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貴いお方が裸同然とはどういう了見だ  作者: 能村龍之介
殺し屋、神話に巻き込まれるの章
43/118

38 友人と、エクソシストに会いに行こう

「それでその……、エクソシストってのはどこにいるんだ?」


 騎士団から着替えもしないまま着いてきたキャシディが、大通りを歩く道すがら聞いてきた。


「それも探します。団長は大市場近くの小教会にいるかもと言ってました。覗いてみましょう」


 さりげなく誘導し、いつかジミーに誘われて入った教会の門をくぐる。


 中には常に誰か信者がいるようで、入り口を入れば手近に話を聞けそうな男がいる。


「すみません」

「はい?」


「最近この国に来たというエクソシストを探していまして……」

「ああ、モーニングスター様ですね。もしや悪魔の情報を?」


「いえ、これから探そうと思っているんです。細かい情報を聞けないかと思って」


 すると彼は破顔した。


「ええ、ええ。神の敵を討ちたい気持ち、よく分かりますとも。あのお方はこの城下町の教会を巡礼なさっておられます」

「そうなんですね」


「待てば会えるでしょうが……一刻も惜しいなら城内の大教会へ向かうがよろしい」

「ありがとうございます。きっと、悪魔を見つけ出して密告しますよ」


「ええ、頑張ってください」


 礼を言って外へ出た。城下町のいくつも張り巡らされた大通りの、もっとも大きいものを城へ向かって歩き始める。


 少ししてキャシディは、教会を振り返ってから俺の肩を軽く叩いた。


「割と口が回るんだな」

「それを言うなら頭が回る、じゃないですか? まぁ、そんなつもりはありませんけど」


「いやぁ……ところで、悪魔も見つけんのか? カミ探しに」

「いえ。悪魔にも興味ないですよ、別に。……そういえば、情報で賞金が出ると噂ですね」


「へぇ? いくらだ」

「金貨百枚だとか」


「百ぅ!? おいおい、それを先に言えって。悪魔見つけるぞ」


 キャシディは勇み、踏み出す力が強くなった。これでやる気は出ただろう。


「……話は変わりますが、実は知らないんですよね、神話」

「え。それでカミサマ見つけようとしてたのか?」


「ええ。もしよかったら知っている範囲だけでも教えてくれませんか?」

「いいぜ。まず、カミサマが世界を支配してて、それから星を消した。あれ、星を消したから支配したんだっけか」


「……」

「まぁいいや。とにかく、星が消えたらしい。それが八千年前。それからこの大地も消えるとか言ったらしいが、オレたち人間がお利口にしてたら大丈夫らしい。なんつうか、オレたちの人生がテストとか、そんな嫌な話だ」


「へえ…………」

「で、えー……と。ああそうだ。オレはその話を聞いて思ったんだ。最初っから星なんか無かったんじゃないかってな。だってそうだろ? 何もない空に粒々の光るものなんかあるわけねえ。星が消えたってのも八千年前だ。誰かが適当言ったのが伝わったんじゃねえか?」


