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貴いお方が裸同然とはどういう了見だ  作者: 能村龍之介
殺し屋、なんか転移するの章
40/118

35 お見舞い地獄

――時系列:タナカ撃破後、夜が明けて――

 声がした。それからその内容を理解できるようになって、目覚めたのだと気付いた。


 鼻につくのは奇妙な薬品の臭いだ。結局あの後、気合いで街にたどり着き、警備に保護され、救護室へと連れ込まれたのだった。


 同じくダンビラポイントに負傷させられた者がすし詰めになっているここは、死人も相当多いらしく、さながら野戦病院だった。


 なんとなく目を閉じたまま、声の主、ルイマスの話の内容を聞いてみる。情報を集めようとするのは癖だった。


「疑問に思ったことはないかぁああ! なぜ見えない星の理論が存在するかをぉおおお!」

「それは……まぁ、そうっすけど」


 どうやらビスコーサと話をしていたらしい。やや困惑していると言うか、話を理解しようと追いかけているというか。


「それはぁああ! 『星の理論が書かれた本』があったからじゃぁああ! 恒星のサイクルから摂動論まで網羅したなぁああ! 誰かのいたずらにしては余りにも完成されているぅうう!」

「そうなんすか? すっごいよくできたSFとかじゃ……」


「ちがぁあああう! 誰かがこの世界に情報だけ持ち込んだのじゃぁああ! それがこの奇妙な技術発展の理由じゃあああ!」

「世界に持ち込む……? じゃあ、神サマってやつっすか?」


「それもちがぁあああう!! きっとそれ以外と考えておるぞぉおおお!」

「う~ん? なるほどっすね……?」


 どうやら重要になりそうな情報はないらしい。目を開け、いま目覚めたフリをする。他の患者はここにおらず、どうやら個室らしいかった。ずいぶんと特別扱いされているな、俺は。


 騎士団の足元である警備の持つ施設なのだから、アリアンナが仕向けたのだろう。


 アリアンナが、か……。まさかとは思うが、ここでも“個人的な用事”を済ませようというんじゃないだろうな……。あの騎士は自分の股間に正直だからな……。


「あっ! アランさん! 起きたんすね」

「ああ。俺の怪我の状態については聞いているか」


「っす。肋骨は綺麗に折れてるから、ちゃんと治るだろうって言ってたっす。綺麗に折れるとかあるんすか?」

「ある。下手に複雑骨折するより、そういう折れ方をした方がずっとマシだ」


 慎重に身を起こすついでに、痛むところを確認する。身体には包帯が巻かれており、痛むのは身体の右側、肋骨下端の数本が折れたようだ。この感覚からして、二本か。それよりも、皮膚表面の(あざ)が酷いもので、包帯ではカバーしきれず上下に青い部分が出ている。包帯越しに軽く触れるのもかなり痛む。今のところ何ら問題は出ていないことから、内蔵の損傷は少ないか全くないのだろう。


 それにしても、よく綺麗に折れているなどと分かったものだ。中世ヨーロッパのような時代の雰囲気を持っているというのに、骨の折れ方をしっかりと見分けられるらしい。この世界では既にX線が見つかっているのか、外的な様子から判断できるだけの独特な医学が発展したか、魔術で可能になっているか……。


