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貴いお方が裸同然とはどういう了見だ  作者: 能村龍之介
殺し屋、なんか転移するの章
17/118

12 殺し屋の仕事

 日が沈み、約束通りアリアンナがやって来た。


 肌寒いというのに、やはり件のビキニ()アーマー装備だ。マントくらい羽織ればいいのにとも思うが、彼女なりに哲学があるのだろう。


「待たせに待たせた! 待ちわびすぎて首が伸びきったかと心配したぞ!」

「伸びきる前でよかったです。行きましょうか」


 馬に乗せてもらい、アリアンナとベルの見送りを背にまた走り出す。ほとんど闇の中を、揺られながら城へ戻っていく。


「ふむふむ」

「どうかしましたか、アリアンナ様」

「ソフィア嬢のこと。見るほどいい女だなと思ってな。抱かぬなら……寝盗ってしまうぞ? くははっ」


 常々思っていたが、その下品さで騎士団長は無理がある。もしかしたら、色を好みたいから英雄をやっているのか。


「構いませんよ」

「な……。き、貴様、一途ではなかったのか」

「いえ、まあ、アリアンナ様より女性を悦ばせられる方はいらっしゃらないかと」


 少し沈黙し、彼女は全身をぶるりと震わせた。


「……むふふ……。最高の夜を過ごさせてやりたいという気持ちはよぉーーーく分かった。ソフィア嬢には話を通しておけい。近々、この英雄が抱きに行くとな……」


 ……いいんだ……。


 しかしこれが通れば、勝手に性欲処理してくれるから俺が楽になる。ダメ元で試してみるかな。


「時にアラン! 尻はいいのかっ?」


 一瞬なんのことかとたじろいだが、そういえばさっき腰を押し付ける件があったな。面倒くさいから適当に相手しておくか。


 彼女にぴったりとくっついて抱き締めた。


「どうだ。気持ちいか」

「えー、はい。気持ちいいです」


「達してはならぬぞぉ……? くふふ……」

「うわー。辛いです~」


 心でため息をつきながら、やたらセックスに自信のある下手くそな男と行為する者の気持ちを理解できた。その下らない理想に辟易(へきえき)しているこちらの気持ちを察してほしい。


 たまに適当に喘いでやりながら、騎士団居館へ到着した。馬から降りると、アリアンナはニヤニヤと俺を見た。


「むらむらするだろう。達したいだろう……? だが、儀式中は我慢するんだぞ。そのあとベッドルームで相手してやるからな。ふふふふ」


 もう無茶苦茶だ。まさか儀式までそういうことの出汁に使うとは思わなかった。騎士としての誇りはどこへ行った。


「……あーでも。なんだかスッと収まりましたね」

「なにっ!? どうした急に」


「いやーなんででしょうかね。アリアンナ様のお尻が良すぎて満足してしまいましたのかもしれませんね」

「そ、そうか……。なら仕方ないな……」


 彼女は少し嬉しそうながら、しょんぼりとしてしまった。悪く思うな。あとでソフィアとしたいだけしろ。


「うむ。ではゆくぞ」


 アリアンナのうしろを付いて行く。到着したのは荘厳(そうごん)な広間であり、部屋の中央には円卓があり、囲う椅子の前にはよく手入れされた古めかしい剣が、その切っ先を円卓の中心へ向けていた。壁には、歴代の騎士達と思わしき絵画が並び、歴史の古さを思わせる。


 そして、円卓の奥には儀式に使うと思わしい冠がひとつと、剣の中でもひときわ古いものが一本。


 思わずアリアンナを見た。お前、ここで俺の射精管理をしようとしていたのか? 正気か?