「……なるほど?」


 それは確かにそうだった。神が存在して、神の話があるのだから、勝手に神話が事実だと思っていた。だが、そもそもの出発点がペテンであるならその話に何の意味もない。


 奴隷商はそうだと思って、宗教を妄想呼ばわりしたのだろう。


「……ってことはだ、神は居ねえんじゃねえか? だったら悪魔も居ねえよな。なんだか、情報なんか見つかりっこねえ気がしてきたな」


 残念ながら、神は存在する。だからといって悪魔がいるかは怪しいものだが。


「……その情報さ、ウソ言ってもバレねえかな」

「バレると思います。バレなくても、誰かを犠牲に差し出すことになりそうですが……」


「だよなぁ。あーダッチョウがまだ生きてりゃなー」


 仮にも知人を、金の犠牲にする気満々らしい。


 しばらく歩いていると、大市場の近くで見覚えのある金髪がいた。俺を見つけるなり満面の笑みで駆けてくる。


「アランさーんっ」


 まずいな。ソフィアか……。さっきアリアンナとの嘘セックス話を吹聴した直後に彼女が来るとは。


「ど、どうも」

「どうもー。騎士団のお仕事ですか?」


 彼女はキャシディに、ピョコりと軽い一礼をする。彼はソフィアにやや仰々しく一礼した。


「彼がお仕事中です、お嬢さん。どうも、同僚のキャシディといいます」

「わー。私は農民のソフィアです」


「え、農民? てっきりお嬢様かと思いましたよ」


 ソフィアはいつか俺がコーディネートした、ドレススカートと胸元を開けない貴族風シャツの組み合わせでいた。ずいぶんと気に入ったようで、替えまで買って出かけるときにはいつもこの格好をしている。


 キャシディ、お前……口説く気か?


「ありがとうございますっ。この服好きなんですよ~」

「へぇ、そうなんですね。とても似合っていて素敵ですよ。ご自身で選んだんですか?」


「いえっ、この服はアランさんに選んでもらって~」


 ソフィアが言うと、キャシディがばっと俺を見た。


 俺はただ、目をそらした。そんな目で俺を見るな……。


「だからですねぇ、これはアランさんの~……えへへへへ」


 照れているのか、妙なツボに入ったのか、ソフィアが途中で笑い始めてしまった。


「……ひっひっひ……」


 キャシディも釣られて笑い始める。


「へへへへへへ」

「くっくっくっく」


 笑い続けるだけの謎の間が生まれた。


 なんだこの空間……。


「えーっと……アランとはどういうお関係で?」

「それはぁ……アランさんっ、とはぁ……でへへへへへ」


「……ぶふっ、ひっひっひ」


 また笑い続けるだけの空間が生まれた。照れる度にこれだと日が暮れるぞ。


「あ、そろそろ僕たちは用があるので。また病院で」

「はいはーい。はぁーあ、早くおうちに帰ってきて欲しいです……」


 ソフィアはちょっと残念そうに背を丸め、去っていった。


「……で、どーいう関係だ?」

「………………妹です」


「急に嘘が下手になったな。妹がお前に会うだけであんな顔するか?」


 あぁ、また厄介なことになりそうだ。連れてくるんじゃなかったか?


「お前……朴念仁かゲイだと思えばやることやってんだな」

「はぁ」


「はぁ、じゃねえよ。しかもこっちもあんな美人……しっかり勃つじゃねえか」


 彼は「だがな」と俺の両肩を掴んだ。


「マジでお前……殺されるぞ? 団長に。別れろ?」

「き、胆に銘じておきます」


「そうだな。別れたら教えてくれ。ほら………………な?」


 お前もちゃっかりしてるじゃねえか……。


 少し歩いたところで、今度はビスコーサと出くわした。これは……この間のお見舞いパターンか?