「……あの、アランさん。なんで生き残ったんすか?」

「なんだ? 死んでほしかったか」


「い、いや。だって死んだら、美少女になるとか言うじゃないっすか」


 どうやらアリアンナか、目の前のルイマスか、あるいはどちらもが他の恋人たちにも吹聴して回っているようだ。


 ルイマスは目が泳ぎ、明後日の方を向いた。こっちは確定だな。


「なってもいいのか。男でなくなっても?」

「そ、そりゃ、まあ、アランさんがオンナノコになったら皆で遠慮なく、おいしく……ふひ……頂いちゃいますけど」


「…………」

「でもまぁ、やっぱり死んじゃわなくてよかったっす。だって、ねぇ? ほら、男の……人のっていうか……」


 ビスコーサは周囲を見て、ニヤニヤとして俺の耳元に口を持ってきた。


「アランさんのおちんぽ……無くなっちゃいますもんね……ふひ……」


 囁き声、耳にかかる熱い息、その耳打ちは配慮の果てにあるキモさだった。勘弁してくれ。


「そう……。そうだ。俺はどれくらい眠っていた?」

「ここに来たのが昨日の深夜らしいっす」


「一晩か」


 それにしては痛んでいない。普通なら呼吸が嫌になるほどだが、本当に綺麗な折れ方をしたのだろう。


「それで……なぜお前が?」

「い、いや、まぁみんな来てたんすよ、交代交代で。今ちょうど自分の番で、アランさんのお見舞いと、……まぁ、見張りと」


 彼女は言いながらチラリとルイマスを見た。


「見張り……ね」

「ワシ悪くないもぉおおおん! ちょっと寝ている間にチン――むぐっ」


「この通りっすからね! 抜けがけダメってみんな言ってるじゃないっすか!」


 ルイマスはもごもごとして、それから不機嫌な猫のような顔で黙った。なるほどさっきから静かにしていると思えば、全力で下ネタを叫ぶのを止められていたのだろう。


 かといってビスコーサのように囁いて来るのも、俺としては大概なんだがな……。


「っつーことなんで、他の皆も呼んできますねー!」

「すまない」


「いいっす~」


 彼女たちは出ていった。それから、『ルイマスの扱い』について聞くのを忘れていたことに気付いた。


 あれは……アリアンナがルイマスに姫とつけて呼んだのは……まさかな……。


 ほんの少し後に、男が病室に入ってきた。し尿瓶を持っており、どうやら俺の世話をしてくれていた――あるいはその予定の――者のようだ。


「あ。目覚めましたか」

「ええ。お陰さまで。お医者様にお礼を伝えておいていただけますか」


「分かりました。こちらは……置いておきましょうか」


 彼は瓶を持ち上げて示す。俺は首を横に振った。


「結構です。立てそうですから」

「そうですか。では必要そうなら言ってください」


 そう言いながら彼はこちらに近付いてきた。


 一瞬身構えたが、彼からは殺気を感じない。ただじっとして待っていると、すぐ側に立って部屋の外には聞こえない声量で喋り始めた。


「……ここの業務とは関係がありませんが、奴隷商人からの質問がございます」

「そうか。……ということは、お前は?」


 彼は深く頷いた。身なりではわからなかったが、どうやら彼は奴隷だったようだ。し尿瓶を持って来た辺り、菌が近い仕事を任されているのだろうか。


「質問の内容を、一字一句お伝えします。

『で、あの件の説明をしてくれるかな? 仮にも情報を教えてあげたんだけどね、キミに』

だ、そうです」


「分かった。ならこう返せ

『生まれ変わったヤツが死ななくなったヤツを殺す鍵だった』

とな。細かく聞きたければ直に会いに来いとも言っておいてくれ」


「はぁ……では、そのように伝えておきます。それでは失礼します」


 そう言って男は一礼し、瓶を抱えたまま出ていった。


 そう思えば、入れ替りでレザーの女が入ってきた。


 ジャケットにパンツ、しっかりとしたブーツと、手袋にしてはかなりいかつい(・・・・)グローブ。その全てが鈍く光を反射する黒のレザーだった。


 パンツの左右からは下着の紐が腰の上の方に伸びており、ジャケットの下は立派な乳袋だった。


 あの乳に見覚えがあるな……。


「アランっ! 目覚めていたのだな」


 その声と一言で、やっとアリアンナだと分かった。


 あまりにもいつもと違った露出度の低い格好に、一瞬誰だか分からなかった。道理で見覚えのある乳を……。


