44 旅のルートは船、陸、遠回り
大市場で食料を買い込んだ、その帰り。運良く神父には出会わず、出口の門へと向かっていた。
運がいいと言っても、出会わない時間が経つにつれて居場所の予想がしづらくなるのだから当然と言えば当然なのだが。
そこでひとつ、また奇妙なことに気付いた。
さっき神父を殺した場所が、静かすぎる。死体が転がっているのに全く騒ぎになっていない。あれから少なくとも一時間は経過しているはずだが、まだ死体に気付かれていないのだろうか。
無視すればいいが……なにせ殺しても復活する男だ。死体にも何が起こるか分かったものじゃない。
少しだけ確認するか。表通りから裏路地へ入る。
そうして少し奥まった場所へ行く。
まだ、死体は残っていた。案の定、自分の顔にモーニングスターを叩き付けて自害している。
…………ただ見つかってなかっただけか。
そうして戻ろうとしたとき。
向こうから人が来た。神父ではない。
だが、死体と一緒にいるところを見られた。しかも今は、殺しに使った凶器も持っている。
仕方ない。不本意だが始末を……。
……なぜあの男は、俺だけを見ているんだ?
足元の死体には目もくれず、道端で立っている俺を怪訝な目で見ていた。まるで、死体に気付いていないようだ。
俺が道を開けるように壁際に下がると、男はそのまま進み――。
――死体に躓いて転んだ。
男は転んだ姿勢のまま唖然とし、自分の足元を見る。
その目線の先には死体があるというのに、その目の焦点は合っていない。
じっと目を凝らすが、結局自分の脚に当たったものが見付からず、そのまま立ち上がり、恥ずかしさからか俺から顔を背けて路地を通り抜けていった。
…………。
………………この死体は、俺以外には見えていないのか?
信じられないが、それなら辻褄が合う。どうして死体が見付からないでいたのか。どうして何度も大教会から出ていくのに誰の注目も受けないのか。どうして神父の異常な能力が悪魔的な扱いを受けないのか。逆に、奇跡としてキリストのような扱いを受けないのか。
復活するときと、死体が残るときは、誰にも認知できなくなる。意味が分からないが……それが天使の能力というものなのだろうか。
俺はなぜ見えるんだ? コイツの死体を見たのは、俺と……ステイシー。二人の共通点と言えば、違う世界から来たということだけだ。ならばそれが原因か。
……ふむ。
……誰にも見えない死体、か。
双子神の――ファスティウスの塔。ルイマスと登り、自分だけ降りて森へ。
やはりばら撒いた神父の死体は動物にも食われず、土に転がったままだった。それを回収し、また塔を登った。
「アラぁああン! 何をしとったぁあああ!? おしっこぉおおお!?」
「いいや。少し、神父が来ないかと見張っててな」
死体を床に落とす。重い肉の音が部屋に響いたというのにルイマスは俺ばかりをじっと見ていた。
「なにしとるぅうう?」
「手遊びだ。気にせず過ごしていろ」
まだ日がある内に作業を終えたい。上腕と太もも、胸部を選んで置いておき。それから、肉を削ぎ落としていく。
それでも賢者は、俺の手元と顔を交互に見比べるばかりだった。これから、目に見えない凶器を作ろうとなど思いもしないだろう。
大方肉を落とし、細かい軟骨も削り、まずは腕の骨を削り始めた。先端を尖らせ、急所に届くギリギリの長さ。長すぎると折れやすくなる。
次に大腿骨。これは長い代わりに空洞があり、加工すると脆くなる。それでも使い捨てのピックを数本作るくらいはできる。
そうして、使い捨て分が四本と、使い回し分が一本。まだ骨はあるから、神父が来るまでの間に加工を進めよう。
休憩に死体を横に避けつつ、血と油で汚れた手を服で拭いた。
「……なにしとったんじゃぁあああ!」
彼女は俺が肉を捨てた所へ手を突っ込み、「むっ」と身体を凍り付かせ、肉の山をじっと見た。
それから、「何もないわぁあああ!」と俺へ向いた。その右手に血が着いているのに、彼女は全く気づく素振りを見せない。
「言ったろう。手遊びだ」
