37 神に会うなら、どこを探すべきなのか
「神……のう……」
組織の洞窟、その広間でジェーンが頭を抱えた。
協力者らしくボスに報告してくれるのかと、やや嬉しそうに居直った直後のことだった。
「お主がそんなものを信じるとは思ってもなかったわ」
「信じるといっても存在だけだ。信頼まではしちゃいない」
「そうでなくては困る。それで、神を探してどうするのだ」
「お話でもしようかと思ってな」
「手負いのままでか」
「まぁ、な。なにか心当たりはあるか」
彼女は考えるまでもなく、ため息をついた。
「あるわけがなかろう。強いて言えば教会にでも行くがよい。頼まれてもおらんのに熱心に“お勉強”する者どもがおるじゃろう」
「そこくらいしかない、か」
正直、億劫だった。俺は殺し屋として、問題を解決するために自分から動く。だがあいつらは神が解決してくれるだろうという楽観で動いている。まず、そこから文脈が違う。
それに、世界を理解した気になるというのも気に食わない。殺し屋として色々な業界を巡ったからよく分かるが、世界は人が理解できるだけ単純じゃない。ちょっとしたことでさえ嫌になるほど入り組んでいる。それを認めず、逃げ続けるための逃げ道にしか思えなかった。
あれは、俺には理解の及ばない世界だった。うまく溶け込める自信はない。だが他に手もなさそうだ。
「観念して、地道に探すとする」
「そうするがいい。もっとも、見つかる訳があるまいがな。ほどほどにして治療に専念せい」
「お気遣いどうも」
組織から出よう、というときになり、待ってましたとばかりにジミーがやって来た。
「どうも」
「用か」
「あの男に動きがありましたよ。悪魔を見つけたものに金貨百枚、だそうです」
ズレはあるだろうが、二千万円相当か。ずいぶんと大きく出たな。
……ということは、それだけの金を動かせる立場にあるということか。
「情報をどうも」
「おや、ほとんど話してませんよ?」
「あのエクソシストのような男が、随分な権限を持っている。“中央”とやらの出身で、判断を任せられるだけの地位だ。それ以上の情報でもあるのか?」
「重要なのは、彼がダンビラポイントを違うと断じたところ、じゃあないですか」
それも確かにそうだった。先日の騒動を知っている者なら、アリアンナが倒した事になっているあの化け物を悪魔と呼ぶだろう。
そのことを聞いていない訳がないのだ。ここで仕留められたと聞いた上で懸賞金を出した、ということは――。
「既に悪魔の正体を知っている……か?」
そうなると、神を見つけるより先にあのエクソシストを止めなければならない。病の安全を確保するのは何よりも先に来る大前提だ。
「ええ。悪魔の特徴、聞きたいですか?」
「いい。悪魔に用はない。その男の場所を知っているか」
「そう言わず。どうです?」
「俺とゲームをしたいのか」
「負けが込んでますからねぇ」
「たかだか一敗のために、必死なことだな。どんなゲームをやる気だ?」
「特徴当てです。三回ミスでゲームオーバー」
「長い黒髪で暗い表情をした女。あとはそうだな、臆病ですぐに謝罪をする」
そう言うとジミーは目を丸くする。
「悪魔まで抱いたんですか。どれだけハーレムの輪を大きくするんです?」
「いやまだ……ゴホン。今後も抱く気などない」
驚いた男を背に、広間を抜けた。
ひとまず向かうのは騎士団。警備の情報から居場所を絞り込めるかもしれない。
そう思って、入院してから初めて王国騎士団の居館に足を踏み入れた。
「よぉ、アラン!」
キャシディが俺を見つけるなり走ってきた。
「もう大丈夫なのか。死んだって聞いたぜ」
「死んだら来ないでしょう。勝手に殺さないでくださいよ」
「いやぁ、死んだって言ったのは半分だった。オレはもちろん死んでない派だったぜ?」
「それはどうも。まあ、怪我は治ってないんですがね。まだ肋骨の下の方がくっつきかけで……」
「マジかよ。それじゃあ触らないように気を付けるぜ」
彼は両手を上げて数歩下がる。
「ところでよ、メシはどうした?」
「まだです」
「そりゃちょうどいい。一緒に食おう」
「いいですね」
