36 殺し屋、全生物の命運を握らされる。
数日の後、もう自分で歩けるとドクターワシントンに頼み、どうにか入院中の散歩という形式での外出が許可され、やっと医療施設を出た。事実として怪我は悪化することもなく、合併症の兆しもないようなので無茶をしなければこのまま完治するだろう。
問題は、やはり骨のことなので完治まで時間がかかること。一から二か月はかかるだろう。そのために殺しの仕事はできない。当然だが、自衛もできない。
とはいえ、この数日は全く仕事の気配もなく、もうしばらくで底をつく俺の貯金も、ソフィアが工面してくれるとなぜか嬉しそうに言っていたので、どうにかなりそうだ。
悪いニュースと言えば、ソフィアたちが例のナース――フローレンスへ試みたナンパが成功したらしいことだけだ。アリアンナの名前が出た瞬間に向こうから来たらしい。以前に抱かれたことがあるのだ、と。
そして、今ではソフィア宅で乱交に参加するようになったようで、着々と俺の恋人になるよう地を固めているのだという。
……どうするんだよ……まだ10分も会話していないんだぞ俺は……。
「アランさん」
昼の街道を歩いて、城壁の門を出たところにステイシーがいた。俺が今日出ると言ったので、ここで報告のために待っていたのだろう。
「今日も、化け物はいませんでした。ホッ」
「そうか」
ステイシーは人目につかないルートを周り、この国へやって来たと思われる『何か』が来ないか城下町の南西を見張っていた。相手が人を腐らせる能力を持っているならば、腐敗の原因である菌を克服したステイシー以上にうってつけの者はいない。
俺が戦えないというこのタイミングで、この国にタナカ以上の化け物がやってきたかもしれないという不安があった。だが、肝心の相手はいつまで経っても現れないでいた。
この国に来た可能性が高いと考えていたが、むしろ怪物は国から出ていったのだろうか。なら、どうしてこのタイミングで消えたのだろう。謎は深まるばかりだった。
「正体を知りたいから出てきてほしい、なんて思われるかもしれませんが、何事もないというモヤモヤは吉報です。正体を知れなくて良かった程度に考えましょう。ニコ」
「ああ。そうだな」
とはいえ――人を腐らせる“何か”がいつ来るかも分からないという状況も危険だ。
どうすることもできない相手でも、どう逃げるかを考えられるだけの情報が欲しかった。そのために、奴隷商から死体の場所の情報を買っていた。
「ところで、死体は見てきたのか」
「はい。悪魔の呪いと恐れられているおかげで、まだ処理されずに手付かずで残ってました。おかげで、じっくりと観察できましたよ。キラーン」
ステイシーは存在しないメガネをクイと上げる動作をした。
「まずあれは――当然と言えば当然ですが――みーの『ツバみさいる』の効果ではありません。腐敗の度合いが比較的小さく、菌の侵食速度が遅かったと分かります」
「菌の種類が少ないか、強力な菌のせいか……。そこから病が広まる可能性はあると思うか?」
「ありました。余裕で菌達は生きていたようなので。……ま、みーの手にかかればそんなものチョチョイでしたがね。みーのこの――」
そうして彼女は謎ポーズを取る。
「――『みすてぃっく☆ぞんびぱぅわー』にかかれば、簡単封印です。ドヤドヤァ……」
「距離があっても使えるのか、それは」
「無理ですね。なのでみーが近くにいる間だけ感染を抑えてました」
「じゃあ今の件はなんだったんだ……」
菌を持ち帰らないことは重要だから、その効果はあったのだろうが……。手放しで解決とはいかないようだ。
「とりあえず、メチャクチャ強そうな呪術師的なアレのフリをして、周辺の方々に死体を塩まみれにすれば呪いを封殺できると教えておきました。これで少なくとも、ハエや動物などからの感染は抑えられると思います。フンス」
「分かった。他に、死体から分かることはあるか?」
「ありません。死人は無差別的だったと村人が言っていたくらいです」
「無差別……か。本当に無差別か、村人には見えない差別があったのか……」
ふたりで話しながら歩き、帰宅の道を通りすぎて、南西の草原地帯まで行く。ここは見晴らしがよく、遠くからやって来てもよく見えるので、ステイシーの見回りルートの一か所になっていた。
大半の人間は反対の港側から城下町の間の道を行き来するため、こちら側はひどく過疎で、道の整備すらされていない。
