34 バ美肉ジジイが大冒険をチンポで乗り切る話
――時系列:30話でソフィアに連れられた後から――
「ワシの尊厳がバキバキに破壊されたぞい……」
バカみたいな理由で美少女の肉体を得た老賢者ことルイマスが、落ち込みの余りにいつもの大声を失っていた。
自分を殺したアランへの仕返しと思ってここへやって来て、いざ全てをバラそうというときになり、色々あって初めてを奪われることになった。
目の前に佇む、よくできたメイドのような、あのセクサロイドのドゥカにだ。
生前にもっとも憎んだ男、テラリスの最高傑作。なろうと思えば男性器を生やせるあのロボット。あれに滅茶苦茶に犯された。
犯されたのに、滅茶苦茶に気持ちよかった。何度もベロを突き出して涎を垂らし、白目を向きかけた。そこへソフィアが催眠あるいは洗脳のように、「アランさんのおちんちん気持ちいい?」などと言ってくるので、アランに犯されている気になってしまい、快楽堕ちに結び付いて完全にメスの股間となった。
そして最後の絶頂で――ルイマスにとっての――大事件が起きた。
間違って、あの男の名前を呼んでしまった。「テラリスぅ……」と言いながら達してしまった。
そこから気絶して、起きて、それを思い出し、プライドに致命傷を負った。
尊厳が、死んだのだ。
「どうしたの? ルイマスちゃん」
「ワシは……なんでよりによってあの男の……うゎあああ……!」
頭を抱えてかきむしり、サラサラのおかっぱをボサボサにする。
「あらら……よく分からないけど、髪の毛といたげるね」
「クシはこちらデス」
「あっ。ありがとドゥカちゃん。すっごく気が利くね」
「ハイ。ワタシはセックス専用としてつくられマシタが、色々とラーニングしてごく簡単な家事くらいならばできるようになりマシタ。どうぞご利用くだサイ」
「えへへ。じゃー忙しいときは頼んじゃいますっ」
ドゥカはペコリとお辞儀をしてみせた。
「それで……テラリスさんってドゥカちゃんのパパだよね? ルイマスちゃんのお友だち?」
「違うわぁあああ! あんなジジイなんぞ他人も他人じゃああああ!」
「おじいちゃん? そうなんだぁ」
「祖父な訳があるかぁああああ! あのクソ腐れジジイぃいいい!」
「あ。ダメだよルイマスちゃん。そんな言い方したら」
少女ジジイは閉口した。他の人にならなんと言われようが構わないが、ソフィアには弱かった。
「分かった?」
「…………ん」
「よかった。いいこいいこ……」
頭を優しく撫でられ、ルイマスの顔がとろけた。
「ママァ……」
「ソフィアママですよ~」
「何をしているんですかね、バ美肉ご老体。ジトリ」
生きた死人らしく、気配を全く消していたステイシーが、数少ない表情である半目でルイマスを睨んだ。
目の開け具合で表現できる表情はいくつかある。普通にして無表情。半目にしてジト目。伏せて慈悲深いっぽい雰囲気。など。
微笑むことのできない彼女でも、ファー○ーに可能な表情だけはできるのだ。
「邪魔をするなぁあああ!」
「そもそもゆーに、需要があるとは到底思えません。何かの間違いで追い出されてはいかがでしょう。トゲトゲ」
「追い出されないもぉおおん! もっと中イキしたいぞぉおい!」
「お任せくだサイ」
言葉に反応したのか、ドゥカがふたなりモードに切り替わった。
しかし、ルイマスはもうドゥカに犯される気はなかった。このロボを目前に、やはりテラリスの名が浮かび、死んだはずの尊厳から血が吹き出るのだ。
「お前とはもうしなぁああい!」
「中だか何だか知りませんが、外の空気でも吸ったらどうです。ハァ」
「さては散歩の誘いじゃなぁあああ!? 不器用じゃのぉおおお! ステイシーはぁあああ!」
ルイマスが叫ぶ。彼はステイシーの殺気に気付いていない。ソフィアがいなければまた膝の裏を蹴られるところであった。