 仕事中のスーツ姿で、やはりシャツの胸元を開いて、帯を胸に横断させる服をしていた。未だに胸元を閉めないでいるらしい。


「あ、アランさん。ちっす」

「ど、どうも」


 ビスコーサはキャシディをチラと見た。視線を追うと、キャシディはガッツリと俺を見ていた。


 目で、「マジか?」と聞いていた。


「お仕事中っすか……。あの……こんにち……」


 キャシディへの挨拶が尻消えの言葉になった。お前、知らない人に対しては相変わらずそうなんだな。


「こんにちは」

「……うす……」


「オレはアランの同僚で、王国騎士団に最近入団したキャシディってもんです。なりたてホヤホヤってヤツで」

「あー……そうなんす……」


「……よければお名前とか聞いても?」

「あ、こういう者で……」


 ビスコーサは彼に名刺を渡す。そういえば病も名刺を渡してきたが……あれとこれはどちらが先なのだろう。


 そもそも名刺文化はどう発展してきたのだ。この不自然な発展の世界でそんなことを考えるだけ無駄だろうか。


「えーっと……魔術協会のビスコーサさん? ……あれ、最近マジックなんとかって名前じゃなかったでしたっけ?」

「っす……」


「マジカルテックカンパニーですね。改革とかでいったん名前が変わったんですけど、最近トップが死んで元に戻ったとかで」


 ビスコーサがコミュニケーション拒否を起こしてしまっているので、彼女の説明を継ぐ。


「へ~、そういうこと。サンキューなアラン」

「いえいえ。……ビスコーサさん。ゆっくり話したいんですけど、僕たちは急ぐので」


「あ、分かったっす。それじゃ病室でまた」


 ビスコーサが少しだけニッと微笑んで、足早にどこかへ向かっていく。きっとこの近くで技師仕事があるのだろう。


 歩き始めると、キャシディに腕を小突かれた。


「おい待てよ色男さん」

「…………」


「今の娘も妹か?」

「…………友人です」


「普段暗そうなのに、友人ってだけでお前に向かってだけあんなに可愛い女の顔してくるかよ。おっぱいもエロいしよ」


 キャシディの言葉にビスコーサの同僚を思い出し、少し腹が立った。


「友人でもそういう顔を見せることはあるでしょう」

「それはそれとして、ちゃんと着てるだけ団長よりエロいかもな……」


「はあ……」

「とりあえず、別れろ? ちゃんとそれも教えろ? オレが証人になるから」


「はぁ……」


 一度目は力の入らない返事で、二度目はため息だった。


 ビスコーサにセクハラされると何とも言えない気分になるのに、彼女がセクハラされているのを見ると不憫に感じてしまう。


 殺し屋が依頼人に必要以上の情を抱くなどととは……。


 また歩き始めるとき、少し考えた。もしこれがこの前のお見舞いと同じなら、また誰か来るに違いない。


 よし。先手を打って道を変えよう。


「……少しルートを変えませんか。運動は怪我に良いそうですよ」

「え、マジかよ。今度オレも試してみるぜ」


 適当なデマにあっさりと騙された彼と裏路地へ。こうして回り道をして運命を変えてやる。


 そうして城へ向かって歩き、その途中。


「あっ、先生!」

「アラぁああン!」


 ボウイとルイマスが居た。考える限り最悪の人選だ。


「どうして……」


 呟かざるを得なかった。もはやキャシディの方を向けない。ボウイは俺を嬉しそうな目で見ていたが、隣の男を見て口をぽっかりと開けた。


「あ」

「んっ!? 君は、この間の?」


「あいや……えっと……」

「彼はあの後しばらくして、口が聞けるようになったんですよ。怖くて声がでなかったらしいです」


 どもったボウイに割り込み、大急ぎでカバーする。しかし当然ながら疑問は噴出する。


「そうか。……いや、先生ってなんだ?」

「ちょくちょく様子を見ていたんですが、勉強が分からないというのでついでに教えていたんです。最近はそっちメインになってますけど」


「へぇ~、アフターケアまでバッチリだな。ところでさ」

「はい」


「まさかお前」

「違う。違いますよ? もちろん」


 違わないのだが、誤魔化すしかない。バレたら社会的に死ぬ。こうなるから子どもと付き合うべきじゃないのだ。


 だがキャシディは、かなり訝しむ顔をしていた。初めて俺と出会ったときの顔だ。


「ホントか?」

「ホントで――」


「お前のチンポは程々かぁあああ!?」


 ルイマスの咆哮。思わず膝から崩れ落ちた。


 無理だ。無理だろ、これ。ボウイとルイマスは同時にこなせないだろ。どうしろって言うんだ。


「な、なんだぁ……!?」

