29 倒す神。倒れた男。倒れそうな殺し屋。
そうして、双子神の塔へ続く道へやって来た。遠くには片割れと同じ姿をした塔と、その頂上には塔の太さと同じくらい大きな紫のオーブが構えていた。
道と言っても、道に成る途中のような荒れ方だ。草が他に比べて薄く、その両脇の木を申し訳程度に伐採しているだけだ。
ローズマリー城からはかなり距離がある。だからこそ、ここでさえ強く感じる森を駆け抜ける風を感じなかったのだろう。
「ねー先生ぇ、休まない?」
向かい風に疲れ始めたボウイが、ふらふらとした声を出した。
「あの塔の下まで行くぞ」
振り向かず前に進む。するとボウイに、手を繋がれた。
「……妊婦さんには優しくしなきゃ。でしょ?」
「えぇい、想像妊娠だと言っているだろう」
「でもニンシンなんだから、先生の赤ちゃんいるかもじゃん」
「男が妊娠するか。そもそもセックスすらしていないだろう」
「きっとそういう……なんだろ。なんか神サマがそうしたんじゃない?」
ボウイは優しげな顔で自分の腹をさすった。
勘弁してくれ。
「……そういえばさ。何人子どもが欲しいの?」
「まだ妊娠する気でいるのか?」
「そうだけど、そういう話じゃないよ。今はみんなでエッチしてるだけだけど、きっと子どもも作るよね。一人ずつ産んでも四人だし、二人ずつなら八人じゃん?」
しれっと自分を勘定に入れている。産む気だけは一丁前にあるらしい。
「子どもを作る気はない」
「えー?」
「不満でもあるのか。どうしてそんなに子どもが欲しい?」
「……子どもが欲しいってゆーか……。先生の子どもをニンシンしたいってゆーか……んへへへ……」
……やはり分からないな……。そこまで俺を好きになる理由があったとも思えない。何が嬉しくて俺の子どもを孕みたいんだ。
そうして、塔に着いた。その入り口の前。塔が風避けになっているものの、風を切る音が正にゴウゴウと鳴り響いていた。
周辺は凄まじい強風で、なるほどこの風の中を飛翔物がたどり着けない訳だ。
ジェーンに紹介された殺し屋に貰った地図の通り、塔は崖際ギリギリに建てられており、裏手すぐの遥か下には海があった。風に乗せて何かを飛ばすことはできない、と。
そして地図のマーカーを見る。風を計算して塔のほとんど隣からやや風上の方角へ、カタパルトで石を打ち上げたらしい。
そして、塔の上のオーブと同じ高さになったとき、ビームで撃って砕かれた。ただし、わずか一秒から二秒の間があったようだ。
要するに、塔の高さになってから、その僅かな間にオーブを破壊できれば良い。
「よし、作業を始めよう」
「なぁにっ!?」
強風で聞き取れなかったようで、ボウイが大声で聞き返す。
「……作業を始めるぞ!」
「分かったぁ! 何すればいい!?」
「これを持って着いてこい!」
シャベルを一本。ボウイに手渡した。
「穴掘るのぉっ!?」
「つべこべ言うな! 行くぞ!」
塔の裏。風の方へ向かう。前に進むだけで一苦労だった。
そうして、塔の真後ろ。
「先生ぇ! 今から穴掘ってたら間に合わないよぉ!?」
今日は学会の前日。テラリスがルイマスを襲撃する前日だった。
なんとかドゥカが説得し、彼は日付が変わるまでは待つことになっている。そこがタイムリミットだった。
「これは一種のゲームのようなものだ!」
「ゲーム!? なんで!?」
「ゲームのルール説明を聞いたら、その通りにしか動けないと錯覚する! 今に分かるから掘れ!」
塔にすぐ近い地面へシャベルを突き立て、土を横に投げる。物凄い勢いで舞って飛んでいった。
そうして穴を深く、深くしていく。
「――だぁあはははははっ!」
頭上から、もの凄い笑い声が響いてきた。この風の中でも聞こえるのだから、相当な声量だろう。
「賢いつもりかぁ!? そんな小細工でぇ! 塔が倒れるとでもぉ!?」
上を見る。テラリスと同じくらいの年齢の老人が、塔の中腹の窓から俺たちを見下ろしていた。
「ばぁあああかっ!! オーブの力はぁ! この塔を無敵とする魔力はぁああ! 物質の揺らぎをぉおおお! 持ちうる情報を定着させる究極のパワーだぁあああああっ!」
