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貴いお方が裸同然とはどういう了見だ  作者: 能村龍之介
殺し屋、なんか転移するの章
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23 騎士団への潜入(二回目)

時系列:MMM攻略後。

 ソフィアの家。目の前には、目を丸くした家主とアリアンナ。


「……ど、どど、どういうことですか……?」

「アラン、き、貴様……絶倫にすぎるな! わははははっ!」


 対してビスコーサとボウイは顔を染めて、照れていた。


 二人に俺が記憶喪失であるという設定で生活しているといったことを伝えるため、結局一緒に来たのだった。


 が、正直胃が痛い。


「な、なんかアランさんって、優しいし受け入れてくれるって……」


 言ってないが?


「せ、先生の恋人って、そういうことだし、しょうがないよなっ」


 どういうことだ……?


 するとソフィアが、頭に疑問符を浮かべた。


「せんせい……?」


「あっ! い、いやさ――」

「――勉強が分からないようだから教えてやってたんです」


 さっと青くなったボウイの言葉を継いだ。


「そ、そうそう……あはは……」

「へ~……。やっぱり、アランさんとお話ししてたら好きになっちゃったの?」


「……ま、まぁ……」

「だよね~っ」


 なんだか盛り上がってる……。

 ビスコーサもその盛り上がりに乱入してきた。


「めちゃ寄り添ってくれるんすよねぇ」

「分かるっ! やっぱりそこがいいんですよね」

「っすねぇ!」


 お前らの共通項は俺だけだろ。どうしていきなり恋人になれるんだ。


「あ、そうだ」


 ボウイが思い付いたように革の上着を脱いで、初めて会ったときと同じ、紐とショートパンツの姿になった。そして上着を、ソフィアに差し出す。


「これ、先生に貸してもらったんだけど……ですけど。お父さんの上着って……」

「あっ! そういえばないなーって思ってた。でも、よかったら着ててもいーよ?」


「ん。でも大事なものだし……」

「そっか。ありがとね」


 ソフィアは嬉しそうに受け取って、部屋のクローゼットに仕舞う。


「時にアラン、彼女たちとは……」


 痴女騎士が、ボウイをチラチラと見ながら言う。痴女なりに子どもに配慮できたのか。

 いや配慮と言うならそのビキニとアーマーをどうにかしろ。ビスコーサもボウイもお前の乳と股間をチラチラと見ているぞ。


「していませんよ」

「そうか。流石の貴様も……な?」


「じゃー二人とも、私とえっちしてください!」


 …………。


 …………ソフィア?


 …………いま何て言った?


