31 燃える円卓
「中々お茶目な所もあるではないか」
いつもの席で、苦笑いしたアリアンナが言う。俺がクロスボウを燃やしてしまったと言ったことへの返事だった。
ルイマス苛めが一通り終わって戻ってきて、彼女たちはまたゆっくりし始めていた。ルイマスだけは疲れて眠ってしまったが。
「いえ、申し訳ないです。危うくぼや騒ぎになるところでしたし」
「騎士団の長い歴史の中に、そういう珍事のひとつあるというのも面白かろう。そのこと、記録に取ってもよいか?」
「構いませんが、できれば名前を伏せて欲しいですね、恥ずかしいので」
「フフフッ。そう心配するな。きっちり伏せてやる」
アリアンナは「そろそろ行かねばな」と呟いて立つ。
「今日は他にご用が?」
「……うむ。まぁな。少しばかり……会食せねばならなくてな」
すこし歯切れが悪そうだった。もしかしたら、未だに風俗通いしているのかもしれない。
いっそのこと、浮気がバレてくれれば、俺を取り囲む恋人の輪を一人減らせるかもしれない。後を付けてみるか。
……考えてもみれば、なぜ新たな恋人を作っても浮気にならないのだろう。まさか俺の時だけではないのか?
アリアンナの後を付けていった結果、お気に入りの娼婦が仲間入りすることには……ならないよな?
「貴様も招待したいところだが、席が少ないものでな」
「構いませんよ。俺は俺で、街に出ようと思ってまして」
「どこ行くんですかっ?」
ソフィアが興味津々に聞いてくる。付いてきたいのだろう。
目撃者はいた方がありがたいが……ソフィアは人が良すぎる。そういう現場に居させたくはない。
「警備の人たちの仕事見学でもしようと思って。最近、もし賊が襲撃するならどういうルートにするか、なんてことを観察しているんですよ」
「そーなんですね……お勤めご苦労さまですっ」
ソフィアが俺を抱き締め、頭を撫でてきた。
「いっぱい疲れた分、いっぱい癒してあげます。だから……いっぱい甘えてくださいね?」
「ありがとうございます」
抱き返そうとしたとき、後ろからも抱き付かれた。背に強烈な圧迫感があるので、アリアンナだろう。
「偉いぞアラン。団員はお前がサボっているなどと言うが、先を見据えてしっかりと見ているんだなっ」
「ど、どうも……」
「我はいっぱい癒すことはできんが……おっぱいでは癒せるぞっ。ふははっ」
面白さという点でも品という点でも最悪クラスの冗談を言いながら、ソフィアから奪うように俺の頭を抱き寄せ、胸に埋めさせた。息ができない。
「あっ、私も私もっ」
「いいとも。ではアラン、胸はソフィア姫の番だから、大好きな尻で癒されるがいい。達してもいいぞ? くふふふ……」
「むぐ……ぷはっ。い、行かなくていいのですか?」
「あっ、そうだった。済まんソフィア姫。また後でな」
さっと離れたアリアンナだったが、ソフィアは変わらず微笑んでいた。
「はーい。じゃー、ドゥカちゃん!」
「ハイ」
「おっぱいでムニュムニュしてくださいっ」
「喜んでご奉仕いたしマス」
椅子に座って、前傾姿勢になったドゥカへ抱き付き、ソフィアが顔を大きな胸に顔を埋めて「ひゃ~~~」と声を漏らした。
それを横目にアリアンナは外へ出る。
「では行ってきます」
「はーい、行ってらっしゃーい!」
「ではみーも」
「ステイシーちゃんも? 行ってらっしゃーい!」
唐突に喋り出したステイシーと一緒に、外へ出る。もう日が落ちており、パッと見て彼女がゾンビとは気付きにくい時間帯ではあった。
アリアンナは馬の準備をしに家の裏へ回っていた。俺たちは城下町の方へ向かって歩く。
「そう簡単に出歩いていいのか」
「もう暗いので。……みーはモン娘なので、何かと人間を敵にしやすいのはご存じの通り。どうしてそういう怪物は夜に限って現れるかご存じですか。ハテナ」
「……昼だとバレて、問答無用で殺されるリスクが高いから、か?」
「正解です。みーは不死身なので嫌というほど経験してきました。なのでこれが迫害されがちなモン娘の『ぱたーん』と知っているのです。もっとも、実際に人間の敵になるほど後ろ暗い理由がある怪物も多いのですがね。もちろんみーは前者です。アセアセ」
「そうか。それで……出歩く理由は? 何となくは察しているが」