彼がどういう人間かは知らないが、ものすごく元気なようだ。
「例え土が全て無くなってもぉおおっ! 決して倒れなぁああああい! この塔だけは中に浮くぅうううう!」
ボウイが老人に向かって握りこぶしを作った。
「うっさいバカっ!」
「なんじゃとぉお! バカって言った方がバカだもぉおおんっ!」
「そのまま落ちてこいコラあっ!」
「落ちないもぉおおおおおん! せいぜい頑張れぇええええ!」
そうして元気な老人は、元気よく窓から唾を吐き、しかし風で舞い戻って自分の顔に命中した。
そのまま引っ込み、出てこなくなった。精神的なダメージが大きかったのだろう。うるさいのはごめんなので、自滅してくれて助かった。
ゲラゲラと笑うボウイに、またシャベルを持たせ、また穴を掘る。
そうして堀り続け、しゃがめば人が潜れる程度になったころ、ボウイが音を上げた。
「もー! なんで片っぽだけ掘るの! 教えてよぉ!」
大声を出すのもしんどくなってきたので、シャベルを置いてボウイに顔を寄せた。
「これで聞こえるか」
「き……聞こえすぎちゃう……」
何が……?
指で穴を作り、彼に差し出した。
「ここに指をピンと立てて差し込め」
「……いいけど……」
ボウイは耳まで赤くして、指の穴に挿入した。差し込まれた指をきゅっと握りかえした。
「これがこの塔の状態だ。お前の指が塔。俺の指が土だと思え」
「ん」
「そこに、強烈な風が片方から当たっている」
ボウイの手に力をかけた。塔の指を囲む、土の指の一ヶ所に力が掛かる。
「分かるか。この一ヶ所に力が掛かってる」
「うん……。先生の穴にぎゅってなってる……」
「……つまりここの土を取り除けば」
ボウイのセクハラ発言を無視し、力が掛かっている部分の指を緩めた。塔の指が倒れる。
「塔は倒せる。わざわざ登る必要はない」
「あれ。でも、それはできないって言ってたけど?」
ルイマスに言われたあれは、ドゥカにも言われていたことだった。
なんでも物質を固定するというものらしい。と言っても、本当に空間に固定するわけではなく、なにやら慣性系の偏差と座標情報がどうとか言っていた。空間に固定すると惑星の移動、太陽系の移動、更には銀河の移動すらにも着いていかず、途轍もないスピードで宇宙に置いていかれるのだそうだ。
……他の星も見えないのに、どうして銀河の存在を知っているのかは分からないが、そう言うのであればそうなのだろう。
要するに、本当に無敵であるらしい。それだけ分かれば十分だ。
「オーブがある限り、ともな。オーブは水晶を中心に作られた魔術的な疑似物質だそうだが、強度は素材となる水晶よりも弱いそうだ」
「…………って、ことは?」
「簡単に破壊できる。さぁ、もう少しの辛抱だ」
シャベルでまた穴を深く、広くしていく。
掘って。掘って。堀り続け。日が傾く頃。
「もういいだろう」
「やったぁ……! やっと終わったぁあ」
ボウイが、穴に倒れ込んだ。
塔に沿って、一~二メートル程度の幅の穴ができていた。その深さは、俺が立っても隠れる程度だ。
ボウイを連れ、塔の表に戻ると、彼は顔を歪めた。
「は……くちゅんっ!」
「身体を冷やしたか!」
「だってずっと風吹いてたし……! うぅ……」
身体を擦り、それから俺に向かって両手を広げぎみに差し出した。
「……ごほーび下さい!」
それくらいならいいか。少年を抱き締める。
「……妊婦さんなんだから、いつもこれくらいやさしくして?」
「いないと言っているだろ。その腹の中には。その症状は数日で収まる」
「いるもん。ちゃんと産んであげるね?」
なんだか怖くなってきたな。想像を越えて、妄想になってきた。そんな感じがする。
「そろそろ身体も温まっただろう」
「ヤダ。ずっとこうしてて?」
「仕事ができないだろ」
「じゃあおんぶにして?」
「帰りにな」
「やった! じゃあ早く殺そ!」
ボウイが嬉々として仕事道具を地面に展開し始めた。
……怖くなってきたな。
「それで! どーすんの!? これ!」