「そ、ソフィア姫?」

「早く仲良くなりたいじゃないですか。私、アリアンナさんとえっちして、すっごく大好きになっちゃったんです。だから……」


 彼女は、にっこりと笑った。


「みんなでみんな、早く大好きになっちゃいましょーっ」


 ソフィアは邪気のないその手で、二人の手を掴んだ。


「し、しかし……ほら、なんだ。年齢というかな……」


 あ、アリアンナがドン引きしているだと……。


「ボウイちゃんっ。えっちは初めてかな? どうしたら女の子が気持ちよくなるかって、そこのアリアンナさんがすっごく詳しいんだよ?」

「お……おれは男だしっ」


 ボウイは目を逸らしながら、両手を頭の後ろで組んだ。本人は気付いていないが、ショートパンツのもっこりが大きくなっている。


 あぁもう滅茶苦茶だ……。


「なんとっ! これだけ愛らしくて付いているのか」

「愛らしいもの付いてるっすよねぇ……」


 ソフィアはただ、微笑んだ。しゃがんでボウイを胸に抱く。


「じゃあ……女の子にしてあげる……」

「んむ……はふ……」

「だいじょーぶ。お姉さんに任せてっ。ほら、おーいでっ」


 少年が不審な農民に拉致されていった。しかしボウイは一切抵抗しないし、彼からは恐怖も感じない。


 あいつ……受け入れたのか……。レイプのトラウマを克服できるならそれに越したことはないが、こんな形で……。


「そ、ソフィア姫の意外な一面を見てしまったな……。まあ良い。さぁビスコーサ姫。我らも行こうぞっ」

「あの。お願いがあるっすっ」


 腕を引かれかけた魔女が、抵抗した。


「む? どうした」

「そ、その。自分、エッチに依存してて、生活とか無茶苦茶になっちゃうんす。なので……『一日一回厳守』でお願いっすっ」


 そう言うビスコーサの腕を引き、アリアンナが柔らかい胸を押し当てた。


「無茶苦茶になるほど狂えるなら……それも良かろう」

「そ……それは……」

「良くないですよ、アリアンナ様」


 思わず割って入った。流石に見過ごせん。


「依存症は、周囲の協力がなければ治すことができません。治したとしても、あっさり再発してしまうんです。なので……一日一回というならば、意地でも守ってほしいんです。どうかお願いします」

「むむむ。貴様がそう言うならば、それほど深刻なのだろうな……。任せいっ。一回で濃密な時を過ごせるよう、尽力しようではないか」


「ありがとっす。……ひとりエッチとかも、やりそうだったら止めてほしいっす」

「うむっ。任されいっ。いざ行こうぞっ」

「っす!」


 二人で家に入っていく。


「あ。そういえば自分、男の子を女の子にする方法知ってるっすよ」

「ほほうっ? オンナにするとな。興味深い……」

「みんなでボウイ君を女の子にさせてあげましょっ」


 二人とも寝室へ入った。


 ……目眩がする……。


 そういう気配のなかった、あのゾンビ少女がもう懐かしい……。


 帰ってきてくれ……ステイシー……。




「目眩がするな……」


 ジェーンが“組織”の玉座に座りながら、手で額を覆った。


「確かに、お主の実力は認める。かのMMMを始末したというのだからのう……」


 だが、と改めて頬杖を付く。彼女の目は軽蔑そのものだった。


「ハーレムを築こうという、その野望は無謀に過ぎる。あまつさえ、ボウイに手を出すとは思わなんだ。そこの分別はついていると思っておったのだがな……」

「済まない。だが野望ではない」


「野望でないというならば、なにゆえそんな真似をしておる」

「ただ単に、なぜどいつもこいつも俺に発情するのかが分からなくてな」


「お主が魅了するからではないか。口説こうとするな」


 ため息がひとつ。俺がしたいくらいなんだがな。


「ある有識者によれば、俺には否応なしに魅了する力が備わっているらしい」

「その、有識者とは」


「ゾンビだ」

「ついに頭がおかしくなったか?」


 ジェーンがまた額を覆った。


「白いスーツの連中を知っているか。ウォーカーという組織だ。そのゾンビを少しばかり手伝ったときに、追われるはめになった」

「む。あの同好会のような連中ならば知っておる。皆殺しにあったそうだな」


「俺が始末した」

「そうか、ならば嘘ではないのだな」


 ジェーンが身を起こす。


「して、そのゾンビは」

「異世界に飛んだ」

「…………やはり嘘か……」


 ジェーンが身を沈めた。これに関しては、信じろという方が無理だな。


「お主と会話していると頭がおかしくなりそうだ。それより……次のターゲットは決まっておるのか」

「まだ決めていない。その代わり、次はコネクションを広げるために騎士団へ潜入しようと思っている」


 ソフィアとのセックスに夢中になっているので、騎士団長は俺を入団させたことを忘れているが如く何も言ってこない。


 こちらから言い出せば、いつでも騎士団内部へ侵入することができるだろう。


「そうか。実のところ、あそこに我々組織の人間が立ち入ったことはない」

「そうなのか」


「仮にも治安維持組織、その上位職よ。下手に顔を覚えられる訳にはいかん。ちょうど騎士団へ潜入するための者が欲しいところであった。そこにあの騎士団長と契りを交わした、お主が来たというわけよ。おあつらえ向きとは、まさにこのことよのう」