「それにしてはあまりにも上手すぎじゃぁあああ! 今ので遠くのものを操作していたのではないかぁあああ!?」
「なんとも言えないな」
神父が来るまでこんな調子だとすると、流石にしんどいな。話を逸らすか。
「ところで、神父はどうやら大教会で復活するようなんだが、お前はどこで復活するんだ」
「遠い国じゃぁあああ! 西の方角なんじゃけどなぁああ! 鎖国しとる国のせいでめっちゃ迂回させられたぁあああ!」
「西か。だが来たのは北東からとか言っていなかったか」
そうだとすれば、この国の西から北に位置する国を回り込んでくるので、かなりの長旅になりそうだ。東の方角なら海が近いが、ステイシーの肌の色だと船に乗るのはリスキーだろうし。
「なのでもし死んだらお迎えよろしくぅううう!」
「面倒だ。そもそもなんでそんなに遠い国で生き返るんだ。ここで生き返れるようにはできないのか」
「そこの調整ができなかったぁあああ!」
「なら自分で帰ってこい」
「それこそやだもぉおおおん! 異国情緒チンポパラダイスするもぉおおおん!」
もうだいぶ疲れてきたんだが……。ルイマスと籠城は愚策だったかもしれない。
「……ひとつ上の階に移動するぞ」
「なんでじゃぁあああ!」
「もう少し、見晴らしを良くしたいからな」
立ち上がり、肉と血の臭いがこもった部屋から出た。そのついでに窓から覗く。
草原の向こう。人影が真っ直ぐに、こちらへ向かってきていた。
「……来たか」
「なんじゃとぉおおお!?」
「思ったより早かったな。決着が早くて助かる。始められるか」
「相手の内部を覗く時間が必要じゃぁああああ! この階に上がって来たら足止めせぇええい!」
「分かった」
今あるのはナイフと骨の凶器。殺すわけにはいかないので前者は無く、後者は神父本人に見えるので意味はない。
使えるのは――言葉くらいなものか。
少しして、階段を登る音。
だんだん、だんだんと大きくなっていく。
そして部屋の外の窓に、ちょうど神父が重なった。
「やはり……ここでしたか」
「少し、話をしよう」
「ふむ。ずいぶんと急、ですね。命乞いですか」
「ただの世間話だ」
神父は黙ったまま、しかしその場から動かないでいた。話を聞く気になったようだ。
「さっきは騒ぎにしようとしなかったな」
「悪魔の力を持つあなたを追い詰めすぎれば、どう出るか分かりませんから。適度に生きる道を残しておけば、適度な行動の内に殺せます」
「思った通り、慣れてるな。……もうひとつ、聞いてもいいか」
「ええ」
「病という神を知っているか」
モーニングスター神父が天使だというなら、神である病はその上に立つことになる。だが――。
「存じ上げません。病が、神のものであるはずがございますまい」
――やはり、そう来るか。確かに彼女の役割は神というより、悪魔に近い。
「そうか。上司に会わせてやろうと思ったんだがな」
「どなたかは存じませんが、私の主ではございませんよ」
「そうか?」
懐から一枚の紙を出し、彼へ飛ばした。
病の名刺だった。
「読んでみろ」
「世界管理、かぶしき……」
「世界管理株式会社、疫病等管理部の病。聞いたことのあるワードはあったか」
「いいえ」
「……? お前、天使じゃないのか」
「お答えはできかねます」
世界管理株式会社を知らないなら、そこの出身じゃないということか。
正体を勘違いしていたとしても、どちら道、殺すのだから関係はないのだが。
「それより……むっ」
ルイマスが神父を観察しているのが分かったのか、反応した。
滲む殺気。口だけでは無理か。どうにか殺しきらず拘束に持ち込む。
ナイフを構えて対峙する。神父が急いで懐に手を突っ込み、武器を取り出す。
――モーニングスターじゃない。
そうか。懐に手を入れた時点で気付くべきだった。あんなところにトゲの付いた鉄球が入るわけがない。
あれは――――。
――銃だ。
「ルイマ――ッ!」
俺が振り返るより早く。
弾丸が少女の胸に穴を作った。
血が弾け、そのまま前のめりに倒れる。
