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貴いお方が裸同然とはどういう了見だ  作者: 能村龍之介
殺し屋、なんか転移するの章
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14 殺し屋修行

 約束の裏路地で、女の子の顔をしたボウイが退屈そうに座り込んで頬杖をついていた。


 服が変わっている。子どもサイズのチュニックで、どこにでもいる少女にしか見えない。


 いいチョイスだが……やはり顔が可愛すぎるな。少年だがあまりに美少女だ。暗殺者ならもっと特徴のない、『どこにでもいるジャガイモみたいなガキ』の方が向いている。


 俺を見つけるなり笑顔を輝かせ、走ってやってきた。


「先生ぇ! よかった~。来ないかと思ったじゃんかー」

「少し遅れたか。悪いな」


「いいっていいって。それより……約束通り、色んなこと教えてよ」

「ああ。まずターゲットについての情報を全て教えろ。どの程度まで調査できているか確認する」

「うんっ」


 ボウイは顎に手を当て、考える。


「えっと、ターゲットはパップンペ・ピンパです」


 すげぇ名前だなまた。MMMマイキーマイクマイケル然り、名前がヤバいことになっている者がそれなりにいるらしい。


「ピンパの情報は」

「マジカルテックカンパニーの事務員で、結婚はしてないらしいです。えっと……あと男です」


「……なるほど。自分で調べた分は?」

「…………んへへ」


 ボウイは苦い顔で誤魔化し笑いをして黙ってしまった。どうやら師匠から事前に貰った情報しか持っていないらしい。俺が言うのもなんだが、そいつは師匠に向いていないだろう。決して失敗の許されない世界で、子どもの考えに任せようとするなど。


「まず殺し屋の心得として、調査が何よりも重要だ」

「調査ぁ? なんかこー、スゴいアイテムとか、武器とか、必殺技とか……じゃなくて?」


 美少女の顔で少年されるとちょっと頭が混乱するな……。


「確かに格闘になったときは確実に勝たなければならない。だがそれより、格闘を発生させないことの方が重要だ。何よりも、目撃者を減らすためにな」

「おー……。おー……?」


 ピンと来ていないらしい。


「相手が構える前に始末するんだ。例えばすれ違い様に一突きして、そのまま立ち去る。そうすれば速攻で終わって、死体が発見されたときには遠くまで逃げられる」

「あ、そーいうことね。それで……それで調査?」


「そうだ。いま言ったすれ違いの手口なら、ちょうどいいロケーションを調査。すれ違っても不自然ではないよそ者臭くない格好を調査。どういうルートで逃げればいいのかを調査……」