少女は何も気付かず外へ出た。
「行ってくるぅううう!」
「行ってらっしゃーい、ルイマスちゃん」
「ではみーも」
「行ってらっしゃーい、ステイシーちゃん」
二人で家を出て、裏手の森へ行く。過疎化していても村には人がいるし、表は草原で見晴らしがいい。ステイシーは肌を隠しているが、それはそれで怪しい格好なのでこうして人目を避けていた。
これはルイマスとステイシーがこの地に舞い戻るまでに得た癖のひとつだった。
「あぁあああ! 犯されたいのぅ!」
「オエ。もっとマシな話はできないのですか。みーの不死についての議論とか」
「お前の不死かぁああ! 全然分かりませぇええん!」
「思考を放棄したのは、ゆーの性格からして理由があるのでしょう。その諦めざるを得ない理由はなんですか。ハテナ」
「同じ不死にも種類があるのじゃあああ! この世界で作られる不死と異世界で作られる不死は根本的に手法が違うぅうう!」
「手法。やはり、科学の蓄積やそれによる『ぷろせす』の違いがキモですかね」
「それもあるがぁああ! それだけではなぁああい! そもそも世界に存在しえないファクターがあるから干渉できんのじゃぁああ! 仮にお前の不死がこの世界で成り立つならばぁあああ! 即ちこの世界のファクターでのみ構成された存在となるぅうう!」
「材料の違い、というものですか。ホウホウ」
「この世界に存在しない釘はこの世界の道具じゃ抜けんからのぉおおお!」
「なるほど。確かにそうですね。バ美肉ジジイのクセにみーに感銘を受けさせるとは生意気な」
鳥の鳴き声が風の合間に聞こえる森で、土と枝を踏み締めてどれくらい歩いただろう。その時は急に来た。
「――チンポじゃっ!」
「…………」
「やはりチンポが欲しいぞぉおお!」
「……もう一度死んで頂いてよろしいですか。今度は一人で戻ってきてもらいますが。イラリ」
「やだもぉおおおん!」
ステイシーが立ち止まった。
「なら、そこらの野性動物とでもしてください。みーは戻るので」
「それいいなぁああ! 森はケモノチンポパラダイスじゃああああ!」
ルイマスは走って森を突き進む。ステイシーは愕然としてその背を見届け、来た道の足跡を辿ってひとりごちた。
「……アランさんと二人きりで過ごしたいものですね。別に、愛しくなんてありませんが。ツンツン」
ハンターは森にひとり、自給自足の生活をして住んでいた。住処は小屋であり、村には近いものの、交流することもなく過ごしていた。
そして、ひとりの少女が目についた。
凄まじい身のこなしで悪路をものともせず、鹿の素早い一撃にも対応して避け、執拗に鹿の股間を付け狙う少女だ。
あれは、ハンターの才能がある。
「……君」
「ぉおおおお男じゃ!」
「し、心配するな。おれは……人を襲う趣味はない。ただのハンターだ」
「ハンターじゃとぉおおお! ならば鹿のチンポをどう立たせるのか知っとるなぁあああ!」
「いや、知らないが……」
鹿の陰茎を求めてどうするのだろう。押し寄せる情報の中で、かろうじて掴み取れた疑問だった。
そういえば随分昔、子供の頃にそれに関する話があった。いわく、精力剤であると同時に多くの滋養があるのだと。皆気味悪がって食べないので廃れた食文化だ。
きっとあの子は、そのために鹿を狙っているのだな。
「待っていろ。今狩る」
「死姦はやじゃあああ!」
しかん。そう聞いても、意味が思い浮かばなかった。ルイマスがやろうとしていることなど想像だにできないでいる。
とにかくまずは、話を聞いてみるか。それがハンターの下した決断だった。
「……家においで」
そういうとルイマスはばっと顔を上げ、ハンターの側についた。
「よっしゃぁあああ! 分かったぁあああ!」
そうして家に着く――なり、ルイマスはベッドに飛び込む。
