30 死のねえやつら
騎士団、アリアンナが早退してソフィアの家に行った日のこと。武器庫の奥、装備の整備室。キャシディとふたりで、クロスボウひとつ分の灰の前。
「……うっかり火に?」
「えぇ、まあ。試し撃ちをしようと思って、とりあえず机に置いたんですが……。うっかりロウソクごと倒しちゃいましてね。それに気付くのも遅れて」
説明の通り、机には焦げてへこんだ跡があった。灰はその上にある。
「こんな見事に灰になんだなぁ……。原型がなくなっちまうなんて」
「……本当に見事ですね」
「……あ、安心しろよ。オレが先に説明してやる。こう……ワンクッション挟む感じで言えばほら、あんまり怒られねえだろ。たぶん……」
「だといいんですが」
ちょうど言い終えたタイミングで、武器庫の主であるジョンがやってきた。
「な、なんだ? なんだか焦げ臭くない?」
「よぉジョン。まぁ色々あってな。説明すっから、まずは落ち着け?」
「あ、あぁ。あ? ……あぁ!」
ジョンは、あだけで、灰という異変に気付くまでの感情表現を済ませた。キャシディはしまったという顔をして、俺を見た。
「なんだいその灰?」
「これは……俺のクロスボウです。すみません……」
「クロスボウ? クロスボウがどうしたって灰なんかに……」
「うっかりで。ロウソクの火が移っちゃいましてね」
ジョンは目をパチパチとさせ、「そうか」と呟いた。
「なんだか分からないけど、なら事故破損として記録しておくね。支給まで訓練ができないって損害が出るけど、それは自己責任で我慢してほしい。いいね?」
「えぇ。寛容な対応に感謝します」
「いいよいいよ。君にはまだ、返しきれない貸しもあるし」
あの手伝いのことだろう。
結局、テラリスは病死という扱いになり、俺がドゥカを貰ったということは公的にはバレていない。なので、ジョンからすればテラリスと和解し、運悪くその直後に病気で喪ってしまったという形になる。だが彼はそれを、死別の前に仲直りできたのだと解釈したのだった。
それは事実なのだが、テラリスの本当の死因は、セックス用のロボットの存在が俺にバレたことによるショック死だ。現実は奇で残酷なものだな。
「それじゃ……俺はコイツを片付けて戻りますね」
「ひゅう、危なかったなアラン。叱られずに済んだ」
「まあまあ。わざと燃やしたんじゃないから、それくらいは許すさ。強いて言うなら、気を付けるように、かな」
「ええ。以後、気を付けます」
まぁ、わざと燃やしたのだがな。
「オレはオレで、書類を書いてくるよ。後はよろしくね」
「うっし。じゃあ手伝うぜアラン」
「どうも」
ふたりで灰の掃除を始めた。
そして処理を済ませ、騎士団を出て、歩いてソフィアの家に向かう。荷物にクロスボウが一つを紛れ込ませている。燃やしたのは、クロスボウひとつ分の材料だけだった。
これは単純に言って高性能だ。何度か訓練で使ってみたが、強度面での信頼性が高くて雑に扱っても壊れず、精度は放物線のズレを除き50メートルに1センチ未満。
欠点と言えば――銃よりはマシとはいえ――発射音がそれなりにあることと、発射直前の弦を引いた状態で放置していると一気に劣化するので、なるべく撃つ直前にコッキングしなければならないことくらいだった。
これは暗殺に使うのに十分な性能をしている。ひとつ手元に置いておこう。
そうして村に着く……前の丘。
「――だぁあははははぁっ! みぃいいいいつけたぞぉおおおお!」
少女の声が響く。静かな丘には明らかに過剰な発声だった。
声の方向を見ると、ふたりが俺に向かって来ていた。
全力で俺に駆け寄ってくるチュニックのおかっぱ少女。その保護者らしい、全身をローブや手袋といったもので包み込んで、大きな帽子を被った者。どうやらさっきのはおかっぱの方が言ったらしい。