「うへぇ……面倒くさそ……」


「ああ、面倒くさい。殺し屋は泥臭いんだ」

「うぅん。できるかなぁ。やっぱり……自信ないかも……」


 ボウイはうつむいた。普通の仕事ならここで励ましてやるのだろうが、そういうわけにもいかない。


「できないならやめておけ。他の仕事なら失敗しても取り返しがつくが、殺し屋商売の失敗は許されない。お前が組織に属しているなら、なおさらだ」

「でも……うぅん……」


「もし捕まっても見捨てられるし、最悪は口止めのためにお前がターゲットになる。どう転んでも自分が殺される可能性は無くならない。その覚悟はあるか」


 ボウイは考える。そしてキッと顔を上げ、まっすぐな目を向けた。


「――ある。おれ、絶対に殺し屋になる」


 その目は、人殺しにはあまりにもまっすぐ過ぎた。


「分かった。ところで、お前はどうして殺し屋に?」

「どうしても、殺したいヤツがいて……」


「どんなヤツだ」

「おれを、いじめた。好きなものとか、全部グシャグシャに……」


 声に涙が混じりかけ、ボウイは首を振った。


「だ、だから、ぜったい殺すんだ。この手でっ」

「そうか。それで、その後は」

「……え」


 彼はポカンとした。


「もしプロの殺し屋になって――自分と関係のある者を疑われず殺せるだけの技量をもって――そいつを殺せたとしよう。それで、その後は」

「それは……。もちろん続けるよ。誰かにとっても、アイツみたいなやつはきっといると思うし」


「好きな人はいるか」

「んぇ……?」


 ボウイはテレテレになって、後ろ手に組んで身体を揺らした……。


「そ……それはぁ……どしても聞きたい……?」

「ああ」

「…………せんせ……」


 目を合わせず、小さな声で呟いた。


 なにもしてないのに恋された。なんでだろう。可愛いと言ったからか? そんなものは言われ慣れているだろう。同じ殺し屋だから心を明かせると思ったのか。


 悪いが何がどうなったって付き合うことはないからな。子ども相手は本当にまずいんだ。


「……例えば誰かの依頼を受けたとしよう。そいつにとって、なにより憎い相手だ」

「それなら、殺すけどさ」

「それが俺だったらどうする」


 ボウイは口を開け、「いや……まあ……」と頭を掻いた。


「……か、勝てないよ、先生には」

「例えば俺が隙だらけで眠っていて、いつでも殺せる状況だったらどうだ。……例えば、受け入れると言ったら?」

「それは……」


 困った顔は、泣きそうな顔になった。


「……ぜったいムリ……」

「殺し屋はな、なによりも続けるのが難しい。誰かにとって憎い者でも、自分にとって親しい者かもしれない。そうと知って殺すのは相当キツいぞ」


「で、でも。だったら断れば……」

「断ったところで、依頼主がターゲットを殺したいことには変わらない。他の殺し屋を雇うだろう」

「…………おれ、先生のことぜったい守るから」


「そうか。守り続けるのか?」

「先生のためだったら、雇主を殺す」


 うーん。これはかなり……なんだ。恋とかではなくて、もはや愛されているな。かなり深いところまで。


「殺し屋の風上にも置けないな」

「いいもん。先生を守って引退するわ。おれ。その代わり、やしなってよぉ」

「……まぁ、いい。俺が言いたかったのは――」


 中腰になって、目線を合わせた。


「――誰かの憎悪を肩代わりするんじゃない。ただ、そいつの肩の荷を下ろさせてやることに集中しろ」

「……わかった」


 背筋を伸ばそうとしたら、「待って」と止められる。


「あのさ……カンケーないことなんだけど、相談とか、してもいい?」

「ああ、いいぞ」


 生徒の精神的なコンディションを管理して、学べる精神状態にキープするのも先生としての(つと)めだろう。


 普通ではない生き方に、きっと悩みも多いはずだ。俺の時は聞いてくれる者などいなかったから上手くやれる自負はないが。


「……えっと。昨日、お風呂でさ。先生のこと考えてたら……ちんちんと乳首が固くなっちゃった……」


 …………頭が痛くなってきたかもしれん。見ればボウイの股間が俺の親指くらいまでムクムクと大きくなっていた。


 やめろお前。俺の精神状態をどうするつもりだお前。


「それでさ、先生のハダ……先生のことしか考えられなくなっちゃって、乳首をコリコリってしたら止まんなくなっちゃって、身体がビクビクってなっちゃった。……おれ、なんか変なのかな」

「変だな。重症だ。それは……あれだ。爆発して死ぬ病気だ。しかもステージ4で爆発の一歩手前」

「えっ、えっ? ウソっ!?」


 ボウイは涙目になった。その顔にビッと人差し指を突き付ける。


「風呂に入っているときに二度と、二度と(・・・)俺のことを考えるな。いいな?」

「う……うん……」


 性欲が強いのは分かる。恋した相手に向けるのも分かる。それを、オープンにするな。子どものくせに無闇なセクハラしてきやがって、正体が割れている以上は強く出てやるからな。