神父は。次弾は。見る。短銃で口が広い。ラッパ銃か。
ならば一発ごとに、次弾装填せねばならない。
神父が銃口を下ろすより早く、駆け出す。
そして体当たりした。
相手が反応しきるより早く。渾身の力で押す。そしてそのまま――窓から落とす。
下で骨が折れる鈍い音がした。あれも、すぐに自殺するだろう。
荒くなった息を整えながら、部屋の奥へ戻る。
うつ伏せで転がっているルイマスは、ピクリとも動かない。首に指を当てる。
……。
…………。
……死んでる。即死か。
思わず大きく息を吐きながら、壁に寄りかかって尻からずり落ちた。
…………銃がないんじゃなかったのか。
そういえば、それを聞いたのはビスコーサにだけだった。組織の連中も口には出さなかったから、無いとばかり思っていた。
こいつが今まで出さなかったのは……一般に広めるべき技術じゃないと思っていたからだろうか。それにしてもアタッシュケースに入れず、いったいどこに隠していたんだ。
……。
もう一度、死体を見た。
たぶん、神父を殺しきるのには失敗した。
唯一のあては遠い国へ行った。
天井を仰ぐ。
「……はぁ」
長旅が確定、か。
山の麓の川に行き、土と水で脂と血を落とし、そのまま山を登った。
たまに休み、また登りと繰り返し、ようやく頂上へ。
古びた小屋の裏手の岩の裏。洞窟に入ったその奥。久しぶりのウォーカーのアジトだった。
中にはステイシーと、彼女にべったりとくっついている病が居た。
「どうも。収穫はありましたか、アランさん。ニコ」
「むしろ逆だ。色々と最悪な事態だぞ」
「またハーレムを広げたんですか。風の強い日の『ぶるーしーと』か何かですか。オエー」
「あいにく違う。まず、あの神父は不死身だった。ルイマスとは違うと思うが、殺した後に教会で復活する」
「ど○くえの話してませんか。ハテナ」
「ドラ○エってなんだ」
彼女は「いえ。忘れてください」と先を促す。○ラクエはたぶん異世界の何かだろう。
「アイツが天使じゃないかと睨んでいたんだが……微妙なところだ。病、モーニングスター神父について何か、知らないか」
「……知りません……ごめんなさい……」
病は恥じ入る顔で身を更に身を縮めた。
「そうなると、天使じゃない……ということですね。フムフム」
「まぁ、分類はどうでもいい。天使でも、悪魔でも、怪物でも、殺し方を見つけて殺すだけだ」
「適材がいるじゃないですか。はい解決。楽勝でしたね。フンス」
「それなんだが……ルイマスはあの神父に殺された」
「なにー。ということはまた、迎えに行かないと行けません。『がっでむ』ですね。キリキリ」
「話が早くて助かる。ところで、あの神父は銃を使ったんだが、この世界にある物なのか」
「心当りはありませんが、あり得るとしたらあの鎖国した国ですね。西に領土があって、北東の海の向こうにも大陸を持っている国があるのです」
「技術の独占か。火薬があって銃がないと思えば、開発したまま漏らさないようにしていたんだな」
「なるほど。それで……どうしますか。みーたちが来た道を辿ってもいいですが、方法があればその国を突っ切れます」
「そうだな……情報を集めよう」
国を閉じているとはいえ、ルイマスまでの近道であり、弾丸を手に入れられるかもしれないのなら、そこを行かない手はない。問題は国に入ることと出ることだ。
といっても、あの神父がまだウロウロとしているのに戻るのはリスクが高い。奴隷商から情報を買うには……奴隷に当たるのがいいか。
「とりあえず、行くぞ。近くに港がある。そこで情報収集だ」
「はい。では病さんには残っていただいて――」
「嫌です。わたしは……あなたと……」
病が食いぎみに、そして尻すぼみに言った。彼女はステイシーの腕をすがるように掴んでいた。
「……ごめんなさい……でも……居てください……ステイシーさん」
「…………それこそ嫌ですね。ただでさえ足手まといにしかならないというのに、それで死んで生物が絶滅したら責任を取れるのですか」
「…………ごめん……なさい……」