「ゆーのキモすに満ち満ちたあの部屋に居たいわけが無いでしょう。早々に秘密の『せーふはうす』を作ってください、お願いですから。ウルウル」
ステイシーは両手を合わせて指を組み、おねだりのポーズを取った。それで全くの無表情なので、妙にシュールだった。
「その内、な。作ったとしても、俺専用だ。教えるとは限らんぞ」
「ごもっともですね。ところで気になっていたんですが……。さっきは『僕』と言い、今は『俺』と言いましたね、ゆー。いちいち一人称を変えて疲れませんか。ハテナ」
「疲れるという感覚はない。相手に合わせて自然に出せるからな。まぁ……強いて言えば、うっかり間違えないように気を遣わねばならないが」
「今回のように違う一人称を使っている相手が混ざる場合はどうするのですか」
「俺が殺し屋と知っている人であれば、何となく理由を察してくれる。……いっそ正体がバレれば俺も楽ではあるのだがな」
「そうなんですね。殺し屋というのも大変ですね」
「ああ。殺し屋は泥臭いんでな」
「りあるの探偵くらい泥臭そうです。キラーン」
背後から蹄の音。アリアンナが準備を終えたようだ。
「アラン。乗ってゆけいっ」
「ええ、アリアンナ様。お言葉に甘えて」
「ステイシー嬢はいかがする?」
「みーは結構です、ご存じの通り、見つかる訳にはいかないので。厚着してその辺の散歩を楽しみます」
「うむっ! ハイヨー!」
馬に揺られ、街へ入る。抱き付くアリアンナの身体はどこか強ばっていた。馬が向かっているのは騎士団の居館方面だ。
「ではアラン、どこで降りる?」
「向かう道すがら、大市場に一番近くなるところで……あ、いえ、ここでいいですよ」
「むっ。あい分かったっ」
馬の足を緩めさせる。その間に俺は飛び降りた。
「ありがとうございました。帰りは歩くので、気にせずお帰りください、アリアンナ様」
「うむっ。ではな! ハイヨー!」
アリアンナが走り去る。降りたこの場所は見通しが利く大通りなので、おおよそどこへ向かっているのか一目瞭然だった。
日が沈み始めてからあっという間に暗くなったので、よく目を凝らして見る。彼女はそのまま走っていき、騎士団へ続く道へ曲がっていった。
……どういうことだ? あの先にはレズ風俗どころか、男向けの風俗すらない。本当に会食があったのだろうか。
だが館は十分に広い。席が少ないという言い回しは俺を参加させないための口実だったのだろう。まだ浮気疑惑は消えない。
居館へ向かってみると、横の馬小屋にアリアンナの馬が繋がれていた。見慣れない馬も一頭。馬が必要な距離であるなら、外部の者を一人招いているな。複数人であるならば馬車を呼ぶ。
馬に乗り慣れ、自分の馬に乗りたがる。長い顔の横には切創の痕があるので、戦馬だろう。馬上戦を得意とし、ボディガードも付けていない点から、少なくとも戦いに自信のある者。
相手は……外国の騎士か。
蝋燭の消された、暗い居館に入る。見張りの位置もルートも覚えているので、それを避けて中を探っていく。
アリアンナは館の一番奥、渡り廊下を渡った先の離れにある、円卓の広間に居た。ふたりで立ち話をしているらしかった。
扉の隙間から覗くが、暗く、燭台の五つの火に照らされた彼女の姿しか見えない。相手は死角にいるらしかった。
「――我はこの騎士団を愛している。貴様のように目先の力に惹かれる者へ、むざむざと渡すと思うのか」
「……渡したいか否か。そんなものはどうでもいい」
低い男の声だった。
「誇り高き騎士団に、恥知らずは不要だ。そうだろう? 部下には街からの人気も高いだのと評されているが、娼婦紛いの格好で笑われ者になっているだけだ」
「…………」
「奇を衒って得た人気にすがりつく惨めな人間を、騎士団長という立場に置いたことからして、気の迷いだ。人気者の無能を指導者に置くのは一時しのぎにしかならん」
「…………」
「戦死すれば、悲劇のヒロインとやらで終われるかもなぁ。力の使い方も分からないのだから、あっさりと始末できる。そうせず、口で説得しようとしているのが優しさだとなぜ分からないのだ?」
「…………貴様の言うことは、よく、分かった。無能を上に立たせ、力の使い方も分からん者は騎士団長の座には似合わん」