つい最近、似た叫び方をする奴に会ったが……。なんだかまた、嫌な予感がする。
「殺し屋のくせにこんな草原を呑気に歩いとるのぉおおお! あのナマイキなガキはどうしたぁあああ!」
「る……ルイマスか……!?」
嘘だろ。殺したターゲットが生き返るなんて前代未聞だぞ。これは魔術なのか。
どうする。もう一度殺すか。だが、また生き返るだろうか。どうすればいい。
少女の姿をした老賢者が、俺を指差した。
「お前ぇえええ! ワシはいいがオーブを破壊するとは何ごとじゃぁああああ! テラリスんところがあるからまだしもぉおおお! 神の遺物だぞぉおおお!」
「神の遺物に頼って、あんな塔に籠るからだ。素直に出てくれば素直に殺したものを」
「じゃったらぁああああ! そうしたのにぃいいい!」
……なんだコイツは。また話が噛み合わないような相手なのか。勘弁してくれないか。
「なら今回も、素直に殺されろ」
ナイフを取り出した。だがルイマスはまるで怯まなかった。
「やだもぉおおおん! 次も美少女に転生するもぉおおおおん! それより家無くなったから保護しろぉおおお!」
「……な、なんなんだ? それが自分を殺した相手に頼むことか」
「殺される理由は殺されてから分かったぁあああ! 転生してあの塔に行ったらぁああ! 下の階に知らない死体とか骨とかいっぱいあったからのぉおお!」
そもそも、塔の罠で多くの人が死んだことに気付いていなかったのか。だからあのとき、学会に出席していないから殺されるなんてぶっ飛んだ発想をしていたのだな。
「だからぁあああ! 反省してまぁあああす!」
声がやたら大きいので、反省しているようには見えなかった。だがまた殺されるリスクを負ってまで俺に会いに来てそう言うのなら、本当に反省しているのだろう。
「…………条件がある」
「飲みまぁああああす!」
「まだ何も言っていないだろ。条件は単純だ。俺が殺し屋であることは伏せろ。俺に殺されたこともだ。いいな」
「分かりましたぁあああ!」
本当に大丈夫かコイツ。秘密を全力で叫ぶ気がする。
それはそれとして……あの保護者が気になる。あれはルイマスの協力者かなにかだろうか。
「おい、お前」
「……!」
「お前は……なんだ」
「…………」
答えず、より深くうつ向いて帽子に角度をつけた。絶対に顔を見せないし声も聞かせないという意思を感じる。
「……ルイマス?」
「秘密じゃぁああああ! そういう約束で連れて来てくれたのだから恨むなぁあああ!」
連れて来てくれた。となると、俺の家も正体も知っている者か。奴隷商関係か“組織”の誰かだな。
顔のない人へ近づく。相手は一歩引いた。
「正体を隠すくらいなら、俺の居場所を教えてるだけで済んだはずだ。なぜ会いに来た」
「…………」
「お前……」
あと数歩の距離まで来たそのとき、風が吹いて、覚えのある臭いがしてきた。
死体の臭いだった。
「……す、ステイシーか?」
「ギク」
「……」
「……」
「…………」
「…………違うアル。みーは……えー……通りすぎの『ちゃいにーず』アル。ドキドキ」
「お前以外に、感情を口で言う奴はいないだろ。第一この世界に中国はない」
彼女は観念したように、帽子を脱いだ。
変色した肌。漫画の令嬢のような美形。無表情しかありえない顔。まごうことなきステイシーだった。
「……なんで分かったんですか。やはり美少女は隠せませんか。ハァ」
「死臭がしたからだ」
「おいコラ。乙女に臭いとは何ごとですか。プン。……また会いましたね。ニコ」
「ああ。また会ったな」
おかっぱ少女と、ローブのゾンビ。死を超越したふたり、か。
……なんでよりによってルイマスの方が生き返ったんだ。
テラリス…………。
「ともあれ、これで秘密は無くなった。状況を説明してくれ」