歩いて踏み固められる途中のような道。それをこちらへ向かって歩いている者が、遠くにひとりポツンと見えるだけだった。
「人を腐敗させてしまう能力。みーの場合は不死の獲得のためと、みーが処女であるためのものですが、今回の犯人はどうなのでしょうね。ハァ」
「処女のため? それもお前のマスターの趣味か」
「でしょうね。日記に『清らかな美少女』とかいうゲロみたいな文があったので。脳みそモチョってなければ、みーが直々に殺したまであるほどキモい『ますたー』でした。オエ」
「仮にも産みの親にずいぶんな言い草だ」
「生憎みーに家族信仰はありませんよ」
草原の短い草たちが光の反射を変え、向こうから風が吹いてくるのを知らせていた。
遠くを歩く人が風に吹かれ、ビクリとしてうずくまった。脚でも挫いたのだろうか。
「犯人は、どんな人だと思いますか。ハテナ」
「人間像までは分からない。情報が何もないからな」
「ええ。だからこそ言いたい放題できるわけです。凶悪な怪物かもしれませんし、『みす☆ぞん』を無くしたみーのような存在かもしれません。前者と後者。どっちだと思いますか」
「後者は、どんな感じだ」
「ずっと唸ってます。みーがぞんびらしく唸るのは二通りです。一つは泣くことや叫ぶことができないため。もう一つは美少女を破壊しないためにゲップを抑えるため」
「ゲップを」
「美少女はみーの究極目的ですから。キュルキュルーン」
彼女は取って付けたように回ってポーズを取った。
「今さら、無理があると思うが」
「無理とは何ですか。……ん」
ステイシーがふと、草原をじっと見つめた。その視線を追うと、彼女が何に気付いたのか、一目見ただけで分かった。
遠くを歩く人を中心に、草原の草が枯れた色に染まっていた。
それどころか風の向きでも示すように、枯れた色はこちらへ伸びてきている。
「アランさん。あれは」
「分かっている」
「来てしまいましたね。みーの側を絶対に離れないでください」
「抑えられるのか」
「はい。『みず☆ぞん』は頑張っても2メートルが限界なので、今だけは恋人くらい密着することを許します」
言いながら彼女は、自分の右腕と俺の左腕とを絡ませた。
「これは、うっかり防止のためですからね。では向かいましょう。相手が菌を操る相手なら、これで封殺です」
「すまないな。世話になる」
ふたりで草原を突っ切って真っ直ぐに向かう。
うずくまったままの相手は俺たちが到着するまで、ついに顔を上げることがなかった。近くで見るとどうやら、何かに祈っているようだった。
そして、風がピタリと止んだとき。
彼女が、顔を上げた。
「……あ……」
長い髪が顔のほとんどを隠していた。だが、その隙間から見える表情は――確かに怯えていた。
その恐怖が膨れ上がったように、あるいはその恐怖が目の前にあるように怯え、彼女は俺たちに手を伸ばす。
「だ……め……! そこはダメ……!」
「どういう意味だ」
「風下にいちゃダメ! 逃げて!」
ステイシーと顔を合わせた。
この病の元凶は、どうやら『後者』らしい。
「菌のせいで、望んでもいないのに人を殺して回っているのか」
「そう、だから……!」
「みーたちは菌を撒き散らしていると知って来ました、そんなものはとっくに克服しています。腐敗の原因は呪いでも魔術でもなく細菌です。そしてみーには、細菌を無力化する能力がある。ドヤ」
彼女は目を見開いたまま、俺とステイシーを交互に見た。
「俺たちは風下から来た。死ぬというなら、とっくに死んでいるはずだ。そうだろう」
「それ……は……。でも……そんなことが……」
彼女は緊張の糸が切れたように項垂れ、それから泣き出した。ただ、泣き続けた。
「とにかく、話を聞かせていただきましょう。それにはここは目立ちすぎます。イソイソ」
「移動するぞ」
「……移動しても……ダメなの……わたしが……ぜんぶ腐らせるから……」
「それについてはご安心を。みーの側にいるだけでゆーの垂れ流し細菌ズは効果を無くします」
ステイシーの言葉でも、彼女は顔を上げないでいた。
「…………」
「信じられませんか。なら、来てください。ニコ」
躊躇うようにゆっくりと立ち、ステイシーの隣、俺の逆側に立った。
「では人目の無いところへ向かいましょう。こちらです」
そうして三人で歩き始めた。
「ところで、名を聞いていなかったな。俺はアランで、彼女はステイシーだ」
「…………」
