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貴いお方が裸同然とはどういう了見だ  作者: 能村龍之介
殺し屋、なんか転移するの章
29/118

24 ニートだって生きている

 リムアに教えられた住所に到着した。


 ノックして出てきたのは、またもや服に異常のある少女だった。ボウイよりは年上くらいだろう。


 タンクトップ一丁だが、首もとにあるはずの(ふち)がみぞおちの辺りまで下にあって、肩に掛ける紐の部分で小ぶりの胸を隠していた。裾で下半身も隠していて、ボトムスを穿いているかすら怪しい。


 とりあえず、彼女は俺に関係してくるな。


 経験上、服が凄いことになっている彼女が依頼者で、ターゲットは名前が脱腸のリムアか。慣れてきたものだな、俺も。


「なに」

「リムアさんの紹介で来ました」

「へえ」


 返事が短い。訝しげに俺を見たと思えば、「入って」と促された。


 言われるまま入ってみる。散らかった配置の椅子があって、彼女はテーブルから離れた場所の一つに乗った。地面に座るように、両ひざを立てて座面に両足を置いた。そのときちらりと裾の中が見えた。


 ……お前下着すら……。もはや乳袋という騒ぎではない。普通に下着を穿いていない。そういう建前すらないのか。せめて布地があるという言い訳すらかなぐり捨てているのかお前。無敵の人だからってお前は。


 人一人が下着を穿いていないだけで俺は、鬱になりそうなんだが。こんなに効いた精神攻撃はない。


 クラクラしながらも椅子をひとつ拝借し、机に両ひじを乗せた。


「なんで来たの」

「お兄さんがなんでも、現実がどうこうと言ってましたね」


「ってか敬語キモ」


 ふむ。扱いづらい反抗期少女か。確かに、これでは何を言っても無駄だろう。


「分かったよ。それで……引きこもってるんだって?」

「関係ある?」


「ない」

「じゃあ来んな」


「ごもっともだね」


 彼女は全く動じないでいる俺を妙な目で見た。


「……なにアンタ。落ち着きすぎじゃね?」

「そうかな。どう話そうかなと困っていたんだけれど」


「なにを」

「君のお兄さんが言うには、誰か養ってくれるお婿さんを待ってるんだってね」


「……ぷ」


 彼女は見下した目で笑った。


 恐らく、兄の友人であって同類であるとカテゴライズされているな。そういう決めつけをひっくり返すなら、少しでも理解しているところを見せるべきか。


「でも、君もバカじゃあない。そんなものはお兄さんを黙らせるための口実だね」


 見下した目の色が変わった。


「そもそも引きこもっていたら、男どころか他人と出会うことすらない。でも、バカのフリをしておいた方があれこれ言ってこなくなるから、そういう嘘を吐いておいた。そうだね」

「う、嘘じゃないけど」


「本当にそうなら、僕を家に引き入れたりなんかしないと思うけどね。兄を徹底的に黙らせるために、兄の周辺の人間に対してその嘘を続けようとしている。誰に対してもバカを演じようとしていると、そう解釈しているけど、どうかな」

「…………何者なの?」


 訝しむ顔は、警戒に足がかかっている。


「アランだ。つい最近騎士団に入団した新人だよ」

「本当にアイツの友だち?」


「かな。そう思われているかは分からないけれど」

「……そ。あーあ。アイツの友だちのクセになんで分かっちゃうのかな」


 短い言葉で区切った喋り方だったものが、諦めたように饒舌になる。


「で、働けって言いに来たの? ヤダ」

「まだ何も言ってないけれど」

「言う前に言わなきゃ負けた気がする」


 負けず嫌いか。分かりやすいとこちらも接するのが楽で助かる。


「名前を聞いても?」

「ヒッキー・コモ・リムア」


 お前もターゲットか……?


