47.アルキオネは逝く 其の二
電気街駅の全貌が見渡せる位置。
地上十五階、雑居ビルの屋上にその男は立っていた。
肩まで伸びる髪をセンターで分けて、夜の闇に溶けていきそうな黒いスーツを着ている。
よく観察すると、首に包帯を巻いているようだ。喉を痛めているのかも知れなかった。
男の名は、アルデバラン。
人ならざる者を統べる、一等星の吸血鬼である。
屋上は、普段は立ち入り禁止区域なのだろう。
落下防止のフェンスなどはなく、事故への配慮が感じられない。巨大な看板が設置されているだけのスペースである。
暫くアルデバランが独占していたが、どうやら別の観覧者が現れたようだ。
当たり前のことだろう。
電気街駅を中心とした戦いを見物するのに、この場所は最適なのだから。
(……天狼か。ここは君の縄張りだったね。すまない、勝手に上がり込んでいるよ……)
アルデバランの口元はまったく動いてはいない。
だが、声だけが屋上に響いた。
その声に反応するかのように、看板を支える骨組みの陰から、羽織を被った和装の者が出てくる。
電気街の大地主。
テンロー不動産のトップ、藤咲ノミである。
「昔のよしみだ。少々の無礼は許すよ」
藤咲ノミはそう言いながら、アルデバランの横に並ぶ。細い目を萎めると、その位置からは、斜め上から見下ろす感じで電気街駅のホームが良く見えた。
もうもうと、至る所から煙が立ち上っているが、ホームの上で人が動いているのをしっかりと確認出来る。
「今なら、まだ間に合いそうじゃな。返してやらんのか?」
藤咲ノミは言った。
電気街駅のホームの上では、音の衝撃波を喰らった吸血鬼が倒れて動かなくなっていた。
天狼の構成員や、ゾンビーゾンビーのプレイヤーである面々が、徐々に包囲を狭め取り囲んでいく。
無抵抗になった吸血鬼に、今から止めを刺す気なのは容易に想像できた。
(……返す? ああ、あの子の万能耐性のことかい? ……)
「そうじゃ。それを返してやれば、戦況はひっくりかえるぞい」
(……ふむ。……そうだね。……)
アルデバランは、横に立つ藤咲ノミを見下ろす。
(……返すと言ったら、君は邪魔をしないのかい? 君の子供たちが窮地に立つことになるが? ……)
「ふん。邪魔するに決まっておる。その為に来たようなもんだからな」
当たりの前のことを聞くなと言わんばかりに、藤咲ノミは鼻で笑う。
それを受けて、アルデバランの声は、僅かにうわずった。
(……なるほど。でも出来るのかい? 今の君に。随分と歳をとってしまったようだが……)
「手下を二人連れてきた。ワシも今日は調子がいい。おそらく余裕じゃろうて」
(……ほぉ? では、試してみるかい? ……)
「よかろう」
藤咲ノミはそう言って、腕を捲った。
屋上の巨大な看板を支える金属の骨組みが、ミシミシと音を立てる。幾つかのボルトが外れて、あらぬ方向に高速で飛んで行った。
アルデバランの口元が緩む。
(……冗談だよ天狼。あの子の万能耐性は返さない……というか、実はね……)
アルデバランは月を見上げた。
細く長い髪が風になびく。
(……僕はあの子に、この戦いが始まる前に、万能耐性を返すつもりだったんだよ。だけどね、要らないと。返さなくていいと言われてしまってね……)
「ほお……。それは何故?」
それまで正面ばかりを見ていた藤咲ノミだが、初めてアルデバランの方を見る。
(……さあ? あの子は変わった子だったから、何を考えているのかは分からないよ。だけど……、もしかしたら、少々長く生き過ぎたのかも知れないね。あの子は三等星、第三世代だけど、もう五百年は生きているはずだから……)
「五百か……。おかしくなってしまうには十分な時間じゃな」
(……あの子が吸血鬼になってすぐに、願望は成就された。だから、その後の五百年は惰性だったのかも知れないね……。終わらせたくても、万能耐性のせいで死ぬこともできない……)
「ふむ。そう聞いてしまうと、特別な力も呪いのように思えてしまうな」
(……そうだね。まさに呪い。もっと早く知っていれば、あの子が居なくなってしまう前に救ってやれたのかも……)
屋上看板の隅に火花が散る。
凛と大気が緊張した後、沢山の稲妻が発生して電気街駅のホームに落ちていった。
一等星同士のやり取りは緊迫しますね!
アルキオネは、逝ってしまったのか?