広げたのは、黒色火薬で作った爆弾。いくつかのロープ。ベアリング。そして、帆で作ったパラシュートだった。
「これがオーブを壊す方法だ! ロープを持って塔を一周してこい!」
「はーい!」
ボウイに長いロープの端を渡し、一方で俺は短めのロープを巻いた地面に杭を打ち付けた。地面にしっかりと固定し、パラシュートの根のリングに結びつけ、帆を開いた。
物凄い力で引っ張られる。杭が取れないか不安になるほどだった。問題なく機能している証拠だ。
「はいこれ!」
戻ってきていたボウイからロープの端を受け取る。いくつかのベアリングをロープに通し逆側にも同じ数だけ通す。
そしてロープの端と端を、パラシュートのリングにしっかりと結び付けた。
「次はどーすんの!?」
「お前は避難しろ!」
「どこに!」
「向こうの木だ! あの高い木の裏! さあ行け!」
ボウイは納得しかねたが、それでも従ってくれた。従順でいいものだ。
そうして作業を続ける。通したベアリングを、塔の周に対して等間隔に配置していく。
そして最後、塔の真後ろのロープに爆弾をくくりつけて固定した。
「さっきから何をしとるぅっ!」
上からルイマスの叫びが聞こえた。それを無視して塔の表側に戻る。
真横に展開したパラシュートの布地を引っ張る四本のロープの内、上のロープを引っ張り、ちょうど良い長さにして結ぶ。
手を離すと、風を受けたパラシュートは斜め上を向いて、上昇する力で地面の杭をグググと引っ張った。
単純に言えば、凧と同じ原理だった。杭のロープを外せばこのパラシュートは上へ飛んでいく。
「おい! まさかっ! 止めろぉっ!」
それを察したのか、ルイマスの声がまた響く。
「分かった! 降りる! 降りてちゃんと学会に出席するぅ!」
どうやら、ちゃんと出席していないから殺されると思っているらしい。本当にぶっ飛んでいるな、コイツは。
「ここは神の塔なんだろう!」
ナイフを取り出しながらそう言うと、彼は訳が分からないという表情で俺を見つめた。
「――祈りが届くと良いな!」
杭のロープを切り、ボウイが隠れている木へ駆け出す。塔の敷地から出た瞬間の横風で体制を崩し、すぐ近くの木に肩をぶつけた。
上向きの力を受けたパラシュートがジャンプして、ベアリング付きのロープ爆弾をギャリギャリと音を鳴らして持ち上げていく。それは想像よりずっと早い。
まずい――逃げ切れるか。
「やめろー! やめろぉーっ!」
なりふり構わず走る。だが真横から力を受け続けながら走るのはかなり難しい。まるで、斜めになった道を走らされるようだった。
「先生ぇえ! 早くぅう!」
ボウイの声。背後ではベアリングと石の擦れる音が上へ上へと上がっていく。
言われなくても分かっている。木にぶつかっては身体の支えにして、木から木に飛び移るように駆け抜けていく。
そして、金属音が止んだ。振り向くとロープの輪がオーブに引っ掛かって止まっていた。
そして紫色の怪光線が凧と――爆弾を撃ち抜いた。同時に大爆発が起こり、オーブが粉々に砕ける。
本当にビームだ――って、見ている場合じゃあない。
斜めになっていく塔を尻目に走る。
「うわぁーーーーッ!」
ボウイの居る木の裏に着くのと、塔が倒れたのは同時だった。
破壊の勢いで飛び散った石が、すぐ近くの木の表面を削り取った。
「ひぃっ!」
「落ち着け」
驚いたボウイを、しっかりと抱き止めた。
「あ……あんなヤバイの? 倒れただけなのに」
「あれが、建物の解体現場の近くにいてはいけない理由だ。……確認しに行くぞ」
強烈な風の中。土埃さえ吹き飛んだ塔の残骸を手分けして見ていく。
すると、ボウイが手を振った。
行ってみると、塔の屋上付近に死体があった。
「死んでる! 任務かんりょーだね!」
ボウイは、無邪気に笑った。この後のおんぶがそんなに楽しみか。
「仮にも人を殺していることを忘れるな!」
「いーじゃんか! なんでも楽しい方が!」
……やれやれ。
しゃがんで、彼の顔にぐっと寄った。
「俺が、楽しんでいるように見えるか」
「え……それは……」