 名前に特徴があるのはターゲットという法則が乱れてしまった。いかん。ここに来て分からなくなってきた。


 混乱を見抜かれたか、少女が笑う。


「ぷっ。真に受けてるじゃん」

「……受けていない」

「受けてた。真に受ける顔だったもん」


 ちょっと、ひっぱたきたくなってしまった。


「はーあ。本名はテンテル。満足?」


 彼女は両足を座面から下ろして座り、両ひざに肘の杖を立てて両頬を手で覆った。


 ……って危ない危ない今度は普通に上が見えそう……でもない。ダルダルの肩紐が、磁石のように胸に張り付いていた。


 きっと両面テープか何かで貼っているのだろう。そうでもなければ、いよいよこの世界の女の乳に未知の力が発生していることになる。


 仮にそうなら、ステイシーよろしく、『ミスティック☆乳袋☆パワー』といったところか。


 …………。


 思わず顔を覆った。


 俺はいつからこんなに下品になったんだ。


「な、なにキモいキモい……」

「いや、なんでもない。それで、テンテル。どうしてお兄さんを嫌っているのかな」


「……そりゃ、うるさいから。他にある?」


 彼女は目を逸らした。然り気無かったが、「他にある?」のタイミングで。きっとあるのだろう。


「他? そうだな……例えば追い出されそうだとか」

「ないね」


「食事を食べさせてくれないとか」

「ないない」


「お兄さんが性的な目で見てくる、とか」


 彼女はバッと俺を見て、しまったという顔で舌打ちをした。


 そして客の匂い――纏わりつく殺意が現れた。


「……キモすぎ。アイツと一緒かよテメー」

「彼と会話していて察したんだよ。なんだか男に寄り付くのが嫌な様子だったから」


 ごくわずかなイントネーションから読み取れる情報なので、確信はなかった。だがこれでハッキリした。


 テンテルをバカだと見下しているものの、リムアはあくまでも『妹に寄り付く花婿の存在』を疎んでいて、追い出す気など毛頭ないのだ。


「ただ、君の様子を見るに、相当ヤバいことをされたね?」

「それは……アイツ、アタシの……」


 尻切れの言葉だったが、それだけで彼女が上も下も下着がない理由に察しがついた。


 確かに、そんな穢らわしいものを着たいなどとは思えないな。


「……やっぱ言わねー。初めて会ったのに言うとかおかしいし」


 自分に言い聞かせるように、彼女は呟いた。


 …………さて、どうするかな。


 彼女も殺意に溺れそうな者だ。だが……。


 あのダッチョウ・リムア自体が支配しやすい人であるというのに、わざわざ始末して武器庫の管理人を変えてしまうような真似は賢明だろうか。この仕事ひとつを無視すれば、今後の仕事がやり易くなるとも言える。


 そして、そもそもテンテルには返済能力がない。


 高い金を払わせるのは、ひとりで何度も殺し屋に頼んで解決などという、殺人依存症にさせないための措置だ。彼女にその措置は通用しない。働かないので金は無く、失うものすら少なすぎる。


 例え彼女の命を代金にしたって、彼女が安い命と思うならばあっさり差し出すだろう。


「……命より、大切なものはあるかい」

「……? それは……まぁ……」


 言葉を濁す。ならばきっと、あるんだろう。


「僕にはある。人がひ……数人」


 ……増えすぎたな。ソフィアだけの予定だったのに。


「家族? へー。ま、そう言うよね、親は」

「親は?」


「好きで一緒になって、お互い選んで、で、結婚? バカじゃん。子どもは好きでもないやつと一緒にさせられて、興味もないやつに育てられなきゃいけないのに」

「バカというか、不平等、かな」


「そ。不平等。選べるのは結婚相手だけ。子どもは選べない」


 テンテルは、俺を見下す目で見た。


「ゴミみたいな両親と、気持ち悪いクソ。同じ家で一緒にいないといけない気持ち分かる? 分かんないか」

「両親も?」


「見ての通りだよ。全部捨ててどっか行った。アタシもクソも、どこ行ったか知らない」

「そんな君に、どんな大切なものが?」


「友だち。……選べる人」


 引きこもりに友だち……?


 そう思っていると、テンテルはそれを見抜いたようにニヤけて、椅子から立った。


「あのクソは全然家帰って来ないからさ、アタシが家から一歩も出ないって思い込んでんの。行こ。特別に教えたげる」


 彼女はそのまま外に出た。


 ……あれは……。


 …………部屋着じゃなかったのか……?




「お~いっ! ツキユミ~!」


 さっき話した時には想像もつかないような、明るい声色でテンテルが腕を振った。


 その先にあるのはいくらかの人。誰がツキユミだろう……。


 まさかあの令嬢のような、ウェーブのかかった茶髪ではないよな……。


 フィクションの学園にありがちな制服を身にまといながらも、高級品の靴やピアスで上品に身なりを整えたあの娘では……。


 あ。こっちを見て手を振り返した。彼女だ。


 テンテルとツキユミは……どういう繋がりなんだ?