「よし。そしたら……そうだな。まずはフィールドワークの仕方から教えてやる。行こう」


「ま、待ってっ」


 ボウイが両手で股間を押さえた。


「……まだ……おっきいから……」


 ……………………。




「も~~~つかれた~~~」


 町外れのカフェで、ボウイはストローへ息を吹き込む。ミルクカフェオレの氷が泡と踊った。


「疲れないよう、体力を作らないとな」

「え~。もー。なが~い~……」


 脚をパタパタとして、靴底を地面へ擦らせた。いくつかの場所で指導したのだが、三ヵ所目で座り込むようになり、つまらなそうな顔を隠さなくなった。


「ねー、先生。なんか裏技とかないのぉ~?」

「無い。今まで教えたことさえ、状況によってやったりやらなかったりだ。基礎をちゃんと学んだ上でも、ただ型にハマるだけではいつか足がつく。“自分以外の誰かがやった人殺し”をできるようになれば、一人前だ」

「うぇ~……」


 彼は机に突っ伏した。


 どうにかこう、分からせてやりたい。この仕事に華やかさが無いことを。だが分かっているからやる気になるとは限らないし。結局それで拒絶して、身にならなければ意味がない。


 …………ふぅむ。先生というのも中々難しいものだ。


「そうだな。だったら戦闘からやるか」

「え。いいの?」


「ただ調査してばっかりより、どう戦うかを意識して観察する方が頭に入るだろう」

「いーねいーねっ。やろっ。早く」


「まぁ、まて。場所を移そう」


 立ち上がると、ボウイは急いで飲み物を飲みきった。


「んっ。行こっ」


 ボウイと来たのは、城の外。村の方角から少しずれた方へ丘をいくつか越え、たどり着いた森だった。


 道は繋がっておらず、木や糞の様子から危険な野性動物の縄張りではなさそうだ。


 ここに人は来るまい。


「……さて。ここでいいか」


 ちょうどいい木の枝を拾って、ボウイに手渡す。それはボウイのナイフと同じくらいの長さだった。


「これが武器代わりだ。ナイフを扱うように扱え」

「はーいっ。それで……何から?」


「そうだな……。まずはイメージを掴んで貰う。いくつかの状況を再現するから、お前ならどう動くかを教えてくれ」


 型や基礎があると言っても、殺しに試合のようなルールはない。ありとあらゆる殺し方がある。ボウイの手癖や得意な動きから伸ばし、他の状況に対応できるようにしよう。


「はーい」

「まずは、戦闘ではないとき。よく使う手はすれ違い様の一撃だ。やってみよう」


 一旦距離を取り、向かい合った。


 俺が歩き始めると、ボウイも歩き出す。


 できるだけ町中の自然体を再現するためにぼうっと前を見て、ちらとボウイを見た。めちゃくちゃ俺の腹を見ている。


 驚いたようにゆっくりと歩を緩めて見せると、ボウイは俺の顔を見た。目があった瞬間――ボウイは真っ直ぐ俺へ突っ込んできた。


 全力で逃げる。少年の脚では全く追い付けず、音を上げた。


「ま――まって! 先生っ! ちがうじゃんっ!」


 走るのをやめて、ボウイの元へと戻る。


「ちがくない。これから刺す場所を凝視しすぎだ。真っ直ぐ俺の腹を見るのは異様だったから、ターゲットは驚いて立ち止まった。それから顔を見上げたのはまずかったし、目が合った途端に殺しにかかって来たのもまずかった。距離があるし、大人の全力疾走には追い付けない」