「な、何を見ておるのだ」

「いえ……。いくらアリアンナ様がドスケベとて、ここでそういうことをしようとしていたのか、と。ほんの少しだけですが、幻滅いたしました」


「うぐぅっ!?」


 彼女の心へクリティカルヒットしたらしい。少し涙目だった。


「そ……それは……。そう言われては……反論の余地もない……。うむぅ……」

「英雄たるアリアンナ様が色を好む、と言うのも分かります。貞操観念が云々と言うつもりもありません。ただ、流石に節度を覚えるべきです」


「そ……そうだな……」

「英雄だドヘンタイと言っていれば、何もかも許されるとは思わないことです」


「……わか……ぐすんっ……しかと分かった……気をつけようではないか……」


 思わず説教してしまった。だが――。


 ――物凄く。スッキリした。


「……ぐすっ……」


 ふう……。これでもう口うるさくは言ってこないだろう。


「……ぐすんっ……」


 …………。


「……ズヒッ……」


 …………ああもう。


「……アリアンナ様」

「な、なんだ。我がこれしきの……ひっぐ……これしきのことで、傷付くとでも……?」


 涙を流すものかと我慢し続ける彼女の顔を持ち上げて唇を重ねる。受け入れても拒絶しても面倒くさい。お前はもう、これで黙れ。


 舌を絡ませあって、吐息と共に離れた。


 何かを言おうとした口をもう一度キスで塞ぎ、額を合わせた。彼女は潤ませた目で、耳まで赤かった。


「節度を、守ってください。他の虫が付くじゃあありませんか」

「あ……アラン。い、一杯食わされた。貴様に、オンナにさせられるとは思わなかったぞ……」


「オンナだかオトコだか知りませんが、なりふり構わない下品さは好きではありません。そういうのは、ベッドの中だけでいいでしょう?」

「……ふふ。抱いてやろう抱いてやろうと思っていたが……。お前にならば抱かれてもいいかもしれんな……」


 彼女は腕を組み、堂々と立つ。


「ソフィア嬢だけに飽きたらず、この我まで抱こうとはなんたる絶倫っ。二人を同時に満足させようとはなんたる英雄かなっ!」


 大声で言うな。恥ずかしいだろ。節度どこ行った。


 あぁ……それにしても、結果的に恋人を増やすハメになるとは。親切心はロクな結果を呼ばんな。


「とにかく、今は儀式です」

「うむっ。そうだな」


 円卓の奥へ行く。奥の冠と剣の席で彼女は立ち止まった。


「それでは始める。(ひざまず)けい」

「分かりました」


 片ひざを着いた。団長は冠を取り、俺の頭にそっと乗せた。そして剣を、両手で差し出した。


「これは、初代騎士団長の剣である。敬意をもって手を乗せ、目を閉じよ」

「はっ」


 言われるまま、剣の腹へ手を乗せ、目をつむった。


「誓いの言葉は、我の言葉を復唱すればよい。では――“我、そしてこの清き身に宿したる魂は誓う”」

「我、そしてこの清き身に宿したる魂は誓う」


 清き身……。


「“神聖のローズマリー王国を守る騎士として、無垢の心と云う剣を(もっ)て、無垢なる民の(けが)れを払い”」

「神聖のローズマリー王国を守る騎士として、無垢の心と云う剣を以て、無垢なる民の穢れを払い」


 無垢の心……。穢れを払う……?


「“穢れ無きこの身と魂を捧げる”」

「穢れ無きこの身と魂を捧げる」


 穢れ無き身……いや。


 お前、この約定の中でどうやって騎士団長になった?


「ふふふ。嬉しさのあまりに震えるか。それもよい」

「はっ。ご、ご無礼を……」


 自分でも訳のわからない感情が噴出しただけだった。なんだろうか。またこう、モヤモヤさせられる……。


 彼女は剣と冠を机に戻し、手を差し伸べてくれた。


「さぁ。これで儀式は終わった。晴れて団員だっ」

「はっ。光栄にございますっ」


「さぁ交わろうっ!」

「は――いえッ!」


 いまのは危なかった。


「なぜだ。我を抱くと言った以上、オンナにさせてもらうぞ! 抱かれたくてたまらん!」

「段階はどうなさったのですか!」

「だ、段階は――最終段階だッ! もう逃げん! 頼む、入れてくれ! 寝かせないでくれ!」


 よく見れば彼女の乳袋の先がぷっくりしていた。隠す気すらないらしい。


「待ってください! 清き身体はどうしたのです!」


 アリアンナは俺を指差す。


「貴様は清い!」


 彼女自身を指す。


「我は清い!」


 ドンッと足踏みし、胸をゆさゆさ揺らした。


「そこに、なんの穢れもあるまいッ!」

「なんだその理論っ!?」


 ――あ。


 アリアンナはきょとんとしている。


 ――し、しまった。勢い余って言ってしまった。不味い。


 彼女は目をぱちくりとさせた。


 どうだ……?


「……ぷっ。わははははっ!」


 よかった……。どうにかなった。


「くっくっくっく……す、すまぬ……なんだか……おかしくなってしまった……ふははははっ!」


 愛想笑いで誤魔化す。彼女は笑い泣きの涙を拭き、俺の前に立ったと思えば、俺の股間を撫で始めた。


「ふぅ。なぁ、逃げ上手よ。いつまでも逃げきれるとは思うなよ?」

「そ、そんなつもりはありませんがね。アリアンナ様を犯すなどでき……」


 頬を捕まれ、彼女の胸に無理やり拘束される。息ができない。


「犯させるし、犯す。お互いの身体が無くては生きていけぬようにしてやる」


 信じられないことに、今まで受けた拷問より怖い。なんだ……この威圧感は。


「ふふふ……。我の身体を欲しがるようになったら、少しくらいは訓練で手を抜いてやろう……ふふふふ……」


 やっとで解放され、呼吸を再開した。少し咳き込んでしまう。


「さて。今日のところは帰るがよい。兵舎の準備もあるのでな」

「はぁ……。それではお言葉に甘えて。今日はせっかくなので徒歩で帰りますね」

「うむっ。騎士の卵として王国城下町を満喫するがよい!」


 振り返った瞬間、尻を揉まれた。


 アリアンナを睨むと、彼女は「その目もたまらんな」とゾクゾクとしていた。


 ……。やっぱり俺は、セクハラの被害者かもしれん……。




 夜の闇。持ってきた荷物の袋へ手を入れ、内容物――仕事道具を確認する。


 さぁ、仕事の時間だ。


 殺し屋としての仕事は、その大半を調査に使うものだ。しかしこの科学の発展具合から、遺伝子検査はおろか指紋の採取があるかも怪しい。恐らくは目撃者と容疑者の人格に依存する捜査が行われるだろう。


