48.暇だろう休日に魅惑的なお誘い 最終話
一弦コハルは、俺の大嫌いな女子高生というジャンルに属しているが、そんなことは、彼女の魅力を何一つ損なわせる理由にはならなかった。
美しい立ち姿で分かる育ちの良さ。
一言二言、話すだけで気がつく、好かれる性格と頭の回転の速さ。
内面から溢れでる優しいオーラが、周りの人間の卑しい気持ちをも癒してしまって、世界がなんだか平和になる。
更には今時珍しい、とっても純粋な女の子。
見た目だってキュートだ。
そんな三拍子も四拍子も揃っている女の子から、日曜日に出掛けようなんて誘われたら、多少テンションが上がっちゃっても仕方がないだろう。
正直、タクヤから誘われるより何倍も嬉しい。
家に籠っていたら、ゾンビさんをペチペチやっているだけなので、とっても嬉しい。
だが、誓って言うが、彼女に対して「好き」なんて感情はないからな。
そこは安心して欲しい。
あるのは好意だけだ。恋愛感情ではない。
条例に引っ掛かるような愚行を俺は犯さない。
俺は、そんな罠にはかからない。
理解したかい? オーケィ進めよう。
俺が普段、利用している宮前駅から五百メートルぐらいだろうか。
線路を伝って、かやぶき工場前駅のほうに歩いていけば、高さ二メートルほどの石碑を祀っている場所がある。
広い空き地と溜め池の間にあって、溜め池で事故に遭った人を慰める為に建てられた物のようにも思えるが、実は違う。
この辺に昔、有名な貴族のお屋敷があった、その名残だそうだ。
石碑は、四方を低い石の壁で囲まれており、周りの地面から一段上がった位置にある。お金のかかった立派なお墓のようにも見える。
誰かが定期的に手入れをしているのであろう。雑草も生えていないし、よく掃かれていた。
この前、地震があった時に家のパソコンに映し出されていた石碑だ。
いつも電車の窓から眺めるだけだったが、初めて目の前にまで辿り着けた。
それもこれも、突然のコハルちゃんからの提案によるものだが、どういうつもりなのだろうか。
「先輩……、いえ、吸血鬼の名前を知っていますか?」
「ん? どういう事?」
唐突過ぎて、質問の意味が理解できない。
コハルちゃんは、少し思い詰めた表情で俺を見ていた。
私服姿だからだろうか。
チェックのスカートが、短すぎず長すぎず、とっても可愛くて、なんだかドキッとしてしまう。
何度も言うが、お、俺に恋愛感情などないからな。
「学校でのアルキオネの名前ですよ。何て名乗っていたと思います?」
「ああ、そういうことか。う~ん……、何もヒント無し?」
まさかの有城尾根さんじゃないだろうなと思いつつ、さすがに分からないので助けを求める。
「ヒントですか? じゃあ……」
コハルちゃんが指差した方向には石碑があった。
当然、表面に彫られている文字を読めという事だろう。その意味を理解して、一段登って石碑の前に行く。
「えっと……」
彫られた文字を読み始めたら、後ろにコハルちゃんの気配を感じた。
構わず、難問を解くための手掛かりを探す。
「カラス……、烏……丸。烏丸、光靖? この辺り一帯に広大な農園を築き支配した公家大名の末裔。千五百六十年に隣国の大名、穂高康也の侵攻を受け滅亡。穂高康也の降伏勧告を三度断り、約二千の兵力で二万の兵と二十日間戦い抜いた。烏丸光靖は戦死。妻の依子、娘の蒔絵をはじめとした一族郎党は、屋敷に火を放ち自害した。穂高康也はその一か月後に原因不明の病で急死。康也は死ぬ間際に、三匹の巨大な鴉を見たといって憤死した。この事から、烏丸家の祟りだという噂が流れた。烏丸家の御霊を鎮めるため、この石碑を建立する」
石碑を読んでから振り返る。
コハルちゃんの瞳が、俺の視線をすぐに捉えた。
「では、答えをどうぞ」
「ふむ。まさかとは思うけど、ここに書いてある、烏丸依子がアルキオネなの?」
「残念。違います。蒔絵の方です。アルキオネは学校で、烏丸蒔絵と名乗っていました」
びゅ~っと風が、俺達の間を通り抜けていく。
うん。
良く出来たお話だ。
出来過ぎて、逆に安っぽい。
百歩譲って、烏丸? アルキオネが烏丸なんとかだったとして、だから何なんだ?
不幸に死んでしまったから、憐れんでやれとでも言うのか?
俺達は、あいつに救世主を殺られてしまっているし、他のプレイヤーも被害にあっている。
間違いなく、吸血鬼は、倒すべき敵なんだ。
現に、あの三人の吸血鬼に止めを刺したのは、コハルちゃんの雷だったじゃないか。
躊躇している俺やタクヤを尻目に、使命に駆られた君が手を出してしまったんだ。
「……蒔絵は歌人として有名で、特に月に関する歌を沢山残したそうですよ。どんな歌かまでは調べていませんが……」
パソコン画面に映った石碑を調べている内に、烏丸の話に行き着いたという。
もう、想像や妄想で、話をするのは止めるべきだろう。
何も生み出さない。誰も得をしない。
人類の敵である吸血鬼を、三人ほど葬ったのだ。
少しだけ、少しだけだが、ゲームクリアに近づいた。
今はその事実だけを噛みしめて、次に繋げよう。
俺達の命が簡単に尽きて仕舞わないように、最善を常に選択するのだ。
コハルちゃん。
君に止めを任せるんじゃなかった。
止める余裕など無かったが、それでも周りの大人が、全力で止めるべきだったんだ。
君は優しい人間だから、とても心配になる。
君が一番傷だらけだ。
「帰ろうか? コハルちゃん。それとも電気街でも行って、ブラブラする?」
「え? あ、そうですね。どうしようかな」
暫く沈黙してしまったが、俺は普段と変わらないように努める。コハルちゃんは、それが少し意外そうで、キョトンとした虚ろな顔だ。
「タクヤでも誘って、メイド喫茶でも行く? なんか色々試食したくなったよ。あそこの料理は旨そうだよね。もちろん、タクヤのおごりで食うのが旨いんだけど(笑)」
「ぷっ、そんな事言ったら、タクヤさん怒りますよ」
「ヘーキヘーキ。俺、タクヤに一杯貸しがあるから、コハルちゃんも回収するのを手伝って~」
「でも、コウタさん。今日みたいなお休みは、絶好のレベル上げ日和ですよ。ゾンビーゾンビーをプレイしないと駄目じゃないですか? タクヤさん一人で頑張っているかも」
「えええ~!? タクヤが? ないない、ないない。どうせ一人でいるならカーテン閉めてオナっ、いやいや、危ない! 言いかけた!」
「ん? お、な?」
「いやああああ! いい、いいっ! いいから、今のは忘れてくれ! 素敵な頭脳を、しょうもない詮索に使わないでくれ!」
一弦コハルが、卑猥な言葉を紡がないように、必死で記憶を消去にかかる。
今のやり取りが、少しでも鉄蔵さんの耳にはいったら、俺達は工場を引摺り回されて、命を絶たれてしまうだろう。
宮前駅に向かって、俺は走る。
その後ろを、ショートカットの髪を弾ませて、女の子が追い掛けてきた。
アルキオネ編の完了です。
一話ごとに一笑いを意識して書いてみましたが、
くすっとして貰えたでしょうか?
一旦ここで、終了とします。
最後まで読んでくれた方、本当にありがとう!