「俺のような殺し屋になりたいなら、俺と同じ姿勢でいろ。殺すことを目的にするな。分かったな」
「……ごめんなさい……」
ボウイはしゅんとした。しゃがんだまま、彼に背を向ける。
「……」
「……」
「……乗らないのか」
「……のる」
俺の背に、熱い身体が抱きついた。
そうして、塔の片割れに向かう――その途中だった。
「ふぁ~あ……」
「起きたか」
「ん……」
ボウイが寝ぼけ眼で頷いた。
「そろそろ歩け」
「やだ……んしょ」
改めて背負われ直し……彼の様子がおかしくなった。呼吸というか、身体が強ばったというか……。
「……どうした?」
「い……いや……なんでもないよ……?」
なんだろうかと思っていたら、背中の、ボウイの股間にぶにゅりとした物が現れて、段々と硬くなった。
……お前……。
「なんでもないか?」
「なんでもないもん」
ボウイは俺の首筋をスンスンと嗅いで、頬をスリスリと擦り付けた。
「せんせ……」
「なんだ」
「……すき。んへへ……」
それから首にキスをしたり、耳を唇で挟んで見たりした。
……そろそろ注意するか。降ろそうと思ったその瞬間。
「……あれ……」
「ん?」
「な……なんでも……あっ、あんっ……」
ボウイが痙攣した。
背中に当たるものも、ビクンビクンと……。
さっと背中から下ろした。
「な、なんか……あれ……」
ボウイは混乱しすぎて、外なのにショートパンツも下着も下ろした。
白い粘液が、トロリと股間とパンツの間に糸を引いた。
「な……なにこれ! せーしがドピュドピュっていっぱい出ちゃった……。お尻をクチュクチュされてるときにしか出ないんじゃないの!?」
逆だ逆。精通より先にソフィアたちに開発されてしまったので、順番が妙なことになっている。
「……えと……おれ……病気……?」
「……それは、病気じゃない」
「え、じゃあ……なんでこんなにいっぱい?」
「普通は、女の股間の中で出すものだ。それで子どもができる」
「そーなの!? あ、だから棒なの?」
「そうだな」
「そっか。だからおれも、先生におちんちん入れて欲しいって……。じゃー、先生にドピュドピュしてもらったら赤ちゃんできるの?」
「そんな訳があるか。女と言っただろう」
正しい性教育の前にソフィアに出会ってしまったばっかりに、貞操観念が飛んでもない育ち方をしている。
ボウイは残念そうな、だがほっとした顔で自分の股間を見つめた。
「……そ、そっか……よかったぁ……」
ボウイは何かに気付いた顔をして、少し考え、ハッとした。
「ち、違う! おれ別に、先生とエロいことしてるとことか想像してないし!」
「大抵の者が出すときは、そういうことを考えているときだ」
「~~~っっ」
顔を真っ赤にして悔しそうな顔をしていたが、言い返してはこなかった。その代わり、立ち上がった。
……元気だなお前。
「わ、ちょっ……」
ボウイは隠そうとし、今までむき出しの股間を見せ付けていたことを思い出した。
「ぎゃああああっ!? み、見ないでぇっ!」
ばっと後ろを向いて、両手で尻を隠した。顔だけ振り返り、横目に俺を睨み付けてきた。
「……先生のヘンタイ。せ、責任取って、先生のも見せてよ」
テンテルかお前は。どうして俺がヘンタイ認定されているのだ。お前の方がよほどヘンタイだろう。
「見せない。ところでボウイ。精子を出すことを射精と言うのだが、俺が良いと言うまで射精禁止だ」
「き、禁止?」
「そういう性欲をコントロールするのは殺し屋として必須だ。まずは自分を律しろ」
「……分かった。それくらい余裕だし。楽しみに見ててよ」
ボウイはさっとパンツを履き直し、「ひゃんっ」と声を漏らした。
「きもちわるいよぅ……。どうしよこれ……」
「……履くしかないだろう。ショートパンツまで濡れているんだし」
「うぅ……。すごく……臭いし……」
確かに、相当濃いのかここまで臭ってくる。だがやってしまったものは仕方ない。
「……じゃあ、先に家に帰っていろ。ソフィアの家でも良いが」
「ん、そうする。……ところでさ。先生」
「どうした」
「先生はおれで……その。そういうこと、考えたことある?」