 ……乳で判別か……俺も大概にキモいのかもしれない……。


「ちょうど交代のときでな、そこでビスコーサ姫と会ったぞ。具合はどうだ?」

「よく眠れた。怪我もあまりひどくはないようだ」


「息災でなによりだが、油断はするな。骨の怪我は後からが怖い」

「ああ。せいぜい気を付ける」


 彼女はこっちに来て、ベッドに座った。それから少し緊張したような様子だった。


「その……どうだ。この……」


 彼女は恥ずかしげに自分の格好を見下ろした。


「似合ってる」

「そ、そうか? これはソフィア姫の案内で行った仕立て屋で、見繕ってもらったものだ。どうにも我には、そういうものは分からなくてな」


「……ところでインナーは?」

「うむ。中のシャツとかだろう。仕立て屋にも勧められた。勧められたのだが……その、妙な話なんだが、恥ずかしくってな」


「恥ずかしい……?」

「やはり今まで着てなかったものだし、このしっかりしたパンツからしてこう、違和感が拭えん……」


 彼女は顔を赤く染め始めた。


 服を着るのが……恥ずかしい……?


「なら、そのグローブは?」

「そういうことだ。あの手甲はずっと着けていた。脱ぐのは我が一人の時か、抱くときか……」


 彼女は恥じらいながら、そのグローブをゆっくりと脱いだ。中から、怪力を持っているとは思えないほど華奢で、ソフィアと同じくらいなめらかな指が出てきた。


「そ、それ故……こうして素手でいるのは……とても恥ずかしくてな……」

「…………もしかして、だが。いま露出している気分か?」


「うむ……ドキドキするぞ……」


 なんだこの健全な露出狂は……。


「あ、アラン。もっと大胆にいってもよいか――否、いくぞ……」


 彼女はブーツを脱ぎ、ベッドの上であぐらをかいてみせた。それもまた、まるで箱入り娘のようなスベスベとした細さだった。


 アリアンナは入り口をチラチラと見ては微笑みで顔を歪める。


「大胆にこんな……こんなことをして見られたらと思うと……ぬふふ……」

「手と足を出しているだけで……?」


「うむ……我だけの秘密の露出だ……」


 ……触れたらどうなるんだろう。


 興味に勝てず、彼女の手に触れ、撫でた。


 アリアンナはバッと俺を見て、顔をもっと赤く染めていく。


「あ、アランっ。それは……そんな……」


 手をぎゅっと握ってみて、今度は足に触れた。


「手を繋ぐなんて……心の……準備が……」


 彼女の顔がとろんとしていく。手足に触れただけなのに……?


 最後に足の裏を少しくすぐってみた。


「あふ……まずい……達しちゃう……!」

「え」


 アリアンナは全身をビクビクと何度も痙攣させた。


 なんてことだ。手足だけで達したぞコイツ。


「はぁ……はぁ……アラン……」

「…………」


「……これはもう、セックス……だな……!」

「いや……」


「むふふ……嬉しいぞ……初めて貴様に姫にされた……」


 彼女は言いながら、何かを考える表情になって、しばらく考え、また恥ずかしそうに切り出した。


「……その、姫にしてくれたついでに……なんだが」


 彼女はベッドに横たわり、俺と添い寝をした。


 なにかを言おうとして、恥ずかしさが勝ったのか、黙ったまま俺の手を取った。


 そして、自分の頭に乗せた。


「……ほら」

「……」


「…………ど、鈍感な貴様じゃない……だろ……」


 アリアンナは消え入る声で呟いた。その頭を撫でてやると、恥ずかしさと嬉しさでモゾモゾとした。


「……アラン」

「なんだ」


「その……姫をつけて呼んでくれ……ないか」

「甘えたがりなんだな、アリアンナ姫」


「……き、貴様にだけだからな?」


 彼女は満足そうに、キスをしてきた。そうして起き上がった。手早くグローブを着けブーツを履いた。


「……こ、このことは、他の者には言うな。内密にな」

「ああ」


「我はそろそろ騎士団に戻る。心機一転。新たな鎧のため、寸法などを測らねばならない」


 彼女は立ち上がり、俺へ振り向いた。堂々と立ってはいるが、まだ顔が赤い。


「まさか、ただ甘えるのに弱いとはな、姫」

「くっ……。ま、まぁ、ペニスとヴァギナなら我の方が強いからな。そっちのセックスなら貴様が何度も達することになるだろう! 色々な体位で姫たちの潮と同じくらい精子を吹かせてやるからな! わははは!」