「アランと知り合いだなお前ぇえええ! 名乗れぇええい!」


「え、あ、キャシディです……!」

「チンポのサイズも名乗れぇえええええい!」


「名乗れませんでありまぁーす!」


 彼はなにかビシッと直立し、腹から声を出して返事をした。


「えぇいお前も粗チンか巨根じゃなぁあああ!? あぁぁぁあ! ボウイのチンポはちっちゃいしのぉおおお!」

「ば……大声でゆーなバカ!」


「バカって言った方がバカだもぉおおおおん!」

「うっさいこら!」


 ボウイが捕まえようとしたのをひらりと避け、ルイマスが物凄い勢いで逃走する。


「逃げんなっ!」

「やだもぉおおおおおおおん!」


「もっかいぶっ倒すぞこらーっ!」


 そうして嵐のような二人が消えていった。


 ……そういえば、いつの間にか顔合わせしていたんだな、ボウイとルイマス……。


「……今のは……アラン?」

「今のは――――妖怪です」


「妖怪……か……まあ確かに妖怪だな、ありゃ」


 彼は腕を組み、「きっとヴァンパイアだっているだろうし」と妙な納得をした。どうしてこれで騙せるんだろう。


 それにしてもヴァンパイアか。ヴァンパイア……娘……? 嫌な予感が……。


「そのヴァンパイア、男ですよね、きっと」

「あ? ……お前、やっぱりアッチか?」


「どっちです」

「いや分かった。両刀使いってやつか。おいおい……オレは狙うなよ?」


 性的趣向など知るか。俺は誰も狙ってない。バイの性欲が強いという偏見はどうにかしろお前。


「行きますよ」

「はいはい。……ひでぇ目に逢った。あの妖怪、喋り方が教官そっくりでよ……」


 そうして道を行き、どうにか他のメンツに出会わず城に着いた。


 ロマネスク式とも、ゴシック式とも、他の様式とも取れる意匠で、中世ヨーロッパ風としか言い様のない王城だ。


 ひとつ確実に言えるのはかなり大型の部類に入るということで、これだけの土地を使ってどうして城と騎士団が分離しているのか不思議なほどだった。


 キャシディの先導で中央の跳ね橋から奥へ進み、まず大広間に出て階段を上がり、右の渡り廊下から次の大広間に出て階段を下り、次に入ってきた方向に対して左の扉を抜け、また左に折れて進み、階段を二階分上がって最初の大広間の三階テラスへ出て(はり)のような橋を渡って通り抜けそのまま奥の部屋へ進んで右の階段を下り――。


「キャシディ」

「ん?」


「迷ってませんか?」

「迷ってねえよ。この道だ」


「そう……ですか? どうしてこんな入り組んだ構造を?」


 この城の建築様式は既存のどれとは言い難いが、統一された物らしいことに違いはない。ならば、後から後から増設していった訳でもないのだろう。


「城まで入ってきた敵が疲れるようにだったかな。本当は抜け道があって、自分ところの奴らはそれを行き来していたらしい」

「使えないんですか、それ」


「王サマの暗殺に使えるとかで潰したらしい」

「へぇ……」


 当の王がそれで城中を歩くはめになっていると考えると奇妙なものだ。


「なんて言ってる間に、ここだぜ」

「ここが。あの大教会ってやつですか」


 似たような扉たちのひとつ。その中でも大きく、豪華なものが目の前にあった。


「で、なに話すんだ?」

「なにって……神の居場所ですけど」


「ちげえよ。あるだろセリフとか。オレは何を言えばいい?」


 なにか役に立つ気らしいが、使うときは俺から言う。そういう風に使いにくいところで使えと言われても面倒だな。


 まぁ、一方的に利用し続けるのも難しいか。


「何かいう必要はありません。ただ、観察していて欲しいんです」

「観察?」


「宗教の事情にはキャシディの方が詳しい。なにか不自然なところがないか、見てくれませんか。もしかしたらエクソシストということ自体嘘だったり……」

「ってことは賞金もナシ、か。よおし、まかせな。髪の毛の先までじっくり見てやる」


 彼の肩を叩き、扉を抜ける。


 中はこれまた広い空間になっていて、部屋のほとんど奥までベンチが並んでいた。一番奥には重厚な石の講壇と、そこを上から覆い隠さんがばかりの石像が背後の壁から突き出していた。


 あの像はなんだろうか。恐らくは信仰する神なのだと思うが……。


 ほとんど全裸に、どうやってくっ付いているか分からない布切れが、やたら大きな胸や広い腰の股間を隠している。要は、服に異常がある依頼人タイプの格好だ。


 きっとこれが俺が探している神だ。その偶像なのだろうが……。


 滅茶苦茶に、嫌な予感がする。まさかハーレムの輪に神まで入ってこない……よな?