「ない」
言い切って歩き始めた。聞き取れるか否かの小声で、「考えてよ」と聞こえた。
いや考えるか。
ローズマリー城の近くで別れ、テラリスの塔を登る。
ある程度の高さになったところで、上から声が響いてきた。
「誰デスか!」
しまったな。テラリスは夜のお楽しみ中だったか。全く元気な爺さんだ。
身を潜めるべきだが……見つかってしまったものは仕方ない。ドゥカのことは分からない振りをしてやるから、悪く思うなよ、テラリス。
「俺だ。アランだ。急に来て済まないな」
「アランさん。ようこそいらっしゃいマシタ。どうぞ上へ」
「……? ああ分かった」
さっきからドゥカの声しかしない。テラリスは……慌てて道具を隠しているのか。
……このパターン。以前もあったな。
嫌な予感がして、一番上の部屋に飛び込んだ。
中には、倒れたテラリスと寄り添うように座るドゥカがいた。クソ、そんな予感は当たらなくていい。
「どうしたんだ」
「テラリス様は、亡くなられマシタ」
「どうして死んだ」
「分かりマセン」
「……まさか、お前が殺したのか?」
ドゥカは、立ち上がった。
「バカにしないでくだサイ。殺人行動など、ワタシの倫理回路がきっちりとブロックしていマス。依頼についてもおかげさまで同様デス」
「なら、どうして死んだ。病気か」
「それが分からないと言っているのデス。テラリス様には病もなく、健康そのものデシタ。ワタシには人間に対する健康診断プログラムが備わっていマスから、間違いありません」
「それが急死? いったいどういうことだ」
言いながら、またもや嫌な予感に襲われた。
ルイマスは最後に……テラリスが依頼主だと見抜いたのか。それで、何かの魔術でテラリスを遠隔で殺害した。それで一応は説明がつく。
……俺の嫌な予感は、嫌というほど当たる。きっとそうなのだろう。
「テラリスさま……」
「……悲しいか」
「イエ? 悲しみはプログラムにありませんので」
「あ、そう……」
フィクションならば、そこで機械が初めての感情を知ったり、感情と理解できずとも感じ取ったりするものだ。
現実は……非情なものだな。
「デスがせめて、最期の会話はもっと有意義なものにしたかったデス」
「どんな話をしたんだ」
「アランさまに実演つきでお気に入りのマスターベーションを見せた話デス。その直後にテラリスさまは胸を押さえ――」
「お前のせいじゃねえかっ!」
強烈に声が出た。
テラリス……気の毒に。現実は酷いものだな。
「ワタシのせいデスか? よく分かりかねマス。ワタシの何がマスターの命を……?」
「説明が難しいが……人間には恥の感情がある。他の人に見せたくないものを見せたときなんかにな。普通はマスターベーションもそうだ」
「そうなのデスか。ワタシはてっきり、マスターベーションを見せ合う文化であるとばかり……」
「そんなものはない。そうして人間は、恥ずかしいと思ったときに心拍数が上がることがある。それでテラリスは死んだんだ」
ドゥカは、ない口を押さえた。そういう反応はどこから学んだのだろうか。
「ではワタシは殺人ロボットなのデスね」
「そう言うことになる」
「ワタシはどのように生きていけばよいのでショウか。きっと殺人ロボットなど、誰も匿ってはくれマセン」
「……」
「あ~~~~。誰かこんなワタシを匿ってはくれマセンかね」
機械的な音階を奏でる。目は光るだけで黒目が無いものの、きっと俺をチラチラと見ている。
これ以上増やしたくないのだが、下手に野放しにすると俺が依頼主だと喋りかねないな……。
「……はぁ。分かった。心当たりがある」
「わぁー。ありがとうございマス。ご奉仕ロボット、ドゥカをどうぞお好きに使ってクダサイ」
「家主は喜ぶだろうな。ひとつ言い忘れたが、俺が殺し屋であることと俺に依頼をしたことは秘密だ。行くぞ」
ドゥカを引き連れ、塔を出た。
そうして、家の近く……裏にボウイが座っていた。
「どうしたんだ」
「あ、先生。その……やっぱこれで入るのは恥ずかしいって言うか……って、なにそれ。それは……鎧?」
