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貴いお方が裸同然とはどういう了見だ  作者: 能村龍之介
殺し屋、なんか転移するの章
26/118

21 ゆー・あんど・みー

時系列:バーの一件ののち、MMMがアランに接触する前の数日。

 洞窟。大市場近くの墓地へ続く道。MMMを始末するための道具を買いに向かう。


 大市場は人が多すぎるため、殺し道具を買っても足が着きにくい。それでいながら本当になんでも売っているというのだから、正直なところ以前の世界よりも仕事がしやすい。


 以前は弾丸一発買うのにすら、購入記録を残さないよう裏ルートを確保してと面倒だった……。


 洞窟の入り口を隠す岩を登ると、夕方前の少しだけ赤くなった空が見えた。


 そして降りたら、ぶにりとしたものに着地した。


「――っ」


 しまった。死角の真下に人の身体があった。酔っぱらいか。ここは――追い剥ぎのフリを……?


 倒れているのは少女のようだが、全く微動だにしない。それどころか、ひと目で死んでいるのが分かった。


 腐っているのだ。膨れたりただれてこそいないものの、手や顔の色が緑や紫っぽい部分が多く、さながらフランケンシュタインの怪物だった。嗅いでみれば死臭もする。


 どうして死体が放置されているのかと思えば、ここは墓地の真ん中に立つ巨大なモニュメントに隠れた見つかりにくい場所だった。誰かがここに放置してから、見つからなかったのだろう。


 ……こんなところでな。目を開いたまま固まった少女の顔を見た。少し埋めてやりたい気持ちがあったが、他の親切なヤツがやってくれるだろう。


 そう思うと同時に死体の目が、俺を見た。


「ガチ恋距離ですね。キュン」

「――っ!?」


 思わず背後へ飛び、モニュメントに背を打ち付けながら尻餅をついた。


 バカな。こいつは間違いなく死んでいた。


「死んだフリでやり過ごそうかと思いましたが、優男臭がしたので話しかけちゃれんじ(・・・・・)決行です。ドキドキ」


 ドキドキとは言うが、全くの無表情で、声のイントネーションもほぼ変わらない。


「お前は……なんだ」

「みーですか」


 腐った少女が身を起こし、身体の土や草を払い落とし、無表情のまま奇妙なポーズを決めた。


「みーの名は、すていしー・みゅーいー。ご覧の通りのぞんび(・・・)、なのです。あい、あむ、ぞんびぃ。ニコ」

「ぞ、ゾンビだと?」


 信じがたいが、彼女からは確かに死臭がする。


 もしこれでゾンビでないとすれば、本物の死体の臭いを身体にまとわせる異常者になってしまう。もうそういうのはごめんだ。だから彼女はゾンビだ。


「ゆーはなんですか。今のところ空から降ってくる系の男性という情報しかないのですが」

「俺はアランで……通りがかりだ」


 訳がわからず、うっかり名乗ってしまった。こういう相手には別の偽名を使った方が都合がよかったのに。


「通りがかり系空から降ってくる男性なのですか。職業が。ハテナ」

「そうだ。もう、それでいい」

「ウソですね」


 ウソもなにも、お前が言い出したのだろう。そう思っていると彼女はおもむろに、俺の手を取った。


「ただの通りがかりの手ではありません。この手から、濃い命の臭いがします。医者か殺し屋かです。キラーン」


 ――なんだと。


 どうして分かった。恐らくこの岩が殺し屋の出入り口になっていると知っているのだろうが、そもそもそれをどうやって知った?


「……命の臭い? そんなものが分かるのか」


「はい。奪うとき救うとき、命に触れると臭いがつきます。命は臭いですから。この臭いは……お爺さんの臭いがします。それと若者。山賊みたいな汚い臭いも三人の、計五人。これが数日内に触れた命ですね。ドヤ」