「あれか。いいよな、あれ」


 キャシディが像を見上げて言う。


「あれが……あれは何です? 神か何かですかね」

「らしい。けどよ、あんなエロい神がいるかよ。まぁ、いて欲しいけどさ」


「……そう」


 悩んだところでどうにもならない。あんなものは無視して行こう。


 二人で奥の講壇へ。競り上がった石の段の上にあるそれは、細かな彫刻が施され、石だけだというのにひどく豪華に見えた。


 そしてエクソシストは――奴隷商のバーですれ違った男は、石の段横のベンチにいた。仕事道具が入っているらしい革のアタッシュケースが横に置かれており、常に仕事に取りかかれるよう構えているようだった。


 そして男は、聖書を読んでいた。ベンチの前に俺たちが来たことに気付き、顔を上げ、優しげに微笑んだ。


「ごきげんよう。ご用ですかな」


 四十から五十、といったところだろうか。ほんの少しも敵意が感じられず、俺を観察するようなこともない。短く刈り揃えられた無精髭でも相手を威圧するような印象はなく、心を許してしまうような雰囲気をまとっていた。


 人殺しとしての自覚はないのか、殺した上で優しくなれるよう訓練したのか、サイコパスなのか。


「……僕は信者ではないのですが、神に会えると思いますか」

「おや。神を信じておられないのに、我らが主にお会いしたいのですかな」


「存在するとは思っています」

「……信頼していない、と?」


 彼は困ったような、呆れたような色を混ぜて笑った。


「無理もありません。我らの命運を握っておられるのですから。ですが、支配者と相対したいその気概はあのお方に向けるべきではない」


 彼は聖書を閉じ、そっと立ち上がった。それから手を腹の前で重ねて肩の力を抜いた。


「まずは支配者である、というよくある誤解を解かさせていただきましょう。かの方はあらゆる命に絶望しておられました。あらゆる星に住まう、あらゆる命に、です。どれも怠惰で、産みの親たる主への信仰もなく、とてもあるべきとは呼べぬ。そこで、全ての命を消し、新たなる世界を想像しようとなさった」


 その、他の星の生物の情報とやらはどうやって知ったんだ。


「しかしこの大地を見つけ、神は思い止まられた。人類を見つけたのです。まだ神を信じ、祈りを忘れぬ我々を。そこであの方は、我々へ天啓をお与えになった。神を忘れぬうちは、まだ在り続けることをお許しになるのだと」


 星が消えたから神話ができたのだろう。時系列も無茶苦茶だ。


「ですから、主は――神は支配者ではないのです。支配者であるならば、支配のために奪います。しかし神は、ただ産みの子である我々に、感謝を忘れないのであれば在ることを許すと、むしろチャンスをお与えになられたのですから」

