40 見事なバカ、見参
「出所不明の死体ってことか?」
相も変わらず組織の玉座に座るジェーンへ聞き返した。
「出所不明……とは、少し異なる。誰が殺したか分からん死体が出たのだ。手口はプロのようだが……みな自分ではないと言い張っておるのだ。どうやらお主も違うようだのう」
彼女は額をトントンと叩いた。それから、「やはり、あやつかのう」と呟いた。
「……モーニングスター神父か?」
「お主も気付いておったか。あの神父、ただ者ではない」
「ああ。手慣れた感じだけなら俺たちと同じか、それ以上の実力に見える。実戦ではどうか知らんがな」
「我輩が直々に潜入し、あやつを観察したが……あれで神父とは、悪い冗談とはこのことよのう」
お前が潜入……?
その、帯を身体に巻き付けただけで服と言い張る普段着のお前が……?
いったいどんな格好をしていたのだろうか。かなり気になるが、今はそれどころではない。
「……ゴホン。戦いのスキルまで見えたか?」
「殺すという技能ひとつなら、組織のエースになれるだけの素質がある。悪魔という大義名分がなくば決して動かぬだろうがな」
「エース、か」
そこまで言うなら相当に強いのだろうが、それは俺自身も実感していることだった。あの時に見せた、俺を観察する目。もしもあの時にナイフを隠し持っていたら、きっと見つかっただろう。
何があっても、手負いの今にあれと戦えば負ける。それだけは間違いなかった。
「……ジェーンはどうなんだ。あれと戦えるか」
「むぅ……三度に一度は負けるやもしれん」
「三度に一度……。よく分からない。俺には何度に一度負けるんだ」
「お主はいよいよ分からんわ。まったく、揉みおって……」
彼女はあの試練を思い出したのか、胸を隠すように自分を抱き、少し赤い顔で俺をジトリと見下した。
「その件で文句を言いたいのはこっちだ。試練で揉ませようとするな」
「否。我輩の乳房をご褒美にするとな……挑む者のやる気が違うのよ」
振り返り、組織の同業者たちを見た。彼らは露骨に顔をそらす。
コイツらの中に、ジェーンの胸でやる気を出したヤツがいるのか……。知りたくなかったそんなこと……。
「そんなもの、奴隷商に揉ませておけ」
「な……や、やめんか!」
「お前の乳の話なんかどうでもいい。死体は処分されたか」
「否、まだ警備連中が無駄な捜査を続けておる。団長に聞けば死体と見えることなど容易かろう」
「分かった」
踵を返した瞬間に、待ってましたとボウイが飛んでくる。
「せーんせっ」
「なんだ」
「なにするの?」
「死体を見に行く。俺が会っていた神父がどれだけの実力を持っているかが分かるからな」
「手伝うことない?」
「今のところ、ない」
「そっか。ところで赤ちゃんの名前どーする?」
嘘だろ。まだ妊娠しているつもりなのか。
「存在しない赤ん坊の名前を決めてどうする……」
「いるもん」
「もうその押し問答はしない。ソフィアの家にでも行っていろ」
「うーん……ソフィアの家さ……ドゥカいるじゃん」
ボウイは少し苦い顔をした。恋人の輪が広がりすぎて、さっそく人間関係のトラブルが起こり始めたか。
もしや崩壊の予兆か? 少し期待してしまうな。
「苦手なのか」
「うぅん。ドゥカといるとその……ずっと……しちゃうからさ」
全然そんなことなかった……。
なんでお前らそんなに円満なんだ。俺の居た世の中は二人きりだってトラブルを起こしまくっているのに。
「ドゥカのちんちんも良いけど、やっぱり先生のが欲しいな~。はやく男の娘おまたにどぴゅどぴゅ種付けしてくださいっ」
「公共の場所で何てこというんだお前」
周囲の殺し屋たちが気まずそうに視線を逸らし、ジェーンは見下げきった目で俺をジトリと見ていた。
恥ずかしいなんてものじゃない。誰より先に俺が死ぬ……。
「そういう言葉は、ビスコーサから?」
「うん」
「分かった」
あいつ、その内お仕置きしてやる。
「手伝いたいなら来い。また色々と教えてやる」
「わーいっ」
ボウイと共に組織の洞窟を出た。
地上に出て、また騎士団に向かう。アリアンナとはその途中で出会った。
「アリアンナ」
