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貴いお方が裸同然とはどういう了見だ  作者: 能村龍之介
殺し屋、なんか転移するの章
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16 暗殺組織への潜入

 ボウイと別れ、またカフェへ。今度は人通りの多い場所。大市場の側だ。


 何をするともなく、ぼうっと過ごす。


 ボウイの所属する暗殺者組織が、容易に見つかる場所にあるとは思えない。恐らく、探したところで見つかりはしないだろう。あの奴隷商が信頼するくらいだからな。


 だったらこうして、暇そうにしていれば良い。


 人を殺したい者が殺し屋を見つけるのではなく、殺し屋が依頼主を見つける。ここはそういう業界だ。


「相席、いいですか」


 男がひとり、俺の返事も待たずに正面の席へ座った。周囲には空いてる席もあるが、そんなことすら気にしていないようだった。


「構いませんが――」

「おっと。手は机の上で」


 男に指摘され、テーブルから下ろしかけた手を戻した。男は「申し訳ない」とニコニコとしていた。


「……同業者であることを隠そうともしないんですね」

「ええ。その方が話が早いでしょう」


「それで、あなたが師匠ですか。あの子の」

「オレぁ違いますよ。ま、ま、とりあえず一緒に来てくれませんか。悪い話じゃないんで」


「ええ。いいですよ」


 男が立ち上がったので、一緒に立つ。すると男は少し呆れた顔をした。


「ずいぶん素直ですねぇ」

「殺す気なら、今までにもいくらでもチャンスがあったでしょう。それに、あなた一人だけで来たのはスカウトに来たから、そうですよね」


 もし俺を始末しようと思ってきたのなら、わざわざ正体を明かす真似はしない。不意を突いて殺そうとするだろう。


 仮にそれが無理だと判断して、仲間になったフリで殺そうと思ったのならば、保険に一人くらいは仲間を呼んでおくものだ。しかしそれもない。そして何より、この男は武器を持っていない。これは戦わない前提だということだ。


「んー……否定はしません」

「ずいぶんと不用心ですね。僕が驚異になるとは考えなかったのですか」

「やだなぁ。それで見つかろうとしていたんですか。ひょっとして数の利が分からない方ですか?」


 男はヘラヘラとしている。本気ではないのだろう。


「バレないように着いてきてください。じゃ」


 とっとと大通りへと歩いていってしまう。急いで会計を済ませ、後を追った。


 周囲の人数、見通し、角の多さ、音の多さ、視線の遮蔽する物の有無。よく観察しつつ場所によって距離を変え、建物へ入るまで尾行し続けた。


 着いたのは奴隷商の居場所の近くにある、小教会だった。表のやや過剰な装飾の間を抜けて後を追った。


 中には何人かの人がいる。祈りを捧げたり、掃除をしていたり、懺悔室にいたりと、思い思いに過ごしていた。誰からも殺し屋の気配がせず、あの男も姿を消していた。


 この一般解放されている教会のどこかが、殺し屋組織へ繋がるのだろう。


 掃除をしている人を呼び止める。


「すみません。さっき男の人が入って来ませんでしたか。落とし物を届けようとしたら見失っちゃって……」

「ちょうど今入ってきた人かな。上へ行ったみたいだよ」


「ありがとうございます」

「いえいえ。神のご加護を」


 入って手前の階段を上る。この小教会は一軒家が二つ程度の広さで、一般人が出入りする隠れ家としては狭すぎる。ならば抜け道があるのだ。抜け道と言えば地下通路で、恐らくはこの教会にもある。普通に考えれば一階を探すだろうが、二階に上がったとなれば……。


 二階は書斎だった。右手には本棚があり、左手はただの壁だ。手前にはいくつかの机が、奥にはいくつかの本棚が並んでいた。ちょっとした図書館のようだった。入ってすぐ右手に羊皮紙や羽ペンといった筆記用具が置いてあり、勉強や転写ができる環境になっている。


 背後の小窓から外を見ると、俺の立っている位置がちょうど建物の真ん中であると分かる。


 部屋の真ん中まで行って振り返った。扉を中心に両側の壁を見比べると、本棚側の壁と反対の壁の長さが同じだった。つまり、入って左の壁は本棚の分だけ厚い。


 続けて奥の本棚が並ぶ場所を少し見て回る。本棚は整列せず、後から後から追加されたようで、妙に複雑な配置をしている。ちょっとした迷路のようだった。


 今度は、厚い方の壁を辿ってみた。この中に通路があると仮定して観察する。恐らく、本棚が動くなんて仰々しいギミックはないのだろう。そんな物音を立ててしまうのであれば、一般人が二階で勉強している時に出入りができなくなる。