「――っ!?」


 当たっている。


 だが、彼女は依頼主やターゲットとも関係がないはずだ。


 全てを知っているのは組織か奴隷商のみ。この娘に情報を漏らしたのか。それか……。


「お前は、“組織”を知っているか」

「ソシキ……。細胞組織、社会組織、てぃっしゅ(・・・・・)的な組織。ひんと(・・・)がありませんね。問題の正解多すぎ問題です。なに系組織ですか」


 嘘を言っている様子はない。というか、さっきから表情が全く動かない。


 ともあれどうやら組織の一員だったという訳ではないようだ。


「……お気持ちは分かります。みーに見とれていますね、ゆー。ポッ」

「いや……」


「みーが美少女なのは、ますたーのシュミです。頭がいいのにロリコンでした。おいまて、『いや』って何ですか。プン」


 俺の答えを一切無視して話を強行した。頭の良し悪しとロリコンか否かは関係がないと思うのだが……。


「表情がよく分からないと思ってな」

「無表情なのですか。これはますたー(・・・・)がそういう仕様にしたからです。表情を作るときに生じる顔のシワが嫌いだったようです。発想がモテない系の童貞ですね。だからみーを作ったのでしょうが」


 笑顔のシワも嫌いというのだろうか。そのマスターというのはあまり人と関わりがなかったのだろう。


「残念ながら表情は一種類。美少女すまいるも、美少女おこ顔も、美少女どや顔も拝めません。残念だったな。感情は口で言うので想像力でどうにかしてください。ニコ」


 美少女を全面に押し出してくる。


 確かに彼女は美少女という呼び方がよく似合っている。顔の線が細く、ウェーブのかかった金髪が腰まで伸びている。まるで漫画に登場する令嬢がそのまま出てきたようだ。


「そうか。ところで、マスターがいるのか。今はどこに?」


 ゾンビは、お腹をさすった。


「ここです」

「…………」


 ジョークにしてはブラック過ぎる。本当に食べたのだろう。


「製造当時、みーは子どもチンパン並みの知能でした。それから人間の自我になったのは、ますたーの脳みそ食べたときのことです」

「脳を……?」


「甘くて生臭くてモチョモチョしてました。ゲロマズです。でも頭チンパンだったみーは半分くらい一気に食べました。自我が目覚めたとき、目の前にはモチョられた脳みそがあったのです。グロすぎてドン引きしました。これが生まれて初めての感情です」


 彼女は「ですので」と、指をピンと立てた。


「お食事分別はついてます。人襲い主義はないです。焼き肉派です。ニコ」

「ゾンビなのに焼いた方が好きなのか」


「焼いて塩。これです。しんぷる、いず、べすと。でも焼き派の理由は味だけじゃないです。みーは消化おっそいので、ナマだと身体の中で腐ります。腐ったらがす(・・)が出ます。これが臭いのです。なのでお肉は良く焼いて食べます。ジュルリ」


 彼女は額をトントンと叩いた。


「ゲップはギリせーふですが、オナラは致命傷です。美少女続けるのも、つらいものですね。ハァ」


 無表情すぎて冗談なのかどうなのかが良く分からない。


「さて、ゆーは殺し屋ですね。理由はシンプル。格好いいので」

「…………そういうことにしておく」


 正直、訳がわからなすぎてどう対応するべきか全く思い浮かばない。


 ゾンビか……。


「殺し屋。それはみーを天敵にする職業です。みーは不死身なので。キズもぜんぶ治ります。斬っても潰しても再生します。ほれ、殺せないだろう。フンス」

「頭を切り取って焼却炉に投げ込んでもか?」


「ゆー……。人の心がないのか……」


 美少女のゾンビ顔が俺を見つめている。軽蔑なのか恐怖なのか全くわからない。感情を口でいってくれるのは存外にありがたいな。


「それで、どうしてここに?」

「ゾンビと言えば、墓場です」


「墓場で死体のフリをして、どうするんだ」

「あ。そっちの理由はまた違います。みーはある人に追われています。絵に描いたような悪役で、みーの不死性に興味があるようです」


「なるほど。確かに魅力を感じる者は大勢いるだろうな」


 ステイシーは無表情で肩をすくめ、両手の平を上にした。


「死という永遠から逃れたい先が、生という永遠なんですから皮肉なものです。どちらかを手にいれればどちらかを手放します。持ってないから欲しい人は、持っているものを手放すと欲しくなると分かっていないのです。ヤレヤレ」

「ずいぶんと……達観しているな。長く生きてたのか」


「数えてないですが、人の一生よりは長いですね。ヨボヨボ」


 それは感情なのか……?