ドゥカを指差す。中に人が入っていると思ったのだろう。
「これはロボットといって……機械で出来た人間だ」
「ワタシは人間ではありマセンよ?」
「説明するのに事実を歪めることはよくある。覚えていけ」
「はぁ……。では、アランさまに状況説明をお任せしマス」
ボウイがしげしげと見た。
「ロボット……これが機械なの? ホントに? すっげぇ~」
「ワタシはセクサロイド。ドゥカでございマス」
「せくさ……?」
「話は、入ってからでいい」
「う、うん……」
困惑するボウイを連れ、家に入る。中にはソフィアとアリアンナがいた。
「あ、おかぁ……あれぇなんですかそれぇ!?」
「アラン! その……それはなんだ! なんとも艶かしい……」
驚くふたりへ、ドゥカが堂々と前に出た。
「ワタシはセクサロイド。ドゥカでございマス」
「せくさい……?」
「せくろさいど……?」
ソフィアもアリアンナも言えていない。ロボットという概念すらないのだから当然か。
すると、テラリスはロボットどころかアンドロイドの概念を生み出し、更にセクサロイドまでたどり着いたのだから――動機はどうあれ――大したものだ。本当に下らない理由で死んでしまったな……。
「皆さん。セックスはお好きデスか」
「それは……まぁ。えへへ」
「無論、大好きだっ。わははは!」
「ワタシはセックス専用のロボットなのデス。どうぞよしなにしてくだサイマセ」
「ろぼ……なんだか知らんが、抱けるということだな!」
アリアンナがドゥカの乳を揉んで、「おぉすごいな」と感嘆した。
「ってことは、また恋人を増やしたんですね、アランさん?」
ソフィアが、ニヤニヤと半目で俺を見た。
「……恋人というより手土産です。どうぞご勝手に」
「あ。酷いですっ。そんな言い方はダメですよ? じゃ、ドゥカさん。みんなでえっちしましょ?」
「分かりマシタ」
「貴様も姫にしてやろう、ドゥカ」
「ボウイちゃんもおいで?」
急に呼ばれたボウイが、びくりとした。さっきからずっと股間を隠している。さすがに、恥ずかしいのだろう。
今さら何をとも思うが……。
「こんちわーっす。おっ、すっごい精子の匂いがするっすねぇ?」
ビスコーサがやって来たと思えば、開口一番にとんでもないことを言った。お前、ロボットよりもそこなのか?
「って、えぇえ! なんすかこれ!」
「ちょうど全員揃ったみたいなので、少し説明しますね。彼女はドゥカ。“アレ”専用の機械です。テラリスっていう賢者の私物です」
「賢者さんに……そうだったんですね」
「流石だぞアラン! 人望が厚いな!」
「どうも。ただ、テラリスさんが病死してしまったので、遺品として頂くことになりました」
「え……ってことは中古っすか?」
「違いマス。セックス専門ですが、未経験デス。テラリスさまはご老体デシタので、ペニスが機能していませんデシタ」
「そういう個人情報はバラすものじゃないぞ、ドゥカ姫!」
「……うひゃっ」
全員で会話したと思えば、ボウイが悲鳴をあげる。あっちでもこっちでも色々と起こるな。
見れば、ビスコーサがボウイの下着ごと下ろしていた。
「うわぁすっごいっすね。精通しちゃったんすか?」
「そ、その……うん。先生におんぶしてもらってるときに……」
「エッチすぎっすね……ふひひ……」
言うや否や、ボウイの下着の股のところをジュブリと吸った。凄まじい顔で、一瞬、新種のモンスターか何かかと思った。
「わぁ~。私も私もっ」
「続きはベッドだ! 皆で濡れ合おうぞ姫たち!」
「や、やっぱりおれ、お尻の方が好き……」
「ディルドをペニスにする機能はありマス。お任せくだサイ」
「そんな機能が!? じゃあ皆で入れ回しっすね!」
全員が、別ベクトルでキモい。
相変わらずどうなってんだこの空間は。
「あ。俺は夕食の準備してますね……」
「よろしくですっ! アランさんのごはん楽しみですっ」
ぞろぞろと、ベッドルームに入っていった。
……広いベッドでもないのに、五人もよく入るな。
「…………はぁ」
殺し屋一匹で、また賑やかになった拠点のキッチンに立った。