「アラン、ボウイも一緒ということは……セックスか?」
「言葉を慎め。ちょっとした仕事のような用事があってな。昨日だかに出たとか言う死体を見たい」
「そうか。では来い」
彼女の案内でとある路地へ到着する。人だかりのある家があり、その中へ野次馬が入らないように警備が家の前に陣取っている。
手続きもなしに――ボウイを一旦外に残して――顔パスで通り、家の中へ入った。
適度に生活感のある部屋で、ついさっきまで誰かが居たようだった。ただ、血生臭さがこの空間を非日常のものへと変えていた。
「こっちだ」
「わざわざ現場を保管するなんて、らしくないな」
この城下町では警察の代わりに警備が動いており、警備がその場で判断するか適当な裁判で疑わしい者を罰するという方式が取られているようだった。
しかしこうして現場を維持するのは現代警察のやることだ。わざわざやり方を変えたのはどういう意図があるのだろうか。
「どうやら、どこかの国の著名な探偵というものがこうした手法を取っているとかで、我が国でも採用しようという動きが出ているのだ」
「探偵が? 警察じゃないんだな」
「うむ。その警察という仕組みも気になるのよな。詳しい者がいれば取り入れたいものだ」
そうして、事件が起こった部屋へと入る。
中には死体がひとつ。首を切られ、首もとから下を血塗れにした男が、壁に寄りかかって座るように死んでいた。一目見て、見事なほどにあっさりと殺されていると思ってしまった。
「あまり詳しくはないが、こういう現場を観察する方法は少しくらいなら知っている。まず、現場を観察するんだ」
「現場を? 死体ではなく?」
「死体は死体で、この後によく観察する。その前に、どういう状況で殺されたのかを考える。例えば、血の跡」
いま通ってきた廊下を指差した。
「別の部屋で殺したのであれば、引きずった血の跡や、背負ってきたのだとしても滴って血痕が残る。だがそれは無いし、あの死体の位置に血溜まりができている。それで、あいつはあそこで殺されたのだとわかる」
「なるほど」
「他にも、散らかり具合も見る。いま通って来た場所に、不自然に散らかっている場所はなかった。つまり激しく争ったわけではないということだ。それに、この死体のシャツを見ろ」
死体の血溜まりギリギリの位置でしゃがみ、ズボンに入れたシャツを指差した。
「身体を伸ばしたりしたらその分、ベルトで締められたシャツが出てきて不自然な膨らみを作ったり、肌が出たりする。だがそれもなく、自然な膨らみ方をしている」
「……そういう姿勢にならなかった、ということなら……ほんの少し争うことすらなかった、ということか?」
「そういうことだ。衣服の乱れは結構重要なヒントになる。逆に、こういう風に前傾姿勢の時にシャツが奥まで仕舞われていたら、誰かが後からそういう形跡を消そうとしたことが確定する」
「ふむ。中々詳しいではないか」
「調べる者がどういうところを見るか知らなければ、上手い偽装などできないからな」
立ち上がり、ため息をついた。確かに見事な手口だが、問題が複雑化したかもしれない。
「どうした?」
「いや……俺はこれがモーニングスターの犯行だと睨んだんだがな」
「あの神父か。とてもそうとは見えなかったが……」
「あれは強い。殺す腕だけなら十分だろうが……この死体は違う奴が殺したものだ」
そもそもこれは――モーニングスター神父のナイフでは無理だ。刃物を凶器にした犯行だが、争わず、相手の動きも止めず、たった一振りでここまで深い傷……、となると彼が携帯できるレベルのナイフでは刃の大きさが足りない。
あの仕事道具のアタッシュケースなら持ち運びもできるだろうが――あのサイズのケースに旅の道具も詰めるのであれば、あそこに入れられるかも甚だ怪しい。
この勘が正しければ、ステイシーの仕業かと思ったら病だったように、モーニングスター神父ではない誰かの犯行ということになる。組織の人間も知らない殺し屋となれば、また、誰かが来たということになるのだろう。
ただでさえあのエクソシストで手一杯だというのに、今度はいったい誰が来るんだ?