 照れ隠しの仕方が最悪だ。普通に部屋の外に聞こえる声量だぞ。


「……姫といえば聞きたいんだが」

「うむ」


「ルイマスは、どういう扱いなんだ」

「言わずもがな、我が抱いたオンナよ! ボウイ姫ではないが妙に男臭かったな。まぁメスの股にしたから問題ない!」


「ということは、俺の……?」

「うむ? 無論そうだ! 貴様の恋人は我らの恋人! 我らの恋人は貴様の恋人だ! みんなの股は貴様かドゥカ姫のペニスで繋がっているぞ! ではな!」


 言うだけ言って、彼女は出ていった。照れ隠し中に聞くんじゃなかった。何から何まで最悪だ。アリアンナの言葉選びも、殺したジジイが恋人扱いになったのも。


 肋骨だって折れている。こんな最悪な時期は今までなかった。


 ため息をついて数呼吸。また、来客。


「アランさま」

「おいっす」


 今度はツキユミとテンテルが来た。ツキユミは相変わらずのお嬢様だが、テンテルの方はメイド服姿で、あの全て込みでタンクトップ一枚だけという格好とは無縁になっていた。


「うわ~。だいじょーぶ?」

「まぁな」


 テンテルが駆け寄ってきて、包帯巻きの端から覗く大きな痣を見て「うぇ~」と遠慮なしに言った。


「こら。いけませんよ、テンテルさま」

「すっげぇ痛そうなんだもん。なんかすっごい怪物が出たって聞いたんだけどホントなの?」


「ああ。化け物だったな、あれは。どうにも運が悪くて、正面からやり合うハメになった」

「そう仰るということは…見事勝利を納めましたのですね」


 ツキユミが「流石ですわ」と小さく拍手をした。


「すっげぇ。殺し屋とかより英雄とかやった方がいいんじゃね?」

「こっちの方が英雄よりも性に合っててね」


「そっか。まー、そのお陰でアタシたちの今があるってヤツだしね? ――あ」


 テンテルは椅子の存在に気付き、それを持ってベッドの横に置いた。


「ほらツキユミ、座って」

「まぁ。今はメイドとしての主従関係は不要ですのよ?」


「いーの。座ってみれば分かるから。ほら」


 テンテルの押しに、ツキユミは申し訳なさそうに座る。


 すると、テンテルはツキユミの背後から抱き付いて、彼女の肩に顎を乗せた。


「だってアタシこうするから」

「まぁ……。もう、テンテルさまったら……」


 ふたりともじゃれあって、クスクスと笑った。


 あの後の関係も良好なようで何よりだ。


「ん。それでさ、アタシの用件からいっていい?」

「構いませんわ」


「ありがと。えっとさ、アラン。これ」


 テンテルは麻の袋を取りだし、俺に差し出す。受けとると硬貨の重さとジャラジャラとした感触があった。


「銀貨で20枚……だけど、足りる?」

「足りる。ちょうどいいペースだ」


「ん。よかった。まぁ用って言ってもこれだけなんだけどね。……元気してた?」

「相変わらずだな。少しの間だけ休業になるだろうが」


「ん。じゃー早く治してね。他のアタシ的なの、早く助けなきゃ」


 テンテルが言い終えるや否や、ツキユミが咳払いした。


「では……わたくしの用件に入らさせていただきます」

「用件、か。見ての通りだから、達成には時間をもらうが」


「いいえ。依頼ではございません。その……申し上げにくいのですが、どちらかと言えば苦情、ですの」


 苦情? なにか不味いことをしてしまったか。あの時に彼女から奪ったアンティークの宝石付き短剣が壊れた……ではないだろうが。


「ルイマスさま。この名に心当たりはございますか?」


 名を聞いた瞬間に、全てを察して顔を覆った。


 あれが俺の元に居ると知っている者は数少ない。喋ったな、奴隷商。


「……まぁな……」

「ならば、奴隷商さまの情報に間違いはない、と。保護者と拝聴いたしておりますが」