一緒に二階の食堂へ向かう。その途中途中で声を掛けられては、みんな何やら聞きたがったような、喉にものを詰まらせたような表情で俺を見送った。
「それで、元気してたか」
食堂のシェフからトレーに食事を受け取りながら、キャシディが聞いてきた。
「ええ、まあ」
大きな黒パンにバター、肉や豆や野菜や……と、色々な物が乗せられていく。戦いを主にするだけあって健康には気を遣っているのだろう。
「色々とあって、今は神を探してます」
「カミぃ? って、あの……カミサマってやつか?」
「ええ。信徒になる気はありませんが、一度は会ってみたいじゃないですか」
「……なんだか分からねえが面白そうだな。カミ探しとやらに混ぜてくれよ」
ちょうどいい。もしかしたら、足しになる情報くらいは集めてくれるかもしれない。この世界で生きた時間は彼の方が長いのだ。俺の知らない常識から何かが見えるだろうか。
彼と一緒に席についた。食堂の真ん中の、長テーブルの中心。
その間にも俺への視線は止まらず。座ってからさえもチラチラと視線が刺さってくる。
「……なんですかね、あれは」
配膳トレーの黒パンを手に取って聞いた。
「いや……まぁな……」
話題になった途端、キャシディはなんとも言えないという表情で、顔ごと目を泳がせた。
「ほら……団長が何も言わねえからさ。こう……どうやって倒したかみんな気になってんだ」
アリアンナは自分の手柄にすることにかなり抵抗があるようで、具体的な話は誰にもしていないらしい。それどころかその会話になったらすぐに別の話題を出して誤魔化してしまうのだと。
アリアンナがベッドで甘えてくるとき、そうするのだと悲しげな顔で言っていた。
「そうなんですか。だったら話しますよ。ちょうどその場にいたので」
「へぇそりゃあいい! おいみんな! 団長の活躍話が聞けるぜ!」
周囲の人たちが一斉に集まってきた。その顔のどれもが興味と歯にものを詰まらせた気分を混ぜた色だった。
仕方ないので、どうにか創作して話した。アリアンナにできる範囲で、どう動いたか、どう倒したか、どう俺を救ったか。彼女には申し訳ないが、存在しない武勇伝を捏造させてもらう。
「……という感じです。熱弁してしまいましたが、流石は団長ですよね」
聴衆たちは概ね満足げな表情だった。「怪物の正体が悪魔に魂を売った弟だったなんて」という声もあった。
だがなぜか、まだモヤモヤとした雰囲気が拭いきれなかった。
「……キャシディ」
「お、おう?」
「団長の活躍が聞きたかったわけじゃあなさそうですよ?」
「…………」
誰もが沈黙していた。その間、ずっとキャシディを見つめて、見つめて、彼はやっと音をあげた。
「……分かった分かった! 白状する。みんなが本当に聞きたかったことを親友のオレが聞いてやる。いいか?」
キャシディの言葉で、その場の雰囲気がかなり険しくなった。みんなが固唾を飲んで見守っている。
ふむ。やはりアリアンナの手柄ではないとバレたのだろうか。コップの水を飲みながら考えた。
それもそうか。街中ではタナカに追いかけられて、馬で逃げ回っていたのだ。不死身の化け物相手に、どうにか引き付けるだけが精一杯だったと悟られるのも仕方ない。
「……救護室で団長とヤりまくってるんだって?」
水を吹き出した。
思い出した。アリアンナが俺のベッドでイったとき、部屋の扉は全開だった。普通に見られていたのか。
それにあの病院は本来、警備の施設だ。それを一般にも解放しているだけにすぎない。ならば、そういう噂は真っ先にここに届く。
これは……アリアンナを絶頂させているところを見られた上で誤魔化すのは……無理か……。
「……まあ」
「うぉおおおお! マジかよ!」
一気にその場が沸き上がる。
悪く思うなアリアンナ。実質セックスとか言っていたのだし、これくらいは許せ。
「くっそ~……羨ましいことしやがるなぁ」
「羨ましい……?」
「あ、おい! なにすっとぼけてんだ! 男だったら誰だって、あんな巨乳美女とヤりたいだろ」
「だ、団長に聞かれたら殺されますよ」
「ここだけの話だって。なぁ!」
周囲は深く頷いた。どうやらキャシディがこの場の代弁者らしい。立場を悪くするわけにもいかないしな……。
「で……気持ちよかったか?」