「リムアさま!」

「だーもう。あの家の名前で呼ぶなっつってんの」


「あらあら、申し訳ありません。つい、癖が出てしまいましたわ。しかしファミリーネームは家族の――」

「うんぬんうんぬん……。フルネーム教えなきゃよかった」


 お嬢様は眉をひそめながらも、おしとやかに微笑んだ。


「仕方ありませんね。では、テンテルさま」

「なに?」


「ご紹介をお願いしてもよろしいですか?」

「あーコイツ?」


 テンテルは両手を頭の後ろで組んだ。


「アランだって。クソの同僚」

「まぁっ、いけません。そのような言い方」


「いいじゃんクソなんだから。言ったでしょ何したのか」

「そう呼ぶに相応しい殿方とは存じていますが、テンテルさまの言葉としては耳にしたくありませんの」


 呆れた顔のテンテルを一旦おき、ツキユミは「仕方ありませんわ」と俺へと向いた。


「改めまして、自己紹介を致しましょう」

「ああ。俺はアランだ。説明の通り、彼女の兄の同僚で、友だち付き合いに付き合わせてもらっている。……というと、妙に聞こえるかな?」


「左様でございますか。では――」


 彼女はバッと腕を振り、指を閉じて伸ばした手を下向きにして自分の顔に添えた。


「わたくしはウルトラお嬢様、ツキユミ・イジャナですわ! せいぜいよしなにしてくださいませっ! おーっほっほっほっ!」


 …………人が……変わった……?