「保護者というか、あれが勝手に住み着いてきたというか……」

「十分です。あの方についてひとつ、連絡差し上げねばなりません。その……く、口には出しがたい問題行動が目立ったために、大市場への出入りを禁止にいたしましてよ」


「正当だ。よくやってくれた」


 ツキユミはやや面食らって、目を大きく開いた。


「まぁっ。よろしくって?」

「よろしい。もしまた入っていたら、縛り上げて警備につき出せ。痛い目をみないと反省しないぞ、あれは」


「では、今後はそのように対応いたします」


 彼女は丁寧に一礼した。会話の終わりと見てか、テンテルが首をかしげた。


「でもさ。あそこ出禁になるってなにしたの?」


 すると、ツキユミは顔を染めた。


「…………そうしたことは部外秘ですの。分かって?」

「えー気になるじゃん。そこはさ? こう、ゆーずーきかせてさ?」


「い、いけません」

「『しゅじゅーかんけー』とか言っても、実質家族じゃんかー」


「いけませんったらいけませんっ」

「おーねーがーいーっ。お姉さま(・・・・)ぁっ」


「んふぅっ」


 ツキユミが口許をおおってものすごい勢いで顔を逸らした。効いたらしい。


「な、なに、くしゃみ?」

「…………ですのよ。そろそろおいとま致しますわ、テンテル」


「はーい」


 ふたりは立ち上がり、俺を見た。


「それではごきげんよう。また近くお会いいたしましょう、アランさま」

「じゃね、アラン」


「またな」


 そうして背を向け、話ながら帰り始める。


「あれ、そういえばサマ無しだったじゃん」

「そ、そうでしたわ。失礼いたしました、テンテルさま」


「んーん。ナシのが好きだよ? ツキユミ~」


 テンテルが主の腕に抱き付いてじゃれたところで、入れ違いに男が入ってきた。


 全く、休む暇もないな。


「どうも、アランさん」

「こんなところに用があるとは思えないがな、ジミー」


 彼はニコニコとして部屋に入ってきた。それから、ツキユミが座っていた椅子に腰を下ろし、いやに長い足を組んだ。


「やだなぁ。心配だからお見舞いに来たんですよ、友人として」

「その短い言葉に、よく三つも嘘をねじ込んだな。本当の用事はなんだ」


「そうですねぇ。奴隷商に聞いたんですよ、ある頭のイカれた少女の保護者が誰か……」


 また顔を覆った。


 まさか、ルイマスの苦情がすべて俺の元に飛び込んでくるのか。


「おや。図星ですね」

「保護したのが間違いだった」


「仮にも一度殺した相手、だそうですからね? ターゲットが生まれ変わって戻ってくるなんて聞いたことがありませんよ」

「俺もだ。今から殺しても間に合うと思うか?」


「勿体ないですよ。あんなに面白い人間はそういません。ゲームのルールを守って破綻させてくるなんて、初めてのことでしたから」


 彼は無邪気に笑った。どうやらルイマスを気に入ったらしい。


「そんなに好きならくれてやる」

「嫌ですね。ああいうのはたまに会うから面白いのであって、何度も会えば鬱陶しいだけの存在に成り下がります。実際、どうです?」


「ご察しの通りだ」

「そういう訳です。では、そろそろ帰りますね」


 彼は立ち上がった。


「もう帰るのか」

「ええ。……言っておきますが、心配していたのは本当ですよ」


 彼は顔だけ振り返った。


「アンタが死んだら、面白いものが一つ減るじゃあないですか。きっちりと現場復帰してくださいよ?」


 そうして部屋を出ていく。


 俺はどうしてこうも、面倒な手合いに気に入られるのだろう。


「オッホンホゥン……」


 咳払い。入り口にまた人が来ていた。


 今度は知らない白衣の男で……なんだろう……強烈な腹太りとアフロで雪だるまのようなシルエットをしていた。