 ……一応、まだ乳しか揉んでいないのだがな。契りを交わした覚えはない。


「情報ならば奴隷商から買える。しかし内部で動けるものは居らなんだ」

「見返りは」


「ボウイをそのままくれてやろう。助手にでも愛玩具にでもするがよい」

「……ふむ」


 意外と悪くない相談だ。ボウイは従順で、アリバイ作りや殺人の手伝いに積極的だろう。ボウイも喜んで手伝う。


「いいだろう」

「くはは……よい返事だ。では行けい」




 ソフィアの家にとんぼ返りした。しかしリビングには誰もいない。


 寝室だろう。アリアンナを呼ぶために早速部屋へ――。


「ボウイたんのおちんぽ、ちっちゃくてかわいいっすね~」

「ちっちゃいって……いうなぁ……ひゃっ……」


「あははっ、かわいーね、ボウイちゃん。がんばれっ、がんばれっ、女の子になっちゃえ!」

「がんばれっす、がんばれっす!」

「んひゃっ!? そこ……ヤバ……ぃ!」


「む、菊門がひくひくしてきたぞ!」

「んぉっ……おごっ……んほぉおおっ!」


「わっ、白いのトロトロって出てきたっ」

「トコロテンでメスイキっすねっ。ボウイたん女の子デビューおめでとうっすぅっ!」

「おぉ……もしや、これが精子かっ!」


 入れねえ……!


 入れるか……! こんな……下品な部屋……!


 下劣で……! おおよそ上品とはかけ離れた空間……!


 帰ってきてくれ……! ステイシー…………!


「むっ、アラン」


 何かと思えば、全裸のアリアンナが空のコップを持って部屋から出てきた。


「相変わらず……テカテカですね……」

「女は、愛液に濡れそぼつほど美しいのだ……失礼」


 キッチンへ向かい蛇口から両手に水を注いでグビリと飲んだ。裸を隠す気配がまるでなく、堂々としたその姿。


 まさに胆力の権化だった。


「ところでアリアンナ様。入団の件を忘れてはいませんか」

「むんっ!? ゲホッ! ゴホッ……」


 水を吹いて咳き込んだ。忘れていたんだな。


「そ、そんな訳があるまい! た、確かにソフィア姫に夢中になっていたきらいはあるがな……」

「そこで相談です。アリアンナ様は僕の事情は良く知っておられるでしょう? 僕もアリアンナ様の事情は知っています」


「うむ。それで?」

「入寮せず、ここから通わせて欲しいのです。アリアンナ様とて面子があるでしょう。僕の様子を見に来るという名目でソフィアを抱けますよ」


「……! 確かにそうだな! よし認める!」


 チョロすぎて困惑してしまった。


 股間に正直すぎるだろうお前。


「そうだ。話が変わるが」

「はい」


「ボウイ姫は女として抱くことにした」

「話が変わりすぎでは?」


「案ずるな」


 アリアンナが、俺の背後に立って尻を揉んできた。


「あの無垢なペニスは、お前のために汚さないでおこうではないか……。童貞は貴様のものだぞ……アラン?」


 別にいい……。どうぞ勝手に使ってくれないか……。


「わー嬉しいです。アリガトウゴザイマス」

「と、ところで、貴様は童貞だったり……」


 寝室の扉がきいっと鳴る。


「アリアンナさぁん、男の娘精子舐めないんすかぁ? 精通前で濃厚っす……」

「…………」


「あっ! アランさんっ!? い、いや今のは……」

「……ほどほどにな……」


「…………ふ、ふひひ……っすね……うす……」


 そっと扉が閉まった。


 ビスコーサ……。俺が気遣って大切にしたものを、木っ端微塵に破壊するんじゃあない……。


「……アリアンナ様」

「うむ?」


「先に行ってますね……」

「うむっ。ひとりになるが、安心して入るがよい! どうやらみな、貴様の顔を覚えたようだからな!」


「はい……」

「では! 我は精子の味を覚えてから向かうとしよう! ふははははぁっ!」


 彼女は寝室へ戻った。


「…………」


 もう何も言えん……。


 こうなった原因は、俺がソフィアの性処理をアリアンナにさせたからだ。


 ソフィアに性を教えて、彼女のとんでもない闇を引き出してしまった。


 俺は、なんてことをしでかしてしまったのだ……。




 ローズマリー王国騎士団。その居館の目前。


 豪華な彫刻が、開け放たれた扉や、柱の一本一本を華やかでいて荘厳に仕上げている。そして行き届いた掃除に整備。最近できた建築でもないだろうに、石の階段は欠けてすらいない。ヒビの修繕も、よく見なければ分からないほど丁寧だ。