「ともあれ、助けていただけませんか。ちょっとでいいので」

「助けろと言っても、どう助けろと?」


「殺し屋なら殺すこと以上に潜伏がお得意でしょう。うまいことみーを隠せませんか」

「ふむ……」


 MMMが動き出すまでに、まだ少し時間があるだろう。それにどちら道、俺が殺し屋だと見抜いた彼女を放置しておく訳にはいかない。


「分かった。まずは変装だ」

「ありがたい限りです。では、よしなにー」




「ほう」


 買ってきた服に着替えたステイシーが、自分の全身を見て――恐らく――感嘆の声を出した。


 全身を包むコート。手袋に、ハット。大きなマフラーで顔まで隠している。


「『顔を隠したキャラの素顔が美少女過ぎる』というアレですか。たいしたものですね」

「何を言っているかはよく分からんが、そのゾンビらしい肌の色を隠すことが先決だ。ただでさえ怪しいのだからな」


「これで一旦は安心ですね。次に隠れる場所です。どこに潜伏していれば安全でしょうか。ハテナ」

「ふむ……」


 問題はそこだ。


 彼女はどこへ行ってもゾンビだ。安全と呼べるのは人のいない場所。つまり森といった未開拓の地だ。


 しかし人の手が届かない場所だと、野性動物の問題が出る。


 ゾンビが安全に隠れられる場所……。そう考えると、墓場で死んだフリというステイシーの判断は、あまりにも合理的だったな。


「死んだフリを続行するべきじゃないか」

「退屈で死にそうです。それはイヤです。ツン」

「そうか」


 あと思い付くのは、『理解のあるものの家に隠れる』という方法。ソフィアなら、きっと受け入れるだろう。ソフィアが受け入れたら、なし崩しでアリアンナも説得できるかもしれない。


 そう言うと、ステイシーは頷いた。


「いいですね。安心してください。そんなに長居はしません。『だぶるおーせぶん』の使い捨てひろいん(・・・・)枠だと思ってもらえれば」


「……待て。007を知っているのか? ジェームズボンドの」

「知っています。ゆーこそ、何で知っているんですか。ハテナ」


 彼女は首をかしげた。お前、伝わらない前提で言ったのかあの台詞。


「そこの世界出身だ」

「なんと奇遇な。ビクーン」


 両手を広げて驚いて見せた。口で教えてくれているものの、まるで驚いているようには見えない。


 ステイシーは人差し指を頬に当てた。


「といっても、みーの記憶はますたー基準なので、自分がそこ出身だか分かったものじゃないのですが」


 なるほど。俺の世界にゾンビがいたわけではなく、俺と同じように違う世界に行った者が彼女を作ったかもしれないのか。


「あの世界の出身なら、筋少聴いてください。みーと同じ名前のあるばむ(・・・・)があります。ぞんび曲が三曲も入ってます。問答無用で名盤なのです。ニヤリ」


「あいにく無理だ。帰れない」

「がっでむ……」


 無表情のまま下を見た。落ち込んでいるときだけやたら分かりやすいな。


「それで、それがどうしてここに?」

「みーはなんか、異世界を飛べるらしいです」

「…………」


 あまりに突飛なことを言われ、受け止めるのに時間がかかった。


「……飛んで大丈夫なのか」

「みーはマジの無敵なので、混合気体比率、気温、気圧がやべー世界。それどころか四つの力で構成されてないような世界。どこへ飛んでも死にません。死を望んでも、死ぬほど痛くても、顔は美少女です。シクシク」


「よく死なないな……」

「そこは『みすてぃっく☆ぞんびぱぅわー』ということで。ドヤァ……」


 また謎のポーズを取った。


「ともあれそこを神的なアレに目をつけられたに違いありません。運命弄ばれ系劇場版使い捨てひろいん枠ぞんび美少女です。どうぞよろしく。ドドーン」

「なら、他の世界にも?」


「行ってます。どこの世界にも人間がいます。神的なアレの恣意(しい)的な選出を感じます。神はやっぱロクでもないですね。『さのばごっど』って悪口作ります。……あ。あとだいたいどこも日本語しゃべってます」

「そうなのか……他の言語の人間が異世界転生したらどうするんだ」


「神のヤロウのことですから、対応した言語の世界に飛ばすんでしょう。『じぇーむずぼんど』の世界で言語が発達した仕組みも神のヤロウが仕組んだことに違いありません。ごっど・いず・さのばごっど」