「そういえば、みーにお仕置きしてほしそうでしたよね。ならいま新たに命じます。でしゃばらないでください。ここでじっとしてください」
「…………はい……」
返事を受けるなり彼女の手を振り払い、素早く俺の側に来た。そうしてステイシーに腕を引っ張られ、そのまま外へ出た。
山肌に出て、少し歩いたが、ステイシーは俺の腕を離さなかった。
「ステイシー」
首から上に表情がなくとも、彼女の感情は分かった。握った拳。強ばらせた身体。逃げるような足取り。言い忘れた感情。
「なんですか。みーだって、ああいう態度のひとつくらい取りますよ。ようやく離れられてせいせいしました」
「……お前も、強がるんだな」
そう言うと、ステイシーはその歩を緩めた。
少しして止まって、両手で俺の腕を抱いた。
「殺し屋くらいになると、気付くものですね」
「ポーカーフェイスにしては、お前は分かりやすい。突き放すのが辛いか」
「辛いです。病さんはとてもいい人ですし、みーをこんなに求めてきます。ですが、だからこそ好きになる訳にはいきません」
「そうか。お前ほど人生経験がないから分からんが、余命わずかで付き合い始めるのとそう変わらん気がするな。友だちやら恋人やらの形式がないだけで、もう死別を悲しむ仲だろう」
「……そこまで分かってるなら黙って、強がらせてください。ロクデナシって呼びますよ。プン」
「そうしたければそうしろ。ロクデナシ相手に強がってもしょうがないからな」
「ああ言えばこう言いますね。異世界で会った天使を思い出しますよ。ニコ」
言いながら彼女は俺から離れ、軽くなった足取りで坂を下っていった。
……彼女には傷を癒せる人が必要なのに、その人との別れが同じ傷を負わせる。
誰にだかは知らないが、ずいぶんな運命を背負わされているな。
山を降り、森の縁を辿り、草原を抜けて海岸へ。
変装衣装をひとつ貸してステイシーの肌を隠し、その途中に寂れた宿があったので部屋をひとつ借り、ひとまず部屋へ。潮風が入ってくる端の部屋だった。
「それで、考えをお聞かせ願いますか」
ベッドに座り、俺を見上げた。
「考えというほどのものじゃないんだがな。最優先は西の国に入って、銃をこしらえる。次は変装して船でいく方法を見つける。ステイシーの旅路を辿るのは最終手段だ」
病院で話したとき、ステイシーは「この国の近くに来てからは平和に過ごしていたんです」と言った。
裏を返せば、それより前は忙しかったということだ。そこを行く気にはなれない。
「そのために、奴隷商を当たる。奴隷のネットワークは万全らしいからな。有効活用させてもらう」
「異論はありません。ニコ」
「ルイマスがいる国の名前は分かるか」
「たしか、バルベルデ……ではなく、バンベストです。ウロオボエー」
「分かった。行ってくる」
宿を出て港へ。魚市場を抜け、団地の角にあった人の出入りの多い店に入る。どうやら酒場だ。
中に入るなり、近くに居たウェイターを捕まえた。
「どうもどうも。ここは奴隷いるのかな」
「は?」
「いやぁ俺もね、欲しくってさ。どんなのかなぁって思って。冷やかしじゃないよ? ちゃんと飯は食うさ」
「はぁ……。でしたら私がそうですが」
「そうか。実は奴隷商の知り合いでな。訳あって今は城下町に近付けない。どうにか話を通してほしい」
「…………左様ですか」
彼は訝しげな顔をしていた。
「……組織の人間だと言えば、分かるか?」
「……! 分かりました。どのようなご用件でしょうか」
話が早い。ギルドには加入しておくものだな。
「西の閉じた国があるだろう。あそこを通り抜ける方法を知りたい」
「分かりました。夜には返事があると思います」
「よし。これは情報料だ」
金貨を二枚渡し、店から出た。
返事が来る前にプランBのために情報収集しなければ。今度は波止場へ行き、途中で酒を一本買って、木箱に座って休憩している船員に話しかけた。
「やぁどうも」
「ん? おうどうした」
「船旅には詳しいですか? 実は旅行に行きたい国がありまして」