「なるほど……。僕は勘違いをしていたんですね」


「ええ、ええ。ご理解いただけたようで何よりです」


 彼はニコリと微笑んで、一礼をした。


「申し遅れました。私はモーニングスター。肩書きとしては神父ですが、私に与えられた使命は――悪魔狩り、というものです」

「僕はアランといいます。こっちはキャシディ。共に王国騎士団に所属していますから、肩書きを言うなら騎士ということになりますね」


「なるほど。あそこには一度お伺いさせていただきました。怪物を殺したという素晴らしい功績を挙げたそうで」


 モーニングスター神父が言うと、なぜかキャシディが誇らしげになった。


「らしいですね。神父さんが化け物を探していると聞いたのですが、それはあれでは……」

「違うのです。私が探しているのは悪魔であり、人を呪い殺しては腐らせるという恐ろしい存在なのです」


「それは……そんなものが?」

「……あなた方にもこの話はしておきましょう。実はその悪魔に、懸賞金を掛けているのです。悪魔を狩るのに有用な情報をいただけたら、金貨百枚を贈呈いたします」


「金貨百枚。スゴいですね……ただ」


 少し考えこむフリをしてから、彼の目を見た。


「神に会う方法を教えていただけるなら、それを報酬に探します」

「ほう……?」


 彼は少し驚いたように俺を見て、それからまた、微笑んだ。


「いいでしょう。私も何か有用な情報がないか探ります。ただ、どうしても見つからなければ賞金で我慢していただけませんか」

「もちろんです。それで、悪魔の特徴は?」


「人の姿に近く、金髪であり、肌の色が緑とも紫とも言われています。そして、恐ろしいほどに冷たい無表情をしているそうです」

「分かりました。ご協力に感謝します」


「いえ。それは私の言うべきことです。よろしくお願いします」


 彼に軽く会釈をして、大教会を出る。道を少し戻ったところで、キャシディに振り向いた。


「それで、どう思います?」

「そうだな……。神に会う方法が見つからなきゃいいなって思った」


 金貨百枚に目が眩んでるんじゃねえ……。


「あの神父は?」

「そうだなぁ……。ま、良さそうな人だとは思ったけど、いいのか、あれ」


 彼はやや心配そうな顔でモーニングスター神父の方角を見た。


「いいのかって?」

「金貨百枚あげますなんて言ってたら、いま持ってますって言ってるようなもんじゃねえか。強盗に狙われるだろ、たぶん」


「悪魔狩りをしているとも言ってたので、ひょっとしたら狙われても大丈夫なほど強いのかもしれませんよ」

「そういう問題かぁ? あ、そういやもう一個、変なこと言ってたんだよな。なんだっけ。思い出したら言うから待っててくれ」


「はいはい」


 そうしてまた迷路のような道を戻り、城から出て、肋骨の痛みがひどくなり始める頃。唐突にキャシディが声をあげた。


「あ。思い出した」

「なんです?」


「あいつ、他の星に生き物が住んでるとか言ってたけど、それっておかしいよな?」


 宇宙人のことか。まあ、確かにこの時代の人間がその発想にたどり着けるとは思えない。


 ……なら、なぜモーニングスター神父がそれを知っていたんだ? あの話が神話だと言うなら、神が星を消したと言う八千年前の時点で宇宙人の存在に気付いていた、ということになるのだろうか。


 なにか……おかしいな。ルイマスは星の理論が書かれた本があったなどと言っていたが、ならその星に生命が生まれる可能性があるということも本に書かれていたのか?


「ほら、星って空のキラキラしたやつのことだろ? そんなところに住めるか? 地面が眩しいってことじゃねえか」


 そうだとすれば、やはり八千年前にその本があったということになるが、もう存在しない星の本を八千年も保管し続けるだろうか。


 なにか……どこかで決定的な矛盾がある。奇妙では片付けられない矛盾が。


「ん? あれ、聞いてるか?」

「……聞いてますよ、もちろん。僕も変だと思いました」


「だよな。あれは……やっぱ嘘だよな。それじゃ悪魔なんて見つかりっこねえし、賞金は諦めるしかねえか……」

「そうですねぇ。神の存在もきっとホラ話でしょう。……俺はこのまま病院に戻ります」


「おう分かったぜ。次はあのかわいい娘たちの感想もちゃんと聞かせろよ。この調子ならすぐ怪我も治るだろうなぁ」


 彼は俺の肩を叩き、館の方角へと戻っていった。


 あいつまさか、言う気か、周囲に。また噂が広まるのか……。


 …………もう騎士団(あそこ)に戻りたくないな……。

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