「神の子が神になってるぞ」

「全能なんだからそれくらい余裕です。さて行きましょう、無限の彼方へ」


 ステイシーが先に墓場を出る。ふざけた言葉とは裏腹に、その歩く姿勢はまるで王族のような気品があった。


 彼女のマスターが思い描いた美少女、か。どうしてこんな口調になったのだろうか。


 城を出て、草原を歩く頃には日が落ちて、緑の草原を赤く照らしていた。


「まるでデートですね。ドキドキ」

「歩いているだけでか」

「はい。特に、みーの胸に秘めたる想いがある時には……」


 想い……嫌な予感がする。ちょっと助けただけで恋されたのだろうか。


 その予感は、あっさりと裏切られた。


「というわけで、殺し屋のぷらいど(・・・・)にかけて“みーを殺害していただきます”。ドン」

「……どこがというわけで、だ? 逃亡の助けをさせておいて死のうというのか」


 あまりにも唐突な相談に、呆れた声が出てしまった。しかしゾンビ少女は同じ調子で話し続ける。


「みーはご存知の不死身。死ぬことができません。それが死を恐れる訳がないじゃないですか」

「……まあ。それもそうかもな」


「しかし、ゆーは殺し屋。ワンチャンありますね。ワクワク」

「報酬さえ払われれば構わないが、いいのか。お前は」


「構いません。生きていれば楽しいですが、楽しいうちに終われたならそれでも良いと思うのです」

「そうか。本人をターゲットにする場合は料金は先に全額払ってもらう。……こんなことを言うのは初めてだが、失敗したら返金はするから安心しろ」


「安心ですね。さあ、いくらですか。ドキドキ」

「金貨五枚だ」


 ステイシーは地面を見た。落ち込んでいるのだな。


「がっでむ。円は使えないのですか」

「円を? まあ、それでも構わない。その場合は百万だ」


「すみません一円も持ってねえです」

「じゃあなんで言った?」


 彼女は意を決したように顔をあげた。


「仕方ないので身体で稼いできます。プルプル」

「確かにゾンビとはいえ顔はいい。いい値段で稼げるだろうが、時間がかかりそうだ」


「そうでもないです。みーの体内には、人類が思い付く限りの天涯を突破した種類の菌が潜んでいます。誰かに感染しないよう『みすてぃっく☆ぞんびぱぅわー』で抑さえていますが、粘膜が接触したら終わりです。相手は絶頂前に生きたまま腐って死にます。後は強盗でいっぱいいっぱい高収入、です」


 …………。


 …………ヤバいなこのゾンビ……。


 距離を取った。するとステイシーに指を指される。


「おい。露骨ですね。まるでクサいみたいではないですか。寄ってください、こちとら美少女なのです。プン」

「飛沫感染は知っているか?」


「知っています。喋る時に生じる唾液の飛沫で、病気に感染することです。しかしその程度なら菌の流出を抑えています。問題は量が多すぎる場合で、『みす☆ぞん』を余裕で貫通します」

「唾を吐かれたらまずいってことか」


「はい。以前、みーのヨダレを要求した上に飲んだヘンタイ紳士がいました。十秒苦しんだ挙げ句、やったら幸せな表情で昇天しました」

「死に際までヘンタイだったんだな」


「みーが菌でヤバいことを知ったのもそのときです。ですからスケベはおろか、チューすらしたことありません。こんなに美少女なのに……。シュン」


 シュンと言いながら、目は俺を見ている。何かを期待しているのか? 生憎俺はお前とのキスに命をかける気はない。


「まぁ、好きに稼いでくればいい。報酬さえ払えばなんでも構わん」

「はい。じゃあお金出してください」


「俺は買わん」

「ちっ。美少女を買わないとは予想外ですね。ではマックでバイトしてきます」


「食品衛生法に触れるだろ。売春はどうした」

「初めてが売春はイヤな主義なのです。初経験を済ませるアテも外れましたし」


 もしかして、さっきの目線はキス要求ではなかったのか。


「俺とセックスする気だったのになんで菌で死ぬって言った?」

「真実の愛なら命すら投げ出します。ですから、せ……その、スケベしていただけるかと。テレテレ」


「それは何の恥じらいだ……?」

「言葉の方です。清楚系お嬢様ふぇいす(・・・・)美少女が『せっくす』とか『ふぁっく』とか言うわけないじゃないですか。人が照れているのをわざわざ聞かないでください。ジトリ」