 そう思ったら、彼女は顔を真っ赤にさせてテンテルに向いた。


「は、話が違いますわ! このような高飛車な挨拶は、受けが良いと仰って……」

「あは……は……ひっ……ひゃっ……!」


 テンテルは死ぬほど笑っている。なるほど、そういうことか。


「まぁ! 謀ったのですね! あんまりですわ!」

「ごめ……ごめんて……ひひ……。もう。笑ったげればいいのにアランも」

「すまない、突然すぎてね。もう一度してくれれば笑うよ」


「い、言いませんわ!? もう二度とです。ふぅ~、はしたないですし、暑いですし……」


 ここまで恥をかかされてテンテルを責めたり絶縁の宣言を叩き付けたりしない辺り、本当に仲が良いのだろう。


「話は変わりますが、テンテルさま」

「なに?」


「その……はしたないお話ですが、下着を召された方が、もっと素敵になると存じますの」

「……ヤダ」


「あらあら……。では今日はお召し物のショッピングと洒落込みましょう」


 洒落込む、か。確かにふたりとも――別の意味で――服を買わないタイプだな。


「よろしければアランさまも……付き合っていただく形にはなってしまいますが」

「構わないよ。良ければ荷物持ちでもしよう」


「まぁっ。なんて紳士なこと。それでは、よろしくお願いいたします」


 テンテルがヘラヘラとツキユミの肩に手を乗せ、寄りかかった。


「いーんだよコイツ男だし、持たせとけば」

「いけませんわ。せっかく申し出て頂いたのですから。お願いは致さないと」


 面白いように違う二人だが、彼女らはどうして友だちになれたのだろうか。


 誰ともなく歩き始める。向かう先から、きっとあの仕立て屋へ行くのだろう。


「ふたりは、どういう出会いを?」


 聞くと、ふたりとも記憶を手繰り寄せるのに頭をかしげた。


「どの日だっけ」

「あれはたしか……」


「あ。あれあれ。死に急ぎバーガーのとき」

「そうですそうです。あの日でしたわ」


「えっとさ、ツキユミがなんか、大市場のとこで迷っててさ、庶民の暮らしぶりを見たかっただっけ」

「ふふ、王族ではございません。ただ、わたくしも世間知らずであってはいけないと、勇んだものの……」


「そーそーそー、買ってからどうすればいいか分かんないって。持って帰りゃいいじゃん!」

「い、いえ、荷物運びの方が見当たらなかったものですから」


 笑いながら、テンテルがツキユミに肩を当てた。


「んなんいないって外にぃ! で、なんかやることがない奴いるなーって思って話しかけて……」

「そうだったのですか。てっきり、わたくしが困っていることを見抜いてらっしゃったのかと」


「んーん。シンパシー感じただけ」

「わたくしはできることが分からなかっただけですが……」


「一緒だよ一緒。お互い、なにもしてない人」


 そうして、テンテルがニヤニヤして俺を向く。


「ツキユミさ、初めてハンバーガー食ったときに何て言ったと思う? 高級なのじゃないよ?」

「なんだろう。家のシェフの方が旨い、とか」


 適当に合わせてやると、ツキユミが「その方がまだ良かったですわね」と恥ずかしげに顔を背けた。


「違うんだな~。なんだっけ、『皆さま死に急いでらっしゃるの?』って」

「そ、それはその、あまりにもしょっぱかったものですから……!」


「だからってさぁっ。あははっ」

「もう。お身体に気を遣ってくださいね、テンテルさま」


「早死にしたっていーよ。今が面白いならさ、それで良くない? どうせ誰も悲しまないって」

「早死になさったら、わたくしが悲しみます」


 テンテルは少し頬を赤くして、「そ」とだけ呟いた。


 少しの会話の間に、例の仕立て屋に着いた。


 俺は……この一週間で三度目、か。来る度に人が変わるのだから、店主も訝しむ頃合いだろうか。


 その予感通り、店主の眼鏡の奥の柔らかな微笑みが少し曇った。


「いらっしゃいませ」

「ごきげんよう。早速なのですが、下着を仕立てて頂きたく存じます」


「ええ、もちろんですとも。どなたの……」


 店主がテンテルを見てぎょっとした。


「……上下一式ですかな」


「慧眼にございます」

「了承しました。しかし……なんと言いますか」


 ふたりのやり取りを見ていたテンテルが、口をへの字にしてみせた。


「なんか文句ある?」

「いえ、サイズを計測させていただきたいのですが、それにはこのメジャーを使用いたしまして……」


 取り出したメジャーは、ごく普通の細長いもの。確かにこの状態で計れば、どうあっても手が触れる。


「おまかせくださいまし!」


 張り切って宣言しながらも、品性が滲んで止まらないツキユミが一歩前へ。


「これでもたくさんの採寸を経験いたしております。どこを測るかは知っていますのよ」

「別に、そんくらいいいんじゃね。プロにしてもらえば」


「わたくしがよくありません」

「……? そ、そこまで言うならまぁ……」


 テンテルが困惑気味に言う。店主はツキユミへとメジャーを差し出した。


「お手を煩わせて申し訳ありません。では試着室にて、ご友人さまの寸法を測って頂けますか」

「無論ですのよ。参りましょうテンテルさま」

「はいはい……」


 ふたりして、試着室へ入る。店主がメモを用意しつつ、閉まったカーテンへ声を掛けた。


「まずはトップバストとアンダーバストをお願いします。数値はミリまで読み上げていただければ」

「お任せください。それではテンテルさま、背筋を伸ばしてリラックスを」

「こう?」


「よろしくてよ」

「ちょ……あんまりじっと見んなし……」


「め、メジャーの目盛を読んでいますの。えぇ……トップが80と3でございます」


 思ったよりもスムーズに数字が出た。店主はすかさずメモに取る。


「80と3……続けてアンダーバストをお願いします」

「アンダー?」

「胸のすぐ下ですの。きっちりと分かっていますから、大船に乗った気持ちでじっとしていてくださいまし」


「う、うん……」

「えぇと……」


「わ……ちょ……これ……」

「……す、少し形が出てしまうのは仕方ありません。ですから、下着は着けた方が……まぁっ」


「変な声出すなってっ」

「ち、違います。その……」


「……ひゃあっ! こ、これはさ! だってツキユミが触るから固くなっちゃったんじゃん!」

「みみ皆まで言わずともよろしくってよ!?」


「そ、そういうんじゃねえし! 早く測ってよ!」

「承知していますの! あ、あまり動いたら……きゃっ! みみ、見てませんの!」


「目詰むったら見えないじゃん! いいから見るくらい!」

「い、いけませんわ! テンテルさまとそんな……まだそうした関係になる覚悟がぁ……!」


「ヘンなこと言うなし! ほ、ほら手で隠すから……」

「見ます……よろしいですね……?」


「隠してるからもうっ」

「…………は、ハレンチ過ぎますのよぉ~……」


「バカ、おいハレンチとか言うな!」


 乳首の勃起(性欲センサー)だけでよくここまで盛り上がれるな。


「うぅ……クラクラいたしますの……。66と2……ですわ……」

「ろ、66と2ですな。続けてヒップサイズをお願いします」


「ほ、ほら目閉じて」

「はい……」


「……はいっ。もう直した。いい?」

「スゥー、フゥー。ええ。もう、大丈夫です。ヒップはお尻の大きさですのよ。すぐに測ってご覧にただけ――」


 バサッという音と共に言葉が切れた。


「――きゃああああっ!?」

「ぎにゃああああっ!」


「あわ……わ……きゅう……」


 試着室の中で、――ツキユミが気絶したと思われる――音がバタバタと鳴る。


 そういえばテンテルはパンツすら穿いていないんだった……。

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