19 難攻不落の落とし方(中)
バーから帰り、村へ到着する。
さて……やることは山積みだ。MMMの耳に密告が入るまでは数日。始末の手順をしっかりと練習しておかなければ。
家の扉を開ける。
テーブルの上でM字開脚する裸のソフィアと、彼女の頭を胸で挟み、股間を執拗に虐める裸のアリアンナが居た。
ふたりとも液体まみれでぬらぬらしているし、ふたりとも全く俺に気付いていない。
「ふ……ふ……だめぇ……!」
「ほれほれほれ……」
「ごはん食べるところなのにぃ……! あ……あっあっ、ふ……にゅぅう……!」
目の前でソフィアが達した。痙攣しながら、俺を発見する。
「あ……らんっ、しゃん……おかぁっ……へりぃ……なさぁ……あへぇ……」
痙攣して、そのまま果ててしまった。
「…………ただいま」
「フフフ……アラン貴様。ちょうどいいところに帰ってきたな」
「ずっとしてたんですか?」
「帰らねばと何度も思った。それはもう何度も。しかしこの美しい娘からもはや、一刻も離れたくない。何度達しても収まらん……。我が49回。ソフィアが……いまちょうど120回か。ぬふふ……」
達した数など知りたいと思ってない。お前らそんなにしてよく死なないな。二か三回ずつ絶頂すれば満足する算段だったのに。
なんというか、ビスコーサが不憫に思えてきた。性欲で彼女は苦しんでいるというのに、コイツらと来たら……。
「ふぅ。だが今日のところはこのくらいにしようではないか。おいで、ソフィア。シャワーを浴びよう」
「んふふ……。連れてってくださること? 私の愛しい騎士さん……なんちゃって」
「ふはっ。いいとも、我が愛しき姫よ」
ソフィアをお姫様だっこで抱え上げ、ぬるぬるの二人がシャワーへ。あれはローション……か? まさか全部体液なのか。少し気分が悪くなってきた……。
気持ち悪さを振り切って、布巾でソフィアに濡れたテーブルを拭き、今朝の作りかけのスープを仕上げた。
味見をする……普通だな。やはり素材が悪い。
素材といえば、最初は品種改良されていないと思っていた材料は、どうやら品種改良の途中にあったもののようだ。
大市場を見ていて気付いたのが、ほとんどの野菜や果物は――俺の時代ほどではないにしても――食用に寄った育ちかたをしている。どうやらこれは、異常な交易量のせいで俺の世界よりも早く品種改良方法が編み出されたためらしい。
きっとこの世界では船を通じて、学びが結ばれているのだろう。
テーブルに夕食を並べた。さぁ、腹を満たして寝よう。明日からまた忙しくなる。
「あんっ。はぅう……! アリアンナさぁん……!」
「今度はナカで121回目、突入っ! フハハハ!」
シャワールームから喘ぎ声が止まらなくなった。
…………。いや、まあいい。あんなものは無視だ。
拳二つ大のパンにかぶりついて、食いちぎった。芳ばしい香りが鼻を通る。やはり、頭を使ったあとの炭水化物は美味い。
それと、スープ。味こそ普通だが、大きな野菜のカットはほくほくとして食い応えがある。そしてなにより汁だ。
うん……。このしょっぱさが中々染みるじゃないか……。
「んひゃぁあ~~~っ!」
「お! こんなところからしょっぱいシャワーが! ソフィアスープだぁっ!」
ねぇなんで人がスープ食ってるのにそういうことするの?