 ……ふむ。


 そもそも、こんな一目見て分かってしまうような違和感を残しておくだろうか。一般人に気付かれてしまうリスクは避けるはずだ。


 この壁の厚みは、隠し通路の存在を匂わせた上で、何も見つけさせないことで気のせいだったと思わせるトリックか。他の壁には通路がないと思わせる心理的な効果に期待しているのだろうな。


 厚い壁に背を向け、奥の壁の様子を見た。本棚と本棚の間の壁は、長方形にカットした木材を縦に組み合わせたものだ。これが開くならば話が早いが……。


 隙間の壁は五つ。本棚に隠れて、入り口からは見えない場所は二つだけ。構造上人通りが少なくなる方の前に立つ。


 隠し扉は偶然開いてしまったら意味がない。出入りのことを考えると、本棚の本を操作したり並べ替えたりする可能性はまず無い。扉を抜けた後に戻せない構造にはしないはずだ。また、子どもなどがこうした隙間に収まって本を読んだりすることを考えると、少なくとも普通触れる位置を押したり引いたりずらしたりするような仕掛けは作らない。


 つまり、普通ではまずあり得ない力の掛かり方でないと開かないようになっているはずだ。手を伸ばし、壁の上を探ると、板が僅かにだけ後ろへ下がる場所があった。押し込むと目の前の壁が音もなく開く。なるほど。上の板がロックになっているのか。


 中へ入り、扉を閉める。真っ暗な中を慎重に進み、厚い壁の方へ進む。階段があったので下ってみる。真っ直ぐに降りていく。明らかに外へ飛び出すような構造をしているが、教会外部の、表にある装飾をくり抜いているのだろう。


 しばらく下ると明るい場所に出た。光は松明の明かりで、ここは複雑に入り組んだ地下空洞だった。これは迷わせるためだけではないな。


 きっと入り口はあの教会だけじゃないのだろう。あの高さのロックはボウイには解除できない。それに、入口が一か所だと人の出入りが目立ってしまうからな。


「やぁ来れましたね」


 さっきの男の声だ。岩の壁に寄りかかってニヤついていた。


「どうも。案内人さんです」

「お迎え、か」


「お。普段の口調を出しましたね。そうですお迎えです。こんなところで迷わせても意味ないんでね」

「最初から案内すればいいものを」


「オレなりのテストですよ。ボスには秘密にしてくださいね? 怒られるんで」


 男はこっちです、と歩き始める。


「で、ボウイ君には手出したんですか?」


 思ってもない質問に眉を潜めてしまった。


「ああ気を悪くしないでください。あの子どうやら恋してるらしいんです。多分ですけど、アンタですよね」

「まあな。訳もわからず好かれた。だが手は出していない」


「ホントに? あんなに可愛い子に求められて人生おかしくならない? 結構紳士なんですね」


 ……薄々感づいていたが、俺の方がズレているのか。


「お前ならセックスするのか」

「しないですけど」


 なんだお前。


 いや。からかわれているのだな。そうに違いない。


 ……でも、からかっているのかと思ったら地だった奴と何人も出会ってきたしな…………。


 ええい。この世界に来てから俺の頭がおかしくなった気がする。冗談じゃない。


「さ。着きました」


 たどり着いたのは石の扉の前だった。男は扉――の隣の岩をパカと開けた。扉大の、木製のハリボテらしい。


「戻りましたよー、ボス。思った通り、ものを考える頭くらいはありそうですね」


 抜けると、一般人が想像する隠れ家らしい場所に出る。広々とした空間に、玉座がひとつと、そこへ続く赤いカーペットと、その両脇にオブジェや観賞用らしい武具などが置いてある。


 壁際には見張りのように、何人かの男女が控えている。玉座の隣には嬉しそうに俺を見つめるボウイ。


 そして、ボスと呼ばれた褐色の女は、玉座で頬杖をついていた。


 案の定、服装に異常がある。


 ひとことで言えば、変態だ。


 ボウイとよく似た格好で、ちょっと複雑なスリングショットと言ったところか。一本の紐を身体に巻き付けて服がわりにしていた。胸には斜めに横断してぶにゅりと肉を押し潰しているし、股間だけ布がやたら薄く、隆起の形までくっきりと出ていた。


 申し訳程度のヴェールを纏っているが、裸を隠す機能があまり働いていない。


 殺し屋をなんだと思ってるんだ。バカにしているのか。なんでボウイはコイツに発情しないで俺に発情しているんだ。


 ん? 待てよ。魔術技師のビスコーサも紐ブラだったが、まさかコイツとなにか関係が――?