「………………それは……もう」
許せ、アリアンナ。
この後、団長の武勇伝の何十倍も、俺の武勇伝(?)を語ることになった。
双子神の塔。その半ば。
石の固い床でも、彼女にはひどく落ち着く冷たさらしく、気に入ったようにウロウロと歩き回っていました。
「ここならきっと……、だれも腐らせないから……」
そう言って彼女は、歩いている間ずっと窮屈そうにしていた肩の力を抜きました。
病がその内に落ち着いて、ウトウトと眠くなって、みーと添い寝をしたいのだと申し訳なさそうに言うので承諾しました。
いま病は、みーにぴったりとくっついて眠っています。彼女の折り目のある『わんぴーす』のような服も、ずっと着ていたにしては臭くありません。恐らく、彼女自体は無菌なのでしょう。
彼女は自分が悪いと責めながら眠りましたが、みーとしては悪い気分ではありません。時間の進行が違う様々な異世界を行き交いして、はや数百年。もしかしたら数千年か数万年。ぶっちゃけその辺は体感で、数える意味のない膨大な時間。色々な人に会いました。もはや嫌な奴はそう居ません。
嫌な奴はぶっ殺すに限るという知見を持つみーですが、その『はーどる』は高いのです。ただワンちゃんネコちゃんに手を出す奴は『はーどる』の下に埋めます。
「……ぐす……」
眠る病が涙を流しています。その表情が、涙が、どうにも加虐心を煽ります。恐らく一発でも腹パンしたら完全に落ちます。
ま、こうした神通力を使う手合もバッチリなのですがね。攻略法は単純で、気合いで耐えるのです。
経験豊富なみーは大抵の精神攻撃に耐えられるようになりました。身体は簡単に壊れるのに、心は中々壊れてくれませんから。
「わたし……ばっかり……ごめんなさい……」
普通なら抱き締めますが、それもしません。それは、彼女のためになりません。
みーは異世界を歩く者。異世界転移の『たいみんぐ』を『こんとろーる』する術を持ちません。いつ消えるかも分からない存在です。そんなみーを心の拠り所にさせるのは、持っている物を奪うことよりよほど残酷です。
人を不幸で壊す方法は、幸せを教えることなのです。自殺も許されない病に永遠を生きてもらうのであれば、永遠に蜜の味を知らないままでいてもらわなければなりません。知らない『ぐるめ』をまた食べたくなることなどありませんから。
彼女はみーと同じ、孤独を強いられる者。だけれど、違う場所なら孤独でなくなれるかもしれないという希望のある者。その点、最後には消えて独りになるしかないみーより恵まれていますね。このこの。
「……あ」
病が顔を上げ、みーを見ました。
「……ご……ごめんなさい。あなたに……わたしの汚れた涙なんて……」
「全くです。みーとの高級添い寝を要求した挙げ句、これとは」
ひどく心が痛みますが、優しさは依存を引き起こす要因です。ここは厳しく突き放します。彼女の漏れ出る菌を無効化できる存在というだけで、依存の気配を感じますから。
「ごめんなさい……」
彼女は両手で自分を抱き、泣き始めました。
……参りましたね。突き放さないといけないのに、悲しみの表情に性的興奮を誘発する成分があるのです。みーとしてはきつい相手です。
凄まじく美しい表情のまま、すがるように彼女はみーの手を取りました。
「……捨てないで……。いくらでも……罰を受けますから。……たくさん……お仕置きしてください……」
気合いです。気合いで耐えるのです。ムラムラさせられすぎてかなり危ない。
そうした性癖のない人間でさえ歪ませる神ぱわーを、気合いで耐え抜きますよみーは。
「ではお仕置きを命じます。ゴゴゴ」
「はい……」
「お仕置きなしです。罪悪感に耐え抜いてください。ドゴーン」
「…………はい……」
彼女は残念そうに項垂れた。悪く思わないでください。みーにも美少女としての『ぷらいど』があるのです。性欲を決壊させる訳にはいきません。そうでなくたって決壊してはマズいのです。
クソゲロキモキモ排泄物ますたーの日記にあった“汚れのない美少女のオナニーをオカズにできる”という一文から、性的なことに『あれるぎー』を持つようになったみーですが、今回ばかりは事情が違います。この世界の全生物の命がかかってますので。