彼女はただ、黙ったままだった。言いたくないのだろうか。確かに、いきなり信用しろというのも無理な相談だ。
「まだ信用できませんか。ハテナ」
「……あなたたちだけが死なないんじゃ……意味ないもの……」
今にも泣きそうな表情だ。
望まないまま人を殺し続けてしまう気持ちなど、想像もできない。彼女は、どれだけ重い罪の意識を背負っているのだろう。
「分かります。ですから、こうして証明に協力して貰いました。後ろを見てください。クルリ」
ステイシーが振り向き、暗い目も振り返った。
さっき居た場所の草だけが、枯れていた。
「もしも無効化できていなければ、みーたちが歩いてきた通りに草が枯れるはずですね。そうはならなかったこと、これを証明にします。ズババーン」
「…………本当に……その……」
言葉をつまらせたまま目を泳がせ、息を震わせたかと思えば、顔から涙が滴って落ちる。
「ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
彼女は顔を上げた。
ひどく、綺麗な泣き顔だった。
どうしてそう思ったか自分でも分からないが、その悲哀の顔は同じ人間とは思えないほど完成された造形をしていた。
もっと――。
首を振り、彼女から目を逸らした。
――今のはなんだ。なぜ俺は――。
「信用してもらえたようですね。改めて名前を聞いてもいいですか」
「………………やまい」
「やまい、ですか。山に井戸の井で山井ですかね」
「…………病気の、病」
「なるほど、大体わかりました。疫病を司る神的なアレですね。ピコーン」
突飛な話の飛び方に、思わずステイシーを見た。暗い目――病も驚いたようだった。
「どうして……」
「みーは異世界を色々と渡り歩いているので、なんとなく分かります。経験豊富ってヤツです。ドヤヤァ」
「待て。じゃあ、本当に……神なのか?」
病は気まずそうに目をそらし、浅く頷いた。それから何かを思い出したようにゴソゴソと懐をあさり、取り出したのは――。
「あの……こういうところの……です……」
――名刺だった。
『世界管理株式会社 疫病等管理部 病』
株式会社なんだ……。
「株……誰が買っているんだ?」
「……分かりません……」
「社員ってことは給料出てるんですか。ハテナ」
「いや……特に……」
「入社はいつに?」
「分かりません……存在し始めたときから……です……たぶん……」
「選んで入社したわけじゃないですね」
「……そうだと思います……」
なんで株式会社なんだ……?
「ごめんなさい……なにも分かりません……こんな……わたしですから……ごめんなさい……」
「それが、どうしてこの……現世に来たんだ。人間界と言った方が正しいか?」
「分からないです……。気付いたら知らない場所にいて……怖くてずっと隠ってて……勇気なんか出したせいでみんなが腐っちゃって……」
「神ならどうにか、そういう力は無いのか」
「あればとっくに帰っていると思いますよ、アランさん」
「それもそうか」
神か……ゾンビよりも訳の分からない存在に、俺も混乱している。自分で分かるほどなのだから、まだ理性は残っているのだろうが……。
「わたしにあるのは……疫病の発生地の……指定とか……菌の生成とか……えっと……つまり……いっぱい迷惑かけてますごめんなさいぃ……」
「仕事と性格が絶望的に合ってないな……」
「ですが、それだけえげつない仕事を、少なくとも有史以来の8000年もよく頑張っています。普通なら耐えかねて自殺ものですよ、死ねるか否かは分かりませんが。ヨシヨシ」
ステイシーに撫でられ、病は素直に頭を預ける。
初めて彼女は心地よさそうな顔をした。それなのに、それでは物足りなかった。
「……死ねます……というか……刺したら普通に死にます……」
「刺したら死ぬ? それは……そのままの意味でか。神なのに」
「はい……でも……なんか……わたしが死んだら……菌と一緒に……ミコトン? とかも死ぬからダメだって……」
「わーーーっとい」
ステイシーが珍妙な言葉を口にした。
「どうした」
「ミトコンドリアが死ぬってマジですか」
「らしいですけど……」
「とてつもないですね、ゆー」
「ミトコンドリアは確か、細胞の……なんだったか、忘れたが、そんなに不味いのか?」