「ワシは美少女に転生したぁああ! ただし異国の辺境の迷子でなぁああ!」
「途中からなのか」
「生まれ変わるならやはり可憐な少女に限るからのぉおおお!」
ルイマスの言葉に、ステイシーが我が身を抱いてみせる。
「この時点でだいぶキモいですよね。このバ美肉おじさんは。ゾクリ」
「バ美肉?」
「バカみたいな理由で美少女の肉体を得たおじさん、です」
テラリスが「なんじゃとぉおお!」とステイシーへ向く。
「なにか文句でもありますか。ムカ」
「美少女は全人類の憧れだもぉおおん! 最初から生まれ持つ貴様に何が分かるぅうう!」
「美少女という役割だけで生まれたみーは、美少女で当然です。みーとキャラが被るので美少女を名乗らないで頂けますか。美少女はみーが商標登録しますので。プン」
「商標登録ってなんじゃあああ!?」
この世界にない言葉らしい。そこまで法律は出来上がってないのだろう。
「ステイシーはどうルイマスと合流した……というか、そもそもどうしてまだこの世界に?」
「色々ありまして、違う世界へ転移したと思ったら、この世界の違う国でした。この世界で安全で理解者がいること確定なのはゆーの所だと分かっているので、真っ先に向かいました。ただ……」
「ただ?」
「会う直前で、気まずさが勝ちました。『ステイシー☆グッバイ』をキメてお別れした手前、ひょっこりと顔を出す勇気がありませんでした。シュン」
ステイシーは空へ向かって中指を立てる。
「さのば神マジさのばごっど、です。作為的にルイマスと会わせて戻らざるを得なくし、みーに恥をかかせやがりましたね。オラオラ」
「それで、国の辺境でバッタリと会ってこの村へ……か」
「ステイシーは実に興味深ぁあああい! 彼女の不死だけではなくぅうう! 異世界の情報を持っているということが実にのぉおおお!」
「ゆー。さっきから声デカ――」
「ごめぇええええんっ!!」
「大声を出せないみーの声を遮るとは、嫌がら――」
「なんか言ったぁああああ!?」
コントでもやっているのかコイツらは。
「……ルイマスはともかく、ステイシーはどうする気だ?」
「できれば匿って欲しいです。また『うぉーかー』みたいのに襲われてはひとたまりもありませんし。この世界にもぞんびの概念はあるので、下手に出歩くと退治されかねません。すでに何度か襲撃を受けていますし」
「それは大変だったな。……付けられていないだろうな」
「その点に関しては安心を。追ってくる危険のある組織は片っ端から殲滅しています。みーのツバの餌食になった人はたぶん百人を越えてます」
「俺より殺してる……」
正当防衛にはなるのだろうが、とんだゾンビだ。退治された方がいいんじゃないのか。
「…………」
「いかがなさいま――」
「どうしたんじゃアラぁあああン! はよ行こうぞぉおおおお!」
「みーの声を掻き消すなと――」
「ごめぇえええええええん!!」
「ちっ。ピキィ」
ステイシーが鋭い蹴りを少女の尻に叩き込んだ。ルイマスはダウンして尻を擦る。
「いたぁああああああい……! なぜじゃああああああああ……!」
「なにを考えているのですか。アランさん。ハテナ」
「いや……お前らをどう説明すればいいか全く思い付かなくてな」
乱交に放り込むだけで全員死ぬゾンビと、元老賢者の声がデカイTS少女。うまく誤魔化せる設定がまるで思い浮かばない。
「一応、一番楽なのは俺の恋人という設定だ。そうすればまずあの家に出入りできるようになる」
「イヤですね、普通に。ジトリ」
「だろうな」
「まずその前提からして意味が分かりませんが。恋人とやらは、布地ビタ付きパツキンとコスプレ乳袋騎士だけではないのですか。ハテナ」
「……色々あって増えてしまってな。二人と一機」
「一機」
