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貴いお方が裸同然とはどういう了見だ  作者: 能村龍之介
殺し屋、神話に巻き込まれるの章
50/118

45 船内、閉鎖空間、なにも起こらないはずはなく

 結局、町の外れにある海岸の、隅の茂みに潜伏して夜を迎えた。


「……あ」


 ふとあることを思い出し、声を漏らした。今まで死体ほどにじっとしていたステイシーが俺を見る。


「どうかしましたか。ハテナ」

「……まあ、お前好みの話じゃないから、適当に聞いてほしい。恋人関係を維持するために、出てくるときに全員にキスをしたんだが……ビスコーサにだけは忘れていた」


 あの時は変装中で、人の目もあったし、するにできなかった。とはいえ、後で文句を言われるなら連れ出してでも彼女とキスするべきだった。うっかりしていたな。


 …………もしかしたら、あの精子キスがトラウマになって無意識に避けていただけかもしれないが……。


「『はーれむ』は大変ですね。ゲラゲラ」

「大変も大変だ。そのうちセックスするようになったら、いよいよ命の危険を感じるな」


「そもそも愛してもない人を恋人にする時点で、ロクデナシもロクデナシですよ。ゆー中心なのに、ゆーが一番他人じゃないですか。上から目線たぶらかしキモキモ太郎」


 俺のあだ名がパワーアップしている。そんなにセックスしていたフリが嫌だったのか。


 性的なことを嫌悪する彼女にとって、地獄みたいな世界だな、ここは。


「済まない。この世界に来てから意味が分からないほどモテるんだ」

「滅べ。ピキィ」


「滅ぼしてくれ。……はぁ。仕方ない。帰ったら俺からしてやるか」


 もうそろそろ奴隷が情報を仕入れてくる頃だと、茂みを出る。


 ステイシーがやれやれと呟いて一緒に出てきた。


「ゆーと出会ったときは、匿ってもらって毎日『べっど』で眠れる生活を期待していたのですがね。ワハハ」

「悪かったな」


「いえ。今のはみーが眠らないことが冗談です。シュン」


 ワハハとつけた時は冗談というのは覚えているのだが、どこが冗談なのか分かりにくい。


「街へ出るから帽子をかぶれ」

「分かりました。基本視界不良ですので、『えすこーと』してください。ニコ」


 帽子を深々と被り、分厚い襟に顎をうずめた彼女の手を取って、街へ人通りの多い場所を通って行く。


 下手に裏路地を使うとむしろ人の少なさから目立ってしまう。こうして、大通りを堂々と歩く方が安全だ。


 酒場に着くが、あの奴隷は忙しそうにオーダーと配膳を繰り返している。とりあえず席に座り、手が空くまで少し待つ。


「いらっしゃいませ」


 話しかけながらやって来て、顔を見るなりハッとした。


「……情報の件ですね。これを」


 手渡されたのは、懐から出された一枚の封筒。どうやら手紙形式にしたようだ。中の手紙にさっと目を通す。


『バンベストに行きたいだけなら船。バルカンに入る目的なら、バンベストの鉄鉱輸入ルート。出るときは旅行者証明書で徒歩。これを使いなよ』


 封筒にもう一枚の紙が入っていた。偽造された旅行者証明書らしい。これで入国しろと言わないということは、さぞ入国管理が厳しいのだろう。


『分かっているだろうが、止めた方がいいと思うけどねぇ』


 手紙と封筒を灰皿に置いた。奴隷からマッチを一本もらい、火を着けて立つ。


「ご苦労だった」


 そのまま酒場を出た。向かうのは港だ。


「行きも帰りも船で、帰りにバルカン――例の鎖国した国だ――へ寄る。それで構わないか」

「構いませんが、何かバルカンに用があるのですか。ハテナ」


「あそこで銃を作っているなら、用立てたいと思ってな。施設も材料もある」

「銃の密造なら材料が揃えばできると思いますよ」


「銃身なら、な。弾丸はどうしても難しい。無煙火薬、雷管に、精度のいい弾頭。もしも弾丸が一発手に入ったなら、その一発のためだけに銃を作る価値がある」


 弾丸のための設備が構築しやすい環境ならば、危険を承知でバルカン国へ行くべきなのだ。


 そうして港へ向かい、途中で大きな鞄を買って、二人で物陰に隠れた。


「さて……いいな?」

「ええ。はー、やれやれ。向こうでご褒美ください。できれば『ぼんじり』。妥協枠は『あいす』です。ニコ」


「あったらな」