 それがあまりに上品でいて、その主がどうしてあんなに下品なのか分からなくなってしまう。

 中へ入る。第一兵舎を通り抜けたとき、後ろから肩をポンと叩かれた。


「よっ」

「なにか……ああ貴方は」


 覚えのある顔。ボウイがピンパを始末したとき、保護に協力してくれた警備の男だった。


「お前がアランだったんだな」

「僕の名前はそんなに有名ですか」


「そりゃ、中庭で団長の乳を揉んだんだから。嫌でも有名になるだろ」

「……ま、まあ。卑怯でも入団を認めてもらえるとのことだったので」


「だからってよくやるよ。はははっ」


 無邪気に笑った。それがなんだか、妙にほっとする表情だった。


「そういえば、あの時の子、親が見つかりましたよ」

「ホントか! そりゃよかったよ。アンタに押し付けちまったけど、あのあと仕事に身が入らなくってさ。やっぱサボってでも協力すればよかったって。昇格直前だからってビビっちまってたんだ」


 ふむ。彼はかなりの善人らしい。味方にして損はないだろう。良いことのためにルールを破れるというのは、利用しやすい。逆に味方にするべきでないのは、ルールに厳しいタイプ。殺し屋としてそういう手合いは面倒なだけだ。


 色キチのアリアンナが案内人として期待できない以上、彼を利用するとしよう。


「昇格? ああ、だからここに。おめでとうございます」

「いやぁ……そう言ってもらえる資格はねえよ。でもありがとな。あそうだ、改めて自己紹介」


 彼は背筋を伸ばした。


「オレはキャシディ。よろしくな」

「僕はアランです。よろしく」


「で、今日はどうしたんだ? 訓練か?」

「実は何をするべきか指示を貰ってないんです。アリアンナさんにはちょっと待ってろと言われましたが」


「ん? そうか。そういや最近、団長の姿が見えないんだよな。なにか知ってるか」

「さぁ……」


「だよなぁ……。しょうがねえ。案内してやるよ」

「どうも」


 こっちだ、と背中を叩かれた。


「なにはともあれ、寮だな。お前のベッドは第三兵舎だ」

「知ってるんですか」


「団長の乳を揉んだ奴のベッドがずっと空だって、みんな知ってるぜ」

「へぇ……」


 入り口を抜け、第一兵舎、武器庫、整備室、第二兵舎ときて、第三兵舎前。中庭を中心にぐるりと回る構造で、ここは入り口から最も遠い場所だった。


「ここだ。今通った通路の反対側には、シャワールームと図書室がある」

「上には何が?」

「食堂と、上の人間のための部屋。団長の私室もあるぜ。まぁ、普通は飯を食う以外に用はない」


 私室。俺が乳を揉まされた部屋だな。


「……普通は、な。で、どうだったんだ?」

「ん? どうとは」


「団長の私室で二人っきりになったんだろ? なんか起こったんじゃねえかってみんな言ってるけど、実際どうなんだよ?」

「ああ。セックスなんかしませんよ。あれと」


 かなり愚痴っぽく言ってしまった。すると、彼はおいおいと苦笑いした。


「あの身体を“あれ”呼ばわりか? もしかしてそっち系だったか。だから平然と乳揉めたんだな。悪い、気が利かなくて。でも俺は狙うなよ? ほらもっと……そっち寄りのやつがいるだろうし。つかどう接していいか分かんなくなるからそういうの言うなよ」