「でもそれ、先生わかってるからじゃんかー!」


「ああ、分かっている。狙われているか分からないヤツがどう動くかもな」

「もーっ!」


 ボウイは地面に大の字になった。やはり、まだまだ子どもだな。


 ……。


 ボウイの隣に寝転んだ。少年は驚いた顔をした。


「な、なんで先生も?」

「なんだか、懐かしくてな。俺が殺し屋になったのも子どもの時だった。お前よりはまだ大きかったが……」

「えっ。そうなの?」


 ボウイは姿勢を変え、横向きになった。


「そのときはどんな人が先生だった?」

「いなかった。全部、独学だ」

「すっげぇ……」


 俺も横向きになって、ボウイと向き合った。


「なにも上手くいかなくなって、嫌になったこともあった。だが、そうやって駄々をこねることすらできなかった。ただ一人で、できなければ全部が終わりだと思って、立ち止まることすらできなかった」

「……そう……なんだ。……じゃあおれ、ぜんぜんだね……」

「……勘違いするな」


 彼の顔を、親指でそっと撫でる。


「お前に同じ思いはさせない。教えられることは全て教えてやる」

「……アラン先生……」


 少女の顔が赤く染まった。


 ……何よりも先に、教えてやるべきことがあったな。立ち上がって、ボウイに手を貸す。


「授業の続きだ」

「ん。がんばるっ!」


「次のパターンは、自衛(・・)だ」

「あれ? 戦うパターンじゃないの?」


「先にこれを教えるべきだったと思ってな。一昨日も言ったが、お前は可愛い。どんな格好でも」

「ん……むぅ……」


 顔を真っ赤にした。可愛いと言われて嬉しがっている場合ではない。


「裏を返せば、どんな格好をしていてもヘンタイに狙われるということだ。まずは自分を守る術を教える。確実にものにしろ。応用すれば、ターゲットを魅了して殺すというテクニックにできる」

「わ、分かった……」


「今からヘンタイ役をやる。お前を犯しにかかるから、始末しろ。ポイントは、急所を狙うより先にまずは動きを止めること。痛みを与えるといい」


 ボウイの後ろから抱きついた。ヘンタイらしく荒い息を耳へ吐きかけ、小さな身体の胸と股間を擦った。


「はぁ……はぁ……かわいいねぇ……」

「ん……せんせぇ……」


 俺の両手を掴んで、ボウイまで息を荒くして感じている。なるほど、まずは油断させるんだな。頭が回ってきたようだ。


 大きなサイズのチュニックをたくしあげ、小さな腹を撫でまわし、指を下着に引っ掛けた。ボウイはナイフを落として両の指を胸へ伸ばして…………って。


「犯されようとするなっ!」

「ひぇえっ……! い、いやほら……その……隙を探してたんだってっ!」


 ああ言えばこう言う……。


「もう一度だ。俺以外に手を出されていると思え」

「はいはい……」


 もう一度背後から抱き付く。指をボウイの身体中に這わせた。


「……ほら……本当は感じちゃうんだろ……」

「あん……きもちい……」


 ボウイは喘ぐ。


 ……もう少し様子を見るか。


「……おじさん……キス……しよ……?」

「ウヘヘ……」


 振り返った少年に顔を寄せる。その瞬間、俺の喉に棒の先が当たった。それからすぐに、棒が俺の首の横を撫でる。必要最低限の手際はあるな。


「――よし」

「よっしゃっ! へへーん。ヘンタイとか余裕じゃん、こんなの」


「油断はするな。だが、まずはよくやった」

「いひひ……」


 嬉しさをしみじみ噛み締め、それから俺を見上げる。


「ね。ご褒美とかは」

「無い」


「即答……」

「実力がついたことを喜べ。それ以上を求めるな」


「ちぇ。はーい分かりまーした。じゃー次は?」

「もう一度だ」


「え~?」


 少年があからさまに嫌な顔をした。


「来られると分かって対応できるようにようになったら、今度は不意打ちでも対応できるようにする。無意識に刷り込むぞ」

「は~い……あ」


 何かを思い付いたらしい。絶対にロクなことじゃない。


「魅了するなら、その……エロいこともできなきゃダメじゃん?」


 ボウイは俺の股間に手を当てた。


「……だから練習、しよ……?」


 ……………………。

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