「失礼、いたしますぞ」

「何でしょう。ルイマスの苦情ならもう受け付けていませんが」


「ルイマス。誰じゃ。それ」


 どうやら違ったらしい。手にはクリップボードを持っていた。


 白衣の通り、彼はここの医者なのだろう。


 彼はかなり独特なしゃべり方で、区切りすぎてほとんど一語になっていた。


「ホゥム。アラン。で間違いないかの」

「ええ」


「医者はワシントンという。その怪我を見た」


 一人称が医者だと。なんだこの男は。まさかターゲットか。名前を確認せねば。


「ワシントン。どこかに書いてありましたね」

「ホゥ? ここ。か、そこ」


 彼はクリップボードに挟んである書類を俺へ向け、名のところを指す。それからベッド脇の机を顎で指した。見れば横に紙をぶら下げており、『担当医:フィリップ・ワシントン』と書いてあった。


 名前は……普通だな……。


 ……なんだ、ただの強烈な医者か。


「ああ、そこでした。担当医さんでしたね」

「ホゥム。怪我の状況。知らせにきた。肋骨の右側。十番目。九番目。つまりほぼ一番下じゃ。十一番目は折れとらん」


 胸骨に繋がるところだけ折れたのだろう。


 しかし……この医者は大丈夫か。いきなり十番九番と言って、肋骨の上から順番に数えた番号であると、知識のない者は分かるのだろうか。


「きっちり、治る。そういう折れ方じゃ。安静にするように」

「はぁ、どうも。ところでどうやって分かったんですか、それ」


「ホゥ?」

「骨は皮膚の中なのに、不思議だなと思って」


「診る。分かる。以上じゃ。ではな」


 そう言って彼は、奥へ戻っていった。


 少しも分からなかった……。なんだったんだあの雪だるまは……。


 しかしドクターワシントンは弾けるエロさの痴女ではないし、親が血迷った名前もしていない。本当にただの通りすがりの強烈な医者なのか。


 関わってくる気がするんだがなぁ……。


「すみませぇん」


 今度の客は、看護婦だった。現代でよく見かけるナース服ともずれた、偏見的な服装をしている。強いて言えば、日本のアニメーションにあんなものがあった……気がする。上はスーツのような襟付きで、前をボタンで留める構造をしていて、下はミニスカートだった。服の時代についてはもう気にしないが、問題は別にあった。


 ムチムチとした肉感。しっかりとボタンを締められた胸元にはインナーもなく、谷間の肉がむにゅりとはみ出ていた。ミニスカートは短すぎてベッドの高さからで下着が見える。


 お前はもしや……依頼主か?


「どうかしましたか?」

「あのぉ、あの先生いるじゃないですかぁ。ワシントン先生」


「ええ」

「ちょっと話わかりにくいですよね~」


 そう言って笑った。人懐っこい性格なのか、患者の対応でそうなってたのか……。


「なのでぇ、説明しまーす」

「それはどうも。それで……具体的にはどんな怪我を?」


「肋骨の下の方がねぇ、折れたの。2本。でもぉ、骨って治りやすい折れ方とか治りにくい折れ方とかするんですよね~。アランさんはぁ、治りやすい方なんですってぇ」

「そうなんですね。安心しました」


「それでぇ、アザの方、すっごいじゃないですかぁ。包帯ぐるぐるって巻いてるんですけどぉ、その包帯って骨折のやつじゃなくてアザのやつなんですぅ」

「そうなんですか」


「なんですよぉ。『えんしょー』を『あっぱく』すると腫れない的な?」

「腫れ防止のため、ですか。そうだったんですね。さすがナースです。お詳しい」


「すっげぇ勉強した(笑)」


 (笑)を感じられるほど彼女は嬉しそうに言った。


 彼女が依頼主になるほどのターゲット、か。いったいどんな人物だ……?