 ええい。なんでもかんでも怪しい。なんでこんな服着てるんだどいつもこいつも。


 ボスは俺へ手を伸ばし、滑らかに指を折った。


「のう、お主。どうやら我輩が怖いようだな。畏怖の念を感ずるぞ」


 お前の格好にドン引きしているんだよ。いつもどんな気持ちでそれを着てるんだお前。


「一目で実力差が分かるのであれば、我輩の目に狂いはなかったのぅ。寄れ」

「は、はぁ……」


 何一つ納得できないが、とりあえず一旦、目をつむろう。


 赤いカーペットとを辿っていく。その半分で立ち止まった。


 さて……。


「そちらの用件は?」

「アランと言ったな。我が名はジェーン。我輩の(しもべ)になれ」

「断る。一員になって仕事を続けるならまだしも、支配されようという気はない」


 周辺が殺気で支配される。


 ずいぶんと血の気が多いな。


「せ、先生っ」

「でしゃばるな」


 俺へ寄ろうとしたボウイを、ジェーンが制する。一言だけで少年は諦めた表情で座り込んでしまった。


「……はい。師匠……」

「アラン。これから試練を行う。突破できなければ死んでもらうぞ」


「顔を見ている以上、仲間になる以外の選択肢は無さそうだな」

「分かっておるな」


 彼女がクイと顎をしゃくると、しもべの一人がトレーテーブルを持って来た。上にはいくつかの玉と、灰らしき粉の入った袋、薄いガラス玉などがあった。


 どれも陽動や妨害に使えるようなものばかりで、直接殺人に使えるものではない。


「試練の内容は」

「今からお主を殺す。それを掻い潜って――我輩の胸を揉め」


 …………。


 …………聞き違いか?


 …………聞き違いだよな。


「すまん。もう一回言ってくれ」

「ぬ? 仕方ないのう。今から(しもべ)どもがお主を殺しにかかる。お主は生きて、我輩の、この乳房を揉めばよい」


 今度は彼女が自分で胸を掴んだ。聞き間違いじゃない。


「ふざけているのか。こっちは命を賭けているんだぞ」

「何を言う。この乳を堪能できるのだから、試験の突破には十分な褒美よ」


「巨乳なら、アリアンナのものを嫌というほど揉んだ」

「そうか……。たしかにあの女騎士めの乳は我輩にも劣らぬものだ」


 酒でも飲んでらっしゃる? もしかして、この世界は女の乳を神聖視でもしているのだろうか。


 そうか。文字通りの神乳だ。


 ……。


 ……こんな下品なことを考える人じゃなかったんだがな、俺は……。


「ならば、他に欲しい褒美はあるか」

「俺の要求はもう言った」

「ふぅむ……」


 ジェーンはこめかみを何度か指で叩き、「仕方ないのぅ」と呟いた。


「敵に回らぬだけマシと腹落ちしてやろう」

「感謝する」

「感謝には及ばん。どっちみち、失敗すれば死ぬのだからな」


 トレーの上の、謎の玉をひとつ取る。


「これは?」

「煙玉よ。叩き付ければ煙を吹く。目眩ましにはちょうどよかろう」


 なるほど。使えるのは煙玉を三つと、ガラス玉が一つ。灰での目潰しを一発か二発。物資は少なく、俺の存在はバレている。相手は――ボウイとジェーンは数に入れず――殺し屋が六人。


 無理だな。だが、それでも攻略できる見込みがあるはずだ。だからこその試練だ。


「開始するぞ」

「少しだけ待て」


 周囲を、よく見ろ。


 コイツらは俺に、何を見つけて欲しい?