「マズいなんてもんじゃないですよ、アランさん。彼女ひとりの死で、全ての動植物が死に絶えます。それが菌としての判定が残っているためと考えれば、恐らくその他の菌も全滅すると思われます。無生物の時代が到来ですよ。ヒヤヒヤ」
「それは……確かにとてつもないな」
あまりにもスケールが大きく、全く実感が追い付いていなかった。
ひとつ、確実に言えるのは、今あの限界まで顔が青くなっている病を守れるのは俺たちだけということだ。
「世界の命運とやらが俺たちに委ねられたらしい」
「冗談じゃねーですね。キリキリ」
「全くだ」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……! わたしなんかがそんな……そんな責任無理です辞めますぅ……!」
「辞められるかは知らんが、辞めるにしても天界で手続きが必要だろう。戻るのに詳しそうな人間を知らないのか」
「ぜんぜん分かりません……! ごめんなさい……」
「そうか……ステイシーは」
「みーもさっぱりです。その口ぶりだと、ゆーもですね。ムムム」
「ああ。……ルイマスはどうなんだ?」
「あのキショジジイ娘は専門が違います。これはあくまでも人間界や天界という界、つまり領域に関する知識が必要ですが、アイツは生の機能についてと、オーブ魔術に関する一部理論に関してしか知りません」
「その割には、異世“界”の存在に気付いているようだったが。これも界に関することじゃないのか」
「その辺の話をするとマジで地獄なので簡単にだけ言いますと、界の種類が違います。異世界と平行世界の違いは分かりますか」
「さっぱりだ。……一応聞いてもいいか」
「では一応説明します。判定が色々あるのです。すんげー大雑把に2つ申し上げると、0と1の『存在の有無』と1から先の『存在する上での連続』です。前者が異世界で後者が平行世界であると、一応定められています。もっとも、分類の対象が全ての可能性を網羅している以上、例外が多すぎるのですがね。これは辛うじての処置らしいです。フォッフォジャゾイ」
「……それで」
『フォッフォじゃぞい』とかいう彼女なりの博士の感情表現に、聞いていたこと全てが飛んでしまった気がするが、先を促す。
「老ルイマスが気付いているのが連続の界、つまり平行世界で、ゆーが来たのが存在の界、つまり異世界です。魔術の存在の有無。これが『ぽいんと』です。ちなみにこれは『凡ごーすと理論』と呼ばれがちです」
「凡ゴースト理論?」
「存在するが干渉できない存在で作られた世界がある、という考えから発展したそうです。いかがでしたか」
「そうだな、この現状に役立ちそうな情報も、暗殺に使えそうな情報もなかったが、お前がマスターの知性を受け継いでいるのはよく分かった」
「そう考えるとおぞましいですね、あの変態のものを貰うなんて。ブワー。……今のは鳥肌のアレです」
「脳まで食って何を今さら……」
ステイシーの向こうに、どこも見ておらずじっとしている病が見えた。完全に意識がよそへ行っている。
「病さん」
「ごめ……あ……ごめんなさい……。へ……?」
「それは何の謝罪ですか。ハテナ」
「あ……ごめんなさい……」
「…………」
「…………」
「…………ところで、少しだけ離れていてくれますか。アランさんと……非常に恥ずかしい話をしたくて。ムラムラ」
「あ……だ、大丈夫……です。……あの……ごゆっくり……できるだけ何もない場所で……何も聞きません、ので……」
彼女は疑いもせず、そそくさと逃げていく。と思えば途中に落ちている岩に寄り添い、うつ向いて耳を手で塞いだ。
「嘘とはいえ、もっとマシな方便を思い付くべきでした。ヤレヤレ」
「そうだな。それで……どう思う」
「恐らく、ゆーと同じことを思いました。……後株でしたね」
「そっちじゃない。そこに触れるにしても、まず株式であることからだ」
「おや、ゆーは別のことが気になりますか。ハテナ」
「自分でも信じられないが、魅了されたような感じがしたな。あの泣き顔が頭から離れない」
「それも気になり『ぽいんと』ですね。あらゆる物事に出会ったみーですら、暴力で犯したいと思ってしまいました。凄まじいほどに加虐心を刺激する力があるようですが……ゆーはよく耐えられましたね」
「自制心が効いたんだろうな」
「つかぬことをお聞きしますが」
「なんだ?」
「勃起不全ですか」
「勃起不全ではない……はずだ」
実は長らくしていないので、自分でも分からなかった。仕事で必要になったとき、使い物になるのだろうか……。