彼女は静かに、そして鋭い目を声の主へ向けた。
「……時に貴様。部下はどうした」
「不要だ。そんなものに頼るほど弱いと思うのか。お前はどうか知らんがな」
「自らのことしか考えていない、ときたか。部下を信頼し、遠征には必ず側に置く。それが上に立ち、下の者を背負うという覚悟の現れだ」
「背負う? 一人で立てぬような者をか。そんなクズは捨て置けばいい」
「やはりな。貴様には足りん」
「何がだ」
沈黙。相手の男は苛立ったようにつま先をトントンと鳴らす。そのときカチャリと音が鳴ったのは、鎧の金属音だろう。
「分からねば教えてやる。上に立つものの力の使い方とは、力の使わせ方だ。一騎当千の騎士としていかに有能だろうと、根本的なことが分かっていない」
「…………」
「我から逃げ、国から逃げ、人との関わりからも逃げた。かと思えば急に戻ってきて、中身のない口先だけで騎士団長の座を寄越せと言う。遠い地で名を上げたところで貴様は無能だ。座を譲らん理由には十分だろう」
「…………っ。今ここで殺されたいらしいな!」
凄まじい殺気が部屋を満たす。それと同時に俺は、扉をバンと開けた。
「どうも、アリアンナ様」
「むっ!?」
彼女が驚く。それと同時に、男は剣に伸ばしかけた腕を下ろし、深いため息を吐いてこっちへ来た。
かなり体格が大きく、鎧越しにすら重い筋肉の気配を感じ取れる。そのしっかりとした立ち振舞い、岩のような体幹。
一目で分かる。格闘ではひっくり返せないほどに実力差がある。
顔も含めて全身傷だらけだが、アリアンナに似た顔立ちで、いやに美形だった。
「あれ? もしかしてお邪魔でしたか?」
「……フン。構わん。ちょうど話が終わったところだ。もうじきそこの女は失脚するかもなぁ。そうなれば売女紛いの穢らわしい格好に、お似合いの豚小屋へ堕ちることだろう。クククク……」
男はそれだけ言って、部屋を出ていく。
少し気まずそうなアリアンナへ寄る。
「捨て台詞ひとつによく喋りますね、あの男は」
「き、貴様……なぜここに?」
「家で話していたときに、なんだか嘘を吐いている気がしたので」
「そうか。見抜けるほど、我のことをよく見ていてくれたのだな。いい部下を持った」
彼女は言って、席のひとつに座った。
「ならばきっと、今飛び込んできたのも偶然ではないのだな。いつからだ?」
「“渡したいか否か”のところです」
「そこまで聞いたなら、隠し通しはせんか。……きちんと話す。ただ、他の者には伏せてくれまいか」
「分かりました。二人だけの秘密です」
アリアンナに促され、ひとつの席に座った。誇りを気にする騎士のものとは思えないほど質素で、木材をしっかりと組んだだけとも言えるような椅子だった。
「……あれは、我の弟だ。幼い頃からふたりで、同じ騎士を目指していた。このローズマリー王国騎士団でな」
彼女はただ俺の眼を見て、スラスラと語る。きっと心配か不安かで、何度も思い出していたのだろう。
「随分と経ったあるとき、我が騎士の遠征部隊の隊長に選出された。弟も負けじと訓練に励んだが……芽が出なくてな」
「いつまでも下級の騎士だったんですね」
「そういうことだ。それがきっと、あの子の心に闇を産んだのだろうな。ある日この騎士団を罵倒し始めた。ここはどこよりも遅れて、いつまでも過去に引きずられて無様であると。あれ自身がそうなるとは思わなんだ」
「ええ。この騎士団に執着してましたね。そのために随分と不穏なことをしそうでしたが……」
「謀があるのだろう。案ずるな、寝首をかかれる気はない。そもそも、あれにそれだけの事はできんさ」
……かなり、危ういな。
彼女は昔の弟を知っていて、判断基準をその弟に合わせている。だが、しばらく離れた家族などもはや赤の他人だ。何をしでかすかなど分かったものではない。
弟がやって来たのは、その油断があるからだ。寝首をかけると確信しているのだろう。
俺にできるのは……暗殺くらいなものだ。
「アリアンナ様」
「む?」
「向こうが何かを企むなら、こちらも策を講じませんか」
「ならん。これでも誇り高き騎士だ。疑いひとつで家族殺しなど、疑心暗鬼に陥った者がすることよ。それこそ団長の座に相応しいとは言えん」