思わずスプーンを置いて頭を抱えた。食欲が消えたぞ。どうしてくれるあの痴女。
これが、ソフィアへ性欲処理係をけしかけた罰だとでもいうのか。
「はぁ……」
諦めて、またスプーンを手に取った。
数日後。いい頃合いなので、家でじっと待っていた。
いつものテーブルについて、ソフィアの背を見ていた。彼女は紡毛機の前で仕事をしている。
一定のリズムでペダルを踏み、一定の速度で木の車輪がくるくる回り、一定間隔でウールの塊を引く。
雲のような毛の塊の、端がねじれて糸になり、毛糸がホビンに巻き取られてゆく。
「……あ」
「どうしましたか」
「このペースは最後まで……いきませんね。ごめんなさいアランさん、ウール追加おねがいです」
「ええ」
篭からウールを取って、ソフィアの持ち手にタイミングよく渡した。
「ありがとうございます。なんか、途中で回転止めたら負けた気がしちゃうんですよね。えへへ……」
「あるあるですね」
ほどなくしてホビンが一杯になり、車輪が止まった。
「ふぅ~。これで……まだ17個ですね。もっとがんばらないと……」
「もう17個、ではないんですか」
「はい。最近、サボっちゃってましたからね……」
ソフィアは言いながら、毛糸が巻き付くホビンを箱に入れ、空のものと取り替えた。
「はぁ~。ベルちゃん、元気ですかねぇ……」
ソフィアはただ心配そうだった。
「元気ですよ。奴隷商の方は優しかったですし、逃げたことも許すって」
「ならいいんですけど……。急にいなくなっちゃって寂しいかも、なんて」
「でも、結果的にはよかったじゃないですか。だって昨日、もし連れて帰ったら……」
彼女がピクリと動いて、うつ向いた。顔が見えずとも耳が真っ赤なのが分かった。
「……や、やめてください……。あれすっごく恥ずかしかったんです……」
「そうなんですか? 思いっきり脚開いてましたけど」
「だって……うぅ……」
「気持ち良さそうでしたね」
「き、気持ちいに決まってるじゃないですか。アランさんに見られながらですよ?」
開き直りの声がした。
ソフィアが変態になってしまった……。
「私、えっちなことしたの初めてで、でもアリアンナさんすっごくお上手で、優しくしてくれて……」
「左様ですか……」
「さようなんです。初めて達しちゃったときも、頭がバクハツしちゃって、気持ちよすぎてワケわかんなくなっちゃって……すごく怖くて……でも包み込んでくれてぇ……」
ソフィアの様子がおかしい。
「ムラムラしてますか?」
「よく分かんないですけど、その……すっごく……えっちなことしたいです」
「ムラムラしてますね」
「これがそうなんですか……」
彼女は首で少し振り返って、横目で俺をちらりと見た。
「アランさん……その。……お……」
「お?」
「……おちんちんって……どれくらい太いんですか……?」
「凄いですよ。これくらい」
指で輪を作る。誇張しまくった太さだ。まず入らない。
「そ、そんなに!? そんなの……無理ですぅ……」
「じゃあ、セックスはまだ無理ですね」
「うぅ……。じゃあ、アランさん。ちょっとお部屋を出ててくれませんか……? その……えっとぉ……」
ソフィアがスカートをたくし上げ始めた。
「……えー、はい。なんだか分かりませんが散歩したくなったのでうろうろしてきますね」
家を出た。
…………アリアンナをけしかけたのは愚作だった。快楽中毒者が増えてしまった。とんでもないミスだったな。
夜風に吹かれながら散歩する。やれやれどうしたものか……。
「夜風が心地よいですなァ」
覚えのある声。闇夜でも判別できるほどの紫スーツ。それと、いかにも屈強なガードが五人。案の定、どんな状況でも自分を守れる者をつれているようだ。
来たか。マイキー・マイク・マイケル。
「やぁ。あなたはいつぞやの」
「えぇ、えぇ。覚えていてくださいましたかぁ。当然ッ、覚えていてくださいましたよねぇ。スィーイィーオゥー殺しを画策した張本人ですからねぇ」
「ええ。彼らもうまいこと騙されてくれましたよ」
MMMの顔が曇る。ガードたちが一斉に剣を抜いた瞬間に「ウェイツッ!」と腕を上げて止めた。