「そうなのか。近くに武器が落ちていた訳でもあるまいに、死体を見ただけでよくそこまで分かるものだな」
「慣れれば誰でもできる。こういう風に現場を精査したら、次に死体を持ち帰って、傷の様子なんかを観察する。そういう手順だ」
「うむ、参考になった。もう少し学んでみて取り入れるか考えるとする」
彼女は微笑んで、俺の怪我をいたわるように背後から抱いてきた。
「流石だな、アラン。仕事をしている貴様を見ているとなんだかドキドキ……ムラムラするな」
「なんで言い直した」
それが死体の前で言うことか……。
「とりあえず、見たいものは見られた。そろそろ行こう」
「うむ。この後はどうする」
「あの神父についてもう少し調べてみたい。怪しく見えたんでな」
「分かった。我は騎士団に向かうとする。途中まで共にゆこうぞ」
現場を出て、アリアンナが後を警備たちに任せ、ボウイを拾って通りに出る。
そうして、さっきアリアンナに教えたようなことをボウイに話しているとき、アリアンナと顔を合わせた。
「……どう思う」
「うむ。誘い出すのはどうだ?」
「なら路地だな」
アリアンナと会話しながら、適当な裏路地へと入る。ボウイが俺とアリアンナを交互に見た。
「なに? なんの話?」
「来れば分かる。アリアンナに着いていくんだ」
「先生は?」
「角で待つ。振り返るなよ」
何度目かの曲がり道でちょうどいい形に二回折れた角があったので、その裏に隠れる。
アリアンナとボウイはそのまま歩いていき、十メートルほど離れた所で――俺たちを尾行していた者が角を曲がってきた。俺とアリアンナが感付いていた通りだ。
相手は頭の後ろで縛っても腰まで届くような、長い黒髪を揺らして歩いていた。その背後に回り、挟み撃ちにする。
「いいぞ」
「――っ!?」
アリアンナたちと、尾行が同時にこっちを振り返る。
「俺たちを着け――おい嘘だろ」
思わず顔を覆った。
動きやすいように改良したどころか、スカスカにしすぎて胸元や股回りがやたらオープンな和服。全部が乳袋と見紛う、全身タイツ。謎の足袋。
日本の忍者を悪ふざけでコスプレしたような女だった。
「く……感付かれたとは不覚! なんという嗅覚にござるか!」
「なんだお前」
「その上に挟撃ちにされるなど、末代の恥にござる!」
「なんだって言ってるんだお前」
「なんだと言われて名乗る忍がおりますか!」
「名前じゃない。その格好だ。お前よくそれで忍を名乗ったな」
「格好……?」
彼女は自分の格好を見下ろす。鏡なんか見るまでもなく目に入るだろ、その乳袋。その方がよほど恥だ。どうにかしろ。
「普通に……ござるが……」
そして振り返り、アリアンナの格好を見て、ぎょっとした。俺へ振り返り上着に乳袋を指差す。
「な、なんでござるかあの痴女は! 下着に外套とは乱心か!」
「お前が言うな。それで、なんだその格好は」
「んぅ~格好ばかり尋ねるとな? 変わってるでござるな。着けていたことより、そちらが気になるとは。さては……助平でござるなぁ~?」
「殺すぞ……」
「な! く、戦闘ならばやむを得ない……」
なんなんだこいつは。意味が分からない。なんでこんなところに忍者が――。
――いや、忍者がいるのは道理、か。武将だって来たのだから。
「尾行の理由はダンビラポイント・タナカか」
「言うわけないでござる! あんな武将がどうこうなどと、なんのために忍が居ると存ずるか! 愚かなり!」
実質そうだって言っちゃった……。
バカかもしれない。なんでバカに忍者やらせちゃったんだ。人手不足なのか東の国。
「ともあれ我が存在を知ったのであれば、始末いたす。覚悟――!」
彼女が目にも止まらぬ早さで抜刀する。細くも長さのある直刀。あれがさっきの男を殺した得物か。図らずも犯人と出会えるとはな。
さて、このままでは普通に殺されるだろう。肋骨が折れてなくとも、正面勝負なら彼女の方が強いと見て分かる。
が、正面勝負だけなら――。