「こ、こら……なにを……」
少女は即座に服の下をおろし、丸出しにして尻を突きだした。気持ちいい角度はドゥカのせいで把握していた。
「チンポで突きましてくれぇえええ!」
余りの唐突さに混乱させられたハンターだが、濁流のような情報や意味の整合など、少女のスベスベとした性器を前にどうでもよくなっていた。
ルイマスは股の肉を広げ、背後を見た。ハンターもズボンをおろしている。美少女というだけでこんなに簡単にセックスできるとは思わなかったが、気持ちよければ何でもいい。
そう、思っていたのだが。
「でっっっっっっか!?!?」
ハンターは、巨根であった。
ルイマスの体がまだ未発達で小さく、身長は120センチメートル程度。その三分の一はある。一番奥まで入れたら恐らく、鎖骨に届く。
「お……奥まで入れてあげるよ」
「入るわけねぇだろばぁああああか!」
ルイマスはベッドを踏み台に、窓を破って飛び出した。誘っておいて器物破損と侮辱を投げ付けて逃げたのだ。
そんなことをして、ハンターが怒らない訳もなく。
「お前……この……!」
後を追って来ていた。まずい。捕まって犯されたならば、穢れる以前に死ぬ。
足が――早い。それもかなり。脚の回転率は互いに同じであっても、長さが違うのだ。
「わぁあああああ! ママぁあああああ!」
その叫びは、矢に迫られた鳥の最期の一声より力強く、どこまでへも届くものだった。
ついに捕まり、地面に押し倒され、鎖骨に届きそうなモノを差し出されたとき。
一本の矢が、ハンターを射抜いた。
「な……くはぁ……」
あっさりと倒れ、気を失った。その側へ矢の主が足音もなくやってきて、倒れた剥き出しの男を見るや否や唾を吐きかけた。
恐ろしいほど身体能力の高い老婆だ。
手を伸ばし、ルイマスを立ち上がらせると、そっと抱き締めた。
「大丈夫かい?」
「スン……スン……」
「おやおや……可愛そうにねぇ……。迷ってしまったのならきっと、森から早く出たいねぇ。さぁおいで。オババが道を知っているからね」
「スンスン……スン……」
そうして連れられ、森を抜けた。広がる草原の向こうにローズマリー王国城下町が広がっているのを発見し、ルイマスは一気に駆け出した。
その背を見て老婆は、苦笑いした。
「あっはっは。元気のいい子じゃあないか。男には気を付けるんだよ!」
ルイマスには、全く抵抗がなかった。ディルドではなく本物を入れられたかった。セックスしたくて仕方がなかった。生前は役に立たなくて価値がないと思っていたモノを、今となっては求めてやまぬ。
そして強いて誰としたいかと言えば、アランだった。ソフィアの刷り込みの賜物である。
きっとアランのチンポは気持ちいいのだ。
さて、殺し屋であるならば、きっと殺し屋っぽい人が集まる場所にいるはず。
そのアンダーグラウンドとも言うべき雰囲気を探し、ウロウロと町を徘徊する。元の姿であれば老人の徘徊であったものが、退屈な少女の散歩になっていた。年齢と性別でここまで変わるのも奇妙なものである。
そうしてたどり着いたのは――病人通りだった。これは語弊のある名で、その実あるホテルのディーラーが撒く薬物に魅了され、廃人となった者たちがたどり着くヤク中ホームレス通りだ。
みんな顔色悪いし、ここにおるじゃろ。ルイマスはそんなことを思っている。塔に籠りすぎで知識が足りず、賢者の割りには中途半端にバカであった。
あまりに似つかわしくない美少女が、注目を一身に受けながら進んでいき、目についた一人を指差す。
「お前ぇええええ!」
「ひ……」
「殺し屋ぁあああ! おるかぁああああ!」
「知らん知らん。来るな。来るな……」
やつれた男はほうほうの体で逃げ出した。元より話をできる精神状態になかったが、大声で吠えて回る少女にはほとんど無条件に恐怖を感じてしまい、会話などできるはずもなかった。