「あれも……魔術か、それとも別の何かか」
「あるいは神として持つ力なのか。いずれも邪推に過ぎませんよ」
「ああ。問題はアイツが殺されたら全人類が死ぬのに、殺すほど痛め付けたくさせる性質を持っていることだ。ソフィアの家どころか、近くに人が居る場所に連れていくことすらリスクになる」
「もっとも確実なのは、耐えられるゆー・あんど・みーで解決することです。ですが、清々しいほどに解決法方が分かりません。モヤモヤ」
「……待てよ。株式なら、株主がいるんじゃないか?」
「みーはそう思いません。理由はいくつかあります。ひとつは、地上の貨幣を天界に持ち込む意味がありません。それだけ重要な資産の動きがあるならば、天界と人間界はもっと密接に繋がっているはずです」
ステイシーは人差し指を立てた。
「それに、病は辞めると言っていましたが、そもそも退職というシステムがあるとも思えません。あらゆる生物の命運が掛かっているのに、担当者をそう簡単に変えられるようにしますか」
続けて、親指も立てた。このパターン前にも見たな。
「グワシか」
「グワシなわけないでしょう。ふざけないで聞いてください」
「……分かってる。続けろ」
「最後の理由は、みーの経験です。異世界にはクソみたいな理由でクソみたいなことをする神がいたりします。アキレー」
最後に小指を立てた。そして、俺の目の前に手を突き出す。
「サバラ」
「……サバラ」
すかさず返した。さて、どう出る。
「…………」
「…………」
「……以上が実際に株式会社として機能していない根拠です。構造を作った神あたりがウケ狙いか、なにか参考になるものを見つけて異世界の株式会社を真似たか、そのどちらかでしょう」
お前はスルーしたらダメだろ……。
「そして病さんをみー達のところへ連れてきたのも、その神でしょうね。異世界を知るみーたちと『えんかうんと』するのはあまりにもご都合主義的過ぎます」
「世界の生物すべての命運を掛けてまで、なにをしたかったんだ?」
「さぁ。それは本人に聞くしかありません。ヤレヤレ」
「それもそうだな。……ここからは役割分担しよう。お前は病と潜伏できる場所を探してくれ。俺はどうにか情報がないか探る」
「お任せします。第一潜伏場所は双子神の塔です。あそこは中の設備を持っていかれたあと無人になったそうですから」
「分かった。何かあれば病院に遣いを寄越すなりしてくれ。……この怪我だ、時間はかかる」
「問題ないですよ。みーは不死身で、病も神なら基本不死でしょう。あの塔で千年でも待てます。ワハハ」
岩影に座ったままの病の元へ向かうステイシーの背を横目に、また城下町へ向かった。
「神に詳しい場所ぉ……?」
怪訝な顔の奴隷商が、怪訝な声を出した。
「シスターでも殺そうっていうのかい?」
「いいや。野暮用でな。ちょっとしたお勉強をしようと思っただけだ」
「神を信じる殺し屋なんて聞いたことない。ほんとうに珍しいねぇ、キミ。ま、そういうことなら教会へ行くといい」
「古い文献を探るのにいい場所はあるか」
「なるべく古くなら、やっぱり中央だろうね。別の国行きだからかなりの旅行になるよ」
「どの程度だ」
「肋骨が折れた人間が行ける範囲にない、と言えば十分かな?」
「ふむ……」
そこは無茶をするべきところではない、か。この世界の医療技術にしても、他の技術と同じように中途半端に発展しているようだから、炎症が悪化しての合併症に対応できる設備があるかは全く分からない。
だが、それだと何の情報もない。さてどうしたものか……。
「どうしたって急にそんなことを?」
「神にご挨拶をしたかっただけだ」
「うーん。死ぬしかないんじゃないかな」
「悪いがそれは遠慮する」
「生きたまま会うにしたって、教会を探す意味はあんまりないと思うなぁ。神がいたとしても、宗教は人間の勝手な妄想で作られたもんじゃないか。何の参考にもならないと思うよ?」
「だろうな。だが、何もないよりはよほどマシだ」
「うーん……こっちでどうにか探ってみよう。あ、この情報料は要らないよ」
「条件でも?」
「いいや、化け物を殺したお噺を聞かせてくれたからね。アリアンナの手柄になるだろうが、面白い事実を聞けたということで代金にしてあげよう」
「分かった。なにか分かったら知らせてくれ」
席を立ち、バーを出る。ちょうど男が入ってくるようで、俺が押し開けるより早くドアが引いた。