「そういう用途専用のロボットがいる」
「ついにイカれましたか、ゆーならやらかすと思っていましたが。シラー」
白けられたらしい。まぁ。気持ちは分かる。
同じ異世界の人間であるというだけでなく、普通の性の価値観を持っているというだけで、ステイシーが居る安心感がうなぎ登りだった。彼女のことを、勝手に心強い味方だと思っていた。
「あのキモキモ家しか選択肢は無いのですか、はべらせキモ太郎。殺し屋なら、自分だけが知る『せーふはうす』の一つくらい用意していると思いましたが。ハテナ」
「生憎、まだない。今のところ身の安全は脅かされていないものでね。じっくりと物件選びをしているところだ」
「やれやれ。では、……みーは『記憶喪失のぞんび』ということにします。それをゆーが保護したということで」
「分かった。菌のこととか、他の人間を守るのに必要最低限の記憶はあるということにしておいてくれ」
「わかりました。ニコ」
ステイシーは帽子をかぶり直し、肌を隠した。
ルイマスがやたらと足腰を気遣った立ち上がり方をして、自分を指差す。
「じゃあワシ家出少女ぉおおお! 家族みんな殺されたやつぅううう! 儚げ美少女ぉおおお!」
「その元気が有り余る大声でその設定は無理がある。一人きりだったクセにどうしてそんなに大声なんだ。誰と話していた」
「友だちがいたからじゃあああ! トムがなぁあああ!」
「トム? ……他にも人がいたのか」
「人間じゃないぞぉおおお! 八階の窓枠んところの積み石じゃぁあああ!」
「石。石と話してたのか。そんなに寂しければ塔を降りればいいだろう」
「だって罠あって降りられないんだもぉおおおん!」
「自分で張った罠で降りられなくなったのか……」
わけが分からない。バカなのか天才なのか、どちらかにしてくれ。
「……未知の難病にしよう。自分の声をうまく聞き取れない病気だ」
「分かったぁあああ! では行くぞぉおおお!」
「はぁ……」
不安しかない。やはりルイマスだけここで始末しておこうかな。あの山賊を埋めた穴に子どもが一人増えるくらいなら、まだどうにかできるだろうが……。
そう迷って結局、家の前に来てしまった。どうか、厄介なことにならないことを祈ろう。
ふとルイマスが扉の前に立ち、俺を振り向いた。
そして、ニタリと笑った。
――クソ。やはり殺すべきだったか。
止める間もなく、少女は家に飛び込む。
「どうもぉおおおルイマスじゃぁあああ!」
「きゃあっ!?」
食卓でのんびりと紅茶を飲んでいたソフィアが、ビクリとして茶器を鳴らした。同じくのんびりとしていたアリアンナも目を丸くして少女を見ていた。
ドゥカは……表情は分からない。だがきっと、驚いてはいないのだろう。
「ワシぃいいい! アランにぃいいい! ってなんじゃあああこの白いのぉおおおっ!?」
ルイマスが後退りながらドゥカを指差した。
「ワタシはドゥカ。キュートでオンリーワンなセクサロイドなのデス」
「ゆー。アイツみーと被ってます。無表情敬語キャラで。ゆー、聞け。プン」
背後から肩を掴まれる。ステイシーはキャラ被り問題が気になるようだが、こっちはそれどころじゃない。
「セクサロイドとはセックス専用の機械デス。どんなプレイにも対応。かわいいモーションがあれば、この通り学習いたしマス」
ドゥカは大きな身ぶり手振りで身体を艶かしく振って、両腕で大きな胸をぎゅっと寄せた。
「なんでもご申し付けくだサイ♡」
「ゆー。ねぇ、ゆー。アイツみーの上位互換かもしれません。グスン」
ステイシーに肩を揺すぶられた。そんな問題はどうでもいいのだ。この場ではこの少女に手を出せない。どうすればいい。
「お前ぇえええ! テラリスの野郎のクセを感じるぞぉおおお!」
「その通りデス。テラリスはワタシの元マスター。亡くなられマシタが」