 ふと、しもべの一人の影に気付いた。松明の側に立っている女の影が揺れている。ここには風が通っているのか。周囲の火を観察すると、その風向きが見えた。


 風は、玉座のすぐ後ろへ抜けている。通気口ではなく、抜け道があるんだ。あれはあの複雑な洞窟と繋がっているはず。


 背後を見た。出口に見張りはない。


 なるほど。それが答えか。


「こんな簡単で試練が成り立つのか? 期待して来たが、どうやらお前らの腕もしれているな」


 殺気が、尋常ではなく色濃くなった。これで、本気で殺しに来るだろう。


「くはは……。どうやら合格は目に見えたようだのぅ。では――」


 ジェーンが腕を上げた。


 俺は、煙玉みっつを右手に握る。


「――始めッ!」


 合図と共に、煙玉が爆発した。その場と出口、その間。煙の道が出来上がる。


「が、がんばれ先生っ!」


 ボウイの声が洞窟を反響する。それを合図にしたように、殺し屋たちが一斉に動き始めた。尋常ではない殺気たちが、ナイフやサーベルやクナイや眼光をぎらつかせて駆け抜けた。


「のうボウイ。そう、心配するな」

「で、でも師匠……」


「あやつは答えを見つけた。後は殺されぬよう、ここにたどり着けばよい。まぁ、あれだけ煽ったのだから全員が本気になったようだが……。それは自業自得よ」


 ジェーンは玉座の裏を見た。そこには本当に抜け道があったのだ。彼女の言葉に関わらず、ボウイは不安そうな顔をやめない。


「アラン先生、流石にヤバいですよね……。みんな強いし……」

「強い。だが、これぐらい抜けられぬのならば死あるのみよ」


「……でも、抜けても、師匠最強じゃないですか」

「くははっ! 確かにこの乳を揉めた者はおらぬ。だが、ここから出てくれば合格にしておるのだ。それでよかろう」


 ボウイは驚いて仰け反った。


「えっ!? あれって、おれんときだけじゃないんですか!」

「だけではない。我輩に触れられたものすらおらぬ」


 ジェーンは胸を張った。


 その胸を、俺は背後から揉んだ。


「俺が最初の一人だな」

「……な……にぃ……っ!?」


 心の底から驚愕している。意外にも。気付かないフリではなかったらしい。


 入口からぞろぞろと、殺し屋たちが戻ってきた。


「ジェーン様っ!」

「わはは! やっぱり! 動いてなかったんですっ!」


 揉んでいる光景に、全員が驚いている。さっき俺を案内した男だけは笑っていた。


 もういいだろうと、手を離す。


「先生っ! やったじゃん!」


 ボウイが嬉しそうに抱き付いてきた。


「でも、どうやって? みんなを撒いたの? ね、どうやったの?」

「俺は煙玉を使ってから一歩も動いていない」


「えぇっ!?」

「いやぁ騙された! こんなに気持ちよく騙されたのはひっさしぶりですよ!」


 案内人が笑いながら来て、俺の肩を叩いた。本当に嬉しがっているようだ。


「で、でも、騙すって、どうやったの?」

「いいですかボウイ君。アラン君は攻略法を見付けたんです。でもああやって観察してたから、オレたちは抜け穴を見付けたんだなって思いました。だから穴への最短ルートを走ったんですよ。アラン君はそこまで見越していたんです。だからって微動だにしないのはもの凄い胆力ですがね」


「え。じゃあ、めっちゃナマイキなこと言ってたのも?」

「オレたちを煽るためです。ね? アラン君」


 笑っている割りに、ずいぶんと冷静な分析だ。恐らく詐欺師のタイプだろう。それにしてはずいぶん簡単に騙されたが。


 それはそれとして、あまりそういうことはバラさないで欲しいんだがな……。まあ、ボウイの教育だと思えばいいか。


「いきなり煙球を使い切った意味を悟られないように、怒りを煽った。覚えておけ、感情的になった人は細かいことを考えられなくなる。自分も、相手も。コントロールできる感情は、常に有用な暗殺道具だ」

「へぇ~……さすが先生! あ、ですね!」


 腰を曲げ、ボウイに顔を寄せた。


「それと、ナマイキなのはお前もだ」

「う……」

「俺以外に、そんな口を利くなよ」


 ボウイは「んむ」という妙な声を出し、顔を赤くして頷いた。


「わ、分かった……じゃなくて、分かりましたです……」


 何を照れておるのだ。


 顔を上げる。


 ジェーンも顔を赤くして、自分の胸を抱いて俺を睨んでいた。


 何を照れて……え?


「な、なにをしている……」

「……みなまで聞くな。もう……」


 本当に揉まれるとは思っていなかったらしい。


 ……お前、よくその格好で恥じらえたな…………。

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