「うむ。まずは……我が相手になろう」
アリアンナが両腕を組み、忍の前に立つ。
少し心配なのは、まだ彼女がレザーの服であるということだ。騎士団で見た、金属の手甲を利用した戦い方はできるのだろうか……。
「ふっ。タナカの姉にござるな。余裕しゃきしゃきとはこのこと……」
変態忍者が刀を構えたまま、腕組みの変態騎士と相対する。
なんだこの絵面は。これで悪ふざけじゃないとはどういうことだ。
「だ、だいじょーぶアリアンナ?」
「案ずるなボウイ姫。直腸を洗って待っておれ」
「う、うん……」
汚ぇ……。どうしてお前はそれで顔を染めるんだ、ボウイ。
「いざ……お覚悟っ!」
「来いッ!」
忍が一気に距離を詰め、振りかざす間もなく一気に突きの構えに転ずる。ほとんど見えないほどに流れる動きだが、アリアンナは一歩引いて横に避けた。
そして忍者の首にラリアットをぶつけた。
「ぐにゅぅっ!?」
忍は奇妙な声を上げ、空中で半回転して背中から落ちる。しばらく地面で悶えたのち、アリアンナへ両手を差し出す。
「ま……けほっ……待ってくれい……!」
「うむ。降参か」
「降参にござる……。完敗にござるぅ……。ごほっ、ごほっ……」
「受けよう。勝ちを挙げるは強さだが、敗けを認めるは賢さだ。なにも恥じることはないぞ」
忍が咳き込みながら、止めてくれと言わんがばかりに片手を上げつつ立ち上がろうと――。
「――バカめっ!」
――した勢いでクナイを投げた。一歩もない距離。それなのにアリアンナは平然とクナイをキャッチした。
「な……」
「バカは貴様だ。殺意を殺しすぎだぞ」
「あ、姉の方まで強いなんて……聞いてないでござる……」
「これは殺し屋のお陰で学んだことよ。さ、覚悟はよいか」
「た……助けよやぁ~~~っ!」
情けない声を出した忍の頭を掴み、容赦のないヘッドバットが叩き込まれた。
「きゃぅんっ!」
そのまま吹っ飛ばされ、壁に背を打ち付けてそのまま気絶してしまった。
「わぁ~……すっげぇ……」
ボウイが目を輝かせてアリアンナに抱きついた。
「ふふふ……凄かろう。これが団長の強さよ」
「そんな感じで怪物も倒したんでしょ? いーなー」
いちゃいちゃとし始めた二人を尻目に、忍の装備を確認していく。
戦闘に使うような物はいくらか持ち歩いているようだったが、情報になりそうなものはない。そこはちゃんと頭の中に入れてきたのだろう。後ろからアリアンナとボウイが覗き込んできた。
「どうだ、なにか有益なことは分かったか」
「情報は持っていないな。吐かせるしかない」
ボウイは気絶したタイツ痴女の横にしゃがんだ。
「ってことは、ごーもん?」
「そうだな。なにか方法でも知っているか?」
「うーん……分かんない。蹴るとか」
「例えば爪を剥がすとか、湯を被せるとか、色々とある」
「うえ~」
彼は露骨に嫌そうな顔をした。殺し屋仕事をしているとどうしても情報が揃わないこともあるから、拷問には慣れて欲しいところなんだがな。
そう思っていると、女をじっと見ていたボウイが、指先で胸をぷにっと押した。
その手の甲を叩く。
「あいたっ」
「止めろ」
「ご、ごめん……でもほら……さ」
「ほら、なんだ。言ってみろ」
「……こういう服のおっぱいって、えっちだからさ……」
「やかましい」
「えー! 言ってみろって言ったじゃんっ!」
アリアンナが「まぁ落ち着けと」ボウイの隣にしゃがんだ。
「アラン。言えと言っておいて叱るのはいかんぞ?」
「……それはそうだが、叱るべきときにはな……」
俺が言っている最中に、アリアンナが忍者の胸を鷲掴みにした。
その手の甲を叩く。
「あだっ」
「止めろ。なぜ揉む」
「……怒らないか?」
「子どもか?」
ボウイが割り込んで来て、アリアンナにべったりとくっついた。
「だって先生おこるし。ねーアリアンナ」
「そうだそうだ。なーボウイ姫」
二人が抗議の目を俺に向けてきた。
「ようし、後ろ手に縛ろう。なにかこう……紐はないか?」