「ご説明……願いましょうか」
「それより、二人きりで話しましょう。ボディチェックでもなんでもしてください」
「ほう? ……では」
ボディガードに命じると、ひとりが少し困惑したように俺の身体をまさぐる。
「武器がないことを確認させる……と。そうして二人きりになり、この近くのどこかに仕込んだ武器を使う算段ですかな?」
「まさか。あなたが来ると予測していても、ここで会うことまでは予測できませんでした。暗くなってから来たのは不意打ちを狙ってのことでしょう」
一通り身体をまさぐり、「武器はありません」と一言。
「では、離れていたまえ」
「はっ!」
ボディガードたちが一斉に来た道を戻っていった。
十分に離れたとき、ではとMMMに向き直った。かなり身体が大きく、見上げなければならなかった。
「確かに、金さえ積めば我々組織は動きます。失礼ながらあなたがどんなに守りを固めたところで殺すのは容易い。ただ、考えてみてもください。そもそも、組織があんな貧乏人どもを相手にすると思いますか? ただでさえ返済能力があるかも疑わしい連中なのに、所属の社がトップ殺しで存亡の危機になるんです。そんなことも想像できず、無駄銭を集めている彼らを依頼人に?」
「組織の一員だったとはぁ、恐れ入りました。……キープゴーイン?」
「あなたは敵が多い。知っての通り、大金を積んでもあなたを始末してほしい人が大勢いるでしょう。一方であなたも、そんな輩は消したいはずだ。そうなれば、殺し屋としての選択肢は二つ。あなたの敵になるか、味方になるか」
「なーるほどぉ。話が見えてきましたねぇっ!」
MMMが持ち前のスマイルでスーツの襟をただした。
「あなたをターゲットにすれば、仕事はその一回で終わりだ。でも、あなたを依頼主にすれば――」
「――大金が稼げる」
「あなたがターゲットにするべき相手も、今回の騒動でハッキリしたでしょう」
「大金をかき集めている者たち! ゥウウワンダフォウッ!」
MMMは両腕を跳ねるように上げた。
「素晴らしい……。我々は最ッ高ッのビジネスパートナーになれますねぇ!」
「ええ。いま早急に消したい者はいますか」
「ンンーッ。生粋のビジネスマンのようだ本題に入る早さが実に良い」
MMMは、顔をぐっと寄せてきた。
「受付のガルニエ。あれがどうやら無駄銭集めの筆頭のようでしてねぇ」
あのびっくり人間受付嬢のことだろう。MMMが人殺しだと確信するもののひとりだ。
「マーブルの復讐だとか言ってましたね」
「ええ。ワタシもうっかりしていました。ここまで話が分かるならば最初から外注すべきでしたねぇ」
大きな手が俺の肩を掴んだ。
「では、お手並み拝見とゆきま……しょうッ!」
陽気な鼻唄と共に、彼は来た道を戻っていった。遠くのボディガードたちと合流して去ってゆく。
……ふう。まずはひとつ乗りきったな。次は受付嬢か。彼女を攻略するには……。
闇夜を歩き、考えを巡らせた。
コン、コン、コン。
朝霧に巻かれながら戸を叩くと、私服で起きたばかりの受付嬢――ガルニエが出てきた。
「あ、あなたは……」
「おはようございます。すみません。こんな朝早くに」
微笑みを向ける。彼女は俺の顔をじっと見て、少し頬を赤くした。
おしゃれに時間をかけたからな。その努力が報われたのだろう。謎の発情とか痴女とかド変態とかではないはずだ。
「や、やだ。ごめんなさい。ちゃんとメイクしてなくて……」
「え。メイクしてなかったんですか?」
「してません……って、もしかして口説いてます? なんて……うふふ……」
嬢が照れ笑いした。一歩近づいて、壁に寄りかかる。
「口説いてるって言ったら……どうします」
見開いた目が、俺を見た。
「…………そ、それは……でもビスちゃ……ビスコーサさんを好きなんじゃ……」
「いえ。あの時はムキになって言い返しちゃったんです。良い子だとは思いますし、いい友だちになれるだろうなとは思えますが」
「でも、あの時の方は……?」
「初めてあなたに会った日ですか? あれは妹と迷子の子です」
「ってことは、アランさんは」
「フリーです」
ガルニエ嬢がわずかに嬉しそうな顔をした。