 大変なことになっている……。


「ん。おかしいですね。みーの口からとんでもない言葉が飛び出します。もしやこれも、ゆーの『ガチ恋発情ふぃーるど』の仕業でしょうか」

「待て。ガチ恋発情フィールドだと? まさかそんなものが……!?」


 心当たりがたくさんあった。そうか。俺のこの異様なモテ方は、それが原因だったのか。


「あるわけねーです。チョロいですね。プークスクス――」


 パァンッ。


 思わずひっぱたいてしまった。ステイシーは立ち止まって頬に手を当てた。


「ひどいです。まあ、すていしーは不死身ですから、のーだめーじですがね。しかも余裕の。痛くも痒くもありません。虫でも止まりましたか。全くアクビが出ますわ。へいへーい」


「……」

「……」


「…………」

「…………ウルウル」


 効いてる……。


「真面目な話をしますと、ゆーの近くはちょっとムラムラしますね。ですからムラムラ空間実在の可能性はあります。キラーン」

「そ、そうか。殴ってすまなかった」


「いいのです。それより、間違ってもみーは抱かないでください。一級ひろいん顔ですが、チューですら死ぬので。それと、ひとりスケベもしないよう見張っててください」

「マスターベーションも?」


「粘膜の液で濡れた指はまさに、毒手です。傷つけるどころか、相手の唇やアソコに――なんならズボン越しでも――触れるだけで殺せます。プルプル」


 俺よりも暗殺者向きとは恐れ入った。


「……むむ。菌はともあれ、性事情なんてとんでもない『ぷらいべーと』情報を喋ってしまいましたね。ゆーを消すか検討中です。ニコ」


 一瞬ぞっとしたが、ニコと付いたので本気ではないのだろう。


「冗談か。冗談のときはワハハとでも言え」

「分かりました。すていしーが、捨て石を拾った。ワハハ」


「……」

「……」


「…………」

「…………すていしーが」


「聞こえなかった訳じゃない」

「そうですか。全く、大火傷させられましたね。プン」


 ステイシーがまた歩き出す。その速度はさっきより早い。なるほどこういうところでも感情が見え隠れするのだな。


 暗くなったころ、家の近くに到着した。間の悪いことに、窓からソフィアだけでなくアリアンナもいるのがちらりと見えた。


「ここがあの女の家ですね」

「知っているのか」


「いえ。適当に言いました」

「そうか」


 しかし、彼女らにはどう言ったものかな。とにかく粘膜接触は危険だから、彼女には手を出すなと説得するしかないのだが……。


 入り口に向かう途中、ステイシーが立ち止まった。一緒にそこに立つと、家の中の様子が見え、話し声も聞こえてきた。


 アリアンナが、ソフィアの頭をそっと撫でていた。


「……むむっ」

「どうした、ソフィア姫」


「なんだか……したいです」

「なんとそれは……セックス病かもしれん!」


 アリアンナの勢いのある冗談に、ソフィアがたまらず吹き出して笑い転げた。


「いかん、応急処置せねばっ!」


 ソフィアのスカートをめくって、騎士の手が彼女の股間をまさぐり始めた。


「あはははっ……ちょ……ちょっと……ひゃっ…………そ……こぉ……っ!」

「む。しまった。我にもセックス病が伝染してしまったぞ!」


「じゃあ……はふ……アリアンナさんのも……治さなきゃ……!」


 背後の股間へ手を伸ばすと、アリアンナの腰がびくんと震えた。


「あん……いいぞぉ……。シックスナインで治療だぁっ!」

「きゃあ~~っ! えへへへっ」

「わははははっ」


 笑い合いながらパンツを下ろし合い、ほどなくして笑いが喘ぎに変わった。


 隣のゾンビが、俺を見た。


「いま、ゆーへの好感度が」

「はい」


「ガチ恋ふぃーるど込み込みで」

「……はい」


「ゼロになりましたが」

「…………はい」


「弁明はありますか。ギロリ」


 ゾンビは、俺から一歩離れた。


「待て。俺のせいではない」

「顔が良い女たちにエロい格好をさせて、はーれむ(・・・・)性欲マシマシ。正直に申し上げて本当に気色悪いです。幻滅、失望、あとその他です。ゆーへの『ぱーそなるすぺーす』ゲキ広なので、あんまり近寄らないで頂けますか」