参った。ルイマスはその欲情をどうすることもできないと項垂れる。
そして、歩くトラブルの元へとトラブルの土壌がやって来た。
「やぁどうも、お嬢さん」
優しげに微笑む男だった。アランなら警戒するタイプであるが、ルイマスはその上っ面の笑顔を一目で信用してしまった。
「こんなところじゃあ危ない。お兄さんが外まで案内しようか」
「案内よりぃいいい! 殺し屋探しとるぅうう!」
「……ふぅん?」
お兄さんを名乗る男はしゃがみこみ、少女と目の高さを合わせる。
「まぁまぁ。とにかくここからは出ないと……ね?」
彼がウインクをしたので、ルイマスは察した。彼は殺し屋の居場所を知っている。よし。あとは芋づる式にアランへたどり着けるはずだ。そう確信して、「行くぅうう!」と即答した。
そうして二人、並んで歩いていく。
「ところで、ターゲットはどんな人?」
「アランは男じゃああああ! 女も子どもも侍らせまくっておるぅうう!」
「やぁ、それは凄い。殺り甲斐がありそうだ」
「きっとヤリ甲斐ありまくりじゃああああ!」
「ところで、お金はあるのかな?」
「ちっともなぁあああい!」
「そう」
男は嫌な顔をするどころか、もっと優しげに微笑んだ。それはむしろ、嬉しそうな笑顔だった。
「だったら、ゲームをしようか」
「なにすんのぉおおお!?」
「もし買ったら、無料で殺ってあげるよ」
「タダでヤれるんかぁああ!?」
「ただし負けたら……そうだね。その男と一緒に他の子も殺っちゃうよ。もちろん君を含めて」
「みんなヤられるんかぁああああ!?」
お互いに全くすれ違いに気付いていない。皆殺しと大乱交。悲惨な結末が目に見えていた。
「どんなゲームじゃああああ!」
「乗り気だね」
「負けてもウマイからのぉおおお!」
男は驚いた顔をした。それから、笑顔から優しさだけが消えた。
いつかジミーと名乗った男は、いつかアランへ見せた顔をしていた。
「……こんなところに同じタイプの人間がいるなんてね」
「気が合うらしいのぉおお! はよゲームしようぞぉおおお!」
「それじゃあ……クイズをしよう」
ジミーはまたしゃがんで、少女の顔をじっと見た。ルイマスの顔に恐怖心はなく、いっそ無垢な表情だった。
「ナイフには色々なタイプがある。刃が片方にあるもの、両方にあるもの、短くて分厚い刃が頑丈なもの、隙間に差し込めるほど薄いもの、先端だけ鋭く伸ばして確実に急所に刺せるもの。それがここにある」
「ふむふむ」
「どれかを刺せば確実に死ぬけど、どれかを刺せば死なないで済む。ここまではいいかな?」
「おっけぇえええじゃああああ!」
「どれかひとつを、今から君に刺すね」
ジミーは立ち止まった。
そこは裏路地。大通りへ出る道ではなく、確実に逃がさないための道だった。少女の腕を掴んで引き寄せる。
「んぇ?」
「ほら、どれで刺すのか答えて。オレが持っている物の中から選ぶんだよ。答えられないなら……プロのオレが選んじゃうよ?」
ルイマスはやっと話の食い違いに気付いた。だが、どう食い違っていたかについては皆目検討もつかなかった。ひどく混乱している。どうやら時間もない。その焦りが混乱に拍車をかけた。
その混乱の中で彼女は、とりあえず彼が持っているもので好きなものを刺してもらえると解釈した。
であるならば、一択である。
「――――しからばチンポじゃ!」
「…………? ……??」
意味がわからなすぎて、ジミーが唖然とした。
「お前持っとるじゃろぉおお! ほれぇえええ!」
ルイマスは下をおろし、ジミーへ尻を向けた。
「ここに膣とアナルがあるじゃろぉおおおお!? 好きな方を選べぇえええ! 口はオエってなるから嫌じゃあああ!」
「…………」
ジミーは自分の額を押さえ、思わず息を漏らした。