 ……お前、いい奴だが学がないな。学というより想像力か。


 例え俺がゲイだとしても、それまで上手くコミュニケーションが取れていたのだから、接し方を変える必要はないだろう。


「で、ベッドの正確な位置は知らないんだ。中の奴に聞いてくれよ」

「ああ。案内どうも」


「あ、おい! リムア!」

「ほぉいっ!」


 二段ベッドの並ぶ部屋で、ひとりの男がすごい勢いの返事をしてやって来た。


「こいつがアランだってよ」

「ほほうほう? 君が、あの?」


 メガネをクイと戻し、「失敬ネジが緩いもので」と早口で言った。


 そしてあの勢いのある返事からは想像できない喋り口調で、右手を差し出してきた。


「ぼかぁ、武器庫の管理を一任された男、ダッチョウ・リムアだ」


 脱腸。なんて名前だお前。


 ……。


 …………そう言えば、今までこの世界でターゲットになる奴は、名前に特徴があったな……。


 まさか……な。


「あ、アランです」


 彼と握手をすると、ブンブンと手を振られた。


「うん。我々、ベッドが上下でね。ぼくが上できみが下。遅い挨拶にはなったが、どうぞよしなに」

「どうも」


「っていうわけでリムア。武器庫の説明をよろしく!」


 キャシディがひょいと手を上げた。


「なんでぼくがきみのケツを拭かねばならんのだよ」

「ほら。なんか、武器庫サイドの注意点がどうとか、あるだろ」


「む。きみにしては慧眼じゃないか。よし任された」

「んじゃ。今度、飲みいこうぜアラン!」


 俺の肩をポンポンと叩き、キャシディは行ってしまった。


「ではまず自分のベッドメイクからするがいい。誇り高き騎士の安らぎの場が埃まみれでは仕方ない」


 なぜか誇らしげに言う。俺が居ない間、ずっと暖めていたダジャレなのだろうか。


「はぁ。その件なんですが、僕は家から通うことになっているので……」

「なんだと。その特別措置はいったい……?」


「愛する者を家に置いているもので。詳しくは団長に聞いていただければ」

「ふむ団長も妙な判断をなさる。ならば下の段は別のものに割り振られるだろうな」


 こちらへと、妙な早歩きで武器庫へ戻る。競歩のような速度で、追い付くだけで苦労した。


「さてここが武器庫なのだか、まぁ武器とは言っても防具も取り扱っていてね。鎧一式と盾と剣、そしてクロスボウをメンバーごとに保管、管理している」

「クロスボウを?」


 警備の標準装備には無かった。どういうときに取り扱うのだろう。


「そうだ。整備が面倒くさい癖に滅多にない戦争か、滅多にない悪性集団の掃討戦でしか使われない武器庫の時間喰らいだ」

「散々な言いようですね?」


「散々も散々だ。訓練の内に使用練習があるものの、実践で使われなすぎて誰も上手く撃てん。長いリーチが欲しいだけならパイクでも使えば良いものを」


 パイクは確か、かなり長い槍だったか。彼の言うことには、確かに同意できる。ロクな訓練もなく銃を撃つくらいならば、使い慣れたナイフの方が意外にも有利となる。


 ふむ……。遠距離武器は弓矢か釘打ち機くらいかと思っていたが、クロスボウくらいならばあるのだな。


 何かの間違いでライフルでもあれば、暗殺がかなり楽になる。俺が密造するべきなのが消音器(サイレンサー)だけになるのだからな。


「さてさて。きみ用の装備ならもう用意してある。さっそくここで装備していくかい」

「試着ですね。是非とも」


 中へ入り案内された先には、ロッカールームがあった。


 扉のない真四角の大きな空洞に、チェーンメイルや手甲、足甲に兜、剣や弦を外したクロスボウが詰め込まれていた。


 寮の人数を増やす代わりに保存性を犠牲にしたみたいな有り様だった。


 そして部屋は奥に続いている。ちらりと見えるのは木材とノコギリ。壊れた備品の修理や製造はあそこでしているのだろう。


「きみのはこれ。いいね」


 指差されたロッカーに入った品の数々は、他のロッカーに比べると整理されていた。


 さっそく装備してみる。チェインの重みを感じながら、身体の太さに合わせて紐を引いて結ぶ。


 そうしてピッタリにして、剣を警備と同じ位置、腰のベルトに引っ掛ける。


「問題なく機能しているか」

「少し剣を抜きますよ」


 シャッ、ピィインと金が鳴る。少し振り回すが、問題はない。プレート式のメイルとは違い、可動域が広いだけあって、鎧にしては動きやすい。