「……よければ話を……していただけませんか……」
「なんの話ですか。ハテナ」
「……ここじゃない場所の。違う世界の……。異世界ってきっと……そういうことでしょう……?」
「ええ。色々な異世界がありますよ。魔術のない世界。神のいない世界。人がいない世界。空が存在しない世界に、地上が存在しない世界も。地獄がある世界もありますし、その地獄が『さいばーぱんく』の世界もあります」
「さいばー……? よく……分からないですけど……」
「ある企業が世界中の技術をメチャクチャにブチ上げた世界です。その会社は業績が上がりすぎて形無き国として独立してます。それと、人間は基本的に赤鬼です。みーが『言葉通じなさすぎて死ぬかと思った異世界』のひとつでもあります」
「そう……なんですね……?」
困惑してそうな言葉とは裏腹に、彼女にしては明るい表情をしました。
「……色んな世界があるんですね……」
「どこでも何かと巻き込まれが発生するみーですが、話として面白いのは『あらゆる欲が殺意に変換される化け物の仲間になった』ときの話でしょうか。ポンコツ女神が異世界転生者を間違え、そのヤベーやつが『ちーと』能力持ちになったんです」
「チート能力……?」
「規格外の能力です。それこそ神のような力を個人が持つ、と言えば分かりますかね。そして犯人こと駄女神の遣いである、アランさん並みの人でなし天使と手を組むことになって、そのヤベーやつの子守りをするハメになりました。キリキリ」
そうして時間潰しにと始めた話を続けていくうち、病は自然に笑うようになりました。それなのに、求めてしまうのはあの悲痛の表情です。恐ろしいことです。
しかし大丈夫なのです。この間にもきっと、アランさんが奔走してくれているはずです。人でなし女侍らせキショ太郎でも、頼りになるときは頼れる男です。
今回の相棒枠が自分の股間事情を吹聴して回るキモ男でなくて、本当によかったです。
アリアンナとのセックスの話を始めてどれくらい経っただろう。性欲の作り出すエネルギーは恐ろしいもので、話を聞く彼らの目に寸分も疲れが見えない。俺の体力を一方的にえぐられ続けている。
騎士という割に童貞が多いらしく、ほぼ思い付きのホラ話を疑いもせず、延々と少年の顔で聞いていた。高校生の修学旅行かよ。もういっそバレろ。なぜ前戯なしでいきなり挿入できたか疑える奴はいないのか。
……助けてくれぇ…………。
「何やら楽しそうな話をしているなっ!」
鶴の一声ならぬ、団長の一言で蜘蛛の子以上の勢いで全員が散っていった。そこには誤魔化しの誤の字もない。まさに逃走だった。
食堂にポツンと残され、思わず机に突っ伏し、忘れていた骨折の痛みに跳ね起きた。だが、嫌な気分はしない。
……どうにか……助かった。
「な、なんだ。どうした? いまの……うむぅ?」
相変わらずのジャケット姿をした彼女が、困惑してみんなが逃走していった方角をじっと見ていた。
「……いいタイミングだ。少し話をできるか」
「うむ。ならば寝室に来い」
彼女に着いていき、扉を抜ける直前、嫌な予感がして階段の方角を見た。
さっき逃げた男たちが見ていた。
…………あいつら……。
中に入るなり扉を閉め、鍵を掛けた。
まっすぐに奥へ向かって、ベッドに横になる。
「む? 我のベッドで寝るか。……うむうむ、しっかりと安静にするのだぞ」
「いや。小声で話す用だ。甘えに来てくれるか」
言うなり彼女は、まんざらでもない顔でジャケットとグローブとブーツを脱ぎ、俺の左側に寝そべった。
「ならば、仕方あるまい?」
ここ最近でアリアンナの扱い方が一気に分かった。甘えさせれば大体の話を聞くのだ。
左腕を彼女の枕にしてやり、頭を撫でた。
「話はいくつかある。ひとつはタナカの手柄だが、さっきそこでお前がどう勝ったかを教えた。後ですり合わせをしよう」
「そ、そうか……」
やはり彼女は歯切れが悪かった。
「そんなに手柄を取りたくないか」
「うむ。貴様がくれたものでも、他人の誉れを堂々と胸に飾れるほど割りきれんのだ」