「まずは話を聞いてくれ」

「話しても構いません。ですがあとちょっとでも好感度を下げたら、ツバみさいる(・・・・)を撃つ用意があります。ゆーは死にます」


「そのガチ恋フィールドとやらのせいだ。俺はそこまで誘惑した覚えはない」

「ガチ恋ふぃーるどは関係ない、と」


「そうだ。好きで人を発情させているわけじゃない。俺はセックスが苦手なんだ」


 ゾンビは少しうつ向いて、口をモゴモゴさせ始めた。ヤバい。唾液を分泌している。


「待ってくれ。どうしてだ」

「ひゅーへほ……。ゴクン。ゆーへの好感度は『ガチふぃ』抜きで、とっくにまいなす(・・・・)なので」


「その前の減点も範囲に入れてくれないか」

「でしたら、辛うじてゼロです。良かったな、キモ太郎。ケッ」


 本当に好感度が下がってる……。それに反比例して、彼女への好感度が大幅に上がり続けた。


 この世界の出身者ではないからか、性に対してまともな感性を持っている。たったそれだけでひどく安心できた。


「ところであれは、タガが外れた薬物中毒者ほーむか何かですか。ハテナ」

「タガが外れたセックス中毒者ホームだ。ここはやめにしよう」


「そうですね。みーとしてもゆーのキモキモ空間にはいたくないです。他にはありませんか。良い場所」

「ふむ……」


 組織のアジト……は、外部の者を入れるわけにはいかないだろうな。


 奴隷商のバーか? そこならまだマシかもしれない。金さえ払えば部屋を用意してもらえそうだな。


「すまないが、戻るぞ」

「構いません。不眠不休で七ヶ月も歩き続けたことがあるので、これぐらいはなんのその。ドヤ」


 振り返ったとき、人の気配がした。


 無意識だったのでなんとも言い難いが、誰かに尾行されているようだ。


「……お前を追っているのは、どんな敵だ」

「想像してください。陳腐でしょうもない悪の組織を」


 頭の中で浮かんだのは、『世界征服をしてやるグハハハ』と笑う男。そして『げへへへ』と笑うなぜか忠実な部下たちだった。


「思い浮かべた」

「それです。ちょっと普通と違うのは、黒い感じの服ではなく白い服装ということだけです」


「嘘をつけ。ちゃんと教えろ――」


 丘の影から、二人の男が飛び出す。


 二人とも白い服を着ていた。


「げへへへ……」

「どうやらもう逃れられないようだな。げへへへ……」


 嘘だろ……。


 こいつら、痺れを切らせて出てきたのだろうか。どちらもサーベル剣を握っていた。2対1。相手はサーベルで、俺はナイフのみ。小細工なしではまず勝てない。


「本当でしたでしょう。……ゆー。なにか言うことは。ハテナ」

「俺が悪かった。ところで、お前の不死というのはどういう性質だ」


 会話しながら、ステイシーの帽子を脱がせて地面に置いた。


「身体をズタズタにされようと、みーの任意のたいみんぐ(・・・・・)で全快します。ところでなにを――うぇっ」


 男ふたりが動き出す前に、ステイシーの喉を切り裂いて首を切り落とした。


「てっ、てめぇ何してやがんだぁ!」


 男のひとりが混乱しつつ突っ込んでくる。そこへステイシーの身体を投げ、転ばせた。


 手早く金髪の端を持ち、ステイシーの頭をぶら下げた。


「この――」


 相手は一定速度で突っ込んでくる。


 そこへ、頭をぶん回して相手の頭へ叩き込んだ。


「うひっ……」


 あっさりと気絶した。


 人の頭は普通、4キロ以上ある。さらにロングヘアーだったお陰で、鎖鉄球代わりには持ってこいだ。


 もう一人の男が、ステイシーの身体の下でモゾモゾとしていた。どうやら彼女の身体にサーベルが刺さって引っ掛かったようだ。


 男の側にしゃがむ。そこでようやく彼は俺に気づいた。


「あ……」


 男が何かをする前に、鎖骨の上にナイフを刺した。


「ぐわっ!?」

「おっと、抜くな。そのナイフが栓になって、出血しない」


「ひ……」

「その状態で医者にいけば助かるだろう。だから、俺の質問に答えろ」

「わ……分かった……」


 思ったよりも素直だ。助かるよ。


 サーベルの柄を奪いながら、ステイシーの身体を起こす。剣を引き抜いて気絶した方の男の心臓を貫いておいた。


 ステイシーの頭を、彼女の切断した首へ乗せようとすると、信じられないほどの力で引っ張られた。それはとてつもなく巨大な岩になったような重さで、思わず身体が前に倒れそうになる。


