第一話β
部室のドアを開けるとそこには一人の少女が寝ていた。
「なんだこりゃ?」
とっさに鹿屋和真は声を上げると、少女も気付いたようでこっち向いて目が合う。何かまずい予感がした。
目が合って数秒の事だ。
「きゃぁぁぁぁ!」
大きな声で叫び出す少女。
「ち、近寄らないでください!警察呼びますよ!」
慌てて距離を取り、カバンを胸に抱えてじっと睨んでくる。
「待て待て。少し落ち着け」
和真が落ち着いていてもどうにも少女は落ち着いてないようだった。寝起きだからだろうか。
「まず、ここはどこ?」
軽く簡単な質問で目を覚まさせる。
「どこってここは私の部屋に......って違う!!」
周囲を見渡して、慌てて謝ってきた
「すいません!私、寝ぼけていたみたいで」
やっぱり、寝ぼけていたのだった。
和真は机に自分のカバンを置き、話を聞こうとした。
「で、どうして君がここにいるの?」
そう、ここは和真の所属している文芸部の部室である。昨年から部員は和真以外いないのである。
「えっと、私、一年A組の久遠寺千春です」
一年生か。胸のところのリボンが赤色だったので間違いないだろう。
「久遠寺さんはなんでこの部室で寝てたの?というか、どうやって入ったの?」
この部室は、いつも和真がしっかり戸締りをしているはずだ。
「いや、部室は空いてましたよ」
腕を組み、良く思い出してみると、昨日は閉め忘れたような気がしてきた。次からは注意しよう。
「あ、寝てたのはえっとその......先輩を待っていたらついうとうととしてしまって」
「それで寝てしまったわけか」
「はい......」
久遠寺は恥ずかしそうに顔を赤らめて返事をした。
「で、えっとその......先輩の名前は?」
「あぁ、鹿屋和真だ」
「鹿屋先輩!文芸部に入部させて下さい!」
「!?」
和真は部室で見知らぬ少女が寝ていたことより、文芸部に新入部員が現れたことの方が驚いていた。
「え?この部活にか?」
「はい!そうです」
この河ヶ崎高校は、たくさんの伝統ある部活動があり、色々と生徒達は青春を謳歌している。
しかし、この部活に入れば和真と同様、青春は謳歌出来ず、かつ友達もできないだろう。なぜなら部活内容自体無いからだ。
「久遠寺さん」
「は、はい」
「この部活動は辞めといた方がいい」
和真は念の為、伝えておいた。
「何でですか?」
「それはだな、この部活動は自由に過ごすための場であるんだよ」
「あ、知ってます。担任に一番、自由な部活を聞いたらここでしたので入部届けを貰いに来ました」
正気なのかこの少女は、高校生活をドブに捨てるようなもんだ。
「いいのか?友達とかともっと青春をしなくて?」
「あぁ、あの、その、私、友達いないので......」
恥じらいながら、久遠寺は小さな声で言った。
衝撃的な一言を貰い、納得してしまった末に気まずい空気のまま、入部届けを渡した。
「明日、また来ますね!」
そう言って、部活から出ていった。
学校帰りにファミレスでドリンクバーのジンジャーエールを独りで飲みながら、人を待っていた。
自動ドアの開く音に反応して、見上げてみると、凛とした顔立ちのイケメンが目の前に立っていた。
「なんだよ和真?俺は忙しいんだけど」
そう言いながらも、反対席に座ってメニューを見ている。
「遅くないか航一?」
「仕方ないだろ、部活が長引いたんだから。人を呼び出しといてその言い草かよ」
軽く笑いながら店員を呼んでいた。相変わらず、軽いヤツめ。こいつは和真の数少ない友人の一人である朝霧航一。バスケ部のエースらしく、その上、容姿端麗で運動神経抜群という物凄いスペックを持っているクソ野郎だ。おまけに彼女持ちだ。
「で、要件はなんだ?」
ドリンクバーのコーラをごくごく飲みながら聞いてきた。
「いや、相談ごとがあってな」
「また、厄介ごとじゃないならいいんだけど」
また、笑いながらそう応える。
「いや、文芸部に新入部員が現れたんだ」
「で、それがどうした?」
「いや、だからあの部活動に新入部員が現れたんだよ」
どうでもいいみたいな顔をして和真を睨んでくる。
「そりゃあさ、新学期だし普通に入部してくる後輩くらいいるだろ?」
「でも、あの、文芸部だぞ」
この学校で一番部活動として活動してない部活だ。
「確かに......」
納得して、腕を組んで考え直す航一。
「まぁ、いいじゃねーか。で、どんな奴なんだ?」
「なんか、こう少し抜けた感じの少女」
その途端、ガタンと机を叩き立ち上がる航一。周りの視線が一気にこっちに向いた。
「おい、バカ。静かにしろ」
「女子なんて聞いてねーぞ」
女子の話題になると豹変するところは中学の頃から変わってなかった。
「航一はいつも女子にキャッキャされてるだろ?リア充爆ぜろ。」
「いや、それじゃなぁー」
不満そうに言う航一。
「彼女に殺されても知らねーからな」
「大丈夫、アイツはそういう事しないから」
随分と信用してらっしゃる。
「お前はホント良いよな。全てが揃ってて」
「それは、和真もな。高校一年の中間試験から一度もトップの座を譲らなかったのは前代未聞だって教師達も騒いでたぞ」
「勉強とは関係ない。勉強はやればやる程結果が付いてくる最もコスパの良いものだ」
へぇーという顔で受け流す航一。
「新入部員の名前は?」
興味津々で聞いてくる。
「えっと、確かな久遠寺千春とか言ってたな」
「え?なんて言った?」
「いやだから、久遠寺千春だって」
「和真、それ知らないで言ってるのか?」
驚いた顔で航一は指摘してくる。