「うん。平気です」


 剣を鞘に納め、クロスボウを取った。


「それはこっちだ」


 リムアが奥の部屋へ行く。どうやら整備や修復だけの部屋ではなく、奥行きを利用して射撃場としても使えるようにしたらしい。


 部屋の奥には藁の人形があり、ところどころに穴が開き、いくらかの折れたボルト――クロスボウ用の矢――が刺さったままだった。その更に奥には積んだだけの藁。


「あれだ。この位置から撃ってみるがいい。狙いは頭だ」

「頭? 身体ではなくて?」


「頭を撃てば死ぬだろう。身体じゃ死なん」


 そんなんだからみんな下手なんだぞ。


 戦争では敵も味方も動いている。動いている者の頭をクロスボウで狙うなど至難の技だ。


 銃の基本は、身体に一発から頭に二発。剣があるなら身体を撃ってから頭に一撃でもいい。これが殺し屋のプロの手口になっているのは、下手でも確実に殺せるからだ。


 少数の上手い者を基準にするな。大多数の下手な者を基準にしろ。戦争で勝つのは英雄がいる国ではなくて軍が強い国だろう。


 …………届きもしない愚痴を吐いても仕方ないな。


「では……」


 狙いを定め、頭……のやや下、右肩を狙った。


 発射口がぶれないよう、両手でグリップを保持しつつ、人差し指に力を掛ける。


 引き金と同時にバシュッ、と矢が発射され、狙い通り右肩に命中した。


 ……ふむ。想像よりも精度が良い。これを暗殺用に使うことも視野に入れるべきだな。


 狙いが外れたように見える着弾位置に、リムアが鼻で笑った。


「やれやれ。惜しいがまだまだだ。やはりクロスボウなど使うものではないな」

「そうかもしれませんね。とりあえず、テストはここまでにしておきましょう」


「では整理して仕舞え。整理するんだいいな。全く、出動のときになってゴチャつく連中が多いこと多いんだ」


 口を開く度に飛び出す愚痴を聞き流しながら、入っていた通りに装備を仕舞った。


「……きみところで」

「どうかしましたか」


「恋人などはいるか」

「いますね」


「そうかそうか。やはりそれが愛する者で、恋愛の事情には詳しいとね」


 なにか相談事でもあるのだろうか。出会って半日も経っていないのだが……。


「恋愛相談ですか?」

「バカ言え。騎士がそんなバカなことに熱を上げるものか。きみはどうか知らないがね」


「はぁ」

「ウチには妹がいるんだが、それがとにかくバカでね。働きもしないでそのうち誰かが嫁にしてくれるから働かなくて良いなどと言う」


「それは確かにそうですね。それで家に引き込もって?」


 リムアはメガネを外し、頭を縦にブンブンと振り、メガネを付けた。


 そんなに外れやすいなら、ネジを締めればいいだろうに。


「全く、バカに限度はないのだろうな。そこでひとつ頼まれて欲しい。妹に現実を見せ付けてくれないか。ちょうどいい男が来て恋してくれるなど、そんな都合の良いことは起こらんとな」

「……いいですよ」


 下らない相談だが、武器庫の管理人に貸しを作れるというのは大きい。彼はルールを厳守するタイプであると言葉の端々から分かったので、これを利用しない手はない。


 貸しから罪を犯させ、罪悪感を負わせてから共犯となる。これで武器の密造ルートを確保しよう。


「協力に感謝しよう。きみ他にすることはあるかね。暇なら今から頼む」

「いえ、アリアンナ様と約束があるもので。それが終わり次第行きます」


「そうか。住所だけ教えておくから適当なタイミングで勝手に行くがいい――」


 彼の言う住所を覚え、二階の食堂へ、そしてアリアンナの寝室へ勝手に入った。


 団長の私室に無断など、普通なら極刑ものだ。だがまあ、アリアンナだしな……。


 そして、待った。


 待ち続けた。


 ちょっと外に出て、行き交いする騎士にアリアンナが来てないか聞き、来ていないという答えを受けて寝室に戻った。


 そしてまた待った。


「…………」


 まるで来る気配がない。


 嘘だろ。来ると約束しておいて来ないなんてことがあるか。もういい。すれ違っても知らんからな。


「あの痴女……」


 吐き捨てて立ち上がった。


 寝室に置き手紙をしたためておき、リムアの妹の元へ向かった。

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