「すていしー復活。です」


 ステイシーは迷わず俺へと向いた。


「死ぬ用意はいいですか。腐れ外道キモ太郎。プンプン」

「すまない。勝つためにはなんでも使わなければいけなかった」


「まあ、みーとしても実験材料にならないためには手段を選びません。ですから許しましょう。ガチ恋フィールドあってよかったですね。無かったら嫌いを『おーばーふろー』して好きになってました。プン」


 首の横にナイフが刺さったままの男の横に座る。ステイシーも帽子を拾ってきて、隣に座った。


「それで……どうして彼女を?」

「わ、我々は歩く者(ウォーカー)。不老不死を探求している」


「ぽっと出の癖にやたらと仰々しいですね。そんなもの探求しなくていいです。シラー。……これは白けているって意味です」


 ステイシーの言葉に、男は目を見開いた。


「そんなものだと? お前は自分の持っているものの凄さが全く分かっていない! 決して喪われない、完成された命だ!」

「持っているから言えますが、こんなモンを持ってて嬉しい気持ちが全く分かりませんね。シラシラー」


 男は苦痛と怒りの混じった笑い声を出した。


「まるで、金の価値の分からない金持ちみたいじゃないか。スカしたことを言う癖、いらないならくれってオレが言っても、くれはしないんだろう」

「あげません」


「ほらな。喪うのが怖いんだ」

「喪えるものがあるのは幸せなことですよ。生き物として最も恐れるべきものを失くしたみーに、怖いことがあると思いますか」

「……?」


 彼女の言葉を、男は理解できなかったようだ。


「おしゃべりはもう良いだろう。俺の質問に答えろ」

「あ、ああ……」


「そのウォーカー、どこにある」

「山の上だ。ほら向こうの。ちょうど頂上に小屋に秘密の入り口がある」


 男が指差した先には、一つの大きな山があった。


「構成員はどの程度だ」

「5人……今は4人……」


「…………」

「……な、なんだよ……」


「い、いや、想像よりずっと少なくてな……」

「し、仕方ないだろ。極秘の古い組織だったから、上の者から死んでいってしまって……。でも一応、一般的には犯罪組織だから、下手に公募もかけられないし……」


 悪の組織も苦労しているんだな……。


「セキュリティは」

「無い」


「……武器は」

「サーベルがある」


「…………こう、魔法的なものはどうだ」

「魔法? 魔術のことか。不死に関するものは色々と研究しているが……」


 悪の組織としては、あまりにも悲惨すぎる戦力だ。もはや近所の同好会じゃないか。


「もしかして、お前も不死に興味が?」

「無い。もう行っていいぞ」


「そ、そうか」


 男はフラフラ立ち上がって、俺たちを警戒しながらゆっくりと後ずさっていく。


 ある程度の距離になったところで「おい」と話しかける。


「な、なんだ?」

「ナイフを抜いたら死ぬと言うのは嘘だ」

「……! ぐへへ。敵に武器を明け渡すとはバカな奴……」


 男がナイフを抜くと、動脈血が吹き出す。


 『話が違う』という顔が、俺を見た。


「悪いな。返り血を浴びる趣味はない」


 男はすぐに倒れた。


 その手からナイフを回収し、男の白い服で拭った。


 ステイシーの元へ戻ると、ため息ひとつを吐かれた。


「なんだ」

「冗談抜きで腐れ外道ですね、ゆー」


「人殺しに正義を持ち込む気はないんでな。今からウォーカーを皆殺しに行こうと思うが、ステイシーはどうする」

「行きます。みーの魅力がメチャクチャにした事案を見届ける責任があるので。ヤレヤレ」


「分かった。……ところで、ひとつ興味本位で聞きたいんだが」


 彼女へ、両手を差し出した。


「命は、どんな匂いがする」


 彼女は俺の手を取って、目を伏せてそっと嗅いだ。


「これは例えば、甘い匂いや酸っぱい匂いといったものに並ぶ、特定名称が必要になる特有の匂いです。独特で、強いて言えば――」


 ステイシーが、俺の目を見た。


「――――豚骨ラーメンです」

「豚骨……か」


 ふたりして何も言わず、どちらからともなく山へと向かって歩き始めた。

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