「えっと、おれのこれがあるけど……」
「おお。では代わりに上着を貸そう」
ボウイが帯のような上を脱ぎ、レザージャケットを着た。いつか俺が上着を貸したときのようになっている。
そしてアリアンナの方は痴女忍を手早く拘束し、両脇を持った。
「そっちを持ていボウイ姫」
「いーけど、どうするの?」
「我がよく行く人のいない路地があってな。そこはなんと……喘いでも誰も来ん」
「すっげ……ってことは……」
「ふふふ……勘が鋭いな」
「は、早く行こっ」
二人で気絶した忍を運び始めた。
「うわぁ……」
目の前でガッツリ性犯罪が発生し、思わず声が漏れてしまった。
いや、あの忍は俺たちを殺しに来たので、因果応報だろうか。
……いやいや、それはそれ、これはこれだろ。もはや恋人とか関係なくなって来たぞ……。
彼女らに着いていくと、寂れた路地に到着した。本当に人の気配がない。こういうところは集まる場所がない者の溜まり場になるのが相場なのだが、どうやらここは穴場のようだ。
「さて。ふっふっふ……。うむうむ、良い身体よ」
「わぁ……下すっごい貼り付いて……」
「待て。お前ら。おい。まずは聞け」
二人がむすっとして振り返る。始まる前から『説教早く終わらないかな』も顔をしていた。
「なにはともあれ、情報だ。そいつの目的や雇い主を知っておきたい」
「うむ。それはそうだが……」
「まずは待て。お前らも満足する考えがある」
このままでは二人がただのレイプ犯になってしまう。どうにか大義名分か何かがないと、もはや誉もクソもない。
忍を揺り起こすと、ほどなくして意識を取り戻し、キョロキョロと回りを見回した。
「ここは……? ……酒でも飲んで……むむっ! 腕が縛られてるとはいかに!」
「起きたか」
「お、御主……生きて捕らえられるとは……かくなる上は!」
「――っ! 毒か!」
彼女の頬を鷲掴みにして指を突っ込む。
どこだ。毒薬は。無い。錠剤じゃなくて粉ならもう手遅れか。やられた。
そう思っていると、彼女はものすごく困った目で俺を見ていた。
……毒じゃないのか?
指を引き抜くと、忍びは少しえづいた。
「な……なんでござるか。おえ……」
「毒を奥歯か何かに仕込んでいないのか。こういうときの為に」
「奥歯に……? そういう手もあったとは、盲点にござるな……」
「…………毒じゃないなら、何をしようとした?」
「くくく。よくぞ聞き申したな……くくくく……」
何をするのか全く想像ができないが、不思議と放置してても大丈夫な気がする。当然、とんでもないことをやらかすリスクもある。
だが……興味が勝つな。ちょっと見てみるか。唾液に汚れた指を肩で拭くと、アリアンナがそこに口付けをした。
コイツの方がよっぽど怖いぞ……。
「バカめ油断したな、後悔先に立たずにござる! いやはや善き生涯であった! 皆の衆、お先に御免!」
前口上が長い。言っている間に取り押さえられるぞ。
「秘技――――息止めっ!」
あーやっぱりバカだった……。
彼女は思い切り息を吸い、口と目をきゅっと閉じる。なんで窒息死しようとして息を吸っちゃったんだ。
しばらく待っていると顔を真っ赤にし始めて、プルプルとし……コロンと転がった。気絶だ。気絶なので当然、意識を失って普通に呼吸が再開した。
そりゃそうだ……。一番忍者にしたらダメだろコイツは……。
「あ、アランっ! 死んでしまったぞ!」
「先生っ。なんで止めなかったの!?」
もはや言って聞かせるのも面倒なので、忍者の顔を持ち上げてひっぱたいた。するとビクンとして目覚める。
「こ……ここは……せ、拙は死んだはずでは……」
「生きてる。気絶まで耐えたのは大したものだが、息を止めただけだと無理だ。顔を水につけるなりしろ」
「そ……そんな……前に試したときは絶対に死ぬって思ったのに……」
「……取りあえず、拷問の時間だ。情報を吐いてもらう」
「否! 吐かぬぞ、拙は。忍として、あらゆる苦痛に耐える訓練を重ねに重ね……」