「アリアンナ様が手を下さなくていいんです」
彼女は目を丸くした。
「……貴様が? な、ならん。尚更ならんっ。我の問題に足を突っ込ませる気はない!」
「僕に、僕の命を狙う弟がいたとすれば、どうしますか」
「それは……」
「自からの手を汚すまいと悩み、だけど傍から見れば今にも殺されそうだとすれば、どうしますか」
「……そうだな。その弟を殺してでも、貴様を救う」
「貴女がそうしてくれるのに、僕にはそうさせてくれないんですか」
彼女はうつむき、ため息をついた。
「……口では敵わんな、全く」
彼女は立ち上がり俺の前に立つ。燭台が明るく、火から離れても表情がよく見えた。
「だが、無理なものは無理だ。あれは我よりも強い」
「アリアンナ様よりも?」
「まず勝てんだろうな。立ち振舞いひとつ見てそう確信させられたのだ。あれに敵う者はおらんとな」
どうやら俺と同じことを感じ取ったらしい。やはりあれは、まともに戦って勝てる相手ではない。
フィクションではよく、巨大な相手に対してすばしっこく小刻みに動き、翻弄して倒すというシーンがある。
普通は、無理だ。掠りでもすれば一気に体幹を崩し、そうして作られた隙に一撃をねじ込まれる。たったそれだけで決着がついてしまうのだ。
アリアンナは「だから」と言葉を続けて俺に手を差し伸ばす。彼女の動きで火が揺れて、影も揺れた。
「そうと知って、どうして頼めるものか。死にに行けと言うようなものだぞ」
「……戦闘に自信があって、隙が大きい。扉を開けてから僕を認識し、瞬時に敵ではないと判断して剣を抜かなかったことから、反射速度と咄嗟の判断力に優れる。不意を突くまでは簡単だが、攻撃を当てにくいタイプです」
俺も立ち上がり、彼女に触れそうなほど近づいた。彼女は少し驚いたように、だがしっかりとした眼差しで俺を見上げていた。
「また基本的に一人で行動するにも関わらず戦地で成果を挙げているのであれば、複数人との戦闘にも慣れている。袋叩きでも殺せはするでしょうが、近距離で戦うのはいけません」
「あ……あぁ。それで?」
「簡単な手法であれば障害物のない場所に誘き寄せ、周囲を囲ってクロスボウで蜂の巣にすることです。しかし彼の暗殺を公的に行えないのであれば、人を用意できません。よって他の方法が必要になります」
「そうか。ならば……狙い撃つか?」
「そう言いたいところですが――生憎クロスボウの矢は音速よりも遅い。音を聞かれて動かれれば、急所を外すことになります。弓にしても、正確に即死する部分を射抜く腕はない」
「むぅ……そうか。あの男なら反応できるやもしれん」
「その上であれを暗殺する方法は――八通りあります」
「な……八通りも!? あの男を、そんなに容易く殺せると言うのか。いったい何をどうすると言うのだ!」
驚く彼女にただ微笑みを返し、手を取った。
「手を汚せる者に騎士は相応しくないと、そう思うでしょう。ですが――そういう人が必要になることもあります」
「そ……それは……」
「罪を罪として背負える者と、罪を罪とも思わない者。どちらの方が騎士団長に適していると思いますか」
彼女は迷い、一呼吸、一呼吸と息を吐き、俺の前に手を振りほどくように離して、やっとで静かな声を絞り出した。
「…………本当に、殺せると言うのであれば。生きて戻ってこられるというのであれば。きっと頼んだだろう。だが……やはり心配なのだ。貴様を信じられず、本当に済まん」
実力不足と思われている……か。
「荷が重いと思うのであれば心配はありません。これでも、人を殺すだけなら――貴女よりも上手い」
「……な、なんだと?」
「法で裁けず、誰にも救い様がない。そんな人のために、何度も手を汚してきた」
内ポケットから、ナイフを取り出してみせる。鞘に納めたまま、彼女の身体に当てた。
「――頸動脈。腋窩動脈。大動脈。肺動脈。心臓――」
アリアンナの身体の上を、革の鞘が滑っていく。彼女はただ、俺をじっと見ていた。
「どこをどう刺せば死ぬか。どこを外せば生かせるか。全て知っている。アイツの一撃で俺は動けなくなるだろう。だが俺は一撃でアイツを殺せる。相討ちなら、勝つのは俺だ」
「アラン、貴様。……何者だ?」