なんてことだ。こんな解答なのにゲームが破綻していない。確かに自分はナイフの中でという制約は付けていなかった。そして確かに、チンポを持っている。
ゲームの裏を突き、ルールに縛られず、ぶっ飛んだ発想をしていて、しかもそれを躊躇いもなく実行する。
彼女は――完全に自分の上を行っている。
「……認めるよ。こんなにスッキリ負けたことはない。あぁ、爽やかだね、君は」
「はい勝ちぃいいい! じゃあチンポを入れろぉおおお!」
「ん? そこまでするとは言っていない。殺してほしい相手だけを殺してあげるよ」
「殺すぅううう!? なに言っとんじゃあああ! 乱交の話どこ言ったぁあああ! とりあえずセックスじゃあああ!」
「?? ……?」
「……?」
答え合わせをしてもなお、違いすぎる文脈で結局は会話が噛み合わない二人だった。
とりあえず、ルイマスはかろうじて相手が殺し屋なのだろうとは察することができた。
「……アランはどこじゃああああ!」
「し、知らない」
「じゃあ用ないからもう行くわぁあああ! アランによろしくぅううう!」
ルイマスは駆けていった。
その後ろ姿を見てジミーは、口をへの字にして目をぱちくりとさせ、頭を掻く。
「…………なにがなんだか……。奴隷商が知ってるかなぁ……」
大冒険の三幕には、大市場が選ばれた。ここは店が閉まるまで混雑する場所であり、大声でなくては声が届かないほど賑わっている。
偶然にも、ルイマスが自然に溶け込める場所であった。
さて、どこかに手頃なチンポはないものか。少女は闊歩し、店の前を一瞥と共に横切っていき、角に来た辺りでようやく気付いた。
店にチンポなど売っていない。
さてどうしよう。帰ろうかな。そう思ったが、『もしかしたら有るかもしれない』という物事を都合よく考えようとする人間の破綻した心理でウロウロと徘徊していた。
そうして思い至った。どこに何を売っているのかを把握している人が居るのでは、と。しかし、その人を誰が知っているだろう。そう悩んでいると、解決策が向こうからやって来た。
「ごきげんよう」
まさにお嬢様という言葉のよく似合う少女。黙っているときのステイシー並みに気品の溢れる立ち姿。この大市場の主、その跡継ぎの自覚を持つご令嬢だった。
「初めまして。わたくしはウルトラお嬢様、ツキユミと申します。お見知りおきくださいませ」
「初めましてええええ! ワシ、ルイマス!!」
「ルイマスさま……? オーブの研究をなさっているお方と、同じ名なのですね」
イジャナ家が大市場という国家レベルのマネーメーカーを保持しているため、ツキユミはとにかく顔が広かった。研究分野もそのひとつで、たまに援助をしており、テラリスもその一人だった。
ルイマスの名を聞いたのは、家に招いたテラリスの口からだ。
「同じ名ではなああああい! ワシがルイマスじゃああああ!」
その口調を聞き、ツキユミは心で頷いた。どうやらきっと、ルイマスごっこをしているのだろう。
先日亡くなったばかりで、不謹慎ではあるが、自分よりずっと幼い少女のすること。それは見逃そう。そうツキユミは判断した。
「わたくしもこの辺りを見て回っておりましたが、よくお見かけするもので声を掛けさせていただきました。もし良ろしければご案内をさせていただきます。これでも、大市場には詳しいのですよ」
「わぁあああい! うれしい!」
無邪気に喜ぶ少女に、ツキユミはニコニコと微笑んだ。彼女はあの一件以来、より多く笑うようになっていた。
大市場にあれば忙しなく人々の様子に目を通して必要なものを学び、家にあれば焦がれた想いを寄せる親友がメイド服で待っている。
端的に言って、幸せだった。
ちなみにだが、テンテルの方はイジャナ家に住み込みで家の中の事ばかりしているので、定職にある引きこもりになっていた。本人曰く天職らしい。