 ステイシーの手足を切り落とし、鞄に入れて行く。胴体を持ち上げたとき、彼女が「あ、待ってください」と首を振った。


「首も切り落としてください。その方が首が楽です。姿勢とかで快適な位置を『きーぷ』するの疲れるんですよ」

「分かった」


 リクエスト通り首まで切って、鞄に入れた。荷物としてはとんでもなく重い鞄を抱え、船着き場へ。


 バンベスト行きの船を見つけ、交渉しようとしたときだった。


「お! お前!」


 渋る表情の船長と話をしていると、さっき話を聞いた船員が駆け寄ってきた。


「やっぱり、行くのか?」

「ええ。行きたいと思うんですが……」


「よぉし。ってことで船長。ここはオレに免じて……」


 船長は彼を見て、案外あっさりとうなずく。


「知り合いならいいが、乗せてやるからにはちゃんと世話は見ろ」

「ありがとうございます! よし行こうぜ。お、それ持つぞ」


 鞄を引ったくられた、彼は「うお」と声を漏らしながら姿勢を崩しかけ、両手で持った。


「何が入ってんだ?」

「ちょっとした石ですよ。会いに行く人は地質学者で、この国の石を拾ってきてほしいって」


「よく分からんな。石ころなんかで何が分かるんだ?」

「さぁ……色々分かるんでしょうね」


 案内の先は、どうやら客室だった。万が一にも要人を乗せることを見越してか、嫌に豪華な内装だった。


「そういや、名前を言ってなかった。オレはエドだ」

「僕はアランです」


「で、アラン。悪いんだが……一仕事頼む」

「一仕事?」


「海を見てて欲しい。天気とか波の高さとかはいい。ただ……」

「……トミーさん、ですね」


 行方不明という彼の仕事仲間か。見つかる確率は絶望的に低いと思うが、エドは諦めていないらしい。


「……ああ。もしかしたら、見つかるかもしれねえからな」


 鞄を置き、ふたりで甲板へ出た。


 海風を受けながら、船の後方で出発を待つ。見ているのは街の方角だった。


 モーニングスター神父はいない。出発まで見付からなければいいが……。


「全員いるな! 出航だッ! 帆を下ろせェッ!」


 船長の雄叫びと共に、マストに白い帆が張って、風と共に船が動く。少し進んだところで、波止場に見覚えのある人影。


 神父だ。


 俺をじっと見上げ、船の出発を眺めていた。追いかけっこはここまでだ。挨拶がてら手を上げて見せた。


 それから船の横へ位置を変え、約束通り海をじっと眺めていた。


 見つかるわけもないが、エドの希望を守れば船に乗れるのだから安いものだ。


 航路が安定したのか、船の忙しそうな雰囲気が休憩時間のものに一転した。


「どうだ?」


 エドがやって来るなり、俺の隣で海を見た。


「今のところ、人の気配はないですね」

「そうか……。実は、ちょうどこの航路なんだ。あいつが乗ってた船が通ったのは」


「そうなんですね」


 また海を見る。真下を見ると、船の影に何かがさっと通った。人ほどの大きさに見えたが、あの速さで船にこれだけ近付くのだからイルカ辺りだろう。


「…………」

「…………」


「……見つかったら、忙しそうでも言ってくれよ?」

「分かりました」


 トミーが持ち場に戻っていく。


 ……。


 …………ステイシーは今頃、鞄の中で暇しているだろうか。


「よぉ、ヘンリー」

「どうしたゴードン」


 背後で帆の調整をしている男と、暇そうな男が会話を始めた。


「……今日のお前、良い背筋してるじゃねえか」

「なんだい藪から棒に」


「筋が浮き立ってるぜ……」

「……そういうゴードンこそ、どうしたんだいその胸筋。パンパンじゃないか」


「おいおい。そんなところ見てたのか」

「ふふふ」


 あれ? なんだその会話は。なんか急に風向きがおかしくなってきたぞ。


 今までそんな気配はなかったのに、どうしたんだいったい。


 ……場所を変えるか。船の反対側に移り、海を眺め始めた。……のだが。


「ジェームズ……なんだそのケツは」

「ん……。いきなり掴まないでくれ……」


「減るもんじゃないんだから、いいだろ」

「ダメ……じゃないが……ここは人が……」


 やはり風向きが狂ってる。なんだ。何が起きてる?


 ……まさか。


 ガチ恋フィールドとやらが。俺から出る人をムラムラさせる力とやらが。


 ――こいつらに作用しているのか……!