 この短い期間に殺害に至れるというのは、あまりにも楽でいい。この世界に来て良かったと思える数少ない利点だ。


 約束の場所へたどり着いた。裏路地の深い深い闇だ。人影の確認すらできない。


「……来ましたよ。いらっしゃいますか?」


 小声で言うと、人が動く気配がした。


「来たか来たか。待ちわびとった」


 ロドリゲスの小声だ。バレたら不味いと思っているようで、声量は聞き取れるか否かのギリギリだ。


「中に入ったら、二人きりにしとくれ」

「二人きりに? 構いませんが、なにを?」

「さ、再開を楽しみたいだけじゃ。ふ、ふふふ……」


 殺意とは別質の罪の気配がする。


 ……まったく。そういう者ばかりで呆れるな、この世界は。ロドリゲス宅から盗んできた包丁を握った。


「ではこちら……声の方に来てください」

「おうおう。そいじゃ――」


 歩き始めたロドリゲスの背後に回って、首を切り裂いた。


 声帯の下を切断されて声すら出せず、両手で俺の腕を掴んできた。その隙に、彼の腹を滅多刺しにする。ロドリゲスは痛みでビクンビクンと痙攣して力が抜けた。


 悪いな。生活反応を出したいのでね。念には念を、だ。


 仕上げに顔を切り刻み、動かなくなったのを見て地面へ寝かせた。ピクリとも動かなくなった男の脈を測る。完全に心臓が止まってから、また腹を何度か刺し、包丁を股間に刺しこんだ。


 これで生活反応のある(生前の)傷とない(死後の)傷ができた。これらの傷から『相手が死んでいるにも関わらず刺し続ける臆病な者』というパーソナリティが形成される。


 また顔を切りつけたことで、技量がないのに最初から首を狙うという推測がされる。これによって推理では、『綿密に計画を練った素人の犯行』ということになる。


 さてと……。彼の荷物を探ると、金が出てきた。意外にも、ちゃんと報酬金を持ってきていたようだ。持ってきた仕事道具から、鍵開けのための道具一式を取り出し、金と交換でロドリゲスの荷物へ入れた。


 これでシナリオは完成だ。


『ロドリゲスは娘を取り戻すために懸賞金を出したが、その金がないので、過去に仕事をした家へ強盗に入ることにした。しかし何者かによって殺害されてしまった』


 金の入っていた袋で俺の血と、包丁の指紋を拭きとり、その場を立ち去った。


 星のない夜。闇の道を縫って家路につく。風が爽やかだった。


 徒歩で丘を越え、村まで帰った。もう遅く、家の明かりは暗い。しかし玄関を抜ければ、テーブルに一本の火が付いたロウソクとソフィアがいた。


「あ、お帰りなさーい」


 ベルはもう寝ているのだろう、彼女の声は控え目だった。


「どうしたんですか」

「今日はアランさんがベッドですので」


「いえ、ずっと起きていたようですけど」

「えへへ。実は……アランさんが帰ってこないなぁって思ってたら不安になっちゃって」


 彼女の隣に座った。彼女の隣はいつも通り温かかった。


「無事ですよ」

「無事でした。でも、もしもって思ったら、なんて……」


 彼女と手を重ねた。ソフィアは、俺へ寄りかかった。


「そう思ってくれて、ありがとうございます。僕も、もしも山賊がまたなんて思って不安になったりしてました」

「じゃ、お互い様ですね」


 沈黙があった。彼女か俺の呼吸で、ロウソクの火が揺れる。


「…………」

「…………」


「……シャワーを浴びて寝ますね」

「……はい。おやすみなさい」

「おやすみなさい」


 ロウソクを貰ってバスルームへ。火は入り口に置き、服を脱いで、シャワーを浴びた。ロウソクひとつの火でも、闇に慣れた目なら明るかった。


 熱い湯で、一日の疲れを流す。


「……アランさん」


 扉越しの声がした。


「またタオル、忘れっちゃってますよ」

「ああ。すみません。扉の前に――」


 扉が開く。タオルを持った、裸のソフィアがいた。


 黙ったまま、タオルを脱衣所に置いた。


 黙ったまま、降り注ぐ湯の下まで来た。


 黙ったまま、うつむいて、俺を抱き締めた。


 俺はただ抱き締め返して、キスをした。


 湯の中だというのに、


 妙に暖かいな、お前は。

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