「それでは、どのようなものをお求めでしょうか」
「チンポじゃ!」
「まぁっ……!」
想像だにできない一撃に、ツキユミは思わず顔を真っ赤にしてうつ向いてしまった。
「い、いけませんわ、そのような……」
「いけなくなぁああい! チンポが欲しくて堪らぁあああん!」
それは概ねソフィアのせいだった。ドゥカに犯される前は、恋愛対象は女性だった。異性というだけで挙動を不審にし、例えば目の前のツキユミのような美人を目の前にすればいよいよ言葉が出なくなっただろう。だが今は違う。
求めるはチンポ。ただ、その一本。
そんな事情など知るよしもないツキユミは、ついに両手で顔を覆った。
「は、ハレンチ過ぎますのよぉ~……」
「さぁ教えぇえええい!」
ツキユミが思い浮かべたのは、大市場三階――地上から見ると地下一階――にあるアダルトグッズの専門店だ。ビスコーサも御用達の店で、ルイマスの求めるディルドなんかも置いている。だが、目の前の少女はガッツリ未成年である。紹介するわけにはいかない。
次に思い浮かんだのは、奴隷商だった。彼女の家もあそこで奴隷を買っており、穢多仕事は高い給与で奴隷に任せていた。
が、こちらも教える気にはならなかった。目の前の少女が未成年であることはもちろん、こんな地雷客を斡旋しては地主の名が廃る。
「ほ、他を当たってくださいまし……」
「無いかぁあああ! じゃあねぇえええ!」
突発的に来たトラブルが、突発的に去っていく。そうして無事に大市場を出ようとしたときだった。
坂で、ひとりの男に腕を掴まれた。
「んぁ?」
「…………」
知らない男だ。無言で少女の華奢な腕を、血の通いが悪くなるほどにしっかりと握っている。
「誰じゃあああああ!?」
「……」
そのまま腕を引かれる。この人混みの中を、堂々と連れてゆこうとしていた。
とりあえず、誘拐であるようだ。仮にも七十近くまで生きたジジイ。それくらいは分かった。
どこか知らない場所へ売られる。そう予感して暴れ始めた。
「うわぁああああああ! 助けてぇえええ!」
叫ぶ。人々はちらとルイマスを見て、しかし立ち止まらず進んでいく。
「いやじゃああああああ! ママあああああああ!」
また叫ぶ。だが、誰も立ち止まらない。
少女の叫びは、ごねた子どものものと解釈されて捨て置かれた。
暴れても、腰をすえて抵抗しても、男の進行は止まらない。
そうしてこのまま連れていかれ、目的によって、売買、強姦、監禁、その他色々な待遇を受けることとなる。この男の目的はレイプであるので、普通の少女なら適当な場所で犯されて殺されるだろう。
そう、この男にとっての不幸は、誘拐の相手がルイマスであったことだった。
「――――えぇいチンポじゃ!」
「は?」
唐突であり唐突。その意識外からの一撃に、無言を貫いていた男が思わず声を漏らす。
無視を決め込んでいた周囲の人間も、少女の声帯から出たチンポに足を止めて注目した。
「公衆の面前でセックス祭りじゃチンポを寄越せぇええええええ!」
「ひっ……!?」
ルイマスが男のズボンを下ろしにかかる。男は反応しきれず、あっさりと下半身を露にさせられた。
そしてルイマスが、目を見開いた。
「ちっちゃぁあああああ! 短小じゃぁああああ! こんなん先っちょも入らねぇえわぁああああ!」
「うわー!? たす、助けてー!」
「こんな粗チンでどうやってワシを犯すのぉおおおお!?」
「おかーさぁーんっ!」
「ねぇ何ミリぃいいいい!? 計ろぉおおおお!?」
その短さ、そしてそのオーバーキルと言えるルイマスの言葉攻めに、騒ぎどころか笑い声が一つ二つとあがっていく。笑ってはならない状況であるからこそ、人々は堪えきれなくなっていた。
男は、それを嘲笑として受け取った。
「……どいつもこいつもバカにしやがって!」