……申し訳なくなってきたな。
「私の名前を知っててくれたんですね」
「――あっ。いえ、これはその……お客様情報の悪用とかではなく……えぇと……」
「いいですよ。私も知ってますから、ガルニエさん」
ビスコーサさんに教えてもらったんですと、彼女の目の前に立った。
「最近、一目惚れってしたことありますか?」
「あります……。つい最近……」
ガルニエが、俺に身体をくっ付けた。そっと胸をさすってくる。話が早いな。
「私もです。運命……ですかね」
「ふふふっ……そうかもしれませんね……」
部屋の中の仕事用と思われるバッグを見て、わずかにため息をついてみせた。
「……お仕事、忙しそうですね」
「え……」
「ごめんなさい。やっぱり私は、あなたの邪魔になってしまうかもしれない」
「い、いえ。そんなことは……」
彼女から離れ、入り口に立った。
「あ、アランさん。待って……」
「……もし、あなたが運命を信じてくれるならば」
「え?」
振り返る。少し赤くなった涙目があった。
その目の前に、金貨を一枚差し出す。
「今すぐに、荷物も持たず、西の国へ行ってください。そして私を待って欲しいのです」
「い、今すぐ? なにも?」
「ええ。ひとつとしてしがらみを残さず、過去を捨てるために。私たちの未来には不要でしょう?」
「……すてき……」
彼女は俺の目をまっすぐに見て、金貨を受け取った。
…………気のせいか? 瞳の中にハートマークが見える。いくらびっくり人間でもそこまではできないよな……?
「必ず三日以内にお迎えします。それまでに来なければ見捨ててくださっても構いません」
「ゼッタイ見捨てません。ずぅっと待ってますからね…………ダーリン♡」
……気のせい……だよな……? この困惑が顔に出る前に立ち去った。
さて、これでまずはひとりだ。
洞窟を抜け、組織のアジトに入る。壁に寄りかかってた案内人が、俺を見るなり微笑んだ。
「やぁ。どうも」
会釈だけして、横を通り抜けようとする。しかし背後からまた声を掛けられた。
「申し訳ないですけど、今回のは無茶だと思いますよ?」
「どのことだ」
「MMMです。あれの暗殺に動いてるんでしょう? 殺せても、どう逃げるっていうんです?」
「案はある」
「ふぅん? アンタが容疑者から外れるような案が? ぜひとも聞いておきたいですね」
案内人はニコニコとしたまま、壁から離れて自立した。
まあ、確かに組織と縁がある俺が捕まったら困るのだろう。少しは安心させてやるか。
「ターゲットは大勢に恨まれるようだから、怨恨の線だけでは捜査されない。容疑者を絞り込めないからな。このことから、殺人を依頼した者が見つかる可能性は低くなる」
「でしょうね。警備は、今回の事件を実行犯の逮捕から逆算し、紐解いていくことにするでしょう。……オレは依頼人の心配なんかしちゃいませんよ。問題は、アンタが実行犯として捕まったらオジャンということです。MMMのボディガードにすら顔が割れているというのに」
「それに関しては、安心しろ。そいつらごと始末する算段になっている」
「全員を?」
「五人だけだ」
殺すボディガードはあの夜の五人だけだ。ボディガード間で俺の存在が広まるという心配はない。
MMMは用心深い。俺と接触するときには必ず同じメンバーでやって来て、殺し屋と接点があることを隠そうとするだろう。
「監視するのは結構だが、自分の仕事をしたらどうだ?」
「最近、良いターゲットが見つからないものでね。退屈なんですよ」
案内人は笑った。
「誰を殺したいかで仕事を選んでいるのか。感心しないな」
「ハーレムを作って接点を増やしまくっているのも感心しませんね」
………………かなり痛いところを突いてきやがる…………。
「フン」
男を無視して、部屋の奥へ。ボウイが待っていた。
「あっ! 先生!」
少年が両手を広げて、ジャーンと言ってみせた。
「お買い物終わったよ。どう?」
「…………注文通りだな。よくやった」
「んふふふっ。でもさ」
ボウイが、仕事の成果のひとつを見た。
「豚の血なんて何に使うの?」
疑問の顔に、微笑みを返した。
「今に分かる」