「おいおい。海の男にその質問はねえだろ。言ってみろ」
「たしか……バンベストという国です」
「あの国か? なんもねぇぞ」
「まぁまぁ」
そうだなぁと海の男は考え、指を三本立てた。
「片道三日ってところだな。面白いものはないが、鉄の仕入れ先なんだよあそこは。港から行き帰りもしやすい」
「へぇ~。あ、そうだこれどうぞ」
彼に酒瓶を差し出すと、嬉しそうに受け取った。
「なんだちゃんと情報料用意してたんじゃねえか。じゃあ酒の礼に、酒の肴になりそうな話を教えてやる。鮫の伝説さ」
「鮫の伝説?」
彼は前のめりになり、覗き込むように見上げてきた。
「船乗りのこわーい話さ。トミーっていう男が居てな、いつもの船旅の途中で、船がいきなり沈んじまった。そいつはどうにか一人で生き残って、脱出用の小舟に乗り込んだ。そのとき、海で鮫に出会ったんだと。そして、生きて帰ってきた。妙だろ? こういう話ってのは大抵、食われて終わっちまうのにさ」
「確かにそうですね。鮫っていうくらいなんだから、そういう話かと思いました」
「だろ? でもな、実は……ここで終わりじゃあないんだ。トミーはそのあとぼうっとしたみたいで、話しかけても反応しないことがよくあった。妙だ妙だと思ってれば……消えちまったんだよ。どこかに。真夜中に海へ向かっていったのが、最後の姿なんだとよ」
「まるで、その方と知り合いみたいな言い方ですね」
「ああ。何度か、仕事したことがあるからな。あいつがどうして海に出たのか、結局わからずじまいだ」
「なるほど。……面白い話をありがとうございました」
「いいのいいの。……もしトミーを見つけたら、教えてくれよな」
男を背に、宿へと戻る。
「……ということだ」
あったことを報告すると、ステイシーは腕組みをした。
「なるほど。国を突っ切って行って、船で帰るのがよさそうですね。アランさんがいるならみーを上手く隠して頂けるかと」
「そのためにバラバラにしてもいいか?」
「仕方ないですね。ヤレヤレ」
言いながらベッドに横になり、頬杖をついた。
美少女キャラを標榜しているんじゃなかったのかお前。
……表から足音がする。覚えのあるリズムだ。
港にいるのがバレたか。だが偶然にしてはタイミングが良すぎる気もする。
もしかして……俺たちがいる場所がなんとなく分かるのか。ステイシーが命の匂いを嗅げるように、俺たちの気配を感じ取れるのかもしれない。
「ステイシー。そこでじっとしていろ」
「ええ。構いませんよ。ニコ」
扉の後ろに隠れ、骨のナイフに手をかけた。
ノックの音が響く。ステイシーへ頷くと、彼女が返事をした。
「どうぞ」
「おや。その声は……」
扉が開く。一枚の板の裏に、神父が居た。
「やはり、悪魔か。殺しても死なないとは」
「そっくりお返ししますよ。死んでも死なないのは、人間以前に生物ですらありません」
「貴様――!」
姿が見えた瞬間に扉を閉め、わき腹にナイフを刺した。
声を漏らす暇も与えず、膝裏を蹴って跪かせ、そのまま首を回し折った。
「お見事です。パチパチ」
「……人が来る。シーツを被っておけ」
扉の前に待機し、ノックがあった瞬間に扉を開けた。宿の主人だった。
「なにを騒いでいるんだい」
「いや……まあ、その」
彼女は足元の死体に気付かず、ベッドを見た。シーツに包まってモゾモゾしているものを見て、顔をしかめた。
「アンタ……」
「ええ。なので急に入って来ないでいただけると……」
「神父さんはどうしたんだ」
「来てませんが……別の部屋か何かじゃないですか」
主人は俺の顔をじっと見た。
そして、鼻でため息をついて戻っていった。
「マットレスまで汚すんじゃないよ」
「もちろんです」
背中を見届け、ドアを閉めた。
「……アランさん」
「大丈夫だ。だが移動した方がいいかもしれない。同じ手が二度通用する相手ではない」
「それはそれとして、二度とみーと身体の関係があるみたいなこと言わないでください。キモいです。プン」
「キモいから追い返す効果がある。とりあえず逃げるぞ」