「死んだじゃとぉおおおおっ!? やったぁああああ!」
最低すぎる……。だが、俺の依頼人も大抵は同じリアクションをするしな……。
「今のマスターはアラン様デス。ワタシの女性器機能と男性器機能でアラン様とその恋人の皆様のご奉仕に努めマス!」
「ふたなりセクサロイドですか。ゆーの性癖はイカれ過ぎですね。オエ」
「俺の趣味じゃあない……」
いかんな。この先の展開が恐ろしいほどに読めない。どうなるんだ。俺はどうすればいいんだ。
アリアンナがガタリと立ち上がった。
「うむ……うむうむ! 貴様! 腹からよく声が出ているなっ!」
「ありがとぉおおお! 誉められたの初めてじゃああああ!」
「そう声を出されては――――戦士の高揚が抑えられんよなァアアアアッ!!」
「ひぃん……」
窓がビリビリと震えるほどの気迫に、ルイマスが怯んで泣きそうな顔になった。怒鳴るしかできないのに、怒鳴られるのに弱いのか……。
「あっ。アリアンナさん。ダメですよ? 怖がってますっ」
「む。すまんすまん。しかし良い発声だった! やはり子どもは元気に限るな!」
涙目で鼻をスンスン鳴らすルイマスに、ソフィアがしゃがんで顔を合わせた。
「ルイマスちゃん。ごめんね? 悪気があった訳じゃないの。許してくれる?」
手を取って、優しく包む。
ルイマスは口を丸く開けた。
「あはは。かわいい顔してるよ?」
「あっ……あ……ま、ママァ……!」
「はぁい。ソフィアママですよぉ」
ソフィアがぎゅっと少女を抱き締めると、ルイマスは抱き返した。
あいつ、勝手に懐柔されたぞ。俺が何もしない内に問題が解決した。なんなんだ一体……。
「さてアラン……今回もまたふたりか?」
「いえ。彼女たちはそういう関係ではありません。その子は家出少女だそうです。大声なのは自分の声が聞こえにくい難病だそうで」
「む。そうだったか。そうと気付かなくって済まんかったな。それと……そちらは?」
「驚かないで聞いて欲しいのですが、ゾンビです」
「ぞ、ゾンビだと?」
ステイシーが帽子を脱ぎ、その肌を見せた。アリアンナもソフィアも、驚いて退く。
それでも構わず、ゾンビは謎ポーズを決めた。
「どうも。美少女ぞんび系の美少女。すていしー・みゅーいー、です。ドギャーン」
「本当にゾンビときたか!」
「か、噛みますかぁっ!?」
「みーは生きた人間を食べる趣味はありません。お肉は焼くに限ります。最近アツいのはぼんじりです。ジュルリ」
「人を殺してから焼くんですかっ!?」
「どうして人限定なのですか。ぞんび差別反対です。プンプン」
「あ……そうだったんですね。ごめんなさい……。私てっきり……」
「うむ……我も勘違いしてしまったぞ。済まんな……」
ふたりともシュンとした。
「構いません。未知の存在に出会った人間は、迷信を予習がわりに対応しがちですから。口裂け女も幽霊もハンザキも。キラーン」
「む? 貴様……全く表情がないな。顔も声も」
「みーは記憶喪失中の身なので理由は分かりませんが、笑ったりできません。泣くのも無理です。気持ちは口で言うのでそれを参考にしてください。ニコ」
「今は微笑んでいるのだな! 口で言った方が分かりやすくて我は好きだ!」
「そう言われてはガチ恋しかねません。これ以上の口説きは自己責任でよろしくお願いします。ドキドキ」
アリアンナは一瞬目が鋭くなり、すっと立ち上がった。
「自己責任で、か。なら覚悟さえあれば、この美しすぎるお姫さまと恋に落ちられると言うのだな。そうと聞けばこの騎士アリアンナ。貴様の人生を背負う覚悟はある」
「いえ。みーと『せっくす』したら死ぬという意味です」
「……な、なぜだ……」
「みーの中には菌……えー……幾多の呪いがあるようです。粘膜、具体的に言えば口や膣、体液が触れると腐って死にます」