「もし殺し屋と言ったら、どうする」
彼女はただ目を伏せ、そのまま口を開いた。
「……分からんな。騙していたことに憤りを感じるだろう。だがきっと、お前を殺すようなことはない」
そうか。そうだったか。そんなことを繰り返し続ける。きっと納得はあったのだろう。
「うむ。腹落ちしたわ。なぜお前から少しの殺気も感じられないのか。入団試験の時さえお前は殺気を殺しきっていた」
「消しすぎていたか。まだ俺も修行が足りないな」
「ふっ。それが素の貴様か。ずっと演じていたのだな」
言い終えると同時に、アリアンナはふっと顔を上げた。じっと俺の顔を見つめている。
「殺さんと言ったな」
「……ああ」
「あれは嘘だ」
胸ぐらを掴まれ、円卓に叩きつけられた。起き上がれないよう押し付けられ、それから剣を首もとへ当てられた。
「我や、ソフィア姫や、他の姫たちを、本気で愛していたか。誑かしていただけだったか」
「それは――」
「よく考えてから言え。答えによってはこの円卓を血で汚すことも厭わん。その裏切りだけは、絶対に、許さん」
「騎士団に潜入するだけならば、恋人などという面倒な関係になる必要はなかった。それに……殺される覚悟で正体を明かした。それが証拠だ」
そう言うと、刃が首から離れた。
「……そうだな。済まなかった。この我とて……愛が事実でなかったなど、堪えられるものではない」
「……構わない。俺のせいで生まれた勘違いだからな」
アリアンナは剣を置き、彼女も卓上に登った。
そしてそのまま、キスをしてきた。
舌を入れられたので、絡ませ合わせてやる。
お互いの舌で糸を引いたとき、アリアンナが熱い息を吐いた。
「……疑った後では響かぬだろう。それでも言わせてもらう。例えどのような道を進む貴様でも構わん。好きになったのは道ではないからな。――愛している」
「十分に響く。……ところでアリアンナ――」
「ん……くふふ。呼び捨てか。たまらんな」
「そうか。それはそれとして――」
「分かるぞアラン。やはり、貴様との口付けは別格だ。もう一度しよう」
彼女は有無も言わさず俺の顔の上に股を浮かせた。
「今度はこっちでな」
彼女は、下着の股の部分を指でずらした。
「舌を入れて……踊らせていただけるかな?」
彼女の手を取って、ずれた下着を直した。
「聞け」
「なんだ。良いところではないか」
「俺の頭上が熱い」
「ん……?」
彼女を照らす火の光が、段々と激しく揺れ始めていた。見えずとも分かる。さっきの衝撃で燭台が倒れたのだ。
「わぁあああああ! あ、アラン! 火事だっ!」
「落ち着け。そういうときはまず――」
「水! 水はないか!」
「空気の遮断をしろ。布で抑え――」
「ええい! 無ければこれよっ!」
アリアンナがまた、股の布をずらした。
――まさか。
「止めろバ――」
「南無三ッ!」
尿素を主成分とする液体が噴出された。放散して効率よく火を消し、程なくして消火活動が実った。
もちろん、存分に飛び散った。アリアンナは気持ち良さそうに身体をぶるりと震わせた。
「ん……はぁ……やったぞアラン! 火を消し止めたっ。さすが我は機転が利くなっ」
「…………」
「アラン? ……あっ! す、済まん。その……」
彼女は慌てて退くが、手遅れも手遅れだった。飛び散るだけならまだしも、最後の方はダイレクトだった。
「わ……我は……まぁ、あれだ……」
「…………」
「…………ほ、放尿プレイも大好きだぞ? 我の身体にもいっぱいかけて良いんだぞ? ほれほれ……」
「……騎士団を愛しているわりに、円卓でよくこんな真似ができるな」
「うぐぅうっ!?」
不意の攻撃に、騎士団長は一撃で落ちた。
……俺のときだけ、なんでそんなにメンタルが弱いんだお前……。
「……た……確かにな……ぐすっ……」
「歴史の長い机の上でセックスしようとしただけでなく、ぼやで焦がして、小便を撒き散らした。正気か? あの話の直後だぞ」
「そ……うん……我……我が……ひっぐ……我が悪かっ……うっ…………」
「…………」
「……ひっぐ……うぇ……」
「…………キスは無し。帰るぞ」
「うん…………ずひっ……」
騎士団を出てから、泣くのを待つのに月が大きく傾いた。