「ってことでぇす。えっと、入院したばっかで全然わかんないと思うんすけどぉ、聞きたかったらいつでもお呼びしてくださーい。お呼びされるのでぇ」


 そうして彼女は部屋を出ていった。


 ……。


 …………。


 ……なんだ。ただのエロいナースか……。


 いや、後々に関係してくるパターンもあるはずだ。いずれの客と見て構えておくか。


 そう思ったとき、客が飛び込んできた。ソフィアとボウイと、ビスコーサだ。


 本当にとめどなく来るな……。


「アランさぁあんっ!」


 ソフィアが入ってくるなりベッドの横まで走ってきて、飛び付こうとする直前に俺の怪我に気付き、どうしようと迷って、俺の脚に抱き付いた。


「こ、ここはだいじょーぶですか……」

「ええ、そこは痛みません」


「よかったぁ、アランさぁん……!」


 俺の太ももをぎゅっと抱き締めて頬擦りをしてきた。ボウイは枕の隣に来て膝立ちになり、俺と顔の高さを合わせて泣きそうな顔になった。


「せ、先生。なんでこんな……」

「ちょっとした化け物にやられちゃってね。アリアンナ様が倒してくれたからもう安心だ」


 ソフィアの前の口調で喋る。ボウイもビスコーサも慣れたもので、言葉遣いが変わっても特に反応はしないでくれていた。


「化け物……。それって、どんなだった?」

「ちょっとやそっとじゃ倒れないぐらいタフで、力も強い。本当に、アリアンナ様はよく勝てたよ」


「すっげ~……」


 ボウイが目を輝かせた。そのどさくさ紛れにか、ソフィアの顔が段々と俺の股間に近付いている。


「ところでソフィアさん」

「……! は、はいなんでしょうっ」


「顔を見せてくれませんか。肋骨が2本折れて、見下ろす姿勢はつらいんです」

「わ、分かりました~」


 彼女は名残惜しそうに俺の顔側に移動してきた。(さか)った中学生みたいな真似してきやがって。


 ボウイの真後ろについて、彼の頭の上に顔を出して、ソフィアはイタズラっぽく笑った。


「ソフィアさんの顔ですよ~」

「……」


「…………」

「…………」


「……は、反応してください。恥ずかしいじゃないですかぁ」


 彼女が顔を赤くしたのを見て、なんだか笑ってしまった。なぜだろうな。妙に油断してしまうよ、お前には。


 照れているソフィア後ろ、入り口から全く微動だにしないビスコーサが目に入った。彼女は部屋の外を気にしているようだった。


「ビスコーサさん、どうしたんですか」

「はぇ? あ、いや、その……」


 彼女は寄ってきて、声を潜めた。


「……すっごい……エロいナース居たなって……」


 お前……。


「あ、いましたよねっ。お尻がすごくえっちな……」

「お、おっぱいもスゴかったよねっ」


 ソフィアとボウイも続けざまに振り返った。


 お前ら……。


「アリアンナさんだったらもう、抱いてるっすよねぇ」

「すっごい分かります」


「……ちょっとヌルヌルしたい……」

「分かるっすよぉボウイたん。ヌメヌメしたら全身のお肉からエロい音出そうっすよね~」


「あ、わたしちょっと……」


 ソフィアが顔を伏せる。


「デュフ……ムラムラしちゃったすかぁ?」

「い、言わないでくださぁい……」


「いいんすよぉ、自分もっすからぁ……」

「じ、実はおれも……」


 ボウイが言ったところで、妙な方向に流れ始めた風がピタリと止まった。そして三人が一斉に俺を見た。


 …………怖いんだが……。


「……ア・ラ・ン・さ~ん♡」

「どっすか、あのナースの娘……」

「ね、いいよね、せ・ん・せ・い」


 気迫とも言える見えない圧が、重くのし掛かってくる。


 お前らはいいのか。身体目的で恋人を増やして。


「……増えるのは構いませんが、あの方がどうするかをちゃんと聞いてくださいね?」

「わ~いっ」


 ソフィアが嬉しげにキスしてきた。


「さすがっ、分かるね先生っ」


 ボウイもキスしてきた。


「どれ自分も」


 ビスコーサも。ビスコーサのキスだけは妙な臭いがした。なんだこの、なんとも言えない臭いは。


「どっすか、昨日の晩に取っといたボウイたんの精子を、今朝からお口で熟成させてるんすけど」


