 部屋の奥へ行き、教壇と壁の狭い隙間に身体を入れ込んで、奥の布の塊を引きずり出した。


 小型で、1メートルといったところだが、石造りのせいか思ったよりも重い。それをふたりで担いで教会の扉を開ける。


 その瞬間に、背後で着地の音が響いた。


「え」


 エドが驚いて跳ねるように後ろを見た。


 神父だ。姿を表すとは意外だな。


「待ちなさい。どうする気ですか」

「し、神父……さん? が、どうしてこんなところに……」


「我らが主のお姿を侮辱なさる気か。お止めなさい」

「あの……す、すみま……」


「エド。彼の言うことを聞くべきじゃない。この船が沈むかどうかが掛かってるんですよ」

「え。そりゃ……えぇ……?」


 彼は混乱していた。俺でもそうなるかもしれない。だが、ここで退くわけにはいかない。


「エド。冷静に考えてください。神父が不法乗船するわけないじゃないですか。あれは神父のコスプレをした不審者です。耳を貸さないで」

「……! そうじゃねえか! おい何勝手に乗って来てんだお前!」


「……やれやれ」


 神父は大きなため息をついた。そして、微笑んだ。


「門の鍵は開き、国への道は続き、あらゆる番犬が一時の安息に眠り、あらゆる門番が落とした剣に代わりぶどう酒を抱いて待つだろう」

「あ? 急にどうし――」


「我らが主よ。子羊をその(かた)えにお迎えください」


 神父の殺意が(あらわ)になった。


 ――まさか。像を引っ張り、エドの体勢を崩させた。その瞬間。モーニングスターの刺がエドの顔を掠める。


「ぬぉおおおおっ!? なんだぁ!?」


 危機と知ったら無関係の人間を巻き込むのか、生臭神父が。


 武器を振り切って隙だらけの彼を蹴り飛ばし、像を引く。


「行きますよ! 早く!」

「な、なんなんだよ! 意味が分からねえ!」


 エドは混乱しながらも、像を担いで走ってくれた。それでいい。像を捨てさえすれば勝ちだ。


 廊下を行き、角を曲がる。


 船員のひとりとすれ違って僅な後に、今度は像を引かれた。


「って待て。やばいぞアイツ! おいトマス!」


 すれ違った男が、苦笑いしてこっちを見ていた。


「なーにしてんだお前ら?」

「そっちはヤバい! 早く逃げろッ!」


「ヤバいって?」

「いいから――」


 トマスの頭がブルリと震え、動きが止まった。


 床へ崩れ落ちる。その後頭部には、モーニングスターが刺さっていた。


「――くそぉおおッ!」


 エドが女神像を下ろし、神父へ向いた。


「アラン! アイツを倒すぞ!」

「ここは逃げた方がいいです!」


「うるせぇ二体一だ! 仇をとってやるッ!」


 仕方ない。ひとりでも像を持っていくしかない。


 言い合っている前でも神父は焦る様子もなく、黙々と凶器を引き抜いた。俺たちの背後では慌ただしい気配。エドの叫びを聞いた仲間がやって来たんだろう。


 好都合だ。これで神父の正体を全員に知らしめられる。


 そう、思っていたら。


 モーニングスター神父が自分の首に刺を刺した。


「あ……?」


 エドが妙な声をあげる。


 このタイミングで自殺か?