「快楽はどうだ」
尋ねると忍は目を丸くし、半目にニヤけた口で俺を見下した。
「快楽ぅ~? そんなもの、対策する必要などありませぬわ。くれるなら欲しいものにござるねぇ~。わははは!」
「だ、そうだ。二人とも」
二人を振り返ると、アリアンナとボウイが顔を合わせ、両手をわきわきと動かした。
「まずは名前を聞いてくれると助かる。俺は適当に離れている」
「うむうむ。快楽責め、か。任されたぞ。ふっふっふ……」
「ふたりで一気にいっちゃお。んへへへ……」
「な~んでござるか。男に汚されると思えばこんなに愛らしい娘衆にぃ? むしろお願いするでござるぅ~。くくく……」
忍は脚を開いて、タイツが貼り付く股を見せつけた。ずいぶんと挑発しているが、どれぐらい持つものかな。そんなことを考えながら少し離れた物陰に座る。
それと同時に始まったらしかった。
「では名前を伺おうか、お嬢さん」
「言わせられるものなら、どうぞお好きに。気持ちいいだけなど余裕でござるがね~」
「ね、アリアンナ。……おっぱい、いい?」
「うむ。存分に」
「やったっ!」
「乳もみなど……んっ……お……幼子にしてはやたら……あふっ……」
「では、股は我がいただこう。まずは外だ」
「きゃんっ!? その指遣い……いったいなぅ……ふ……きゃぅんっ!」
「愛らしく鳴く。抱くからには姫と呼ばねばな……」
「ちが……ぁひっ……これは……」
「さぁ名は!」
「ん……おっ……! おひぃ……! 自野ぁ! お自野ぁ……! あっ、ひっ、逝くぅっ!」
「わぁ! ビクビクしちゃった!」
「自野姫、か。良い名だ」
「は……は……ふひぃ…………」
早速名前を吐いたらしい。お自野か。
「かわいい……。ね、名前って……ジヤ? オジヤ?」
「東の国のルールに、女性の名には“お”を付けるというものがあると聞いたことがある。我は自野姫と呼ぶが、ボウイ姫が呼ぶなら……お自野と呼ぶが良い」
「へぇ~。お自野、おっぱいがしっかりしてるのに、よわよわで可愛いよ……」
「乳首を……おん……いじるなぁ……あっ……」
「では、ナカも……失礼、破くぞ」
「や……やめ……中は……」
「あ、そうだ自野姫。雇い主と目的を教えて貰えるか」
「……くっ……殺せ……! いっそ殺ぉんぉほぉおぉおぉおぉおっ!?」
「さぁさぁどうだ!?」
「お"ご……無"理"ぃ"……! 御"免"な"ざい"ゆ"る"じでぇ"……!」
「吐くんだな!」
「吐"ぐぅ"! 吐"ぎま"ずゆ"る"じで……っ!」
「……でもせっかくだから達するまで!」
「ぞん"な"ぁ"あ"あ"あ"っ!」
「あ、アリアンナっ、おれもしてっ!」
「いいとも重なれいっ」
「わぁい……あん……あ……そこぉ!」
「知っているとも!」
なんだあの惨事は。拷問とかどうでも良くなってるなアイツら。だが、止めようかとも思ったが、俺も巻き込まれそうで行きたくない。
……許せお自野。卑怯とは言うなよ。
「んほぉおおお逝く逝く逝く……イ"グゥ"ッ!」
「おれも……イっけぇーー!」
ボウイ、やたら少年だな達し方。
さて……やっと終わったか。セックスと考えるとやたら短い時間だが、俺にしてみれば聞く拷問のようだった。まぁこれで怪我も負わせずに情報を引き出せるなら安いものだ。
敵でも、極力怪我をさせるべきじゃない。あとからとんでもない情報を吐いたりするので、怪我の合併症で死なせるリスクは極力減らさなければ。
三人の元へ戻ると、ボウイとお自野が抱き合って果てていた。そしてアリアンナが俺を見るなり、立ち上がった。
「……終わったぞ」
「ああ、済まないな。これで――」
「だが」
アリアンナが、レザーパンツの前を開け、下着を見せてきた。
「我は、まだ――」
踵を返して走り出した。骨折の痛みは耐え、とにかく路地を走った。『まだ』の二文字が聞こえた瞬間に、殺し屋の第六感が警鐘を鳴らした。
――犯される。お自野の二の舞になってたまるか――――!