ルイマスの首を腕で絞め上げ、彼女の足を浮かせた。
「か……ひゅ……」
息などできず、少女は身体を強張らせたり暴れようとしたりする。どれも、無意味な抵抗だった。
「今度笑いやがったら首折るぞ! 折るって言ってんだよ!」
少女が絞め殺されそうになっている。それでも誰も動かなかった。それは無視ではなく、男を刺激してはならないという直感と、ヒーローがやって来るかもという願望。結局は傍観者でいようとしているだけだった。
だが偶然にも、ここにはうってつけのヒーロー役がいた。
彼女は二階の宙を横切る連絡橋から飛び降り、男とそれを囲む人々の間に着地した。
「ごきげんよう! わたくしはウルトラお嬢様、ツキユミ・イジャナにございます。その方をお離しなさい!」
「うるせぇー! てめぇもバカにしやがんだな!」
「わたくしに誰かを見下す趣味はございません。この大市場で、そのお方へ働く乱暴を許してはおかないだけですの。分かって?」
「クソクソクソ見下してんじゃねえかよぉおお!」
首を絞められた美少女が、全身をピンと伸ばして白目を向きかける。
時間などない。多少下品でも、手段を選んでいる暇はないのだ。そうツキユミは、顔を赤く染めた。
「――――強いてわたくしが見下すのは、その『お粗末さま』だけですのっ!」
大声で指摘をされ、男は流石に恥ずかしくなり、ズボンを上げようと腕の力を緩める。
ずっと力を込めて保持していた腕の筋肉は男の想像よりずっと疲労していた。あっさりとルイマスを取り落としたのだ。
「あ、や……」
男が驚きの硬直から抜け出す前に、ルイマスが四つん這いで息を整え始める前に、矢のような勢いで距離を詰めたツキユミが男の顔面に飛び膝蹴りを叩き込んだ。
そのあまりにも強烈な一撃が、男の鼻ごと意識を粉々にしてしまった。
ツキユミは中空で体躯を回し、可憐に着地をする。そうして倒れた男へ向かって、腰に両手を当てるポーズをしてみせた。
「ウルトラお嬢様拳を失礼いたしました。心苦しいですが、イジャナ家の運営権を行使して出入り禁止に……まぁっ。気絶なさっていらっしゃるの?」
周囲が拍手に包まれる。ツキユミがここの当主の令嬢であることは周知であり、その活躍に誰もがためらいなく称賛を送った。
一方でツキユミはそれを受け取らず、すぐさまルイマスの隣にしゃがんだ。
「ルイマスさま。お怪我はございませんか」
「もういっかい死ぬかと思ったぞい……けほっ……」
首を絞められていたせいで喉が痛み、声量が小さくなっていた。それは普通の会話にちょうどいい、普通の大きさの声だった。
「まぁ。そのようなブラックなご冗談を……。ご無事でなによりですわ」
「助けてくれてありがとうなのじゃ……。むう、声がうまく出んのぉ」
「喉ですか。喉に詳しい店を存じておりますが、ご案内さしあげましょうか。治療費は気にしなくてよろしいですの、大市場でご迷惑をおかけしてしまいましたから……」
「ええ、ええ。これくらいならその内に治るじゃろう。……ではの」
「ええ。それでは、ごきげんよう」
ルイマスは大市場の外……ではなく、内側へ戻っていった。野次馬が入り口付近に集合した今なら、探しやすいのではと思い至ったのだ。それは、最悪とも呼べる思い付きであった。
「……チンポはどこじゃ~?」
店主の表情など無視して、質問とともに闊歩していく。
「チンポ~、チンポは売っとらんかね~? 少女の膣に合う程度の~ほどほどチンポはないかね~?」
ふと肩を叩かれた。
振り返ると、笑顔のツキユミがいた。
「…………」
「…………なんじゃ」
「…………心苦しいですが、イジャナ家の運営権を行使して――」
かくして、大市場を出禁となったチンポ探しの少女は次の場所へ向かった。
妖怪チンポことバ美肉ジジイ・ルイマスの冒険は、まだまだ始まったばかりなのである。