「……まあ、俺が強行しなければお前一人で勝っていたかもしれないしな。ひとつ教えてやるが、あそこで俺が出たのは、金を取った挙げ句返金できなくなったからだ。その先の手柄は考えてないさ」
「そうだったのか。ならば、なおさら言えばよかったものを。弟とやりあって、勝てたかは分からん。だが――」
アリアンナはさりげなく俺の股間を撫で始めた。
「――勝てば貴様を借金漬けにして、それを出汁にペニスしゃぶり放題ができたではないか」
「発想が邪悪か?」
俺が殺してよかった……。
「……それで、次の話というのは?」
「この国にエクソシストが来ている。知っているか?」
「エクソシスト……。あの悪魔払いなら我の元へも来た。どういうことか、化け物を探しているのだと」
俺の股間を執拗に触り続ける彼女の左手に、俺の左手の指を絡ませ、ぎゅっと手を繋いだ。いわゆる恋人繋ぎだ。
アリアンナはハッとして頬を赤くし、手の力を抜いた。手を繋ぐと照れて下のことができなくなる。これも彼女の取り扱い方だ。
「そ、その……コホン。我はタナカのことを話したが、それとは違うと言う」
「そうか。だが、そうなると――」
「うむ。その予想の通りだ」
言い切る彼女を見た。
なんだ? その言い方はまるで、お前も知っているようだが……。
「ならばどんな者か、そう聞けば……“金髪”に“無表情”で“肌の色が緑や紫”というではないか。これは間違いなく“ステイシー”嬢だ」
……そうか。考えても見なかった。そうして思い付かなかったんだろう。
腐らせるという特徴は彼女も同じ。そしてこの世界では『病は呪いであって悪魔のせい』であると信じられている。
伝染病の原因になる腐乱死体を生み出せるステイシーが、悪魔と認定されるのは何もおかしなことではない。
それに、病の方が疑われていないのも道理なのだ。彼女は菌を垂れ流しにしているのだから、出会う相手は漏れなく死ぬ。誰がその特徴を知って伝え得るというのだ。
……待てよ。なら、ジミーは? アイツは……。
…………アイツは俺がどれだけ調べたか、特徴当てゲームを偽って聞き出そうとしただけだ。絶対にバレるわけにはいかない情報を、まんまと俺の口から漏らすことになったということだな。
やられた……。かなりマズい状況だ。もしステイシーが全ての黒幕だと信じられているなら、側に居続けないとならない病はただの邪魔者になる。悪魔払いの儀式も無しにあっさりと殺されるぞ。見つかってからの時間稼ぎすら許されないのか。
「アラン。貴様を疑うわけではないが……否。たまには疑わせてくれ。ステイシー嬢は……悪魔なのか?」
「呪いを掛けられすぎて死ねなくなったただのゾンビだ。悪魔という程ではない」
「そうか。騙されていないと、自信はあるか」
「ある。ちょっと自分を守る用があって、彼女の首を切り取って武器にしたことがある。その時でさえ、俺を呪い殺さなかった。悪魔なら些細なことでも殺してくるんだろう?」
「あ、アラン……それはそうだが、その、それはちゃんと謝ったか?」
「謝った……はずだ」
よく覚えていない。少しも悪いとは思ってなかったのだろうか。そんなことはないはずだが……。
「……うむ。では、教えるのはどうだ。あの男に勘違いなのだと」
「それは駄目だ」
「む? 悪魔でないと証明すればいいではないか」
「ああいう連中は、悪魔だから殺すんじゃない。殺すから悪魔になってもらうんだ。殺すか否かなど最初から選択肢にはない」
「そ、それは……」
「悪魔でない証明どころか、ステイシーの不死身は悪魔である証拠に利用される。そうなれば俺たちまで悪魔の仲間扱いだ」
「……だが、悪魔だと断じてから殺すのだろう。それはそこで分かることだ」
「言っただろう。殺すから悪魔になる。死ねば悪魔払い完了で、死ななければやはり悪魔だったと言えばペテンは完成する。殺す口実など、肌の色を持ち出せばいい」
「たかが肌の色で人が殺し合いを始めるわけがなかろう」
「意外と人を知らないようだな」
ゾンビの色をしていなくとも殺しあっている。人はどの時代でも成長などしていない。
「……ともあれ、ステイシーの身が危ないことに代わりはない。どうにか存在を隠しきるぞ」
「では……ステイシー嬢を隠さねばな」