 …………。


 ……吐きそう……。


 当のボウイすらちょっと顔が青くなってるじゃねえか……。


 ただのキスでこんなに吐き気が込み上げたことはない。精神的な拷問でお前に叶うやつはいないぞビスコーサ。


「えっ、わたしも~」

「どうぞっす」


 ソフィアがビスコーサからディープキスで受け取り、嬉しそうに舌なめずりをした。そして、三人で入り口に向かった。


「では、ナンパチャレンジっすね」

「がんばろーっ、おーっ」

「おーっ」


 そうして出ていった。


 まぁ、どうせ失敗するだろう。三人のナンパが来たかと思えば、俺を中心にしたハーレムであると説明されるのだ。嫌悪感を丸出しにして、追い払うだろうな。


 そうに決まっている。


 …………もし成功したらどうしよう……。


 そんな心配など余所目に、来客。凄まじい厚着で肌を隠した、いかにも怪しい婦人風のファッション。


「どうも。みーがお見舞いに来ました。ニコ」

「いいのか、来ても」


「確かに『はいりすく』ですが、仮にもみーの尻拭いをしてくれましたから。これくらいはします。デレ。……ほら、世にも珍しいみーのデレですよ」


 入ってきたステイシーの後ろから、さっきビスコーサに連行されたはずのルイマスが首輪を付けられ、ステイシーに連行されてきていた。むっすりとして口も聞かないでいる。


「あのあと、どうしたんだ」

「城壁に貼り付けにされました。その後しばらくしてあちこちで死体が出たらしく、みーもその一人として連れていかれました。死体を寄せ集めた『すぺーす』に投げ込まれたあと、隙を見て脱走して、自力で家に戻りましたよ。そちらはどうでしたか。ハテナ」


「ルイマスを見つけたあと、近くの双子神の塔に行って、オーブだかの魔術で不死を消した。トドメを刺すために戦ってこのザマだ。結果論とは分かっているが、もっと上手く殺せたな、あれは」


 ステイシーは手を伸ばし、アザを避けてそっと俺の身体を撫でた。


「……みーが受けるべき怪我だったのですがね。今からでも肩代わりできないものですか。ハァ」

「そう気負うな。まさかタナカがゾンビ化するとは思わないだろう」


「ええ。思いませんでした。ツバみさいるのこんな『りすく』、考えたこともありません。菌ガチャによってはこんな『えすえすあーる』が出るんですね。ガクブル」

「無限とも言える種類のひとつ、だ。もう起こらないだろう」


「ええ。でも、もっとヤバい病が発症する場合もありえます。ですから……『ツバみさいる』は封印ですね。今後のすていしー秘密ウラワザ真拳は『指みさいる』だけです。よろしくお願いします。ハンセイ」

「まぁ、それが一番だな」


 ふと、あることを思い出す。それは奴隷商が言っていたことだ。南西に大量の腐乱死体が出た、だったかな。


「ところで、唾ミサイルから疫病が流行ったことはないのか」

「ありませんね。調べた訳ではないので予想になりますが、菌があまりにも強力で、『りそーす』である人体を一瞬で食い付くして、結果的に餓死してしまうんでしょう。人類的なアレを感じますね」


「感性が尖っているな。だが、それを聞いて安心した。南西の腐乱死体の道から人類が滅亡する、なんて生物災害(バイオハザード)は起こらないのだろう」

「え。待ってください」


 ステイシーとルイマスが顔を合わせる。俺はなにか、おかしなことを言ったのか。


「なんじゃぁああ!? ワシら南西に向かってたからええんじゃろぉおおお!」

「ならこの国の北東に死体が出るはずです。死体はみーたちが来た方と逆にあるのです。ソワ」


「待て。なら……その死体はお前じゃないのか」

「違います。そもそもこの国の近くに来てからは平和に過ごしていたんです。みさいるに用事はありませんでした。ソワソワ」


 死体を大量に出す存在が、もうひとり。奴隷商はこの国から出ていったのかもと言っていたが、そんな存在が今までこの国にいたとは思いにくい。


「――つまり、“何か”がこの国に来た。ということか」

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