「お……おぉ……そうか……」
アリアンナがドン引きして、椅子に戻った。
「……『せっくす』はできませんが、温もりは欲しいですね。チラチラ……ソワソワ」
ステイシーは一定のリズムで、露骨に俺をチラ見している。抱き締めろという合図か。悪いが断る。
「アランのヤツが抱き締めてくれません。どうしてくれましょうか。プン」
「お任せくださーいっ」
ソフィアがステイシーの頭を抱いて、自分の胸に埋めさせた。ゾンビは彼女を抱き返す。
「あ、ヤバい……あ…………ままァ……」
なんでお前まで懐柔されているんだステイシー。お前ら揃いに揃って……。
「ワシもぉおおお! ワシもママぁあああっ!」
「一緒においで?」
「わぁあああああい!」
ソフィアに抱かれ、ふたりとも顔をスリスリと擦り付けた。
「うむ。ソフィア姫の癒しは分け隔てないな! わははは!」
「えへへ。……アランさんも来ていいんですよ?」
「大丈夫です。邪魔をする気はありませんよ」
そう言うと、ソフィアは「鈍感さんなんだから」と頬を膨らませた。
「じゃ、みんなでえっちしましょっか」
「「「なんて?」」」
思ってもない言葉に、俺とアリアンナとステイシーで声を重ねた。
もはや恋人関係から外れた人間だぞ。誰彼構わずセックスを挑むとは何事だ。
「そ、ソフィア姫。まぁ、何というかな……」
「ソフィアさん。言いにくいんですが、流石に見境が無さすぎでは?」
「えへへ、ごめんなさい。でも、男の人とはしませんよ? 女の子同士で仲良くしたいだけなんです。可愛い女の子を見ると私なんだか……ムラムラしちゃいますっ」
「あ。みーは結構です。ゆーの命を犠牲にする気はありませんので。ソソクサ」
「そっかぁ……。残念ですっ」
「わ、ワシ! ワシはママとするぅううう!」
ルイマスがピョンピョンと跳ねた。
…………お前……。
「いいよ。それじゃー、ドゥカちゃん?」
「ハイ」
「男の子モードになってください」
「了解致しマシタ」
ディルドを取り出し、装填した。
……使いこなしているとは恐れ入った。
「え?」
ルイマスは目を点にして、ドゥカの股間から生えた白いものを見た。
「ドゥカちゃんのおちんちんね、すっごく大きさがちょうど良くって、すっごく気持ちいいんだよ?」
「え?」
「アランさんにされてるって思ったら、頭がとろけちゃうの。体験させてあげるね」
「え?」
ドゥカがテラリスの目の前に来ると、少女は驚いて腰を抜かす。
頭上にはセクサロイドの股間に付いたディルド、それを涙目で見上げていた。
「お任せくだサイ。前戯から膣口のマッサージまで完璧にラーニングしておりマス」
「ひぃん……」
「じゃあ行こっ? ルイマスちゃんっ」
「わ……わ……わぁ……! ま、ママぁああああ!」
「はぁい、ソフィアママですよぉっ」
母を名乗る不審者に、ルイマスは連れていかれた。続けてアリアンナも立つ。
「ふむ。客人もいることだし、今日はベッドルームだけにしよう。ソフィア姫がこう、……暴走せんように見なくてはな」
立ち上がり、騎士もベッドルームへ向かった。
まさかお前が暴走を止める側に戻るとは思わなかった。ソフィアの闇は底知れないな。
ステイシーとふたりきりになり、彼女は「フー」と溜め息の表現をした。
「ゆー」
「……うん」
「いつもこんなノリなのですか」
「…………うん」
「やはり気持ち悪いですね。ゆーは。ウップ」
ステイシーは無表情のままで、両腕と両肩を竦めて見せた。
「離れると寂しくなって愛しくなるのに、近付くとキモいところが見えるのは人間のばぐだとは思いませんか。ヤレヤレ」
「そうだな。……俺が愛しかったのか?」
「…………忘れてください」
ステイシーは感情も言わず、顔を逸らした。