「それは済んだ。彼女が……嫌な予感がするというから、俺だけが知る場所に隠れてもらった」
「む。そうか。どこだ」
「秘密だ。悪く思うな。誰も知らないから価値のある場所というものもあるんだ」
彼女は怒ることもなく、むしろ微笑んだ。
「ふ。たまには殺し屋らしいことをする」
「たまには、じゃないが。俺をなんだと思ってたんだ」
「みんなのペニス」
「せめて俺を本体にしろ……」
「む、むろん貴様が本体だ。だが……うむ。どこが一番欲しいかと言えばペニスだな。やはり」
「やはり、じゃないが」
彼女は思い付いたように身を起こし、俺の腰に座った。
「おい待て、抜け駆けとやらはいいのか」
「案ずるな。ただ、フリだ。抜け駆けするにしたって、骨の折れた貴様をよがらせる訳にはいかんだろう?」
騎乗位の姿勢で、俺を愛しそうに見下ろした。
「これが、貴様と愛し合うときの風景、か。絶景だな」
「…………そうだな」
「ふふ。貴様から見てもそうか。やはり乳が大きいとエロいだろう。フローレンス姫のずっしりした乳も存分にエロくてな。どうにもむしゃぶりついてしまう」
「そう……」
適当に合わせているのに、あしらわれていることに気付いていない。彼女の暴走も慣れたものだが、手負いの今は困る。
「ペニスと言えば、貴様の精子をどう分け合うか決めたぞ。みんなを絶頂させてもらった後、貴様は最後にソフィア姫の身体に射精してぶっかけるのだ、それをみんなで舐め取る。この素晴らしい案はビスコーサ姫の考えでな……」
それを聞いた俺は何を考えればいいんだ。何を感じろと言うんだ?
「ボウイ姫との味の違いも楽しみだな。……なにより……」
彼女は前傾の姿勢になって俺に顔を寄せ、頬を撫でてきた。
「……ちゃんと、皆を孕ませるんだぞ? アラン」
「……あ……ああ……」
血の気が引くのを感じた。考えても見れば、行き着くのは当然そこなのだ。ボウイの言葉はただの空想だが、アリアンナの言葉は目標として定められたものだ。
セックスを解禁した瞬間に妊娠させられに来るぞ、コイツは……。冗談じゃない。子など持つものか。
「……あの男がどこにいるか知っているか?」
「教会にいる、と言っていたな。どこの事かは分からんが、都合がいいのは大市場近くのものだろう」
奴隷商の家のすぐ近くだろう。あの小教会なら洞窟と直通している。
「分かった」
「うむ」
「……」
「……」
「……どいてくれないか」
「…………なぁ、アラン」
「なんだ」
「……ここだけの話にして欲しいのだが……」
「ああ」
「…………ペニスを入れられるのが……その……」
「…………」
「…………ほれ、その……」
「……知ってる。怖いんだろう」
「な……い、いつからだ!?」
彼女は驚愕の顔をしていたが、何を今さら驚いているのだろう。バレていないつもりだったのか。
「ここで乳を揉まされたときからだ。やたら挿入を避けていただろう。まだ克服していないとはな。ドゥカとはセックスしてないのか?」
「それは……むぅ……まだ……」
彼女は言葉に困って、自棄のようにキスをしてきて、俺の隣に倒れ込んだ。
「下はこわいから……胸の間で挟んでやってる。パイズリとか言うらしいぞ」
「そう……」
「……わ、分かっているなら、アラン。優しく入れるんだぞ。ゆっくり……掻き回すとか、そういうのはダメだからな……」
「分かった。ちゃんと姫として抱く」
怪我を庇いつつゆっくりと起き上がり、ベッドから降りた。
「乱暴にはしない。安心しろ、アリアンナ姫」
「……うむ」
気恥ずかしげな彼女を背に、寝室を出た。
……こんなところをステイシーに見られたら殺されそうだな……。
「お、来たな」
階段を降りたところでキャシディが待っていた。
「もう終わったのか?」
「いや、セックスはしてませんよ。話だけです」
「そうか。ま、それはそれとして……行こうぜカミ探し」
「ええ。まずはこの国に来ているらしいエクソシストに会いに行こうと思います」
「エクソシスト。カミサマ探すのに、悪魔の専門家ぁ?」
「悪魔は神の敵ですから。神側じゃないとなれない職業でしょう?」
「それもそうか。よし行こうぜ」
騎士団員たちの視線を背に受けつつ、居館を後にした。