「アラン」


 またエドがやってきた。ちょっと胸元が開いている。


 この流れは非常にまずい。


「ま、また来たんですか?」

「まぁ、な」


「……そろそろ目が疲れてきたので、一瞬休憩しても?」

「休憩?」


「あの荷物も運んできて、肉体的(・・・)にも疲れたので、ちょっとだけ仮眠させてください」


 だがここで怯み、ただ犠牲になる俺ではない。


 俺には変態たちのハーレム(ソフィアたち)で培った危機管理能力がある。この場を切り抜けてやる。


「そうか……ちゃんと起こしてやるから安心しな」


 疲れが取れたところで襲ってくる気か。抜け目ないぞこの船乗り。


「結構です。お手をわずらわせてしまうので……。では少しばかり失礼します」


 背後に嫌な視線を感じながら部屋に戻った。


 ……。


 …………。


 ………………死体だ。


 モーニングスター神父の死体が、いたるところに転がっている。床。ベッドの横。壁に寄りかかったもの。


 ステイシーの鞄は閉じたままだが、なぜ神父がここにいるんだ。


 一、二、……十五、十六か。


 いったい何が、どうなって……。


 視界の右で何かが動いた。


 まずい防御を――。


 右手でモーニングスターのロッドを止めた。だが左肩に激痛が走った。勢いが死に切らずトゲが刺さったか。


 額を鼻先に叩きつけ、怯んだところで武器を奪いながらタックルで転ばせた。


 まだ来るかと思えば、殺意が無くなった。以前に隠し持っていたナイフは無くしたか。一緒に生き返る武器はあのモーニングスターだけらしい。


 この死体は、不意打ちのために用意したのか。死なないからといって無茶苦茶なことを……。


「……どうやって乗ってきた」


 彼はゆっくりと立ち上がって、襟を直した。


「言うわけがありますまい」

「お前、大教会で生き返るんだろう」


「さて」

「とぼけてばかりでつまらないな、お前の話は」


「申し訳ない。子細は天国でお話いたしましょう。もっとも、貴方が行けたらの話ですが」

「いけやしないさ」


 振りかぶって彼の顔に鉄球を叩き付けた。やはりというべきか、彼は避けもせず食らい、あっさりと死んだ。


 同時に手元のモーニングスターが消滅した。まばたきのような早さで消え、その重さを失った俺の腕がびくりと持ち上がった。


 まぁ、そうだよな。死ねば怪我を治すどころか、武器も戻ってくるのだ。拘束できれば良いが、死なないと知っていて無抵抗になるとも思えない。


 鼓動のたびに左肩がズキズキと痛んだ。今まで無傷で済んだが、ついに食らったか。


 旅は始まったばかりなんだがな。ルイマスにたどり着くまで持つのか。


「なにを……」


 エドが部屋に入ってくるなり絶句し、俺の腕を指差した。


「どうしたんだ!?」

「……ちょっとな……」


 一瞬でこんな怪我をした理由など中々思い付けず、言葉が出なかった。しかしエドはそれ以上を聞かなかった。


 部屋に入り、ドレッサーの引き出しから包帯を取り出した。応急手当セットも入っているのか。機能的だな。


「治療しないと。……ん?」


 彼が神父の手を蹴り、足元を見た。しかし『おかしいな』という顔だけして、俺をベッドに座らせた。


 これだけ死体と血の臭いばかりの部屋でも気付かないなんてな。


「さあ、まず上を脱いで」

「ええ」


 チュニックを脱ぎ、左腕を少し浮かせておく。するとすかさず俺の腕を取り、包帯をきつめに巻き始めた。


 その視線は、チラチラと俺の胸や腹を見ていた。


 ……しまった……。


「…………さあ、終わった。それにしても、胸筋も腹筋も、薄いのにしっかりしていてセクシーだな……」


 ちくしょう……。命どころか……貞操も危ない……!


 発情(ピンチ)神父(ピンチ)が……同時に起こっちゃダメだろ……!


 この船は……ヤバい……!


「あぁ、今ので眠気が無くなっちゃいました。やっぱりトミーさん探しに戻ります」

「……そうか。まぁ、構わないが……」


「ひとつ、聞いてもいいですか?」

「なんだ?」


「ここに、教会はありますか」


 エドは立ち上がり、意外だと笑った。


「ある……が、教会と言えるほどじゃないけどな。よく船にあるって分かったな。ただの貿易船にあるのは誰も知らないと思ってた」

「友人に噂で聞いたんですよ、あるって。どうしてなんですか」


「この部屋を使うのは、お忍びのお偉いさんだからだ。その……ちょっとした用で船員が使うことも……うん」


 そんな情報はいらん……。だがひとつ、謎が解けた。


 モーニングスター神父は、どこだろうと教会なら生き返られる。


「信者ってわけじゃないんですけど、興味本位で見るだけ見てみたいですね」


「ん? ……! い、いいぞ」


 エドから急に、むわっとした雰囲気がかもし出された。なにか勘違いが発生してないか?


 骨のナイフを右手に握り、彼の先導に付いていく。


 この狭い船に無許可の神父が乗っているのがバレれば騒ぎになるはずが、そうはなっていない。ならば、次の俺を殺す機会を狙って教会の部屋に隠れているはずだ。


 始末して、生き返る前に教会を封鎖する。


 それらしい扉が近づいたとき、エドが急に振り返って人差し指を口に当てた。


 扉に耳を当て、苦虫を噛んだ顔をし、首を振りながら戻って来た。そして甲板まで戻ってきて申し訳ないと眉を八の字にした。


「悪い。先客がいたみたいだ……。ったく間が悪いぜジェームズ……」


 嘘だろ。あの中でやっているのか。ってことは……。


 神父……。


 とにかく、どの部屋か分かっただけ収穫だ。神父を誘い出してその間に扉を閉じ……ということもできるだろう。


 また船の横側に戻り、海をじっと眺めた。


「はぁ……」


 ガチ恋フィールドで俺の後ろを狙われるようになり、何度でも生き返る神父に俺の背後を狙われ、俺自身は死ねば強制美少女化で女児になるので後が無い。


 心地よい海風。この追い詰められた俺の状況には、あまりにも不似合いだった。


「……四面楚歌って、奴か……」

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