「どうぞ」
「どうも」
すれ違い様に、奇妙な男を観察する。黒を基調とした何か様式的な衣装。アクセサリーに至るまで紋章を統一。恐らくは教会に近い職。肘裏の服のシワは決まった形になっている。繰り返して付けられたものであるなら、彼は腹の前で腕を組む癖がある。その姿勢からとっさに抜ける位置にナイフが仕込まれている。
ただ、殺し屋にしては俺を見る目に鋭さがない。殺す相手は決まっているのだろう。神職で実践的な武器を使うのであれば、エクソシスト――悪魔狩りか? 悪魔が着いたと思われる人間を殺す。そういうことだろうか。
そのままテラス通路へ出て曲がり、少し歩いて振り返った。
あの男は、なんなのだろうか。疫病――呪いがこの国に向かっていると見つかったこのタイミングで来たということは、まさか狙いは――。
「やぁ、奇遇ですねぇ」
考えている間に、ジミーが来ていた。彼はニコニコと俺を見ている。
嫌な相手に見つかったな。
「アンタも気になるんでしょう? あの男」
「まぁ、な。変わった格好だ」
「それだけですか?」
「……はぁ。あれは殺す職業だが、俺たちとは違う。殺す対象が決まっている」
「ですね。よかった。怪我でロクに物も見えなくなったかと心配しちゃいました」
「生憎まだ元気だ。……それで、着けてみてどうだった?」
「基本的には紳士的ですね。色々と情報を聞いて回って、ここが情報屋だと掴んだらしい」
「情報、か。何の情報だ?」
「なんでもこの国に化け物がやって来たとかで。先日アンタが殺したタナカじゃあないんですか?」
「かもな。アイツが無駄足であることを祈るよ」
ジミーとすれ違い、大市場を出ていった。
……やれやれ。そろそろ傷が痛んできたな。戻るか……。
人混みを避け、病院へ戻り、病室へ。
自分のベッドに横たわった。肋骨を庇いながらなので思ったよりも疲労感があった。
眠るか。
……。
「どぅもぉ~」
……俺がこうしてたらすぐ見舞い来る……。
目を開け、声の主、フローレンスの顔を見た。
相変わらずのムチムチナースは、なんだか妙に緊張しているようだった。
「どうしたんですか、フローレンスさん」
「お顔を見に来ましたぁ。う、ウチたちって、恋人……的なヤツになったじゃないですかぁ」
「……らしいですね」
「らしいんですよね~」
それから沈黙し、見つめ合い、彼女は顔を赤くして照れ笑いした。
「や、やっぱ、ヘンな感じですね~。ちょっとしか話してないのに、なんか、違う人つながりでそーゆーのって……」
「ですね。なんだか、他人のまま関係だけ進んだような気がします」
そのまま俺と他人だと気付いて、俺経由で冷めて抜けてくれないか、その乱交の輪を。
その期待などまるで届かず、彼女は決意したように頷いて、扉を閉めて鍵を掛け、俺のベッドの側に来た。
「……やっぱそうですよねぇ。ウチもそう思ってて~」
「何を……」
「……あ、アランさん」
いかん。セックスパターンだ。この怪我では派手に逃げられんぞ。どうする。アリアンナのときのように乳揉みで回避できるか?
「えっとぉ……」
「フローレンスさん?」
彼女は目をギュッとつむって、両肩を強ばらせながら両手を俺へ突き出した。
「う――ウチと付き合ってくださいっ!」
これは……告白……?
「…………は、はい」
彼女の手を取ると、そのまま両手を包まれた。
フローレンスは全身の力が抜け、にんまりと微笑んだ。
「よかったぁ。もう付き合ってるのに、なんかダメかもって思った……」
「そんなことはないですよ」
そんなことはあった。ソフィアからの評判が少しでも気になってしまった自分が憎い。
「えっと、これでウチたちはちゃんと恋人ってことでぇ……ケーゴもういい?」
「いいですよ」
「お互いにってこと(笑)」
(笑)が出た。彼女は(笑)としか形容できない笑い方をすることがある。
「そっか、確かにそうだね」
「わ~い。あっ、やばそろ行かなきゃだったぁ」
フローレンスは急いで戻ろうとし、ピタっと止まって振り返った。
「……え、えっとぉ」
「はい」
「まだ……エッチ的なのダメ~……だよ?」
彼女は言葉を詰まらせ気味に目を泳がせた。
「ほらあれ……」
「…………」
「あれじゃん……? まだそういう……ね」
「…………」
「……あ、ウチまだブスだから。じゃね~っ」
妙な口実を残して部屋を飛び出していった。
……。
…………純粋だ……。