 ……ああ、そういうことか。死んだら姿が消える特性は本人がよく分かっている。


 なら、それを利用する手口もよく分かっているのだ。


「な、なんで急に……え?」


 神父が倒れたタイミングで、エドが目を見開いた。


「き、消え……た……? え? え?」

「おい大丈夫か! どうした!」


 ほとんど同時に、甲板から数人がなだれ込んで来た。


 彼らに見えるのは、俺とエド。トマスの死体。それだけだ。神父の死体は見えていない。


 ひとりがトマスに駆け寄る。


「な、なんだ……おいトマス!」

「き、来てくれたか。よかった。聞いてくれ。さっき神父がそこにいて、トマスを殺したんだ」


「神父が?」

「そうだ。それが……なんか消えちまった」


「……はぁ?」


 ひとりが、顔を思い切りしかめた。


 他も同じような顔だった。


「ほ、本当なんだ。この、ほら女神像あるだろ。これをあの部屋から持って行こうとしたら、急に神父が……」


 意味不明の主張に男たちが顔を合わせる。


「……誰もいねえぞ」


 トマスの死体を見ていた男が、どうやら奥まで見てきたらしく、訝しげに俺たちへ寄ってきた。


「エド、何をした?」

「お、オレじゃねえよ! 神父がやったんだ!」


「訳の分からねえことを……おかしくなっちまってる……」


 エドの顔がどんどん青くなっている。それはそうだ。


 そもそも、この状況を言葉で説明されて納得できる人間などいない。


「……お前の方か?」


 誰かが言った瞬間に、注目が俺に集まった。


「……違うって言っても、信じてもらえるとは思えません」

「認めるってことだな?」


「認めませんよ。殺すなら、もっとバレない方法があるでしょう。こんなバカみたいな殺し方はしません」

「…………」


 男たちが目配せをする。


 まずいな。有罪確定を避けられても、無罪確定とはいかない。あとは船乗りたちの裁量次第だ。


「……おい! これを見ろ!」


 いつの間にか、部屋から俺の鞄を持ち出されていた。


「中に死体が詰まってるぞ! そいつが犯人だ!」


 男たちの殺気に似た気配が突き刺さってくる。エドさえ、唖然として俺を見ていた。


 ……これは無理、だな。


「ルイマスを迎えに行け」


 死んだフリを続けるステイシーに言った。俺を庇おうとするなよ。共倒れになる。


「あ、アラン?」

「いや、何でもありませんよ」


 男たちがまた、訳が分からないと顔を合わせた。


「さっきから意味の分からねえヤツだ」

「海に放っちまうか」


「ところで……像を捨てる作業だけやってもいいですか?」

「ダメに決まってるだろ」


「いや待ってくれ。像を捨てるのには理由があるんだ」


 エドが俺と船員の間に割って入ってきた。


「バルカンの奴らに見つかったら、船を沈められるかもしれねえ。だから捨てて証拠隠滅しようってこった」

「見つかりっこねぇよ」


「いやいや。トミーの乗ってた船がどうして沈んだのか、分からず仕舞いだったろ? でもあれ、きっとバルカンの仕業なんだよ」

「またトミーか。流石に違うだろ」


「……でも、あり得なくはないな」


 ここは意見が真っ二つに割れた。よほどバルカンは嫌われているらしい。


 俺としてはここが、最後の賭けに出るチャンスだ。あまりにも難しい賭けだが、僅かでも可能性があるなら逃したくはない。


「下手なリスクを追うくらいなら、良いじゃないですか。像を捨てるくらい。最後のお願いです」

「サイコ野郎の願いなんか聞きたくねえが、エドが言うなら……」


「いいか。エドの願いだから、だぞ」

「構いませんよ。ありがとうございます」


 礼だけして女神像を担ぎ上げた。


「なぁアラン。言えばきっと分かってくれるって、神父のせいなんだ。全部アイツが仕組んだんだろ。オレには分かるよ」

「どうやって説得するんです? エドさんが分かってくれるなら、もうそれで十分です」


「そんなこと言うな。トミーの次なんていらないよ。なぁ」


 無視して甲板へ出た。仲良くするつもりなどない。これからすることで、お前は俺を恨むだろうからな。最悪は全員死ぬ。


 周囲を見回す。少し遠くに、別の船が見えた。


 ここが海域の境目なら、当然バルカンは不法侵入を防ぐために見張りを置く。


 そして、バルカンは神の敵だという。


 船の右後方、落ちるギリギリまで近付いて、像をくるむ布を取り払って捨てる。


 そのまま、女神像を掲げて見張りへ見せつけた。


「お、おい何やってんだ!」


 エドが像を掴み、下ろさせてきた。


「何って、喧嘩を売ったんです」

「いや喧嘩をって……」


 彼を含めた船員が、バルカンの帆を見て口を開けた。


 国章の旗が一気に降り、その船首が真っ直ぐにこっちを向く。


「おいおいおい……! やべぇぞ!」

「ああそうだ。ヤバい。このままだと全員が殺されるだろう。もう女神像を捨てても手遅れだ。今から何か手を打てばどうにかできるかもな」


 青くなっていく男たちを横目に、女神像から数歩だけ退いた。


「例えば、不死身の戦士がどうにかする……とかな。どうする? モーニングスター」

「あなたと言う人は、何て卑劣なことをなさるのですか」


 いつの間にか、神父が俺の隣に現れていた。


「うわぁああ! ど、どっから出やがった!」

「神父だ! ほら言ったろ! 居たんだよ!」


「ま……マジかよ……」


 船員たちが一斉に後ずさっていく。


「卑劣? お前にだけは言われたくないな」

「私が出てこなければどうするつもりだったんですか」


「皆殺しにあったろうな。だがお前に出ない選択肢はない。俺は正義なんて信じちゃいないが、お前は正義の中でしか生きられない」

「やれやれ。悪魔の味方らしいやり口です」


「どうだかな」

「全て計算通りのつもりでしょうが、ふたつ誤算があります」


 神父がモーニングスターを取り出す。


「ひとつ。私は主を信じておりますが、バルカン公国と敵対などしておりませんよ。主を敵視していようと、主の世界の人間です。むしろ私は、彼らを守らなければなりません」

「知っている。お前の敵は悪魔だけっていうのもな。第一、例の短銃はそこで手に入れたんだろう」


「ええ、そうです。そして、もうひとつ――」


 どこにいたのか、鳥が一匹手すりに飛んできて留まり、にゃあと鳴いた。


「――どういう状況であろうが、私はあなたを殺す選択をします」


 姿勢を低くして突っ込んでくる。落とす気か。神父の服を掴んだ。


 が、彼ごと手すりを飛び出した。


「アラァアアアンッ!」


 エドの叫びを聞きながら背中を叩き付けられ、水に沈んだ。


 彼はモーニングスターを取り出し押し付けてくる。それを片手で掴んでいなし、腹に拳を叩き込んだ。


 怯んで動きが鈍くなる。蹴りを入れて離れようとするが、彼が強固に掴んでいて逃げられない。あまりにも固い握り拳だが、強く握るほど早く疲れる。


 苦しいが、少し待てば逃げられる。少しの間耐えれば……。


 神父が思い切り息を吐き、優しげに微笑んだ。


 そして首にモーニングスターを叩き付けて自殺した。


 神父の手足が力なく投げ出されたというのに、拳だけは強く握られたままだった。


 人が死ぬとき、疲労が貯まっていると即座に死後硬直が始まるのだという。そんなことまで利用してくるのか。


 襟を絞られていて服が脱げない。


 海面は遠い。早く浮かないと。


 だが死体が重い。肺から空気を抜いて水を吸ったか。


 まずい――どうにか――――。


 ――――――。


 ――――波の音。青空。


 …………。


 ……目覚めたということは、まだ死んではないか。


 …………やたら身体が重い……。


 首を起こして下を見る。


 俺の身体の上に、少女が寝そべっていた。


 俺の顔をじっと見つめている。


「――――オキタっ!」


 嬉しそうに笑って、俺に抱き付いてきた。


 …………。


 …………また面倒なことに巻き込まれたな……。

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